流星街の異邦人 ― その魂は二度目の人生を歩む 作:アイエオ
一九八九年、春。
霧哭きの渓谷、地下深部。
第七観測区。
◇
人間が二十四人も閉じ込められている部屋は、奇妙なほど静かだった。
耳を澄ませば、機械の作動音が聞こえる。
液体を循環させるポンプの低い唸り。一定の間隔で開閉する弁の金属音。天井裏を走る送風機の振動。
それらが幾重にも重なり、広い地下空間に途切れることのない低音を満たしていた。
だが、人間の声はない。
咳払いも、寝返りも、誰かが誰かを呼ぶ声も聞こえない。
透明な容器の向こうにいる人々は、誰一人として自分の意思で動いていなかった。
俺は七番の生命維持容器に手を当てた。
厚い透明板の向こうには、痩せた女が横たわっている。
年齢は三十代ほどだろうか。肩まで伸びた黒髪が枕に広がり、頬は落ち窪んでいた。腕には幾つもの細い管が接続され、胸元に貼り付けられた金属片から青白い光が伸びている。
胸は上下していた。
呼吸の間隔も一定だ。
少なくとも、今すぐ命を落とす状態には見えない。
だが、それは機械が動いているからにすぎなかった。
「七番、生命維持出力は安定。酸素供給も正常値に戻っているわ」
隣でリリアが表示を読み上げた。
俺は頷く。
「九番は?」
「同じ。十三番と二十一番も警告は消えてる」
補助電源の復旧は成功した。
その事実に、胸の奥で張り詰めていたものが少しだけ緩む。
しかし、安心するには早かった。
俺たちが動力炉へ向かっている間、ここに残してきた人間たちは誰も助けを求めることができなかった。
機械が止まれば、それで終わりだった。
もし復旧が間に合わなかったら。
そう考えると、今さらながら嫌な汗が背中を伝う。
「……全員、生きているんだな」
俺が尋ねると、操作卓の前に立っていたエドガー・ヴァイスが答えた。
「少なくとも、容器内の二十三名については生命反応が確認されています」
「二十三?」
「一番は、すでに容器から出されているでしょう」
そうだった。
部屋の隅では、一番の容器に収容されていた男が毛布に包まれて横たわっている。
先ほどまで意識があったが、今は眠っているようだ。
呼吸は浅いものの、規則正しい。
その少し離れた場所には、零号がいた。
二メートル半ほどもある異様な巨体。
筋肉と骨格を無理やり作り替えられた身体には、まだ幾つもの傷痕が残っている。
エドガーの制御から解放されたあと、零号は一度も目を覚ましていなかった。
俺は二人の状態を確認してから、再び容器の列へ視線を戻した。
二十三人。
すでに外へ出した一人を含めれば、二十四人。
さらに零号がいる。
救うべき命は、目の前に二十五あるということだ。
「全員を外へ出す」
俺が言うと、エドガーは口を閉ざした。
その沈黙が気に入らなかった。
「できないとは言わせないぞ。安全な取り出し方を知ってると言ったのは、お前だ」
「……方法はあります」
「なら説明しろ」
エドガーは再生した右手を見下ろした。
失われたはずの腕が戻ったことを、まだ完全には受け入れられないらしい。
指を開き、握り、手首を動かす。
その仕草を見て、俺は少しだけ後悔した。
治療そのものを後悔しているわけではない。
ただ、エドガーという人間に、余計な研究材料を与えてしまったのではないかという懸念は残っていた。
俺の回復能力について、こいつは何も知らない。
念能力によるものなのか、それ以外なのかもわからないはずだ。
それでも、研究者の好奇心というものは厄介だった。
「エドガー」
名前を呼ぶ。
男が顔を上げた。
「今、考えるべきことを間違えるなよ」
俺の言葉に、エドガーの視線がわずかに揺れた。
そして、観念したように操作卓へ向き直った。
「……わかりました」
◇
生命維持容器から人間を取り出す。
言葉にすれば簡単だ。
だが、実際には想像以上に厄介な作業だった。
「まず、容器には三種類の維持機構があります」
エドガーは操作卓に図面を表示した。
人体の輪郭を模した図が現れ、その周囲に無数の線が走る。
「第一に、通常の生命維持機構。呼吸、循環、栄養供給、体温管理などです」
そこまでは理解できる。
「第二に、神経補助機構。長期間の実験によって損傷した神経系を補助しています」
俺は図面を見た。
脊髄に沿って細い光の線が伸び、脳と四肢を結んでいる。
「第三は?」
「……オーラ循環補助機構です」
エドガーが表示を切り替えた。
今度は人体の周囲に、複雑な網目状の光が浮かび上がる。
「被験者の一部は、自力でオーラを安定させることができません。外部から補助しなければ、身体機能に異常が生じる可能性があります」
「……念能力者でもない人間に、そんなことが起きるのか?」
「実験の影響です」
エドガーは短く答えた。
俺は男を見た。
研究者としては当然の説明なのだろう。
だが、俺には到底当然とは思えなかった。
普通に生きていれば、こんな機械に繋がれずに済んだ人間たちだ。
それを実験によって壊し、壊れた身体を機械で支えている。
そして今、その機械がなければ生きられないという。
随分と勝手な話だった。
「つまり、容器を開けるだけじゃ駄目なんだな」
「はい。補助機構を段階的に弱め、被験者自身の身体がどこまで機能するか確認する必要があります」
「失敗したら?」
「呼吸停止、循環不全、神経発作。最悪の場合は死亡します」
エドガーは淡々と答えた。
俺は、透明な容器の向こうにいる女を見た。
彼女は何も知らずに眠っている。
自分の命をどう扱うか、誰かが相談していることすら知らない。
「……全員、同じ状態なのか?」
「いいえ。被験者によって異なります」
エドガーは別の画面を開いた。
二十四の番号が並ぶ。
それぞれの横には、異なる色の表示が付いていた。
青。
黄。
赤。
そして、灰色。
「青は自律機能が比較的安定している被験者。黄は部分的な補助が必要。赤は複数の機構に依存しています」
「灰色は?」
「……判定不能です」
俺は表示を確認した。
青が六。
黄が九。
赤が六。
灰色が二。
容器の中に残る二十三人の内訳だった。
「……判定不能が二人か」
「長期間、検査が行われていません」
俺はエドガーを見た。
「何でだ?」
「……実験が中断されていたためです」
「いつから?」
「一名は四か月前。もう一名は、およそ十一か月前から」
俺は、言葉を失いかけた。
十一か月。
ほぼ一年だ。
その間、この施設では人間を容器に入れたまま放置していたということになる。
もちろん、生命維持は続いていたのだろう。
だが、それは生きていると言えるのか。
俺には、簡単に答えられなかった。
◇
「……最初は青の被験者からね」
ミレーヌさんが言った。
俺は彼女へ顔を向けた。
「理由は?」
「状態が比較的安定しているなら、取り出したあとに必要な処置も少ないはずよ。それに、最初の一人で手順を確認できる」
俺は頷いた。
もっともな判断だった。
いきなり重症者から始めれば、予想外の問題に対処できない可能性がある。
まずは比較的安全な相手から。
それでも危険がないわけではない。
「エドガー。青の中で、一番状態がいいのは誰だ?」
男は表示を確認した。
「……四番です」
「年齢と性別は?」
「二十六歳、男性。収容期間は四十二日です」
「実験内容は?」
エドガーの指が止まった。
俺は視線を鋭くした。
「答えろ」
「……オーラ循環の補助実験です」
「具体的には?」
「外部から供給したオーラを、身体の循環に適応させる実験です」
俺は少し考えた。
念能力者が他人へオーラを与えること自体は、特殊な能力によって可能だ。
だが、オーラを受け取った人間が、それを正常に扱えるとは限らない。
身体への負担も大きいだろう。
「……後遺症は?」
「筋力低下と感覚障害が確認されています」
「治るのか?」
「……個人差があります」
俺は頷いた。
少なくとも、完全に回復する保証はないらしい。
「四番から始めよう」
俺が言うと、ミレーヌさんが頷いた。
「準備しましょう」
その瞬間から、部屋の空気が変わった。
これまでは、情報を集めていた。
だが、ここからは実際に人間の命を扱う。
失敗すれば取り返しがつかない。
俺たちは、それぞれの役割を決めた。
エドガーは操作卓で生命維持機構を管理する。
ミレーヌさんは被験者の状態を観察し、必要な処置を行う。
リリアは表示の変化と周囲の安全を確認する。
俺は容器のそばで待機し、異常が起きた場合に対処する。
レオンとガルドには、出入口の警戒と搬送経路の確保を任せた。
そしてユリウス。
男は少し離れた場所で、俺たちの作業を見守っていた。
「……お前も手伝え」
俺が言うと、ユリウスは微笑んだ。
「もちろん。何をすれば?」
「この装置について、エドガーが見落としている危険がないか確認してくれ」
「承知しました」
俺は男を見つめた。
ユリウスの笑みは変わらない。
だが、目の奥には何か別の考えがあるように見えた。
(……油断できないな)
とはいえ、今は使える知識が一つでも多い方がいい。
俺は四番の容器へ向かった。
◇
四番の男は、細身だった。
年齢は二十代半ば。
短く刈られた茶色の髪。
頬には薄い傷痕があり、右肩から胸にかけて、いくつもの小さな金属片が埋め込まれている。
その金属片から、微弱なオーラが流れていた。
俺は凝で確認した。
流れは一定だ。
だが、自然な循環ではない。
外部から供給されたオーラが、身体の中を無理やり巡らされている。
(……これを止めるのか)
俺は操作卓へ視線を向けた。
「準備は?」
「整いました」
エドガーが答えた。
「まず、外部オーラの供給量を二割減らします」
「一気に止めないんだな」
「急激な変化は危険です」
俺は頷いた。
「始めてくれ」
エドガーが操作する。
容器の側面にある青白い光が、わずかに弱まった。
俺は男の身体を観察した。
呼吸は変わらない。
心拍も安定している。
だが、オーラの流れが変化した。
外部から供給されていたものが減り、男自身の身体から微弱なオーラが漏れ始める。
(……自分のオーラか)
俺は、少しだけ安心した。
完全に機能を失っているわけではないらしい。
「次、さらに二割」
エドガーが操作する。
男の指が、わずかに動いた。
俺は身を乗り出した。
「……反応したぞ」
「神経系が刺激を受けています」
ミレーヌさんが男の顔を確認する。
「瞳孔反応は?」
「正常範囲です」
エドガーが答えた。
俺は、男の胸元を見た。
呼吸が少し速くなっている。
だが、危険な状態ではなさそうだ。
「……続けよう」
俺が言うと、エドガーは頷いた。
供給量が、さらに減る。
その瞬間だった。
男の身体が、大きく跳ねた。
「……っ!」
俺は反射的に容器へ手を伸ばした。
男の背中が弓なりに反り、両腕が震える。
表示が黄色へ変わった。
『神経反応異常』
『循環補助低下』
エドガーが声を上げた。
「……供給量を戻します!」
「待て!」
俺は止めた。
男のオーラを見ていたからだ。
外部から供給されていたオーラが減ったことで、身体の内部にある別の流れが表面化している。
それは、男自身のオーラだった。
ただし、流れが不規則だ。
まるで、長い間使っていなかった筋肉が、急に動き始めたような状態だった。
(……完全に壊れてるわけじゃない)
俺は、慎重に考えた。
ここで供給量を戻せば、発作は収まるかもしれない。
だが、それでは自律機能が回復するかどうか確認できない。
かといって、無理に続ければ命に関わる。
俺はミレーヌさんへ視線を向けた。
「……どう思います?」
彼女は男の呼吸を確認していた。
「……今は危険ね。発作が続けば、心臓にも負担がかかる」
俺は頷いた。
「エドガー、供給量を一段階だけ戻せ」
「……一段階?」
「ああ。全部戻す必要はない」
エドガーは一瞬迷った。
だが、すぐに操作した。
青白い光が、わずかに強くなる。
男の身体の震えが、少しずつ収まった。
呼吸も安定していく。
俺は、ようやく肩の力を抜いた。
(……危なかったな)
無理に続けるべきではなかった。
だが、完全に失敗したわけでもない。
男自身のオーラが、確かに反応していた。
それは希望だった。
◇
「……自律機能は残っている」
俺が言うと、エドガーは頷いた。
「ええ。ただし、非常に不安定です」
「安定させる方法は?」
「時間をかけて補助量を減らすしかありません」
俺は少し考えた。
時間。
今の俺たちに、最も不足しているものの一つだ。
施設は異常を起こしている。
通路は変化し、観測機構は自律的に動いている。
中央管理区画には、まだ四人の行方不明者がいるかもしれない。
そんな状況で、何日もかけて一人ずつ回復を待つわけにはいかない。
だが、無理に取り出せば死ぬ。
(……どうする)
俺は、四番の男を見た。
呼吸は安定している。
だが、身体はまだ機械に依存していた。
俺の回復能力を使えば、どうなるだろう。
傷や病気だけでなく、精神状態まで回復できる力だ。
神経系の損傷も、正常な状態へ戻せる可能性は高い。
だが、問題がある。
この能力は、一日に三回しか使えない。
先ほどエドガーへ一回使った。
残りは二回。
目の前には、二十四人の被験者がいる。
さらに零号もいる。
誰か一人を治せば、他の誰かを治す機会が減る。
俺は、静かに拳を握った。
(……選ばなきゃいけないのか)
だが、そこで思い直した。
違う。
今、選ぶ必要はない。
まずは、能力を使わずに救える方法を探す。
それが先だ。
「……エドガー」
「はい」
「この状態のまま、容器を開けることはできるか?」
男は眉をひそめた。
「……生命維持機構を接続したまま、という意味ですか?」
「ああ」
「……通常の取り出し手順では不可能です」
「通常じゃない方法なら?」
エドガーは、しばらく考えた。
そして、ゆっくりと答えた。
「……携帯型の補助装置があれば、可能かもしれません」
俺は目を細めた。
「……あるのか?」
「……以前、試作されたものがあります」
「どこに?」
「……中央管理区画の医療設備室です」
俺は、思わず天井を見上げた。
(……また中央管理区画か)
どうやら、この施設の重要なものは、ほとんどそこに集まっているらしい。
俺は、ユリウスへ視線を向けた。
男は、少し離れた場所で話を聞いていた。
「……知ってたか?」
俺が尋ねると、ユリウスは頷いた。
「ええ。携帯型の生命維持補助装置ですね」
「使えるのか?」
「一部は、まだ使用可能なはずです」
俺は眉をひそめた。
「……なぜ、先に言わなかった?」
ユリウスは、わずかに肩をすくめた。
「必要になるかどうか、判断できませんでしたので」
俺は、しばらく男を見つめた。
エドガーといい、ユリウスといい。
ここの研究者は、聞かれたことしか答えないらしい。
それも、都合の悪いことはできるだけ後回しにする。
俺は、静かに息を吐いた。
「……今後は、必要そうな情報を先に出せ」
ユリウスは微笑んだ。
「善処しましょう」
俺は、その返事を信用しなかった。
◇
結局、四番の男をすぐに取り出すことはできなかった。
だが、収穫はあった。
生命維持機構の状態。
オーラ循環の変化。
そして、携帯型の補助装置という存在。
それらがわかっただけでも、救出への道筋は見えてきた。
俺たちは、四番の容器を元の安定した状態へ戻した。
男の呼吸は落ち着き、表示も青へ戻っている。
俺は、透明板越しにその顔を見た。
「……待ってろよ」
返事はない。
それでも、俺は続けた。
「必ず、外へ出してやる」
その言葉が届いたかどうかは、わからなかった。
だが、言わずにはいられなかった。
俺は容器から離れた。
リリアが、隣へ来る。
「……アオ」
「何だ?」
「……焦ってる?」
俺は、少しだけ考えた。
そして、正直に答えた。
「……ああ」
リリアは、静かに頷いた。
「……私も」
俺は彼女を見た。
リリアは、容器の列を見つめていた。
琥珀色の瞳には、強い光が宿っている。
「……でも、焦って間違えたら、もっと大変になる」
俺は、少しだけ笑った。
「……そうだな」
彼女は頷いた。
「……だから、一つずつやろう」
俺は、静かに息を吐いた。
その通りだった。
俺一人で、すべてを解決する必要はない。
リリアがいる。
ミレーヌさんがいる。
レオンとガルドも、今は協力している。
エドガーとユリウスは信用できないが、知識は利用できる。
そして、俺にはまだ使える力がある。
それらを組み合わせれば、道は見つかるはずだ。
「……よし」
俺は、リリアへ頷いた。
「まずは、他の容器も調べよう」
「うん」
◇
その後、俺たちは残る容器の状態を確認していった。
二番。
三番。
五番。
六番。
八番。
番号を追うごとに、被験者たちの状態が少しずつ違うことがわかってきた。
身体機能が比較的安定している者。
神経系に異常が残っている者。
オーラ循環が乱れている者。
長期間の収容によって、筋肉が極端に衰えている者。
中には、身体の一部に異常な変化が見られる者もいた。
俺は、その一人の前で足を止めた。
十三番。
容器の中には、若い女がいた。
年齢は二十歳前後だろう。
肩から腕にかけて、細い青白い線が浮かんでいる。
それは血管のようにも見えたが、凝で確認すると、オーラの流れそのものが皮膚の下に固定されているようだった。
「……これは?」
俺が尋ねると、エドガーは答えた。
「……オーラ伝導路の形成実験です」
「……身体の中に、念の通り道を作ったのか?」
「ええ」
俺は、女の腕を見た。
自然なオーラの流れとは違う。
人工的に作られた経路が、身体の内部を走っている。
(……無茶苦茶だな)
念は、本人の身体と精神に深く関わる力だ。
それを機械の配線のように扱っている。
しかも、本人の意思を無視して。
俺は、静かに拳を握った。
「……この女は、外へ出せるのか?」
エドガーは、少しだけ言葉を詰まらせた。
「……現状では、難しいでしょう」
「理由は?」
「……人工伝導路が、生命維持機構の一部になっています」
俺は、しばらく黙っていた。
そして、ゆっくりと頷いた。
「……わかった」
簡単にはいかない。
だが、諦めるつもりはなかった。
◇
すべての容器を確認し終えた頃には、かなりの時間が経っていた。
俺は、操作卓の前に立った。
表示には、二十三人の状態が並んでいる。
青。
黄。
赤。
灰色。
それぞれが、異なる問題を抱えていた。
俺は、しばらく画面を見つめた。
そして、ミレーヌさんへ尋ねた。
「……どう思います?」
彼女は、腕を組んで考えた。
「……まず、携帯型の補助装置を確保する必要があるわね」
「やっぱり、中央管理区画ですか」
「ええ。ただし、全員で行くべきではない」
俺は頷いた。
ここには、二十五人の命がある。
全員で移動すれば、誰も守れなくなる。
「……誰を残します?」
ミレーヌさんは、少し考えた。
「私が残るわ」
俺は彼女を見た。
「……いいんですか?」
「ええ。ここで何かあったとき、状況を判断できる人間が必要でしょう?」
俺は頷いた。
確かに、ミレーヌさんなら安心できる。
だが、彼女一人では負担が大きい。
「……レオンとガルドも残ってもらいましょう」
俺が言うと、ミレーヌさんは頷いた。
「それがいいわね」
俺は二人へ視線を向けた。
「……頼めるか?」
レオンは、少しだけ考えた。
そして頷いた。
「……構わん」
ガルドも、腕を組んだまま答えた。
「……俺は、ここで待ってる方が性に合う」
俺は小さく笑った。
「助かる」
これで、最低限の警戒はできる。
残る問題は、中央管理区画へ向かう人員だった。
俺。
リリア。
エドガー。
そして、ユリウス。
エドガーは、装置の操作に必要だ。
ユリウスは、遺構の構造を知っている。
どちらも信用できないが、置いていくわけにもいかない。
俺は、二人を見た。
「……中央管理区画まで案内してもらう」
エドガーは、黙って頷いた。
ユリウスは、穏やかに微笑んだ。
「喜んで」
俺は、その笑みを見ながら考えた。
(……本当に、何を考えてるんだか)
◇
出発の準備を始めたときだった。
部屋の隅から、かすかな声が聞こえた。
「……ま……て……」
俺は足を止めた。
声の方を見る。
一番の男だった。
毛布に包まれた身体を、わずかに起こしている。
顔色は悪い。
だが、目は開いていた。
俺は、すぐに近づいた。
「……起きたのか」
男は、ゆっくりと頷いた。
「……あんた……」
「ああ」
俺は膝をついた。
「無理に喋らなくていい。何か必要か?」
男は首を横に振った。
そして、震える手を伸ばした。
俺は、その手を握った。
冷たい。
だが、力は残っている。
「……中央……」
男が呟いた。
俺は目を細めた。
「……中央管理区画?」
男は頷いた。
「……行くな……」
俺は、しばらく黙っていた。
「……理由を教えてくれ」
男は、苦しそうに呼吸した。
俺は、背中を支えた。
リリアが水を持ってくる。
男は少しだけ口を湿らせ、再び話し始めた。
「……あそこには……」
言葉が途切れる。
俺は、急かさずに待った。
男は、ゆっくりと目を開いた。
そして。
「……人間じゃ……ない……」
俺は、眉をひそめた。
「……何が?」
男の指が、俺の手を強く握った。
「……あの……白い……」
そこで、言葉が途切れた。
男の視線が、俺の背後へ向いた。
俺は、ゆっくりと振り返った。
そこには。
ユリウスが立っていた。
穏やかな笑みを浮かべたまま。
男は、その姿を見た瞬間、全身を震わせた。
「……そいつ……」
俺は、ユリウスを見た。
ユリウスは、静かに首を傾げた。
「……どうしました?」
男は、震える声で続けた。
「……そいつを……」
そして。
「……信用……するな……」
その言葉を最後に、男は意識を失った。
俺は、すぐに呼吸を確認した。
生きている。
ただ、極度の疲労で再び眠ったらしい。
俺は男を毛布へ寝かせた。
そして、ゆっくりと立ち上がった。
ユリウスを見据える。
「……説明してもらおうか」
男は、しばらく黙っていた。
そして、薄く笑った。
「……困りましたね」
俺は、拳を握った。
「……何が?」
ユリウスは、静かに答えた。
「……彼は、少々知りすぎているようです」
その言葉を聞いた瞬間。
俺は、確信した。
この男は、何かを隠している。
しかも。
俺たちが想像している以上に、厄介な秘密を。
俺は、一歩前へ出た。
リリアが、隣へ並ぶ。
ミレーヌさんも、静かに構えた。
ユリウスは、相変わらず微笑んでいた。
だが。
その目には、先ほどまでとは違う光が宿っていた。
まるで。
何かを待ち望んでいるような。
そんな、奇妙な光だった。