原神の世界に通えるようになったので、モンドを拠点に異世界生活を楽しみます 作:ところてんの
日曜日の朝。
俺は目覚まし時計が鳴る前に目を覚ました。
昨日の璃月港での観光を思い返しながら、今日は商売の準備を進めようと決める。
煙緋から教わった注意点を踏まえ、まずは商人や店主に話を聞き、璃月でどんな商品が求められているのかを確かめたい。そのうえで、販売できる場所が見つかれば、持ってきた商品を少量だけ売ってみるつもりだ。
最初から大きな利益を狙う必要はない。経験を積みながら、少しずつ覚えていけばいい。
◇
朝食を済ませた俺は、鞄の中身を確認した。
財布、スマートフォン、筆記用具。それから、販売を試すための商品をいくつか。
今回は、個包装の飴とグミを中心に、小さなノート、鉛筆、消しゴム、鉛筆削りなどの文房具も持っていくことにした。
どれも日本では珍しいものではない。
けれど、場所が変われば、商品の見え方も変わる。
飴なら、持ち運びやすく、少しずつ食べられる。グミは独特の弾力や味を楽しめる。
小さなノートは、仕事や買い物の記録に使える。鉛筆は、消しゴムと組み合わせれば書き間違いを直せる。
ただし、便利だと思うかどうかは、実際に使う人によって違うはずだ。
「説明できるようにはしておかないとな」
俺は商品の数を確かめ、鞄を閉じた。
売ることばかり考えて、使い道をうまく説明できないのでは意味がない。
商品を手に取った人が何を知りたいのか。それに答えられるようにしておきたい。
準備が整うと、俺は自宅のパソコンの前に立った。
システムを操作し、璃月港の解放済みワープポイントを選択する。
視界が切り替わった。
次の瞬間、潮風が頬を撫でる。
港では、すでに多くの人々が動き始めていた。
船から荷物を下ろす者。商品を運ぶ者。店先の準備をする者。
朝の璃月港には、昨日と同じ活気があった。
「よし。今日もよろしくお願いします」
俺は小さく呟き、街の通りへと歩き出した。
◇
最初に向かったのは、昨日も通りかかった商人たちの集まる一角だった。
露店や小さな店が並び、食料品や生活雑貨、装飾品など、さまざまな商品が売られている。
歩いているだけでも、商品の種類や値段の違いが目に入る。
同じような用途の品でも、素材や仕上げによって価格が変わるらしい。
俺は店先の商品を眺めながら、話を聞けそうな相手を探した。
やがて、日用品や雑貨を扱う商人の店に目が留まった。
店先には小さな道具や布製品が並べられている。どれも派手さはないが、日々の生活で使いそうなものばかりだった。
「すみません。少しお話を伺ってもいいですか?」
商品を整理していた商人が顔を上げた。
「客かい?」
「いえ、今日は買い物というより、少し教えていただきたいことがありまして」
「教えてほしいこと?」
商人は不思議そうに眉を上げた。
俺は、璃月港で小規模な販売を始めようと考えていることを簡単に説明した。
故郷から持ってきた菓子や日用品を少しずつ売り、現地の人たちの反応を確かめたい。
そのために、璃月ではどのような商品が売れやすいのか、商人の立場から話を聞いてみたいのだ。
「なるほど。商売を始める前に、様子を知りたいというわけか」
「はい。まだ分からないことばかりなので」
「それなら、まずは相手が何を必要としているかを見ることだな」
商人は、店先の商品を一つ手に取った。
「この品は、見た目がよいから売れるわけじゃない。使い道が分かりやすく、値段も手頃だから買う者がいる。反対に、どれほど珍しい品でも、使い道が分からなければ手を出しにくい」
「確かに……」
「それに、買う者によって求めるものも違う。旅人なら持ち運びやすさを気にするだろうし、家で使う者なら丈夫さや使い勝手を気にする。商売をするなら、その違いを考えなければならない」
俺は頷きながら、話を聞いた。
日本で買い物をするときにも、似たようなことはある。
安さを重視する人もいれば、品質を重視する人もいる。便利さを求める人もいれば、長く使えることを大切にする人もいる。
ただ、璃月で商売をするなら、こちらの生活習慣や価値観も知らなければならない。
「商品の値段は、どうやって決めればいいんでしょうか?」
「仕入れにかかった費用だけで決めるのは難しいな。運ぶ手間もあるし、売れ残ることもある。それに、客が納得できる値段でなければ買ってもらえない」
「なるほど……」
「だからといって、最初から安くすればいいというものでもない。安すぎれば、かえって品質を疑われることもある。商品の特徴を説明して、その値段に納得してもらえるかどうかだ」
俺は手元のメモに要点を書き留めた。
仕入れ値だけでは決められない。
売れ残る可能性も考える。
そして、値段の理由を説明できるようにしておく。
頭では理解していたつもりでも、現地で商売をしている人の口から聞くと、実感が違った。
「ありがとうございます。すごく参考になります」
「なに、商売をするなら誰でも考えることだ。実際にやってみれば、もっと分かるさ」
商人は気さくに笑った。
俺は礼を言い、鞄の中から個包装の飴を一つ取り出した。
「よかったら、これをどうぞ。話を聞かせていただいたお礼です」
「これは?」
「故郷のお菓子です。小さいものですけど」
飴を差し出すと、商人は少し意外そうな顔をした。
「わざわざ、そんなものまで用意していたのか?」
「いえ、ほんの気持ちです。お店の商品を買ったわけでもないのに、いろいろ教えていただいたので」
「そうか。それなら、ありがたくいただこう」
商人は飴を受け取った。
包装を手に取り、表裏を確かめる。
「ずいぶん小さく包んであるな」
「一つずつ包んであるので、持ち歩きやすいんです。食べるときも、必要な分だけ開ければいいですし」
「なるほど。まとめて入っているわけではないのか」
「はい。ほかにも、甘いお菓子をいくつか持ってきています。こういうものが璃月の人たちにも受け入れられるか、少しずつ試してみようと思っているんです」
売り込みというほどの話ではない。
ただ、何を持ってきたのかを知ってもらうために、軽く紹介しただけだ。
商人は飴を眺めたあと、俺の顔を見た。
「珍しい品を扱うなら、説明が大切になるだろうな。どう食べるのか、どれくらい持つのか。そうしたことを聞かれるはずだ」
「確かに。気をつけます」
「それと、最初から大量に売ろうとしないことだ。売れ行きを見て、必要なら数を増やせばいい」
「はい。まずは少量から始めるつもりです」
「なら、焦らずにやるといい」
俺は改めて礼を言った。
商人との話は、思っていた以上に参考になった。
それだけではない。飴を渡したことで、自然に自分の持ってきた商品についても話すことができた。
もちろん、飴を一つ渡したからといって、今後の商品が売れる保証はない。
それでも、こうして会話のきっかけが生まれるのは悪くないと思った。
◇
商人の店を離れた俺は、少し通りを歩いた。
さっそく得られた情報を整理したい気持ちもあったが、まだ話を聞きたい相手がいる。
今度は、日用品を扱う店を訪ねることにした。
店先には、生活に使うさまざまな道具が並んでいる。
布や小さな袋、掃除に使う道具、身の回りの品など、どれも派手さはないが、暮らしに欠かせないものばかりだ。
店主は、商品を並べ直しているところだった。
「すみません。少しお話を伺ってもいいですか?」
「はい、何でしょう?」
店主は手を止め、俺を見た。
俺は先ほどと同じように、故郷の商品を少量販売してみたいこと、そのために日用品の需要について知りたいことを説明した。
「日用品ですか。そうですね……」
店主は少し考えてから答えた。
「毎日使うものは、派手さよりも使いやすさを重視する方が多いですね。もちろん、見た目を気にする方もいますけれど、結局は使い続けられるかどうかです」
「使い続けられるかどうか、ですか」
「ええ。買ったときは便利そうに見えても、使い方が分からなかったり、手入れが難しかったりすると、次は買ってもらえませんから」
俺は頷いた。
便利な商品でも、使い方が伝わらなければ意味がない。
日本の商品を持ち込む場合、現地の人が見慣れていないものもあるだろう。そうした品ほど、説明が重要になる。
「例えば、こういうものは、どんな点を説明するといいんでしょうか?」
俺は鞄から、小さなノートを一冊取り出した。
手のひらに近いサイズで、持ち運びやすいものだ。
「これは、故郷で使っている小さなノートです。文字を書いたり、忘れたくないことを記録したりするためのものですね」
店主はノートを受け取り、表紙を眺めた。
「ずいぶん小さいですね。持ち歩くためのものですか?」
「そうです。大きな書物ほど場所を取らないので、買い物の予定や仕事の覚え書きなんかを書いておくのに便利なんです」
「なるほど。確かに、これなら鞄に入れても邪魔になりにくそうですね」
店主はノートを開き、紙の様子を確かめた。
続いて、俺は鉛筆を取り出す。
「こちらは鉛筆です。先端を紙に当てて文字を書きます。間違えたときは、消しゴムで消せるんですよ」
消しゴムも販売する商品の一つだ。俺は値札を見える位置に置き、鉛筆と一緒に使えることが伝わるようにした。
「消せるんですか?」
「はい。もちろん、強く書きすぎると跡が残ることもありますけど、書き直しができるのは便利だと思います」
俺は持参した紙に、短く文字を書いてみせた。
それから消しゴムで軽くこする。
文字が消えていくのを見て、店主は感心したように声を上げた。
「これは面白いですね。書き間違えたときに、最初から書き直さなくていいのは便利そうです」
「ですよね。記録を取ることが多い人なら、使い道があると思います」
「店の仕入れや、売上の記録にも使えるかもしれませんね」
「そう思います。もちろん、今使っている道具のほうが合っているなら、無理に変える必要はないですけど」
俺はそう付け加えた。
便利だからといって、すべての人が必要とするわけではない。
今の暮らしに満足している人もいるだろうし、使い慣れた道具を好む人もいるはずだ。
相手の話を聞かずに、こちらの都合で勧めるのは違う。
店主は鉛筆を返し、ノートを閉じた。
「使い道が分かれば、興味を持つ人はいると思います。ただ、実際に使ったことがない方には、最初は説明が必要でしょうね」
「やっぱりそうですよね」
「それに、小さな道具は値段も大切です。便利でも、普段使っているものより高ければ、買うのをためらう方もいるでしょう」
「参考になります。ありがとうございます」
俺はノートと鉛筆を鞄にしまった。
そして、商人に渡したのと同じように、個包装の飴を一つ取り出した。
「今日は、いろいろ教えていただいてありがとうございました。これ、よかったらどうぞ」
「えっ、いいんですか?」
「はい。故郷のお菓子です。ほんの気持ちですけど」
店主は飴を受け取り、包装を見つめた。
「ありがとうございます。かわいらしい包みですね」
「一つずつ包んであるので、持ち運びやすいんです。甘いものが好きな方なら、気軽に食べられると思います」
「そうなんですね。あとでいただいてみます」
「ぜひ」
店主は嬉しそうに微笑んだ。
俺は礼を言い、店を後にした。
これで、商人と日用品の店主から話を聞くことができた。
どちらも、商品を売るうえで大切なことを教えてくれた。
珍しさだけでは売れない。
使い道を分かりやすく説明する。
値段に納得してもらえるようにする。
そして、買う側が本当に必要としているかを考える。
「うん。勉強になったな」
俺は手元のメモを見返した。
せっかく教えてもらったのだから、忘れないうちに整理しておこう。
そう思いながら、次の目的地へと歩き出した。
◇
商人や店主から話を聞いたあと、俺は商品の販売場所について確認することにした。
人通りの多い場所に勝手に商品を並べるわけにはいかない。
昨日、煙緋から教えてもらったことを思い出す。
場所によっては販売に関する規則がある。通行の邪魔になるような場所も避けなければならない。
売る側の都合だけで動くのではなく、そこで暮らす人たちの迷惑にならないことが大切だ。
俺は周辺の案内を確認し、販売について相談できそうな管理担当者を訪ねた。
自分が持ってきた商品は、飴やグミ、小さなノート、鉛筆、消しゴム、鉛筆削りなど。大きな荷物を広げるつもりはなく、短い時間だけ少量を販売したい。
そう説明すると、担当者は場所や時間帯について確認したうえで、指定された区画なら販売できると案内してくれた。
もちろん、通路を塞がないこと、値段を明確に表示すること、周囲の迷惑にならないようにすることなど、いくつかの条件はあった。
「分かりました。条件を守って販売します」
俺は説明を聞き、必要な手続きを済ませた。
これで、ようやく販売を試せる。
モンドで経験したことはあるが、璃月では初めてだ。
同じ商品でも、土地が変われば反応も変わるかもしれない。
少し緊張しながらも、俺は指定された場所へ向かった。
◇
販売場所は、通行の邪魔にならない一角だった。
俺は小さな台を借り、持ってきた商品を並べていく。
飴とグミは、種類が分かるように分けて置く。
文房具は、ノート、鉛筆、消しゴム、鉛筆削りを並べ、手に取って見られるようにした。
それぞれに値段を表示する。
説明が必要な商品については、聞かれたときに答えられるよう、使い方や特徴を簡単に整理しておいた。
「こんな感じかな」
大きな店と比べれば、品数は少ない。
それでも、今の俺には十分だった。
大量に仕入れて売れ残るより、少量から始めて反応を確かめるほうがいい。
しばらくすると、通りかかった人が商品に目を留めた。
「これは何だ?」
最初に足を止めたのは、荷物を運んでいた男性だった。
「故郷から持ってきたお菓子です。こちらが飴で、こちらがグミですね」
「飴は分かるが、グミというのは?」
「少し弾力のあるお菓子です。噛んで食べるもので、味もいくつかあります」
男性はグミの袋を眺めた。
「弾力があるのか。飴とは違うんだな」
「はい。飴は口の中でゆっくり味わえますし、グミは噛んだときの食感も楽しめます」
「なるほどな……」
男性は少し考えたあと、飴をいくつか購入した。
俺は値段を確認し、代金を受け取って商品を渡した。
「ありがとうございます」
「こちらこそ。今度はグミも試してみるか」
男性はそう言いながら、商品を持って歩き出した。
初めての客だ。
俺は少し緊張していたことに気づき、肩の力を抜いた。
商品を見て、説明を聞いて、納得して買ってもらう。
当たり前のことだが、実際に売れると嬉しいものだ。
その後も、何人かが足を止めた。
飴の味について尋ねる人。グミの食感について興味を持つ人。ノートを手に取り、紙の厚さを確かめる人。
全員が購入するわけではなかった。
説明を聞いてから、そのまま立ち去る人もいる。
それでも、俺は無理に引き止めなかった。
興味を持ってくれただけでも、どこに関心があるのかを知る手がかりになる。
「この小さな帳面は、何に使うんだ?」
今度は、仕事帰りらしい男性がノートを手に取った。
「買い物の予定を書いたり、仕事の記録を取ったりするのに使えます。小さいので、持ち歩きやすいんです」
「仕事の記録か……。確かに、荷物の数を控えるのにはよさそうだな」
「そうですね。忘れたくないことを書いておけば、あとで確認できます」
男性はノートを開き、紙をめくった。
「これは何に使うんだ?」
男性は、俺がノートの横に置いた細長い道具を指差した。
「鉛筆です。これで紙に文字を書けるんですよ」
「筆とは違うのか?」
「はい。先を紙に当てて動かすと、こんなふうに文字が書けます」
俺はノートの端に短い文字を書いてみせた。
男性は、紙に残った文字と鉛筆を交互に見た。
「ほう……。筆を用意しなくても、そのまま書けるんだな」
「そうなんです。それに、こちらの消しゴムを使えば、書いた文字を消すこともできます」
俺は販売用の消しゴムを手に取り、今書いた文字の一部を消してみせた。
「おおっ、文字が消えた!」
男性は目を丸くし、紙を覗き込んだ。
「これは面白い道具だな。書き直すときにも便利そうだ」
「はい。何度も書き直せるのが利点ですね」
男性は鉛筆と消しゴムをしばらく眺めていたが、少し考えたあと、今回は購入を見送った。
「今使っている帳面もあるからな。必要になったら、また見せてもらおう」
「もちろんです。ありがとうございます」
俺は笑顔で答えた。
売れなかったからといって、悪い結果とは限らない。
どんな使い方を考えたのか。どこに興味を持ったのか。なぜ購入しなかったのか。
それを知ることができれば、次に商品を紹介するときの参考になる。
ノートを戻しながら、俺はそんなことを考えた。
◇
昼が近づくと、人通りが少しずつ変わってきた。
食事に向かう人や、仕事の途中で買い物をする人が増えている。
俺のところにも、ときどき客が立ち寄った。
飴を買う人もいれば、グミを選ぶ人もいる。
中には、両方を少しずつ買っていく人もいた。
「甘いものが好きな人は、やっぱりいるんだな」
俺は、売れた数をメモに記録した。
ただし、まだ判断するには早い。
今日の客が、たまたま甘いものを好む人に偏っている可能性もある。
別の日なら、違う反応になるかもしれない。
だからこそ、焦らずに様子を見る必要がある。
そのとき、商品を並べた台の前で足を止める女性がいた。
飴とグミを見比べ、興味深そうに袋を眺めている。
「いらっしゃいませ。故郷のお菓子を少し販売しています」
「故郷のお菓子?」
「はい。こちらが飴で、こちらがグミです。グミは少し弾力があって、噛んで食べるお菓子ですね」
女性はグミを見つめた。
「噛んで食べるのね。面白そう」
「味もいくつかあります。初めてなら、少量から試してみるのもいいと思います」
俺が説明すると、女性は飴とグミをそれぞれ手に取った。
しばらく考えたあと、両方を購入してくれた。
「ありがとうございます」
「こちらこそ。気に入ったら、また買いに来るわね」
「お待ちしています」
女性が去っていくのを見送りながら、俺は売上を記録した。
こうして一人ずつ客が増えていけば、少しずつ商売の形になっていくのだろう。
ただし、売上ばかりを気にしていても仕方がない。
今は、どんな商品に興味を持ってもらえるのかを知る段階だ。
俺は商品を整え直し、次の客を待った。
◇
昼を少し過ぎた頃、露店へ向かって歩いてくる見覚えのある女性がいた。
特徴的な帽子と、落ち着いた色合いの衣装。
煙緋だった。
「あっ、やっぱり悠真さんだ!」
声をかけられ、俺は顔を上げた。
「えっ、煙緋さん? どうしたんですか?」
「珍しいお菓子を売っているって聞いたの。もしかしたら悠真さんかな、と思って来てみたのよ」
煙緋は、台の上に並べられた飴とグミを見た。
「一つずつ包まれた飴と、噛んで食べる変わったお菓子があるって聞いたの。前にもらった飴と似ていたから、ひょっとしてと思ってね」
「なるほど。それで来てくれたんですね」
「うん。前にもらった飴、おいしかったわよ。グミのほうも、どんなお菓子なのか気になっていたの」
煙緋は、台の上の商品を改めて眺めた。
「それに、悠真さんが璃月で商売を始めるつもりだって話していたでしょう? だから、もしかしたらと思ったの」
「覚えていてくれたんですね」
「もちろん! 珍しいお菓子をもらったんだもの。すごくおいしかったわ」
煙緋は楽しそうに笑った。
「今日はちゃんと買いに来たの。飴とグミ、両方もらえる?」
「もちろんです。ありがとうございます」
煙緋は飴とグミをそれぞれ手に取った。
「じゃあ、これとこれをお願い!」
「ありがとうございます。飴はこちらで、グミはこちらですね」
「うん。両方お願い」
俺は商品と値段を確認し、代金を受け取った。
煙緋は購入したお菓子を手にすると、満足そうに頷いた。
「これで、あとでゆっくり楽しめるわね」
「仕事の合間に食べるんですか?」
「そうなの。依頼の書類を確認していると、甘いものが欲しくなるときがあるのよ」
「なるほど。そういうときには、個包装の飴が便利そうですね」
「そうそう。必要な分だけ取り出せるのは助かるわね」
煙緋は、もう一度商品を眺めた。
その視線が、飴とグミの隣に並んだ小さなノートへ移る。
「あれ? そっちに並んでいるのは何?」
俺はノートを手に取った。
「ああ、こちらは小さなノートです。文字を書いたり、仕事の記録を取ったりするためのものですね」
「ノート? へえ、ずいぶん小さいのね」
「持ち運びやすいように、小さめのものを持ってきたんです。買い物の予定や、忘れたくないことを書いておくのにも使えますよ」
煙緋はノートを受け取った。
表紙を眺め、開いて中の紙を確かめる。
「へえ、これなら鞄に入れておいても邪魔にならなそうね」
「そうですね。大きな書物を持ち歩くほどではないけれど、ちょっとした記録を残しておきたいときに便利です」
「例えば、依頼人と話した内容を書き留めておくのにも使えそうね」
「はい。そういう使い方もできます」
煙緋の目が、少しずつ真剣になっていった。
法律の専門家である彼女は、日頃から依頼人の相談を聞いたり、契約や取引について確認したりする機会が多い。
その内容を整理しておくことも、仕事の一部なのだろう。
「なるほどね。ちょっとした確認事項を書き留めておくのに便利そう!」
「それから、こちらが鉛筆です」
俺は鉛筆を手に取った。
「鉛筆? それは何に使う道具なの?」
煙緋は、見慣れない細長い道具を不思議そうに見つめた。
「これで紙に文字を書けるんです。ちょっと実演しますね」
俺はノートを開き、鉛筆で短い文字を書いてみせた。
「へえ、筆を使わなくても書けるのね……!」
煙緋は身を乗り出し、紙に残った文字を確かめた。
「それだけじゃありません。こちらの消しゴムを使えば、書いた文字を消すこともできます。これも売り物ですよ」
俺は販売用の消しゴムを手に取り、今書いた文字の一部を消してみせた。
「えっ、文字が消えた!?」
煙緋は目を丸くした。書いた文字が消えるところを、まじまじと見つめている。
「すごいじゃない!」
「えっ、そこまでですか?」
「だって、書き間違えたところを消して、その場ですぐ書き直せるんでしょう? 依頼の記録を整理するときにも役立ちそうよ!」
「そうですね。もちろん、強く書いた場合は跡が残ることもありますけど」
「それでも便利よ!」
煙緋はノートと鉛筆を見比べた。
先ほどまでの、お菓子を買いに来たときの表情とは明らかに違う。
興味を持ったものを前にして、次々と使い道を考えているようだった。
「それで、こっちは何?」
煙緋が指差したのは、鉛筆削りだった。
「ああ、これは鉛筆削りです。鉛筆の先が丸くなったときに、削って尖らせるための道具ですね」
「鉛筆を削る道具まであるのね?」
「はい。こうやって鉛筆を差し込んで、回すと先が削れます」
俺は使い方を説明した。
煙緋は鉛筆削りを手に取り、細かい部分まで観察した。
「なるほど……。これなら、鉛筆を何度も使えるのね」
「そうです。先が丸くなったら削ればいいので」
「ノートに鉛筆、それに消しゴムと鉛筆削り……」
煙緋は、四つの商品を交互に見つめた。
そして、顔を上げた。
「ねえ、悠真さん! これ、全部買いたいんだけど!」
「えっ?」
あまりにも勢いのある言葉に、俺は思わず聞き返した。
「全部って、ノートと鉛筆、消しゴムに鉛筆削りですか?」
「そうよ! だって、すごく便利じゃない!」
煙緋はノートを手にしたまま、熱心に説明を始めた。
「依頼人の話を聞きながら、大事なことをすぐ書き留められるでしょう? あとで内容を整理するのにも使えるし、確認事項をまとめておくのにもよさそう!」
「た、確かに……」
「それに鉛筆なら、書き間違えても消せるのよね。何度も最初から書き直さなくていいし、鉛筆削りがあれば先が丸くなってもまた使えるんでしょう?」
「はい。そういう道具です」
「これ、便利すぎない?」
煙緋の表情は真剣だった。
冗談で言っているわけではないらしい。
俺は少し驚きながらも、説明した商品にこれほど興味を持ってもらえたことが嬉しかった。
お菓子だけでなく、文房具にも需要があるかもしれない。
しかも、煙緋のように記録を取る機会が多い人なら、具体的な使い道もすぐに思いつくのだろう。
「こういう道具は、仕事で使う方には便利かもしれませんね」
「ええ、少なくとも私は欲しい!」
煙緋は力強く頷いた。
そして、ノートと鉛筆削りを持ったまま、ふと動きを止めた。
「……あれ?」
「どうしました?」
煙緋は自分の財布を確認した。
それから、手元にある飴とグミを見た。
さらに、ノートと鉛筆、消しゴム、鉛筆削りへ視線を移す。
しばらく沈黙が続いた。
「……悠真さん」
「はい?」
「ねえ、これっていくらなの?」
俺はそれぞれの値段を伝えた。
煙緋は真剣な顔で計算を始めた。
そして、数秒後。
「あっ……!」
表情が固まった。
「……お金が足りないわ」
「えっ?」
「飴とグミを買ったら、ノートや鉛筆を買うお金が足りなくなっちゃった……!」
煙緋は、心底残念そうにノートを見つめた。
先にお菓子を買ったのは自分だ。
飴とグミを買うつもりで来たのだから、そこまでは予定どおりだった。
しかし、文房具の説明を聞いているうちに、予想以上に欲しくなってしまったのである。
「ううん……どれも欲しいのに!」
煙緋は悩ましげに唸った。
俺は、思わず苦笑した。
「そんなに気に入ってもらえるとは思いませんでした」
「だって、本当に便利そうなんだもの! 特にノートと鉛筆は、仕事で使う場面がすぐ思い浮かぶのよ……」
煙緋はノートをそっと閉じた。
名残惜しそうに表紙を撫でてから、俺へ差し出す。
「……今回は飴とグミだけにしておくわね」
「分かりました」
「でもね!」
煙緋は、すぐに顔を上げた。
「次に来たときも、これを持ってきてくれるかしら?」
「ノートと鉛筆、消しゴム、それから鉛筆削りですね?」
「そう! できれば、今日見せてもらったものと同じものがいいわ」
「分かりました。次に来るときも用意しておきますね」
俺が答えると、煙緋はぱっと笑顔になった。
「本当? 助かるわ、ありがとう!」
「いえいえ。気に入ってもらえてよかったです」
「次はちゃんと、ノートや鉛筆を買う分のお金も残しておくわ。……飴とグミも、また欲しくなっちゃうかもしれないけど」
「それなら、最初にその分のお金を取っておくといいかもしれませんね」
「それがいいわね! 先に分けておけば、あとで困らずに済むもの」
煙緋は納得したように頷いた。
それから、購入した飴とグミを大切そうにしまった。
「今日はいい買い物ができたわ。ノートや鉛筆を買うのも、次に来たときの楽しみね!」
「ありがとうございます。またお待ちしています」
「それじゃあ、またね、悠真さん!」
煙緋は笑顔で手を振り、通りの向こうへ歩いていった。
その後ろ姿を見送りながら、俺は小さく笑った。
「……まさか、あそこまで気に入ってもらえるとは」
最初は飴とグミを買いに来ただけだった。
それが、文房具の説明を聞くうちに、そちらまで欲しくなってしまったらしい。
しかも、次に来たときの購入を約束してくれた。
俺は、煙緋が戻したノートと鉛筆を並べ直した。
「文房具も、もう少し持ってきたほうがいいのかな」
ただし、煙緋が欲しがったからといって、いきなり大量に仕入れるつもりはない。
まずは次回、約束した分を用意する。
そのうえで、ほかの人がどの程度興味を持つのかも確かめたい。
今日の出来事は、仕入れを考えるうえで大きな参考になった。
◇
煙緋が去ったあとも、俺は販売を続けた。
飴とグミは、少しずつ売れていった。
一方、文房具は興味を持って手に取る人こそいたものの、購入する人は多くなかった。
もちろん、それだけで需要がないと判断するつもりはない。
説明を聞いて初めて使い道を理解した人もいたし、今使っている道具で十分だという人もいた。
ノートや鉛筆の便利さが伝わるまでには、もう少し時間が必要なのかもしれない。
俺は客の反応を記録しながら、商品の並べ方も少し変えてみた。
ノートと鉛筆を近くに置き、セットで使えることが分かるようにする。
消しゴムと鉛筆削りも隣に並べ、鉛筆と組み合わせて使う道具だと説明する。
すると、先ほどよりも商品を手に取る人が増えた。
「なるほど……。こうやって並べたほうが、使い道が伝わりやすいんだな」
俺は小さく頷いた。
商品の魅力は、品物そのものだけで決まるわけではない。
どう見せるか。どう説明するか。
それによって、受け取られ方も変わる。
もちろん、見せ方を工夫したからといって、必ず売れるわけではない。
それでも、試してみる価値はある。
そうしているうちに、日が傾き始めた。
俺は売れた商品の数を確認し、残っている商品を丁寧に片づけた。
大きな売上があったわけではない。
それでも、飴とグミが売れ、文房具にも具体的な反応があった。
そして、煙緋が次回の購入を約束してくれた。
初めての璃月での販売としては、十分な成果だと思えた。
◇
片づけを終えた俺は、少し離れた場所で休憩することにした。
人通りを眺めながら、今日の出来事を振り返る。
商人からは、値段の決め方や客の需要について教えてもらった。
日用品の店主からは、使い道を分かりやすく説明することの大切さを学んだ。
そして、実際に販売してみると、飴やグミには興味を持つ人がいた一方で、文房具は説明次第で反応が変わることも分かった。
煙緋のように、具体的な使い道を思い浮かべて強く欲しがる人もいる。
まだ始めたばかりだから、判断できないことは多い。
それでも、少しずつ分かることが増えていくのは楽しかった。
「……商売って、思っていた以上に面白いな」
俺は、手元のメモを開いた。
今日の売上。客から聞いた感想。商品に興味を持った人の反応。
それらを整理しておけば、次に仕入れる商品を考えるときにも役立つだろう。
特に、煙緋が欲しがった文房具は、次回に向けて忘れずに用意しておきたい。
「ミニノート、鉛筆、消しゴム、鉛筆削り……っと」
俺はメモに書き加えた。
さらに、飴とグミについても、残りの数を確認しておく。
次回の仕入れでは、売れた分を補充するだけでなく、文房具をどの程度持っていくかも考える必要がある。
ただし、売れたからといって、同じ商品を大量に仕入れるのは避けたい。
売れ行きは、曜日や場所、客層によって変わる可能性がある。
何度か試しながら、少しずつ調整していけばいい。
「よし。今日はこれで十分かな」
俺はメモを閉じた。
商売を始めたばかりの頃は、売上ばかりを気にしてしまいそうだった。
けれど、今日一日を振り返ると、得られたものはお金だけではない。
商人との会話。店主から聞いた話。商品の使い道を説明する経験。そして、煙緋との思いがけない再会。
どれも、次につながるものだった。
◇
夕方。
俺は璃月港の景色を眺めながら、ゆっくりと歩いていた。
港では、今日も多くの人々が働いている。
船が行き交い、商人たちが商品を運び、店先では片づけをする人たちの姿が見える。
この街では、今日もそれぞれの暮らしが続いている。
商人が商品を売り、客が必要なものを選び、仕事に励む人たちがいる。
その中で自分の商品を手に取ってもらうのは簡単ではない。けれど、相手の反応を見ながら工夫していくところに面白さがある。
「次は、何を持ってこようかな」
俺は、今日のメモを思い返した。
飴とグミは、少しずつ売れている。
ノートや鉛筆、消しゴムは、説明を工夫すれば興味を持つ人が増えるかもしれない。
それから、煙緋との約束もある。
「文房具は、忘れずに用意しないとな」
次に璃月へ来るときには、ミニノートと鉛筆、消しゴム、鉛筆削りを持ってこよう。
煙緋は、きっと喜んでくれるはずだ。
そう考えると、次の週末が少し楽しみになった。
もちろん、毎回商売ばかりをするつもりはない。
璃月には、まだ見ていない場所もある。食べてみたい料理もあるし、昨日出会った鍾離とも、また話す機会があるかもしれない。
商売を続けながら、観光も楽しむ。
それが、俺の望んでいる異世界生活だった。
「さて、そろそろ帰るか」
俺は帰り支度を整えた。
今日一日で、何もかもが分かったわけではない。
けれど、昨日まで知らなかったことを、いくつも知ることができた。
それだけでも、今日ここへ来た意味はあったと思う。
俺は璃月港をもう一度振り返った。
夕暮れの光が建物を照らし、港には人々の声が響いている。
次に来るときには、今日とは違う発見があるかもしれない。
そして、煙緋が文房具を買いに来るのも楽しみだった。
「……次は、ちゃんとお金を残しておいてもらわないとな」
俺は、思わず笑った。
もちろん、口には出さない。
次に会ったとき、煙緋がまた飴やグミに目を奪われる可能性もある。
そのときは、今日のことを思い出して、少しだけ助言してみよう。
そんなことを考えながら、俺はシステムを操作した。
行き先は、日本の自宅。
視界が切り替わり、見慣れた部屋へと戻る。
鞄を置き、今日の記録を改めて確認した。
売れた商品。残った商品。聞いた話。次回に向けた準備。
書き漏らしがないことを確認すると、俺は満足げに頷いた。
「よし。これなら次も動きやすいな」
璃月での商売は、まだ始まったばかりだ。
それでも、少しずつ経験を積み、現地の人たちと関わりながら、自分なりのやり方を見つけていく。
焦る必要はない。
次の週末も、きっと楽しい一日になるはずだ。
俺はメモを机の上に置き、ゆっくりと椅子から立ち上がった。