原神の世界に通えるようになったので、モンドを拠点に異世界生活を楽しみます 作:ところてんの
日曜日の朝。俺は身支度を済ませると、自宅のパソコンの前に座った。
今日もテイワットへ行く予定だ。
目的地は璃月港。
先週は行秋や重雲と話をしたり、港の周辺を歩き回ったりして過ごした。璃月にはモンドとは違った活気があり、歩いているだけでも目に入るものが多い。食べてみたい料理も、立ち寄ってみたい店も、まだまだ残っている。
そして、もうひとつ。
せっかく璃月まで足を運ぶのなら、今後の商売についても少しずつ準備を進めておきたい。
モンドでは露店を出して、お菓子や日用品を少量ずつ販売している。買いに来てくれる人も増えてきたし、商品を気に入ってもらえたときは素直に嬉しい。
ただ、モンドで問題なくできていることが、そのまま璃月でも通用するとは限らない。
販売できる場所はどこなのか。許可が必要なのか。商品の説明や代金の受け取り方について、気をつけることはあるのか。
俺は商売の専門家ではない。
日本で会社員として働いているから、仕事上の手続きや記録を残す大切さは分かっているつもりだ。けれど、それが異世界の、それも璃月の商習慣にそのまま当てはまるとは思えなかった。
何も知らずに始めて、あとから問題になるのは避けたい。
「こういうときは、詳しい人に聞くのが一番だよな」
俺は机の上に置いていたメモ帳を開いた。
今日の目的は、まず冒険者ギルドで相談先を尋ねること。それから、法律に詳しい煙緋さんに話を聞くことだ。
ゲームで知っている人物とはいえ、実際に会って話をするとなると、何を聞けばいいのか少し迷う。
相手は法律の専門家だ。こちらが何も知らないことを前提に、分かりやすく説明してくれると助かるのだけれど。
……まあ、考えていても仕方がない。
聞きたいことを整理しておけば、何とかなるだろう。
財布、筆記用具、メモ帳。荷物をひとつずつ確認する。
それから、念のために個包装の飴とグミを少し用意した。
今日は商売の相談が目的で、商品を売りに行くわけではない。だから、日用品の見本まで持っていく必要はないだろう。
お菓子について聞かれたら、実物を見せられるくらいで十分だ。
「よし。こんなところかな」
準備を終え、俺はパソコンを通じてテイワットへ移動した。
◇
璃月へ向かう前に、昨日のことを思い出した。
土曜日は、いつもどおりモンドで露店を出していた。
週末の街は普段より人通りが多く、広場には買い物をする人や、友人と話しながら歩く人の姿があった。風車の回る音に混じって、店先から呼び込みの声が聞こえてくる。
俺は露店に商品を並べ、通りを行き交う人たちに声をかけていた。
並べているのは、個包装の飴やグミ、タオル、洗濯ばさみといった品々だ。
豪華な商品を扱っているわけではない。けれど、実際に使ってもらえる日用品や、気軽につまめるお菓子には、それなりに需要がある。
もちろん、毎回すべてが売り切れるわけではない。
それでも、足を止めて商品を見てくれる人がいる。以前買ったものを気に入って、また来てくれる人もいる。
小さな商売だけれど、少しずつ手応えが出てきた。
「悠真、こんにちは!」
聞き慣れた明るい声に顔を上げる。
手を振りながら近づいてきたのはアンバーだった。その隣にはベネットもいる。
「こんにちは。二人そろって買い物?」
「うん! ちょっと気になるものがあってね」
アンバーは露店の商品を眺め始めた。ベネットも、並べられたお菓子をひとつずつ見ている。
「この前買ったお菓子、みんなで食べたら好評だったんだ。それで、また何か買えないかなって」
「そっか。それはよかった」
自分が売ったものを気に入ってもらえるのは、やはり嬉しい。
ただ商品を渡して代金を受け取るだけなら、商売はずいぶん単純に見える。でも、こうして実際に食べた人の感想を聞けると、売ってよかったと思える。
「このグミ、前に買ったのとは味が違うよね?」
アンバーが袋を持ち上げた。
「そうだね。こっちは別の味だよ」
「じゃあ、こっちにしようかな。ベネットは?」
「俺は……これにするよ。前に食べたのもおいしかったし」
「前と同じ味なんだ?」
「うん。気に入ったものを選ぶのもいいと思うんだ」
ベネットは少し照れくさそうに笑った。
その反応に、俺も笑みがこぼれる。
「それもありだね。違う味を試すのも楽しいけど、気に入ったものをまた買うのも普通だし」
「だよね! じゃあ、私は新しい味を試してみようっと」
アンバーは楽しそうに商品を選び、ベネットも少し迷ったあと、買うものを決めた。
俺は商品を袋に入れ、それぞれに渡す。
「ありがとう、悠真! また来るね!」
「俺も! 次はもっと運がいい日に来たいなあ」
「いや、買い物に運は関係ないと思うけど……」
「そ、そうかな?」
ベネットは真剣に考え込んでいる。
「でも、欲しいものが売り切れていたら、運が悪かったってことになるかもしれないよ?」
アンバーが横から口を挟んだ。
「それは……確かにそうかも」
「いや、そこは納得するんだ」
思わず突っ込むと、アンバーが声を上げて笑った。
ベネットも、少し困ったような顔をしながら笑っている。
こういう何気ないやり取りがあると、店を開いていてよかったと思う。
「また気になるものがあったら見に来てね」
「うん! 楽しみにしてる!」
二人を見送ると、俺は再び露店の仕事に戻った。
夕方になり、商品を片付け終えたころには、日差しも少し傾いていた。
売れた数を確認し、代金をまとめる。大きな利益が出るわけではないが、今日も無事に終えられた。
そのまま街へ戻ろうとしたところで、ふと橋の方へ目を向けた。
そこでは、いつものようにティミーが鳩に餌をあげていた。
「こんにちは、ティミー」
「あ、悠真さん。こんにちは」
ティミーは鳩から目を離さずに挨拶してくれた。
「今日も鳩に餌をあげてるんだね」
「うん。みんな、ここに来ると集まってくるんだ」
橋の上には、餌を求めて集まった鳩たちがいた。ティミーが手を動かすたび、何羽かが小さく首を伸ばして地面をつつく。
一羽が少し離れたところへ移動すると、別の鳩がそのあとを追った。
俺は邪魔にならないよう、少し離れた場所から眺めた。
「よく懐いてるね」
「そうかな。毎日来ているからかもしれない」
ティミーは嬉しそうに鳩たちを見つめている。
その横顔を見ていると、こちらまで気持ちが落ち着いてくる。
俺は、ティミーと少し話をしてから橋を離れた。
ゲームの中でも何度も見た場所だ。けれど、今ではここを通りかかったときに、知り合いに挨拶をしたり、少し足を止めて話をしたりするようになった。
ただ景色を眺めるだけだった場所が、少しずつ自分にとって馴染みのある場所になっている。
それが、なんだか嬉しかった。
◇
そして日曜日。
俺は璃月港へ到着すると、まず冒険者ギルドへ向かった。
港には朝から多くの人が行き交っていた。荷物を運ぶ商人、仕事へ向かう人、店の準備をしている人。道の両側にはさまざまな店が並び、店先からは料理の香りも漂ってくる。
歩いているだけで、つい気になるものが目に入る。
食べ物を売っている屋台もあれば、装飾品や日用品を扱っている店もある。店員と値段の相談をしている客の姿も見えた。
こういう景色を見ていると、寄り道したくなる。
ただ、今日の目的は決まっている。
「まずは用事を済ませよう」
自分に言い聞かせて、冒険者ギルドへ向かった。
受付にいたキャサリンは、俺の姿を見るといつものように微笑んだ。
「こんにちは、悠真さん。本日はどのようなご用件でしょうか?」
「こんにちは。少し商売について相談したいことがあるんです」
「商売について、ですか?」
「はい。今はモンドで小規模な販売をしているんですが、璃月でも少しずつ始められないかと思っていて。先に必要な決まりを確認しておきたいんです」
キャサリンは話を聞き、穏やかに頷いた。
「なるほど。璃月での販売をお考えなのですね。そういったことでしたら、煙緋さんに相談してみてはいかがでしょうか」
「煙緋さん?」
「はい。璃月で法律の専門家として活動されている方です。商取引に関する相談にも詳しいので、参考になると思います」
「それは助かります。会えそうな場所は分かりますか?」
「いつも決まった場所にいらっしゃるとは限りませんが、港の周辺でお仕事をされていることもあります。まずは探してみるとよいでしょう」
「分かりました。ありがとうございます」
キャサリンに礼を言い、ギルドを後にした。
相談先は分かった。あとは本人を見つけるだけだ。
……簡単に言っても、港は広いんだけどな。
まあ、歩いていれば何か見つかるだろう。
◇
煙緋さんを探しながら、港の周辺を歩いた。
商人たちの会話が聞こえてくる。荷物の量を確認している者もいれば、取引相手と値段を交渉している者もいる。店先では、商品を手に取った客が店員に質問していた。
商売といっても、その形はさまざまだ。
大きな店を構える者もいれば、少量の商品を扱う者もいる。港を通じて荷物を運び、遠くの地域と取引をする者もいる。
俺がやろうとしているのは、その中でも小さな商売だ。
けれど、小さいからといって何も考えずに始めていいわけではない。
むしろ、扱える量が限られているからこそ、無理のない範囲で続けられる形を考えたい。
そんなことを考えながら歩いていると、人だかりができている場所が目に入った。
何か揉め事でも起きているのだろうか。
気になって近づくと、二人の商人が向かい合っていた。
「だから、こちらは確かに十箱受け取ったと記録しているんだ!」
「だが、私が渡したのは十二箱だ。受け取りの記録が間違っているのではないか?」
「そんなはずはない。こちらの帳簿には十箱と書かれている!」
どうやら、商品の受け渡しに関する問題らしい。
周囲には数人の人が集まり、成り行きを見守っていた。
そして、その二人の間に立っていたのが――煙緋さんだった。
特徴的な衣装と長い髪。見覚えのある姿が目に入った瞬間、俺は思わず足を止めた。
――本当に煙緋さんだ。
ゲームで知っていた人物が、今は港の人々の間に立って、実際に起きている問題に対応している。
初めて見る光景というわけではない。これまでにも、ゲームで知っていた人物と話をしたり、一緒に食事をしたりしてきた。
それでも、こうして仕事をしている姿を見ると、少し気持ちが引き締まる。
それにしても、衣装の細かな装飾までよく似合っている。大胆なデザインなのに、本人が自然に着こなしているせいか、不思議と違和感がない。
……いや、今は衣装を眺めている場合じゃない。
俺は意識を切り替え、煙緋さんたちのやり取りに耳を傾けた。
「ちょっと待って、二人とも! まずは落ち着いて話を聞かせて。今の話だけじゃ、どちらが正しいか判断できないからね」
「だが、こちらの記録には――」
「うん、その記録は確認するよ。だから、もう一方の記録も見せてもらえる?」
二人は手元の書類を取り出した。
煙緋さんはそれらを受け取り、記載されている数字や日付を見比べた。
「受け渡しの日付は同じ。でも、受け取った側は十箱、渡した側は十二箱……。なるほど、食い違っているのはここだね」
「そうだ。だから、こちらは十二箱渡したと言っているんだ」
「言いたいことは分かったよ。でも、今の段階で相手が間違っているって決めつけるのは早いんじゃないかな?」
煙緋さんは二人の顔を順番に見た。
「荷物を運んだ人には確認した? 受け渡しに立ち会った人がいれば、その人にも話を聞きたいね」
「運んだ者か……」
「そうだね。実際に荷物を運んだ人なら、何か覚えているかもしれないから。もちろん、帳簿ももう一度確認してみて。書き写すときに間違えた可能性だってあるでしょう?」
二人の商人は顔を見合わせた。
先ほどまでの険しい表情が、少しずつ和らいでいく。
「確かに、荷物を運んだ者なら何か覚えているかもしれない」
「こちらも、倉庫の記録をもう一度確認してみよう」
「うん、それがいいよ! 確認できることを一つずつ調べていけば、何があったのか見えてくるはずだから」
煙緋さんは、二人に必要な確認事項を説明した。
どちらか一方の言い分だけで判断しないこと。記録を確認すること。必要なら第三者の証言も集めること。
俺は、そのやり取りを見ながら感心していた。
法律の専門家というと、難しい条文を並べて相手を言い負かすような姿を想像する人もいるかもしれない。
でも、煙緋さんは違った。
双方の話を聞き、何が分かっていて、何がまだ分かっていないのかを整理している。感情的になっている二人に対しても、明るさを失わず、必要なことをはっきり伝えていた。
ただ正しいことを言うだけでは、人は納得してくれない。
相手が何に困っているのかを聞き、確認できることを整理して、次に何をすればいいのかを示す。
会社での仕事にも、少し似ているところがある気がした。
もちろん、俺が普段している仕事と、煙緋さんの仕事は違う。それでも、問題が起きたときに状況を整理することの大切さは共通しているのだろう。
やがて話し合いの方針が決まり、商人たちはそれぞれ確認作業に戻ることになった。
「助かったよ、煙緋さん。ありがとう」
「どういたしまして! でも、まだ解決したわけじゃないよ。ちゃんと確認して、何か分かったらまた教えてね」
「ああ、そうするよ」
二人の商人は煙緋さんに礼を言い、その場を離れていった。
周囲に集まっていた人たちも、話が一段落したのを見て散っていく。
俺は少しだけ様子を見てから、煙緋さんに声をかけた。
「あの、すみません。今、少しお時間よろしいですか?」
煙緋さんは振り返った。
「ん? 私に何か用?」
「はい。商売について聞きたいことがあって」
「商売の相談か。もちろん、私でよければ聞くよ! どんなこと?」
明るく返してくれたので、こちらも少し話しやすくなった。
「実は、今はモンドで小規模な販売をしているんですが、今後は璃月でも少し商品を売ってみたいと思っているんです。ただ、こちらの決まりがよく分からなくて」
「なるほど! 璃月で商売を始める前に、必要な決まりを確認しておきたいんだね」
「そうです。何も知らずに始めて問題になるのは避けたいので」
「うん、それはいい心がけだよ! 始めてから慌てるより、先に確認しておくほうがずっといいからね」
煙緋さんは、俺の話に興味を持った様子だった。
「それで、どんな商品を売るつもり? 何を、どこで、どう売るのかによって、確認することも変わってくるんだ」
「今、扱っているのは飴やグミといったお菓子、それからタオルや洗濯ばさみのような日用品です。最初から大量に仕入れるつもりはなくて、少量から試してみようと思っています」
「お菓子と日用品か。なるほどね。じゃあ、まずは売る場所から考えてみよう!」
「場所ですか?」
「そう。商品を用意するのも大切だけど、売る場所が決まらないと、必要な手続きも調べにくいでしょう?」
確かに、そのとおりだ。
「まだ場所は決めていません。街を歩いて、人通りや店の様子を見てから考えようと思っています」
「それなら、まず候補の場所をいくつか見つけてみて。人通りが多くても、自由に商売できるとは限らないからね。露店を出すなら、その場所を管理している人に確認する必要があるかもしれないよ」
「やっぱり、許可が必要になることもあるんですね」
「そういうこと! 場所や売り方によって決まりが違う場合もあるんだ。勝手に商品を並べて、あとから注意されたら困るでしょう?」
「それは避けたいですね……」
「だよね。だから、先に確認しておけばいいんだ。難しく考えすぎなくて大丈夫。場所が決まったら、誰に相談すればいいかを調べてみよう」
煙緋さんは、気負いすぎないようにと言うように笑った。
俺はメモ帳を取り出し、販売場所の確認と必要な許可について書き留めた。
「それから、商品についても気をつけてほしいことがあるんだ」
「商品について、ですか?」
「買う人に、何を売っているのかきちんと説明できるようにしておくこと。どんな商品なのか、何が入っているのか、どんな特徴があるのか。分かっていることは正確に伝えないとね」
「なるほど……」
「特に食べ物は、材料や保存方法、いつまで食べられるかといった情報も大切だよ。分からないことを適当に説明したり、実際よりよく見せたりするのはだめだからね」
「確かに。自分が買う側だったら、ちゃんと説明してもらえるほうが安心できます」
「そうでしょう? 商品を売る側は、買う人が判断するために必要な情報を伝えなくちゃいけないんだ」
俺は頷きながら、メモを続けた。
日本で買い物をするときも、商品の説明や値札を確認することはある。普段は当たり前すぎて意識しないけれど、自分が売る側に立つと、当たり前のことほど大切になるのかもしれない。
「値段も、分かりやすくしておいたほうがいいよ。商品ごとの価格をきちんと示しておけば、買う人も安心して選べるからね」
「値札を付ける、ということですね」
「うん! 口頭で伝える方法もあるだろうけど、値段が分かるようにしておけば、聞き間違いや勘違いも減らせるでしょう?」
「それは確かに。商品が増えてくると、自分でも間違えそうですし」
「そうそう。売る側だって、全部を頭の中だけで管理するのは大変だからね」
煙緋さんは軽く笑った。
確かに、商品が数種類しかないうちは覚えていられるだろう。けれど、種類が増えたり、価格を変更したりすれば、記憶だけに頼るのは危ない。
俺は仕事のときと同じように、後から見返せる形で記録を残すことにした。
「売れた数や受け取った代金も、記録しておくといいよ。いつ、何を、いくつ売ったのか。仕入れた数と残っている数も分かるようにしておけば、あとで困りにくいからね」
「やっぱり、記録は大切なんですね」
「もちろん! 何かあったときに確認できるし、どの商品がよく売れているのかも分かるでしょう?」
「確かに。感覚だけで仕入れを増やすより、数字を見たほうが判断しやすそうです」
「そのとおり! 商売って、勢いだけで続けられるものじゃないからね。記録を見て、少しずつ考えていくのがいいと思うよ」
俺はメモ帳に、販売記録と在庫の管理、と書き加えた。
こうして具体的に説明してもらえると、やるべきことが見えてくる。
今までは、モンドで露店を出すことに慣れるのが先だった。販売する商品も少しずつ増やしてきたけれど、別の街で始めるとなれば、同じやり方でいいのか考える必要がある。
煙緋さんに相談して正解だった。
「それと、取引相手と約束をする場合は、内容を曖昧にしないこと」
「約束、ですか?」
「例えば、誰かに商品をまとめて渡す場合だね。数量や価格、受け渡しの時期、支払いの条件。そういうことは、先にきちんと決めておくといいよ」
「口約束だけにしないほうがいい、ということですか?」
「うん。相手との関係にもよるけど、あとで確認できるように書き残しておくと安心だね。お互いに同じ内容を理解しているか、確認するのも大切だよ」
さっきの商人たちのやり取りが頭に浮かんだ。
十箱なのか、十二箱なのか。
どちらかが嘘をついていると決まったわけではない。記録の間違いかもしれないし、受け渡しのときに何かあったのかもしれない。
だからこそ、後から確かめられる記録が重要なのだろう。
「さっきの二人も、記録の食い違いが問題になっていましたね」
「そうだね。あの場合も、まずは何が起きたのかを確認する必要があるんだ。最初から相手を疑ってばかりじゃ、話が進まないでしょう?」
「確かに」
「もちろん、記録があれば全部解決するわけじゃないよ。でも、確認するための手がかりにはなるからね」
煙緋さんは、こちらが理解できているか確かめるように話を進めてくれた。
難しい言葉を並べるのではなく、実際に起こりそうなことに置き換えて説明してくれる。法律に詳しくない俺でも、何を意識すればいいのか分かりやすかった。
「あと、最初から無理をしないことも大事だよ!」
煙緋さんは指を一本立てた。
「売れそうだからって、いきなり大量に仕入れたり、自分では対応できない量の注文を受けたりしないこと。商売を続けるなら、無理なくできる範囲を知っておくのも大切だからね」
「そこは、俺も気をつけようと思っています。今のところ、店を構えるつもりもありませんし」
「うん。自分に合ったやり方を見つけるのが一番だと思うよ。最初は少しずつ始めて、様子を見ながら考えていけばいいんじゃないかな」
「そうですね。今の規模なら、扱う商品も管理できる範囲に収まっていますし」
「それなら、まずはそのやり方を大切にするといいよ。続けていくうちに、変えたほうがいいところも見えてくるはずだから」
俺は頷いた。
店を持てば、いつでも商品を売れるようになるかもしれない。けれど、そうすると店を維持するための時間や手間が必要になる。
俺がやりたいのは、商売だけに生活を縛られることではない。
日本で働きながら、休日にはテイワットを歩き、料理を食べ、知り合いと交流する。商売も、その楽しみを続けるためのものにしたい。
今のところは、露店や紹介を通じて少量ずつ売る形が自分には合っていると思う。
璃月でも、まずは無理のない範囲で始めればいい。
「ありがとうございます。だいぶ整理できてきました」
「よかった! 最初から全部を完璧にしようとしなくてもいいんだよ。まずは、売る場所を決めること。そこで必要なことを確認して、商品や記録の準備を進める。順番にやっていけば大丈夫!」
「はい。まずは場所を探すところからですね」
「そうそう!」
煙緋さんは満足そうに頷いた。
俺はメモ帳を見返した。
販売場所と許可。商品の説明。値段の表示。販売数や在庫の記録。取引の約束。無理のない規模で続けること。
こうして並べてみると、やることは多い。
けれど、どれも特別なことではない。ひとつずつ準備していけば、今の自分にも対応できそうだ。
「そういえば、さっき話していたお菓子って、どんなものなの?」
煙緋さんが、ふと思い出したように尋ねた。
「ああ、飴とグミのことですか?」
「うん。璃月にも飴に似たお菓子はあるけど、あなたが売っているものは少し違うのかな?」
「そうですね。飴は甘い味を楽しむお菓子で、グミは柔らかくて弾力があるのが特徴です」
「弾力があるの?」
「はい。噛むと、むにっとした感触があります。飴とは食感がかなり違いますね」
煙緋さんは興味深そうに目を輝かせた。
「へえ、そうなんだ! 味もいろいろあるの?」
「ありますよ。飴もグミも、果物の味を再現したものが多いです。甘さだけじゃなくて、香りや酸味を楽しめるものもあります」
「そんなに種類があるんだ! うーん、それは気になるなあ」
さっきまで法律の話をしていたときとは、表情がずいぶん違う。
説明を聞きながら、実際に食べてみたいと思っているのが伝わってきた。
「もしよければ、少し持ってきているので、試してみますか?」
「えっ、いいの?」
「もちろんです。今日は販売するつもりではなくて、相談のために持ってきただけですから」
「ありがとう! じゃあ、ちょっと見せてもらってもいいかな?」
俺は荷物から個包装の飴とグミを取り出した。
煙緋さんは、まずグミの袋を手に取って、表と裏を確かめるように眺めた。
「これがグミなんだね。小さくて、持ち歩きやすそう!」
「そうですね。個包装なので、食べたいときにひとつずつ取り出せます」
「それは便利だね。外で仕事をしていると、ちょっと甘いものが欲しくなるときもあるし」
「そういうときにも向いていると思います」
「へえ……。それじゃあ、こっちは今食べてみてもいい?」
煙緋さんが飴を手に取った。
「どうぞ」
彼女は包装を開け、飴を口に入れた。
少しの間、味を確かめるようにしていたが、やがて表情がぱっと明るくなった。
「甘い! でも、ただ甘いだけじゃないんだね。口の中で味が少しずつ広がっていく感じがするよ」
「ありがとうございます。飴は、そうやってゆっくり味を楽しめるのも特徴ですね」
「なるほどね……。これも、あなたの故郷のお菓子なんだ?」
「はい。故郷では、いろいろな味の飴が売られているんです。果物の味がするものもありますし、甘さや香りが違うものもあります」
「お菓子ひとつでも、いろいろ工夫されているんだね」
「そうですね。店によって置いているものも違うので、選ぶのも楽しいですよ」
煙緋さんは口の中の飴を味わいながら、感心したように頷いた。
「ほかの味も気になるなあ。グミもあとで食べてみるね!」
「ぜひ。飴とは食感がかなり違うので、面白いと思います」
「ふふっ、楽しみにしてるね!」
煙緋さんは嬉しそうに笑った。
法律の相談に来たはずなのに、最後はお菓子の話で盛り上がっている。
でも、こういう時間も悪くない。
仕事の話だけで終わるより、相手が何に興味を持っているのか分かると、少し距離が縮まった気がする。
俺も、煙緋さんが飴を気に入ってくれたことが嬉しかった。
「ただ、今はまだ販売する場所も決めていないので、実際に売るのはもう少し先になりそうです」
「そっか。でも、ちゃんと準備してから始めるのはいいことだと思うよ。せっかくなら、買ってくれる人にも喜んでもらいたいものね!」
「そうですね。まずは、できることから進めてみます」
「うん、それがいいと思う!」
煙緋さんは満足そうに頷いた。
俺はメモ帳を閉じた。
聞きたかったことは、ひと通り確認できたと思う。
「今日は本当にありがとうございました。かなり参考になりました」
「どういたしまして! 始める前に相談してくれてよかったよ」
煙緋さんは笑顔を浮かべた。
「実際に売り方が決まったら、また分からないことも出てくると思う。そのときは遠慮せずに聞いてね!」
「はい。そのときはお願いします」
俺は礼を言って、その場を離れようとした。
けれど、ふと足を止めた。
せっかくなので、少しだけお礼を渡しておこう。
もちろん、相談料が必要だったのかどうかは、最初に確認しておくべきだったかもしれない。とはいえ、今回は知り合いとして話を聞いてもらった形だし、無理にお金を渡すのも違う気がする。
そこで、俺は手元のお菓子に目を向けた。
「煙緋さん。よければ、これもどうぞ」
「えっ、いいの?」
「はい。さっき食べてもらったものと同じですが、よかったらあとで食べてください」
「ありがとう! こういうお菓子、ほかの味も試してみたいと思ってたんだ」
煙緋さんは、グミの袋を受け取ると大切そうにしまった。
「個包装の飴も、ひとつずつ持ち歩けるので便利ですよ」
「確かに! 食べたいときに少しずつ食べられるのは便利だね」
彼女はもう一度、手元の飴を眺めた。
「璃月にもいろいろなお菓子はあるけど、故郷が違うと、こんなに違うものなんだね」
「俺も、こちらで食べる料理には驚かされることがありますよ。香辛料の使い方とか、食材の組み合わせとか」
「へえ、そうなんだ! 璃月の料理も気に入ってくれてるんだね」
「はい。まだ食べたことがない料理も多いので、これからいろいろ試してみたいです」
「璃月の料理が気に入ったなら、また万民堂に行くのもいいと思うよ! おいしい料理がたくさんあるからね」
「実は、前に一度行ったんです。香菱と卯師匠に料理のことを教えてもらって、いろいろ食べさせてもらいました」
「あっ、そうなんだ! もう香菱たちと知り合いだったんだね」
「はい。料理もおいしかったですし、また別のものも食べてみたいと思っていたんです」
「それなら、今日も寄ってみるといいよ! 香菱も、また来てくれたら喜ぶと思うな」
「そうですね。相談も終わりましたし、昼食を食べに行こうと思います」
煙緋さんにそう答えると、万民堂で食べた料理の味を思い出し、自然と期待が膨らんだ。
「それじゃあ、俺はそろそろ失礼します。今日はありがとうございました」
「こちらこそ! また何かあったら声をかけてね。法律のことなら、この煙緋に任せて!」
煙緋さんは自信たっぷりに胸を張った。
その様子を見て、俺は思わず笑った。
「頼もしいですね」
「でしょ? ふふん!」
得意げな顔をする煙緋さんに、俺はもう一度礼を言って、その場を離れた。
◇
煙緋さんとの相談を終えたあと、俺は璃月港を歩いた。
商売について聞きたいことは聞けた。あとは、実際に販売する場所を考えたり、必要な準備を進めたりすることになる。
ただ、今日はそれだけで終わらせるつもりはなかった。
せっかく璃月まで来たのだから、食事も楽しみたい。
以前訪れた万民堂へ、もう一度向かうことにした。前回は璃月の料理を知るために香菱や卯師匠から話を聞いた。今日は、まだ食べていない料理を試してみたい。
通りを歩いていると、香ばしい匂いが漂ってきた。香辛料の刺激的な香りに、肉や野菜を炒める匂いが混ざっている。
空腹を意識した途端、急にお腹が鳴りそうになった。
「……先に食べておけばよかったかな」
思わず小さく呟く。
けれど、こういう匂いを感じながら店へ向かうのも、楽しみのひとつだ。
万民堂に近づくと、店先では卯師匠が調理をしていた。忙しそうに手を動かしながらも、料理を待つ客に声をかけている。
そして、その近くでは香菱が別の料理を仕上げていた。
「いらっしゃい! あれ、悠真!」
先に気づいたのは香菱だった。
「こんにちは、香菱。また食べに来たよ」
「悠真、来てくれたんだ! この前の料理、気に入ってくれた?」
「うん。おいしかったから、今日はまだ食べていない料理を試してみようと思って」
「本当? それなら、今日のおすすめも紹介するね!」
「ありがとう。楽しみにしてるよ」
香菱は楽しそうにメニューを説明し始めた。
料理の名前を挙げるだけでなく、使っている食材や味付けの特徴まで教えてくれる。新しい料理の話になると、彼女の説明にも自然と熱がこもる。
聞いているだけで、どれも食べてみたくなってしまう。
「うーん……どれも気になるな」
「でしょ? だったら、こっちはどうかな。香辛料の香りがしっかりしているけど、辛さだけじゃなくて、食材の味も楽しめるんだよ」
「それはいいね。じゃあ、それをお願いしようかな」
「分かった! ちょっと待っててね!」
香菱は嬉しそうに厨房へ戻っていった。
俺は席に座り、店内を見回した。
万民堂は今日も活気がある。料理を待つ客の声や、食器の触れ合う音、厨房から聞こえる調理の音が重なっている。
こういう場所で食事をすると、ただ空腹を満たすだけではなく、街の生活の一部に混ざれたような気がする。
しばらくして、香菱が料理を運んできた。
「お待たせ! 熱いうちに食べてね!」
「ありがとう」
皿から立ち上る湯気と香りに、思わず期待が高まる。
箸を手に取り、まずはひと口。
口の中に広がったのは、香辛料の香りと食材の旨味だった。辛さはあるものの、それだけではない。噛むほどに味が変わり、後から香りが追いかけてくる。
「……おいしい」
思わず声が漏れた。
「本当? よかった!」
香菱は俺の反応を見て、ぱっと笑顔になった。
「この香り、いいね。辛さもあるけど、食材の味がちゃんと分かる」
「そうなんだよ! 辛くすればいいってわけじゃないからね。香辛料をどう使うかで、料理の印象も変わるんだ」
香菱は身振りを交えながら話してくれた。
料理のことになると、本当に楽しそうだ。
こちらが感想を伝えると、どの食材を使ったのか、どこを工夫したのかと、次々に説明してくれる。
俺も、食べるだけでは気づかなかった部分を知ることができて面白かった。
「前に話してくれた、新しい料理を考えるのが好きって話、覚えてるよ。最近も何か試したの?」
「もちろん! 市場で見慣れない食材を見つけると、どんな料理にできるかなって考えちゃうんだ。組み合わせを変えたら、思いがけない味になることもあるし!」
「なるほど。試してみたいことがどんどん出てくるんだね」
「そうそう! もちろん、失敗することもあるけどね」
香菱は少しだけ苦笑した。
「でも、失敗したからって全部が無駄になるわけじゃないんだよ。どうしてうまくいかなかったのか考えれば、次に生かせるから」
「それは分かる気がする。最初から正解が分かるわけじゃないもんね」
「うん! だから、いろいろ試してみるのが楽しいんだ!」
香菱の言葉には、料理を作ることそのものを楽しんでいる気持ちが表れていた。
俺がやっている商売とは内容が違うけれど、少しずつ試して、反応を見ながら改善していくという点では似ているのかもしれない。
もちろん、俺の場合は新しい商品を開発するつもりではない。今ある商品を、どこで、どんな形で販売するかを考えるのが中心だ。
それでも、相手の反応を見て工夫することは大切だろう。
「そういえば、悠真は今日は何か用事があったの?」
香菱が尋ねた。
「うん。璃月で商売をするなら、先に決まりを確認しておこうと思って、煙緋さんに相談してきたんだ」
「煙緋に? へえ、ちゃんと準備してるんだね!」
「何も知らずに始めて、あとから困るのは避けたいからね」
「それは大事だと思う! 売る場所とか、扱うものとか、いろいろ考えることがあるんだね」
「そうなんだ。まだ場所も決めていないから、これから少しずつ調べるつもり」
「そっか。じゃあ、今日はまだ下見も兼ねてる感じ?」
「そんなところかな。街を歩いて、どんな店があるのか見るだけでも参考になると思うし」
「いいね! 璃月にはいろいろな商品があるから、見て回るだけでも面白いよ!」
香菱は楽しそうに頷いた。
「でも、せっかく来たんだから、食事もちゃんと楽しんでね。商売のことばかり考えていたら、もったいないよ!」
「それは大丈夫。今日は万民堂で食事をするのも目的のひとつだから」
「よかった! じゃあ、ゆっくり食べていってね!」
香菱はそう言うと、別の客の注文を確認しに戻っていった。
俺は料理を食べ進めた。
ひと口ごとに香りや味を確かめていると、最初に食べたときとはまた違った印象がある。辛さの奥にある旨味や、食材ごとの食感も楽しめた。
こういう料理を食べると、璃月にはまだまだ知らない味があるのだと思う。
次に来たときは、別の料理も試してみたい。
商売の下見をしながら、こうして食事を楽しめるのはありがたいことだ。
やがて卯師匠が、厨房の仕事をひと段落させてこちらにやってきた。
「どうだい、悠真。うちの料理は口に合ったかな?」
「はい。とてもおいしかったです。香辛料の使い方が面白いですね」
「ははは、そう言ってもらえると嬉しいね。前に来てくれたときも、香菱と料理の話をしていたそうだね」
「はい。食材や調理の工夫を聞けて、勉強になりました」
「そうかい。あの子は料理の話になると熱が入るからね。気になることがあれば、また聞いてやってくれ」
卯師匠は、厨房で忙しく動く香菱に目を向けた。以前話したときと同じように、料理に夢中な娘を温かく見守っている。
「でも、料理が好きなのはいいことだと思います。好きだからこそ、いろいろ工夫できるんでしょうし」
「そうだな。好きなことを続けるのは大切だ。だが、続けるためには、周りのことも見ておかないとな」
「なるほど……」
その言葉は、思ったよりも心に残った。
自分のやりたいことに夢中になるのは悪いことではない。けれど、それを続けていくためには、周囲の状況や自分にできる範囲も考えなければならない。
商売でも同じだ。
商品を売りたいからといって、相手の都合を考えずに話を続けたり、無理な約束をしたりするのはよくない。
煙緋さんから聞いた話ともつながっている。
俺は、仕事のことを考えながらも、目の前の料理をもうひと口味わった。
「今日は、いろいろ参考になりました」
「それならよかった。うちはいつでも歓迎するから、また食べに来てくれ」
「はい。また来ます」
卯師匠は満足そうに頷き、厨房へ戻っていった。
食事も終盤に差しかかったころ、香菱が空いた皿を下げに来た。
「どうだった? 気に入ってもらえた?」
「うん。どれもおいしかったよ。ごちそうさま」
「よかった! また食べに来てね!」
「もちろん。また来るよ」
そう答えたあと、ふと、今日の目的を思い出した。
今後、璃月で販売を始めるなら、知り合いに予定を伝えておくのも悪くない。
ただし、今は食事の時間だ。ここで長々と商売の話をするつもりはない。
「そういえば、もし今後、璃月で商品を売ることになったら、また相談するかもしれない」
「うん、もちろん! 何かあったら声をかけてね!」
香菱は明るく答えた。
「ただ、今はまだ場所も決めていないから、実際に始めるのはもう少し先になりそうだけど」
「そっか。じゃあ、決まったら教えてね! どんなものを持ってくるのか、ちょっと気になるな」
「そのときは、またよろしく」
「うん!」
香菱は嬉しそうに手を振って、別の仕事へ戻っていった。
店を出る前に、俺は卯師匠にも改めて礼を言った。
「ごちそうさまでした。おいしかったです」
「また来てくれよ。次も満足してもらえるように腕を振るうからな」
「楽しみにしています」
万民堂を後にすると、腹も心も満たされていた。
煙緋さんから商売の基本を教わり、香菱や卯師匠とも話ができた。
今日は、ただ情報を集めるだけの日ではなかった。
知らないことを教えてもらい、料理を楽しみ、知り合いとの会話から新しい考えも得られた。
こういう一日を過ごせるのが、テイワットへ来る楽しみなのだと思う。
◇
その後、俺は港の周辺を少し歩いてから、帰ることにした。
まだ見て回りたい場所はあるけれど、明日は日本で仕事がある。休日だからといって、時間を気にせず過ごせるわけではない。
それでも、今日のうちに確認したかったことは、ひと通り整理できた。
自宅へ戻ると、俺はパソコンの前に座り、メモ帳を机に置いた。
煙緋さんに教えてもらったことを、忘れないうちに書き直しておく。
まずは、販売する場所を決めること。
候補が見つかったら、その場所で露店を出せるのか、許可が必要なのかを確認する。
次に、商品についての説明を整理する。何を売っているのか、どんな特徴があるのか。分かっていることを正確に伝えられるようにしておく。
価格は分かりやすく表示し、売れた数や在庫、受け取った代金も記録する。
取引相手と約束をするときは、数量や価格、受け渡しの時期、支払いの条件を曖昧にしない。
そして、無理をしないこと。
売れそうだからといって大量に仕入れたり、自分で対応できない約束をしたりしない。最初は少量から始め、様子を見ながら考えていく。
「うん。こんなところかな」
俺はメモ帳を読み返した。
今すぐ全部を完璧にする必要はない。実際に販売する場所を決めたら、そこに合わせて確認すればいいこともある。
今の段階では、何を調べるべきなのか分かっただけでも十分な成果だ。
俺はメモ帳を閉じ、椅子の背もたれに身体を預けた。
煙緋さんから商売を始める前に確認すべきことを教わり、万民堂では香菱や卯師匠と食事を楽しめた。今日の目的はひと通り果たせたし、思いがけず知り合いとの交流も深まった。
もちろん、実際に璃月で販売を始めれば、予想していなかった問題が出てくるかもしれない。モンドと同じようにいくとは限らないし、商品を選ぶ人の好みだって違うだろう。
分からないことがあれば調べ、必要なら詳しい人に相談する。できる範囲で試しながら経験を積んでいけばいい。最初からすべてを知っている必要はないのだから。
「次は、販売する場所を考えないとな」
次に璃月を訪れたときは、街の様子を見ながら販売できそうな場所を探してみよう。商人や職人の話を聞けば、どんな商品が売られ、何が求められているのかも少しずつ分かるはずだ。
もちろん、観光や食事も忘れない。せっかく自由に行き来できるようになったのだから、商売だけで週末を終わらせるのはもったいない。街を歩き、料理を食べ、知り合いと話す時間も大切にしたい。
俺はパソコンの画面を見つめた。
明日は仕事だ。今日はこれ以上無理をせず、早めに休もう。
「……次の休日も楽しみだな」
そう呟いて、俺は椅子から立ち上がった。
璃月での商売は、まだ準備段階。焦らず、少しずつ始めていこう。