原神の世界に通えるようになったので、モンドを拠点に異世界生活を楽しみます 作:ところてんの
かなりご都合主義な設定があります。
また、独自設定や原作とは異なる展開が含まれます。原作の雰囲気やキャラクターの個性を大切にしつつ、独自の展開も楽しんでいただければ幸いです。
それでは、よろしくお願いします。
第1話「テイワットでの新生活」
目を開けると、青い空が広がっていた。
雲がゆっくりと流れている。
頬を撫でる風は心地よく、草の匂いが鼻をくすぐった。遠くから鳥の鳴き声が聞こえてくる。どこかで風車の羽根が回る音もしていた。
「……ん?」
俺はぼんやりとした頭で周囲を見渡した。
足元には草が生えている。少し先には石畳の道があり、その向こうには大きな石像が立っていた。
そして、視線を上げた先には――街が見えた。
城壁に囲まれた建物の数々。屋根の間から顔を出す風車。青空の下に広がる、見覚えのある街並み。
俺はしばらく、その場に立ち尽くした。
「…………」
いや、待て。
おかしい。
ものすごくおかしい。
俺は今朝まで、自分の部屋にいたはずだ。
昨日は普通に会社で仕事をして、帰宅してから夕食を食べた。そのあと、いつもどおりパソコンでゲームを遊び、適当な時間に寝た。
特別なことなんて何もしていない。
それなのに、どうしてこんな場所にいるのだろう。
俺は自分の手を見た。
指は五本ある。
手を握ったり開いたりしてみても、特に問題はなさそうだ。
次に頬をつねってみる。
「痛っ」
普通に痛い。
夢なら、もう少し都合よくできていてほしかった。
「……いや、そういう問題じゃないか」
自分でツッコミを入れても、状況は何も変わらない。
俺はもう一度、周囲を見渡した。
目の前にあるのは、巨大な石像。
その向こうに見えるのは、風車のある街。
この景色には、嫌というほど見覚えがあった。
何しろ、何百時間も遊んできたゲームの世界なのだから。
「……モンド?」
思わず、声に出していた。
目の前の石像は七天神像。
そして、向こうに見える街はモンド城。
ゲームで何度も訪れた場所だ。
ただし、画面越しに見たことしかない。
実際に足を踏み入れた経験なんて、あるはずがなかった。
俺はゆっくりと石像へ近づいた。
近くで見ると、その大きさに圧倒される。
ゲームでは画面の中に収まっていた石像も、現実の視点で見上げるとずいぶん大きく感じられた。
表面には細かな凹凸がある。
石の質感も、光の当たり方も、画面で見ていたものとは違う。
試しに台座へ手を触れてみた。
ひんやりとした感触が指先に伝わってくる。
「……本物だ」
そんな言葉が、自然と口から出た。
もちろん、本物という言い方が正しいのかは分からない。
そもそも、ゲームの世界が現実に存在していること自体、常識では考えられないのだから。
それでも、目の前の景色は明らかに現実だった。
風が吹く。
草が揺れる。
遠くの街から、人々の声らしきものが聞こえてくる。
俺はもう一度、モンド城へ目を向けた。
風車の羽根がゆっくりと回っている。
あの街の中に、人が暮らしているのだろうか。
ゲームで見ていた建物の中に、本当に部屋があって、そこで誰かが食事をしたり、眠ったりしているのだろうか。
そんなことを考えた途端、妙に現実味が増してきた。
「……マジかよ」
俺の名前は山田悠真。
二十三歳。
職業は会社員。
一人暮らしで、特別な才能があるわけでもない、ごく普通の人間だ。
そんな俺が、なぜか原神の世界にいる。
異世界転移。
小説なら何度も読んだ展開だ。
でも、まさか自分が当事者になるとは思わなかった。
いや、思うわけがない。
異世界へ行く予定なんてなかったし、特別な儀式をした覚えもない。
いつもどおりの生活を送っていたはずなのに、気づいたらここにいた。
「……とりあえず、落ち着こう」
まずは状況の確認だ。
慌てたところで何も解決しない。
俺は深呼吸をして、自分の持ち物を確認した。
スマートフォン。
財布。
家の鍵。
身につけている服も、今朝までと同じだ。
大きな荷物を持ってきたわけではない。
食料も、着替えもない。
もし帰れなかったら、かなり困ることになる。
会社への連絡も必要だし、食事や寝る場所だって確保しなければならない。
そもそも、ここで日本円が使えるのかどうかも分からない。
「……まずいな」
今さらながら、問題が山積みだと気づいた。
しかし、ここが本当にテイワットなら、俺にはひとつだけ心当たりがある。
ゲームの知識だ。
地形や街の位置、ワープポイントの仕組み、各国の大まかな特徴。
もちろん、ゲームで知っていることが現実でもそのまま通用するとは限らない。
それでも、何も知らない状態よりはましだろう。
俺は改めて、七天神像のそばから見えるモンド城を眺めた。
最初に確認する場所としては、悪くない。
街が近くにあり、人もいる。
いきなり危険そうな場所へ迷い込むより、ずっといいはずだ。
そう考えていると、視界の端に小さなアイコンが浮かんでいることに気づいた。
「……ん?」
目を動かしてみる。
アイコンも視界の端についてくる。
まばたきをしても消えない。
どうやら、見間違いではないらしい。
「何だ、これ?」
試しに意識を向けてみた。
すると、半透明のメニューが目の前に表示された。
状態。
所持品。
マップ。
設定。
そして、一番下の項目には見覚えのある文字があった。
ログアウト。
「…………」
俺は黙り込んだ。
ログアウト。
ゲームで何度も目にしてきた言葉だ。
それが、なぜか今、自分の視界に表示されている。
しかも、ただの飾りとは思えなかった。
俺はメニューを操作するように意識を動かした。
項目を選ぶことができる。
画面も切り替わる。
どうやら、俺の意思に反応しているようだった。
「……これ、使えるのか?」
考えていても仕方がない。
まずは、帰れるかどうかを確かめるべきだろう。
俺はログアウトの項目を選択した。
確認画面が表示される。
――ログアウトしますか?
はい。
いいえ。
「……よし」
少し緊張しながら、「はい」を選んだ。
次の瞬間、周囲の景色が白く染まった。
風の音が遠ざかる。
草の匂いが消えていく。
身体が浮いたような、不思議な感覚があった。
そして――。
「うおっ!?」
気づくと、俺は自宅の椅子に座っていた。
目の前にはパソコンのモニター。
机の上には飲みかけの飲料。
横には、読みかけの小説が置いてある。
窓から差し込む光も、見慣れた自分の部屋のものだった。
「…………」
俺はしばらく、何も言えなかった。
帰ってきた。
本当に帰ってきた。
テイワットから、日本へ戻ってきたのだ。
「……戻れたああああっ!」
思わず声が出た。
慌てて口を押さえる。
夜中ではないとはいえ、近所に聞こえていたら恥ずかしい。
だが、叫びたくなる気持ちも分かってほしい。
帰れなかったらどうしようと、本気で心配していたのだ。
俺は椅子から立ち上がり、部屋を見回した。
ベッドがある。
冷蔵庫がある。
洗面所もある。
スマートフォンも、財布も、家の鍵も、いつもの場所にある。
日本での生活は、何も変わっていないように見えた。
「……夢じゃ、ないよな?」
そう呟いたところで、パソコンの画面が目に入った。
原神が起動したままだった。
画面には、見慣れたゲームの景色が表示されている。
俺はマウスを握り、画面を確認した。
いつもどおりのゲーム画面。
けれど、ついさっきまで自分がその世界にいたことを思い出すと、まるで違うものに見えた。
「……もう一回、試すか」
怖くないと言えば嘘になる。
でも、一度だけでは偶然という可能性もある。
俺は画面に意識を向けた。
視界が揺れる。
身体がふわりと軽くなる。
そして、次に目を開けたとき――。
俺は再び、七天神像のそばに立っていた。
「……戻ってきた」
目の前には石像。
向こうにはモンド城。
風車が回り、草が揺れている。
間違いない。
俺は自分の意思で、テイワットと日本を行き来できるらしい。
どうしてそんなことができるのか。
システムは何なのか。
今のところ、分からないことばかりだ。
それでも、ひとつだけ確かなことがある。
帰る方法はある。
それだけで、気持ちがずいぶん楽になった。
◇
落ち着いてから、俺はシステムをひとつずつ確認することにした。
まずは状態。
自分の情報らしきものが表示される。
ただ、今の段階では分からない項目もあるため、細かい確認は後回しにした。
次は所持品。
そこには、ゲーム内で見覚えのあるアイテムが並んでいた。
「……これ、もしかして」
俺は試しに、取り出せそうな素材を選んでみた。
すると、手元に小さな素材が現れた。
「おおっ!?」
思わず声が出る。
画面の中にあったアイテムが、実物として手の中にある。
指先で触れると、ちゃんと感触があった。
重さもある。
光の加減で見える細かな部分まで、映像とは違っていた。
「……本当に出てきた」
これは、かなり重要な発見ではないだろうか。
ゲーム内のアイテムが実物として取り出せるなら、食べ物や素材などを生活に利用できる可能性がある。
もちろん、すべてのアイテムが同じように扱えるとは限らない。
どんなものを取り出せるのか。
取り出したものを使ったら、所持品からどう変化するのか。
そもそも、どれだけの量を収納できるのか。
確認しなければならないことは多い。
俺は取り出した素材を、もう一度所持品へ戻した。
次にマップを開く。
見慣れたテイワットの地図が表示された。
モンド。
璃月。
稲妻。
スメール。
フォンテーヌ。
ナタ。
ナドクライ。
スネージナヤ。
テイワットの各地域が、地図の上に広がっている。
「……せっかくだし、見て回るか」
気づけば、そんな考えが浮かんでいた。
もちろん、生活の問題はある。
帰還方法が分かったからといって、何も考えずに行動していいわけではない。
けれど、今の俺には、スネージナヤまでのワープポイントがすべて解放されている。
行きたい場所を選べば、すぐに移動できる。
ナドクライとスネージナヤも気になるが、今日は後回しにしておこう。まずは、すでに知っている地域を実際に歩いてみたい。
今日のところは、街の様子を確認するだけでいい。
どんな場所なのか。
どんな店があるのか。
どんな人々が暮らしているのか。
実際に歩いてみなければ分からないことが、きっとたくさんある。
俺はマップを閉じた。
目の前には、変わらずモンドの風景が広がっている。
まずは、この街から始めよう。
◇
モンド城へ向かう道を歩きながら、俺は何度も周囲を見渡した。
ゲームで何度も通った場所だ。
それなのに、実際に歩いてみると、目に入るものがまるで違う。
草の揺れ方。
道の凹凸。
遠くから聞こえる人々の声。
画面では背景の一部だったものが、すべて独立した存在として目の前にある。
街に近づくにつれ、人の姿も増えてきた。
荷物を運ぶ人。
街へ向かう旅人。
誰かと話しながら歩いている人。
それぞれが、自分の目的を持って動いている。
「……本当に暮らしてるんだな」
思わず呟いた。
当たり前のことだ。
ここが本当にテイワットなら、人々が生活しているのも当然だろう。
それでも、ゲームの世界が現実になったという事実は、何度考えても不思議だった。
城門をくぐる。
石畳の道。
両側に並ぶ建物。
店先に置かれた商品。
頭上を通り抜ける風。
そして、街の中に響く人々の声。
俺は少し緊張しながら、街の中央へ向かった。
誰かに話しかけられたらどうしよう。
いや、街を歩いているだけなら、特に問題はないはずだ。
ただ、服装や持ち物が周囲の人々と違うことには気づいていた。
この世界では見慣れない格好なのかもしれない。
とはいえ、今すぐ着替えを用意できるわけでもない。
目立ちすぎないように、普通に振る舞うしかなかった。
俺は通り沿いの店を眺めながら歩いた。
食べ物を扱っている店。
日用品らしきものを並べている店。
旅に必要な道具を扱っていそうな店。
見ているだけでも、いろいろな発見がある。
ここで生活するなら、こうした店の場所を覚えておいたほうがいいだろう。
食事をする場所も必要だ。
休める場所も必要になる。
それに、お金の問題もある。
俺の財布には日本円が入っているが、テイワットで使える保証はない。
ゲームの所持品にはモラがある。
実際に貨幣として使えるなら助かるが、まずは確認しなければならない。
俺は店先を眺めながら、頭の中で必要なことを整理した。
今すぐすべてを決める必要はない。
今日は初日だ。
まずは、どんな場所なのかを知ることから始めればいい。
広場まで歩くと、視界が少し開けた。
建物の向こうには青空が広がり、遠くの風車がゆっくりと回っている。
その景色を眺めていると、少しだけ緊張がほぐれた。
「……いい街だな」
自然と、そんな感想が出た。
観光地として見ても、十分に魅力的だ。
何より、ここを拠点にするなら、長く付き合うことになる街だろう。
今はまだ、何も決まっていない。
けれど、最初に来た場所がモンドでよかったと思う。
俺は最後にもう一度、街の景色を眺めた。
そして、マップを開いた。
次は璃月港だ。
◇
ワープポイントを選択すると、視界が一瞬だけ白くなった。
次に目を開けたとき、周囲の景色は一変していた。
目の前に広がる海。
港に停泊する船。
海沿いに並ぶ建物。
そして、遠くまで続く街並み。
「……おお」
璃月港。
ゲームで何度も訪れた場所だ。
しかし、実際に目の前にすると、その規模が違って感じられる。
海から吹く風には潮の匂いが混じっている。
水面は太陽の光を反射し、船が動くたびに小さな波が広がった。
港には人が行き交い、荷物を運ぶ人々の姿も見える。
街全体が、活気に満ちていた。
「……すげえな」
俺は思わず足を止めた。
モンドとは、まったく違う雰囲気だ。
建物の意匠も、通りの構造も、行き交う人々の服装も違う。
同じテイワットにある街なのに、これほど印象が変わるものなのか。
俺は港の近くを歩き始めた。
店先にはさまざまな商品が並んでいる。
商人らしき人が客と話している姿もあった。
荷物を運ぶ人々は忙しそうに動き回り、船の近くでは作業をしている人たちがいる。
ゲームでは、こうした人々の動きは景色の一部として見ていた。
けれど、今は違う。
彼らが運んでいる荷物にも、何かしらの目的があるのだろう。
店に並ぶ商品にも、売る側と買う側のやり取りがある。
ここでは、誰もが自分の生活を送っている。
「……商売するなら、こういう場所も面白そうだな」
そんな考えが頭をよぎった。
日本から持ち込んだものを売る。
あるいは、テイワットの商品を買って、日本へ持ち帰る。
そんなことができるなら、面白いかもしれない。
ただし、今すぐ始めるつもりはない。
何を売ればいいのか分からないし、相場も知らない。
日本円とモラが自動的に交換できるわけでもない。
商売をするなら、まずは小さく始めるべきだろう。
俺は港の様子を眺めながら、店の場所や人通りを確認した。
それだけでも十分に参考になる。
しばらく歩いていると、飲食店から食欲を刺激する匂いが漂ってきた。
「……腹減ったな」
そういえば、今日は落ち着いて食事をしていない。
ただ、ここで使えるお金があるのか分からない。
所持品のモラを使える可能性はあるが、いきなり店で試すのも少し不安だった。
俺は店先を眺め、少しだけ迷ったあと、先へ進むことにした。
今日は観光が目的だ。
食事については、もう少し仕組みを確認してからでも遅くない。
港の景色を楽しみながら、街の中心部へ向かう。
建物の細かな装飾や、通りを行き交う人々の姿が目に入る。
画面では見落としていたものが、いくつも見つかった。
璃月港は、歩いているだけでも楽しい街だった。
俺は十分に街を見て回ったあと、次の目的地を確認した。
稲妻城。
あの街も、実際に歩いてみたい。
◇
次に訪れたのは、稲妻城だった。
ワープポイントから移動すると、周囲の景色が変わった。
独特の建築様式。
紫がかった色合いの空。
整然と並ぶ建物。
目に入るものすべてが、モンドや璃月とは違う印象を与えてくる。
「……ここが稲妻か」
俺はゆっくりと歩き始めた。
通りには人々が行き交い、店先では商品が並べられている。
建物の屋根や装飾を眺めるだけでも、文化の違いが伝わってくるようだった。
ゲームで見慣れた場所なのに、実際に立ってみると、知らない街へ旅行に来たような気分になる。
俺は通りを歩きながら、店の様子を確認した。
何を扱っているのか。
どんな商品が並んでいるのか。
人通りはどのくらいあるのか。
自然と、そんなところに目が向いてしまう。
会社員として働いているせいなのか、それとも将来の生活が気になっているからなのか。
どちらにしても、観光だけをしているつもりが、商売のことまで考えてしまうらしい。
「……まあ、今は仕事のことは忘れよう」
俺は小さく息を吐いた。
せっかく異世界に来たのだ。
街を見て回るだけでも、十分に楽しめる。
俺は気になった通りへ足を向け、建物の様子や街の雰囲気を眺めた。
途中で立ち止まり、少し離れた場所から街並みを見渡す。
画面の中ではひとつの景色だったものが、今は奥行きを持って広がっている。
風の音も、人々の声も、実際にその場に立たなければ分からなかったものだ。
ゲームの知識があるからといって、すべてを知っているわけではない。
むしろ、知らないことのほうが多いのかもしれない。
俺は稲妻城の街中を十分に歩き、次の目的地を確認した。
スメールシティ。
大樹を中心とした、あの街へ向かおう。
◇
スメールシティに到着して最初に目に入ったのは、巨大な樹だった。
「……でかっ」
思わず声が出る。
ゲームの画面でも大きいと思っていたが、実際に目の前にすると、その存在感は別格だった。
幹の太さ。
枝の広がり。
周囲に広がる建物。
街そのものが、大樹と一体になっているように見える。
俺はしばらく、その場で上を見上げていた。
「これ、どうやって建物を作ったんだ……?」
建築の専門知識があるわけではない。
それでも、普通の街とはまったく違うことくらいは分かる。
俺は歩き始め、市場や通りの様子を見て回った。
店先にはさまざまな商品が並び、人々が買い物をしている。
建物の装飾や人々の服装にも、この国ならではの特徴があった。
モンドの素朴な街並み。
璃月の活気ある港。
稲妻の独特な建築。
そして、スメールの大樹を中心とした街。
同じテイワットでも、国によってここまで違うのか。
「……ゲームで知ってるつもりだったんだけどな」
知識として知っていることと、実際にその場に立つことは別だった。
市場を歩いていると、見慣れない商品がいくつも目に入る。
用途の分からないものもあれば、日本の日用品に似ているものもある。
値段を確認できれば、商売の参考にもなるだろう。
だが、今はまだ、無理に調べる必要はない。
まずは、街の雰囲気を知ることが大切だ。
俺は市場を歩き、通りを眺め、気になった場所で足を止めた。
大樹を見上げる。
建物の間を抜ける風を感じる。
人々の話し声に耳を傾ける。
ただそれだけでも、十分に楽しかった。
スメールシティには、まだ知らない場所がたくさんありそうだ。
今度来るときは、もう少し時間をかけて見て回りたい。
そう思いながら、俺は次の目的地を確認した。
フォンテーヌ廷。
あの街も、実際に歩いてみたい。
◇
フォンテーヌ廷に到着すると、俺は思わず周囲を見渡した。
「……うわ、すごいな」
水路が街の中を通り、整った建物が並んでいる。
橋や広場もあり、街全体に洗練された雰囲気が漂っていた。
モンドとも、璃月とも、稲妻とも、スメールとも違う。
同じテイワットの街なのに、ここまで印象が変わるものなのか。
俺は水路の近くまで歩いた。
流れる水が光を反射している。
風が吹くと、水面に小さな波が立った。
ゲームでは何度も見た景色だ。
しかし、実際に目の前にある水は、画面の中の演出ではない。
手を伸ばせば触れられるし、近くに立てば水の音も聞こえる。
俺は少しだけ水面を眺めてから、街の中心部へ向かった。
通りには人々が行き交い、店先には商品が並んでいる。
建物の細かな装飾も、近くで見るとよく分かった。
歩いているだけで、あちこちに目が向いてしまう。
どの街にもそれぞれの魅力があるが、フォンテーヌ廷は特に景観そのものが印象的だった。
水路沿いの道を歩き、広場を眺め、建物の並びを確認する。
時間を気にせず、行きたい場所へ行ける。
日本で旅行をするときと同じような楽しさがあった。
もちろん、ここは日本ではない。
文化も常識も違う。
知らないことがあれば、周囲をよく見て、必要なら人に尋ねることも大切になるだろう。
ゲームの知識だけで何でも判断しないようにしなければならない。
「……また来たいな」
俺は水路を眺めながら呟いた。
今日だけですべてを見て回れるわけではない。
それでも、実際に訪れたことで、次に来たときの楽しみが増えた。
俺は街をもう少し歩き、最後の目的地へ向かうことにした。
ナタ。
せっかくワープポイントが使えるのだから、あちらの街や集落も見ておきたい。
◇
ナタへ移動すると、それまでの国とはまた違う景色が広がっていた。
「……ここも全然違うな」
周囲の地形も、街並みも、独特の雰囲気を持っている。
俺はマップを開き、周囲の地形とワープポイントの位置を確認した。
ナタには、いくつもの地域がある。
今回は、移動できる場所の中から街や集落をいくつか巡ってみることにした。
ひとつ目の場所に到着すると、まず周囲を見渡す。
建物の形。
通りの様子。
人々の姿。
店先に並ぶ商品。
それらを眺めながら、ゆっくりと歩いた。
次のワープポイントへ移動すると、また違った景色が広がる。
地域が変われば、建物の雰囲気も、周囲の地形も違ってくる。
同じ国の中でも、それぞれに特色があるようだった。
俺は別の街や集落にも足を運び、歩ける範囲で様子を見て回った。
どこへ行っても、人々が生活している。
店を開いている人がいて、買い物をする人がいて、仕事をしている人がいる。
当たり前のことだ。
けれど、今日一日でいくつもの国を巡ったからこそ、その共通点が印象に残った。
街の姿は違う。
文化も違う。
使われている建物や商品も違う。
それでも、人々が暮らしているという点では同じだった。
「……本当に広い世界だな」
俺は周囲を見渡した。
ゲームでは、ワープポイントを使えば簡単に移動できる。
実際に移動してみても、その便利さは変わらない。
だが、街の中を歩くと、地図を眺めるだけでは分からなかったことが見えてくる。
店の前で立ち止まる人。
荷物を抱えて歩く人。
誰かと話しながら笑っている人。
そのひとつひとつが、この世界の日常なのだろう。
俺は気になった場所を歩き、景色を楽しみ、街や集落の様子を確認した。
初めて訪れる場所ばかりなのに、ゲームで見ていたからか、どこか親しみも感じる。
ただし、親しみがあるからといって、すべてを理解しているわけではない。
ここで暮らすなら、知らないことをひとつずつ覚えていく必要がある。
今日は、その最初の一歩だ。
ナタのいくつかの地域を見て回ったところで、俺はマップを開いた。
そろそろモンドへ戻ろう。
初日からあちこち歩き回ったせいか、思っていた以上に疲れていた。
帰る方法はある。
だからこそ、無理をする必要もない。
今日は各地の雰囲気を知ることができただけでも十分だろう。
俺はモンドのワープポイントを選択した。
◇
視界が切り替わると、再びモンドの景色が広がった。
遠くに風車が見える。
街の建物も、最初に訪れたときと変わらない。
それなのに、最初にここへ来たときよりも、少し落ち着いて景色を眺められるようになっていた。
今日一日で、テイワットのいくつもの場所を訪れた。
璃月港。
稲妻城。
スメールシティ。
フォンテーヌ廷。
そして、ナタの街や集落。
どこも、ゲームの画面で見ていたものとは違っていた。
画面の向こうにあると思っていた世界が、実際に存在している。
その事実は、まだ完全には信じられない。
でも、確かに俺はここへ来た。
自分の意思で移動し、街を歩き、景色を見た。
そして、帰ってくることもできる。
「……すごい体験をしてるんだよな、俺」
口に出してみると、少し笑えてきた。
普通の会社員が、休日に異世界を観光している。
誰かに話しても信じてもらえないだろう。
そもそも、話すつもりもない。
異世界へ行けることは、ひとまず自分だけの秘密にしておこう。
俺はもう一度、モンド城を眺めた。
風車が回っている。
街の中から、人々の声が聞こえてくる。
この街には、俺の知らない日常がある。
これから何度も訪れることになるかもしれない。
そう考えると、少し楽しみになってきた。
ただ、観光を楽しむだけでは生活できない。
ここを拠点にするなら、食事をする場所や休める場所を見つける必要がある。
テイワットで使えるお金についても確認しなければならない。
ゲーム内のアイテムが取り出せることは分かったが、実際に生活へ利用できるかは、これから確かめることになる。
日本から持ち込める商品があるなら、小さな商売を始めることも考えられる。
ただし、最初から大きく始めるつもりはない。
まずは少しずつ、この世界の暮らしを知っていこう。
モンドなら、街の様子もある程度分かっている。
何より、最初に訪れたときから気に入っていた。
「……よし。ここを拠点にしよう」
俺は小さく頷いた。
これから先、ほかの国へも何度も行くことになるだろう。
璃月にも、稲妻にも、スメールにも、フォンテーヌにも、ナタにも。
今日だけでは見切れなかった場所が、まだたくさんある。
でも、帰ってくる場所は決めておきたい。
俺にとって、その場所はモンドだ。
まずはここで生活の基盤を作る。
街を歩いて、店の場所を覚え、食事のできる場所を探す。
必要なものをそろえ、使えるお金についても調べる。
できることから始めればいい。
帰る方法があるのだから、焦る必要はない。
俺は視界の端にあるシステムアイコンを確認した。
いつでもメニューを開ける。
そして、ログアウトを選べば日本へ戻れる。
その機能がある限り、少なくとも帰還手段を失う心配はなさそうだった。
「……今日は、ここまでかな」
俺はメニューを開き、ログアウトを選択した。
視界が白く染まる。
風の音が遠ざかり、周囲の景色が消えていく。
次に目を開けたとき、そこは見慣れた自宅の部屋だった。
◇
パソコンの前に座ったまま、俺はしばらく動かなかった。
机の上の飲み物。
窓から差し込む光。
部屋に置かれた家具。
どれも、いつもどおりの光景だ。
けれど、俺の中では、確実に何かが変わっていた。
テイワットへ行ける。
自分の意思で、あの世界を訪れることができる。
必要になれば、ログアウトして日本へ戻ってこられる。
今日一日で分かったことは、それだけではない。
ゲームのアイテムを取り出せること。
スネージナヤまでのワープポイントがすべて解放されていること。
そして、実際に歩いてみなければ分からないことが、想像以上に多いこと。
これから確認すべきことは、まだまだ残っている。
それでも、今すぐすべてを解決する必要はない。
明日になれば、いつもどおり会社へ行く。
仕事をして、帰宅して、食事をする。
日本での生活は、これまでと同じように続いていく。
その一方で、テイワットへ行くという選択肢が増えた。
週末になれば、またあの世界へ行ける。
モンドで生活に必要なものを探してもいい。
街の人々と交流してもいい。
商売について考えてもいい。
時間があれば、今日訪れた国々をもっと詳しく見て回ることもできる。
「……次の休日が楽しみだな」
俺は椅子の背もたれに身体を預けた。
今までゲームの中で眺めていた世界が、これからは実際に訪れられる場所になる。
そう考えると、自然と期待が膨らんでくる。
もちろん、楽しいことばかりとは限らない。
知らない世界で生活する以上、困ることもあるだろう。
ゲームの知識だけでは分からない問題にも、きっと直面する。
それでも、帰る方法はある。
日本での生活も続けられる。
ならば、少しずつ試していけばいい。
俺はパソコンの画面を見た。
そこには、いつもの原神の画面が表示されている。
けれど、もう以前と同じ気持ちでは見られないだろう。
画面の向こうには、実際に歩ける世界がある。
人々が暮らし、街があり、まだ知らない景色が広がっている。
その世界へ、俺は自分の意思で行くことができる。
「……よし」
俺は小さく頷いた。
まずは、モンドでの新生活を始めよう。
焦らず、無理をせず、できることから。
これからどんな日々が待っているのか、まだ分からない。
けれど、少なくとも次の休日が来るのを、今まで以上に楽しみにしている自分がいた。
こうして、山田悠真のテイワットでの新生活が始まった。
ここまで読んでいただき、ありがとうございます!
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これからもよろしくお願いします!