原神の世界に通えるようになったので、モンドを拠点に異世界生活を楽しみます   作:ところてんの

22 / 25
誤字を修正しました


第22話「港の冒険者ギルドと市場」

第22話「港の冒険者ギルドと市場」

 

 土曜日の朝。

 

 朝食を済ませた俺は、出かける準備を整えていた。

 

 財布、スマートフォン、ハンカチ、飲み物。持ち物を確認してから、机の上に置いていた小さなノートをバッグに入れる。

 

 今日は璃月港へ行く予定だ。

 

 前回は港を歩き、店で食事をして、街の人たちの日常を眺めて過ごした。

 

 仕事の話をする男性たち。休日の買い物について相談する女性たち。仲間内の失敗談で笑い合う若者たち。

 

 どれも特別な出来事ではなかったけれど、そういう何気ない時間が楽しかった。

 

 そして、今回は少しだけ目的を決めている。

 

「まずは冒険者ギルドで情報を聞いて、それから市場かな」

 

 璃月で商売を始めるなら、先に現地の事情を知っておきたい。

 

 モンドで販売しているタオルや洗濯ばさみは、実際に売ってみると予想以上に好評だった。お菓子の包装ごみを回収する仕組みも、少しずつ利用してもらえている。

 

 とはいえ、モンドで売れたからといって、璃月でも同じように売れるとは限らない。

 

 街が違えば、暮らしも違う。

 

 すでに似たような商品が普及しているかもしれないし、値段の感覚も違うだろう。商品の種類だけでなく、商売をする場所や取引の仕方についても知っておきたい。

 

 いきなり商品を持ち込んで販売するより、まずは市場を見て回るほうがよさそうだ。

 

 ただし、今日は商売の調査だけで一日を終えるつもりもない。

 

 せっかくの休日なのだから、街歩きも楽しみたい。

 

「まあ、様子を見ながらだな」

 

 俺はノートをバッグにしまい、パソコンの前に座った。

 

 いつもの画面を開き、システムを操作する。

 

 目的地は璃月港。

 

 ワープを実行すると、見慣れた自室の景色が切り替わった。

 

     ◇

 

 璃月港に到着すると、海から吹いてくる風が頬を撫でた。

 

 青空の下、港には大小さまざまな船が停泊している。

 

 岸壁では荷物を運ぶ人たちが忙しそうに動き、商店の並ぶ通りには買い物客の姿があった。少し離れた場所からは、店員が客を呼び込む声も聞こえてくる。

 

 前回と同じ、活気のある港町だ。

 

「さて、まずはギルドだな」

 

 俺は街の中へ向かった。

 

 璃月港の冒険者ギルドを訪れるのは、これが初めてではない。以前、各地のワープポイントを確認していたときにも、一度立ち寄っている。

 

 ただ、そのときは場所を確認することが中心だった。

 

 今日は少し話を聞いてみたい。

 

 冒険者ギルドは依頼を受ける場所というだけでなく、地域の情報を得るのにも役立つはずだ。モンドでも、依頼を通じて街の外の様子を知ることができた。

 

 璃月では、どんな依頼が多いのだろう。

 

 港町ならではの仕事があるのか。それとも、山や街道に関する依頼が多いのか。

 

 そんなことを考えながら歩いていると、見慣れた受付の姿が目に入った。

 

「こんにちは」

 

「こんにちは。冒険者ギルドへようこそ」

 

 受付に立っていたキャサリンが、いつもの落ち着いた笑顔で迎えてくれた。

 

「今日は依頼を受けに来たんですか?」

 

「それも考えたんですけど、まずは璃月のことをもう少し知りたくて。前に一度来たときは、あまりゆっくりできなかったので」

 

「そうでしたか。どのような情報をお求めでしょうか?」

 

「このあたりの依頼の傾向や、街の外へ出るときに気をつけたほうがいいことを聞きたいです。それと、港で生活するうえで知っておいたほうがいいことがあれば」

 

 キャサリンは小さくうなずいた。

 

「璃月港周辺では、商人の護衛や荷物の運搬に関する依頼が見られます。港から各地へ向かう人や物資が多いことも、関係しているのでしょう」

 

「やっぱり、港町らしい依頼が多いんですね」

 

「はい。また、街の外では魔物の討伐や、行方不明になった荷物の捜索などもあります。目的地によって道の状態や移動にかかる時間が異なりますので、依頼を受ける際には詳細を確認することをおすすめします」

 

「山道だと、思ったより時間がかかることもありそうですね」

 

「そのとおりです。天候や荷物の量によっても、移動の負担は変わります」

 

 俺は話を聞きながら、頭の中で整理した。

 

 モンドでも、街の外へ出れば魔物と遭遇する可能性があるし、移動に時間がかかることもある。

 

 璃月では港から出発する荷物や人の流れが多い分、運搬や護衛に関係する仕事が目立つようだ。

 

 もちろん、依頼を受けるつもりがなくても、こうした情報を知っておくのは悪くない。

 

 今後、璃月港の外へ出かけることもあるだろう。そのときに、どんな場所なのかを知っていれば、予定も立てやすくなる。

 

「ありがとうございます。ところで、街の中で商売をする場合についても、少し聞いていいですか?」

 

「もちろんです」

 

「市場で商品を売るなら、どこで販売できるのか、誰に確認すればいいんでしょう?」

 

 キャサリンは少し考えてから答えた。

 

「販売する場所によって異なりますが、市場の区画を利用する場合は、その場所を管理している方や関係する商人に確認するとよいでしょう。すでに利用者がいる区画もありますので、空いているように見えても、自由に使えるとは限りません」

 

「なるほど。空いている場所に勝手に商品を並べるのは駄目なんですね」

 

「はい。販売場所の条件や、利用に必要な手続きがあるかどうかを、事前に確認することが大切です」

 

「分かりました」

 

 これは覚えておいたほうがよさそうだ。

 

 モンドでは、現地の人に相談しながら販売を進めてきた。璃月でも、同じように確認しながら進めればいい。

 

 俺の場合、商品を持ち込む手間は一般的な商人より少ない。ワープポイントを使えるからだ。

 

 しかし、だからといって、どこで売ってもいいわけではない。

 

 場所には場所の決まりがある。

 

 そこを無視して商売を始めれば、余計な問題を起こすことになるだろう。

 

「それと、商人同士の取引で気をつけることはありますか?」

 

「商品の価格や数量だけでなく、受け渡しの時期や方法についても、事前に確認しておくとよいでしょう。取引の内容を曖昧にせず、双方が納得したうえで進めることが大切です」

 

「仕事でも、そういう確認は大事ですからね」

 

「はい。相手の話をよく聞き、分からない点があれば、その場で確認することをおすすめします」

 

 思わず苦笑してしまった。

 

 異世界に来ても、結局は同じような話になる。

 

 日本の会社でも、仕事の依頼を受けるときには内容を確認するし、納期や担当範囲が曖昧なら、後で問題になることがある。

 

 商売の基本は、どこの世界でも大きくは変わらないのかもしれない。

 

「いろいろ参考になりました。今日は市場も見てみるつもりなので、まずは様子を確認してきます」

 

「それがよいと思います。璃月港での滞在を楽しんでください」

 

「ありがとうございます」

 

 俺はキャサリンに礼を言い、受付から離れた。

 

 聞きたいことは、ひとまず聞けた。

 

 次は市場だ。

 

     ◇

 

 冒険者ギルドを出て、俺は商店が並ぶ通りへ向かった。

 

 市場には、すでに多くの人が集まっていた。

 

 野菜や果物を扱う店。肉や魚を売る店。乾物や調味料を並べた店。布や衣類、生活道具を扱う商店。

 

 店先には商品が整然と並び、店員たちは客の様子を見ながら声をかけていた。

 

「今朝届いたばかりだよ!」

 

「こっちは量が多いから、まとめて買うなら相談に乗るよ!」

 

「少し見ていかないかい?」

 

 呼び込みの声があちこちから聞こえてくる。

 

 俺は通りの端を歩きながら、店先の商品を眺めた。

 

 前回もこのあたりを通ったが、今日は少し意識して見てみるつもりだ。

 

 どんな商品が売られているのか。どんな値段がついているのか。客は何を見比べて購入を決めているのか。

 

 とはいえ、すべての値段を記録するつもりはない。

 

 市場全体の様子を見て、気になったものだけを確認すれば十分だ。

 

 最初に目に入ったのは、野菜や果物を扱う店だった。

 

 籠の中には、色とりどりの食材が並んでいる。店員は傷んだものが混ざっていないか確認し、売れた分だけ新しい商品を補充していた。

 

 一人の女性が果物を手に取り、店員に尋ねた。

 

「これは甘いの?」

 

「そうだね。今の時期はよく熟しているよ。すぐ食べるなら、こっちもおすすめだ」

 

 店員は別の果物を指し示す。

 

「こっちは少し硬めだけど、日持ちする。明日以降に食べるなら、そっちがいいかもしれないね」

 

「じゃあ、二種類とも少しずつもらおうかしら」

 

「ありがとう。包むから少し待っていておくれ」

 

 女性は商品を受け取り、代金を支払って店を離れた。

 

 俺はそのやり取りを見て、なるほどと思った。

 

 単に値段を伝えるだけではなく、食べる時期や保存のことまで説明していた。

 

 客にとっても、選ぶ理由が分かりやすいだろう。

 

 モンドでタオルを販売したときも、手や顔を拭く用途だけでなく、汗を拭いたり、旅先で使ったりできることを説明した。

 

 洗濯ばさみも、最初は使い道が分からない人が多かったが、洗濯物を留める道具だと実演すると、便利さを理解してもらえた。

 

 商品そのものを見せるだけでなく、使い方や特徴を伝える。

 

 そうした工夫は、やはり大切なのだろう。

 

 もっとも、今見た店のやり方を、そのまま自分の販売に取り入れられるとは限らない。

 

 商品も客も違う。

 

 参考にできる部分があれば覚えておく。それくらいでいい。

 

 俺は店先を離れ、次の通りへ進んだ。

 

     ◇

 

 少し歩くと、布や衣類を扱う店が見えてきた。

 

 店先には、色や模様の異なる布が並んでいる。棚には畳まれた衣類が置かれ、壁際には手に取りやすいように商品が掛けられていた。

 

 客の一人が、二種類の布を見比べている。

 

「こっちは前に買ったものより薄いのね」

 

「はい。こちらは軽さを重視しています。厚手のものが必要なら、奥に別の種類もありますよ」

 

「うーん……普段使いなら、軽いほうがいいかしら」

 

「でしたら、こちらをおすすめします。手触りも確かめてみてください」

 

 店員は布を広げ、客が触れやすいように差し出した。

 

 客は指先で生地を確かめ、納得したようにうなずいた。

 

 俺は少し離れた場所から、その様子を眺めた。

 

 布や衣類は、使う人によって求めるものが違う。

 

 丈夫さを重視する人もいれば、軽さや肌触りを重視する人もいる。値段だけで決めるとは限らない。

 

 商品を売る側としては、そうした違いを理解しておくことも大切なのだろう。

 

 俺がモンドで販売しているタオルも、使い方は人によって違う。

 

 手を拭くために買う人もいれば、汗を拭くために買う人もいる。旅に持っていくために購入する人もいるだろう。

 

 洗濯ばさみも同じだ。

 

 使い方を知っている人なら、商品の説明を聞かなくても購入を決められるかもしれない。しかし、初めて見る人には、何に使う道具なのかを伝える必要がある。

 

 モンドでの販売を通じて、そのことは実感していた。

 

 だからといって、璃月でも同じ商品が売れるとは限らない。

 

 現地に似た道具があるなら、わざわざ新しいものを買う理由が必要になる。

 

 使いやすさなのか、価格なのか、それとも別の利点なのか。

 

 そこを考えずに商品を持ち込んでも、うまくいかないだろう。

 

「まあ、今すぐ答えを出す話じゃないか」

 

 俺は小さくつぶやいた。

 

 今日はまだ、市場を歩き始めたばかりだ。

 

 焦らず、もう少し見て回ろう。

 

     ◇

 

 次に足を止めたのは、日用品を扱う店だった。

 

 木製の道具や小さな容器、籠、布製品など、生活の中で使うものが並んでいる。

 

 店先では、年配の男性が商品を手に取り、店員に何かを尋ねていた。

 

「この籠は、どれくらいの重さまで入れられる?」

 

「普段の買い物なら問題ありませんよ。ただ、重いものをたくさん入れるなら、こちらのほうが丈夫です」

 

 店員は別の籠を持ち上げ、編み目や持ち手を見せた。

 

「こっちは少し値が張るけど、長く使うならおすすめです」

 

「なるほど。じゃあ、そっちを見せてくれ」

 

 男性は籠を受け取り、持ち手を確かめている。

 

 店員は急かすことなく、男性が納得するまで説明していた。

 

 俺は店先に並ぶ商品を眺めた。

 

 生活に必要な道具は、どの国にもある。

 

 ただ、素材や形、作り方には、その土地ならではの違いがあるのだろう。

 

 この店の籠も、日本で見かけるものとは編み方が少し違っていた。

 

 日用品という点では、自分が販売している商品とも共通する部分がある。

 

 けれど、今ここで日本の商品を売ることを考える必要はない。

 

 むしろ、現地の人たちがどんな道具を使っているのかを知ること自体が面白かった。

 

 俺は商品を眺めてから、店員に声をかけた。

 

「すみません。少し見せてもらってもいいですか?」

 

「もちろん。気になるものがあれば、手に取ってみてください」

 

「ありがとうございます」

 

 許可をもらい、棚の端に置かれていた小さな容器を手に取る。

 

 木の表面は滑らかで、縁も丁寧に仕上げられていた。

 

 細かな装飾はないが、普段使いには十分そうだ。

 

「これは、何を入れるものなんですか?」

 

「小物を入れるのに使う方が多いですね。乾いた食材を入れたり、細かな道具をまとめたりする方もいます」

 

「なるほど。使い方はいろいろあるんですね」

 

「ええ。決まった用途だけというわけではありませんから」

 

 店員はそう答え、別の客に声をかけられてそちらへ向かった。

 

 俺は容器を元の場所へ戻した。

 

 説明を聞いてみると、用途を限定しない商品もあるようだ。

 

 使い道が分かりやすいものは、説明が短くても売りやすい。一方で、用途が広いものは、買う人が自分の生活に合わせて使い方を考えることになる。

 

 どちらがいいという話ではない。

 

 商品によって、伝え方も変わってくるのだろう。

 

 俺は日用品の店を離れ、通りを先へ進んだ。

 

     ◇

 

 市場の一角では、乾物や調味料を扱う店が並んでいた。

 

 店先には、袋や瓶に入った商品が整然と置かれている。近くを通ると、香辛料の独特な香りが漂ってきた。

 

 店員は商品の補充をしながら、客の質問に答えている。

 

「この調味料は、どんな料理に使うんだい?」

 

「肉料理にも使えますし、野菜と合わせてもいいですよ。少量でも香りが出るので、最初は控えめに使うのがおすすめです」

 

「へえ。じゃあ、試しに一つもらおうか」

 

「ありがとうございます」

 

 客が代金を支払うと、店員は商品を包んで渡した。

 

 俺はその様子を眺めながら、食事のことを考えた。

 

 璃月には、まだ食べたことのない料理がたくさんある。

 

 前回入った店の料理もおいしかったし、通りを歩いていると、あちこちから食欲を刺激する匂いが漂ってくる。

 

 せっかくなら、今後はもう少し料理についても知りたい。

 

 市場で食材や調味料を見ておけば、食事をするときに気づくことも増えるかもしれない。

 

 もちろん、料理の知識が急に身につくわけではない。

 

 俺は専門家でも料理人でもない。普段は日本で会社員をしている、ごく普通の人間だ。

 

 ただ、食べることは好きだし、知らない料理を試すのも楽しい。

 

 そういう興味から少しずつ知っていけばいいだろう。

 

 店先では、別の客が調味料を選んでいた。

 

「前に買ったものと同じものが欲しいんだけど」

 

「こちらですね。今回は少し多めに入れておきますか?」

 

「いや、いつもと同じでいいよ。まだ残っているからね」

 

「分かりました」

 

 店員は手際よく商品を用意した。

 

 顔なじみの客らしい。

 

 俺はそのやり取りを見て、少しだけモンドでの販売を思い出した。

 

 タオルや洗濯ばさみを買ってくれた人の中にも、また露店を訪れてくれる人がいる。

 

 商品を気に入ってくれたことが分かると、やはり嬉しい。

 

 包装ごみの回収も、最初は仕組みを説明するところから始まった。

 

 回収に協力してくれた客には、少額のモラをお礼として渡す。手間をかけてもらうのだから、協力する側にも分かりやすい利点が必要だと考えたからだ。

 

 少しずつ利用してくれる人が増えてきたが、まだ始めたばかりの取り組みだ。

 

 これからも、様子を見ながら続けていくつもりだった。

 

 璃月で同じ仕組みを始めるかどうかは、まだ決めていない。

 

 包装ごみをどう扱うかも、街によって事情が違うだろう。

 

 今の段階で、モンドと同じやり方を持ち込むと決めつけるのは早い。

 

「まずは、ここの暮らしを知ることだな」

 

 俺はそう考え、店先から離れた。

 

     ◇

 

 市場を歩き続けていると、食品を売る屋台が目に入った。

 

 昼食を食べてから少し時間が経っている。そろそろ何か食べてもよさそうだ。

 

 屋台の前には、数人の客が並んでいた。

 

 店員は注文を聞き、手際よく商品を用意している。客が多いわりに、列は順調に進んでいるようだった。

 

 俺も最後尾に並ぶ。

 

 前に並んでいた男性が、連れに話しかけた。

 

「これを買ったら、先に荷物を届けに行こう」

 

「分かった。帰りに別の店にも寄りたいんだけど」

 

「まだ買うものがあるのか?」

 

「あるよ。家のものが切れそうなんだ」

 

「じゃあ、荷物を届けたら付き合うよ」

 

「助かるわ」

 

 何気ない会話だった。

 

 二人は買い物の予定を確認しながら、順番を待っていた。

 

 やがて俺の番が来た。

 

「これを一つください」

 

「はいよ。持ち帰りかい?」

 

「歩きながら食べようと思ってます」

 

「それなら、この包みで大丈夫だ。熱いから気をつけてな」

 

「ありがとうございます」

 

 代金を支払い、商品を受け取る。

 

 少し人通りの少ない場所へ移動し、包みを開いた。

 

 香ばしい匂いが広がる。

 

 一口食べると、温かい料理の味が口の中に広がった。

 

「うん、おいしい」

 

 思わず声が漏れた。

 

 食べながら、俺は周囲を眺めた。

 

 市場では、相変わらず人々が行き交っている。

 

 買い物を済ませて帰る人。次の店を探す人。店員と値段について相談する人。荷物を抱えて急ぎ足で通り過ぎる人。

 

 それぞれが自分の用事を抱えていた。

 

 俺も、今日は市場を見て回るという目的でここに来た。

 

 けれど、こうして食べ物を買い、街の人たちの会話を聞いていると、調査という言葉だけでは少し堅苦しい気もしてくる。

 

 街を歩いていれば、自然と目に入るものがある。

 

 店を覗けば、商品の並べ方や説明の仕方が分かる。

 

 食事をすれば、料理の味だけでなく、店員や客のやり取りも目に入る。

 

 そうした経験も、現地を知るための一部なのだろう。

 

 俺は最後の一口を食べ、包みを片づけた。

 

 さて、もう少しだけ見て回ろう。

 

     ◇

 

 市場の奥へ進むと、商人同士が話し合っている場所があった。

 

 店先ではなく、少し脇にある空間で、何人かの男性が荷物の内容を確認している。

 

 木箱を開けて中身を確かめる人。手元の書類らしきものを見ながら数を数える人。相手の話を聞いて、何度もうなずいている人。

 

 商品を売るだけでなく、仕入れや受け渡しにも時間がかかるのだろう。

 

「この分は、今日中に運べそうか?」

 

「全部は難しいな。先にこちらを届けて、残りは明日の朝に回したい」

 

「それだと、受け取りの時間に間に合うか?」

 

「先方には連絡しておく。無理に今日中に運んで、途中で荷物を傷めるわけにもいかないからな」

 

「確かに。それなら、先に必要な分だけまとめよう」

 

 商人たちは荷物を確認しながら、段取りを決めていた。

 

 俺は邪魔にならないように、少し離れたところを通った。

 

 仕入れた商品を売る。

 

 言葉にすると簡単だが、実際には商品の受け取りや保管、運搬など、いろいろな作業が必要になる。

 

 自分の場合、仕入れは日本で行い、商品をシステムの機能で持ち込んでいる。一般的な商人のように、船や荷車で運ぶ必要はない。

 

 その点は、大きな利点だ。

 

 しかし、販売する場所や取引条件まで自動的に整うわけではない。

 

 商品を持ってくることが簡単でも、売るためには相手が必要だし、値段も決めなければならない。

 

 さらに、売れ残った場合のことも考える必要がある。

 

 モンドで販売を始めたときも、最初からすべてがうまくいったわけではなかった。

 

 商品の使い方を説明したり、客の反応を見たりしながら、少しずつ売り方を考えてきた。

 

 今回も、同じように進めればいい。

 

 ただ、璃月で商売を始めるかどうかは、もう少し考えてから決めたい。

 

 市場を見て回っただけでは、需要があるかどうかまでは分からない。

 

 似た商品があるから売れないとも限らないし、珍しい商品だから必ず売れるとも限らない。

 

 結局は、実際に使う人がどう感じるかが大切なのだろう。

 

 俺は歩きながら、そんなことを考えていた。

 

     ◇

 

 ひと通り市場を歩いた頃には、日差しが少し傾き始めていた。

 

 今日は、思っていたよりも長い時間を市場で過ごしたらしい。

 

 それだけ、見るものが多かったということだろう。

 

 野菜や果物、布や衣類、日用品、乾物や調味料。

 

 店によって扱う商品も違えば、客への説明の仕方も違っていた。

 

 同じような商品でも、品質や使い方を説明することで、客が選びやすくなることもある。

 

 値段だけではなく、何に使えるのか、どんな利点があるのか。それを伝えることも、商売の大切な部分なのだろう。

 

 俺は市場の端で足を止め、今日見たものを思い返した。

 

 ノートには、気になった商品の種類や、おおまかな値段をいくつか書き留めてある。

 

 細かい記録ではないが、次に来たときの参考にはなるはずだ。

 

 ただ、これだけで璃月で売る商品を決めるつもりはない。

 

 市場の価格は、仕入れる量や品質によっても変わるだろう。店によって扱う商品も違うし、客の好みも一様ではない。

 

 今日見た範囲だけで、街全体の傾向を判断することはできない。

 

「まあ、最初はこんなものかな」

 

 俺はノートを閉じた。

 

 今回の目的は、璃月港の市場を知ることだった。

 

 どんな商品が並び、商人たちがどんなふうに客と接しているのか。それを自分の目で確認できたのだから、十分な成果だ。

 

 あとは、必要になったときに、もう少し詳しく調べればいい。

 

 商売を始めるために、今すぐすべてを決める必要はない。

 

 俺には、モンドでの生活もある。

 

 あちらで販売を続けながら、璃月についても少しずつ知っていけばいいのだ。

 

     ◇

 

 市場を離れ、港のほうへ戻ることにした。

 

 海沿いの道に出ると、風が少し強くなっていた。

 

 岸壁では、荷物を積み込む作業が続いている。船員たちが声を掛け合い、商人らしい人物が荷物の数を確認していた。

 

 少し離れた場所では、仕事を終えたらしい男性が仲間に声をかけている。

 

「今日はここまでにしよう。続きは明日だ」

 

「そうだな。腹も減ったし、飯にするか」

 

「お前、さっきも何か食べていただろう」

 

「仕事をすれば腹が減るんだよ!」

 

 二人の笑い声が聞こえた。

 

 俺は思わず口元を緩めた。

 

 市場を歩いていると、商売のことばかり考えがちになる。

 

 けれど、街の人たちにとっては、商売も仕事も生活の一部だ。

 

 荷物を運び、商品を売り、買い物をして、食事をする。

 

 その繰り返しが、この街の日常をつくっている。

 

 俺も、今日一日で少しだけ、その様子を知ることができた。

 

 それが、なんだか嬉しかった。

 

 前回は街を歩き、食事をして、港の景色を楽しんだ。

 

 今回は冒険者ギルドで話を聞き、市場を見て回った。

 

 同じ街でも、目的を少し変えるだけで、見えてくるものが違う。

 

 次に来たときには、また別の発見があるかもしれない。

 

 そう思うと、楽しみが増えた気がした。

 

「そろそろ帰るか」

 

 時計を確認すると、帰宅後の予定を考えても、ちょうどよい時間だった。

 

 今日は十分に歩いたし、市場の様子も見られた。

 

 これ以上、無理に予定を増やす必要はない。

 

 俺はその場でシステムアイコンを開いた。

 

 視界の端に浮かぶアイコンを操作すると、見慣れたシステムメニューが表示された。

 

 日本へ戻るときに使うのは、ワープポイントではなく、このシステムのログアウト機能だ。

 

 俺はメニューから『ログアウト』を選択した。

 

 璃月港の喧騒が遠のき、目の前の景色がゆっくりと切り替わっていく。

 

     ◇

 

 気がつくと、俺は日本の自室に戻っていた。

 

 窓の外には見慣れた景色が広がり、部屋の中も出発したときと変わらない。さっきまで感じていた潮風も、通りを行き交う人々の声も、ここにはなかった。

 

 それでも、バッグの重みや服の感触が、つい先ほどまで璃月港にいたことを思い出させてくれる。

 

「ただいま」

 

 誰もいない部屋でつぶやき、バッグを机のそばに置いた。

 

 俺はバッグからノートを取り出した。

 

 今日見た商品や、キャサリンから聞いた話を簡単に整理しておく。

 

 市場では、食品、衣類、日用品など、さまざまな商品が売られていた。

 

 店員は商品の特徴や使い方を説明し、客は値段や品質を比べながら購入するものを決めていた。

 

 商人同士の取引では、商品の数量や受け渡しの予定について相談している様子も見られた。

 

 冒険者ギルドでは、商人の護衛や荷物の運搬など、港町らしい依頼があることを聞いた。

 

 販売場所を利用する場合には、管理者や関係者に条件を確認する必要もある。

 

 今日一日で、璃月港の商売についてすべて分かったわけではない。

 

 それでも、何も知らない状態からは一歩進んだ。

 

「よし、こんなところかな」

 

 俺はノートを閉じ、バッグにしまった。

 

 璃月で何かを売るなら、まずは現地の暮らしを知ること。

 

 商品を持ち込む前に、どんなものがすでに売られているのかを確かめること。

 

 そして、販売場所や取引の条件を確認すること。

 

 今回の訪問で、そのあたりを改めて意識できた。

 

 あとは、焦らずに考えればいい。

 

 そもそも、俺は商売だけをするためにテイワットへ来ているわけではない。

 

 モンドでの生活も楽しみたいし、璃月の料理も食べたい。まだ行ったことのない場所にも、少しずつ足を運びたい。

 

 商売は、そうした生活を続けるための手段の一つだ。

 

 売上を増やすことだけを考えて、旅そのものを楽しめなくなってしまったら本末転倒だろう。

 

「次は、食べ歩きでもするかな」

 

 市場を歩いていると、食材や調味料を扱う店がいくつも目に入った。

 

 璃月には、まだ食べたことのない料理がたくさんある。

 

 料理人と話をしたり、食材について教えてもらったりするのも面白そうだ。

 

 次回は、もう少し食文化に触れてみよう。

 

 そんなことを考えながら、俺はノートを閉じた。

 

 上着を脱いで部屋着に着替え、冷蔵庫から飲み物を取り出す。

 

 休日に外出して帰ってきたときと、やっていることは変わらない。

 

 ただ、今日出かけた場所が璃月港だっただけだ。

 

 ソファに腰を下ろし、飲み物を一口飲む。

 

 市場で見た商品や、キャサリンから聞いた話を思い返す。

 

 すぐに璃月で商売を始めるわけではない。

 

 まずは、もう少し街を知っていこう。

 

 モンドでの販売を続けながら、こちらの暮らしにも少しずつ馴染んでいけばいい。

 

 次の休日には、どんな発見があるだろうか。

 

 悠真はそんなことを考えながら、ゆっくりと休憩を続けた。




ここまで読んでいただき、ありがとうございます!

感想や評価をいただけると、執筆のモチベーションにつながります。

よろしければ、気軽に感想や評価を残していただけるとうれしいです。

これからもよろしくお願いします!
  1. 目次
  2. 小説情報
  3. 縦書き
  4. しおりを挟む
  5. お気に入り登録
  6. 評価
  7. 感想
  8. ここすき
  9. 誤字
  10. 閲覧設定
▲ページの一番上に飛ぶ  X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。