流星街の異邦人 ― その魂は二度目の人生を歩む 作:アイエオ
一九八九年、春。
霧哭きの渓谷、地下深部。
第七観測区。
◇
「彼は、少々知りすぎているようです」
その言葉を聞いた瞬間、俺はユリウス・ベルンハルトに対する評価を一段階引き上げた。
もちろん、好意的な意味ではない。
目の前の男は、危険だ。
単に強い念能力者というだけではない。こちらが何を知り、何を疑い、どこまで踏み込もうとしているのかを観察しながら、自分に都合のいい方向へ話を運ぼうとしている。
しかも、そのことを隠そうともしなくなった。
俺は一番の被験者を背後に庇う位置へ移動した。
床に敷かれた毛布が靴底に触れる。男の呼吸は弱々しいものの、先ほどと変わらず続いていた。
意識を失っただけだ。
少なくとも、今のところは。
「……知りすぎている、か」
俺はユリウスを見据えた。
「随分と物騒な言い方だな」
「そう聞こえましたか?」
「ああ。口封じを考えている人間の台詞に聞こえた」
ユリウスは困ったように微笑んだ。
「誤解ですよ。私は彼を傷つけるつもりなどありません」
「じゃあ、何を知っている?」
「それを確認したかったのです」
「質問に質問で返すなよ」
俺が言うと、男は小さく肩をすくめた。
その仕草には余裕があった。
だが、俺は別のものを見ていた。
ユリウスの右手。
白衣の袖口から覗く指先が、わずかに動いている。
親指が中指の腹を押し、離す。
それを一定の間隔で繰り返していた。
単なる癖かもしれない。
だが、念能力者を相手にしている以上、意味のない動作だと決めつけるのは危険だ。
俺は凝を使った。
ユリウスの周囲を覆うオーラが、細部まで見えてくる。
肩から腕、指先へと流れるオーラは滑らかだった。
特定の部位へ極端に集中している様子はない。
しかし、指が動くたび、袖口の内側で微弱な反応が生じていた。
(……何か持ってるな)
俺は腰のナイフには触れなかった。
相手を刺激する必要はない。
それより先に、確認すべきことがある。
「リリア」
「うん」
「一番の人をミレーヌさんのところへ」
リリアはすぐに動いた。
彼女は俺の横を通り、一番の男の肩を支える。
ミレーヌさんが反対側へ回り、二人で毛布ごと男を移動させた。
ユリウスは、その様子を黙って見ていた。
俺は男の視線を追った。
一番の被験者。
そして、ミレーヌさん。
さらに、生命維持容器の列。
ユリウスは部屋全体を確認している。
何かを探しているようにも見えた。
「ユリウス」
「はい」
「今から三つ質問する」
俺は指を一本立てた。
「一つ。あの男は、お前の何を知っている?」
二本目。
「二つ。中央管理区画に連れていかれた四人の調査員は、今どうなっている?」
三本目。
「三つ。お前が統括機構を停止させたい本当の理由は何だ?」
ユリウスはしばらく俺を見つめた。
それから、薄く笑った。
「……どれも簡単には答えられない質問ですね」
「答えられないのか、答えたくないのか」
「両方です」
その返答に、俺はかえって警戒を強めた。
嘘を重ねるのではなく、答えられないと認める。
こちらが不信感を抱いていることを理解したうえで、無理に信用を取り戻そうとしない。
相手にとって都合の悪い情報が、すでにこちらへ渡っていると判断したのかもしれない。
「では、私からも一つ質問を」
ユリウスが言った。
「あなたは、この施設のすべての収容者を救えると思っていますか?」
「思っている」
俺は即答した。
ユリウスの目が、わずかに細くなる。
「根拠は?」
「救う方法がまだ残っているからだ」
「その方法が失敗したら?」
「別の方法を探す」
「それでも駄目なら?」
「そのとき考える」
ユリウスは小さく笑った。
「随分と非合理的ですね」
「そうか?」
「ええ。限られた資源を、成功する保証のない救出へ投入する。研究成果を失う危険まで冒して」
俺は男を見た。
「お前にとって、人間の命は研究成果より軽いのか?」
「軽いとは言っていません」
「じゃあ、何だ?」
ユリウスは少し考えた。
「……価値の種類が違うのです」
その言葉に、俺は何も返さなかった。
価値の種類。
随分と便利な言葉だ。
人間を容器に閉じ込め、身体を改造し、意思を奪って戦わせる。
その結果を研究成果と呼ぶなら、確かに普通の人間とは価値観が違うのだろう。
だが、それを理解することと、受け入れることは別だった。
「お前の考えはわかった」
俺は一歩前へ出た。
「次は、こっちの質問に答えてもらう」
◇
「アオ、待って」
リリアの声が背後から聞こえた。
俺は足を止めた。
彼女は一番の男をミレーヌさんに預け、銀色の羅針盤を手にしていた。
針が揺れている。
だが、先ほどまでのように帰路を示そうとしているわけではない。
リリアは床を見ていた。
「……ユリウスさん、ここへ来る前に中央管理区画にいたんですよね?」
ユリウスが顔を向ける。
「ええ。そう説明しましたが」
「そこから、どうやって第八隔離区画まで来たんですか?」
「施設の通路を通ってですよ」
「通路が変わっているのに?」
「私は遺構の構造を研究しています。一般の方よりは、移動に慣れていますから」
リリアは頷いた。
だが、そこで質問を終えなかった。
「では、三日前にも、この区画へ来ましたか?」
ユリウスの表情が止まった。
本当に一瞬だった。
知らない人間なら見逃したかもしれない。
だが、俺はその変化を見ていた。
「……なぜ、そう思うのです?」
リリアは答えず、床へしゃがみ込んだ。
彼女の指先が、金属板の継ぎ目をなぞる。
「第八隔離区画へ向かう途中で、何人かの足跡を見つけました。保安部門の人たちとは違う靴底の模様もありました」
リリアはユリウスの革靴を見た。
「あなたの靴、底の外側だけ少し削れていますよね」
俺も視線を落とした。
確かに、右足の踵に特徴的な摩耗がある。
ユリウスは微笑んだ。
「それが何か?」
「同じ形の跡が、あの通路に残っていました」
リリアは立ち上がった。
「しかも、古い跡の上に新しい跡が重なっていたんです。少なくとも一度きりの移動じゃない」
俺は内心で感心した。
あのとき、俺は周囲の気配と施設の構造変化に注意を向けていた。
リリアが足跡を調べていることは知っていたが、そこまで細かく記憶しているとは思わなかった。
彼女は続けた。
「あなたは三日前にも、第八隔離区画へ来ていますね?」
ユリウスは、しばらく沈黙した。
やがて、観念したように頷く。
「……ええ。来ました」
「何をしに?」
「設備の点検です」
「補助電源の操作盤が壊れた日ですよね」
「偶然です」
リリアは首を傾げた。
「偶然かもしれません。でも、もう一つ気になることがあります」
彼女は銀色の羅針盤を掲げた。
「あなたの足跡を追おうとすると、途中で記録が途切れるんです」
ユリウスの目が、わずかに見開かれた。
「……それは興味深い」
「床が動いたから、というだけでは説明できません」
リリアの声は落ち着いていた。
「足跡の続きが、通路の別の場所にも見つからない。まるで、途中から歩かなくなったみたいに」
俺はユリウスを見た。
念能力。
あるいは、遺構の移動機構。
どちらかを使って移動した可能性がある。
ただし、リリアの能力は足跡を追跡するものだ。
痕跡が途切れたからといって、瞬間移動したと断定することはできない。
それでも、十分に不自然だった。
「……ユリウス」
俺は言った。
「お前、通路を使わずに移動する方法を知ってるな?」
男は笑みを消した。
そして、初めて俺たちを対等な相手として見るような目をした。
「……彼女は、優秀ですね」
「質問に答えろ」
「ええ。知っています」
ユリウスは頷いた。
「ただし、誰でも利用できるものではありません」
「どういう仕組みだ?」
「遺構の内部搬送機構です。施設の一部を短距離で移動させる機能があります」
俺は眉を寄せた。
「通路が変わるのと同じ仕組みか?」
「原理は近いですね」
ユリウスは壁へ視線を向けた。
「この遺構は、固定された建造物ではありません。複数の区画を接続し直すことで、内部の経路を変化させています」
「……つまり、お前はその接続を操作できる」
「限定的には」
俺は頷いた。
なるほど。
それなら、足跡が途中で途切れた理由も説明できる。
通路を歩いていた人間が、区画ごと移動した。
移動先が別の場所へ接続されれば、足跡はそこで終わる。
ただし。
(……本当に、それだけか?)
ユリウスの説明は筋が通っている。
だが、都合のいい部分しか話していない可能性は高かった。
◇
「……待ってください」
今度はエドガーが口を開いた。
俺は振り返った。
男はユリウスを見つめていた。
その顔には、明らかな動揺が浮かんでいる。
「内部搬送機構は、まだ実用化されていなかったはずです」
ユリウスは首を傾げた。
「いつの話です?」
「……少なくとも、先月の報告では」
「研究は進むものですよ、エドガー主任」
ユリウスは穏やかに答えた。
「あなたが人体実験に没頭している間にも、こちらでは成果が出ていたのです」
エドガーの顔が歪んだ。
俺は二人を見比べた。
同じ施設の研究者。
だが、互いの研究内容を完全には把握していない。
それどころか、情報を意図的に隠し合っているように見える。
「……エドガー」
俺は尋ねた。
「ユリウスは、お前より上の立場なのか?」
「……研究部門の権限は、ほぼ同格です」
「ほぼ?」
「……中央管理区画の遺構制御に関しては、彼の権限が優先されます」
俺はユリウスへ視線を戻した。
「それなら、生命維持装置の搬送にも協力できるんじゃないか?」
男は少し考えた。
「可能性はあります」
「また可能性か」
「この施設のすべてを制御できるわけではありませんから」
俺は一歩近づいた。
「なら、できることを全部話せ」
ユリウスは、しばらく黙っていた。
そして。
「……わかりました」
白衣の内側へ手を入れた。
俺は即座に反応した。
「動くな」
ユリウスの手が止まる。
俺は男の右腕へ視線を向けた。
「何を出す?」
「認証端末です」
「ゆっくり出せ」
ユリウスは頷いた。
白衣の内側から、小さな金属板を取り出す。
掌ほどの大きさ。
表面には青白い線が刻まれていた。
見覚えがある。
エドガーの腕輪や、施設の操作盤に使われているものと同じ系統の技術だ。
「これは?」
「中央管理区画への認証端末です」
ユリウスは金属板を掲げた。
「これを使えば、一部の搬送機構を起動できます」
俺は凝で確認した。
金属板には微弱なオーラが流れている。
だが、今のところ攻撃的な反応はない。
「……それを使って、俺たちを中央管理区画へ運べるのか?」
「ええ」
ユリウスは頷いた。
「ただし、条件があります」
俺は顔をしかめた。
「……聞こうか」
「搬送機構を起動するには、中央管理区画の認証が必要です」
「お前の端末じゃ足りないのか?」
「私の端末は、移動先を指定するためのものです。実際の起動には、別の承認が必要になります」
「誰の承認だ?」
ユリウスは、少しだけ笑った。
「……統括機構です」
俺は、しばらく黙っていた。
統括機構。
また、その名前か。
どうやら、この施設の重要な機能は、すべてそこへ繋がっているらしい。
「……その統括機構は、今も正常に動いているのか?」
俺が尋ねると、ユリウスは首を横に振った。
「いいえ。三日前から、命令系統に異常が発生しています」
「だから通路が変わる?」
「それも原因の一つです」
俺は、男の顔を見た。
「……お前が何かしたからじゃないのか?」
ユリウスは答えなかった。
その沈黙が、何よりも雄弁だった。
◇
「……一つ、確認させてください」
ミレーヌさんが口を開いた。
彼女は一番の男を寝かせたあと、こちらへ戻ってきていた。
「三日前、あなたたちは遺構の中枢機構を起動させたと言いましたね」
「ええ」
「その直後から、施設の異常が始まった」
「そうです」
「では、起動させた機能は何だったのですか?」
ユリウスは、しばらく考えた。
そして、静かに答えた。
「……記録の再生です」
俺は眉を寄せた。
「記録?」
「この遺構には、過去の観測情報が大量に保存されています」
ユリウスは中央装置へ視線を向けた。
「私たちは、その一部を再生することに成功しました」
「何の記録だ?」
「……遺構が建造された当時のものです」
俺は、少しだけ興味を引かれた。
この遺構は、少なくとも二十年以上前に発見されたものだ。
だが、建造された年代はわかっていない。
現代の技術では再現できない機構も多い。
その記録が残っているなら、施設の正体を知る手掛かりになる。
「……何が映っていた?」
ユリウスは、しばらく黙っていた。
そして。
「……人間です」
俺は眉をひそめた。
「人間?」
「ええ。大勢の人間が、この施設を利用していました」
「研究者か?」
「……違います」
ユリウスの声が、わずかに低くなった。
「彼らは、ここで生活していたのです」
俺は黙った。
生活。
研究施設ではなく?
「……どういう意味だ?」
ユリウスは、ゆっくりと説明を始めた。
「この遺構は、もともと人間を閉じ込めるための場所ではなかったようです」
俺は、透明な容器の列を見た。
二十三人。
その全員が、機械に繋がれている。
ユリウスは続けた。
「生命維持機構も、観測機構も、本来は人間を保護するためのものだった可能性があります」
俺は、静かに考えた。
人間を保護するための施設。
ならば、なぜこれほど複雑な機構が必要だったのか。
何から人間を守ろうとしていたのか。
そして、誰がそれを建造したのか。
疑問は増えるばかりだった。
「……記録には、他に何が残っていた?」
俺が尋ねると、ユリウスは微笑んだ。
「……それを、あなたにも見ていただきたいのです」
「中央管理区画で?」
「ええ」
俺は、しばらく男を見つめた。
どうやら、ユリウスは俺を中央管理区画へ連れていきたいらしい。
理由はまだわからない。
だが、こちらの目的とも重なっている。
四人の行方不明者。
携帯型の生命維持補助装置。
そして、遺構の統括機構。
すべて中央管理区画にあるという。
(……誘導されてるな)
俺は、そう感じていた。
だが、誘導されているからといって、必ずしも避けるべきとは限らない。
相手の狙いを理解したうえで、利用できるものは利用する。
それも一つの方法だ。
ただし、相手の都合どおりに動くつもりはなかった。
◇
「……中央管理区画へ行く前に、確認することがある」
俺は言った。
ユリウスが首を傾げる。
「何でしょう?」
「一番の男が、お前を見て怯えた理由だ」
男の笑みが、わずかに薄れた。
「……彼は混乱しているのでしょう」
「それだけか?」
「長期間の実験によって、精神状態が不安定になっている可能性があります」
俺は首を横に振った。
「違うな」
ユリウスは黙った。
「確かに、あの男は衰弱している。だが、お前を見た瞬間の反応は、単なる混乱じゃない」
俺は続けた。
「明確に、お前を恐れていた」
ユリウスは、しばらく俺を見つめた。
そして。
「……あなたは、人の感情を読むのが得意なようですね」
「流星街で育ったからな」
俺は答えた。
「相手が何を考えてるか見誤ると、死ぬこともある」
ユリウスは、少しだけ目を細めた。
「……流星街」
その言葉を、ゆっくりと繰り返した。
「興味深い経歴ですね」
「話を逸らすな」
俺は一歩近づいた。
「お前は、あの男に何をした?」
ユリウスは、しばらく黙っていた。
そして。
「……何もしていません」
俺は、男の目を見た。
嘘をついているのか。
それとも、本当に何もしていないのか。
判断は難しい。
だが、少なくとも何かを隠していることは確かだった。
俺は、静かに息を吐いた。
「……そうか」
ユリウスは、少しだけ安心したように見えた。
だが、次の瞬間。
俺は男の右手首を掴んだ。
「……っ!」
ユリウスの身体が強張る。
俺は、そのまま腕を持ち上げた。
白衣の袖口がずれ、内側に隠されていたものが見えた。
細い金属製の輪。
その表面には、青白い線が刻まれている。
エドガーの腕輪に似ていた。
だが、構造は違う。
俺は凝を強めた。
輪の内部を、微弱なオーラが循環している。
「……これは何だ?」
俺が尋ねると、ユリウスは苦笑した。
「……乱暴ですね」
「答えろ」
「……研究用の補助端末です」
「何の研究だ?」
ユリウスは、しばらく黙っていた。
そして。
「……観測情報の収集です」
俺は、目を細めた。
(……やっぱりな)
こいつは、俺たちと話している間も何かを調べていた。
俺は腕輪を観察した。
金属製の輪から、細いオーラの糸が伸びている。
その先は。
床。
そして、壁の内部へ繋がっていた。
(……施設と接続してるのか)
俺は、ユリウスを見た。
「……いつから使ってた?」
男は、少しだけ笑った。
「……あなた方と会ったときからです」
俺は、静かに息を吐いた。
どうやら、こいつは最初から俺たちを観察していたらしい。
「……何を調べた?」
「……あなたのオーラです」
俺は、眉をひそめた。
「観測核の情報収集は止めたはずだが?」
「ええ。あちらの系統は停止しています」
ユリウスは、ゆっくりと答えた。
「ですが、私の端末は別の経路を使っています」
俺は、男の腕輪を見た。
細いオーラの糸。
壁の内部へ伸びる接続。
そして、中央管理区画へ繋がる認証端末。
(……こいつ、最初から俺を調べるつもりだったのか)
俺は、静かに拳を握った。
「……随分と舐めた真似をしてくれるな」
ユリウスは、苦笑した。
「……研究者の性分でして」
「その言い訳は、もう聞き飽きた」
俺は、腕輪へ視線を向けた。
そして、指先へオーラを集中させた。
ユリウスの表情が変わる。
「……待ってください」
俺は手を止めた。
「何だ?」
「……それを壊すと、少々困ったことになります」
「どう困る?」
ユリウスは、しばらく黙っていた。
そして。
「……中央管理区画への接続が、完全に失われます」
俺は目を細めた。
「……つまり、お前はこれを壊されたくないわけだ」
「ええ」
俺は、少しだけ考えた。
そして。
腕輪を壊すのをやめた。
ユリウスの表情が、わずかに緩む。
だが、俺はそのまま男の手首を掴み続けた。
「……壊さないとは言ったが、自由に使わせるとは言ってない」
俺は、腰から細い拘束具を取り出した。
そして、ユリウスの右手首を固定する。
腕輪そのものには触れず、指先の動きを制限する形だ。
ユリウスは、苦笑した。
「……用心深いですね」
「お前が信用できないからな」
俺は答えた。
「中央管理区画へ着くまで、勝手な操作はするな」
ユリウスは、しばらく俺を見つめた。
そして。
「……わかりました」
静かに頷いた。
◇
そのときだった。
部屋の中央にある青白い観測機構が、突然明滅した。
俺は反射的に顔を上げた。
青白い人影が、空中へ浮かび上がる。
以前にも見た姿だ。
輪郭の曖昧な、人間に似た形。
だが、その表情は読み取れない。
『観測対象一』
無機質な声が響いた。
俺は、静かに構えた。
「……何だ?」
『未承認の管理操作を検知』
俺は、ユリウスへ視線を向けた。
男の顔から、笑みが消えていた。
『管理権限の照合を開始』
青白い人影が、ゆっくりとユリウスへ向いた。
『認証情報、不一致』
俺は眉をひそめた。
「……不一致?」
ユリウスが、低く呟いた。
「……そんなはずは」
青白い人影は、さらに続けた。
『当該個体の管理権限を確認できません』
俺は、ユリウスを見た。
男は、明らかに動揺している。
その反応は、これまでの余裕ある態度とは違っていた。
『警告』
観測機構の声が、部屋全体へ響く。
『当該個体は、登録済み管理者ではありません』
俺は、静かに息を吐いた。
(……どういうことだ?)
ユリウスは、この施設の研究者を名乗っている。
エドガーも、彼を知っている。
レオンたちも、存在を認識している。
それなのに。
遺構の観測機構は、彼を管理者として認めていない。
俺は、ユリウスへ視線を向けた。
「……説明してもらおうか」
男は、しばらく黙っていた。
そして。
ゆっくりと笑った。
それは、これまでの穏やかな笑みとは違っていた。
何かを諦めたような。
あるいは。
ようやく隠す必要がなくなったことを喜んでいるような。
そんな笑みだった。
「……やはり、ここまで来ましたか」
俺は、静かに拳を握った。
「……何者だ、お前」
ユリウスは、ゆっくりと顔を上げた。
そして。
「……それを知りたいのなら」
男は、青白い観測機構へ視線を向けた。
「……中央管理区画へ来ていただくしかありません」
その瞬間。
部屋の床が、低く震えた。
俺は足元へ視線を落とした。
金属板の継ぎ目から、青白い光が漏れ始めている。
壁の奥で、巨大な機械が動く音が響いた。
リリアが、羅針盤を握りしめる。
「……アオ!」
俺は頷いた。
「ああ、わかってる」
施設が、また動き始めた。
だが、今回は違う。
ただ通路が変化しているのではない。
部屋そのものが、ゆっくりと移動している。
俺は、ユリウスを見据えた。
男は、静かに微笑んでいた。
「……ようこそ」
その声が、機械音の中へ溶けていく。
「……遺構の、本当の姿へ」
そして。
第七観測区全体が、深い振動に包まれた。