原神の世界に通えるようになったので、モンドを拠点に異世界生活を楽しみます 作:ところてんの
休日の朝。
俺はいつものようにリュックを背負い、モンドの街へ向かった。
今日の予定は、冒険者ギルドの近くで露店を開くことだ。
前回は森の近くまで散歩に出かけ、レザーという少年と知り合った。持っていったラーメンを一緒に食べ、また会ったら作るという約束までしてしまった。
あのときのレザーの「うまい」という感想を思い出すと、少しだけ頬が緩む。
あれほど気に入ってくれたのなら、次に会うときも持っていってやりたい。
もっとも、毎回ラーメンを食べるためだけに森へ行くわけにもいかないけど。
「さて、今日はちゃんと商売をするか」
俺はシステムメニューからログインを選択した。
視界が切り替わり、モンドの街中にある解放済みのワープポイントへ移動する。
見慣れた石畳と建物。行き交う人々の声。店先から漂う料理の匂い。
すっかり馴染んできた風景だ。
俺は周囲を確認してから、冒険者ギルドの近くへ向かった。
いつもの場所に着くと、まずは通行の邪魔にならない位置を確かめる。それからリュックを下ろし、持ってきた商品を一つずつ並べていった。
個包装のお菓子に、鉛筆や鉛筆削り、紙。それから、ちょっとした生活用品。
そして、今日から新しく並べる商品が二種類ある。
一つはキャラメル。
もう一つは、四連や五連になっている小分けのスナック菓子だ。
どちらも日本の百円ショップやスーパーで買ってきたものだった。
キャラメルは、一粒ずつ包まれているので少しずつ食べられる。小分けのスナック菓子も、一袋の量が少ないぶん、子どもでも買いやすいだろう。
もちろん、こちらの人たちが気に入るかどうかは分からない。
日本で売れているからといって、テイワットでも同じように売れるとは限らないのだ。
味の好みも違うだろうし、値段に対する感覚も違う。
だからこそ、まずは少量から試してみる。
反応がよければ次の仕入れで増やせばいいし、いまひとつなら別の商品に入れ替えればいい。
商売は、そうやって少しずつ形にしていくものだ。
準備を終え、俺は露店の前に立った。
「よし、開店」
小さくつぶやいたところで、冒険者ギルドの方から聞き覚えのある声がした。
「やあやあ、今日も商売かい?」
振り向くと、緑色の服を着た少年がこちらへ歩いてくるところだった。
羽根飾りのついた帽子に、背中には竪琴。
モンドの吟遊詩人、ウェンティだ。
ウェンティとは、これまで何度も街で顔を合わせている。露店で話をしたり、広場で演奏を聞いたりと、交流を重ねるうちにすっかり顔なじみになっていた。
最初の頃と違い、今ではお互いに敬語を使うこともない。会えば自然に声をかけ、気軽に話せる間柄だ。
「ウェンティか。今日は演奏しないのか?」
「もちろん演奏するよ。でも、その前に街を歩いていたら、君の露店が目に入ったんだ」
ウェンティは並べられた商品を興味深そうに眺めた。
「へえ、いろいろあるんだね」
「少しずつ増やしてるんだ。気になるものがあれば見ていってよ」
「それじゃあ、お言葉に甘えて」
ウェンティは商品を眺めながら、鉛筆を手に取った。
「これは何に使うんだい?」
「鉛筆だよ。先端で紙に文字や絵を描けるんだ。こっちの鉛筆削りで先を削れば、また使える」
「へえ! インクがなくても書けるんだね」
「そういうこと。羽根ペンとは使い勝手が違うけど、手軽なのが利点かな」
俺は紙を一枚取り出し、鉛筆で簡単な線を引いてみせた。
ウェンティは紙と鉛筆を交互に眺め、興味深そうにうなずいた。
「なるほどね。旅先でちょっとしたことを書き留めるのにも便利そうだ」
「そうだね。荷物にもなりにくいし」
「これはなかなか面白い品物だね!」
今度は、ウェンティの視線が新しいお菓子へ移った。
「こっちは?」
「キャラメル。甘いお菓子だよ。一粒ずつ包んであるから、好きなときに食べられる」
「へえ。こっちはずいぶん小さな袋がつながっているね」
「小分けのスナック菓子だよ。一袋ずつ切り離して食べられるんだ」
ウェンティはつながった小袋を持ち上げ、裏表を確かめた。
「一度に全部食べなくてもいいんだね。旅のお供によさそうだ」
「そういう使い方もできるね」
「うーん、どれも面白いなあ」
ウェンティはしばらく商品を眺めていたものの、結局何も買わずに去っていった。
まあ、冷やかしも客のうちだ。
それに、商品の説明をすることで、自分でも特徴を整理できる。こういうやり取りも無駄ではない。
「そういえば、君の演奏って広場でよくやってるよな」
俺が尋ねると、ウェンティは振り返った。
「うん。今日もあとで演奏するつもりだよ。よかったら聞きに来てね」
「商売が落ち着いたら行くよ」
「約束だよ!」
ウェンティは楽しそうに笑い、広場の方へ歩いていった。
*
昼が近づくにつれて、露店に立ち寄る人も増えてきた。
お菓子を買っていく子ども。鉛筆を手に取って使い方を尋ねる人。紙の大きさを見比べる人。日用品を見て、値段を確かめる街の人。
そして、今日の新商品にも客が立ち寄った。
「これ、全部つながっているのか?」
小分けのスナック菓子を手に取ったのは、冒険者風の男性だった。
「そうです。一袋ずつ切り離せますよ」
「中身は全部同じなのか?」
「この商品は同じ味ですね。少しずつ食べたいときや、誰かと分けたいときに便利です」
男性は袋を持ち上げ、重さを確かめた。
「なるほどな。大きな袋を買っても、食べきれないことがあるからな」
「そういうときには向いていると思います」
男性は少し考えたあと、一つ買っていった。
まずは一つ売れた。
俺は心の中で小さくガッツポーズをした。
続いて、子どもを連れた女性が露店にやってきた。
「この小さなお菓子は何?」
「スナック菓子です。一袋ずつ切り離せるので、お子さんのおやつにもいいと思います」
女性は子どもと顔を見合わせた。
「どうする?」
「これがいい!」
子どもは迷わず指を差した。
結局、親子は小分けのスナック菓子を一つ買っていった。
キャラメルの方も、少しずつ売れている。
ただ、こちらは一袋を手に取って、値段を確かめてから戻す人もいた。
甘いものは好まれても、どんな味か分からないものにお金を払うのはためらうのだろう。
商品を売るには、まず知ってもらう必要がある。
いきなり大量に仕入れなくて正解だった。
客とのやり取りを重ねながら、俺は商品の並びを少しずつ調整していった。
そんな中、ふと顔を上げると、広場の方から竪琴の音が聞こえてきた。
ウェンティの演奏が始まったらしい。
軽やかな旋律に、歌声が重なる。
仕事中なので、ずっと聞いているわけにはいかない。それでも、客足が途切れたときには自然と耳がそちらへ向いた。
歌は旅人と風についてのものだった。
遠い土地を訪れ、見知らぬ人と出会い、やがてまた旅立っていく。
どこか懐かしく、それでいて前向きな旋律だった。
やがて演奏が終わると、広場から拍手が起こった。
ウェンティは竪琴を抱えたまま、集まった人々に向かって笑顔を見せている。
俺も、露店の前から小さく拍手を送った。
こういう音楽が街のあちこちから聞こえてくるのは、いいものだ。
しばらくして、客足が落ち着いたところで、俺は商品を確認した。
小分けのスナック菓子は、思ったよりも反応がいい。
キャラメルも売れたが、こちらはまだ様子見といったところだろう。
次の仕入れを考えるときには、今日の売れ行きを参考にしよう。
この調子なら、少し休憩を取っても問題ないだろう。
俺は商品が崩れないように整え、近くの店で軽く食事を済ませることにした。
*
昼食を終えて露店に戻る途中、酒場の近くを通りかかった。
入口からは料理の香りが漂い、店内から人々の話し声が聞こえてくる。
その前に、見覚えのある緑色の服があった。
「おや、君じゃないか!」
ウェンティがこちらに気づき、手を振ってきた。
「演奏は終わったのか?」
「ひとまずね。次の曲を考える前に、お腹を満たそうと思って」
「それで酒場か」
「もちろん! おいしい料理もあるし、飲み物だってあるからね」
ウェンティは楽しそうに笑った。
「君もどう? せっかく会ったんだし、一緒に食事でもしようよ」
露店のことが少し気になったものの、今は客足も落ち着いている。少しくらいなら休憩してもいいだろう。
「じゃあ、少しだけ」
「決まりだね!」
ウェンティと一緒に酒場へ入る。
店内は昼間からそれなりに賑わっていた。食事をしている冒険者や、仲間と話し込む商人。カウンターで飲み物を注文する街の人。
料理の香りと人々の声が混ざり合い、広場とはまた違った活気がある。
俺たちは空いている席に腰を下ろした。
「さて、何を食べようかな」
ウェンティは慣れた様子でメニューを確認している。
「いつもここに来てるのか?」
「そういう日もあるよ。街にはおいしいものがたくさんあるからね」
「吟遊詩人って、もっと旅ばかりしてるイメージだったよ」
「旅も好きだけど、同じ場所でのんびりするのも好きさ。ずっと移動していたら疲れちゃうだろう?」
「それはそうだな」
俺も、毎週のように異世界へ来ているとはいえ、いつも遠出をしているわけではない。
露店を開いて、街の人と話して、気が向いたら散歩に出かける。
そういう過ごし方も気に入っていた。
注文を済ませると、俺は飲み物にお茶を選んだ。
「お酒は飲まないの?」
「今日はいいかな。ゆっくり食事をしたいし」
「そっか。無理に飲むものでもないしね」
ウェンティはあっさりとうなずいた。
こちらが酒を断ったからといって、しつこく勧めてくるようなことはない。
その距離感はありがたかった。
やがて料理が運ばれてくると、俺たちは食事を始めた。
ウェンティは食事の合間にも、街で見聞きした話や、旅先で出会った人々のことを楽しそうに話してくれた。
吟遊詩人らしく、話の運び方がうまい。何気ない出来事も、歌の一節のように聞こえてくる。
俺は相づちを打ちながら、料理を口に運んだ。
「ところで君、最近はどんな商品を売っているの?」
「お菓子とか、鉛筆や紙、それから日用品だね。あとは反応を見ながら少しずつ変えてる」
「へえ。いろいろ考えてるんだね」
「最初はお菓子が中心だったけど、書き物に使う道具も意外と反応がいいんだよ。使い方が分かりやすいものは、特にね」
「なるほど。便利なものを紹介するのも商売なんだね」
「そういうこと。売れるかどうかは、実際に試してみないと分からないけど」
「それなら、僕にも何かおすすめしてよ」
「今度、露店に来てくれたらね」
「約束だよ!」
ウェンティは嬉しそうに笑った。
食事を終える頃には、窓から差し込む光の角度が少し変わっていた。
俺はカップに残ったお茶を飲み干し、椅子から立ち上がった。
「そろそろ戻るよ。店を出したままだから」
「そうだったね。商売の邪魔をしてごめんね」
「いや、休憩にはちょうどよかったよ」
「それならよかった。また広場で会おうね!」
「うん。またな」
ウェンティに別れを告げ、俺は酒場を出た。
*
露店へ戻る途中、路地の入口に立つ女性が目に入った。
黒と紫を基調とした服装。銀色の髪。落ち着いた表情。
ロザリアだ。
モンドの教会に所属するシスターでありながら、一般的な聖職者とはかなり違った雰囲気を持つ女性。
ゲームで知っている人物ではあるが、実際に会うのは初めてだった。
こちらから話しかける理由も特にないので、そのまま通り過ぎようとした。
「……あんた」
声をかけられた。
足を止めて振り返る。
ロザリアは、少し離れた場所から俺を見ていた。
「最近、冒険者ギルドの近くで露店を出しているのはあんた?」
「そうだけど」
「ふうん」
彼女は短く答えたあと、俺の顔を見て、それから手ぶらの姿に視線を移した。
「今日は店を出していないのね」
「いや、出してるよ。ちょっと食事に行ってただけ」
「ああ、そう」
ロザリアは特に気にした様子もなく、路地の奥へ視線を向けた。
「日用品も置いているって聞いたけど」
「うん。鉛筆や鉛筆削り、紙なんかもあるよ。必要なら、今度見に来てみて」
「そう。必要なものがあったら考えるわ」
「気になるものがあれば説明するよ」
「そのときは頼むわ」
ロザリアは淡々と答えた。
それで会話は終わったかと思ったが、彼女の視線が俺の方へ戻ってきた。
「……それ、何?」
目が向けられていたのは、俺が手に持っていた小さな袋だった。
新商品のキャラメルだ。休憩のついでに試食用として一つ取り出し、商品の状態を確かめていたところだった。
「ああ、これ? キャラメルっていうお菓子だよ。甘いんだ」
「ふうん」
ロザリアは興味がなさそうに返事をした。
ただ、その視線は袋から離れなかった。
……気になっているのだろうか。
とはいえ、こちらから決めつけるのもよくない。
「露店にも並べてあるよ。よかったら見ていって」
「別に、気になっているわけじゃないわ」
「そっか」
俺はそれ以上勧めなかった。
すると、少し間を置いてから、ロザリアが口を開いた。
「……一袋、いくら?」
「これならこの値段だよ」
俺が値段を伝えると、彼女は少し考えたあと、財布を取り出した。
「じゃあ、一袋もらおうかしら」
「はい、どうぞ」
代金を受け取り、キャラメルを渡す。
ロザリアはそれを受け取ると、何事もなかったように服のポケットへしまった。
「ありがとう」
「どういたしまして」
彼女は軽くうなずき、歩き出した。
甘いものが好きなのかもしれない。
でも、本人が自分から話すつもりのないことまで、わざわざ聞く必要はないだろう。
俺も軽く会釈して、露店へ戻ることにした。
*
露店に戻ると、商品はそのままの状態で残っていた。
俺は並びを整え直し、再び店番を始めた。
夕方が近づくにつれて、通りを歩く人の数も少しずつ変わっていく。
仕事帰りのような冒険者がギルドへ向かい、買い物を終えた人々が家路につく。
その合間に、何人かの客が露店へ立ち寄った。
お菓子を買っていく人。鉛筆を手に取る人。小分けのスナック菓子を見比べる人。商品の使い方を聞いてから、じっくり考えて購入する人。
いつもと変わらない商売の時間だった。
それでも、今日は少し違う。
ウェンティの演奏を聞いて、一緒に食事をした。
ロザリアとも言葉を交わし、キャラメルを買ってもらった。
どれも大きな出来事ではない。
ただ、モンドで過ごす時間が少しずつ増えていくにつれて、知り合いも増えてきた。
無理に仲良くなろうとしなくてもいい。
会えば挨拶をする。話したいことがあれば話す。お互いの都合が合えば、一緒に食事をする。
それくらいの距離感が、今の俺にはちょうどよかった。
やがて空が夕方の色に変わり始めた。
俺は残った商品を確認し、売り上げを記録してから、片付けを始めた。
「今日もこんなものかな」
大きく儲かったわけではない。
でも、売り上げは悪くなかったし、新商品の反応も確認できた。
小分けのスナック菓子は、思ったよりも売れた。キャラメルも買ってくれる人がいたので、次の仕入れでも少しだけ用意しておこう。
ロザリアも買ってくれたけど、あれは単に甘いものが気になっただけかもしれない。
まあ、どちらにしても、商品を買ってもらえたことに変わりはない。
露店を片付け、リュックに商品をしまう。
最後に忘れ物がないかを確認してから、俺は帰還のためにシステムを開いた。
視界の端に、いつものメニューが表示される。
ログアウト。
それを選択すると、見慣れたモンドの景色がゆっくりと消えていった。
*
日本の自宅に戻ると、部屋の静けさが迎えてくれた。
俺はリュックを置き、椅子に座ってから、今日のことを簡単にメモへ残した。
露店の売り上げと、商品の反応。
ウェンティの演奏を聞き、一緒に食事をしたこと。
ロザリアと初めて話したこと。
それから、新商品のキャラメルと小分けのスナック菓子について。
どれも特別な事件ではない。
けれど、こうした日々の積み重ねが、俺にとっての異世界生活になっている。
メモを保存し、パソコンの画面を閉じた。
さて、夕飯はどうしようか。
俺は立ち上がり、冷蔵庫の中身を確認することにした。
次の休日も、きっとモンドへ行く。
今度はどんな人と話すことになるのだろう。
そんなことを考えながら、俺は夕飯の準備を始めた。
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