原神の世界に通えるようになったので、モンドを拠点に異世界生活を楽しみます 作:ところてんの
たぶんモナっぽい口調だと思います
第17話「モナと星の話」
休日の朝。
俺はいつものようにリュックを背負い、モンドの街へ向かった。
今日も予定は、冒険者ギルドの近くで露店を開くことだ。
日本で買ってきたお菓子や日用品を並べ、売れた数と残った在庫を確認する。商売を始めてから、それなりに商品の種類も増えてきた。
とはいえ、まだ小規模な露店だ。
仕入れに使えるお金には限りがあるし、売れそうだからといって、手当たり次第に買ってくるわけにもいかない。
売れ残れば、その分だけ次の仕入れに回せるお金が減る。
当たり前の話だけど、自分で商売をしてみると、その当たり前が妙に身近に感じられた。
「さて、今日はどうなるかな」
俺はシステムメニューからログインを選択した。
視界が切り替わり、モンドの街中にある解放済みのワープポイントへ移動する。
見慣れた石畳。建ち並ぶ家々。朝から行き交う人々。
街には、焼きたてのパンや料理の匂いが漂っていた。
俺は周囲を確認してから、冒険者ギルドの近くへ向かった。
いつもの場所に着くと、リュックから商品を取り出し、露店の準備を始める。
個包装のお菓子を種類ごとに並べ、キャラメルも手に取りやすい位置へ置いた。
いくつかの小袋がつながったタイプのお菓子は、まとまりが分かるように並べる。まとめて買うこともできるし、小袋一つからでも販売している。
少しだけ試したい人にも、気に入ったものを何袋か買いたい人にも対応できるようにするためだ。
それから、鉛筆や鉛筆削り、紙なども並べていく。
お菓子に比べれば地味な品物だけど、こちらも必要とする人がいるかもしれない。
売れ行きは日によって違う。
甘いものがよく売れる日もあれば、鉛筆や紙を買っていく人が多い日もある。必ず売れる商品が分かっているわけじゃないから、しばらくは種類を変えながら様子を見るつもりだった。
準備を終えた俺は、露店の前に立った。
「いらっしゃいませ。お菓子や日用品を売ってます」
声をかけながら、通りを行く人々を眺める。
すぐに足を止める人もいれば、こちらを一瞥して通り過ぎる人もいた。
無理に呼び止めても仕方がない。興味を持った人に見てもらえれば十分だ。
しばらくすると、何人かの客が立ち寄った。
お菓子を買っていく子供。鉛筆を手に取って、書き心地を気にする若い女性。以前にも買い物をしてくれた客が、今日は別の種類のお菓子を選んでいく。
俺は商品の説明をしながら、売れた品物を帳面に記録していった。
こうしていると、少しずつ露店らしくなってきた気がする。
もっとも、売り物の大半が日本で買ってきたものという点では、かなり変わった店だろうけど。
*
昼前になった頃だった。
露店の前に、一人の女性が立ち止まった。
青みがかった髪に、特徴的な帽子。身に着けている衣装も、街を歩く一般の人々とはずいぶん違う。
女性は、まずお菓子の並んだ場所へ視線を向けた。
それから少し身をかがめ、商品を確認する。
「……これは、いくらなの?」
彼女が指したのは、いくつかの小袋がつながったタイプのお菓子だった。
「それは小袋がいくつかつながっている商品です。まとめて買うこともできますし、一袋ずつでも販売していますよ」
「一袋ずつでも買えるの?」
「はい。少しだけ試してみたいなら、一袋だけでも大丈夫です」
女性は値札と小袋を見比べた。
「なるほど。必要な分だけ買えるというわけね」
「そういうことです」
女性は納得したようにうなずき、今度はキャラメルへ視線を移した。
しばらく値段を確かめてから、別のお菓子にも目を向ける。
買い物には慎重な人らしい。
まあ、値段を確認するのは普通のことだ。むしろ、何も考えずに買ってもらえると思う方がおかしい。
「こちらのキャラメルもおすすめですよ。個包装なので、少しずつ食べられます」
「キャラメル……」
女性はキャラメルの袋を見つめた。
ほんの一瞬、目が輝いたように見えた。
けれど、すぐに表情を引き締める。
「別に、甘いものに目がないというわけではないわよ」
「そうですか」
俺は特に追及しなかった。
好きかどうかは本人が決めることだし、こちらとしては商品を見てもらえただけでもありがたい。
女性は少し気まずそうに視線をそらし、それから小袋のお菓子とキャラメルを手に取った。
「……これと、これをいただくわ」
「ありがとうございます。合わせてこの金額になります」
俺が値段を伝えると、女性は財布を取り出し、必要な分のモラを数えた。
支払いを済ませると、商品を受け取る。
「どうも」
「ありがとうございました。またどうぞ」
女性は小さくうなずき、露店から離れていった。
その後ろ姿を見送りながら、俺は帳面に売れた商品を書き込む。
小袋のお菓子が一つ。それからキャラメルが一つ。
今日の売上としては、悪くない。
それにしても、あの帽子と衣装には見覚えがあった。
モナ。
原神に登場する占星術師だ。
ゲームで知っている人物が目の前に現れることにも、さすがに慣れてきた。もちろん、見覚えがあるからといって、実際にどんな人物なのかまで分かったつもりになるのは違う。
ゲームでの設定と、本人がここで暮らしていることは別の話だ。
俺はそんなことを考えながら、次の客に声をかけた。
*
午後になり、客足が少し落ち着いた頃。
俺は売れた商品の数を確認していた。
お菓子はそれなりに売れている。鉛筆や紙も、少しずつだけど買っていく人がいる。
大きな利益が出ているわけではないが、仕入れにかかった費用を考えれば、今のところは順調だった。
そんなことを考えていると、先ほどの女性――モナが再び露店の近くを通りかかった。
今度は商品を見るというより、何かを考えながら歩いている様子だった。
俺と目が合う。
モナは一瞬だけ足を止め、こちらへ視線を向けた。
「……あなた」
「はい?」
「少し聞きたいことがあるのだけれど、今いいかしら?」
「俺に答えられることなら」
そう返すと、モナはわずかに姿勢を正した。
「あなたが扱っている品物は、どこから仕入れているの?」
やっぱり、そこが気になるのか。
俺の露店に並んでいる商品は、モンドではあまり見かけないものが多い。お菓子にしても、個包装になっていたり、小袋がつながっていたりする。
不思議に思われるのも当然だろう。
「遠くから仕入れているんです。いろいろな品物を少しずつ持ってきて、ここで売っています」
「遠くから……。それだけの品物を揃えられる場所があるのね」
モナは露店を見渡した。
「けれど、それだけでは少し曖昧ね。どんな土地で、どんな人たちが使っているものなのか、気になるところだわ」
「すみません。仕入れ先の詳しいことは、ちょっと話しにくくて」
「そう。なら、無理に聞くつもりはないわ」
モナはあっさりと引き下がった。
「ただ、見慣れない品物が多いものだから、少し興味を持っただけよ。珍しいものを扱っている商人がいたら、どこで手に入れたのか気になるでしょう?」
「それはそうですね」
俺も、知らない土地の品物を見れば、どこで作られているのか気になることはある。
「お菓子は、俺がいた場所ではよく売られているものです。鉛筆や紙も、普通に使われていますよ」
「鉛筆?」
モナは商品を並べた場所へ視線を向けた。
「それは何に使うものなの?」
「文字を書いたり、絵を描いたりするための道具です。先端が丸くなったら、鉛筆削りで削って使います」
「先端を削るの?」
「はい。こういう道具です」
俺は鉛筆と鉛筆削りを手に取った。
鉛筆の先を見せ、それから鉛筆削りを見せる。
「この穴に鉛筆を入れて、削ります。そうすると、また細い先端で書けるようになります」
「ふむ……。先端を削って、繰り返し使うのね」
モナは鉛筆を見つめ、少し考え込んだ。
「羽根ペンとは仕組みが違うのね。インクも必要ない、と」
「ええ。羽根ペンみたいに、インクをつける必要もありません」
「それは便利そうね。書くたびにインクの量を気にしなくていいのなら、記録を取るときにも役立ちそうだわ」
どうやら、単に珍しがっているだけではないらしい。
研究や観測の記録に使うことを考えているのかもしれない。
モナは鉛筆を手に取った。
軽く持ち、先端を確かめる。次に、鉛筆削りへ目を向けた。
「これで、どれくらい書けるの?」
「使い方にもよりますけど、結構長く使えますよ。短くなったら削ればいいですし」
「なるほど。使い切りではないのね」
「そうですね」
「……記録用に一本持っておくのも悪くないかもしれないわね」
そう言いながら、モナは鉛筆を元の場所へ戻した。
ただ、すぐに購入するというわけではないらしい。
彼女は改めて露店を眺めた。
「ところで、あなたは商売を始めてどれくらいなの?」
「まだ、それほど長くはないです」
「そう。品物の種類はそれなりにあるけれど、量は控えめね」
「最初から大量に仕入れるわけにもいかないので。売れ行きを見ながら、少しずつ増やしているところです」
「無計画に仕入れて、売れ残りを抱えるよりは賢明ね」
モナは当然のことを述べるように言った。
「商売を続けるつもりなら、売上だけでなく、仕入れにかかった費用も把握しておくべきよ。売れたからといって、必ずしも利益が出ているとは限らないもの」
「そうですね。売れた数や仕入れにかかったお金は、記録しています」
「それならいいわ。自分で商売をしている以上、そのくらいは把握しておかないとね」
どうやら、商売についても思うところがあるらしい。
「ところで、あなたは何をしている人なの?」
「俺ですか?」
「ええ。商人にしては、ずいぶん変わった品物を扱っているでしょう。それに、露店を開いているわりには、いつもここにいるわけでもなさそうだし。普段は何をしているのかと思って」
少し答えにくい質問だった。
こちらでは商売をしているけれど、日本では普通の会社員だ。
ただ、異世界から来たという話をするわけにはいかない。
「普段は、別の仕事をしています。こちらには休みの日を利用して来ているんです」
「休みの日?」
「ええ。毎日ここで商売をしているわけじゃないんですよ」
「なるほどね。つまり、こちらで商売に使える時間も限られているということかしら」
「そうなんです。だから、あまり無理はしないようにしています」
「それなら、なおさら計画が大切ね。使える時間も資金も限られているのなら、何を優先するか、よく考える必要があるわ」
モナはそう言ってから、帽子のつばに軽く手を添えた。
「私はモナ。占星術師よ」
名前を聞いて、俺は改めて彼女の顔を見た。
やはり、モナだった。
「俺は悠真です。よろしくお願いします」
「ええ、よろしく。悠真、ね」
モナは俺の名前を一度口にして、小さくうなずいた。
占星術師という肩書きは、ゲームで知っていた。
けれど、目の前のモナは、星の話を始める前に商売の収支を気にする、現実的な一面も持っているようだった。
もちろん、生活していればお金は必要だ。
どれほど優れた知識や技術を持っていても、食事をしなければならないし、住む場所も必要になる。
占星術師だからといって、そういう現実から自由になれるわけじゃないのだろう。
「占星術師ということは、星を見て占うんですよね?」
俺が尋ねると、モナは少しだけ眉を上げた。
「ええ。でも、星を眺めて適当なことを言っているわけではないわよ」
「あ、いや、そういうつもりでは……」
「分かっているわ。あなたがそういう意味で尋ねたわけではないことくらい、分かっているわよ」
モナは軽く咳払いをした。
「ただ、占星術については誤解している人も少なくないから、きちんと説明しておこうと思っただけ」
「なるほど」
「占星術は、星の位置や動きを観測し、その関係を読み解くものなの。過去の記録と照らし合わせ、得られた情報を分析する。何の根拠もなく未来を語るようなものではないわ」
説明する声には、はっきりとした自信があった。
「星の動きを理解するには、長い時間をかけた観測と研究が必要になるの。目に見えるものを記録し、変化を追い、その意味を考える。そうした積み重ねがあってこそ、読み解けることがあるのよ」
「観測と記録が大事なんですね」
「当然よ。何事も、正しく知ろうとするなら、それなりの手間と時間が必要でしょう?」
「確かに、そうですね」
俺は素直にうなずいた。
自分が時間をかけて学んできたものを、簡単な占いと一緒にされるのは嫌なのだろう。
それだけ、占星術に誇りを持っているということだ。
「それだけ研究するなら、道具や資料にもお金がかかりそうですね」
「……そうね」
モナの表情が、ほんの少しだけ曇った。
今の質問は、あまり触れられたくない部分だったのかもしれない。
けれど、彼女はすぐに顔を上げた。
「研究には、さまざまな資料が必要になるわ。観測に使う道具も、記録を残すための紙もね。必要なものをすべて揃えられれば理想的だけれど、現実にはそうもいかないのよ」
「やっぱり、予算の問題があるんですね」
「予算……まあ、そういう言い方もできるわね」
モナは腕を組んだ。
「だからといって、研究を諦めるつもりはないわ。必要なものを見極めて、優先順位をつければいいの。すべてを一度に手に入れられないのなら、今の自分に必要なものから揃えていけばいいでしょう?」
その言葉には力があった。
研究に使えるお金が限られているからといって、夢を諦めるわけではない。
今できることを考え、必要なものから手に入れていく。
俺が露店の仕入れでやっていることにも、少し似ている気がした。
「俺も、商売に使えるお金と生活費は分けていますよ」
「そうなの?」
「はい。生活費まで仕入れに使ってしまったら、売れなかったときに困りますから。仕入れに使うお金、普段の生活に使うお金、それから急な出費に備える分。大まかに分けて考えてます」
「なるほど……。使えるお金を、あらかじめ分けておくのね」
モナは真剣な顔で聞いていた。
「研究に置き換えるなら、どうしても必要な資料や道具を優先して、すぐに必要ではないものは後回しにする。そういう考え方になるのかしら」
「そうですね。もちろん、研究に何が必要なのかは俺には分かりませんけど」
「ええ。それは私が判断することよ」
モナはきっぱりと言った。
そのあたりは、さすがに譲れないらしい。
「でも、考え方は参考になったわ。研究に使うお金と、日々の生活に必要なお金を分けておくのは大切ね。研究に夢中になって、生活の方が立ち行かなくなってしまっては本末転倒だもの」
「使えるお金が決まっていれば、その中でやりくりするしかないですからね」
「……そうね」
モナは静かにうなずいた。
それから、少しだけ視線を落とす。
「研究を続けるためには、生活を維持することも必要なのよね。そんなことは分かっているのだけれど、いざ研究を始めると、ついそちらを優先してしまうことがあるのよ」
その言葉は、思ったよりも素直だった。
占星術の研究に夢中になるあまり、生活のことが後回しになる。
好きなことに打ち込んでいる人には、ありがちな話なのかもしれない。
俺もゲームに夢中になって、食事を忘れかけたことがある。
まあ、あちらは遊びで、こちらは研究だから、同じように考えるのは失礼だろうけど。
「研究に集中できるのは、いいことだと思います。でも、食事を抜いたり、生活に必要なお金まで使ったりするのは、避けた方がいいんじゃないですか」
「……耳が痛いわね」
モナは小さく息を吐いた。
「分かっているわ。分かってはいるのだけれど、研究をしていると、時間が経つのを忘れてしまうこともあるのよ」
そう言ってから、彼女は少しだけ口をつぐんだ。
どうやら、思い当たることがあるらしい。
俺はそれ以上、踏み込まないことにした。
生活の事情は人それぞれだ。知り合って間もない相手に、あれこれ言われたくないことだってあるだろう。
「まあ、俺も偉そうなことを言えるほど立派な生活をしているわけじゃないですけどね」
「そうなの?」
「一人暮らしですから。仕事をして、食事を作って、洗濯して、掃除して……。やることはいろいろありますよ」
「ふふっ。あなたもなかなか大変そうね」
モナは、先ほどよりも少し柔らかな表情になった。
「露店で商売をしているときは、もう少し余裕のある人なのかと思っていたわ」
「そんなことないですよ。売上が少なければ、次の仕入れを考えないといけませんし」
「それもそうね。商売をしている以上、売上と支出から目を背けるわけにはいかないもの」
モナは納得したようにうなずいた。
「研究も商売も、続けるためには現実的な計算が必要ということね」
「そういうことだと思います」
星の研究と露店商。
まったく違うことをしている二人なのに、使えるお金をどう配分するかという話では、意外と共通点があるらしい。
そんなことを考えていると、モナのお腹が小さく鳴った。
……今のは聞かなかったことにしよう。
俺は何も言わず、露店に並んでいるお菓子へ視線を向けた。
「そういえば、さっき買ってくれたお菓子はどうですか?」
「えっ?」
モナは少し驚いたように顔を上げた。
「まだ食べていないわよ」
「そうですか。個包装なので、研究の合間につまむのにも向いていると思いますよ」
「研究の合間に……」
モナは、先ほど買ったお菓子の袋を思い出したようだった。
「確かに、手軽に食べられるのは便利ね。いちいち食事の準備をしなくても、少し口にできるのなら……」
そこまで言って、モナははっとしたように口を閉じた。
「い、いえ。別に、食事を抜くつもりで言ったわけではないわよ」
「はい。分かってます」
「本当に分かっているのかしら……」
モナは疑わしそうに俺を見た。
俺は笑わないように気をつけながら、うなずいた。
「一度に全部食べる必要もないですし、少しずつ食べられますから」
「もちろんよ。そんなことをするつもりはないわ」
即答だった。
どうやら、甘いものが好きだという話題には、あまり触れられたくないらしい。
まあ、本人がそう言うなら、それでいい。
「それじゃあ、研究頑張ってください」
「ええ。あなたも商売を頑張りなさい。せっかく始めたのなら、きちんと続けられるようにね」
「ありがとうございます」
モナは軽く会釈すると、露店から離れていった。
その手には、買ったお菓子の袋が握られていた。
歩きながら、彼女は一度だけ袋へ視線を落とした。
そして、誰かに見られていないことを確認するように周囲を見回してから、再び歩き出した。
……やっぱり、甘いものが好きなんじゃないだろうか。
俺はそう思ったけれど、口には出さなかった。
*
モナが去ったあとも、露店には何人かの客がやってきた。
鉛筆を買っていく人。お菓子をまとめて買う人。値段を確認して、また今度にすると言って立ち去る人。
それぞれの反応を見ながら、俺は売れた品物を記録していった。
商売というのは、商品を並べて待っているだけでは分からないことが多い。
何が売れるのか。どんな説明をすれば伝わるのか。どのくらいの値段なら買ってもらえるのか。
実際に売ってみなければ分からないことばかりだ。
今日のモナとの会話も、その一つだった。
彼女は占星術師としての誇りを持っている。研究に必要なものを大切にしながら、生活費とのやりくりにも苦労しているらしい。
ゲームで知っている人物でも、こうして話してみると、知らなかった一面が見えてくる。
知識があることと、相手を理解していることは違う。
俺は帳面に最後の数字を書き込み、ペンを置いた。
「……そろそろ、片づけるか」
空を見上げると、日が傾き始めていた。
俺は売れ残った商品を種類ごとにまとめ、リュックへしまっていく。
鉛筆や鉛筆削り、紙などは数を確認してから収納した。お菓子も残った数を確かめ、次回の販売に備える。
露店の周囲に忘れ物がないことを確認し、俺は街の様子を眺めた。
今日も大きな事件はなかった。
けれど、モナという占星術師と知り合い、星の研究や生活費について話すことができた。
こういう一日も悪くない。
何か特別なことが起きなくても、街で暮らす人たちと話をすれば、その人たちが何を大切にしているのか、少しずつ見えてくる。
俺はシステムメニューを開いた。
ログアウトを選択すると、視界が切り替わり、自宅の部屋へ戻った。
見慣れた机と椅子。窓の向こうには、日本の街並みが広がっている。
俺はリュックを下ろし、ひと息ついた。
それから、今日の売上を帳面にまとめる。
売れたお菓子の種類と数。鉛筆や紙の販売数。残った在庫。次回の仕入れに回せる金額。
最後に、今日話したモナのことも簡単に書き留めておいた。
占星術師。星の観測と記録を重視する。研究には資料や道具が必要。生活費とのやりくりも大切にしている。
……最後の項目は、本人が見たら怒られるかもしれない。
もちろん、誰かに見せるつもりはないけど。
俺は帳面を閉じ、椅子の背もたれに体を預けた。
明日からは、また会社員としての生活が始まる。
仕事をして、帰宅して、食事を作って、必要なものを買いに行く。
そして次の休日になれば、またモンドへ行く。
露店を開いて、商品を売って、街の人たちと話をする。
そうやって少しずつ、向こうでの生活を広げていく。
「さて、夕飯は何にするかな……」
俺は立ち上がり、台所へ向かった。
星の研究に打ち込む占星術師にも、露店を営む俺にも、毎日の食事は必要だ。
明日のことを考えるのは、夕飯を食べてからでも遅くないだろう。
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