原神の世界に通えるようになったので、モンドを拠点に異世界生活を楽しみます   作:ところてんの

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第20話「ポテトチップスと次の旅」

 休日の朝。

 

 俺は自宅のパソコンの前で、ノートを開いていた。

 

 画面に表示されているのは、ポテトチップスの作り方を紹介する動画だ。

 

「……思ったより奥が深いな」

 

 思わず、そんな感想が漏れた。

 

 ポテトチップスなんて、普段は袋を開けて食べるだけのものだ。スーパーやコンビニに行けば普通に売っているし、わざわざ作り方を調べようと思ったこともなかった。

 

 ところが今は、ジャガイモを切る厚さから、水にさらす時間、揚げるときの油の温度まで調べている。

 

 人生、何があるか分からない。

 

 いや、異世界に通えるようになった時点で、人生どころか世界そのものが変わっているわけだけど。

 

「まさか、異世界でポテチを再現しようとするとはなあ……」

 

 机の上には、日本で買ってきたカルビーのポテトチップスが置いてある。

 

 今日の目的は、これをモンドでも再現できるようにすることだった。

 

     ◇

 

 テイワットでの生活は、少しずつ日常になりつつある。

 

 週末や休日にモンドへ行き、街を歩いたり、冒険者ギルドの依頼を受けたり、露店で商品を販売したりする。

 

 日本から持ち込んだ商品を現地の人たちに買ってもらい、モラを稼ぐ。

 

 最初は珍しがられるだけだった商品も、今ではリピーターがつき始めていた。

 

 タオルや洗濯ばさみを販売したときには、アンバーさんが宣伝を手伝ってくれたし、ジンさんも商品を買ってくれた。

 

 包装ごみを回収する仕組みも、少しずつ利用してもらえるようになっている。

 

 ただ、日本から商品を持ち込んで売るだけでは、いつか限界が来るかもしれない。

 

 仕入れにはお金がかかるし、持ち込める商品の種類にも限りがある。

 

 何より、せっかく異世界に来られるのなら、こちらの材料を使って何かを作ることにも挑戦してみたかった。

 

 そこで思いついたのが、ポテトチップスだった。

 

 理由は単純。

 

 俺が食べたいからだ。

 

 モンドの料理はおいしい。

 

 酒場の料理も、屋台の軽食も、それぞれに魅力がある。日本では食べたことのない料理を味わうのも、異世界生活の楽しみの一つだった。

 

 それでも、ふとしたときに日本の食べ物が恋しくなる。

 

 仕事から帰ってきて、適当に食事を済ませる。動画を見ながらポテトチップスの袋を開け、気づけば中身がほとんどなくなっている。

 

 日本から持ち込めば食べられるとはいえ、毎回自分で食べるためだけに持っていくのも味気ない。

 

 現地のジャガイモで作れるようになれば、モンドでも食べられるようになる。

 

 しかも、酒のつまみとしても使えるはずだ。

 

 そこで思い浮かんだのが、エンジェルズシェアだった。

 

 あそこなら厨房があるし、料理を作るチャールズさんもいる。

 

 店の責任者であるディルックさんに相談して、レシピを買い取ってもらえないか提案する。

 

 もちろん、最初からうまくいくとは限らない。

 

 そもそも、俺は料理の専門家ではない。ポテトチップスの作り方だって、基本的なことしか知らない。

 

 だから、まずは調べることにした。

 

     ◇

 

 動画を見ながら、俺はノートに基本的な手順を書き留めた。

 

 ジャガイモを薄く切る。

 

 水にさらして表面のでんぷんを落とす。

 

 水気をしっかり取る。

 

 油で揚げ、最後に塩を振る。

 

 文字にすると簡単だ。

 

 けれど、動画をいくつか見比べてみると、細かな違いがあることに気づいた。

 

 切る厚さも、水にさらす時間も、揚げる温度も同じではない。

 

 使う道具も違うし、一度に揚げる量にも差がある。

 

「これ、現地で試さないと分からないやつだな」

 

 モンドの厨房で使われている道具が、日本のものと同じとは限らない。

 

 ジャガイモの種類も違うかもしれないし、火加減だって違うだろう。

 

 動画の手順をそのまま再現すれば、同じものができるとは思わないほうがいい。

 

 俺は、調べた内容を簡単にまとめた。

 

 あくまで、試作を始めるための下準備だ。

 

 実際の調理については、チャールズさんに相談するつもりだった。

 

 それから、もう一度カルビーの袋に目を向ける。

 

 俺が再現したいのは、単にジャガイモを揚げた料理ではない。

 

 薄くて軽い食感と、ちょうどいい塩加減。

 

 袋から取り出して、そのまま何枚も食べられる手軽さ。

 

 そうした特徴を、できるだけ再現したいのだ。

 

「よし。これなら話はできそうだ」

 

 俺はノートを閉じた。

 

 今日は露店を出す予定もない。

 

 ポテトチップスの見本とメモを持って、エンジェルズシェアへ行こう。

 

 レシピを買い取ってもらえるかどうかは、実際に話してから考えればいい。

 

 俺は荷物をまとめ、パソコンのシステム画面を開いた。

 

 行き先はモンド。

 

 解放済みのワープポイントを選択する。

 

 次の瞬間、視界が切り替わった。

 

     ◇

 

 モンドの街は、今日も穏やかだった。

 

 石畳の道を人々が行き交い、商人たちの声が響いている。風車の羽根がゆっくりと回り、どこからか焼きたてのパンの香りが漂ってきた。

 

 俺は荷物を持ち直し、エンジェルズシェアへ向かった。

 

 途中、顔見知りの住民から声をかけられた。

 

「今日はお店を出さないのかい?」

 

「はい。今日はちょっと別の用事があって」

 

「そうかい。また次に出すときは、商品を見せておくれよ」

 

「もちろんです」

 

 短いやり取りを交わし、歩き出す。

 

 こうして気軽に声をかけてもらえるようになったのは、露店を続けてきたおかげだ。

 

 最初のころは、日本の商品を珍しがってもらえても、実際に買ってもらえるとは限らなかった。

 

 何に使うのか。どんな利点があるのか。値段に見合うものなのか。

 

 説明し、手に取ってもらい、実際に使ってもらう。

 

 その積み重ねで、少しずつ信用してもらえるようになった。

 

 今では、以前に買った商品の感想を聞かせてくれる人もいる。

 

 ただ商品を売るだけではなく、顔を合わせて話をする。

 

 そんな関係ができてきたのは、素直にうれしかった。

 

 エンジェルズシェアも、顔なじみのいる場所の一つだ。

 

 ディルックさんは以前、俺の露店でタオルを買ってくれている。

 

 だから、まったく知らない相手に話を持ち込むわけではない。

 

 それでも、レシピの買い取りを引き受けてもらえるかどうかは別問題だ。

 

 店にとって利益があるのか。

 

 調理の手間に見合うのか。

 

 客に提供できる品質になるのか。

 

 それは、実際に作ってみなければ分からない。

 

 俺はそんなことを考えながら、エンジェルズシェアの扉を開いた。

 

     ◇

 

 店内には、昼間らしい落ち着いた空気が流れていた。

 

 まだ客は多くない。

 

 カウンターの向こうでは、チャールズさんが仕事をしていた。

 

「いらっしゃい。今日は早いね」

 

「こんにちは、チャールズさん」

 

「今日は露店じゃないのかい?」

 

「はい。ディルックさんに相談があって来ました」

 

「ディルックなら奥にいると思うよ。呼んでこようか?」

 

「お願いします」

 

「分かった。少し待っていてくれ」

 

 チャールズさんが奥へ向かった。

 

 俺は空いている席に腰を下ろし、荷物を足元に置いた。

 

 しばらくして、ディルックさんが姿を見せた。

 

「待たせたな。相談というのは?」

 

「食べ物のレシピを買い取ってもらえないかと思って、持ってきました」

 

 俺は荷物からカルビーのポテトチップスを取り出し、テーブルに置いた。

 

 ディルックさんは袋に目を向けた。

 

「食べ物か」

 

「はい。ジャガイモを薄く切って揚げたものです。塩味がついています」

 

「これを販売したいのか?」

 

「いえ。商品そのものではなく、こちらで作れるようにするためのレシピです」

 

 俺は、ポテトチップスを作りたいと思った理由を説明した。

 

 日本では普通に売られているお菓子であること。

 

 現地のジャガイモでも再現できれば、モンドで作れるようになること。

 

 酒のつまみとしても扱えるのではないかと考えていること。

 

 ディルックさんは袋を手に取り、表裏を確かめた。

 

「君の故郷で食べられているものか?」

 

「そうです。俺自身、こっちでも食べたいと思っていたんです」

 

「なるほど」

 

「ただ、俺は料理に詳しいわけではないので、実際に作るところはチャールズさんに相談したいと思っています」

 

 ディルックさんは少し考えてから、うなずいた。

 

「まずは実物を食べてみたい。それと、こちらの材料で再現できるか確かめる必要がある」

 

「もちろんです。そのために見本を持ってきました。作り方も、調べられる範囲でまとめてあります」

 

「分かった。チャールズに話を通そう。厨房で試してみるといい」

 

「ありがとうございます」

 

 話を聞いてもらうことはできた。

 

 あとは、実際に作ってみて、どこまで再現できるかだ。

 

     ◇

 

 厨房では、チャールズさんが調理台を片づけていた。

 

「話は聞いたよ。これが、そのポテトチップスかい?」

 

「はい。まずは見本を食べてもらえればと思います」

 

 俺は袋を開け、ポテトチップスを数枚、皿に出した。

 

 チャールズさんは一枚手に取り、光にかざすようにして眺めた。

 

「ずいぶん薄いね。これを揚げているのかい?」

 

「はい。工場で作られている商品なので、家で作る場合とは違う部分もあると思いますけど」

 

 チャールズさんは一枚を口に運んだ。

 

 パリッという音が響く。

 

 しばらく噛んでから、もう一枚を手に取った。

 

「軽い食感だね。塩味も強すぎない」

 

「そうなんです。俺はこれを再現したいんです」

 

「分かった。では、実際に作ってみよう」

 

 チャールズさんはジャガイモを用意し、包丁を手に取った。

 

 まずは皮をむき、薄く切っていく。

 

 俺も別のジャガイモを使って、切る作業を試してみた。

 

 しかし、薄く切るのは思ったより難しい。

 

 厚さをそろえようと慎重に包丁を動かしても、少しずつ差が出てしまう。

 

「……これ、かなり難しいですね」

 

「薄く切ること自体はできても、厚さをそろえるとなると手間がかかるね」

 

 チャールズさんは、二人が切ったジャガイモを並べた。

 

 俺のものは、厚いところと薄いところが混ざっている。

 

 チャールズさんのものも、見本ほど均一ではなかった。

 

「最初は、できる範囲でそろえて試そう。必要なら、切り方も考え直せばいい」

 

「そうですね。お願いします」

 

 切ったジャガイモを水にさらす。

 

 表面のでんぷんを落としたら、水から上げて水気を取る。

 

 それから、チャールズさんが油を用意した。

 

 火を入れ、油の状態を確かめてから、ジャガイモを入れていく。

 

 じゅわっ、と音が響いた。

 

 薄いジャガイモが油の中で揺れ、少しずつ色を変えていく。

 

 チャールズさんは様子を見ながら、適切なところで引き上げた。

 

 皿に並べ、塩を振る。

 

 最初の試作品ができあがった。

 

「さて、どうかな」

 

 チャールズさんが一枚をつまみ、口に運んだ。

 

 俺も一枚食べてみる。

 

 味は悪くない。

 

 ジャガイモの風味もあるし、塩味もついている。

 

 ただ、食感が違った。

 

 パリッとした軽さが足りず、少ししんなりしている。

 

「まだ柔らかいですね」

 

「そうだね。水気の取り方か、揚げ方を調整したほうがよさそうだ」

 

 チャールズさんは、試作品を皿の端に寄せた。

 

「試作するなら、条件を残しておいたほうがいい。次に何を変えたのか分からなくなるからね」

 

 チャールズさんは厨房用のノートを開いた。

 

 最初の試作について、切り方、水にさらしたこと、水気を取ってから揚げたこと、そして仕上がりが柔らかかったことを書き留めていく。

 

 俺は、調べてきた基本的な手順を伝えた。

 

 実際の調理内容と結果は、チャールズさんが記録する。

 

 これなら、次に作るときも比較しやすい。

 

「次は、一度に揚げる量を減らしてみよう。切る厚さも、もう少しそろえたいね」

 

「お願いします」

 

 チャールズさんは、ノートに次の試作で変える点を書き足した。

 

 俺は見本の袋を手元に置き、できあがったものと食感を比べた。

 

 最初から成功するとは思っていなかった。

 

 むしろ、実際に作って問題点が分かったのはよかった。

 

 どう調整するかを考え、実際の作業に落とし込むのは、料理を仕事にしているチャールズさんの役割だ。

 

 俺は見本の味と食感を伝える。

 

 チャールズさんは、それを再現するために手順を考える。

 

 役割が分かれているからこそ、試作を進められるのだと思う。

 

     ◇

 

 二回目は、切る厚さを意識してそろえるところから始めた。

 

 チャールズさんが包丁を動かし、俺は切り終えたジャガイモを見本と比べる。

 

 完全に同じとはいかないものの、最初よりもばらつきが減った。

 

 水にさらしたあと、布で水気を取る。

 

 油に入れる量を減らし、様子を見ながら揚げていく。

 

 しかし、二回目も思ったとおりにはいかなかった。

 

 薄い部分は色づいているのに、厚い部分はまだ少し柔らかい。

 

 同じ皿の中でも、仕上がりに差があった。

 

「やっぱり、厚さが影響しているんでしょうね」

 

「そうだろうね。薄いものほど早く仕上がる。厚いものに合わせると、薄い部分が焦げてしまう」

 

 チャールズさんは、試作品を見ながら考えた。

 

「できるだけ厚さをそろえることが先だな。揚げ方の調整は、そのあとでもいい」

 

「そうですね」

 

 チャールズさんは厨房用のノートに、二回目の結果を書き込んだ。

 

 切る厚さをそろえたことで仕上がりは改善したものの、まだ差が残っていること。薄いものと厚いものでは、揚がるまでの時間が異なること。

 

 次は、さらに厚さをそろえ、少量ずつ揚げる。

 

 記録を読み返してから、チャールズさんは三回目の準備に取りかかった。

 

 今度は、俺が切ったものも一緒に確認しながら進める。

 

 水気を取り、少量ずつ油に入れる。

 

 チャールズさんは鍋の様子を見ながら、引き上げるタイミングを調整した。

 

 皿に広げて少し冷ます。

 

 俺は一枚を手に取り、口に運んだ。

 

 パリッ。

 

「……おっ」

 

 思わず声が出た。

 

 さっきまでとは明らかに違う。

 

 軽い歯触りがあり、噛むと小気味よい音がする。

 

 塩味も強すぎず、ジャガイモの風味が残っていた。

 

「これなら、かなり近いです」

 

 チャールズさんも一枚を食べた。

 

「確かに、さっきのものとは違うね。これならポテトチップスと呼べる仕上がりだ」

 

「見本と完全に同じではないですけど、方向としては合っていると思います」

 

「うん。あとは、冷めてからの食感も確認したいね」

 

 チャールズさんは、今回の切り方や揚げ方、仕上がりについてもノートに記録した。

 

 成功した手順だけではなく、前の試作から何を変えたのかも残している。

 

 そこには、最初の試作で柔らかくなったこと、二回目は厚さのばらつきが残ったこと、三回目で食感が改善したことが順番に記録されていた。

 

 こうして記録が残っていれば、別の日に作るときにも参考になる。

 

「記録まで任せてしまって、すみません」

 

「気にしなくていいよ。試作をするなら、記録は大切だからね。それに、君が伝えてくれる見本との違いも参考になる」

 

「ありがとうございます」

 

「それにしても、薄く切るのが大変だね。これを安定して作るには、もう少し工夫が必要そうだ」

 

 チャールズさんは、ノートに次の確認事項を書き足した。

 

 冷めたときの食感。

 

 切る厚さをそろえる方法。

 

 店で注文を受けてから調理するときの手間。

 

 実際に提供するなら、確認しておきたいことはいくつもある。

 

 俺は、その一つ一つを店の人たちに任せることにした。

 

     ◇

 

 ポテトチップスの試作を続ける一方で、俺はもう一つの料理も提案した。

 

「チャールズさん、こちらも試してみませんか?」

 

「別の料理かい?」

 

「はい。ジャガイモを厚めに切って揚げるんです。ポテトチップスほど薄くする必要はありません」

 

「なるほど。こちらは作りやすそうだね」

 

「外側をカリッとさせて、中はほくほくに仕上げます」

 

 ポテトチップスをメインにしたいという気持ちは変わらない。

 

 ただ、店で扱うなら、ほかの候補があってもいい。

 

 揚げポテトなら、切る厚さを細かくそろえる必要はない。調理の手間も少なく、材料も共通している。

 

 酒のつまみとしても、十分に使えるはずだ。

 

 チャールズさんはジャガイモを洗い、食べやすい大きさに切った。

 

 油で揚げ、火の通り具合を確認する。

 

 ポテトチップスに比べると、作業はずっと簡単だった。

 

 やがて、表面がきつね色になったジャガイモが皿に並ぶ。

 

 仕上げに塩を振り、一つを口に運んだ。

 

 外側はカリッとしていて、中はほくほくだ。

 

 ジャガイモの味もしっかり感じられる。

 

「こっちは、かなり作りやすいですね」

 

「そうだね。調理の手間は、こちらのほうが少ない」

 

 チャールズさんも味見をして、うなずいた。

 

「注文に合わせて作るなら、こちらは扱いやすそうだ。切る作業も簡単だし、仕上がりの差もポテトチップスほど大きくはならないだろう」

 

「酒のつまみとしても、悪くないと思います」

 

「ああ。食べ応えがあるのもいいね」

 

 ポテトチップスは、薄くて軽い。

 

 少量でも何枚かつまめるし、食べること自体が楽しい。

 

 一方、揚げポテトは、もっと素朴な料理だ。

 

 外側の食感と、中のほくほくした部分を楽しめる。腹にもたまりやすい。

 

 どちらもジャガイモを揚げた料理だが、食べたときの印象はかなり違う。

 

「ポテトチップスをメインにして、揚げポテトも候補にできればと思っています」

 

 俺がそう伝えると、チャールズさんは二つの皿を見比べた。

 

「君としては、こちらが本命なんだね」

 

「はい。俺が再現したいのは、こっちなので」

 

 ポテトチップスを指す。

 

「ただ、店で出すなら、値段や作る手間も考えないといけないと思います。そこはディルックさんたちに判断してもらいたいです」

 

「そうだね。料理を出す以上、そこは大切な部分だ」

 

 チャールズさんは、ポテトチップスを一枚つまんだ。

 

「こちらは薄く切る手間がかかるし、揚げている間も状態を見ていないといけない。揚げポテトよりも、調理に気を遣う必要がある」

 

「そうなんですよね」

 

「その分、同じジャガイモを使っていても、値段は少し高くなるかもしれない」

 

 俺はうなずいた。

 

 日本でも、ポテトチップスは袋に入って売られている。

 

 ただ、モンドの厨房で一から作るとなれば、事情が違う。

 

 ジャガイモを薄く切り、何度かに分けて揚げる。厚さをそろえなければ、仕上がりに差が出る。

 

 手間がかかる分、価格にも影響するだろう。

 

「揚げポテトなら、もっと気軽に注文してもらえるかもしれませんね」

 

「そうだろうね。食べ応えもあるし、こちらのほうが好まれる客もいると思う」

 

 チャールズさんの言うことは、もっともだった。

 

 俺はポテトチップスをメインにしたい。

 

 けれど、それは俺の希望であって、店の都合とは別の話だ。

 

 どちらを採用するか。両方を出すのか。それとも、片方だけにするのか。

 

 それを決めるのは、エンジェルズシェアの人たちだ。

 

「そこは、ディルックさんにも味を見てもらってからですね」

 

「そうだね。二つの違いも含めて、判断してもらおう」

 

 チャールズさんは、揚げポテトについても簡単な調理記録をノートに残した。

 

 使った材料と切り方、揚げたときの様子、仕上がりの食感。

 

 ポテトチップスほど細かな調整を必要としなかったことも、比較の材料になる。

 

 俺はその記録を見て、改めて自分が料理の専門家ではないことを実感した。

 

 作り方を知っているつもりでも、実際に厨房で再現するとなれば、別の知識が必要になる。

 

 だからこそ、今回の話を持ち込んでよかったと思う。

 

     ◇

 

 試作品がそろったところで、ディルックさんにも味を確かめてもらうことになった。

 

 チャールズさんがポテトチップスを小皿に盛り、揚げポテトを別の皿に並べる。

 

 俺はカルビーの袋を持って、二人のところへ向かった。

 

「試作ができました」

 

「そうか。では、味を見せてもらおう」

 

 ディルックさんは、まずポテトチップスを一枚手に取った。

 

 口に運び、ゆっくりと噛む。

 

 そのあと、もう一枚をつまんだ。

 

 塩加減を確かめるように、少し間を置いてから、揚げポテトにも手を伸ばす。

 

 俺は二人の反応を待った。

 

 自分では、かなりうまくできたと思う。

 

 けれど、店で提供する料理としてどう評価されるかは、また別の話だ。

 

 ディルックさんは、ポテトチップスの皿を見た。

 

「軽い食感だな。塩味も強すぎない」

 

「見本に近づけられたと思います。ただ、まだ厚さにばらつきがあるので、仕上がりを安定させるには調整が必要ですね」

 

「そうか」

 

 ディルックさんは、続けて揚げポテトを食べた。

 

「こちらは食べ応えがある。作る手間も、ポテトチップスほどではないのだろう?」

 

「はい。切る厚さを細かくそろえる必要がないので、こちらのほうが簡単です」

 

 チャールズさんが説明する。

 

「ポテトチップスは薄く切る工程に手間がかかります。揚げ方にも気を遣いますね。一方、揚げポテトは比較的作りやすく、注文に合わせて調理しやすいと思います」

 

 ディルックさんは、二つの皿を見比べた。

 

「値段をつけるなら、その違いも考える必要があるな」

 

「そうですね」

 

 俺はうなずいた。

 

 ポテトチップスは、俺が再現したかったものだ。

 

 できれば、こちらをメインの料理として扱ってもらいたい。

 

 ただ、調理の手間を考えると、値段は揚げポテトより高くなる可能性がある。

 

 客がどちらを選ぶかは、実際に提供してみなければ分からない。

 

「俺としては、ポテトチップスをメインにしてもらえたらうれしいです。揚げポテトは、もう一つの候補として考えてもらえれば」

 

 希望は、きちんと伝えておく。

 

 ディルックさんは俺の話を聞き、静かにうなずいた。

 

「君が再現したいのは、こちらのポテトチップスということだな」

 

「はい」

 

「分かった。だが、店でどう扱うかは、価格や調理の手間も踏まえて考えたい。チャールズとも相談して決めよう」

 

「お願いします」

 

 それでいい。

 

 俺はレシピを売り込みに来たのであって、店のメニュー構成まで決めに来たわけではない。

 

 実際に作ってみた結果、どちらが店に向いているのか。

 

 客にとって注文しやすい価格にできるのか。

 

 厨房の負担に見合う料理なのか。

 

 そうした判断は、店を運営している二人に任せるべきだ。

 

     ◇

 

 ディルックさんは、チャールズさんが記録した厨房用のノートに目を落とした。

 

「試作の経過も残してあるのか」

 

「はい。条件を変えたときに、どう仕上がりが変わったかを書いてあります。まだ安定させるための調整は必要ですが、今日の結果は次の試作にも使えると思います」

 

 チャールズさんが答える。

 

 俺が持ち込んだ簡単なメモだけでは、実際の調理に必要な細かな部分までは分からなかった。

 

 そこを補ってくれたのが、チャールズさんの記録だった。

 

 ディルックさんは何度かページをめくった。

 

「これなら、厨房で試作を続けるときにも役立つだろう」

 

 それから、俺に視線を向けた。

 

「レシピについては、買い取る方向で考えたい。今回の基本的な手順と、試作で分かったことをまとめて譲ってもらえないだろうか」

 

「はい。お願いします」

 

「金額だが、三千モラでどうだろう」

 

 三千モラ。

 

 金額だけで考えれば、これで生活が大きく変わるわけではない。

 

 けれど、レシピを買い取ってもらえるなら、俺としては十分だった。

 

 何より、これでモンドでもポテトチップスを作るための手掛かりができる。

 

「それでお願いします」

 

「分かった」

 

 ディルックさんは代金を用意し、俺に渡した。

 

 俺は受け取ったモラを確認してから、荷物にしまった。

 

 これでレシピの売買は成立した。

 

 ただし、店のメニューに加えるかどうかは、また別の話だ。

 

 今日の試作で、作れる見込みはあると分かった。

 

 それでも、調理の手間や価格を考える必要があるし、実際に提供するなら、もう少し確認したいこともあるだろう。

 

 そこまで俺が決める必要はない。

 

「今後、作り方について確認したいことがあれば、相談してもいいだろうか」

 

「もちろんです。俺に分かる範囲なら協力します」

 

「助かる」

 

 ディルックさんは、チャールズさんのノートを閉じた。

 

「店で扱うかどうかも含め、こちらで検討しよう。チャールズと厨房で試作を続け、実際に提供できるか考える」

 

「はい。お願いします」

 

 俺はうなずいた。

 

 自分がやりたかったことは、故郷の味を再現するためのレシピを持ち込み、店で作れる可能性を確かめてもらうことだった。

 

 その第一歩は踏み出せた。

 

 この先、どんな形でメニューに加わるのか。それとも、調整を続けることになるのか。

 

 それは、店側が判断することだ。

 

     ◇

 

 厨房を出る前に、チャールズさんが声をかけてきた。

 

「今日はありがとう。こちらも、いろいろ試せてよかったよ」

 

「いえ、俺一人では作れなかったと思います。手伝ってもらえて助かりました」

 

「薄く切る作業は、思った以上に手間がかかるね。もう少し慣れれば、安定して作れるようになるかもしれないけれど」

 

「揚げポテトのほうは、かなり作りやすそうでしたね」

 

「そうだね。調理の手間だけで考えるなら、こちらのほうが扱いやすい」

 

 チャールズさんは、空になった皿を片づけながら続けた。

 

「ただ、料理としての魅力は別の話だ。ポテトチップスには、あの軽い食感がある。揚げポテトとは違うものとして考えたほうがいいだろうね」

 

「俺もそう思います」

 

 ポテトチップスは、俺にとって特別なものだった。

 

 だからこそ、こちらでも作れるようになってほしい。

 

 ただ、店にとっては、料理を提供するための手間や価格も大切だ。

 

 ポテトチップスが気に入られても、値段が高ければ注文する客は限られるかもしれない。

 

 反対に、揚げポテトは材料も共通していて、作る手間も少ない。気軽に注文できる料理として、こちらのほうが向いている可能性もある。

 

 実際にどちらが売れるかは、まだ分からない。

 

「そこは、店で考えてもらうしかないですね」

 

「うん。実際に扱うとなれば、価格も含めて検討することになるだろうね」

 

 チャールズさんは、納得したようにうなずいた。

 

 俺は改めて礼を言い、エンジェルズシェアを後にした。

 

     ◇

 

 外へ出ると、午後のモンドには柔らかな風が吹いていた。

 

 街には相変わらず人が行き交い、露店からは食べ物の匂いが漂っている。

 

 俺は少し歩いてから、街並みを見渡した。

 

 今日は露店を出していない。

 

 それでも、こうして新しいことができた。

 

 日本の商品をそのまま売るだけでなく、こちらの材料を使って作れるものを提案する。

 

 それが店の役に立つかどうかは、相手が決めることだ。

 

 俺は自分が知っているものを持ち込み、相手が判断できる材料を用意する。

 

 今回のようなやり方なら、今後も何かできるかもしれない。

 

 もっとも、何でもかんでもレシピにして売ればいいというわけではない。

 

 店には店の事情があるし、俺が面白いと思ったものが、必ずしも客に受け入れられるとは限らない。

 

 それでも、試してもらうことには意味がある。

 

 今日は、ポテトチップスがモンドの材料でも作れると分かった。

 

 それだけでも、十分な成果だった。

 

     ◇

 

 日本へ戻ったのは、夕方になる少し前だった。

 

 自宅のパソコンの前に座り、俺は今日のことを振り返った。

 

 エンジェルズシェアへのレシピの売り込み。

 

 チャールズさんとの試作。

 

 ディルックさんによる味見と、三千モラでの買い取り。

 

 思い返してみれば、思った以上に時間がかかった。

 

 ポテトチップスは、ただ薄く切って揚げれば完成というわけではなかった。

 

 厚さが少し違うだけで、仕上がりに差が出る。

 

 水気の取り方や揚げる量を変えるだけでも、食感が変わった。

 

 料理を店で出すとなれば、こうした調整を繰り返す必要がある。

 

 自分で作って食べるだけなら、多少の失敗も気にしなくていい。

 

 けれど、客に出すものとなれば、そうはいかない。

 

 今回、チャールズさんと一緒に試作できたのはよかった。

 

 俺一人では、あそこまで調整できなかったと思う。

 

 それに、試作の過程を記録してくれたのもありがたかった。

 

 俺が持っていったのは、作り方を調べてまとめた簡単なメモだけだ。

 

 実際に厨房でどう作り、何を変えたらどうなったのか。その記録は、チャールズさんが自分のノートに残してくれた。

 

 これなら、店で続きを試すときにも役に立つだろう。

 

「……さて」

 

 椅子の背もたれに体を預ける。

 

 今日の目的は達成できた。

 

 レシピは買い取ってもらえたし、ポテトチップスを再現できることも確認できた。

 

 ただ、エンジェルズシェアで正式にメニューに加わるかどうかは、これから店側が考えることだ。

 

 俺がポテトチップスをメインにしたいと思っているからといって、そのとおりになるとは限らない。

 

 揚げポテトのほうが、値段や調理の手間を考えると扱いやすいかもしれない。

 

 それでも、ポテトチップスにはポテトチップスのよさがある。

 

 俺としては、いつかエンジェルズシェアで食べられるようになったらうれしい。

 

 ひとまず、あとはディルックさんとチャールズさんに任せよう。

 

     ◇

 

 俺はパソコンの画面を見た。

 

 システムの地図には、テイワット各地のワープポイントが表示されている。

 

 モンドには何度も通っている。

 

 街の地理も分かってきたし、顔見知りも増えた。露店を出せば商品を見に来てくれる人もいる。

 

 ここを拠点にした生活には、すっかり慣れてきた。

 

 けれど、テイワットはモンドだけじゃない。

 

「次は璃月に行ってみるか」

 

 以前から気になっていた国だ。

 

 港町の景色も見てみたいし、料理にも興味がある。モンドとは違った商品が手に入るかもしれないし、商売の参考になるものも見つかるかもしれない。

 

 観光がてら、少し足を延ばしてみるのも悪くないだろう。

 

 俺は地図を眺めながら、ふと考えた。

 

 ――そういえば、今ってゲームの時間軸だと、どのあたりなんだ?

 

 ゲームのストーリーを基準にするなら、そろそろスネージナヤ編に相当する時期なのかもしれない。

 

 もちろん、現実のテイワットがゲームと完全に同じように進んでいるとは限らない。

 

 ゲームでは描かれなかった出来事だってあるだろうし、俺が知っている情報が、そのまま現実に当てはまる保証もない。

 

 それでも、気にならないと言えば嘘になる。

 

 各国で何が起きているのか。

 

 ファデュイはどう動いているのか。

 

 旅人は今、何をしているのか。

 

 知りたいことはいろいろある。

 

 ただ、騎士団に直接聞くわけにもいかない。

 

 騎士団と顔を合わせる機会はあるし、話を聞ける相手がいないわけでもない。

 

 でも、俺が知っていることの多くは、ゲームを通して得た知識だ。

 

 どうしてそんなことを知っているのかと聞かれたら、説明に困る。

 

 下手に事情を探ろうとして、余計な疑いを持たれるのも避けたい。

 

「……だったら、自分で見て回るしかないか」

 

 各国を旅すれば、自然といろいろな情報が耳に入るはずだ。

 

 街の人たちと話したり、商売をしたり、酒場で食事をしたり。

 

 そんな日常の中でも、分かることはあるだろう。

 

 もちろん、情報を集めることと、事件に首を突っ込むことは別だ。

 

 ファデュイが何か企んでいたとしても、俺に何ができる?

 

 英雄みたいに戦えるわけでもないし、国同士の問題を解決できる立場でもない。

 

 せっかく異世界に来られたのだから、観光もしたいし、商売も楽しみたい。

 

 危険な事件に自分から近づく必要はないだろう。

 

「関わらないのが一番、か」

 

 俺はそう結論づけた。

 

 もちろん、目の前で困っている人がいたら、そのときにできることを考える。

 

 ただ、自分から大きな事件を探しに行くつもりはない。

 

 情報は集める。各国も見て回る。

 

 それでも、深入りはしない。

 

 まずは璃月へ行ってみよう。

 

 何が起きているのかは、実際に自分の目で見てから考えればいい。

 

 俺はノートを手元に引き寄せた。

 

 ポテトチップスのレシピについて書いたページを閉じ、その後ろにある空白のページを開く。

 

 そこに、次の旅について考えたことを書き始めた。

 

 璃月で何をするか、どこを見て回るか。

 

 まだ細かい予定は決めていない。

 

 現地に着いてから考えてもいいし、気になる場所を見つけたら立ち寄るのもいい。

 

 少なくとも、次の休日に向かう先は決まった。

 

 モンドを拠点にした生活は続けながら、少しずつ行動範囲を広げていく。

 

 それが、今の俺にはちょうどいい気がした。

 

 俺はノートを閉じ、机の上に置いた。

 

 次の休日は璃月へ。

 

 新しい国でどんなものに出会えるのか、今から少し楽しみだった。




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