原神の世界に通えるようになったので、モンドを拠点に異世界生活を楽しみます 作:ところてんの
土曜日の朝。
目覚まし時計が鳴る少し前に目を覚ました悠真は、布団の中でしばらく天井を眺めていた。
平日は会社へ行き、仕事をして帰宅する。夕食を食べ、風呂に入り、翌日の準備をして眠る。そんな生活を続けていると、休日の朝くらいはゆっくりしたくなる。
しかし、今日は少し違った。
「よし、行くか」
布団から出た悠真は、カーテンを開けた。
窓の外は晴れている。
洗面所で顔を洗い、朝食を済ませる。持っていくものを確認して、必要なものだけを小さなバッグに入れた。
財布、スマートフォン、ハンカチ、飲み物。
これで十分だ。
商売用の商品は持っていかない。今日は仕入れでも販売でもなく、観光が目的だった。
モンドでは、少しずつ商売を続けている。
商品を買ってくれる人も増えてきたし、エウルアやディオナ、ミカといった知り合いもできた。酒場の厨房でディルックとポテトチップスの製法について相談したことも、つい先日のことのように思い出せる。
テイワットで過ごす時間は、もう特別な出来事ばかりではなくなっていた。
街を歩き、食事をし、顔見知りと話す。
そうした時間が少しずつ積み重なっている。
だからこそ、今度は別の国をゆっくり見てみたかった。
璃月港には、一度来たことがある。
ワープポイントを確認しながら各地を回ったとき、港の景色も少しだけ眺めた。だが、そのときは移動そのものが中心で、街を歩き回ったり、食事を楽しんだりする余裕はなかった。
今回は違う。
時間に追われる必要はないし、決まった目的地もない。
気になるところを歩き、腹が減ったら食事をする。疲れたら休む。
そんな休日にするつもりだった。
「せっかくだし、のんびり見て回ろう」
悠真は自室のパソコンの前に座り、電源を入れた。
画面に表示されたシステムを操作する。
目的地は璃月港。
移動先を確認してから、ワープを実行した。
視界が切り替わる。
次の瞬間、悠真の目の前には、見慣れた自室ではなく、璃月の景色が広がっていた。
◇
「おお……」
思わず声が漏れた。
以前も見た景色だ。
それでも、改めて眺めるとやはり壮観だった。
目の前には、広い海が広がっている。陽光を受けた水面がきらきらと輝き、岸壁に打ち寄せる波が柔らかな音を立てていた。
沖には大小さまざまな船が浮かんでいる。
帆を張った船。荷物を運ぶ船。港に停泊している船。その向こうにも、別の船影が見えた。
岸壁では人々が忙しそうに動いていた。
荷物を積み下ろす人。船員に指示を出している人。台車を押して通りを進む人。少し離れた場所では、商人らしい人物が荷物の数を確認している。
港のあちこちから声が聞こえてきた。
「そっちの箱は奥に運んでくれ!」
「分かった! こっちは先に片づける!」
「次の船が入るぞ、通路を空けてくれ!」
仕事の声が飛び交う。
その合間には、店の呼び込みや、道を歩く人々の話し声も混ざっていた。
海の匂いに、食べ物の香ばしい匂いが流れてくる。
以前に来たときも、こうした光景を目にしていたはずだ。
けれど、あのときは各地のワープポイントを確認することに意識が向いていた。街並みを細かく眺めるよりも、次の場所へ移動することを優先していたのだ。
今日は、時間を気にせずに済む。
「さて、どっちから歩こうかな」
悠真は港のほうを眺め、それから街へ続く道に目を向けた。
まずは海沿いを歩いてみよう。
それから、気になる通りがあれば寄り道すればいい。
そう決めて、ゆっくりと歩き始めた。
◇
港へ向かう道には、すでに多くの人が行き交っていた。
荷物を運ぶ人たちは仕事に集中している。買い物に来たらしい人々は、店先に並んだ商品を見比べている。店員は通りを歩く客に声をかけ、商品を手に取った客には使い方や値段を説明していた。
街全体が動いているようだった。
モンドにも人の集まる場所はある。
冒険者ギルドの周辺では依頼を探す人たちが行き来しているし、商店街には買い物客がいる。酒場では昼間から人が集まることもある。
ただ、璃月港は港という場所の性質もあってか、目に入るものの種類が違った。
船があり、荷物があり、それを運ぶ人がいる。
遠くから運ばれてきた商品が、この街で売られ、また別の場所へ運ばれていくのだろう。
そんなことを考えながら歩いていると、前方から荷物を積んだ台車がやってきた。
「すみません、通ります!」
台車を押している男性が声をかける。
「あ、どうぞ」
悠真は道の端へ寄った。
台車には木箱がいくつも積まれていた。男性は慣れた様子で人の間を抜けていく。
その後ろから、別の男性の声が聞こえた。
「今日中に全部運べそうか?」
「この調子なら、なんとかなると思う。ただ、次の荷物まで来ると厳しいな」
「また倉庫を片づける必要があるか……」
「先に使わない箱をどかしてくれよ。前にも言っただろ」
「分かってるって。こっちも仕事があるんだ」
二人のやり取りは、仕事の段取りを相談しているようだった。
悠真は少し笑い、再び歩き始めた。
どこの世界でも、仕事の都合で頭を悩ませる人はいるらしい。
自分も会社では、予定どおりに進まない仕事に振り回されることがある。急な変更が入ったり、別の部署との調整が必要になったりすることも珍しくない。
異世界に来たからといって、仕事の苦労が消えるわけではない。
ただ、今は休日だ。
自分が仕事の段取りを考える必要はない。
「今日は気楽に行こう」
そうつぶやき、悠真は海沿いの通りへ向かった。
道の脇には、食べ物を売る屋台が並んでいた。
焼き物を扱う店からは香ばしい匂いが漂い、別の店では湯気の立つ料理を器に盛りつけている。甘い匂いがする店もあった。
通りかかった客が足を止め、店員に声をかける。
「これはいくら?」
「一つならこの値段だよ。二つ買うなら少しおまけする」
「じゃあ、二つもらおうかな」
店員は手際よく商品を包み、客に渡した。
悠真はその様子を眺めながら通り過ぎた。
こういうところは、モンドにも似ている。
店の人と客が話し、値段を確認し、気に入ったものを買っていく。場所が変わっても、買い物の基本的なやり取りは同じだ。
もちろん、並んでいる商品は違う。
見慣れない食材や、璃月らしい装飾の品もある。店先に置かれた道具の形ひとつ取っても、モンドで見かけるものとは少し違っていた。
気になるものはいくつもあったが、今は一つひとつ立ち止まることはしなかった。
歩いているだけでも、十分に面白い。
通りを進むと、建物の間から海が見えた。
青い水面に、船の影が揺れている。
悠真は少し足を止め、景色を眺めた。
休日に海を見に来る。
日本でもできることだ。
けれど、目の前にあるのは、普段の生活では見ることのない景色だった。
同じ海でも、港の造りも、船も、周囲の建物も違う。
そうした違いを眺めているだけで、時間が過ぎていく。
「いいな、こういうの」
誰に聞かせるでもなくつぶやき、悠真は再び歩き出した。
◇
しばらく歩いていると、少し腹が減ってきた。
朝食を食べてから時間も経っている。港を歩き回っていれば、お腹が空くのも当然だ。
悠真は通りの先にある飲食店を眺めた。
店先には何人かの客がいて、出入りもある。特別に高級そうな店ではないが、地元の人が普段から利用しているように見えた。
こういう店で食事をするのも、旅の楽しみだろう。
有名な料理を食べるのもいいが、今日は特に店を決めていない。
目に入った店に入り、そこで食べられるものを頼む。
それくらいの気軽さが、今の気分には合っていた。
「ここにするか」
悠真は店の入口へ向かった。
「いらっしゃい。お一人ですか?」
店員が気づいて声をかけてくる。
「はい、一人です」
「それじゃあ、こちらへどうぞ」
案内された席に座り、品書きを受け取った。
料理の名前を目で追っていく。
読める文字ばかりだが、料理名だけでは具体的な味を想像しにくいものもある。
日本の飲食店なら、写真や説明書きがあることも多い。もちろん、文字だけの品書きもあるが、見慣れない料理が並んでいると、どれを選ぶか迷ってしまう。
悠真が品書きを眺めていると、店員が水を持ってきた。
「お決まりですか?」
「すみません。璃月港には前にも来たことがあるんですけど、ちゃんと食事をするのは今日が初めてで。おすすめはありますか?」
「そうですね……」
店員は品書きを覗き込み、いくつかの料理を指した。
「こちらはよく出ますね。しっかり食べたいなら、こっちもおすすめです。あとは、軽めに済ませたいならこちらでしょうか」
「うーん……じゃあ、最初におすすめしてくれたものをお願いします」
「はい。飲み物はどうします?」
「お茶をください」
「分かりました。少々お待ちくださいね」
店員は注文を確認し、厨房へ戻っていった。
悠真は椅子に座り直し、店内を見回した。
昼食時ということもあり、店には何組もの客がいた。
隣の席では、仕事着姿の男性が二人、料理を待ちながら話している。
「次の船が予定より遅れるらしい」
「またか。こっちは受け取りの時間を決めてるんだぞ」
「天候のせいだって話だ。どうにもならんだろ」
「分かってるよ。だから困ってるんじゃないか」
片方の男性が肩をすくめる。
「まあ、今日は早めに切り上げられそうだし、帰りに酒でも買っていくか」
「お前、結局それが目的じゃないのか?」
「仕事を頑張ったんだから、それくらいいいだろ」
二人は顔を見合わせ、笑った。
少し離れた席では、女性たちが買い物の相談をしている。
「明日は休みでしょう? あの店に行ってみない?」
「どの店?」
「この前話したところ。新しい品が入ったって聞いたのよ」
「また買い物? この前もいろいろ買っていたじゃない」
「見るだけよ。気に入ったものがあったら、そのとき考えるわ」
「あなたの『見るだけ』は信用できないのよね」
「ひどいわね!」
女性の声に、向かいの友人が笑う。
別の席では、若い男性たちが何かの失敗談で盛り上がっていた。
「だから、そこで振り返る必要なんてなかったんだって!」
「いや、気になったんだよ!」
「それで結局、どうなったんだ?」
「……それは聞かないでくれ」
「お前が話し始めたんだろ!」
笑い声が広がる。
悠真は、聞くつもりもなく耳に入ってくる会話を、何となく聞いていた。
どれも、特別な話ではない。
仕事の予定。休日の買い物。仲間内の失敗談。
けれど、そういう話が聞こえてくることが、妙に心地よかった。
ゲームで街を歩いていた頃は、目に入る人物の会話を細かく意識することはなかった。クエストの目的地へ向かい、必要な人物と話し、報酬を受け取る。ゲームを進めるうえでは、それで十分だったからだ。
今は違う。
目の前の人たちは、悠真が何をしているかなど気にしていない。
彼らにはそれぞれの仕事があり、予定があり、友人がいて、家族がいるのだろう。
この店に来たのも、たまたま昼食を取るためかもしれない。仕事の途中で立ち寄った人もいれば、休日に友人と食事を楽しんでいる人もいる。
悠真はその中に混ざり、同じように食事を待っている。
それだけのことだ。
けれど、そうした時間を楽しめるようになったのは、テイワットでの生活を重ねてきたからかもしれない。
最初の頃は、目の前の出来事を理解することや、システムの使い方を確認することに意識が向いていた。
今では、街を歩いているときに何を見つけるか、どんな料理に出会えるか、誰と話すことになるか、そういうことを楽しみにしている。
特別な目的がなくても、休日は十分に面白い。
「お待たせしました」
店員の声に、悠真は顔を上げた。
料理がテーブルに置かれる。
湯気とともに、食欲を刺激する香りが広がった。
「ありがとうございます」
「どうぞ、ゆっくりしていってくださいね」
店員はそう言って、別の席へ料理を運びに行った。
悠真は箸を手に取り、まず一口食べた。
「……うん、おいしい」
自然と感想が漏れた。
特別に珍しい味というわけではない。けれど、しっかりとした味付けで、温かく、昼食として満足できる料理だった。
もう一口食べる。
食材や調味料の組み合わせは、日本でよく食べる料理とは少し違うのだろう。料理に詳しいわけではないので、細かな違いを説明することはできない。
ただ、自分の口に合うことは確かだった。
お茶を飲みながら、悠真は窓の外へ目を向けた。
道を歩く人々の姿が見える。
荷物を抱えた商人。誰かと話しながら歩く女性。店先で立ち止まり、商品を選んでいる客。
その向こうには、港の一部も見えた。
船が行き交い、人々が働き、店が開き、客が食事をしている。
街の生活が、目の前で続いていた。
悠真は料理を食べ進めながら、ゆっくりとした時間を味わった。
◇
食事を終えた頃、店員が空いた皿を下げに来た。
「お味はいかがでした?」
「おいしかったです。おすすめしてもらってよかった」
「それなら何よりです」
店員は笑顔でうなずいた。
「今日は港のほうも賑わっていますよ。食事のあとは海沿いを歩いてみるのもいいと思います」
「そうなんですね。もう少し見て回るつもりだったので、行ってみます」
「天気もいいですからね。午後は少し風が出るかもしれませんけど、散歩にはちょうどいいと思いますよ」
「ありがとうございます」
「またどうぞ」
短い会話を終え、悠真は食事代を支払って店を出た。
店員にとっては、いつもの接客の一部なのだろう。
おすすめの料理を尋ねられたから答え、客が満足してくれたので笑顔で見送る。
特別な出来事ではない。
それでも、旅先でこうしたやり取りがあるのは嬉しいものだった。
店の外へ出ると、海風が頬を撫でた。
「さて、もう少し歩くか」
店員に勧められたとおり、海沿いの道へ向かうことにした。
途中で飲み物を買い、歩きながら少しずつ口にする。
通りには、食事を終えた客の姿もあった。
店から出てきた男性が、連れに向かって話しかける。
「このあとどうする?」
「俺は仕事に戻る。お前は?」
「せっかく早く終わったんだから、少し港を見ていくよ」
「なら、帰りに頼んでおいたものを受け取っておいてくれ」
「分かった。忘れなければな」
「忘れるなよ!」
二人は笑いながら別れた。
悠真はその横を通り過ぎ、海沿いへと歩いていった。
店員が話していたとおり、午後の港も賑わっていた。
荷物を積んだ船が岸壁に寄せられ、船員たちが声を掛け合っている。別の場所では、出発する船の準備が進んでいた。
少し離れたところに立つ人々は、海を眺めたり、知り合いと話したりしている。
悠真も、邪魔にならない場所で足を止めた。
船がゆっくりと港を離れていく。
帆が風を受け、船体が少しずつ遠ざかる。岸壁に残った人が手を振り、船員がそれに応えているようだった。
船が見えなくなるまで、悠真はしばらく眺めていた。
「出発か」
小さくつぶやく。
港では、出発する人もいれば、到着する人もいる。
荷物を運ぶ人もいれば、受け取る人もいる。
それぞれに行き先があり、目的があるのだろう。
自分もまた、別の場所からここへ来た旅行者の一人だ。
今はこの港を歩いているが、帰る場所はモンドにも日本にもある。
モンドに戻れば、またいつもの街並みが待っている。顔見知りの店員や、冒険者ギルドで会う人たちもいる。
日本に帰れば、会社員としての生活が続く。
どちらも自分の日常になりつつあった。
悠真は海を眺めながら、そんなことを考えた。
異世界へ行けるようになった当初は、何もかもが特別だった。
目の前の景色が本物であること。ゲームで知っていた場所を自分の足で歩けること。現地の人と会話ができること。
そのひとつひとつに驚いていた。
もちろん、今でも初めて見る景色や、初めて出会う人には心が動く。
けれど、異世界にいるという事実そのものに、いちいち驚くことはなくなった。
その代わり、目の前にあるものを、以前より落ち着いて楽しめるようになった気がする。
今日は、ただ璃月港を歩いている。
それだけでいい。
◇
海沿いの道を離れ、悠真は街の通りへ戻った。
まだ時間はある。
帰るには少し早い気もしたが、今日は予定を詰めていない。気になる場所を見つけたら寄り道し、特に何もなければ景色を眺めながら歩けばいい。
通りの端では、子供たちが遊んでいた。
一人が何かを落とし、慌てて拾おうとしている。隣にいた子がそれを見て笑った。
「笑うなよ!」
「だって、落としたのはそっちじゃん!」
「もう一回やるから、ちゃんと見てろよ!」
子供たちはすぐに別の遊びを始め、先ほどのことなど忘れたように走り回った。
悠真はその様子を見て、少し笑った。
日本でも、公園を歩けば似たような光景を見かけることがある。
場所が違っても、子供たちのやり取りはそれほど変わらないらしい。
もちろん、ここは日本ではない。
街並みも、文化も、生活に使う道具も違う。道端の看板や店先に並ぶ品を見れば、その違いはいくらでも見つかる。
それでも、そこで暮らしている人たちには、それぞれの生活がある。
働いて、食べて、買い物をして、誰かと話して、休みの日には遊びに出かける。
そうした日々が積み重なって、街の風景になっている。
悠真は歩きながら、モンドでの生活を思い出した。
モンドでも、最初は街を歩くだけで時間が過ぎていた。
今では、よく通る道ができた。顔を合わせる店員も増えたし、冒険者ギルドで依頼を受けることにも慣れた。
商品を売るときには、客の反応を見ながら値段や品ぞろえを考えるようになった。
エウルアやディオナ、ミカと話すことも、以前ほど身構えなくなっている。
テイワットで過ごす日々が、少しずつ自分の生活に馴染んできたのだ。
だからこそ、別の国へ来ても、必要以上に緊張することはない。
璃月港には璃月港の暮らしがある。
モンドとは違う景色を楽しみながら、少しずつ知っていけばいい。
「こういう休日も、いいもんだな」
悠真は歩きながらつぶやいた。
大きな出来事があったわけではない。
有名な人物と会ったわけでも、何かを成し遂げたわけでもない。
港を歩き、店で食事をし、街の人たちの話し声を聞いた。
それだけの一日だった。
けれど、今日の目的はそれで十分に果たせている。
無理に予定を詰め込まず、目の前にあるものを楽しむ。
日本で過ごす休日と同じように、こちらでもそんな時間を持てるのが嬉しかった。
◇
その後も、悠真は通りを歩きながら、気になった店や景色を眺めた。
店先に並ぶ装飾品を見たり、食べ物を売る屋台の匂いに足を止めたりすることもあった。
ある店では、客が商品を手に取り、店員に細かな違いを尋ねていた。
別の店では、店員が商品を並べ直しながら、通りかかった知り合いに声をかけていた。
特別なことは何も起きない。
ただ、街を歩けば、いろいろな人の生活が目に入る。
悠真は気になったものを眺め、少し歩いては景色を楽しみ、また別の通りへ向かった。
商売をしていると、どうしても商品の値段や売り方に目が向くことがある。
この商品はモンドでも売れるだろうか。こちらの品は何に使うのだろう。どういう客が買うのだろう。
そんな考えが浮かぶこともあった。
しかし、今日は深く考えないことにした。
必要なら、また別の日に調べればいい。
璃月で商売をするにしても、まずは現地の習慣を知る必要がある。モンドで売れた商品が、同じように売れるとは限らない。
それに、ここで売るために来たわけではないのだ。
今は旅行者として歩いている。
気になった商品を見つけたら眺める。それで終わりにしてもいい。
そう考えると、気持ちが楽になった。
悠真は通りの向こうに見える海をもう一度眺め、それから帰る準備をすることにした。
歩き回ったおかげで、街の雰囲気は十分に楽しめた。
まだ見ていない場所はある。
けれど、それは次に来たときの楽しみにしておけばいい。
◇
ワープポイントへ戻る途中、悠真は一度だけ足を止めて、港のほうを振り返った。
船が行き交う海。
荷物を運ぶ人々。
商店の呼び込みと、通りを歩く人たちの声。
昼食を食べた店で聞いた、仕事や買い物の話。
どれも、今日この街を歩いたからこそ目に入ったものだった。
ゲームで知っていた場所でも、実際に歩けば新しく気づくことがある。
そして、まだ知らない場所もたくさんある。
次に来たときは、今日とは違う通りを歩いてみよう。
冒険者ギルドに立ち寄るのもいいし、別の店で食事をするのもいい。璃月の料理については、気になる店がいくつかあった。
ただし、今日のように予定を決めすぎず、気分に合わせて動くのも悪くない。
「また来よう」
悠真はそうつぶやき、システムを開いた。
帰還先は日本。
明日は日曜日なので、時間があればもう一度テイワットへ来ることもできる。だが、無理に予定を詰めるつもりはなかった。
こちらでの生活を楽しむためにも、日本での仕事や休息をおろそかにするわけにはいかない。
平日は会社員として働き、休日にはテイワットを訪れる。
今の生活を続けながら、少しずつ行ける場所を増やしていけばいい。
悠真は帰還を選択した。
視界が切り替わり、見慣れた自室の景色が戻ってくる。
「ただいま、と」
誰もいない部屋で小さくつぶやき、バッグを置いた。
スマートフォンを確認し、上着を脱いで部屋着に着替える。
それから冷蔵庫を開け、飲み物を取り出した。
休日に外出して帰ってきたときと、やっていることは変わらない。
ただ、今日出かけた場所が璃月港だっただけだ。
ソファに腰を下ろし、ひと息つく。
「さて、夕飯どうするかな」
まずは、それを考えよう。
璃月で食事をしてきたばかりなのに、帰ってくれば日本での夕食も必要になる。
明日はどう過ごすか。
日本でゆっくり休むのもいいし、またテイワットへ行くのもいい。
どちらを選んでも、休日は自分のものだ。
悠真は飲み物を一口飲み、立ち上がった。
璃月港の賑わいは、まだ耳の奥に残っている。
けれど、次の旅の予定を今すぐ決める必要はない。
また行きたくなったら行けばいい。
この世界には、まだ歩いてみたい場所がたくさんあるのだから。
ここまで読んでいただき、ありがとうございます!
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これからもよろしくお願いします!