原神の世界に通えるようになったので、モンドを拠点に異世界生活を楽しみます 作:ところてんの
テイワットでの新生活。
そう決めた翌日、俺は再びモンドの街にやってきた。
「……さて、何から始めようか」
七天神像のそばから街を眺める。
青空の下、風車がゆっくりと回っていた。街の入口へ続く道には人々の姿があり、店先からは朝の準備をする音が聞こえてくる。
昨日は各国の街を見て回ることに夢中だったが、今日は少し違う。
観光だけなら、気の向くままに歩けばいい。
しかし、ここで生活するとなると話は別だ。
食事をするにも、買い物をするにも、お金が必要になる。休む場所を確保するにしても、何らかの手段でモラを用意しなければならない。
日本から持ってきた円が、そのまま使えるとは思わないほうがいいだろう。
昨日は所持品の中にモラがあることを確認したものの、実際に店で使えるかどうかまでは試していない。
それに、ゲームの所持品を無制限に使えると決めつけるのも危険だ。
生活に必要なものをすべてアイテムボックスから取り出せるなら便利だが、できるだけ自分で稼ぐ手段も確保しておきたい。
もしテイワットで暮らし続けるのなら、収入源があるに越したことはない。
「まずは、情報収集かな」
そう考えた俺が向かったのは、冒険者ギルドだった。
ゲームでもおなじみの場所だ。
依頼を受けたり、報酬を受け取ったりする場所。
毎日のように画面で見ていた建物なのに、実際に訪れるとなると少し緊張する。
そもそも、俺は冒険者として活動した経験がない。
ゲームではボタンを押せば依頼が受けられるが、現実ではそう簡単にいかないだろう。
登録が必要なのか。
身分を証明するものはいるのか。
依頼を受けるには、何か資格が必要なのか。
考え始めると、確認したいことはいくらでも出てきた。
俺は街の通りを歩き、冒険者ギルドの受付へ向かった。
◇
冒険者ギルドの受付には、見覚えのある女性が立っていた。
整った制服姿に、落ち着いた表情。
その姿を見た瞬間、俺は少しだけ足を止めた。
キャサリンさんだ。
ゲームの中では、何度も話しかけてきた相手である。
依頼の報告をするときも、報酬を受け取るときも、いつも同じように迎えてくれる。
もちろん、画面越しに見ていたときと、目の前にいる今とでは印象が違う。
表情の細かな変化も分かるし、声が聞こえる距離にいるというだけで、不思議な感覚になる。
俺は軽く息を吐き、受付へ近づいた。
「すみません。少しお聞きしたいことがあるんですが」
「ようこそ、冒険者ギルドへ。どのようなご用件でしょうか?」
キャサリンさんが、丁寧な口調で応じてくれた。
ゲームで聞き慣れた声だ。
ただ、実際に会話をすると、思っていた以上に自然なやり取りだった。
当然といえば当然なのだが、少しだけ感動してしまう。
「冒険者ギルドの仕組みについて教えてほしいんです。俺、こういうところを利用したことがなくて」
「承知いたしました。冒険者ギルドの利用が初めてのお客様ですね」
キャサリンさんは、こちらの話を聞くと、穏やかに頷いた。
「冒険者ギルドでは、各地から寄せられる依頼を冒険者の皆様に仲介しております。依頼には、物資の運搬や採集、調査、護衛、魔物への対処など、さまざまな種類がございます」
「魔物への対処だけじゃないんですね」
「はい。冒険者の仕事は、戦闘だけではございません。依頼主の要望に応じて、必要な仕事を引き受けていただくことになります」
なるほど。
俺の中では、冒険者といえば魔物を倒して報酬を得る存在という印象が強かった。
ゲームでも戦闘を伴う依頼が目立つ。
けれど、実際に街で暮らしている人たちにとって、必要なのは魔物退治だけではない。
荷物を運んでほしい人もいるだろう。
遠くへ品物を届けてほしい人もいるだろう。
人手が足りず、誰かに手伝ってほしいという人だっているはずだ。
そうした仕事も、冒険者ギルドを通じて依頼されるらしい。
「依頼を受けるには、登録が必要ですか?」
「継続的に冒険者ギルドをご利用いただく場合は、冒険者としての登録をおすすめしております。登録については、こちらでご案内できます」
「登録すると、どんなことができるようになるんですか?」
「依頼の受注や報告、報酬の受け取りなどが円滑になります。また、依頼によっては、受注条件が設けられている場合もございます」
やはり、登録しておいたほうがよさそうだ。
これからモンドで生活するなら、冒険者ギルドを利用する機会は多いだろう。
毎回、依頼を受けられるかどうか確認するより、最初に登録を済ませておいたほうがいい。
「じゃあ、登録したいです」
「かしこまりました。必要な手続きをご案内いたします」
キャサリンさんは手続きを進めるための説明を始めた。
俺は案内に従って、必要な事項を伝えていく。
細かな手続きの内容は思っていたほど複雑ではなかった。
ただし、俺にはこの世界の身分証明書がない。
その点は少し気になったが、今のところ、冒険者ギルドへの登録にあたって問題になることはなかった。
異世界から来たと正直に話すわけにもいかないので、余計なことは口にしない。
聞かれたことには答え、必要な手続きを進めた。
「これで登録は完了です」
「ありがとうございます」
手続きを終え、俺はひとまず安心した。
これで冒険者ギルドを利用するための第一歩は踏み出せたらしい。
もっとも、登録したからといって、いきなり危険な依頼を受けるつもりはなかった。
俺の目的は、冒険者として名を上げることではない。
テイワットで生活するために必要な情報を集め、少しずつ自分の居場所を作ることだ。
そのために、ギルドを利用できるようになったのは大きい。
◇
「ところで、依頼の報酬についても教えてもらえますか?」
登録を済ませた俺は、続けて質問した。
「もちろんです。報酬は依頼ごとに設定されております。内容や必要な労力、危険性などによって異なります」
「ということは、簡単な仕事でも報酬をもらえるんですね」
「はい。依頼主が提示した条件を満たしていただければ、報酬をお受け取りいただけます」
それは助かる。
魔物と戦わなくても、仕事を引き受けて報酬を得られるのなら、俺にもできることがありそうだ。
もちろん、依頼を受ける以上、責任はある。
引き受けた仕事を放り出すわけにはいかないし、依頼主との約束も守らなければならない。
それでも、危険な戦闘を避けながら収入を得る方法があるのは心強かった。
「依頼を受けるときは、どうすればいいんですか?」
「受付でご相談いただければ、現在ご案内できる依頼についてご説明いたします。依頼内容を確認し、ご自身で対応可能だと判断されたものをお選びください」
「なるほど。自分で選べるんですね」
「はい。ただし、依頼によっては、必要な技能や経験が求められる場合もございます。内容を十分にご確認のうえ、お引き受けください」
そのとおりだと思う。
ゲームなら、依頼を受けてから考えても何とかなることが多い。
しかし、現実ではそうはいかない。
目的地までの道のりや、必要な時間、依頼の条件などを事前に確認しておく必要がある。
特に俺の場合、戦闘を前提とした仕事は避けたほうがいいだろう。
戦うことを目的にテイワットへ来たわけではない。
無理をして危険な仕事を引き受ける必要もない。
まずは、街の中や周辺でできる仕事から始めるべきだ。
「依頼の一覧を見ることはできますか?」
「はい。現在ご案内できる依頼について、ご説明いたします」
キャサリンさんは、受付に寄せられている依頼について教えてくれた。
内容はさまざまだった。
荷物の運搬。
物資の配達。
周辺の調査。
採集の手伝い。
魔物への対処。
どれも、モンドの街や周辺で暮らす人々が必要としている仕事なのだろう。
俺は説明を聞きながら、自分にできそうな依頼を考えた。
採集なら、対象となるものを見つけられれば対応できるかもしれない。
荷物の運搬も、距離や重さによっては問題ないだろう。
配達なら、行き先を確認して、荷物を届けるだけで済むものもあるはずだ。
一方で、魔物への対処は避けたい。
そもそも、戦闘を目的に活動するつもりはない。
危険を冒してまで、わざわざそうした依頼を選ぶ理由はなかった。
「……配達とか、運搬の仕事はありますか?」
「はい。現在、街の中で対応できる依頼もございます」
キャサリンさんは、依頼内容をいくつか説明してくれた。
その中に、俺が引き受けられそうな仕事があった。
街の中で、品物を指定された相手へ届ける依頼だ。
目的地はモンド城内。
荷物も大きくなく、特別な技能を必要とするものではない。
もちろん、届け先を間違えたり、荷物を破損させたりすれば問題になる。
だが、内容をきちんと確認して行動すれば、初めての依頼としてはちょうどよさそうだった。
「これ、俺でもできそうですかね?」
「依頼内容を確認する限り、特別な戦闘技能は必要ございません。道順や届け先を確認し、依頼主の指定どおりにお届けいただく仕事です」
「じゃあ、これを受けてみたいです」
「かしこまりました。それでは、依頼の詳細をご説明いたします」
俺は説明を聞きながら、必要な情報を頭に入れていった。
届ける品物。
届け先。
依頼主への報告方法。
報酬の受け取り方。
どれも難しいことではない。
ただし、ひとつひとつ確認しておくことが大切だ。
ゲームのように、目的地が自動で表示されるとは限らない。
道に迷う可能性だってある。
俺は必要な情報を確認し終えると、依頼を正式に引き受けた。
「それでは、よろしくお願いいたします」
「はい。行ってきます」
こうして、俺の初めての依頼が決まった。
◇
依頼の荷物を受け取り、俺は届け先へ向かった。
街の中で完結する仕事なので、遠くまで行く必要はない。
それでも、普段歩いている道を、目的を持って歩くというのは少し新鮮だった。
ただ観光するだけなら、気になる場所へ自由に向かえばいい。
しかし、今は仕事として荷物を届ける必要がある。
依頼主の指定を守り、届け先を確認し、無事に渡す。
それが今回の目的だ。
俺は荷物を落とさないよう気をつけながら、街の通りを進んだ。
途中、店先に並ぶ商品が目に入った。
昨日も気になっていた、モンドの店だ。
どんな品物が売られているのか。
値段はどのくらいなのか。
生活に必要なものを買うなら、どこへ行けばいいのか。
確認したいことはいくらでもある。
ただし、今は依頼の途中だ。
寄り道をして荷物を届けるのが遅れたら、依頼主に迷惑をかけてしまう。
「……帰りに見て回ろう」
俺はそう決めて、目的地へ向かった。
指定された場所は、街の中にある店だった。
到着すると、俺は店先で依頼内容をもう一度確認した。
届け先は間違っていない。
荷物も問題ない。
俺は店の人に声をかけ、依頼で預かった品物を渡した。
「こちら、冒険者ギルドの依頼でお届けに来ました」
「ああ、頼んでいた品物だね。ありがとう、助かったよ」
相手は荷物を確認し、受け取りを済ませた。
特に問題はなかったらしい。
俺はほっと息を吐いた。
「それでは、失礼します」
「ああ、気をつけて帰りな」
こうして、荷物の配達は無事に終わった。
戦闘はなかった。
危険な目に遭うこともなかった。
ただ、指定された場所へ荷物を届けただけだ。
それでも、依頼をひとつ完了できたという事実は、思っていた以上にうれしかった。
「……これが仕事か」
日本でも、会社で仕事をしている。
だが、今の俺は、まったく違う世界で依頼を受けて働いていた。
報酬を得るために仕事を引き受け、その仕事を終わらせる。
やっていること自体は、そこまで複雑ではない。
けれど、テイワットで自分の力だけで何かを成し遂げたという感覚があった。
俺は来た道を戻り、冒険者ギルドへ向かった。
◇
ギルドへ戻ると、キャサリンさんが受付で待っていた。
「お帰りなさいませ。依頼はいかがでしたか?」
「無事に届けられました。受け取りも確認してもらっています」
「それでは、報告を確認いたします」
俺は依頼の内容と、荷物を渡したことを説明した。
キャサリンさんは報告を確認し、手続きを進めてくれた。
「依頼の完了を確認いたしました。こちらが報酬となります」
差し出されたモラを受け取る。
ゲームの中で何度も見てきた貨幣だ。
しかし、実際に手にすると、少し不思議な感じがした。
手のひらに重みがある。
金属の感触もある。
画面の中で数字として表示されていたものが、今は実物として目の前にある。
「……ありがとうございます」
俺は報酬を受け取った。
これで、初めての依頼は完了だ。
大きな仕事ではない。
報酬も、生活が一変するような金額ではないだろう。
それでも、自分で働いてモラを得られたという経験は大きかった。
少なくとも、テイワットで収入を得る方法のひとつは確認できた。
もちろん、これだけで生活できるとは限らない。
毎日どのくらいの依頼があるのか。
どの程度の報酬が得られるのか。
仕事を受けるために必要な条件は何なのか。
まだ分からないことは多い。
それでも、最初の一歩としては十分だろう。
「依頼について、ほかにも質問してよろしいですか?」
「はい。どうぞ」
キャサリンさんは、変わらず丁寧に応じてくれた。
俺は受け取ったモラをしまい、次の質問を考えた。
◇
「依頼って、毎日同じくらいあるんですか?」
「依頼の数や内容は、日によって異なります。街の人々から寄せられるものもあれば、周辺地域で発生した問題に対応するためのものもございます」
「なるほど……。じゃあ、必ず自分に合った仕事があるとは限らないんですね」
「はい。依頼をお選びになる際は、内容や条件を十分にご確認ください」
やはり、そう簡単ではないらしい。
毎日、都合よく配達や運搬の仕事があるとは限らない。
収入を安定させるには、依頼だけに頼らず、ほかの手段も考える必要がありそうだ。
たとえば、商売。
日本から持ち込んだ商品を売ることができれば、別の収入源になるかもしれない。
ただし、こちらもすぐに始められるわけではない。
どんな商品が売れるのか。
価格はどのくらいに設定すればいいのか。
販売する場所をどう確保するのか。
考えるべきことは多い。
まずは依頼を受けながら、街の生活や経済について少しずつ知っていくのがよさそうだった。
「依頼の報酬って、基本的にはモラなんですか?」
「多くの依頼ではモラが報酬として用意されております。ただし、依頼内容によっては、品物などが報酬に含まれる場合もございます」
「そうなんですね」
これは覚えておこう。
報酬が必ずしもモラだけとは限らない。
場合によっては、生活に必要な品物を受け取れることもあるのだろう。
もちろん、報酬の内容を確認せずに依頼を引き受けるのは避けたい。
自分にとって必要なものかどうか、受け取る前に判断できるようにしておくべきだ。
「あと、依頼を受けるときに気をつけたほうがいいことはありますか?」
「依頼主との約束を守ること、依頼内容を正確に把握すること、そして、ご自身で対応できないと判断された場合には、無理をなさらないことです」
キャサリンさんの言葉に、俺は頷いた。
どれも当然のことだ。
しかし、実際に依頼を受けるとなれば、忘れてはいけない。
特に最後の言葉は大切だろう。
ゲームでは、多少無理をしても何とかなることがある。
しかし、現実では、無理をして危険な目に遭う必要はない。
俺は自分の目的を思い出した。
戦闘をして名を上げたいわけではない。
この世界で生活するための情報を集め、できることを増やしていきたいのだ。
そのために、冒険者ギルドを利用する。
できる仕事を選び、無理のない範囲で依頼を受ける。
それでいい。
「分かりました。ありがとうございます」
「お役に立てたのであれば幸いです。今後も依頼についてご不明な点がございましたら、お気軽にご相談ください」
キャサリンさんは、穏やかな笑顔で応じてくれた。
ゲームの中で何度も見ていた相手と、こうして普通に会話をしている。
まだ少し不思議な気分だった。
けれど、いつまでも感動しているわけにもいかない。
俺は礼を言い、受付から離れた。
◇
冒険者ギルドを出ると、街はすっかり昼のにぎわいを見せていた。
通りには人々が行き交い、店先では買い物をする人の姿がある。
俺は少し歩いたところで立ち止まり、今日の成果を整理した。
まず、冒険者ギルドに登録できた。
依頼の受け方も分かった。
簡単な配達の仕事をひとつ終え、モラを報酬として受け取った。
さらに、依頼の内容や報酬はさまざまで、無理をせずに自分に合った仕事を選ぶ必要があることも分かった。
これだけでも、今日ここへ来た意味は十分にあっただろう。
もちろん、生活に必要な情報はまだ足りない。
宿泊できる場所を探す必要があるし、食事にかかる費用も調べなければならない。
日用品を買うなら、どの店が便利なのかも知っておきたい。
それに、俺は今後、モンドを拠点にして生活するつもりだ。
週末や連休にはほかの国へ行くとしても、帰ってくる場所はここにしたい。
ならば、モンドの街についてもっと詳しくなる必要がある。
「……やること、結構あるな」
思わず苦笑した。
異世界生活と聞くと、自由気ままに旅をする姿を想像しがちだ。
けれど、実際に暮らすとなれば、地味な準備が欠かせない。
食事。
宿泊。
お金。
仕事。
生活に必要なものは、日本でもテイワットでも大きく変わらない。
違うのは、周囲の環境や仕組みだ。
そこを少しずつ覚えていけばいい。
俺は通りを歩きながら、店先の商品を眺めた。
今日は、昨日よりも落ち着いて街を見られる。
冒険者ギルドで仕事をひとつ終えたことで、少しだけ、この世界の生活に近づけた気がした。
大きな成果ではない。
でも、こういう小さな積み重ねが大切なのだろう。
◇
その後、俺はモンドの街を歩き、生活に必要そうな店を確認して回った。
まずは食料品を扱っていそうな店。
次に、日用品を買えそうな店。
そして、旅に必要な道具を扱っていそうな店。
場所を覚えておくだけでも、今後の生活に役立つはずだ。
値段についても、可能な範囲で確認した。
ただし、今日は何かを買い込むつもりはない。
自分が持っているものと、これから必要になるものを整理してから、購入する品を決めたい。
アイテムボックスの中にある品物を使えるとしても、何でもかんでも取り出して消費するのは避けたかった。
どこまで利用できるのか。
使った品物がどうなるのか。
収納できる量に制限があるのか。
まだ分からないことが多いからだ。
便利な機能があるなら活用したい。
しかし、それに頼り切るのではなく、普通に買い物をしたり、仕事をしたりする方法も覚えておきたい。
俺は通りを歩きながら、そんなことを考えていた。
しばらくすると、広場の近くまで戻ってきた。
風が通り抜け、旗が揺れている。
遠くには、街を見守るように立つ建物が見えた。
この景色を、これから何度も見ることになるのだろう。
そう思うと、少しだけ気持ちが落ち着いた。
「……悪くないな」
モンドは、生活の拠点にする場所として気に入っている。
街の規模も、雰囲気も、今の俺にはちょうどよさそうだ。
もちろん、まだ知らないことは多い。
けれど、初日からすべてを理解する必要はない。
今日は冒険者ギルドを利用できるようになった。
依頼をひとつ完了し、報酬を得ることもできた。
次は、食事や宿泊について調べよう。
そのあとで、少しずつ商売の準備を進めていけばいい。
俺は視界の端にあるシステムアイコンを確認した。
いつでもメニューを開ける。
必要になれば、ログアウトして日本へ帰ることもできる。
それを忘れずにいれば、焦る必要はないだろう。
「……よし。今日は帰るか」
俺はメニューを開き、ログアウトを選択した。
周囲の景色が白く染まる。
風の音が遠ざかり、街のざわめきも消えていく。
そして、次に目を開けたとき、俺は自宅の部屋に戻っていた。
◇
見慣れた部屋の中で、俺は椅子に座り直した。
日本での生活は、今日も変わらず続いている。
明日になれば、会社へ行く。
仕事をして、帰宅して、食事をする。
それは今までと同じだ。
ただ、俺にはもうひとつの生活ができた。
休日にはテイワットへ行き、モンドを拠点に暮らす。
街を歩き、依頼を受け、必要な情報を集める。
余裕ができれば、商売を始めたり、ほかの国を旅したりすることもできる。
今日の依頼は、ただの配達だった。
危険な魔物と戦ったわけでもない。
大きな事件を解決したわけでもない。
それでも、俺にとっては大切な経験だった。
ゲームの中で見ていた冒険者ギルドを、実際に利用した。
キャサリンさんと会話をして、依頼の仕組みを教えてもらった。
そして、自分で仕事を終え、報酬を受け取った。
それだけのことだ。
けれど、こうした経験を重ねていけば、少しずつテイワットでの生活にも慣れていくだろう。
「……次は、食事と宿泊先かな」
俺は今後の予定を考えた。
その次は、日用品の購入。
それから、商売の準備。
焦らず、順番に進めていこう。
いきなり大きなことをする必要はない。
まずは、自分にできることから始める。
そう考えると、少しだけ先の生活が楽しみになってきた。
俺はパソコンの画面を見た。
画面の向こうには、また訪れることのできる世界がある。
モンドの街も、冒険者ギルドも、そこに暮らす人々も。
次に行ったときには、今日とは違う景色が見えるかもしれない。
そう思いながら、俺は次の休日を楽しみにすることにした。
テイワットでの生活は、まだ始まったばかりだ。