原神の世界に通えるようになったので、モンドを拠点に異世界生活を楽しみます 作:ところてんの
AIに本文の作成を任せているため、修正しきれていない部分があるかもしれません。ご了承ください。
昨日は軽策荘まで足を延ばし、村の人たちの暮らしを眺めながら、のんびりとした時間を過ごした。
今日は璃月港を歩いてみよう。行き先は決めず、気になる店があれば立ち寄り、面白そうなものを見つけたら眺める。腹が減ったら何か食べる。そんな気ままな休日だ。
「……本屋でも行ってみるか」
通りの向こうに、璃月の書籍を扱う万文集舎が見えた。
ゲームでも名前を見かける場所だが、実際にどんな本が並んでいるのか、自分の目で確かめてみたい。日本の本屋とは、本の種類も言語も文化も違うはずだ。
少し期待しながら、俺は店へ向かった。
◇
万文集舎の店先には、何冊もの書物が並べられていた。
表紙の色も大きさもさまざまで、装丁に凝ったものもあれば、実用書らしい簡素なものもある。
店の近くでは、数人の客が本を手に取り、内容を確かめていた。
「へえ……」
俺は足を止め、店頭に置かれた本の背表紙を眺めた。
文字は読める。ただし、書くことはできない。看板や本の題名を読むぶんには困らないが、自分で何かを書こうとすると途端に手が止まってしまう。
気になる本を見つけたら、題名や表紙の特徴を覚えておくか、買って手元に置くことになる。今日は旅の参考になりそうな本を探しているので、気に入ったものがあれば購入するつもりだった。
「旅行記とか、地理の本とか……。この世界のことを知るなら、そういう本もよさそうだな」
モンドにいたときは、街の人たちに話を聞いたり、実際に歩いたりして土地のことを知ってきた。
それはそれで楽しいが、本から得られる情報もあるはずだ。
璃月の歴史や各地の風習、商人たちがどんな道を通って商品を運んでいるのか。そうしたことを知っておけば、今後の旅にも役立つかもしれない。
俺が店頭の本を一冊手に取ったときだった。
「その本に興味がおありですか?」
横から声をかけられた。
振り向くと、近くに一人の少年が立っていた。
整った顔立ちに、落ち着いた雰囲気。身なりもきちんとしていて、年齢のわりにどこか余裕がある。
少年は俺の手元にある本を見て、柔らかく微笑んだ。
「ああ、はい。璃月のことを知るのに、ちょうどいいかなと思いまして」
「なるほど。旅の方ですか?」
「そうですね。いろんな場所を見て回っています」
「それは素晴らしい。土地を知るには、実際に足を運ぶのが一番ですからね。本に書かれていることと、現地で見聞きすることは、必ずしも同じではありません」
「分かります。実際に来てみると、思っていたのと違うことも多いですし」
「ええ。だからこそ、両方を知る意味があるのでしょう」
少年はそう言うと、俺が手にしていた本の表紙をちらりと見た。
「その本は、璃月の各地を紹介したものです。名所だけでなく、地方ごとの暮らしについても触れられています。旅の参考にはなると思いますよ」
「それはいいですね。観光名所だけじゃなくて、普通の人たちがどう暮らしているのかも気になるので」
「それなら、こちらの本もおすすめです」
少年は店頭に並んでいた別の一冊を手に取った。
「こちらは各地の風習や伝承を集めたものです。少し古い記述もありますが、土地の人々が何を大切にしてきたのかを知る手がかりになります」
「へえ。面白そうですね」
「旅先で地元の方と話すときにも、思わぬ話題が見つかるかもしれません」
なるほど。
俺は二冊を見比べた。
どちらも旅の役に立ちそうだし、純粋に内容も気になる。
旅行先で土地の人と話すのは好きだ。軽策荘でも、村の人たちが畑仕事をしているところを眺めたり、仕事の合間に話を聞いたりするだけで、ずいぶんと楽しい時間を過ごせた。
そういう交流のきっかけになるなら、確かに役立ちそうだ。
「ありがとうございます。詳しいんですね」
「いえ、好きで読んでいるだけですよ」
少年は謙遜するように笑った。
その様子を見て、俺はふと疑問を覚えた。
店の人というわけでもなさそうなのに、本の内容をよく知っている。
それに、話し方も妙に慣れていた。
「もしかして、本がお好きなんですか?」
「ええ。読むのも好きですし、良い本に出会うと、つい人にすすめたくなってしまいます」
「分かります。自分が面白いと思ったものって、誰かにも知ってほしくなりますよね」
「おや、同じ考えの方に会えるとは。嬉しいものですね」
少年は少し楽しそうに目を細めた。
俺もつられて笑う。
初対面の相手だが、話しやすい。
知識をひけらかすというより、本当に本が好きで、その面白さを伝えたいという気持ちが感じられた。
「ところで、旅先ではどのような場所を回られるのですか?」
「いろいろですね。街を歩いたり、市場を見たり、食堂に入ってみたり。昨日は軽策荘に行ってきました」
「軽策荘ですか。あちらは璃月港とはまた違った趣がありますね」
「そうなんです。港は賑やかですけど、村のほうはずいぶんのんびりしていて。畑仕事をしている人たちを見ているだけでも楽しかったですよ」
「なるほど。暮らしそのものを楽しんでいらっしゃるのですね」
「そんな感じです。もちろん、名所も見たいですけど」
「旅の楽しみ方は人それぞれですからね。どちらが正しいということもないでしょう」
少年は店頭に並ぶ本へ目を向けた。
「ただ、旅先で見たものを記憶に残すには、あとから振り返る手段があると便利ですよ」
「記録ですか?」
「ええ。書き留めるのもよいですし、絵に描くのもよいでしょう。何か一つでも記録しておくと、後日その土地について考えたとき、思いがけないことを思い出せるものです」
俺は少し考えた。
日本では、出かけたときに写真を撮ることが多い。
こちらの世界での旅についても、写真や簡単なメモなら残せるだろう。
「確かに。あとで見返すと、意外と覚えていることが違ったりしますからね」
「そうでしょう? 記憶というものは、思っている以上に曖昧ですから」
少年は楽しげに言った。
「それに、旅先で何を見つけたかは、その人の興味によっても変わります。同じ場所を訪れても、ある人は建物を見て、ある人は食べ物を見て、またある人は道を行き交う人々を見る。どれも、その人にとっての旅の記録になるのでしょう」
「……いいこと言いますね」
「そうですか?」
「はい。俺は、食べ物も人の暮らしも、どっちも気になるので」
「それなら、きっと楽しい旅になるでしょうね」
少年は自然にそう答えた。
俺は改めて、彼に興味を持った。
年齢は自分よりかなり下だろう。それなのに、会話の中に無理がなく、こちらの話もきちんと聞いてくれる。
こういう相手と話していると、つい時間を忘れてしまいそうだ。
「そういえば、まだ名前を名乗っていませんでしたね」
少年が言った。
「僕は行秋と申します」
「行秋さんですね。俺は山田悠真です。よろしくお願いします」
「悠真さん、ですか。こちらこそ、よろしくお願いします」
行秋は丁寧に頭を下げた。
その名前を聞いて、頭の片隅にあった知識がつながった。
行秋。飛雲商会に関わる名家の少年で、剣術にも秀で、読書を好む。原神を遊んでいた頃から知っている人物だ。
まさか、万文集舎で本を選んでいるときに出会うとは思わなかった。胸の内では驚いていたが、それを顔に出すのはやめておく。
今は、目の前で本をすすめてくれた一人の少年として話をしている。その時間を、ゲームの記憶だけで済ませたくはなかった。
「行秋さんは、普段からここで本を読んでいるんですか?」
「時々ですね。気になる本があれば立ち寄りますし、家で読むこともあります。今日は少し時間があったので、こちらに」
「なるほど。家にも本がたくさんありそうですね」
「ええ、それなりには」
行秋は少しだけ意味ありげに笑った。
「もっとも、読んでみたい本がすべて手元にあるわけではありませんが」
「それは本好きあるあるですね。気になる本が次々出てきて、読み終わる前にまた増えるというか」
「まさしく。読みたい本が尽きることはありません」
二人は顔を見合わせて笑った。
俺は、すすめられた二冊をもう一度確認した。
どちらも旅の役に立ちそうだし、純粋に内容も気になる。
「じゃあ、この二冊を買っていきます」
「それはよい選択だと思います。読んでみて、興味を持った土地があれば、ぜひ実際に訪れてみてください」
「そうします。ありがとうございます」
俺は本を店の人に渡し、代金を支払った。
買った本を大切に袋へ入れていると、行秋がふと思い出したように口を開いた。
「そういえば、悠真さんは旅をしながら商売もなさっているのですか?」
「あ、分かります?」
「先ほどのお話から、少しそのような印象を受けました。市場にも足を運ばれるようですし、ただ観光するだけではないのかと思いまして」
「実は、故郷から持ってきたお菓子や日用品を、モンドで売ったりしているんです。まだ小規模ですけど」
「なるほど。土地によって必要とされるものも違うでしょうから、品物を選ぶのも難しそうですね」
「そうなんですよ。モンドで売れたものが、璃月でも同じように売れるとは限りませんし」
「それは確かに。人々の暮らしも、好みも違いますからね」
行秋は納得したように頷いた。
「商売というものは、品物を用意すれば終わりというわけではないのでしょう。買う方が何を求めているのか、どのような場面で使うのか。それを知ることも大切なのだと思います」
「そうですね。俺も、まずは市場を見たり、街の人たちが何を使っているのかを観察したりしているところです」
「急いで売り始める必要もありませんしね。相手のことを知らないまま品物を持ち込んでも、互いに困ることがあるでしょうから」
俺は内心で頷いた。
まさにその通りだった。
璃月で商売を始めることは考えているが、まだ市場の仕組みも、売り手同士の決まりも十分には分かっていない。
焦って始めるより、もう少し様子を見てからのほうがよい。
「行秋さん、商売にも詳しいんですね」
「家の関係で、そうした話を耳にすることはあります」
行秋はあっさりと答えた。
飛雲商会の名前を出して詳しく説明することはなかったが、俺にはそれで十分だった。
「それなら、俺よりずっと詳しそうですね」
「いえ、僕自身が商売を取り仕切っているわけではありませんから。実際に品物を売り、買い手の反応を見ている悠真さんのほうが、現場のことはよくご存じでしょう」
「そう言ってもらえると助かります」
俺は苦笑した。
商売のことを考え始めると、どうしても難しく考えすぎてしまう。
仕入れにかかるお金や、持ち運べる量、売れ残ったときのこと。考えるべきことは確かにある。
けれど、実際に品物を手に取ってもらい、喜んでもらえたときの楽しさも知っている。
今は、その気持ちを忘れずに続けていけばいいのだろう。
「……ところで、行秋さんは旅に出たりするんですか?」
「ええ。機会があれば、いろいろな場所を訪れます。知らない土地へ行くと、思いがけない発見がありますから」
「いいですね。俺も、これからもっといろんな場所を回りたいと思っています」
「それなら、こちらの本もいつか役に立つかもしれませんね」
行秋は店頭に並ぶ別の本へ視線を向けた。
「璃月の外にも、興味深い土地はたくさんあります。土地ごとの文化や歴史を知ると、旅の景色もまた違って見えるものです」
「そうですね。まずは璃月をもう少し見て回って、それからほかの国にも行ってみたいです」
「よい旅を」
「ありがとうございます」
行秋との会話は、そこでいったん区切りになった。
店の前には、次の客がやってきていた。行秋もそちらへ軽く目を向け、それから俺に会釈をした。
「またお会いできるといいですね」
「はい。またどこかで」
俺は買った本を抱え、万文集舎を後にした。
◇
通りを少し歩いたところで、俺は近くの店先に腰を落ち着けた。
買った本を袋から取り出し、表紙を眺める。
「いやあ、いい買い物したな」
ただの観光のつもりだったが、思いがけず本好きの少年と知り合えた。
しかも、おすすめされた本も面白そうだ。
璃月のことを知るために、街を歩いたり、食堂で料理を食べたりするのもいい。こうして本を読むことで、今まで気づかなかった背景が分かるかもしれない。
旅の楽しみ方が、また一つ増えた気がした。
俺は本を袋に戻し、立ち上がった。
せっかくなので、もう少し街を歩いてみよう。
市場のほうへ向かう途中、通りの端に人だかりができているのが見えた。
何か揉め事でも起きたのかと思ったが、近づいてみると、どうやらそういうわけではないらしい。
人だかりの中心にいたのは、白い衣装を着た少年だった。
手には道士の道具らしきものを持っている。周囲を警戒するように視線を動かしながら、何かを確認していた。
「……あれ?」
俺は思わず足を止めた。
その少年にも、見覚えがあった。
重雲。
璃月で活動している方士で、邪祟を払うことを生業としている少年だ。
ただし、彼は生まれつき強い陽の気を持っている。そのため、邪祟に遭遇することが少なく、本人の仕事ぶりにも独特の事情がある。
もちろん、そんなことを初対面の相手に話すわけにはいかない。
俺が遠巻きに様子を見ていると、重雲は道具をしまい、周囲の人たちに何か説明していた。
「このあたりに異常はありません。念のため、しばらくは様子を見ていただければと思います」
「そうかい。わざわざありがとうね」
「いえ、仕事ですから」
重雲は真面目な顔で答えた。
そのやり取りを見ていると、どうやら近くで妙な気配がすると相談を受け、確認に来ていたようだった。
大きな騒ぎにはなっていない。
人々も安心した様子で、それぞれの用事へ戻っていく。
重雲は最後にもう一度周囲を確認し、道具を片づけた。
そして、歩き出そうとしたところで、こちらを見ている俺に気づいた。
「何かご用でしょうか?」
「あ、すみません。ちょっと気になって見ていただけです。邪魔するつもりはなかったんですが」
「そうでしたか。いえ、問題ありません」
重雲は少しだけ表情を和らげた。
俺は、彼が手にしていた道具へ目を向けた。
「今のは、何かの調査ですか?」
「はい。この近くで妙な気配がすると相談がありまして。確認していたところです」
「そうなんですね。何事もなくてよかったです」
「ええ。大きな問題ではなさそうでした」
重雲はそう答えたあと、俺の顔を見た。
「失礼ですが、璃月の方ではありませんよね?」
「はい。旅をしている者です。山田悠真といいます」
「重雲です。方士をしています」
「方士……」
俺は軽く頷いた。
言葉の意味は知っている。けれど、実際に方士として働く人と話すのは初めてだった。
「方士というのは、こういう相談を受けて調べたりするんですね」
「そうですね。邪祟に関する相談を受けたり、異常がないかを調べたりします。内容によっては、別の方士に協力を頼むこともあります」
「なるほど。大変そうな仕事ですね」
「必要なことですから」
重雲は真面目に答えた。
その言い方に、俺は思わず感心した。
派手に自分の仕事を誇るわけでもなく、必要だからやっていると、ごく自然に言う。
彼らしい真面目さなのだろう。
「悠真さんは、旅をされているんですか?」
「はい。璃月港を見て回ったり、昨日は軽策荘まで行ったりしました」
「軽策荘ですか。あちらは静かな場所ですね」
「そうですね。港とはずいぶん雰囲気が違って、のんびりできました」
「それはよかったです。旅先では、無理をせず休むことも大切ですから」
重雲はそう言って頷いた。
言葉遣いは丁寧で、受け答えも落ち着いている。こちらの話を急かさず聞いてくれるので、初対面でも話しやすかった。方士の仕事について語るときの真剣な表情からも、責任を持って仕事に向き合っていることが伝わってくる。
「重雲さんは、普段からこのあたりで仕事をしているんですか?」
「璃月港の中だけではありません。依頼があれば、郊外へ出ることもあります」
「じゃあ、いろんな場所に行くんですね」
「ええ。ただ、仕事で訪れる場所と、観光で訪れる場所では、見えるものも違うと思います」
「それは確かに」
俺は笑った。
「俺は観光で歩いているだけなので、仕事で来ている人とは目の付けどころが違いそうです」
「そうかもしれませんね。ですが、普段は気に留めないような場所にも、思わぬ発見があるものです」
「分かります。昨日も、村の人が畑仕事をしているところを見ていただけなんですけど、結構楽しかったです」
「それなら、よい時間を過ごせたのでしょうね」
重雲は穏やかに頷いた。
そのとき、通りの向こうから聞き覚えのある声がした。
「重雲!」
声のしたほうを見ると、万文集舎で別れたばかりの行秋が歩いてきていた。
行秋は重雲を見つけると、こちらへ近づいてくる。
「やはり、ここにいたんですね。探しましたよ」
「行秋? どうしたんだ?」
「少し用事があってね。終わったら合流する約束だったでしょう」
「ああ、そうだったな。すまない、確認に時間がかかってしまった」
「構いませんよ。こちらも、ちょうど本を見ていたところですから」
行秋はそう言ってから、俺のほうを向いた。
「あれ、悠真さん。先ほどぶりですね」
「行秋さん。知り合いだったんですね」
「ええ。重雲とは昔からの友人です」
行秋は楽しそうに笑った。
「こちらは重雲。先ほどもお話ししたとおり、方士をしています」
「さっき自己紹介してもらいました。重雲さん、行秋さんとは仲がいいんですね」
「はい。長い付き合いです」
重雲が答えると、行秋は少しだけいたずらっぽい表情を浮かべた。
「長い付き合いですからね。彼の真面目なところも、よく知っていますよ」
「行秋、何を言っているんだ?」
「いえ、何も?」
行秋は涼しい顔をしている。
重雲は何か言いたげに行秋を見たが、結局それ以上は追及しなかった。
その様子に、俺は思わず笑いそうになった。
どうやら、行秋は親しい相手には少しからかうようなことも言うらしい。
「お二人は、これからどこかへ行くところですか?」
俺が尋ねると、行秋は頷いた。
「ええ。少し歩きながら話をしようと思っていたところです。重雲の用事も終わったようですし」
「そうか。なら、先に行こうか」
重雲が言う。
だが、行秋はすぐには歩き出さなかった。
「そうだ。せっかくですから、悠真さんもご一緒しませんか?」
「えっ、俺もですか?」
「もちろんです。先ほどは旅のお話を聞かせていただきましたが、まだ聞きたいこともありますからね」
「僕は構わないが……悠真さんは予定があるのでは?」
重雲が確認する。
「いえ、特に決めていません。街を歩いているだけなので」
「それなら、ぜひ。知らない方と話すのも、旅の楽しみの一つでしょう?」
行秋が微笑んだ。
俺は少し考えたあと、頷いた。
「じゃあ、お言葉に甘えて。よろしくお願いします」
「こちらこそ」
三人は、通りを歩き始めた。
◇
璃月港の通りは、昼に向けて少しずつ賑やかになっていた。
店先では品物を並べ直す人がいて、荷車を押す商人が人混みを抜けていく。飲食店からは食欲をそそる香りが漂い、通りを歩く人々の足取りも忙しそうだった。
そんな中を、三人は急ぐことなく歩いていた。
「悠真さんは、旅をしていて困ったことはありませんか?」
重雲が尋ねた。
「困ったこと、ですか?」
「慣れない土地では、道に迷ったり、必要なものが手に入らなかったりすることもあるでしょう」
「そうですね。初めての場所だと、どこに何があるのか分からないことはあります。でも、地元の人に聞けば教えてもらえますし」
「それは大切なことですね」
「あと、食べ物を選ぶのは楽しいです。知らない料理を食べるのも旅の醍醐味なので」
「食べ物ですか」
重雲は少し考えた。
「僕も、食事は大切だと思います。旅先では、普段とは違うものを食べる機会もありますから」
「重雲は、食べ物の話にも詳しいんですよ」
行秋が口を挟んだ。
「そうなんですか?」
「いえ、特別詳しいというわけでは……」
重雲は少し困ったように視線をそらした。
「ただ、体調を整えるためにも、食事には気をつけています」
「なるほど。方士の仕事にも関係があるんですか?」
「それもありますが、日頃の体調管理ですね。僕は修行もしていますから、食事や休息をおろそかにはできません」
「真面目ですねえ」
「普通のことだと思います」
重雲は本気でそう考えているようだった。
行秋は隣で小さく笑っている。
「重雲は、こういうところが本当に真面目なんです」
「またその話か」
「褒めているのですよ」
「本当に?」
「もちろん」
行秋の表情には、やはりどこか楽しそうな色があった。
俺は二人を見ながら、自然と口元を緩めた。
二人のやり取りを見ていると、長い付き合いならではの気安さが伝わってくる。行秋が軽くからかい、重雲が真面目に受け止める。その一方で、相手を困らせすぎないところに、互いをよく知っている様子が表れていた。
名前や設定を知っていることと、その人自身を知ることは別なのだろう。こうした何気ない会話を重ねながら、少しずつ二人のことを知っていけたらいい。
「ところで、行秋さんと重雲さんは、普段もこうして一緒に出かけるんですか?」
「ええ。予定が合えば」
「仕事の関係で別行動になることもありますが、時間があれば会っています」
重雲が答えた。
「そうなんですね。友達と気軽に出かけられるのって、いいですよね」
「悠真さんにも、そういうご友人はいらっしゃるでしょう?」
「いますよ。ただ、こっちに来ている間は会えないので」
答えてから、俺は少しだけ言葉を選んだ。
日本にいる友人たちに、この世界のことを話すわけにはいかない。
だから、こちらで過ごしている時間については、誰にも詳しく説明できない。
それでも、こうしてテイワットの人たちと話していると、一人で旅をしているという感覚が少し薄れることがある。
「まあ、こうして旅先で知り合いができるのも楽しいですけどね」
俺がそう付け加えると、行秋は満足そうに頷いた。
「それなら、僕たちとも気軽に話していただければと思います」
「ありがとうございます」
「また本の話をしましょう。旅先で面白いものを見つけたら、ぜひ教えてください」
「俺が本をすすめられる側になりそうですけどね」
「それも楽しみです」
行秋は笑った。
重雲も穏やかな表情で頷いている。
◇
しばらく歩いたあと、三人は通り沿いの店の近くで足を止めた。
店先からは、焼いた料理の香ばしい匂いが漂っている。
俺は思わずそちらへ目を向けた。
「……お腹が空いてきましたね」
「そうですね。そろそろ昼食の時間でしょうか」
行秋も店のほうを見た。
「このあたりには、食事のできる店がいくつもありますよ。何か食べていかれますか?」
「そうですね。せっかくなので、何か食べていこうかな」
「重雲はどうします?」
「僕も、少し休憩したいと思っていたところだ」
「では、決まりですね」
三人は店へ入り、空いている席に座った。
店内は適度に賑わっていて、客たちの会話や食器の音が響いていた。
俺はメニューに目を通し、何を注文するか考える。
璃月の料理にはまだまだ知らないものが多い。万民堂で香菱の料理を食べて以来、気になる料理を見かけると、つい試してみたくなるようになった。
「行秋さんは、何を食べるんですか?」
「そうですね……今日はこれにしましょう」
行秋は迷いなく注文を決めた。
重雲も普段から食べ慣れているらしい料理を選ぶ。
俺は二人の注文を参考にしつつ、店員に料理を頼んだ。
しばらくして、料理が運ばれてきた。
湯気の立つ皿から、食欲をそそる香りが広がる。
「いただきます」
俺は箸を手に取り、さっそく料理を口に運んだ。
「うん、おいしい」
思わず声が漏れた。
味付けはしっかりしているが、素材の味も感じられる。日本で食べる中華料理とも似ているようで、違うところもある。
それが面白い。
「気に入られたようですね」
行秋が言った。
「はい。璃月の料理って、食べるたびに新しい発見があります」
「それはよかったです。僕も、食べ慣れた料理でも店によって違いがあるところが好きですね」
「分かります。同じ料理でも、味付けや食感が違ったりしますよね」
「ええ。そういう違いを楽しむのも、食事の醍醐味でしょう」
行秋は料理を口に運びながら答えた。
重雲も静かに食事を進めている。
しばらくは、料理の感想を交えながら、穏やかな時間が流れた。
俺は食べながら、ふと気になったことを尋ねてみた。
「そういえば、重雲さんは方士の仕事をしていて、怖い思いをすることもあるんですか?」
「状況によります。危険な場所へ向かうこともありますし、慎重に調べなければならないこともあります」
「やっぱり大変なんですね」
「ですが、必要なことです。困っている人がいるなら、できる限り力になりたいと思っています」
重雲は真剣な顔で答えた。
「もちろん、無理をしてはいけません。自分にできることと、できないことを見極めるのも大切です」
「確かに。何でも一人で解決できるわけじゃないですからね」
「ええ。必要なら、ほかの方に協力を頼みます」
その答えを聞いて、俺は安心した。
真面目な人ほど、何でも自分で背負い込んでしまうことがある。
重雲は責任感が強そうだが、少なくとも協力を求めることの大切さは理解しているようだった。
「行秋さんは、そういうときに重雲さんを手伝ったりするんですか?」
「できることがあれば、もちろん。もっとも、重雲が仕事をしているときは、邪魔にならないようにしていますよ」
「行秋は、よく分からないところで手助けをしてくれるんだ」
重雲が言った。
「おや、よく分からないとは心外ですね」
「いや、助かっている。感謝しているよ」
重雲は少し照れくさそうに付け加えた。
行秋は一瞬目を丸くしたあと、ふっと笑った。
「そう言ってもらえるなら、何よりです」
二人の間に、柔らかな空気が流れる。
俺は料理を食べながら、その様子を見ていた。
長い付き合いの友人というのは、こういうものなのかもしれない。
普段は軽口を叩き合っていても、いざというときには互いを気にかけている。
大げさに言葉にしなくても、相手のことを分かっているのだろう。
「いい友達ですね」
俺が何気なく言うと、二人は同時にこちらを見た。
「え?」
「いや、何でもないです。ちょっとそう思っただけで」
俺は少し気恥ずかしくなって、料理へ視線を戻した。
行秋は楽しそうに微笑み、重雲は少しだけ困ったような顔をしていた。
けれど、二人とも否定はしなかった。
◇
食事を終えると、三人は店を出た。
行秋と重雲には、このあと別の用事があるらしい。
「今日はありがとうございました。お二人と話せて楽しかったです」
俺が言うと、行秋は嬉しそうに頷いた。
「こちらこそ。旅のお話を聞けて、僕も楽しかったですよ」
「僕もです。また機会があれば、話しましょう」
重雲もそう言ってくれた。
「はい。ぜひ」
俺は二人に軽く手を振った。
行秋と重雲は並んで歩き出し、やがて人通りの中へと溶け込んでいった。
その背中を少しだけ見送ってから、俺も歩き始めた。
――行秋とも知り合いになれたな。
俺は、先ほどまで一緒に歩いていた二人の姿を思い返した。
行秋は本の話を楽しそうに聞かせてくれる少年で、重雲は真面目に人々の相談へ向き合う方士だった。短い時間を一緒に過ごしただけでも、それぞれの人柄が少し見えた気がする。
そんな二人のことを思い返していると、ふと別のことが頭に浮かんだ。
(……あれ?)
香菱。
ベネット。
そして、行秋。
(これって、雷電ナショナルのメンバーじゃないか?)
俺は思わず足を止めそうになった。
原神を遊んでいた頃、何度もお世話になった編成だ。
雷電将軍、香菱、ベネット、行秋。
元素爆発を回しながら戦う、頼りになるパーティー。
(うわ、あと雷電将軍だけじゃん……!)
まさか、ゲームで使っていた編成のメンバーと、異世界で一人ずつ知り合うことになるとは思わなかった。
もちろん、本人たちにそんな話をするつもりはない。
香菱は万民堂で料理を作り、ベネットは冒険者として依頼をこなし、行秋は本を愛している。それぞれに自分の生活があり、俺が知らない日常もたくさんあるはずだ。
知っている情報だけで分かったつもりにならず、これから出会う人たちとも、実際に話しながら関係を築いていきたい。
(……でも、こうして考えると不思議な縁だよなあ)
俺は小さく笑った。
(雷電将軍と会う日も来るのかな……)
稲妻へ行けば、いつか会う機会もあるかもしれない。
ただ、今すぐ予定を決める必要はない。
まずは璃月を楽しもう。
俺は買った本の入った袋を持ち直した。
「いやあ、今日は本当にいい出会いがあったな」
独り言が口からこぼれた。
万文集舎で本を選び、行秋と話をした。そこから重雲とも知り合い、三人で食事までできた。
大きな事件があったわけではない。街を歩き、本を選び、知り合った二人と話をして、一緒に食事をした。それだけの一日だったが、思いがけない出会いのおかげで、朝に想像していた以上に充実した時間になった。
俺は袋の中の本を確かめるように、軽く手を添えた。
せっかく手に入れたのだから、帰ったらゆっくり読んでみよう。
今まで知らなかった璃月のことが、少しずつ分かるかもしれない。
俺は市場のほうへ足を向けた。
店先には今日もさまざまな品物が並び、行き交う人々の声が響いている。
見慣れた景色になりつつある港町も、歩くたびに新しい発見がある。
そんなことを考えながら、俺は賑やかな通りをのんびりと歩いていった。
ここまで読んでいただき、ありがとうございます!
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これからもよろしくお願いします!