世界を救う親友が、美少女の前でただのアホになる件について 作:真申
放課後、夕日が赤く染める教室。
いつもなら早々にカバンを放り出し、駅前のラーメン屋へ向かうはずの男子高校生二人が、なぜか机を前にして神妙な面持ちで正座していた。
彼らの目の前に立ちはだかるのは、腕を組み、不機嫌そうに頭上の「猫耳」をピクピクと動かしている一人の美少女。零(れい)の同僚であり、零が所属している組織の異能使い、如月凛(きさらぎ りん)だった。
「……ちょっと、あんたたちに相談したいことがあるのだけれど」
凛は冷たい視線を二人へ向け、低めの声で切り出した。その瞳には、猫特有の鋭い光が宿っている。
彼女は零にガチ恋中の、ツンツンしていて独占欲が強い、おまけに好きな男の前だけでクーデレになるという属性てんこ盛りのヒロインだ。
頭に生えた本物の猫耳は、彼女が持つ『獣化』の異能の影響によるもの。彼女の本来の能力は、猫の俊敏性や爪、気配遮断を操る身体強化・隠密系の異能である。本来なら戦闘時以外は人間の耳に戻して隠せるはずなのだが、以前、零に「なんか、似合ってて可愛いな」と無邪気に褒められて以来、彼女の無意識が暴走。嬉しさのあまりリミッターが壊れ、二十四時間いつでも生えっぱなしになってしまっていた。
「あ、はい、なんでもどうぞ……(うわぁ、めっちゃ警戒されとる。ほんで無意識の猫耳がさっきから僕らを威嚇する猫のそれやがな。完全に毛が逆立っとるがな)」
引きつった笑顔で冷や汗を流すのは、零の親友でどちらかというとツッコミ担当、中田である。
中田が冷や汗を流す横で、同じく零の親友で言うまでもなくボケ担当の田中のメガネが不敵にキラリと光った。
彼は致命的なほど筋金入りの中二病だった。その中二病深度は底が知れず、たとえどれほどのピンチになろうとも、自身の「設定」がブレることは絶対にない。
「フッ……『常闇の獣』の呪印を宿せし乙女よ。我が深淵の書庫にアクセスしたいのなら、それ相応の『対価』が必要となるが……?」
「静かにしろ田中! 殺されるぞお前! ほんで対価って何やねん、購買のメロンパンか!? あと呪印ちゃうわ、ただ零に褒められて引っ込まんくなっただけのクソ可愛いデレ耳や!」
中田のキレのあるツッコミが静かな教室に響く。
そのツッコミに「デレ耳」という単語が含まれていたせいで、凛の猫耳がピクンと大きく跳ね上がった。彼女はふいっと顔を背け、顔を真っ赤にしながら制服のスカートをぎゅっと握りしめる。
「な、何よデレ耳って……! 違うわよ、これは異能の残滓が肉体に定着しただけで……! って、そんなことはどうでもいいの。私が聞きたいのは、その、零のことよ」
「知ってます。それ以外に凛さんが僕らに用事あるわけないですもんね」
中田はため息をつきながら正座を崩し、あぐらをかいた。
「で、あいつが今度は何をやらかしたんです?」
猫耳が左右にパタパタと忙しなく動く。
「最近、零が……クラスの委員長と、楽しそうに話してるのよ。それも、毎日のように」
「ああ、委員長な。配布物の確認とか、次の行事の連絡とかでよく喋っとるなぁ」
「そう! それ! ただの業務連絡のはずなのに、零、心なしか嬉そうな顔をしてる気がする気がするの! 私と任務の話をしてる時はあんなに険しい顔をしてるのに、あの女と話してる時は、こう……柔らかいというか、無防備というか……!」
凛の背後から、メラメラと嫉妬のオーラが立ち上り始める。
「胸のあたりが、こう、モヤモヤするのよ。……あの女、零のなんなのよ。私の気配遮断の異能を使って、あの女の背後に一日中ずっと張り付いて、零に話しかけるたびに耳元で低く威嚇の声をあげてやろうかしら……。なんなら私の爪の異能で、あの女が零に渡そうとするプリントだけを、一瞬でズタズタの紙屑にしてやろうかしら……」
「独占欲のベクトルがめっちゃ猫!! あとやってることが地味に陰湿やからやめといて!? 凛さん、それただの嫉妬や。めちゃくちゃ可愛い嫉妬やけど、隠密の能力をそんなしょうもない嫌がらせに使ったら組織に怒られるで!」
中田がすかさずツッコむが、凛のイライラは収まらない。
すると、それまで静かにノートPCを開いていた田中が、キーボードを叩く手を止めて厳かに腕を組んだ。
「フハハ……。それは当然の摂理。彼は強き光ゆえに、無自覚に有象無象の魂を引き寄せる。乙女よ、ならばお前が取るべき選択肢は一つ……『契約の儀式(ラプチャー)』だ」
「契約の儀式……?」
凛の猫耳が再びピクッと立ち、田中の言葉に怪しく食いついた。
「そうだ。明日、零が校門を潜り、この学び舎(境界線)に足を踏入れた瞬間、お前が自慢の俊敏性で奴の背後へと回り込み、その鋭き爪を首筋に突き立てる。そして、耳元で囁くのだ。『貴様の魂(レーゾンデートル)は我が支配下にある。二度と他の雌にその視線を向けるな』と。さすれば奴は、お前という絶対的な重力から逃れられなくなるだろう」
「ただの襲撃事件やそれ!! 中二病のサイコな恋愛アドバイスを真に受けるな!!」
中田が身を乗り出して叫ぶが、凛はすでに真剣な表情で顎に手を当て、ブツブツと呟き始めていた。
「……なるほど。気配を完全に断って零の背後を取り、爪を突き立てて、私の支配下に……。零を、私だけのものに……」
「あかん! 目のハイライトが完全に消えかけとる! 田中、お前なんてこと吹き込んでんねん! お前のせいでこの学園にヤンデレの化け物が産まれるところやぞ!」
中田は慌てて凛の目の前で大きく両手を振った。
「落ち着いて凛さん! 目を覚まして! 零はそんなんされたら『新手の敵の精神攻撃か!?』ってなって、お前のこと全力でワンパンしにくるからな!? あいつ恋愛脳ゼロの戦闘ゴリラやから! 親友の僕らが保証する、あいつに搦め手は一切通じん!」
「……あ」
凛はハッと我に返り、自身の両手を見つめた。危うく愛する男にガチの不意打ちを仕掛けて返り討ちに遭うプランを構築するところだった。彼女は急に恥ずかしくなったのか、猫耳をふにゃりと下げて、机に突っ伏した。
「そうね……。あいつ、本当にそういうの気付かないのよ。前に私が、任務終わりに勇気を出して、さりげなく『……あそこにクレープ屋さんあるから、一緒に食べに行かない?』って誘った時も……」
「お、ええやん。デートの誘いとしては完璧や」
中田が相槌を打つ。しかし、凛の口から出たのは絶望的な結末だった。
「あいつ、私の顔をじっと見て、大真面目な顔でこう言ったの。『クレープ? ああ、あの糖分補給効率の高い戦闘糧食か。だが凛、あれはコストパフォーマンスが悪い。ほら、俺のポケットにカロリーメイトが二本あるから、一本分けてやる。これで次の任務までのエネルギーは十分に足りるぞ』って……」
「あいつの情緒どうなっとんねん!!!」
教室の窓ガラスが振動するほどの声で、中田がツッコんだ。
「異能の代償に恋愛感情でも失ったんか!? カロリーメイトを半分こにするんは、夕暮れの放課後のデートでやることちゃうねん! 戦場の塹壕でやることや!」
「そうなのよ……。私、悲しくて、でも悔しいから『……いらないわよ、そんなパサパサするもの!』って怒ったら、零は『そうか? 栄養バランスは完璧なんだがな』って、一人でボリボリ食べ始めて……」
「切なすぎるわ! 凛さん、よくそんなゴリラのこと見捨てずに好きで居続けられるな!?」
「だって、その後……私が拗ねていたら、零が振り返って、私の頭を乱暴にガシガシって撫でて、『悪かったよ。お前が甘いもん食いたかったなら、次の休みに美味い店探しておくから』って、ぶっきらぼうに笑うんだもの……っ!」
凛は再び顔を真っ赤にして、机の上でジタバタと身悶えした。頭の上の猫耳が、まるでプロペラのように激しくパタパタと回転している。
「あー、はいはい、ごちそうさんでした。勝手に一人で惚れ直しててや。……まぁ、話を聞く限り、あいつに遠回しなツンデレは一ミリも通用してへん。当然、田中の拉致監禁作戦も逆効果や」
中田は腕を組み、真面目なトーンで凛を見つめた。
「いいですか、凛さん。零みたいなタイプには、直球が一番なんです。搦め手やなくて、正面突破。直球で『今週末、お前と二人で遊びたい』って言うのが、一番あいつの脳みそに届くんですよ。親友である僕が言うんやから間違いない」
「ちょ、直球……? 私が、零に、正面から……? む、無理よ、そんな恥ずかしいこと……っ! 『遊びたい』だなんて、そんなこと言ったら、まるで私が零のことをデートに誘ってるみたいじゃない!」
「みたいじゃない、っていうかデートの誘いそのものやがな」
「だ、ダメよ! 私のプライドが許さないわ! もし断られたら、私、恥ずかしさのあまり自分の気配遮断の異能を限界突破させて、この世から永遠に存在を消滅させて幽霊になっちゃうかもしれないじゃない!」
「恋の悩みで不気味な怪談を生み出すな!」
中田が頭を抱えた。
その時、背後でずっと静かだった田中が、不敵な笑みを漏らした。
カタカタカタカタ――。
凄まじい速度でタイピング音が響く。その速度は、まるでプロのレーサーがシフトチェンジを繰り返すかのように正確で、常人のそれではない。
「フッ、案ずるな。直球が無理ならば、世界のバグを利用するまで」
「おい田中、お前何しとんねん」
中田が不穏な空気を感じて田中の手元を覗き込む。田中のノートPCの画面には、無数のコードと、見覚えのあるスマートフォンの画面がミラーリングされていた。
「――ターゲット(零)の通信端末へクラッキング完了。これより、乙女の思念を『不可視の電脳線(サイバーリンク)』を介して直接奴の網膜へと送り込む」
「おい、待て。それってまさか」
「システム介入完了。今から五秒後、如月凛の端末から、零の端末へ――『今週の土曜、二人でデートして。断ったら呪う』というメッセージが自動送信される」
「はあああああ!? 田中お前何勝手に送っとんねん!!」
中田の静止も虚しく、田中の指がエンターキーを激しく叩いた。
ッターン! と小気味いい音が教室に響く。
直後、凛のポケットの中で、彼女のスマートフォンがブブッと短く震えた。
慌てて凛がスマホを取り出し、画面を見る。そこには、自分が送った覚えのない、しかし紛れもなく自分のアカウントから零へと送信された『今週の土曜、二人でデートして。断ったら呪う』という、脅迫じみた直球のメッセージが表示されていた。
「な、ななな、何よこれ――!? ちょっとメガネ、あんた何してくれたのよ!?」
凛の顔から一気に血の気が引いていく。猫耳が恐怖のあまりピンと垂直に直立した。
「ふっ、感謝するがいい。これで因果の歯車は回った……。さあ、奴の魂がどう応えるか、観測させてもらおう」
「観測しとる場合か! 凛さんのスマホ見ろ、送信されてからまだ三秒しか経ってへんのにもう【既読】がついとるがな! あいつスマホ見るん早すぎやろ!」
中田の指摘通り、画面のメッセージの横には、非情にも『既読』の二文字がくっきりと浮かび上がっていた。
教室の中に、嵐の前の静けさのような沈黙が流れる。
凛は完全にフリーズし、スマホを持った手がガタガタと震えていた。
「あ、ああ……終わったわ。私の人生、ここで終了よ。零に『何だこの気色の悪いメッセージは』って軽蔑されて、明日から口も聞いてもらえなくなって、私は組織を去り、地下の暗黒街で生きるしか……」
ネガティブな妄想を爆発させる凛。
その時、再びスマホが震えた。零からの返信だった。
凛は恐る恐る、薄目をあけて画面を見る。そこには、予想だにしないメッセージが綴られていた。
『デート? いいぞ。じゃあ土曜の朝五時に駅前な。対異能使い用の特訓だろ? ちょうどお前の『獣化』の俊敏性を超える新しいコンビネーションを試したかったんだ。断ったら呪うってことは、それだけ過酷な特訓になるって予告だな。覚悟して行く。お前も体力つけてこいよ! カロリーメイトも多めに持っていくからな!』
「…………え?」
凛の思考が停止した。
中田がその画面を横から覗き込み、盛大に顔をしかめる。
「やっぱりゴリラやがな!!!!! デートって単語が入っとんのになんで『対異能使い用の特訓』に変換されるんや! お前の脳みそは戦闘シミュレーターか!」
中田の叫びは正論だった。しかし、今の凛の耳には、中田のツッコミも、田中の不敵な笑い声も、何も届いていなかった。
彼女の脳内で再生されているのは、メッセージの最初の数文字だけだった。
『デート? いいぞ』
『デート? いいぞ』
『デート? いいぞ』
「……零が、私と……でーと……。土曜日の、あさ,ごじから……ふたりきりで、でーと……」
「いや凛さん、中身読んで!? 朝五時から駅前で過酷な特訓させられるだけやから! カロリーメイト配給されるだけやから!」
中田の必死の修正も、キャパオーバーを起こした凛の脳には一切届かない。
凛の顔からシューッという音が聞こえそうなほど湯気が立ち上り、彼女の頬はこれ以上ないほど真っ赤に染まった。頭の上の猫耳が、ビクンビクンと激しく痙攣を始める。
「あ……あふ、う……零と、デート……」
ぽすっ。
短い吐息と共に、凛はそのまま糸が切れた人形のように、教室の床へと卒倒した。完全に気絶である。気絶している間も、頭の猫耳だけは幸せそうに小さくピクピクと動いていた。
「あーあ、完全に脳みそショートしてもうたがな……。田中、お前あとで絶対に正気に戻ったあいつに爪でズタズタにされるで」
中田は床に倒れた凛を見下ろしながら、呆れたようにため息をついた。
一方の田中は、全く動じることなく、静かにノートPCを閉じ、メガネのブリッジを親指でクイと押し上げた。
「ふっ……。混沌(カオス)こそが、世界を正しき未来へと導くのだ。我々の観測は、まだ始まったばかりにすぎない……」
「メガネクイじゃなくて早く保健室から担架持ってこい! あとあいつ等だけだと不安やから土曜日の朝五時、僕らも駅前に集合な。今すぐ準備しとけ!」
「断る。神の予定表(スケジュール)を改ざんすることは、世界の崩壊を意味する……」
「ただ朝起きるんがめんどくさいだけやろお前!!」
異能を持たない二人による、世界の命運を(ある意味)握る恋愛相談室。
その記念すべき第1回は、大騒ぎのうちに幕を閉じたのだった。
• 中田
主人公・零の親友。異能は一切持たない完全な一般人。しかし、人間のわずかな変化から本音を見抜く異常な観察力と、誰の懐にも一瞬で入り込む「異能レベルのコミュ力」を持つ、関西弁の切れ者ツッコミ担当。
• 田中
主人公・零の親友。筋金入りの中二病で、どんなピンチや修羅場でも絶対にキャラがブレない黒縁メガネ。異能はないが、スマホ1台で国家最高機密のサーバーを落とせる「異能レベルのサイバーハッカー」という裏の顔を持つボケ担当。