原神の世界に通えるようになったので、モンドを拠点に異世界生活を楽しみます   作:ところてんの

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第18話「エウルア、ディオナ、ミカとの交流」

 朝のモンドは、今日も穏やかだった。

 

 石畳の道を行き交う人々。荷物を運ぶ商人。仕事へ向かう冒険者。広場のほうからは、楽しそうに話す子供たちの声も聞こえてくる。

 

 俺は冒険者ギルドの近くに露店を広げながら、そんな街の様子を眺めていた。

 

 日本から持ってきた商品を並べ、値札を確認する。

 

 個包装のお菓子にキャラメル、小袋がいくつかつながったタイプのお菓子。鉛筆、鉛筆削り、紙。それから、日常生活で使えそうな細々とした品物。

 

 扱う商品は少しずつ増えてきた。

 

 とはいえ、店を構えるほどの規模ではない。あくまで露店だ。商品を並べられる範囲にも限りがあるし、持ち込める量にも現実的な制約がある。

 

 それでも、最初の頃に比べれば、商品の並べ方や客への説明には慣れてきた。

 

 どんな商品が目に留まりやすいのか。何を尋ねられることが多いのか。どんな説明をすれば、相手に使い方が伝わるのか。

 

 そうした細かなことを、少しずつ覚えている。

 

「よし、こんなものかな」

 

 最後に商品の位置を整え、俺は露店の前に立った。

 

 今日はどんな客が来るだろうか。

 

 そんなことを考えながら、営業を始めた。

 

     ◇

 

 午前中は、いつもどおりの客足だった。

 

 通りがかった人が商品を眺め、気になったものについて尋ねてくる。説明を聞いて購入する人もいれば、値段を確認してそのまま立ち去る人もいる。

 

 もちろん、それでいい。

 

 全員が買ってくれるわけではないし、興味を持ってもらえただけでも悪くない。

 

 俺は客の反応を見ながら、売れた商品と質問された商品を頭の片隅に記録していった。

 

 そんなときだった。

 

「……何を売っているの?」

 

 声をかけられて顔を上げる。

 

 そこにいたのは、青みがかった髪をした女性だった。

 

 見覚えのある姿に、俺は思わず背筋を伸ばしかけた。

 

 エウルア。

 

 西風騎士団に所属する、波花騎士だ。

 

 ゲームで見知った姿が目の前にあるという状況にも、さすがに少しずつ慣れてきた。とはいえ、実際に本人が目の前に立っているとなると、やはり不思議な気分になる。

 

 もちろん、そんなことを顔に出すわけにはいかない。

 

「日本のお菓子や、日常生活で使える小物なんかを売っています。気になるものがあれば、説明しますよ」

 

「日本……?」

 

「あ、遠いところから持ってきたもの、というくらいに思ってもらえれば」

 

 詳しい説明は避けておく。

 

 異世界を行き来しているなんて話をするわけにもいかないし、商品の仕入れ先について細かく説明する必要もない。

 

 エウルアはそれ以上追及せず、露店に並んだ商品へ視線を移した。

 

「これは、お菓子?」

 

「はい。こっちは個包装されているので、一つずつ食べられます」

 

 俺は商品の一つを手に取って見せた。

 

「一度に全部食べる必要がないのね」

 

「そうですね。持ち歩いて、あとで食べることもできます」

 

「なるほど。仕事の合間に食べるには便利そうね」

 

 エウルアは商品を手に取り、包装を確認した。

 

 騎士団の仕事は忙しいだろう。巡回や任務の途中で、ゆっくり食事を取れないこともあるかもしれない。

 

 そう考えると、個包装のお菓子は意外と使い道がある。

 

「甘いものはよく食べるんですか?」

 

「そうね。嫌いではないわ。ただ、いつでも好きなものを食べられるほど暇ではないけれど」

 

「騎士団の仕事も大変そうですね」

 

「当然よ。モンドの安全を守るのが、私たちの役目だから」

 

 言い方には、騎士としての誇りが感じられた。

 

 自分の立場をよく理解し、その仕事に責任を持っている。そんな印象だ。

 

「それなら、持ち歩きやすいものは便利かもしれませんね」

 

「そうね。これを一つもらおうかしら」

 

 エウルアが選んだのは、個包装のお菓子だった。

 

「ありがとうございます。こちらになります」

 

 代金を受け取り、商品を渡す。

 

 エウルアは包装を確認してから、ふと俺のほうを見た。

 

「ところで、あなたはいつもここで商売をしているの?」

 

「基本的には、この辺りですね。毎日必ずというわけではありませんが」

 

「そう。ここなら冒険者も通るし、騎士団の人間もよく通るわね」

 

「そうですね。おかげさまで、いろんな人に見てもらえています」

 

 冒険者ギルドの近くという場所は、商売をするうえで都合がいい。

 

 依頼を受ける前に立ち寄る人もいれば、仕事を終えた帰りに足を止める人もいる。

 

 街の人々と話す機会も多い。

 

 こうした何気ない交流も、露店を続ける楽しみの一つだった。

 

「商品を売るだけでなく、街の様子もよく見ておくことね」

 

「街の様子、ですか?」

 

「ええ。人の流れや、何が求められているのか。そういうことを知っておけば、商売にも役立つでしょう?」

 

「確かに。実際、売ってみて初めて気づくことも多いです」

 

「なら、今のところは悪くないわね」

 

 エウルアは小さくうなずいた。

 

 厳しいことを言われるのかと思ったが、どうやら商売そのものを否定するつもりはないらしい。

 

「それじゃあ、私はこれで。仕事に戻らないと」

 

「ありがとうございました。またどうぞ」

 

「ええ。機会があれば、また寄らせてもらうわ」

 

 そう言い残し、エウルアは街の通りへと歩いていった。

 

 その背中を見送ってから、俺は小さく息を吐いた。

 

 ゲームで知っているキャラクターと、こうして普通に商売の話をする。

 

 最初はもっと緊張すると思っていたが、実際に会話をしてみると、相手もこの世界で生活している一人の人間なのだと感じる。

 

 当たり前のことではあるけれど、画面越しに見ていたときとはやはり違う。

 

 ……そういえば、ゲームではエウルアを持っているんだよな。

 

 ただ、あまり使っていなかった。

 

 性能や編成の都合もあって、いつの間にか出番が減ってしまったのだ。

 

 もし今後、強化調整が入って使いやすくなったら、また編成に入れてみたい。

 

 そんなゲームプレイヤーとしての感想を頭の中で転がし、俺は気持ちを切り替えた。

 

 今はゲームのことより、目の前の商売だ。

 

 次の客が来る前に、少し乱れた商品の位置を直しておこう。

 

     ◇

 

 昼が近づくにつれて、通りを行き交う人が増えてきた。

 

 昼食を買いに向かう人。仕事の途中で立ち寄る人。冒険者ギルドから出てきた人。

 

 その中に、見覚えのある少女の姿があった。

 

 猫のような耳と尻尾。

 

 ディオナだ。

 

 彼女は露店の前を通り過ぎかけて、並べられた商品に気づいたらしい。少しだけ足を止め、こちらを見た。

 

「……なに、これ?」

 

「日本のお菓子だよ。気になるものがある?」

 

「べ、別に気になったわけじゃないわよ。ただ、見慣れないものがあったから確認しただけ!」

 

 早口で返される。

 

 なるほど。相変わらず、素直に興味を示すのは苦手らしい。

 

「そっか。じゃあ、見るだけでも大丈夫だよ」

 

「……ふん」

 

 ディオナは少し不満そうな顔をしながら、商品を眺め始めた。

 

 視線が向かったのは、小袋がいくつかつながったタイプのお菓子だった。

 

「これ、何?」

 

「小さなお菓子が袋に分かれて入っている商品だよ。まとめて買うこともできるし、一袋ずつでも売っている」

 

「一袋ずつ?」

 

「うん。ちょっとだけ食べたいときにも便利だからね」

 

 俺が説明すると、ディオナは小袋をじっと見つめた。

 

「……甘いの?」

 

「これは甘いタイプだね」

 

「甘いものなんて、そんなに食べる必要ないでしょ。料理の味を台無しにするだけなんだから」

 

 言い切る口調には、妙な力がこもっていた。

 

 彼女がモンドの酒場で働いていることを考えれば、料理に対するこだわりが強いのも不思議ではない。

 

 もっとも、甘いものを好むかどうかと、料理にこだわることは別の話だと思うけれど。

 

「料理とお菓子は、楽しみ方が違うんじゃないかな。食事のあとに少し食べたり、休憩中に口にしたり」

 

「……そんなの、分かってるわよ」

 

 ディオナはむっとした顔をした。

 

「ただ、甘いものばかり食べていたら、ちゃんとした味が分からなくなるでしょ!」

 

「それは確かに、食べすぎには気をつけたほうがいいね」

 

「でしょ?」

 

 自分の意見に同意されたのが意外だったのか、ディオナは一瞬だけ目を丸くした。

 

 俺としては、無理に反論する理由もない。

 

 甘いものにも良さがあるし、食べすぎがよくないのも事実だ。

 

「それで、これは一袋いくらなの?」

 

 ディオナが値段を尋ねた。

 

「一袋ならこの値段だよ。つながった状態のものをまとめて買うこともできる」

 

「ふーん……」

 

 彼女は財布を確認し、少し考え込んだ。

 

 気になっているのは間違いなさそうだが、無理に勧める必要はない。

 

 俺は黙って返事を待った。

 

「……じゃあ、一袋だけもらうわ」

 

「はい。ありがとう」

 

「べ、別に楽しみにしてるわけじゃないから! ちょっと確認してみるだけよ!」

 

「うん、分かった」

 

 俺は商品を渡し、代金を受け取った。

 

 ディオナは小袋を手に取ると、包装を確かめるように何度か裏返した。

 

 それから、こちらをちらりと見る。

 

「……これ、ほかにも種類があるの?」

 

「あるよ。今はこの種類だけだけど、別の商品も持ってこられると思う」

 

「そう……。まあ、別にどうでもいいけど」

 

 そう言いながら、彼女は小袋を大事そうに持ち直した。

 

 どうでもいいと言うわりには、次の商品についても確認している。

 

 そのことを指摘したら、きっと怒られるだろう。

 

 俺は余計なことを言わず、笑顔で見送ることにした。

 

「また気になるものがあったら見ていってね」

 

「気が向いたらね!」

 

 ディオナはそう言って、足早に去っていった。

 

 ……素直じゃないなあ。

 

 とはいえ、無理に本音を引き出す必要もない。

 

 気に入ったなら、また買いに来てくれるかもしれない。それくらいに考えておこう。

 

 それにしても。

 

 ディオナって、猫用のおやつを見せたら喜ぶのかな。

 

 日本で売っている、猫用のペースト状のおやつ。いわゆるチュールだ。

 

 猫の特徴を持つ彼女なら、興味を示すのだろうか。

 

 いや、そもそもディオナは人間と同じように食事をしているし、猫のような耳と尻尾があるからといって、猫と同じものを食べられるとは限らない。

 

 何より、いきなり猫用のおやつを差し出したら、猫扱いするなと怒られそうだ。

 

 ……うん。今は考えるだけにしておこう。

 

 俺は頭の中で浮かんだ考えをいったん脇に置き、露店の様子を確認した。

 

 次の客が、こちらへ向かって歩いてきていた。

 

     ◇

 

「こんにちは。こちらでは、何を売っているんですか?」

 

 やってきたのは、青い服を着た青年だった。

 

 背中には大きな荷物を背負い、腰には書類らしきものを入れた袋を提げている。

 

 どこか真面目そうな雰囲気がある。

 

「こんにちは。日本のお菓子や、鉛筆、紙などの日用品を扱っています」

 

「鉛筆ですか?」

 

 青年は興味を示し、商品へ視線を向けた。

 

「はい。こちらです」

 

 俺は鉛筆を一本取り、見せた。

 

「これは、文字を書くための道具です。先端を紙に当てて動かすと、文字や線が書けます」

 

「なるほど……。羽根ペンとは違うんですね」

 

「そうですね。インクをつける必要がないので、手軽に使えます」

 

 青年は鉛筆を受け取り、慎重に眺めた。

 

「これは便利そうです。配達先の確認や、道順の記録などにも使えるかもしれません」

 

「配達のお仕事をされているんですか?」

 

「あ、はい。僕は西風騎士団の伝令を担当しています。ミカといいます」

 

「ミカさんですね。よろしくお願いします」

 

「こちらこそ、よろしくお願いします」

 

 ミカは丁寧に頭を下げた。

 

 西風騎士団の伝令なら、街の外へ出ることも多いのだろう。

 

 道順や報告事項を書き留める機会もあるはずだ。

 

「普段は、伝令の仕事でいろいろな場所を回るんですか?」

 

「はい。街の中だけでなく、周辺の拠点や野外の巡回地点へ書類を届けることもあります。状況によっては、道の状態や目印などを記録することもありますね」

 

「それなら、鉛筆は役に立つかもしれません。インクがなくても書けますし、書き直しもしやすいです」

 

「書き直しができるんですか?」

 

「消しゴムを使えば、ある程度は消せます。こちらです」

 

 俺は鉛筆と一緒に、消しゴムも取り出して見せた。

 

 ミカはそれを見て、感心したように目を輝かせた。

 

「こんな道具もあるんですね。記録を取るときに便利そうです」

 

「書類をきれいにまとめたいときにも使えますよ」

 

「なるほど……。あ、こちらの紙も気になります」

 

 ミカは鉛筆から紙へと視線を移した。

 

「紙の大きさはいくつかありますか?」

 

「今はこの大きさだけですね。枚数も限られているので、必要な分だけ使うのがおすすめです」

 

「分かりました。仕事で使うなら、どのくらい必要になるか考えておいたほうがよさそうですね」

 

 真面目な青年だ。

 

 便利そうだからとすぐに買うのではなく、仕事でどのように使うのかを考えている。

 

 その姿勢は、商売をする側としてもありがたい。

 

「今日はひとまず、どんなものか見に来た感じですか?」

 

「はい。通りかかったときに見慣れない道具が並んでいたので、気になりまして。仕事で使えるものがあるなら、今後の参考にしたいと思ったんです」

 

「それなら、またいつでも見に来てください」

 

「ありがとうございます。仕事で必要になったら、改めて相談させてください」

 

 ミカは鉛筆を丁寧に返した。

 

 購入はしなかったが、使い道を具体的に考えてくれたのは収穫だった。

 

 こういう反応も記録しておくと、今後の商品選びに役立つかもしれない。

 

「それでは、僕はこれで失礼します」

 

「ありがとうございました。お仕事、頑張ってください」

 

「はい。ありがとうございます!」

 

 ミカは元気よく返事をすると、背中の荷物を背負い直して歩き出した。

 

 その姿を見送りながら、俺は鉛筆を元の場所へ戻した。

 

 今日だけでも、騎士団の人間が二人、露店に立ち寄ってくれた。

 

 エウルアは休憩中に食べられるお菓子に興味を示し、ミカは仕事で使える道具を探していた。

 

 同じ騎士団に所属していても、立場や仕事内容によって求めるものは違う。

 

 当たり前のことだけれど、こうして直接話をすると実感できる。

 

 ゲームの知識だけでは分からないことも多い。

 

 実際に会って話を聞くことが、やっぱり大切なのだと思う。

 

     ◇

 

 午後も露店を続け、夕方になる頃には、今日の営業を終えることにした。

 

 売れた商品を確認し、残っているものを整理する。

 

 個包装のお菓子はいくつか売れた。小袋のお菓子も、ディオナが買った分を含めて少し減っている。

 

 鉛筆や紙については、今日は使い方の質問が中心だった。

 

 こうした反応を見ていると、次に何を仕入れるべきか考えやすい。

 

 ただし、商品を増やせばそれだけ費用もかかる。

 

 日本で仕入れるためのお金は、俺が会社で働いて得た給料から出している。売れ残ったからといって、気軽に処分できるわけではない。

 

 仕入れ費用と売上を確認しながら、少しずつ規模を広げていく。

 

 今のところは、その方針で問題ないはずだ。

 

 俺は売上の記録をまとめ、商品を片づけた。

 

 そのまま帰還することもできたが、今日は少し街を歩いてから帰ることにした。

 

 営業中は露店の前にいる時間が長い。

 

 ときには客の少ない時間帯に周辺を眺めることもあるが、店を閉めたあとに歩いてみると、また違ったものが目に入る。

 

 特に目的地があるわけではない。

 

 夕方のモンドを散歩して、夕食をどうするか考えながら歩くだけだ。

 

 街の人々は、それぞれの用事を終えて帰路についている。

 

 露店を片づける商人もいれば、仕事仲間と話しながら歩く騎士もいる。

 

 広場のほうからは、楽しそうな笑い声が聞こえてきた。

 

 そんな街の風景を眺めながら歩いていたとき、ふと足元に目が留まった。

 

 道の端に、小さな包装ごみが落ちていた。

 

 お菓子の包み紙らしい。

 

 風に飛ばされたのか、それとも誰かが落としてしまったのか。

 

 理由は分からない。

 

 ただ、石畳の上に一つだけ落ちているのが、妙に目についた。

 

「……ん?」

 

 俺は立ち止まり、周囲を確認した。

 

 近くに落とし主らしき人はいない。

 

 誰かが落とした瞬間を見たわけでもないし、わざと捨てたのか、うっかり落としたのかも分からない。

 

 だからといって、そのまま放っておくのも気になった。

 

 俺は包装ごみを拾い上げ、近くに設置されていたごみ箱へ持っていった。

 

 そして、きちんと中へ入れる。

 

「よし」

 

 それだけのことだ。

 

 大げさに考えるような話ではない。

 

 街を歩いていれば、ごみが落ちていることもある。気づいた人が拾えば、少しはきれいになる。

 

 ただ、手を洗える場所を探しながら、俺はさっきの包装を思い返していた。

 

 ……そういえば、俺もお菓子を売っているんだよな。

 

 日本から持ち込んだ商品には、当然ながら包装がついている。

 

 客がその場で食べることもあれば、持ち帰ってから食べることもあるだろう。

 

 食べ終わった包装をどうするかは、客それぞれだ。

 

 街のごみ箱に捨ててくれる人もいるだろうし、自宅まで持ち帰る人もいるはずだ。

 

 もちろん、きちんと処分してくれる人がほとんどだと思いたい。

 

 それでも、今日みたいに道へ落ちてしまうことはある。

 

 俺が売っている商品も、そうしたごみを生み出す側にあるのだ。

 

 別に、俺が売らなければ街にごみが出ないという話ではない。

 

 けれど、自分が扱っている商品について、できることがあるなら考えてみてもいい。

 

 そんなことを思った。

 

     ◇

 

 歩きながら考えているうちに、一つの案が浮かんできた。

 

 俺が売っているお菓子の包装は、見ればすぐに分かるものが多い。

 

 日本語が書かれていたり、モンドではあまり見かけないデザインだったりするからだ。

 

 少なくとも、俺の露店で売った商品かどうかは、ある程度見分けやすい。

 

 だったら――。

 

 露店に、包装を回収するための箱を置いてみるのはどうだろう。

 

 俺からお菓子を買った人が、食べ終わった包装を持ってきてくれたら、その場で回収する。

 

 それだけでも、ごみを適切に処分するきっかけになるかもしれない。

 

 ただ、回収箱を置くだけで、わざわざ包装を持ってきてくれる人がどれだけいるかは分からない。

 

 客に手間をかけてもらう以上、何かしらの理由があったほうがいいだろう。

 

 そこで思いついたのが、少額の返金だった。

 

 俺が売ったお菓子の包装を持ってきてくれた人には、ほんの少しだけ代金を返す。

 

 大きな金額ではない。

 

 あくまで、包装を持ってきてくれたことへのお礼だ。

 

 これなら、客にとっても分かりやすい。

 

 もちろん、返金に使うモラは俺の負担になる。

 

 回収する包装の数が増えれば、その分だけ費用もかかる。商品を売って得られる利益との兼ね合いも考えなければならない。

 

 だから、最初から大々的に始める必要はない。

 

 まずは小さく試してみればいい。

 

 回収するのは、俺の露店で売ったお菓子の包装だけ。

 

 一般のごみを何でも引き取るわけではないし、ほかの店の商品まで対象にするわけでもない。

 

 対象を絞れば、管理もしやすいはずだ。

 

「……悪くないかもな」

 

 口に出してから、俺は少し考え込んだ。

 

 箱を用意する必要がある。

 

 包装を回収したあと、どうやって処分するかも考えなければならない。

 

 それに、返金額も決める必要がある。

 

 とはいえ、今の段階で全部を決める必要はないだろう。

 

 まずは、試してみる価値があるかどうか。

 

 そこから考えればいい。

 

 俺は歩きながら、頭の中で簡単な手順を整理した。

 

 露店に回収用の箱を置く。

 

 俺の店で売ったお菓子の包装を持ってきてくれた人から受け取る。

 

 少額のモラを返金する。

 

 回収した包装は、あとでまとめて処分する。

 

 これなら、複雑な仕組みを用意しなくても始められる。

 

 問題があれば、あとから修正すればいい。

 

 商売もそうだ。

 

 最初から完璧な仕組みを作ろうとして動けなくなるより、できる範囲で試してみて、実際の反応を見ながら調整したほうがいい。

 

 俺はそう考えて、ひとまずこの案を忘れないようにしようと決めた。

 

     ◇

 

 散歩を終えた俺は、露店を出していた場所をもう一度通り、周囲に忘れ物がないことを確認した。

 

 そのあと、少し人通りの少ない場所へ移動する。

 

 システムメニューを開けば、いつでも日本へ戻ることができる。

 

 俺は表示された項目を確認し、帰還の準備をした。

 

 その前に、今日の記録を残しておこう。

 

 商売を続けるなら、売上だけでなく、気づいたことも記録しておいたほうがいい。

 

 俺は手元のメモを開き、今日の出来事を簡単に書き留めた。

 

 エウルアが購入した商品。

 

 ディオナが興味を示したお菓子。

 

 ミカが関心を持った鉛筆や紙。

 

 そして、夕方の散歩で見かけた包装ごみのこと。

 

 最後に、思いついた案を書き足した。

 

『お菓子の包装回収。回収用の箱を用意する。持参してくれた人には少額の返金を検討』

 

 書き終えてから、俺はメモを読み返した。

 

 まだ思いつきの段階だ。

 

 返金額も決まっていないし、回収した包装をどう処分するかも具体的には考えていない。

 

 それでも、記録しておけば次に考えるときの手がかりになる。

 

「次に来るときまでに、準備しておくか」

 

 回収用の箱は、日本で何か使えそうなものを探せばいい。

 

 返金に使うモラも、少し分けておこう。

 

 あまり大きな仕組みにするつもりはない。

 

 まずは、自分の露店でできる範囲からだ。

 

 俺はメモをしまい、システムのログアウトを選択した。

 

 視界が切り替わる。

 

 次に目を開けたとき、そこは日本の自宅だった。

 

 見慣れた部屋。机。パソコン。窓の外から聞こえる、現実世界の生活音。

 

 さっきまでモンドの街を歩いていたのが、少し不思議に感じられる。

 

 けれど、あちらで過ごした時間も、こちらで過ごす時間も、同じように流れている。

 

 明日になれば、俺はまた会社へ行く。

 

 仕事をして、帰宅して、時間があれば次の準備をする。

 

 そして休日になれば、またテイワットへ向かう。

 

 いつもの生活だ。

 

 ただ、次にモンドへ行くときには、少しだけ新しいことを試してみるつもりだった。

 

 包装を回収するための箱。

 

 持ってきてくれた人への、ささやかな返金。

 

 それから、回収した包装をまとめておくための袋も必要だろう。

 

 箱に直接入れるだけでは、汚れがついたり、あとで片づけるのが面倒になったりするかもしれない。

 

 袋があれば、回収した包装をまとめやすい。

 

 日本なら、百円ショップで手軽に買えるはずだ。

 

「箱と、ビニール袋か」

 

 俺は机の前でつぶやいた。

 

 百円ショップで売っているようなビニール袋なら、特別なものではない。必要な分だけ買えばいい。

 

 ただ、モンドの人たちにとっては、薄くて透明な袋そのものが珍しいかもしれない。

 

 袋を見せたら、何に使うものなのかと聞かれる可能性もある。

 

 それでも、包装ごみをそのまま放置するよりはいい。

 

 珍しがられることを気にして、必要な準備をやめる理由にはならないだろう。

 

 俺が売った商品から出たごみなのだから、できる範囲で責任を持ちたい。

 

「よし。次に行く前に買っておこう」

 

 回収用の箱とビニール袋。それから、返金に使うモラも少し分けておく。

 

 大がかりなことをするつもりはない。

 

 まずは自分の露店で売ったお菓子の包装だけを対象にして、どのくらい利用してもらえるか試してみよう。

 

 実際に始めてみれば、改善したほうがいいところも見つかるはずだ。

 

 俺はメモを開き、買い物の予定を書き足した。

 

『回収用の箱』

『百円ショップでビニール袋を購入』

『返金用のモラを用意』

 

 これで忘れない。

 

 次の休日までに準備を済ませて、モンドで試してみよう。

 

 うまくいくかどうかは分からない。

 

 客が面倒だと思うかもしれないし、ほとんど利用されないかもしれない。

 

 それでも、試してみなければ分からないこともある。

 

 俺はメモを閉じ、次の露店に向けて準備を始めることにした。

 

 モンドでの生活は、まだまだ続いていくのだから。




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