流星街の異邦人 ― その魂は二度目の人生を歩む   作:アイエオ

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第五十八話 閉ざされる遺構――最後の脱出

一九八九年、春。

 

 霧哭きの渓谷、地下深部。

 

     ◇

 

 人間の命は、数字で数えることができる。

 

 だが、その数字の一つ一つに顔があり、名前があり、これまで生きてきた時間があるのだと考えれば、話はそう単純ではなくなる。

 

 俺の目の前には、二十九人の人間が横たわっていた。

 

 二十三人の被験者は、長い間閉じ込められていた培養槽から、ようやく解放されたばかりだ。

 

 そのほかに、以前救出した一人の被験者と、巨大な身体を持つ零号。そして、中央区画で発見した四人の調査員がいる。

 

 被験者二十五人、調査員四人。

 

 全員、生きている。

 

 だが、二十九人のほとんどは自力で歩ける状態ではなかった。携帯型の生命維持補助装置に繋がれ、古代の搬送台の上で眠っている。

 

 さらに、連れて帰らなければならない人間は彼らだけではない。

 

 ユリウス・ベルンハルト。

 

 エドガー・ヴァイス。

 

 そして、以前の戦闘で拘束した三人の念能力者の警備員。

 

 合計五人の拘束者だ。

 

 三人の警備員は、今も拘束された状態で壁際に寝かされている。戦闘で意識を失ったあと、時折反応を見せるようになっていたが、まだまともに動ける状態ではない。

 

 とはいえ、念能力者である以上、油断は禁物だ。

 

 レオンとガルドが交代で監視を続けていた。

 

 俺は、部屋の中央に浮かぶ立体図へ視線を戻した。

 

 青白い光で描かれた遺構の内部構造。

 

 複雑に入り組んだ通路。

 

 無数の隔壁。

 

 そして、各所で点滅する赤い警告表示。

 

「……これは、厄介ね」

 

 ミレーヌが低く呟いた。

 

 彼女の視線の先では、地上へ通じる三本の主要昇降路が、すべて赤く表示されていた。

 

「統括機構。どうして全部使えないんだ?」

 

『第一昇降路は動力供給が不安定です。第二昇降路は構造破損により使用不能。第三昇降路は外部管理権限の無効化に伴い、安全確認が必要となっています』

 

「安全確認にはどれくらいかかる?」

 

『推定不能』

 

 俺は眉を寄せた。

 

 時間がない。

 

 二十五人の被験者は、携帯型補助装置によって生命を維持している。装置そのものは優秀だが、無制限に稼働するわけではなかった。

 

「エドガー。補助装置の残り稼働時間は?」

 

 拘束された研究者が顔を上げた。

 

「通常の患者であれば、十二時間程度です。しかし、状態が不安定な患者は消費が激しく……」

 

「四番と十三番か」

 

「……はい。四番は七時間ほど、十三番は六時間程度と考えられます」

 

 俺は腕を組んだ。

 

 六時間。

 

 これほど大勢を連れて、複雑な地下施設を移動するには決して長くない。

 

「途中で再充填はできるのか?」

 

『中央医療区画および各中継補助室に、再供給設備が存在します』

 

 中央統括機構の返答に、わずかな希望が見えた。

 

 だが、地上への経路が確保できなければ意味がない。

 

 そのときだった。

 

「アオ。ちょっと見て」

 

 隣で銀色の羅針盤を確認していたリリアが、立体図の端を指差した。

 

「ここ。前に通った道なんだけど、覚えてる?」

 

 彼女が示したのは、中央区画から離れた外縁部の通路だった。

 

 俺は記憶を辿る。

 

 古い配管が並び、壁面の照明がほとんど消えていた場所。

 

 確か、途中に大きな整備用の扉があったはずだ。

 

「ああ。覚えてる」

 

「その先に、昇降路みたいな縦穴があったと思うの」

 

 俺は立体図を見直した。

 

 そこには、主要昇降路とは別の細い縦線が描かれている。

 

「統括機構。外縁整備区画に、独立した昇降路はあるか?」

 

『存在します』

 

 立体図の一部が拡大された。

 

『旧式物資搬送用昇降機。中央制御系統から独立しています』

 

「稼働状態は?」

 

『長期間使用されていないため、不明です』

 

 確実とは言えない。

 

 だが、ほかに有力な選択肢もなかった。

 

 俺はミレーヌへ視線を向けた。

 

「整備用昇降路を目指しましょう」

 

「そうね。途中で補助装置を再充填できれば、時間にも余裕ができる」

 

 彼女は頷き、すぐに全員へ指示を出し始めた。

 

 俺たちは、搬送の準備に取りかかった。

 

     ◇

 

 出発前に、まず拘束者たちの状態を確認した。

 

 ユリウスは両腕を背中側で固定され、右手首の管理端末も取り外されている。

 

 エドガーも拘束されたままだが、医療機器の操作が必要なときだけ、レオンの監視下で手を使えるようにする予定だった。

 

 問題は、三人の警備員だった。

 

 全員が念能力者であり、しかも実戦経験を持つ。

 

 現在は意識が不明瞭とはいえ、いつ回復するか分からない。

 

 俺は三人の前へしゃがみ、凝でオーラの状態を確認した。

 

 生命反応は安定している。

 

 身体の周囲には、弱いオーラが残っていた。

 

「……念を使える程度には回復してきてるな」

 

 レオンが頷いた。

 

「だからこそ、拘束を緩めるわけにはいかん」

 

 三人の手首と足首には、それぞれ頑丈な拘束具が取り付けられていた。さらに、身体を搬送台へ固定するための帯も用意してある。

 

「拘束具だけで大丈夫ですか?」

 

「完全ではない。念能力者に絶対安全な拘束など、そう簡単にはできん」

 

 レオンは、三人のうち一人を見下ろした。

 

「だが、能力の発動条件を警戒し、身体の自由を奪い、常に監視する。今できる対策を重ねるしかない」

 

 俺は頷いた。

 

 相手が念能力者である以上、意識がないからといって無防備にしておくわけにはいかない。

 

「じゃあ、三人は一台ずつ別の搬送台に固定しましょう。念能力の発動を確認したら、すぐ対応できるように」

 

「了解した」

 

 ガルドが三人を順番に持ち上げ、用意した搬送台へ寝かせた。

 

 俺は拘束の状態を確認する。

 

 手首。

 

 足首。

 

 胴体。

 

 首や胸を圧迫していないかも確かめた。

 

 拘束者とはいえ、死なせていい理由にはならない。

 

 最後に、三人の意識状態を記録した。

 

 全員、生存。

 

 重篤な外傷なし。

 

 念能力の使用には警戒が必要。

 

 これで、搬送の準備は整った。

 

「……全員の人数を確認するわ」

 

 ミレーヌが声を上げた。

 

 俺たちは、搬送列の周囲へ集まった。

 

「被験者二十五人。調査員四人。拘束者五人。そして、私たち五人」

 

 ミレーヌは一人ずつ確認していく。

 

「合計三十九人」

 

 俺は頷いた。

 

 三十九人。

 

 誰一人、地下へ置き去りにはしない。

 

「……行きましょう」

 

 ミレーヌの言葉を合図に、搬送列が動き始めた。

 

     ◇

 

 遺構の内部は、来たときとは違う顔を見せていた。

 

 壁面を走っていた青白い光は弱まり、ところどころで赤い警告灯が点滅している。

 

 遠くから聞こえる低い金属音。

 

 天井の奥で何かが動く振動。

 

 そして、冷たい空気に混じる、古い機械油のような匂い。

 

 施設全体が、長い眠りへ戻ろうとしているようだった。

 

 俺とガルドが先頭に立ち、通路の安全を確認する。

 

 リリアは銀色の羅針盤を使い、以前通った経路との一致を確かめていた。

 

 ミレーヌは患者の状態を管理し、レオンは拘束者の監視を担当する。

 

 エドガーは、医療機器の異常があればすぐに報告するよう命じられていた。

 

 ユリウスは、搬送列の中央を歩かされている。

 

 三人の警備員は、拘束されたまま専用の搬送台で運ばれていた。

 

 しばらくは、順調だった。

 

 だが、三十分ほど進んだところで、最初の障害にぶつかった。

 

 通路を塞ぐ巨大な隔壁。

 

 天井から落ちた配管が絡みつき、半ば床へ埋まっている。

 

「……こいつは面倒だな」

 

 ガルドが低く唸った。

 

 俺は、隔壁の厚さを確認した。

 

 三十センチほど。

 

 普通の人間なら、重機がなければ動かせないだろう。

 

「……二人で持ち上げますか」

 

 俺が言うと、ガルドは笑った。

 

「おう。久しぶりに力仕事らしい力仕事だ」

 

 まず、周囲の配管を調べる。

 

 中央統括機構に確認したところ、すでに停止した冷却系統らしい。

 

 俺は周で強化したナイフを使い、絡みついた配管を切断した。

 

 金属が裂ける甲高い音が響く。

 

 ガルドが隔壁の端へ手をかける。

 

 俺も反対側へ回った。

 

「……せーの!」

 

 二人で力を込める。

 

 重い金属板が、ゆっくりと持ち上がった。

 

 腕に強烈な負荷がかかる。

 

 だが、まだ耐えられる。

 

「リリア! 搬送台を通してくれ!」

 

「分かった!」

 

 彼女はすぐに動いた。

 

 まず、状態の不安定な患者から通す。

 

 続いて、ほかの被験者たち。

 

 調査員。

 

 そして、拘束した三人の警備員。

 

 三人は搬送台に固定されたまま、レオンの監視下で通過した。

 

 最後に、ユリウスとエドガーが続く。

 

 全員が通り抜けるまで、俺とガルドは隔壁を支え続けた。

 

 最後の一人が通過したのを確認してから、ゆっくりと金属板を下ろす。

 

 鈍い衝撃が床を伝わった。

 

「……ふう」

 

 ガルドが額の汗を拭った。

 

「なかなか骨が折れるな」

 

「本当に」

 

 俺は腕を軽く回した。

 

 力仕事なら慣れているつもりだったが、これほど重いものを長時間支えるのはさすがに堪える。

 

 だが、全員が無事に通過できた。

 

 それだけで十分だった。

 

     ◇

 

 一時間ほど進んだところで、最初の中継補助室へ到着した。

 

 部屋の中央には、古い医療用の台座が並んでいる。

 

 壁面には、読めない文字が刻まれていた。

 

 俺たちは、携帯型生命維持補助装置を順番に接続した。

 

 青白い光が流れ込み、装置の蓄積量が少しずつ回復していく。

 

 特に四番と十三番の患者については、エドガーと中央統括機構の両方に状態を確認させた。

 

「……十三番の循環は?」

 

「安定しています。ただし、移送中の振動には注意が必要です」

 

「四番は?」

 

「こちらも問題ありません。補助装置の出力を少し調整しました」

 

 俺は頷いた。

 

「勝手な変更はするなよ。必ず統括機構にも確認させろ」

 

「……承知しています」

 

 エドガーは、素直に頭を下げた。

 

 その姿を見ても、俺の中にあった不信感が消えることはなかった。

 

 この男が人体実験に関わっていた事実は変わらない。

 

 今、患者を救うために働いているからといって、過去の罪が帳消しになるわけではないのだ。

 

 俺は、少し離れた場所へ視線を向けた。

 

 ユリウスは、壁際に座らされている。

 

 レオンが監視する三人の警備員も、近くの搬送台に固定されていた。

 

 そのうちの一人が、わずかに身じろぎした。

 

 俺は、すぐに近づいた。

 

「……意識が戻ったか?」

 

 男の瞼が、薄く開いている。

 

 視線が定まっていない。

 

 だが、こちらを認識しているようだった。

 

「……ここは……」

 

 掠れた声。

 

「移動中だ」

 

 俺は短く答えた。

 

「お前たちも地上へ連れて帰る」

 

 男の表情が変わった。

 

 警戒。

 

 困惑。

 

 そして、恐怖。

 

「……研究所は……」

 

「もう終わりだ」

 

 俺は、男を見下ろした。

 

「ユリウスもエドガーも拘束した。お前たちについても、地上で正式に調べてもらう」

 

 男は、何かを言いかけた。

 

 だが、言葉にならなかった。

 

 俺は、レオンへ視線を向けた。

 

「……この人、意識が戻りかけています」

 

「分かった。監視を強めよう」

 

 俺は頷いた。

 

 念能力者が意識を取り戻すのは、危険が増えるということでもある。

 

 だが、だからといって、必要以上に傷つけるつもりはなかった。

 

 彼らが何をしてきたのか。

 

 どこまで事件に関わっていたのか。

 

 それを明らかにするのは、地上へ戻ってからだ。

 

     ◇

 

 休憩中、俺はリリアの隣へ腰を下ろした。

 

 彼女は銀色の羅針盤を膝に置き、地図と見比べていた。

 

「疲れたか?」

 

「少しね」

 

 リリアは肩を回した。

 

「でも、まだ大丈夫」

 

「無理するなよ」

 

「それ、アオに言われたくないな」

 

 俺は返す言葉に詰まった。

 

 彼女は小さく笑った。

 

「さっきから、ずっと前に出てるでしょ」

 

「……まあ、俺が一番動けるからな」

 

「だからって、疲れないわけじゃないよ」

 

 そう言って、彼女は水筒を差し出してきた。

 

 俺は受け取り、一口飲んだ。

 

 冷たい水が喉を通る。

 

 思っていた以上に、身体が水分を欲していた。

 

「ありがとう」

 

「どういたしまして」

 

 水筒を返すと、リリアは少しだけ表情を和らげた。

 

 俺は、搬送台に横たわる人々を見つめた。

 

 二十九人の救出者たち。

 

 そのほとんどは、まだ眠っている。

 

 彼らは、自分たちが救出されたことを知らない。

 

 目を覚ましたとき、どんな反応をするのだろう。

 

 喜ぶ人もいるだろう。

 

 恐怖で混乱する人もいるかもしれない。

 

 失われた時間を知り、怒りや悲しみを抱く人だっているはずだ。

 

 俺たちができるのは、彼らを地上へ連れ帰るところまでだ。

 

 その先の人生を取り戻すには、もっと多くの人間の力が必要になる。

 

「……アオ?」

 

 リリアの声で、思考が途切れた。

 

「どうしたの?」

 

「いや」

 

 俺は首を振った。

 

「地上に戻ったら、やることが山ほどあるなって」

 

「そうだね」

 

 彼女は、搬送台の列へ目を向けた。

 

「でも、今は帰ることだけ考えよう」

 

「……そうだな」

 

 俺は頷いた。

 

 そのとき、部屋の奥で小さな電子音が鳴った。

 

『通知』

 

 中央統括機構の声だった。

 

『中継補助室の再供給処理が完了しました』

 

 俺は立ち上がった。

 

「よし。出発しよう」

 

     ◇

 

 二つ目の障害は、旧式整備区画へ入る直前に待っていた。

 

 通路の床が、大きく裂けていた。

 

 幅は、およそ四メートル。

 

 下には暗い空洞が広がっている。

 

 底は見えなかった。

 

 搬送台には短い段差を越える機能があるが、これほどの距離を飛び越えることはできない。

 

「……橋が必要ね」

 

 ミレーヌが呟いた。

 

 俺は周囲を見渡した。

 

 壁には、古い整備用の足場が折り畳まれている。

 

 金属製の板が、何枚も重なっていた。

 

「……あれ、使えないかな」

 

 俺が指差すと、ガルドが頷いた。

 

「試す価値はある」

 

 俺たちは壁へ近づいた。

 

 足場は、長い年月の間に固着しているようだった。

 

 手動の操作盤は動かない。

 

 だが、構造自体は残っている。

 

 俺は凝を使い、内部のオーラの流れを確認した。

 

 ほとんど動いていない。

 

 つまり、今はただの金属の塊だ。

 

「……外せそうだな」

 

 俺は、固定具へ手を伸ばした。

 

 そのときだった。

 

 背後から、ユリウスの声が聞こえた。

 

「……その足場は、荷重に耐えられませんよ」

 

 俺は振り返った。

 

 男は、レオンに監視されながらこちらを見ていた。

 

「……理由は?」

 

「旧式の構造材です。表面は健全に見えても、内部の結合が劣化している可能性が高い」

 

 俺は、金属板を見た。

 

 確かに、表面には細かい亀裂が走っている。

 

「……じゃあ、別の方法があるのか?」

 

「あります」

 

 ユリウスは、通路の天井を見上げた。

 

「あの梁です。中央の支持材を利用すれば、荷重を分散できます」

 

 俺は、男の視線を追った。

 

 天井には、太い金属製の梁が何本も走っている。

 

 そのうちの一本は、亀裂の向こう側まで続いていた。

 

「……なるほど」

 

 俺は少し考えた。

 

 ユリウスの言葉を無条件に信じるわけにはいかない。

 

 だが、構造を確認すれば、使えるかどうかは判断できる。

 

「統括機構。あの梁の状態は?」

 

『構造強度、許容範囲内』

 

「搬送台の重量に耐えられるか?」

 

『補助支持を追加した場合、可能です』

 

 俺は頷いた。

 

 そして、ユリウスを見た。

 

「……情報は助かった」

 

 男は、少しだけ目を細めた。

 

「私は、ここで死ぬつもりはありませんから」

 

「俺もだ」

 

 俺は、それだけ答えた。

 

 その後、俺たちは天井の梁を利用して仮設の橋を作った。

 

 金属板を固定し、周囲の支持材で補強する。

 

 ガルドが強度を確認し、俺が実際に渡ってみる。

 

 問題はなかった。

 

 それでも、搬送台を通すときは慎重に進めた。

 

 一台ずつ。

 

 ゆっくりと。

 

 下から吹き上げる冷たい風が、衣服を揺らす。

 

 遠くで、水滴の落ちる音がした。

 

 暗闇の底には、何があるのだろう。

 

 考えても仕方がない。

 

 俺は、目の前の搬送台へ意識を集中させた。

 

 まず、状態の不安定な患者たち。

 

 続いて、ほかの被験者と調査員。

 

 三人の警備員を乗せた搬送台も、一台ずつ慎重に渡した。

 

 その際、レオンが常に近くで監視を続けていた。

 

 途中、警備員の一人が再び身じろぎしたが、拘束が緩むことはなかった。

 

 最後に、ユリウスとエドガーを渡らせる。

 

 全員が通過したことを確認してから、俺たちも橋を渡った。

 

「……人数確認をお願いします」

 

 俺が言うと、ミレーヌが全員を確認した。

 

「被験者二十五人、調査員四人、拘束者五人。全員いるわ」

 

 俺は頷いた。

 

 その言葉が、何よりも心強かった。

 

     ◇

 

 旧式整備区画は、中央区画とは明らかに雰囲気が違っていた。

 

 壁の装飾は少なく、設備は実用性を重視した造りになっている。

 

 太い配管。

 

 剥き出しの支持材。

 

 古い作業台。

 

 そして、長い年月の間に積もった埃。

 

 ここは、かつて遺構を維持していた人々が働いていた場所なのだろう。

 

 俺は、壁際に並ぶ棚へ目を向けた。

 

 その中には、見慣れない形の工具や、金属製の容器が残されている。

 

 ほとんどは劣化していた。

 

 だが、一部の保管庫には、まだ淡い光が灯っていた。

 

「……統括機構」

 

『応答』

 

「この区画には、何が保管されている?」

 

『整備用資材、予備部品、特殊伝導素材などです』

 

「特殊伝導素材?」

 

『生命維持設備および観測機構に使用される、高安定性の伝導媒体です』

 

 俺は、足を止めた。

 

 壁際の保管庫に、三つの小さな容器が並んでいた。

 

 透明な外装の向こうに、深紅の結晶が見える。

 

 大きさは、鶏卵ほど。

 

 その内部には、細い金色の筋が走っていた。

 

 光を当てたわけでもないのに、結晶の奥で微かな輝きが揺らめいている。

 

「……何だ、これ」

 

 俺は思わず呟いた。

 

 リリアが隣へ来た。

 

「綺麗な石だね」

 

「ああ」

 

 俺は、凝を使った。

 

 すると、結晶の内部に、奇妙なオーラの流れが見えた。

 

 外から流れ込んでいるわけではない。

 

 結晶そのものが、長い時間をかけて蓄えたものを保持しているようだった。

 

 しかも、その流れは驚くほど安定している。

 

(……こんな素材があるのか)

 

 俺は、しばらく見入ってしまった。

 

「統括機構。この石は?」

 

『特殊伝導鉱物。登録名称――深紅の星髄石』

 

「……深紅の星髄石」

 

 聞いたことのない名前だった。

 

『本施設の建造時に搬入された素材です。現存数、三個』

 

「今も使われているのか?」

 

『否。現在は予備資材として保管されています』

 

「……そうか」

 

 俺は、保管庫から視線を離した。

 

 興味はある。

 

 だが、今は患者を地上へ運ぶことが先だ。

 

 それに、勝手に持ち出すわけにもいかない。

 

「……あとで、調査資料として確認してもらおう」

 

 俺が言うと、リリアが頷いた。

 

「うん。ミレーヌさんにも伝えておこう」

 

 俺たちは、再び歩き始めた。

 

 背後の保管庫では、三つの深紅の結晶が、静かに輝いていた。

 

     ◇

 

 整備用昇降路に到着したのは、それから一時間ほど後だった。

 

 巨大な縦穴が、暗闇の中へ伸びている。

 

 中央には、古い物資搬送用の昇降台が設置されていた。

 

 幅は十分にある。

 

 だが、搬送対象は三十九人。

 

 そのうち二十九人は救出者であり、三人の警備員も搬送台に固定されている。

 

 全員を一度に運ぶことはできない。

 

「……統括機構。この昇降機は動くのか?」

 

『旧式昇降機の動力系統を確認中』

 

 数秒後。

 

『主動力は停止しています』

 

 俺は、顔をしかめた。

 

「……やっぱりか」

 

『ただし、補助動力系統は使用可能です』

 

「本当か?」

 

『肯定』

 

 俺は、思わず笑った。

 

「……それは助かる」

 

 だが、続く言葉で笑みが消えた。

 

『補助動力による上昇運転可能回数は、最大三回です』

 

 三回。

 

 俺は、昇降台の広さを確認した。

 

 患者の搬送台。

 

 警備員を固定した搬送台。

 

 そして、護衛と研究者たち。

 

 適切に分ければ、三回で運べる可能性はある。

 

 ただし、失敗は許されない。

 

「……一回あたり、何台載せられる?」

 

『標準生命維持搬送台の場合、最大十二台。ただし、搭乗者および補助機材の重量により変動します』

 

 俺は、ミレーヌたちと相談した。

 

 まず、状態の不安定な患者を優先する。

 

 四番と十三番を含む被験者十二人を第一便へ。

 

 付き添いはミレーヌ。

 

 第二便には、残りの被験者十二人と四人の調査員を乗せる。搬送台の規格が異なるため、実際の配置は統括機構に計算させた。

 

 そして、第三便。

 

 零号。

 

 拘束した三人の警備員。

 

 ユリウスとエドガー。

 

 俺、レオン、ガルド。

 

 リリアは第二便に乗り、上層区画で患者たちの受け入れを手伝うことになった。

 

 ただし、第一便と第二便に乗る患者の数が多い。

 

 俺は、統括機構へ確認した。

 

「……この配置で重量制限は大丈夫か?」

 

『第一便、許容範囲内』

 

『第二便、許容範囲内』

 

『第三便、許容範囲内』

 

 俺は頷いた。

 

「……よし」

 

 最後に、三人の警備員の拘束を再確認した。

 

 意識を取り戻しかけている一人は、こちらの動きを目で追っていた。

 

 残りの二人は、まだ反応が鈍い。

 

「……逃げようなんて考えるなよ」

 

 俺は、目を開けている男へ声をかけた。

 

「地上へ出たら、正式な調査を受けてもらう。ここで暴れても、誰の得にもならない」

 

 男は、しばらく俺を見つめていた。

 

 やがて、視線を逸らした。

 

 返事はなかった。

 

 だが、今のところ抵抗する様子もない。

 

 俺はレオンへ頷いた。

 

「……お願いします」

 

「任せろ」

 

 準備が整った。

 

 俺たちは、慎重に搬送を始めた。

 

     ◇

 

 第一便は、無事に上層区画へ到着した。

 

 昇降台がゆっくりと上昇し、暗い縦穴の中へ消えていく。

 

 俺は、下からその様子を見守っていた。

 

 数分後。

 

『第一便、上層区画へ到着』

 

 統括機構の声が響いた。

 

 俺は、ようやく息を吐いた。

 

 続いて、昇降台が戻ってくる。

 

 第二便。

 

 残りの被験者と調査員たちが乗り込む。

 

 リリアが付き添い、ミレーヌが上層で受け入れる。

 

 俺は、最後まで下層に残ることにした。

 

 ユリウスとエドガー。

 

 三人の警備員。

 

 レオンとガルド。

 

 そして、零号。

 

 最後の便には、俺たちが乗る。

 

 昇降台が上昇していくのを見送りながら、俺は壁へ背を預けた。

 

 長い一日だった。

 

 いや、正確には、地下へ入ってからずっと気を張り続けている。

 

 身体はまだ動く。

 

 だが、疲労がないわけではない。

 

 念を使い続けた負担もある。

 

 俺は、拳を握った。

 

 指先に、わずかな震えがあった。

 

(……地上に戻ったら、少し休みたいな)

 

 そんなことを考えたときだった。

 

 床が、低く震えた。

 

 俺は顔を上げた。

 

 天井の奥から、重い音が響いてくる。

 

 まるで、巨大な扉が閉じるような音だった。

 

「……何だ?」

 

『通知』

 

 中央統括機構の声が響いた。

 

『暫定管理権限の無効化が完了しました』

 

 俺は、目を細めた。

 

『施設全体の保護封鎖処理を開始します』

 

「……封鎖?」

 

『外部からの不正干渉を防止するため、主要区画を順次隔離します』

 

 俺は、すぐに問い返した。

 

「待て。俺たちがまだ中にいる」

 

『認識しています』

 

「なら、封鎖は後にできないのか?」

 

『一部の区画では、すでに自動隔離が進行しています』

 

 俺は、奥歯を噛んだ。

 

 中央統括機構が悪意を持っているわけではない。

 

 むしろ、施設を守るための処理だ。

 

 だが、今はタイミングが悪すぎる。

 

「……統括機構。俺たちの脱出を優先しろ」

 

『生命保護命令を優先します』

 

「だったら、昇降機を止めるな」

 

『了解』

 

 俺は、昇降路を見上げた。

 

 遠くで、昇降台が上層へ到着する音がした。

 

 数秒後。

 

『第二便、上層区画へ到着』

 

 俺は、胸を撫で下ろした。

 

 あとは、最後の便だけだ。

 

     ◇

 

 昇降台が戻ってきた。

 

 俺たちは、急いで零号を搬送台ごと乗せた。

 

 続いて、三人の警備員を乗せた搬送台。

 

 それぞれの拘束具を、レオンが確認する。

 

 意識を取り戻しかけていた警備員が、周囲を見渡した。

 

「……どこへ……」

 

「地上だ」

 

 レオンが答えた。

 

「大人しくしていろ」

 

 男は、唇を噛んだ。

 

 だが、抵抗しなかった。

 

 ユリウスとエドガーも乗り込む。

 

 最後に、俺とガルドが昇降台へ足を踏み入れた。

 

「……全員、乗ったな」

 

 レオンが確認する。

 

 俺は頷いた。

 

「はい」

 

 昇降台が、ゆっくりと動き始めた。

 

 金属製の床が震える。

 

 巨大な縦穴の壁が、少しずつ下へ流れていく。

 

 俺は、上を見上げた。

 

 遥か先に、淡い光が見える。

 

 地上ではない。

 

 まだ上層区画だ。

 

 だが、確実に出口へ近づいている。

 

 そのときだった。

 

 昇降台が、大きく揺れた。

 

「……っ!」

 

 ガルドが足を踏ん張る。

 

 レオンが零号の搬送台を押さえた。

 

 三人の警備員を乗せた搬送台も、固定具が軋む音を立てた。

 

 俺は、すぐに円を広げた。

 

 縦穴の壁。

 

 昇降機の支持材。

 

 そして、上方の駆動装置。

 

 異常があった。

 

 古い支持材の一部が、崩れかけている。

 

「……まずい!」

 

 俺は、天井を見上げた。

 

 金属片が落ちてくる。

 

 大きさは、人間の胴体ほど。

 

 しかも、昇降台の真上だ。

 

 俺は、迷わず跳んだ。

 

 周で強化した拳を、落下してくる金属片へ叩き込む。

 

 鈍い衝撃。

 

 金属片が砕け、破片が周囲へ散った。

 

 俺は、空中で身体を捻り、昇降台へ着地した。

 

 だが、その直後。

 

 昇降機の駆動音が、不規則に変わった。

 

『警告』

 

 統括機構の声。

 

『昇降機の補助動力が低下しています』

 

「……あとどれくらいだ!」

 

『上層区画まで、残り約百二十メートル』

 

 俺は、歯を食いしばった。

 

 百二十メートル。

 

 まだ遠い。

 

 昇降台が、わずかに下降した。

 

 ガルドが、低く唸った。

 

「……落ちるぞ」

 

 俺は、すぐに周囲を見た。

 

 壁には、古い補助レールが走っている。

 

 その間隔は、約三メートル。

 

 俺なら、飛び移れる。

 

 だが、零号の搬送台はどうする。

 

 三人の警備員もいる。

 

 レオンとガルド。

 

 ユリウスとエドガー。

 

 全員を連れていかなければならない。

 

 俺は、頭を回転させた。

 

 そして、あることに気づいた。

 

 昇降機の中央に、太い駆動軸がある。

 

 そこから、上方へ力が伝わっている。

 

 完全に停止したわけではない。

 

 ただ、出力が足りなくなっているだけだ。

 

「……統括機構!」

 

『応答』

 

「補助動力を、昇降機だけに集中できるか!」

 

『他設備への供給を停止する必要があります』

 

「生命維持装置に影響は?」

 

『上層区画の患者搬送には影響しません』

 

「なら、やってくれ!」

 

『補助動力の再配分を開始』

 

 数秒後。

 

 昇降機の駆動音が変わった。

 

 低く、力強い音。

 

 昇降台が、再び上昇し始める。

 

 俺は、思わず拳を握った。

 

「……よし!」

 

 だが、安心するには早かった。

 

 上方の支持材が、また軋んだ。

 

 俺は、凝を使って確認した。

 

 構造そのものが、限界に近づいている。

 

 ここから先は、時間との勝負だ。

 

 俺は、昇降台の端へ移動した。

 

 レオンが、こちらを見る。

 

「何をするつもりだ?」

 

「……上の支持材を確認してきます」

 

「危険だぞ」

 

「分かってます」

 

 俺は、壁の補助レールへ飛び移った。

 

 そして、上へ向かって駆け出した。

 

 足場は狭い。

 

 だが、身体能力と念を使えば、十分に移動できる。

 

 俺は、壁を蹴り、梁を掴み、さらに上へ進んだ。

 

 昇降台が、下で動いている。

 

 その上には、仲間たちがいる。

 

 拘束した三人の警備員も、ユリウスもエドガーも。

 

 絶対に落とすわけにはいかない。

 

 俺は、上方の支持材へ辿り着いた。

 

 そこには、大きな亀裂が走っていた。

 

 今にも折れそうだ。

 

(……どうする)

 

 俺は、周囲を見渡した。

 

 近くには、使われていない補助梁があった。

 

 まだ強度は残っている。

 

 俺は、それを掴んだ。

 

 そして、力任せに引き抜いた。

 

 金属が軋む。

 

 固定具が弾ける。

 

 俺は、補助梁を亀裂の下へ差し込んだ。

 

 即席の支えだ。

 

 完全な修理ではない。

 

 だが、少しでも時間を稼げればいい。

 

 俺は、周で強化した拳を使い、梁を固定した。

 

 その瞬間。

 

 下から、ガルドの声が響いた。

 

「アオ! 上がるぞ!」

 

 俺は、昇降台を見下ろした。

 

 すでに、上層区画の入口が近づいている。

 

 俺は、最後の固定具を押し込んだ。

 

 そして、壁を蹴った。

 

 身体が宙を舞う。

 

 昇降台の端へ着地したとき、ちょうど上層の床が目の前に現れた。

 

『第三便、上層区画へ到着』

 

 中央統括機構の声が響いた。

 

 俺は、膝に手をついた。

 

「……間に合った」

 

 その言葉を聞いたガルドが、豪快に笑った。

 

「はっ! お前さん、本当に無茶するな!」

 

 俺も、思わず笑ってしまった。

 

「……自覚はあります」

 

 だが、まだ気を抜くわけにはいかない。

 

 俺は、三人の警備員の搬送台を確認した。

 

 拘束具に異常はない。

 

 零号も無事だ。

 

 ユリウスとエドガーも、怪我を負っていない。

 

 俺は、レオンへ視線を向けた。

 

「……全員、無事ですね」

 

「ああ。五人の拘束者も、全員いる」

 

 俺は頷いた。

 

 これで、ようやく上層区画へ戻れた。

 

     ◇

 

 上層区画では、リリアとミレーヌが待っていた。

 

 俺たちの姿を見た瞬間、リリアが駆け寄ってくる。

 

「アオ!」

 

「……ただいま」

 

 彼女は、俺の顔を見た。

 

 そして、少しだけ眉を寄せた。

 

「……また無茶したでしょ」

 

「……少しだけ」

 

「少し?」

 

「……結構」

 

 リリアは、呆れたように息を吐いた。

 

 だが、すぐに笑った。

 

「……無事ならいいよ」

 

 俺は頷いた。

 

 その言葉が、胸に染みた。

 

 俺たちは、再び搬送台を並べた。

 

 被験者二十五人。

 

 調査員四人。

 

 拘束者五人。

 

 そして、俺たち五人。

 

 三十九人。

 

 全員、無事だ。

 

 中央統括機構の案内に従い、上層区画から外部へ続く通路を進む。

 

 途中、いくつかの隔壁が閉まり始めていた。

 

 だが、俺たちの通る経路だけは、最後まで開放されていた。

 

 統括機構が、生命保護命令を優先しているのだろう。

 

 俺は、天井へ視線を向けた。

 

「……統括機構」

 

『応答』

 

「ありがとう」

 

 しばらく、返事はなかった。

 

 そして。

 

『生命保護は、本施設の基本目的です』

 

 静かな声が響いた。

 

 俺は、少しだけ笑った。

 

「……そうか」

 

 それで十分だった。

 

     ◇

 

 外へ続く最後の隔壁が開いたとき、俺は思わず足を止めた。

 

 冷たい空気が流れ込んできた。

 

 湿った土の匂い。

 

 遠くで鳴く鳥の声。

 

 そして、頬に触れる風。

 

 地下では感じられなかったものばかりだった。

 

 俺は、ゆっくりと外へ出た。

 

 目の前には、霧哭きの渓谷が広がっていた。

 

 谷を覆う霧は、まだ濃い。

 

 だが、その向こうには、確かに空があった。

 

 薄い雲の隙間から、朝の光が差し込んでいる。

 

 俺は、深く息を吸った。

 

 冷たい空気が、肺の奥まで満ちていく。

 

「……帰ってきた」

 

 小さく呟いた。

 

 後ろから、搬送台が次々と出てくる。

 

 ミレーヌ。

 

 レオン。

 

 ガルド。

 

 リリア。

 

 そして、二十九人の救出者たち。

 

 ユリウスとエドガーも、拘束されたまま地上へ出てきた。

 

 さらに、三人の念能力者の警備員。

 

 彼らも、拘束された状態で搬送台に乗せられている。

 

 全員が外へ出たことを確認すると、背後の隔壁がゆっくりと閉まり始めた。

 

 重い金属音が、谷に響く。

 

 俺は、その様子を見つめた。

 

 巨大な扉が、少しずつ閉じていく。

 

 その向こうには、まだ解明されていない謎が数えきれないほど残されている。

 

 古代の技術。

 

 未知の文字。

 

 見たことのない地図。

 

 そして、あの深紅の結晶。

 

 だが、今は追いかけるべきではない。

 

 俺たちは、十分すぎるほどのものを見つけた。

 

 そして、何よりも大切なものを持ち帰った。

 

 人の命だ。

 

 最後の隔壁が閉じる直前。

 

 中央統括機構の声が、かすかに響いた。

 

『生命保護対象の退避を確認』

 

『施設保護封鎖を完了します』

 

 そして。

 

『……帰還を、確認しました』

 

 俺は、目を細めた。

 

 その言葉には、どこか不思議な響きがあった。

 

 まるで、長い間、誰かが帰ってくるのを待っていたかのような。

 

 だが、その意味を考える前に、隔壁が閉じた。

 

 鈍い音が響き、遺構の入口が静まり返る。

 

 俺は、しばらくその場所を見つめていた。

 

 やがて、隣にリリアが立った。

 

「……終わったね」

 

 俺は、首を横に振った。

 

「……いや」

 

 彼女が、こちらを見る。

 

 俺は、搬送台に横たわる人々へ視線を向けた。

 

「……まだ、やることがある」

 

 リリアは、少しだけ考えたあと、頷いた。

 

「……そうだね」

 

 俺たちは、谷の出口へ向かって歩き始めた。

 

 霧の向こうから、朝の光が差し込んでいた。

 

 長い地下探索は、ようやく終わりを迎えようとしている。

 

 だが、この遺構で見つかったものが、どれほど大きな意味を持つのか。

 

 そのときの俺たちは、まだ知らなかった。

 

 そして、あの深紅の結晶が、後に俺自身の運命へ関わることになるとも。

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