原神の世界に通えるようになったので、モンドを拠点に異世界生活を楽しみます   作:ところてんの

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第13話「クレーとアリス」

 その日も俺は、冒険者ギルドの近くに露店を出していた。

 

 モンドで小さな商売を始めてから、何度か同じ場所で商品を売っている。最初はどの程度の人が足を止めてくれるのかも分からなかったが、最近では露店の前を通りかかった人が、並べている商品を眺めていくことも珍しくなくなってきた。

 

 もちろん、毎回たくさん売れるわけではない。

 

 よく売れる日もあれば、思ったほど売れない日もある。商品によって反応も違うし、足を止めても買わずに立ち去る人もいる。

 

 そのあたりは、実際に商売をしてみないと分からないものだった。

 

「よし、こんなもんかな」

 

 俺は商品の並びを確認した。

 

 今日の中心は、これまで何度か試しに販売してきた飴とイチゴ味のグミだ。どちらも小さく、持ち運びやすい。飴は一つずつ個包装されていて、グミは独特の柔らかい食感が特徴になっている。

 

 ほかにも、いくつかの日用品を並べている。

 

 派手な品物があるわけではない。珍しい道具や高価な装飾品を売っているわけでもない。

 

 それでも、普段このあたりの店では見かけない商品というだけで、興味を持ってくれる人はいる。

 

 実際、前に買ってくれた人が、もう一度立ち寄ってくれたこともあった。

 

 そういう反応があると、やっぱり嬉しい。

 

「さて、今日はどれくらい売れるかな」

 

 俺はそう呟き、露店の前を行き交う人たちに目を向けた。

 

 冒険者ギルドへ向かう人。依頼を終えて街へ戻ってきた人。買い物袋を持って歩く住民。

 

 モンドの街は、今日もいつもどおりの賑わいを見せている。

 

 俺もその日常の片隅で、地道に商売を続けるだけだ。

 

 そう考えていたときだった。

 

「わあっ! これ、なあに?」

 

 元気な声が聞こえた。

 

 顔を上げると、露店の前に小さな女の子が立っていた。

 

 赤い帽子に、赤を基調とした服装。背中には大きな鞄を背負っている。

 

 見覚えのある姿だった。

 

 というか、見覚えがありすぎた。

 

 ――クレーだ。

 

 原神を遊んでいた俺なら、見間違えるはずもない。

 

 西風騎士団に所属する、元気いっぱいの女の子。そして、爆発物を扱うことが大好きで、何かと騒動を起こすことでも知られている。

 

 もちろん、ここはゲームの画面の中ではない。

 

 目の前にいるのは、実際に息をして、俺の露店に興味津々の視線を向けているクレー本人だ。

 

「これはお菓子だよ」

 

「おかし!」

 

 俺が答えると、クレーの目がぱっと輝いた。

 

「こっちは?」

 

「飴。こっちはグミっていうお菓子だな」

 

「ぐみ?」

 

 クレーは、商品を一つずつ眺めている。

 

 特に興味を引かれたのは、イチゴ味のグミらしい。

 

 透明な袋越しに中身を確認しながら、不思議そうに首を傾げていた。

 

「これ、柔らかいの?」

 

「うん。普通の飴とは違って、噛むと柔らかいんだ」

 

「噛めるの?」

 

「噛めるよ。もちろん、食べ物だからね」

 

「へえー!」

 

 クレーはグミの袋をじっと見つめた。

 

 その反応があまりにも素直なので、思わず笑ってしまう。

 

 ゲームでも元気な子だとは思っていたが、こうして実際に会ってみると、画面越しに見ていたときとは印象が違う。

 

 興味を持ったものに対して、全身で好奇心を表現しているような感じだ。

 

「これ、食べてみたい!」

 

「買ってくれるのか?」

 

「うん!」

 

 クレーは元気よく頷いた。

 

 ただ、そこで俺は少しだけ考える。

 

 相手は子供だ。本人が欲しがっているからといって、何でもそのまま売ればいいというものでもないだろう。

 

「そういえば、君の名前は?」

 

「クレーだよ! クレーはクレーだよ!」

 

「クレーか。俺は悠真。よろしくな」

 

「うん! よろしくね、悠真!」

 

「そっか。お金は持ってる?」

 

「うん! お買い物できるよ!」

 

 クレーは鞄の中を確認しようとした。

 

 俺はその様子を見ながら、念のため尋ねる。

 

「今日は一人で買い物に来たのか?」

 

「えっとね……」

 

 クレーは少しだけ考えるように視線を上げた。

 

「クレー、ちゃんとお買い物できるよ!」

 

 どうやら、質問への答えとしては少しずれているらしい。

 

 ただ、少なくとも本人は買い物をする気満々だ。

 

「分かった。じゃあ、買うものを決めようか」

 

「これがいい!」

 

 クレーが指さしたのは、イチゴ味のグミだった。

 

「二つ買ってもいい?」

 

「もちろん。二つならこの値段だよ」

 

 俺は価格を伝えた。

 

 クレーは少し考えてから、鞄の中からお金を取り出した。金額を確認して、俺に渡してくる。

 

 俺は受け取ったお金を確かめ、グミを二袋、クレーに渡した。

 

「はい。二つね」

 

「ありがとう!」

 

 クレーは両手でグミを受け取った。

 

 買い物ができたことが嬉しいのか、表情が明るい。

 

「これ、どうやって作るの?」

 

「作り方か……。材料を混ぜたり、固めたりして作るんだよ」

 

「材料を混ぜるの?」

 

「そう。いくつかの材料を使って、あの柔らかい食感にするんだ」

 

 俺は、細かい製法までは説明せず、簡単に答えた。

 

 この世界で同じものを作れるかどうかは分からないし、俺自身、グミを製造する方法を詳しく知っているわけでもない。

 

 食べる側として知っていることと、作る側として必要な知識は別物だ。

 

「ふうん……。混ぜるんだ……」

 

 クレーは何やら真剣な顔で考え込んでいる。

 

 その表情を見て、少しだけ嫌な予感がした。

 

「ねえねえ。混ぜると、爆発する?」

 

「しないよ」

 

「そっかあ……」

 

 クレーの声が、ほんの少しだけ残念そうになった。

 

 ……いや、そこは残念がらなくていいからな?

 

 お菓子を買いに来た子供に、まさか爆発するかどうかを確認されるとは思わなかった。

 

 しかも、爆発しないと答えたら残念そうにされる。

 

 さすがクレーである。

 

 俺は心の中でそう納得した。

 

「食べ物だからね。普通に食べて楽しむものだよ」

 

「うん! 分かった!」

 

 クレーは元気よく返事をした。

 

 本当に分かってくれたのか、少しだけ不安が残る。

 

 ただ、買ったお菓子をその場でどうこうする様子はない。クレーはグミの袋を大切そうに持ちながら、今度は飴のほうへ視線を移した。

 

「こっちもお菓子?」

 

「そうだよ。飴っていうんだ」

 

「グミとは違うの?」

 

「うん。こっちは口の中でゆっくり溶かして食べるものだな」

 

「へえー。いろんなお菓子があるんだね!」

 

「そうだな」

 

 クレーは露店の商品を順番に見ていった。

 

 日用品にも目を向け、これは何に使うのか、どうしてこんな形をしているのかと質問してくる。

 

 俺が説明できる範囲で答えると、クレーはそのたびに興味深そうな反応を返してくれた。

 

 どうやら、知らないものを見るのが好きらしい。

 

 もちろん、お菓子への関心が一番強いのは間違いないのだが。

 

「ねえ、悠真!」

 

「ん?」

 

「このお菓子、また買いに来てもいい?」

 

「ああ。売り切れていなければ、いつでもどうぞ」

 

「やったー!」

 

 クレーは嬉しそうに声を上げた。

 

 その笑顔を見て、俺も自然と頬が緩んだ。

 

 自分が用意した商品を喜んでもらえる。

 

 商売をするうえで、それは素直に嬉しいことだった。

 

 売れた金額だけでは分からない、別の手応えがある。

 

 こういう反応を積み重ねていけば、どんな商品に需要があるのかも少しずつ見えてくるだろう。

 

 もっとも、今はクレーの好奇心に振り回されているだけのような気もするが。

 

「クレー、そろそろ行きましょうか」

 

 そのとき、少し離れたところから女性の声が聞こえた。

 

 クレーがぱっと振り返る。

 

「あっ、お母さん!」

 

 ……お母さん?

 

 その言葉を聞いた瞬間、俺は思わず声のしたほうへ視線を向けた。

 

 そこに立っていたのは、一人の女性だった。

 

 長い髪に、整った顔立ち。落ち着いた雰囲気をまといながらも、どこか普通の人とは違う存在感がある。

 

 身につけている服装も印象的だった。

 

 そして何より、頭のあたりにある飾りが目に入った。

 

 ――いや、美人すぎない?

 

 整った顔立ちもそうだが、表情や立ち居振る舞いまで含めて、妙に目を引く。

 

 それに、あの頭の飾り。

 

 ……やっぱり、ゲームで見たとおりなんだな。

 

 頭に固定されているようには見えない不思議な飾りが、当たり前のように彼女の頭上にある。

 

 画面越しに見ていたときも気になっていたが、実物を目の前にすると、妙な感動があった。

 

 そして、もう一つ。

 

 俺はアリスとクレーを見比べた。

 

 ……なるほど。確かに親子だ。

 

 顔立ちや雰囲気に、どこか共通するものがある。二人が並んでいる姿を見ると、そう思えるだけの納得感があった。

 

 女性はクレーのもとへ歩いてくると、俺の露店に並んだ商品へ目を向けた。

 

「お買い物をしていたのね、クレー」

 

「うん! 見て見て、お母さん! グミを買ったんだよ!」

 

 クレーは買ったばかりのグミを掲げて見せた。

 

「まあ、グミ?」

 

「噛むと柔らかいんだって! それでね、材料を混ぜて作るんだって!」

 

「あら、そうなの」

 

 女性は楽しそうに微笑んだ。

 

 それから、こちらへ視線を向ける。

 

「この子がお世話になったみたいね。ありがとう」

 

「いえ、そんな。お客さんですから」

 

「ふふっ。そういうことにしておきましょうか」

 

 柔らかい口調だった。

 

 ただ、その目はよく周囲を見ているように感じられる。

 

 俺が返事をする間にも、女性は露店の商品や並べ方、俺の様子を自然に観察していた。

 

 その視線に気づいたのか、クレーが母親の服を引っ張った。

 

「お母さんも見て! いろんなものがあるんだよ!」

 

「そうね。せっかくだから、少し見ていこうかしら」

 

 女性はそう言って、俺に向き直った。

 

「私はアリス。あの子の母親よ」

 

 ――アリス。

 

 名前を聞いた瞬間、頭の中でゲームの知識がつながった。

 

 原神を遊んでいた俺にとって、知らない名前ではない。

 

 むしろ、名前だけでも存在感の大きい人物だ。

 

 そして、今、俺の目の前にいる。

 

 ゲームで知っていた人物と実際に会うことには、何度経験しても不思議な感覚があった。

 

 画面の中で見ていたキャラクターが、今は目の前で普通に話している。

 

 しかも、相手はあのアリスだ。

 

 そんな相手を前にして、いつまでも見とれているわけにもいかない。

 

 俺は慌てて挨拶をした。

 

「い、いえ。初めまして。悠真といいます」

 

 少しだけ返事が遅れた。

 

 じろじろ見てしまった自覚があるので、内心では少し焦っている。

 

 アリスは、俺の反応を見て楽しそうに目を細めた。

 

「初めまして、悠真。クレーが楽しそうにしていたから、どんな人なのかと思っていたの」

 

「そうだったんですか」

 

「ええ。この子、興味を持ったものを見つけると、夢中になってしまうでしょう?」

 

「……そうですね」

 

 俺はクレーへ視線を向けた。

 

 クレーは、母親と俺が話している間もグミを手にして、嬉しそうにしている。

 

 確かに、興味を持ったものへの集中力はすごい。

 

 ただ、興味の対象が爆発物に向いたときのことを考えると、周囲の人が気を配る理由も分かる気がした。

 

「今日はお菓子が気になったみたいね」

 

「うん! だって、見たことないお菓子だったんだもん!」

 

 クレーが元気よく答えた。

 

「それに、グミっていうのがすごいんだよ! 柔らかくて、噛めるんだって!」

 

「ふふっ。そんなに気に入ったの?」

 

「うん!」

 

 アリスは娘の様子を見て、穏やかに微笑んだ。

 

 それから、露店に並ぶ商品を改めて眺め始める。

 

「ほかにも、いろいろあるのね」

 

「はい。お菓子のほかに、日用品も少し置いています」

 

「なるほど。小さな露店だけれど、品揃えには工夫があるのね」

 

「まだ試しながら、少しずつ増やしているところです」

 

「最初から大きく始めるより、そのほうがよさそうね。何が売れるのか、実際に確かめられるもの」

 

 アリスの言葉には、単に商品を眺めているだけではないような響きがあった。

 

 俺は少し意外に思いながら、頷いた。

 

「そうですね。売ってみないと分からないことも多いですから」

 

「お客さんの反応を見て、次に何を用意するか決める。そういうことかしら?」

 

「はい。今は、どんな商品に興味を持ってもらえるのかを調べているところです」

 

「いい考えだと思うわ」

 

 アリスは商品を一つずつ見ていった。

 

 飴の個包装に目を留め、手に取って確かめる。

 

「これは、一つずつ包んであるのね」

 

「はい。持ち運びやすいですし、食べたいときに一つずつ開けられますから」

 

「確かに便利ね。鞄に入れておいても、ほかのものと直接触れにくいし」

 

「そういう使い方もできますね」

 

 アリスは包みを軽く眺めたあと、飴を一つ購入した。

 

 俺は代金を受け取り、商品を渡す。

 

「ありがとうございます」

 

「こちらこそ。どんな味なのか、試してみるわね」

 

 アリスは飴を手に取り、包装を確認してから、鞄へしまった。

 

 その様子を見て、俺は内心で少し感心する。

 

 クレーは食べることそのものに興味があったようだが、アリスは商品としての使いやすさにも目を向けている。

 

 同じお菓子を見ていても、気になる部分は人によって違うらしい。

 

 こういう違いを知ることも、商売を続けるうえでは大事なのだろう。

 

「ところで、悠真」

 

「はい?」

 

「この露店は、いつもここで出しているの?」

 

「基本的にはそうですね。冒険者ギルドの近くなら、人通りもありますし」

 

「なるほど。確かに、依頼を受けに来た人や、街を歩いている人が立ち寄りやすい場所ね」

 

「ただ、通行の邪魔にならないようには気をつけています。場所についても、事前に確認してあります」

 

「それなら安心ね。商売をするなら、周囲の人たちとの関係も大切だもの」

 

 アリスはそう言って、街の様子を眺めた。

 

 露店の前を、何人もの人が行き交っている。

 

 その中には商品を眺めていく人もいれば、こちらに気づかず通り過ぎていく人もいる。

 

 誰もが買い物を目的に歩いているわけではない。

 

 それでも、たまたま目に留まったものに興味を持ち、足を止めてくれることはある。

 

 俺が今やっているのは、そうした機会を少しずつ増やしていくことなのだと思う。

 

「最初から思ったとおりにいくとは限らないでしょう?」

 

「そうですね。売れると思っていたものがあまり売れなかったり、逆に予想していなかったものが気に入られたりします」

 

「ふふっ。それも商売の面白さね」

 

「まだ面白さを実感できるほど余裕があるわけじゃないですけど」

 

「あら、そうなの?」

 

「毎回、売れ残ったらどうしようとは考えますよ」

 

 正直に答えると、アリスは小さく笑った。

 

「それは当然でしょうね。どんなことでも、実際に始めてみれば心配事は出てくるものよ」

 

「ですね」

 

「でも、失敗を恐れて何もしなければ、分からないこともそのまま。少しずつ試して、結果を見て、次に生かしていけばいいんじゃないかしら」

 

 穏やかな口調だった。

 

 特別な助言というわけではない。

 

 けれど、今の俺にとっては、素直に受け止められる言葉だった。

 

 俺はまだ商売を始めたばかりだ。

 

 どんな商品が売れるのかも、どれくらいの量を仕入れるべきなのかも、十分に分かっているとは言えない。

 

 だからこそ、少量から始めて、反応を確かめながら進めている。

 

 今のやり方が正解なのかどうかは、まだ分からない。

 

 それでも、少なくとも何もせずに悩んでいるよりは、実際に動いてみたほうが得られるものは多いだろう。

 

「ありがとうございます。参考になります」

 

「どういたしまして」

 

 アリスは楽しそうに微笑んだ。

 

 その横で、クレーがグミの袋を抱えながら口を開く。

 

「ねえ、お母さん! またここに来てもいい?」

 

「そうね。お店の人に迷惑をかけないようにするなら、いいんじゃないかしら」

 

「うん! クレー、ちゃんとする!」

 

 クレーは元気よく頷いた。

 

 俺はその様子を見ながら、少しだけ笑った。

 

「また来てくれるのは歓迎だよ。ほかにも気になるものがあったら、見ていってくれ」

 

「ほんと? やったー!」

 

 クレーは嬉しそうに声を上げた。

 

 その反応を見ていると、こちらまで楽しくなってくる。

 

 ただし、次に来たときもグミが爆発するかどうかを聞かれる可能性はある。

 

 そこだけは、あらかじめ覚悟しておこう。

 

「それじゃあ、そろそろ行きましょうか、クレー」

 

「はーい!」

 

 アリスが促すと、クレーは返事をした。

 

 去り際、クレーはもう一度こちらを振り返った。

 

「悠真、またね!」

 

「ああ。またな、クレー」

 

「また会いましょう、悠真」

 

「はい。ありがとうございました」

 

 アリスは軽く手を振り、クレーと一緒に歩いていった。

 

 俺は二人の姿が人混みに紛れていくまで、しばらくその背中を見送っていた。

 

 そして、ようやく息を吐く。

 

「……いやあ」

 

 思わず声が漏れた。

 

 まさか、今日の露店でクレーとアリスに会うことになるとは。

 

 クレーが来た時点でも驚いたが、まさか母親まで一緒に現れるとは思っていなかった。

 

 しかも、アリス本人と話すことになるとは。

 

 ゲームの知識があるから、名前も姿も知っている。

 

 けれど、実際に会って話をすると、やっぱり違うものだ。

 

 特に、あの頭の飾り。

 

 ……本当に不思議なものだな。

 

 どういう仕組みなのか、気にならないと言えば嘘になる。

 

 ただ、あれを本人に尋ねていいものなのかは分からない。

 

 初対面でいきなり頭の飾りについて質問するのも、少し失礼な気がする。

 

 それに、アリスは俺のことを観察しているようにも感じられた。

 

 こちらの様子を見て、何かに気づいたのか。それとも、単純に初めて見る露店の店主に興味を持っただけなのか。

 

 今の段階では、判断できない。

 

 少なくとも、俺が余計なことを話さなければ、問題はないだろう。

 

 自分がどこから来たのか、どうして珍しい商品を持っているのか。

 

 そういった事情については、これまでどおり必要以上に話さない。

 

 商売のために商品を説明することと、自分の事情を明かすことは別だ。

 

 そこはきちんと分けておく必要がある。

 

「……さて、仕事に戻るか」

 

 俺は小さく首を振り、露店の商品へ視線を戻した。

 

 クレーが買ってくれたグミは二袋。

 

 アリスが買ってくれた飴は一つ。

 

 売上としては、決して大きなものではない。

 

 それでも、今日の出来事には金額だけでは測れない意味があった。

 

 クレーはグミの食感に興味を持ち、作り方まで尋ねてきた。

 

 アリスは個包装の便利さや、商売の進め方に目を向けていた。

 

 同じ露店を見ても、関心を持つところは違う。

 

 そうした違いを知ることができたのは、いい経験だったと思う。

 

 俺は近くに置いていた記録用の紙を取り出し、今日の出来事を簡単に書き留めた。

 

 クレーがグミを二袋購入。

 

 食感と製法に強い興味を示す。爆発するかどうかも質問された。

 

 ……最後の一文は、書いていて少し笑ってしまった。

 

 続けて、アリスが飴を一つ購入したこと、個包装の使いやすさに関心を示したことも記録する。

 

 商品を売るだけなら、売上の金額を記録しておけばいい。

 

 でも、今後も商売を続けていくなら、客が何に興味を持ったのか、どんな質問をしたのかも残しておいたほうがいいだろう。

 

 すぐに役立つとは限らない。

 

 それでも、何度か記録を重ねていけば、商品を選ぶときの参考になるはずだ。

 

 俺は紙をしまい、改めて露店の前に立った。

 

 まだ日は高い。

 

 商品も残っているし、商売を終えるには早すぎる。

 

 さっきの出会いをいつまでも考えているわけにもいかない。

 

 次のお客さんが来るかもしれないのだから。

 

 俺は気持ちを切り替え、通りを行き交う人たちへ目を向けた。

 

 すると、ちょうど一人の女性が露店の前で足を止めた。

 

「これは、何かしら?」

 

「はい。こちらは――」

 

 俺は笑顔で商品の説明を始めた。

 

 モンドでの生活は、まだまだ続いていく。

 

 今日のような思いがけない出会いも含めて、少しずつ、この世界での暮らしを楽しんでいこう。

 

 そんなことを考えながら、俺は次のお客さんを迎えた。




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