原神の世界に通えるようになったので、モンドを拠点に異世界生活を楽しみます 作:ところてんの
休日の朝。
俺は自宅のパソコンの前で、ノートを開いていた。
画面に表示されているのは、ポテトチップスの作り方を紹介する動画だ。
「……思ったより奥が深いな」
思わず、そんな感想が漏れた。
ポテトチップスなんて、普段は袋を開けて食べるだけのものだ。スーパーやコンビニに行けば普通に売っているし、わざわざ作り方を調べようと思ったこともなかった。
ところが今は、ジャガイモを切る厚さから、水にさらす時間、揚げるときの油の温度まで調べている。
人生、何があるか分からない。
いや、異世界に通えるようになった時点で、人生どころか世界そのものが変わっているわけだけど。
「まさか、異世界でポテチを再現しようとするとはなあ……」
机の上には、日本で買ってきたカルビーのポテトチップスが置いてある。
今日の目的は、これをモンドでも再現できるようにすることだった。
◇
テイワットでの生活は、少しずつ日常になりつつある。
週末や休日にモンドへ行き、街を歩いたり、冒険者ギルドの依頼を受けたり、露店で商品を販売したりする。
日本から持ち込んだ商品を現地の人たちに買ってもらい、モラを稼ぐ。
最初は珍しがられるだけだった商品も、今ではリピーターがつき始めていた。
タオルや洗濯ばさみを販売したときには、アンバーさんが宣伝を手伝ってくれたし、ジンさんも商品を買ってくれた。
包装ごみを回収する仕組みも、少しずつ利用してもらえるようになっている。
ただ、日本から商品を持ち込んで売るだけでは、いつか限界が来るかもしれない。
仕入れにはお金がかかるし、持ち込める商品の種類にも限りがある。
何より、せっかく異世界に来られるのなら、こちらの材料を使って何かを作ることにも挑戦してみたかった。
そこで思いついたのが、ポテトチップスだった。
理由は単純。
俺が食べたいからだ。
モンドの料理はおいしい。
酒場の料理も、屋台の軽食も、それぞれに魅力がある。日本では食べたことのない料理を味わうのも、異世界生活の楽しみの一つだった。
それでも、ふとしたときに日本の食べ物が恋しくなる。
仕事から帰ってきて、適当に食事を済ませる。動画を見ながらポテトチップスの袋を開け、気づけば中身がほとんどなくなっている。
日本から持ち込めば食べられるとはいえ、毎回自分で食べるためだけに持っていくのも味気ない。
現地のジャガイモで作れるようになれば、モンドでも食べられるようになる。
しかも、酒のつまみとしても使えるはずだ。
そこで思い浮かんだのが、エンジェルズシェアだった。
あそこなら厨房があるし、料理を作るチャールズさんもいる。
店の責任者であるディルックさんに相談して、レシピを買い取ってもらえないか提案する。
もちろん、最初からうまくいくとは限らない。
そもそも、俺は料理の専門家ではない。ポテトチップスの作り方だって、基本的なことしか知らない。
だから、まずは調べることにした。
◇
動画を見ながら、俺はノートに基本的な手順を書き留めた。
ジャガイモを薄く切る。
水にさらして表面のでんぷんを落とす。
水気をしっかり取る。
油で揚げ、最後に塩を振る。
文字にすると簡単だ。
けれど、動画をいくつか見比べてみると、細かな違いがあることに気づいた。
切る厚さも、水にさらす時間も、揚げる温度も同じではない。
使う道具も違うし、一度に揚げる量にも差がある。
「これ、現地で試さないと分からないやつだな」
モンドの厨房で使われている道具が、日本のものと同じとは限らない。
ジャガイモの種類も違うかもしれないし、火加減だって違うだろう。
動画の手順をそのまま再現すれば、同じものができるとは思わないほうがいい。
俺は、調べた内容を簡単にまとめた。
あくまで、試作を始めるための下準備だ。
実際の調理については、チャールズさんに相談するつもりだった。
それから、もう一度カルビーの袋に目を向ける。
俺が再現したいのは、単にジャガイモを揚げた料理ではない。
薄くて軽い食感と、ちょうどいい塩加減。
袋から取り出して、そのまま何枚も食べられる手軽さ。
そうした特徴を、できるだけ再現したいのだ。
「よし。これなら話はできそうだ」
俺はノートを閉じた。
今日は露店を出す予定もない。
ポテトチップスの見本とメモを持って、エンジェルズシェアへ行こう。
レシピを買い取ってもらえるかどうかは、実際に話してから考えればいい。
俺は荷物をまとめ、パソコンのシステム画面を開いた。
行き先はモンド。
解放済みのワープポイントを選択する。
次の瞬間、視界が切り替わった。
◇
モンドの街は、今日も穏やかだった。
石畳の道を人々が行き交い、商人たちの声が響いている。風車の羽根がゆっくりと回り、どこからか焼きたてのパンの香りが漂ってきた。
俺は荷物を持ち直し、エンジェルズシェアへ向かった。
途中、顔見知りの住民から声をかけられた。
「今日はお店を出さないのかい?」
「はい。今日はちょっと別の用事があって」
「そうかい。また次に出すときは、商品を見せておくれよ」
「もちろんです」
短いやり取りを交わし、歩き出す。
こうして気軽に声をかけてもらえるようになったのは、露店を続けてきたおかげだ。
最初のころは、日本の商品を珍しがってもらえても、実際に買ってもらえるとは限らなかった。
何に使うのか。どんな利点があるのか。値段に見合うものなのか。
説明し、手に取ってもらい、実際に使ってもらう。
その積み重ねで、少しずつ信用してもらえるようになった。
今では、以前に買った商品の感想を聞かせてくれる人もいる。
ただ商品を売るだけではなく、顔を合わせて話をする。
そんな関係ができてきたのは、素直にうれしかった。
エンジェルズシェアも、顔なじみのいる場所の一つだ。
ディルックさんは以前、俺の露店でタオルを買ってくれている。
だから、まったく知らない相手に話を持ち込むわけではない。
それでも、レシピの買い取りを引き受けてもらえるかどうかは別問題だ。
店にとって利益があるのか。
調理の手間に見合うのか。
客に提供できる品質になるのか。
それは、実際に作ってみなければ分からない。
俺はそんなことを考えながら、エンジェルズシェアの扉を開いた。
◇
店内には、昼間らしい落ち着いた空気が流れていた。
まだ客は多くない。
カウンターの向こうでは、チャールズさんが仕事をしていた。
「いらっしゃい。今日は早いね」
「こんにちは、チャールズさん」
「今日は露店じゃないのかい?」
「はい。ディルックさんに相談があって来ました」
「ディルックなら奥にいると思うよ。呼んでこようか?」
「お願いします」
「分かった。少し待っていてくれ」
チャールズさんが奥へ向かった。
俺は空いている席に腰を下ろし、荷物を足元に置いた。
しばらくして、ディルックさんが姿を見せた。
「待たせたな。相談というのは?」
「食べ物のレシピを買い取ってもらえないかと思って、持ってきました」
俺は荷物からカルビーのポテトチップスを取り出し、テーブルに置いた。
ディルックさんは袋に目を向けた。
「食べ物か」
「はい。ジャガイモを薄く切って揚げたものです。塩味がついています」
「これを販売したいのか?」
「いえ。商品そのものではなく、こちらで作れるようにするためのレシピです」
俺は、ポテトチップスを作りたいと思った理由を説明した。
日本では普通に売られているお菓子であること。
現地のジャガイモでも再現できれば、モンドで作れるようになること。
酒のつまみとしても扱えるのではないかと考えていること。
ディルックさんは袋を手に取り、表裏を確かめた。
「君の故郷で食べられているものか?」
「そうです。俺自身、こっちでも食べたいと思っていたんです」
「なるほど」
「ただ、俺は料理に詳しいわけではないので、実際に作るところはチャールズさんに相談したいと思っています」
ディルックさんは少し考えてから、うなずいた。
「まずは実物を食べてみたい。それと、こちらの材料で再現できるか確かめる必要がある」
「もちろんです。そのために見本を持ってきました。作り方も、調べられる範囲でまとめてあります」
「分かった。チャールズに話を通そう。厨房で試してみるといい」
「ありがとうございます」
話を聞いてもらうことはできた。
あとは、実際に作ってみて、どこまで再現できるかだ。
◇
厨房では、チャールズさんが調理台を片づけていた。
「話は聞いたよ。これが、そのポテトチップスかい?」
「はい。まずは見本を食べてもらえればと思います」
俺は袋を開け、ポテトチップスを数枚、皿に出した。
チャールズさんは一枚手に取り、光にかざすようにして眺めた。
「ずいぶん薄いね。これを揚げているのかい?」
「はい。工場で作られている商品なので、家で作る場合とは違う部分もあると思いますけど」
チャールズさんは一枚を口に運んだ。
パリッという音が響く。
しばらく噛んでから、もう一枚を手に取った。
「軽い食感だね。塩味も強すぎない」
「そうなんです。俺はこれを再現したいんです」
「分かった。では、実際に作ってみよう」
チャールズさんはジャガイモを用意し、包丁を手に取った。
まずは皮をむき、薄く切っていく。
俺も別のジャガイモを使って、切る作業を試してみた。
しかし、薄く切るのは思ったより難しい。
厚さをそろえようと慎重に包丁を動かしても、少しずつ差が出てしまう。
「……これ、かなり難しいですね」
「薄く切ること自体はできても、厚さをそろえるとなると手間がかかるね」
チャールズさんは、二人が切ったジャガイモを並べた。
俺のものは、厚いところと薄いところが混ざっている。
チャールズさんのものも、見本ほど均一ではなかった。
「最初は、できる範囲でそろえて試そう。必要なら、切り方も考え直せばいい」
「そうですね。お願いします」
切ったジャガイモを水にさらす。
表面のでんぷんを落としたら、水から上げて水気を取る。
それから、チャールズさんが油を用意した。
火を入れ、油の状態を確かめてから、ジャガイモを入れていく。
じゅわっ、と音が響いた。
薄いジャガイモが油の中で揺れ、少しずつ色を変えていく。
チャールズさんは様子を見ながら、適切なところで引き上げた。
皿に並べ、塩を振る。
最初の試作品ができあがった。
「さて、どうかな」
チャールズさんが一枚をつまみ、口に運んだ。
俺も一枚食べてみる。
味は悪くない。
ジャガイモの風味もあるし、塩味もついている。
ただ、食感が違った。
パリッとした軽さが足りず、少ししんなりしている。
「まだ柔らかいですね」
「そうだね。水気の取り方か、揚げ方を調整したほうがよさそうだ」
チャールズさんは、試作品を皿の端に寄せた。
「試作するなら、条件を残しておいたほうがいい。次に何を変えたのか分からなくなるからね」
チャールズさんは厨房用のノートを開いた。
最初の試作について、切り方、水にさらしたこと、水気を取ってから揚げたこと、そして仕上がりが柔らかかったことを書き留めていく。
俺は、調べてきた基本的な手順を伝えた。
実際の調理内容と結果は、チャールズさんが記録する。
これなら、次に作るときも比較しやすい。
「次は、一度に揚げる量を減らしてみよう。切る厚さも、もう少しそろえたいね」
「お願いします」
チャールズさんは、ノートに次の試作で変える点を書き足した。
俺は見本の袋を手元に置き、できあがったものと食感を比べた。
最初から成功するとは思っていなかった。
むしろ、実際に作って問題点が分かったのはよかった。
どう調整するかを考え、実際の作業に落とし込むのは、料理を仕事にしているチャールズさんの役割だ。
俺は見本の味と食感を伝える。
チャールズさんは、それを再現するために手順を考える。
役割が分かれているからこそ、試作を進められるのだと思う。
◇
二回目は、切る厚さを意識してそろえるところから始めた。
チャールズさんが包丁を動かし、俺は切り終えたジャガイモを見本と比べる。
完全に同じとはいかないものの、最初よりもばらつきが減った。
水にさらしたあと、布で水気を取る。
油に入れる量を減らし、様子を見ながら揚げていく。
しかし、二回目も思ったとおりにはいかなかった。
薄い部分は色づいているのに、厚い部分はまだ少し柔らかい。
同じ皿の中でも、仕上がりに差があった。
「やっぱり、厚さが影響しているんでしょうね」
「そうだろうね。薄いものほど早く仕上がる。厚いものに合わせると、薄い部分が焦げてしまう」
チャールズさんは、試作品を見ながら考えた。
「できるだけ厚さをそろえることが先だな。揚げ方の調整は、そのあとでもいい」
「そうですね」
チャールズさんは厨房用のノートに、二回目の結果を書き込んだ。
切る厚さをそろえたことで仕上がりは改善したものの、まだ差が残っていること。薄いものと厚いものでは、揚がるまでの時間が異なること。
次は、さらに厚さをそろえ、少量ずつ揚げる。
記録を読み返してから、チャールズさんは三回目の準備に取りかかった。
今度は、俺が切ったものも一緒に確認しながら進める。
水気を取り、少量ずつ油に入れる。
チャールズさんは鍋の様子を見ながら、引き上げるタイミングを調整した。
皿に広げて少し冷ます。
俺は一枚を手に取り、口に運んだ。
パリッ。
「……おっ」
思わず声が出た。
さっきまでとは明らかに違う。
軽い歯触りがあり、噛むと小気味よい音がする。
塩味も強すぎず、ジャガイモの風味が残っていた。
「これなら、かなり近いです」
チャールズさんも一枚を食べた。
「確かに、さっきのものとは違うね。これならポテトチップスと呼べる仕上がりだ」
「見本と完全に同じではないですけど、方向としては合っていると思います」
「うん。あとは、冷めてからの食感も確認したいね」
チャールズさんは、今回の切り方や揚げ方、仕上がりについてもノートに記録した。
成功した手順だけではなく、前の試作から何を変えたのかも残している。
そこには、最初の試作で柔らかくなったこと、二回目は厚さのばらつきが残ったこと、三回目で食感が改善したことが順番に記録されていた。
こうして記録が残っていれば、別の日に作るときにも参考になる。
「記録まで任せてしまって、すみません」
「気にしなくていいよ。試作をするなら、記録は大切だからね。それに、君が伝えてくれる見本との違いも参考になる」
「ありがとうございます」
「それにしても、薄く切るのが大変だね。これを安定して作るには、もう少し工夫が必要そうだ」
チャールズさんは、ノートに次の確認事項を書き足した。
冷めたときの食感。
切る厚さをそろえる方法。
店で注文を受けてから調理するときの手間。
実際に提供するなら、確認しておきたいことはいくつもある。
俺は、その一つ一つを店の人たちに任せることにした。
◇
ポテトチップスの試作を続ける一方で、俺はもう一つの料理も提案した。
「チャールズさん、こちらも試してみませんか?」
「別の料理かい?」
「はい。ジャガイモを厚めに切って揚げるんです。ポテトチップスほど薄くする必要はありません」
「なるほど。こちらは作りやすそうだね」
「外側をカリッとさせて、中はほくほくに仕上げます」
ポテトチップスをメインにしたいという気持ちは変わらない。
ただ、店で扱うなら、ほかの候補があってもいい。
揚げポテトなら、切る厚さを細かくそろえる必要はない。調理の手間も少なく、材料も共通している。
酒のつまみとしても、十分に使えるはずだ。
チャールズさんはジャガイモを洗い、食べやすい大きさに切った。
油で揚げ、火の通り具合を確認する。
ポテトチップスに比べると、作業はずっと簡単だった。
やがて、表面がきつね色になったジャガイモが皿に並ぶ。
仕上げに塩を振り、一つを口に運んだ。
外側はカリッとしていて、中はほくほくだ。
ジャガイモの味もしっかり感じられる。
「こっちは、かなり作りやすいですね」
「そうだね。調理の手間は、こちらのほうが少ない」
チャールズさんも味見をして、うなずいた。
「注文に合わせて作るなら、こちらは扱いやすそうだ。切る作業も簡単だし、仕上がりの差もポテトチップスほど大きくはならないだろう」
「酒のつまみとしても、悪くないと思います」
「ああ。食べ応えがあるのもいいね」
ポテトチップスは、薄くて軽い。
少量でも何枚かつまめるし、食べること自体が楽しい。
一方、揚げポテトは、もっと素朴な料理だ。
外側の食感と、中のほくほくした部分を楽しめる。腹にもたまりやすい。
どちらもジャガイモを揚げた料理だが、食べたときの印象はかなり違う。
「ポテトチップスをメインにして、揚げポテトも候補にできればと思っています」
俺がそう伝えると、チャールズさんは二つの皿を見比べた。
「君としては、こちらが本命なんだね」
「はい。俺が再現したいのは、こっちなので」
ポテトチップスを指す。
「ただ、店で出すなら、値段や作る手間も考えないといけないと思います。そこはディルックさんたちに判断してもらいたいです」
「そうだね。料理を出す以上、そこは大切な部分だ」
チャールズさんは、ポテトチップスを一枚つまんだ。
「こちらは薄く切る手間がかかるし、揚げている間も状態を見ていないといけない。揚げポテトよりも、調理に気を遣う必要がある」
「そうなんですよね」
「その分、同じジャガイモを使っていても、値段は少し高くなるかもしれない」
俺はうなずいた。
日本でも、ポテトチップスは袋に入って売られている。
ただ、モンドの厨房で一から作るとなれば、事情が違う。
ジャガイモを薄く切り、何度かに分けて揚げる。厚さをそろえなければ、仕上がりに差が出る。
手間がかかる分、価格にも影響するだろう。
「揚げポテトなら、もっと気軽に注文してもらえるかもしれませんね」
「そうだろうね。食べ応えもあるし、こちらのほうが好まれる客もいると思う」
チャールズさんの言うことは、もっともだった。
俺はポテトチップスをメインにしたい。
けれど、それは俺の希望であって、店の都合とは別の話だ。
どちらを採用するか。両方を出すのか。それとも、片方だけにするのか。
それを決めるのは、エンジェルズシェアの人たちだ。
「そこは、ディルックさんにも味を見てもらってからですね」
「そうだね。二つの違いも含めて、判断してもらおう」
チャールズさんは、揚げポテトについても簡単な調理記録をノートに残した。
使った材料と切り方、揚げたときの様子、仕上がりの食感。
ポテトチップスほど細かな調整を必要としなかったことも、比較の材料になる。
俺はその記録を見て、改めて自分が料理の専門家ではないことを実感した。
作り方を知っているつもりでも、実際に厨房で再現するとなれば、別の知識が必要になる。
だからこそ、今回の話を持ち込んでよかったと思う。
◇
試作品がそろったところで、ディルックさんにも味を確かめてもらうことになった。
チャールズさんがポテトチップスを小皿に盛り、揚げポテトを別の皿に並べる。
俺はカルビーの袋を持って、二人のところへ向かった。
「試作ができました」
「そうか。では、味を見せてもらおう」
ディルックさんは、まずポテトチップスを一枚手に取った。
口に運び、ゆっくりと噛む。
そのあと、もう一枚をつまんだ。
塩加減を確かめるように、少し間を置いてから、揚げポテトにも手を伸ばす。
俺は二人の反応を待った。
自分では、かなりうまくできたと思う。
けれど、店で提供する料理としてどう評価されるかは、また別の話だ。
ディルックさんは、ポテトチップスの皿を見た。
「軽い食感だな。塩味も強すぎない」
「見本に近づけられたと思います。ただ、まだ厚さにばらつきがあるので、仕上がりを安定させるには調整が必要ですね」
「そうか」
ディルックさんは、続けて揚げポテトを食べた。
「こちらは食べ応えがある。作る手間も、ポテトチップスほどではないのだろう?」
「はい。切る厚さを細かくそろえる必要がないので、こちらのほうが簡単です」
チャールズさんが説明する。
「ポテトチップスは薄く切る工程に手間がかかります。揚げ方にも気を遣いますね。一方、揚げポテトは比較的作りやすく、注文に合わせて調理しやすいと思います」
ディルックさんは、二つの皿を見比べた。
「値段をつけるなら、その違いも考える必要があるな」
「そうですね」
俺はうなずいた。
ポテトチップスは、俺が再現したかったものだ。
できれば、こちらをメインの料理として扱ってもらいたい。
ただ、調理の手間を考えると、値段は揚げポテトより高くなる可能性がある。
客がどちらを選ぶかは、実際に提供してみなければ分からない。
「俺としては、ポテトチップスをメインにしてもらえたらうれしいです。揚げポテトは、もう一つの候補として考えてもらえれば」
希望は、きちんと伝えておく。
ディルックさんは俺の話を聞き、静かにうなずいた。
「君が再現したいのは、こちらのポテトチップスということだな」
「はい」
「分かった。だが、店でどう扱うかは、価格や調理の手間も踏まえて考えたい。チャールズとも相談して決めよう」
「お願いします」
それでいい。
俺はレシピを売り込みに来たのであって、店のメニュー構成まで決めに来たわけではない。
実際に作ってみた結果、どちらが店に向いているのか。
客にとって注文しやすい価格にできるのか。
厨房の負担に見合う料理なのか。
そうした判断は、店を運営している二人に任せるべきだ。
◇
ディルックさんは、チャールズさんが記録した厨房用のノートに目を落とした。
「試作の経過も残してあるのか」
「はい。条件を変えたときに、どう仕上がりが変わったかを書いてあります。まだ安定させるための調整は必要ですが、今日の結果は次の試作にも使えると思います」
チャールズさんが答える。
俺が持ち込んだ簡単なメモだけでは、実際の調理に必要な細かな部分までは分からなかった。
そこを補ってくれたのが、チャールズさんの記録だった。
ディルックさんは何度かページをめくった。
「これなら、厨房で試作を続けるときにも役立つだろう」
それから、俺に視線を向けた。
「レシピについては、買い取る方向で考えたい。今回の基本的な手順と、試作で分かったことをまとめて譲ってもらえないだろうか」
「はい。お願いします」
「金額だが、三千モラでどうだろう」
三千モラ。
金額だけで考えれば、これで生活が大きく変わるわけではない。
けれど、レシピを買い取ってもらえるなら、俺としては十分だった。
何より、これでモンドでもポテトチップスを作るための手掛かりができる。
「それでお願いします」
「分かった」
ディルックさんは代金を用意し、俺に渡した。
俺は受け取ったモラを確認してから、荷物にしまった。
これでレシピの売買は成立した。
ただし、店のメニューに加えるかどうかは、また別の話だ。
今日の試作で、作れる見込みはあると分かった。
それでも、調理の手間や価格を考える必要があるし、実際に提供するなら、もう少し確認したいこともあるだろう。
そこまで俺が決める必要はない。
「今後、作り方について確認したいことがあれば、相談してもいいだろうか」
「もちろんです。俺に分かる範囲なら協力します」
「助かる」
ディルックさんは、チャールズさんのノートを閉じた。
「店で扱うかどうかも含め、こちらで検討しよう。チャールズと厨房で試作を続け、実際に提供できるか考える」
「はい。お願いします」
俺はうなずいた。
自分がやりたかったことは、故郷の味を再現するためのレシピを持ち込み、店で作れる可能性を確かめてもらうことだった。
その第一歩は踏み出せた。
この先、どんな形でメニューに加わるのか。それとも、調整を続けることになるのか。
それは、店側が判断することだ。
◇
厨房を出る前に、チャールズさんが声をかけてきた。
「今日はありがとう。こちらも、いろいろ試せてよかったよ」
「いえ、俺一人では作れなかったと思います。手伝ってもらえて助かりました」
「薄く切る作業は、思った以上に手間がかかるね。もう少し慣れれば、安定して作れるようになるかもしれないけれど」
「揚げポテトのほうは、かなり作りやすそうでしたね」
「そうだね。調理の手間だけで考えるなら、こちらのほうが扱いやすい」
チャールズさんは、空になった皿を片づけながら続けた。
「ただ、料理としての魅力は別の話だ。ポテトチップスには、あの軽い食感がある。揚げポテトとは違うものとして考えたほうがいいだろうね」
「俺もそう思います」
ポテトチップスは、俺にとって特別なものだった。
だからこそ、こちらでも作れるようになってほしい。
ただ、店にとっては、料理を提供するための手間や価格も大切だ。
ポテトチップスが気に入られても、値段が高ければ注文する客は限られるかもしれない。
反対に、揚げポテトは材料も共通していて、作る手間も少ない。気軽に注文できる料理として、こちらのほうが向いている可能性もある。
実際にどちらが売れるかは、まだ分からない。
「そこは、店で考えてもらうしかないですね」
「うん。実際に扱うとなれば、価格も含めて検討することになるだろうね」
チャールズさんは、納得したようにうなずいた。
俺は改めて礼を言い、エンジェルズシェアを後にした。
◇
外へ出ると、午後のモンドには柔らかな風が吹いていた。
街には相変わらず人が行き交い、露店からは食べ物の匂いが漂っている。
俺は少し歩いてから、街並みを見渡した。
今日は露店を出していない。
それでも、こうして新しいことができた。
日本の商品をそのまま売るだけでなく、こちらの材料を使って作れるものを提案する。
それが店の役に立つかどうかは、相手が決めることだ。
俺は自分が知っているものを持ち込み、相手が判断できる材料を用意する。
今回のようなやり方なら、今後も何かできるかもしれない。
もっとも、何でもかんでもレシピにして売ればいいというわけではない。
店には店の事情があるし、俺が面白いと思ったものが、必ずしも客に受け入れられるとは限らない。
それでも、試してもらうことには意味がある。
今日は、ポテトチップスがモンドの材料でも作れると分かった。
それだけでも、十分な成果だった。
◇
日本へ戻ったのは、夕方になる少し前だった。
自宅のパソコンの前に座り、俺は今日のことを振り返った。
エンジェルズシェアへのレシピの売り込み。
チャールズさんとの試作。
ディルックさんによる味見と、三千モラでの買い取り。
思い返してみれば、思った以上に時間がかかった。
ポテトチップスは、ただ薄く切って揚げれば完成というわけではなかった。
厚さが少し違うだけで、仕上がりに差が出る。
水気の取り方や揚げる量を変えるだけでも、食感が変わった。
料理を店で出すとなれば、こうした調整を繰り返す必要がある。
自分で作って食べるだけなら、多少の失敗も気にしなくていい。
けれど、客に出すものとなれば、そうはいかない。
今回、チャールズさんと一緒に試作できたのはよかった。
俺一人では、あそこまで調整できなかったと思う。
それに、試作の過程を記録してくれたのもありがたかった。
俺が持っていったのは、作り方を調べてまとめた簡単なメモだけだ。
実際に厨房でどう作り、何を変えたらどうなったのか。その記録は、チャールズさんが自分のノートに残してくれた。
これなら、店で続きを試すときにも役に立つだろう。
「……さて」
椅子の背もたれに体を預ける。
今日の目的は達成できた。
レシピは買い取ってもらえたし、ポテトチップスを再現できることも確認できた。
ただ、エンジェルズシェアで正式にメニューに加わるかどうかは、これから店側が考えることだ。
俺がポテトチップスをメインにしたいと思っているからといって、そのとおりになるとは限らない。
揚げポテトのほうが、値段や調理の手間を考えると扱いやすいかもしれない。
それでも、ポテトチップスにはポテトチップスのよさがある。
俺としては、いつかエンジェルズシェアで食べられるようになったらうれしい。
ひとまず、あとはディルックさんとチャールズさんに任せよう。
◇
俺はパソコンの画面を見た。
システムの地図には、テイワット各地のワープポイントが表示されている。
モンドには何度も通っている。
街の地理も分かってきたし、顔見知りも増えた。露店を出せば商品を見に来てくれる人もいる。
ここを拠点にした生活には、すっかり慣れてきた。
けれど、テイワットはモンドだけじゃない。
「次は璃月に行ってみるか」
以前から気になっていた国だ。
港町の景色も見てみたいし、料理にも興味がある。モンドとは違った商品が手に入るかもしれないし、商売の参考になるものも見つかるかもしれない。
観光がてら、少し足を延ばしてみるのも悪くないだろう。
俺は地図を眺めながら、ふと考えた。
――そういえば、今ってゲームの時間軸だと、どのあたりなんだ?
ゲームのストーリーを基準にするなら、そろそろスネージナヤ編に相当する時期なのかもしれない。
もちろん、現実のテイワットがゲームと完全に同じように進んでいるとは限らない。
ゲームでは描かれなかった出来事だってあるだろうし、俺が知っている情報が、そのまま現実に当てはまる保証もない。
それでも、気にならないと言えば嘘になる。
各国で何が起きているのか。
ファデュイはどう動いているのか。
旅人は今、何をしているのか。
知りたいことはいろいろある。
ただ、騎士団に直接聞くわけにもいかない。
騎士団と顔を合わせる機会はあるし、話を聞ける相手がいないわけでもない。
でも、俺が知っていることの多くは、ゲームを通して得た知識だ。
どうしてそんなことを知っているのかと聞かれたら、説明に困る。
下手に事情を探ろうとして、余計な疑いを持たれるのも避けたい。
「……だったら、自分で見て回るしかないか」
各国を旅すれば、自然といろいろな情報が耳に入るはずだ。
街の人たちと話したり、商売をしたり、酒場で食事をしたり。
そんな日常の中でも、分かることはあるだろう。
もちろん、情報を集めることと、事件に首を突っ込むことは別だ。
ファデュイが何か企んでいたとしても、俺に何ができる?
英雄みたいに戦えるわけでもないし、国同士の問題を解決できる立場でもない。
せっかく異世界に来られたのだから、観光もしたいし、商売も楽しみたい。
危険な事件に自分から近づく必要はないだろう。
「関わらないのが一番、か」
俺はそう結論づけた。
もちろん、目の前で困っている人がいたら、そのときにできることを考える。
ただ、自分から大きな事件を探しに行くつもりはない。
情報は集める。各国も見て回る。
それでも、深入りはしない。
まずは璃月へ行ってみよう。
何が起きているのかは、実際に自分の目で見てから考えればいい。
俺はノートを手元に引き寄せた。
ポテトチップスのレシピについて書いたページを閉じ、その後ろにある空白のページを開く。
そこに、次の旅について考えたことを書き始めた。
璃月で何をするか、どこを見て回るか。
まだ細かい予定は決めていない。
現地に着いてから考えてもいいし、気になる場所を見つけたら立ち寄るのもいい。
少なくとも、次の休日に向かう先は決まった。
モンドを拠点にした生活は続けながら、少しずつ行動範囲を広げていく。
それが、今の俺にはちょうどいい気がした。
俺はノートを閉じ、机の上に置いた。
次の休日は璃月へ。
新しい国でどんなものに出会えるのか、今から少し楽しみだった。
ここまで読んでいただき、ありがとうございます!
感想や評価をいただけると、執筆のモチベーションにつながります。
よろしければ、気軽に感想や評価を残していただけるとうれしいです。
これからもよろしくお願いします!