原神の世界に通えるようになったので、モンドを拠点に異世界生活を楽しみます 作:ところてんの
※ナタ編までは、各国での人脈作りを兼ねた観光や商売、キャラクターとの交流を中心に物語が進みます。
悠真は冒険者として戦うのではなく、各国の文化や暮らしに触れながら、現地の人々とのつながりを少しずつ広げていくことを目的としています。
そのため、似たような展開が続く場合があります。気になる方は、必要に応じて読み飛ばしてください。
引き続き、悠真の異世界生活を楽しんでいただければ幸いです。
土曜日の朝。
俺は目覚まし時計が鳴る前に目を覚ました。
今日は璃月港で露店を出す予定だ。前回の商売では飴やグミを買ってくれる客が多く、文房具にも興味を持ってもらえた。
今回は、ノートや鉛筆、鉛筆削り、消しゴムを見やすく並べてみよう。客の反応を確かめながら、少しずつ工夫していけばいい。
持っていく商品は、飴各種、グミ各種、鉛筆、鉛筆削り、ノート、消しゴム。仕入れに使えるお金には限りがあるため、売れ行きを見ながら少量ずつ続けるつもりだ。
商品の数を確認し、忘れ物がないことを確かめてから、俺はシステムを操作した。
目的地は璃月港。
解放済みのワープポイントを選択すると、見慣れた自室の景色が切り替わった。
◇
璃月港に到着すると、朝の空気とともに街の賑わいが感じられた。
港には荷物を運ぶ人々が行き交い、通りでは商人たちが店の準備を進めている。
「そっちの荷物は先に倉庫へ! こっちは荷札を確認してから運んでくれ!」
「分かった! でも、この箱はどこに置けばいいんだ?」
「そこの荷車の横だ! 間違えるなよ!」
少し離れた場所から、荷運びをする人たちの声が聞こえてきた。
朝から忙しそうだ。
俺はその様子を眺めながら、露店を出す場所へ向かった。
モンドにも商人や冒険者の往来はあるが、璃月港では港を中心に人や物が動いている。荷物の積み下ろしや商品の運搬など、商売を支える仕事が街のあちこちで行われていた。
通りを歩くだけでも、街全体がひとつの大きな商売の場になっているように感じられる。
「ここまで活気があると、見てるだけでも面白いな」
俺はそうつぶやきながら、露店を出す場所に到着した。
周囲の通行の邪魔にならないことを確認し、商品を並べ始める。
飴は種類ごとに分け、グミも袋が見やすいように配置する。
鉛筆、鉛筆削り、ノート、消しゴムは、まとめて見られるように並べた。
ノートは表紙が見えるように置き、鉛筆と鉛筆削りは隣に並べる。消しゴムもその近くに置けば、必要なものをまとめて選びやすいだろう。
「こんな感じかな」
少し離れて全体を確認する。
以前よりも、商品の種類が分かりやすくなった気がする。
あとは、実際に客がどう反応するかだ。
俺は露店の前に立ち、通りを行き交う人々に目を向けた。
準備はできた。
今日も、のんびりと商売を始めよう。
◇
最初に足を止めたのは、荷物を抱えた若い男性だった。
「おっ、これって前にも見たな」
男性は飴の並んだ場所を見ながら、懐かしそうに声を上げた。
「いらっしゃい。前にも来てくれたんですか?」
「ああ。こないだ飴を買ったんだ。こっちの袋に入ってるやつ、まだあるか?」
男性が指差した商品を確認し、俺はうなずいた。
「ありますよ。こちらですね」
「そう、それだ。仕事の合間に食べるのにちょうどよくてな」
男性は飴を手に取り、袋の中身を確かめた。
「甘いものがあると、疲れたときにちょっと気分が変わるんだよ」
「分かります。作業の合間に食べると、少し気分転換になりますよね」
「そうそう。ずっと荷物を運んでると、同じ景色ばかりで飽きてくるからな」
男性は笑いながら代金を支払った。
「また来るよ」
「ありがとうございます。またどうぞ」
男性は軽く手を振り、再び荷物を抱えて歩き出した。
俺はその背中を見送った。
以前買った商品を、もう一度買いに来てくれる。
これは、商売を続けていくうえで嬉しいことだった。
初めて見たから買う。珍しいから試してみる。そうしたきっかけも大切だが、気に入った商品を繰り返し買ってくれる人がいるというのは、また違った喜びがある。
自分の商品が、その人の生活の中に少しずつ馴染んでいく。
そう考えると、単に売上が増えたというだけではない嬉しさがあった。
「よし、今日もいいスタートだ」
俺は商品を並べ直し、次の客を待った。
少しすると、今度は子供を連れた女性が足を止めた。
「ねえ、お母さん。これ、なに?」
「飴じゃないかしら。こっちはグミって書いてあるわね」
女性は商品を眺め、子供の顔を見た。
「どっちがいい?」
「こっち!」
子供が指差したのは、グミだった。
「グミがいいの?」
「うん! 前に食べたの、おいしかった!」
女性は少し考えてから、俺に声をかけた。
「すみません。このグミをひとついただけますか?」
「はい。ありがとうございます」
俺が商品を渡すと、女性は代金を支払った。
「よかったわね。帰ったらお父さんにも見せようね」
「うん!」
子供はグミの袋を大事そうに抱え、母親と一緒に歩き出した。
その様子を見送って、俺は小さく笑った。
こういう光景は、モンドでも何度か見ている。
商品そのものが気に入って買ってくれる人もいれば、家族や友人のために選んでくれる人もいる。買い物をする理由は人それぞれだ。
それでも、自分が持ち込んだ商品が誰かの楽しみになっているのを見ると、やはり嬉しい。
「気に入ってくれるといいな」
俺はそうつぶやき、店先に並べた商品を確認した。
商売をしていると、売れた数や得られたモラに目が向きがちになる。
もちろん、それらも大切だ。
けれど、商品を買った人がどんな気持ちで持ち帰るのか。そこまで考えられるようになったのは、モンドで露店を続けてきたからかもしれない。
今日も、そんな経験をひとつずつ積み重ねていこう。
◇
午前中は、少しずつ客が増えていった。
飴やグミを買っていく人がいる一方で、文房具に興味を示す人もいた。
ある男性は、鉛筆を手に取ってじっくり眺めていた。
「これは筆記具か?」
「はい。文字を書くための鉛筆です」
「筆記具なら筆や墨もあるが、ずいぶん細いな」
男性は鉛筆を指先で回した。
俺は、相手が興味を持っているのを見て、使い方を説明する。
「これは先端を紙に当てて書くものです。使っているうちに先が丸くなったら、鉛筆削りで削ります」
「鉛筆削り?」
「これですね。鉛筆の先を削るための道具です」
俺は鉛筆削りを示した。
男性はそれを手に取り、しばらく眺めてからうなずいた。
「なるほど。筆とは使い勝手が違いそうだな」
「そうですね。細かい文字を書くときにも使えますよ」
「細かい文字か……」
男性は今度はノートを手に取った。
「この紙に書けばいいのか?」
「はい。ノートなので、何ページも続けて書けます」
「仕事の覚え書きにも使えそうだな」
「必要なことをまとめておくには便利だと思います」
男性はノートをめくり、鉛筆を持ち直した。
「ふむ。紙と筆を用意するのとは、また違った使い方ができそうだ」
「持ち運びもしやすいですよ」
男性は少し考えたあと、ノートと鉛筆、鉛筆削りを購入した。
「試しに使ってみるよ」
「ありがとうございます。気に入ってもらえたら嬉しいです」
男性は商品を受け取り、満足そうに立ち去った。
俺はその背中を見送りながら、商品の説明について考えた。
こちらにとっては見慣れた文房具でも、璃月の人にとっては使い方を知らないものかもしれない。
ただ並べておくだけでは、何に使うのか分からない人もいる。
だからといって、長々と説明すればいいわけでもない。
相手が興味を持ったところを見て、必要なことを簡潔に伝える。
それだけでも、商品を手に取ってもらいやすくなるのだろう。
「……説明の仕方も、少しずつ上手くなってきたかな」
独り言をこぼし、俺は苦笑した。
まだまだ試行錯誤の途中だ。
けれど、始めた頃と比べれば、商品の見せ方も客との話し方も変わってきた。
それは、自分でも実感できる成長だった。
やがて、今度は二人組の女性が露店の前に立ち止まった。
「ねえ、これ見て。飴の種類、いろいろあるわよ」
「本当ね。どれにしようかしら」
二人は並べられた飴を見比べていた。
「こっちはどんな味なの?」
ひとりが尋ねる。
「こちらは甘い味で、こっちは少し酸味があります。好みによりますけど、酸っぱいものが好きなら、こっちもおすすめですよ」
「へえ。じゃあ、私はこっちにしようかな」
「私は甘いほうにするわ」
二人はそれぞれ違う飴を選び、代金を支払った。
「ありがとう。次は別の味も試してみたいわね」
「また見に来てください」
二人は楽しそうに話しながら、通りの向こうへ歩いていった。
俺はその会話を聞いて、少し嬉しくなった。
ひとりで買いに来る客もいれば、誰かと一緒に商品を選ぶ客もいる。
何を買うか相談したり、相手が選んだものを見て自分も試してみたり。
露店の前で交わされる何気ない会話にも、商品を売るだけでは得られない面白さがあった。
◇
昼が近づくにつれて、通りの人通りも増えてきた。
荷物を運ぶ人たちの足音が響き、食事を求める人々が店先に集まる。少し離れたところからは、料理の注文を受ける声も聞こえてきた。
「おい、今日の昼はどうする?」
「いつもの店でいいだろ。あそこの饅頭、腹にたまるからな」
「また同じものかよ」
「文句があるなら、お前が店を決めろ!」
そんな会話が耳に入り、俺は思わず笑った。
どこの世界でも、昼食をどうするかで悩む人はいるらしい。
自分もそろそろ食事にしよう。
俺は商品が見える位置を整え、近くの店へ向かった。
店先には、湯気の立つ食べ物が並んでいた。
その中から、中華まんに似た食べ物をいくつか選ぶ。包みを受け取ると、俺は露店へ戻り、客の邪魔にならない場所で昼食を取ることにした。
「いただきます」
ひと口食べると、温かい生地と中の具材の味が口に広がった。
「うん、おいしい」
特別に豪華な食事というわけではない。
それでも、商売の合間に温かいものを食べられるのはありがたかった。
周囲では、同じように昼食を取る人たちの姿が見える。
「午後も荷運びか……。さすがに疲れてきたな」
「終わったら休めるだろ。もう少し頑張れ」
「お前は気楽でいいな」
「俺だって疲れてるんだよ!」
そんなやり取りを聞きながら、俺は食事を続けた。
港で働く人たちは忙しそうだ。
自分の露店も、商品を売るためには準備や仕入れが必要になる。けれど、港の仕事は荷物の到着や納期に左右されることも多いのだろう。
それぞれの立場に、それぞれの苦労がある。
俺は最後のひと口を食べ終えると、包みを片づけた。
「ごちそうさまでした」
軽く手を合わせ、再び露店の前に戻る。
昼食を取っている間に、周囲の店も少しずつ賑わいを増していた。
午後はどんな客が来るだろう。
そんなことを考えながら、俺は商品を見やすく整え直した。
◇
午後になってしばらくした頃だった。
「おっ、やっぱりいたな、悠真さん!」
聞き覚えのある明るい声に、俺は顔を上げた。
「あ、煙緋さん。こんにちは」
そこに立っていたのは、煙緋だった。
以前、璃月港で露店を出したときにも立ち寄ってくれた、法律に詳しいあの女性だ。
「こんにちは! 璃月港でまた露店を出してるって話を聞いてね。今日もいるかもしれないと思って、買いに来たんだ」
「そうだったんですね。ありがとうございます」
「いやいや、こっちも欲しいものがあったからね」
煙緋は露店に並ぶ商品を眺めた。
「前に話していた筆記具、まだある?」
「ありますよ。ノートも鉛筆も、鉛筆削りも消しゴムもあります」
「よかった。じゃあ、小さいノートをひとつ。それと鉛筆、消しゴム、鉛筆削りもお願い」
「はい。少々お待ちください」
俺は商品を取り出し、ひとつずつ確認してから煙緋に渡した。
煙緋は受け取ったノートを開き、紙の状態を確かめるようにページをめくった。
「うん、やっぱり使いやすそうだね。ちょっとした覚え書きを残すのにもよさそうだ」
「持ち歩くにも、それほどかさばらないと思います」
「そうだね。法律関係の仕事をしていると、思いついたことや確認したいことを、その場で書き留めたいときがあるんだ」
煙緋はノートを閉じ、今度は鉛筆を手に取った。
「筆や墨を用意しなくても書けるのは便利そうだね。移動中にも使いやすそうだし」
「使い方も簡単ですよ。鉛筆削りがあれば、先が丸くなっても削れますから」
「なるほど。これなら外出先でも困らなそうだ」
煙緋は納得したようにうなずいた。
そして、商品を選び終えたところで、ふとグミのほうに目を向けた。
「あ、そうだ。このグミもひとつもらおうかな」
「前にも買ってくれましたよね」
「そうそう。あれ、なかなかよかったんだよ。仕事の合間に食べるのにちょうどよくてね。気づいたら、いつの間にかなくなってたんだ」
煙緋は少し照れくさそうに笑った。
「気に入ってもらえたならよかったです」
「うん。だから、今日はもう一袋買っておこうと思って」
俺はグミをひとつ追加し、購入した商品をまとめて渡した。
「ノート、鉛筆、消しゴム、鉛筆削り、それとグミですね」
「そう、それで大丈夫。ありがとう」
煙緋は代金を支払った。
「こちらこそ、ありがとうございます」
商品を受け取った煙緋は、ノートを手に持ちながら楽しそうに話を続けた。
「それにしても、悠真さんはいろいろなものを持ってくるね。璃月ではあまり見かけない品もあるから、見ていて面白いよ」
「自分では普通に使っていたものでも、こっちでは珍しいことがあるみたいですね」
「そうだね。逆に、こちらでは当たり前のものでも、別の土地では珍しいことがある。商売って、そういう違いを知ることも大事なんだ」
その言葉に、俺はうなずいた。
煙緋からは、以前にも商売をするうえでの考え方を教えてもらっている。
街ごとに人々の暮らしが違えば、必要とされるものも変わってくる。商品を売るなら、その土地の習慣や決まりについても知っておいたほうがいい。
当たり前の話ではある。
けれど、実際に異世界で商売をしていると、その当たり前を忘れそうになることがあった。
「前に煙緋さんから教えてもらったこと、商売をしながら少しずつ実感しています」
「おっ、そう? それなら、話した甲斐があったな」
煙緋は嬉しそうに笑った。
「もちろん、何でも一度に覚えられるわけじゃないですけどね」
「それでいいんだよ。最初から全部を知っている人なんていないんだから。実際に経験して、分からないことを調べて、少しずつ覚えていけばいい」
「そうですね」
「それに、分からないことがあったら、いつでも聞いてくれていいからね。法律や商売に関することなら、私が力になれるかもしれない」
「ありがとうございます。助かります」
俺は素直に礼を言った。
煙緋は明るく手を振った。
「じゃあ、私はこれで。ノートもグミも、使うのが楽しみだよ」
「はい。また来てください」
「もちろん!」
煙緋は軽やかな足取りで人混みへと戻っていった。
その背中を見送りながら、俺は自然と笑顔になった。
前に会ったときよりも、少しずつ話ができるようになっている。
ただ商品を売るだけでなく、こうして街の人たちと交流できることも、異世界を訪れる楽しみのひとつだった。
「また会えてよかったな」
俺は小さくつぶやき、露店に向き直った。
◇
煙緋が去ったあとも、客足は途切れなかった。
しばらくして、今度は買い物帰りらしい女性が露店の前で足を止めた。
「あら、かわいらしい飴ね」
「いらっしゃいませ」
女性は飴をいくつか見比べてから、俺に尋ねた。
「これ、何種類かあるのね。どれも同じような味なの?」
「いえ、種類によって違いますよ。甘いものもありますし、少し酸味のあるものもあります」
「そうなの。家に子供がいるから、お土産に買って帰ろうと思っていたのよ」
女性は、もう一度飴を眺めた。
「甘いものが好きな子なら、こちらがいいかもしれません。もし酸っぱいものも好きなら、こちらもおすすめです」
「じゃあ、甘いほうをお願いしようかしら」
「ありがとうございます」
俺は飴を袋にまとめ、女性に渡した。
女性は商品を受け取り、笑顔で去っていった。
俺は、その背中を見送りながら、自然と笑みを浮かべた。
モンドで露店を出していたときも、家族へのお土産に飴を買っていく客がいた。
買った飴を家族に渡したら、きっと喜んでくれるだろう。そんなことを話しながら商品を選んでいた姿を、今でも覚えている。
璃月でも、同じように誰かのことを考えながら商品を選ぶ人がいる。
「……モンドと変わらないな」
俺は嬉しそうに笑った。
街が違っても、誰かを喜ばせたいという気持ちは同じなのかもしれない。
モンドで経験したあの嬉しさを、璃月でも感じられた。それが、なんだか嬉しかった。
俺は商品を並べ直し、次の客を待った。
◇
その後も、露店には何人かの客が立ち寄った。
仕事帰りらしい男性が飴を買い、友人同士で歩いていた若者たちがグミを見比べる。文房具を手に取った客からは、鉛筆やノートの使い方について質問されることもあった。
ある若者は、ノートを手に取って表紙を眺めたあと、俺に尋ねた。
「これ、何を書くためのものなんだ?」
「何を書いても大丈夫ですよ。仕事の覚え書きでも、勉強したことでも、思いついたことでも」
「へえ。決まった使い方があるわけじゃないんだな」
「はい。自分で好きなように使えます」
「それなら、仕事で教わったことを書き留めておくのもよさそうだな。あとから忘れても見返せるし」
「そうですね。必要なときに見返せるのが便利だと思います」
若者は少し考えたあと、ノートと鉛筆を購入した。
「試しに使ってみるよ」
「ありがとうございます」
若者は商品を受け取ると、友人たちのところへ戻っていった。
「何買ったんだ?」
「ノートと鉛筆。仕事で教わったことを忘れないように書いておこうと思ってさ」
「お前、そんなに真面目だったか?」
「うるさいな! 仕事で困るよりいいだろ!」
二人の会話が聞こえてきて、俺は思わず笑った。
商品を買った人が、それをどんなふうに使うのか。
客の話を聞いていると、自分では思いつかなかった使い方を知ることもある。
ノートは文字を書くためのものだが、何を書くかは使う人によって違う。
仕事の覚え書きにする人もいれば、勉強に使う人もいるだろう。
商品を売る側が使い道を決めつける必要はない。
買った人が、自分に合った使い方を見つけてくれればいいのだ。
「そういう意味では、売ったあとも楽しみだな」
俺は残ったノートを整えた。
自分の知らないところで、誰かがノートを使い、何かを書き留める。
その人の仕事や生活の中で、少しでも役に立つなら嬉しい。
商売を通して、知らない誰かの日常に小さく関われる。
それもまた、面白いことだと思った。
◇
午後の時間は、思っていたよりも早く過ぎていった。
客とのやり取りの合間に、俺は周囲の様子にも目を向けていた。
港から戻ってきたらしい商人が、仲間と荷物の数を確認している。
「これで全部か?」
「いや、あと二箱あるはずだ。荷札をもう一度確認してくれ」
「分かった。倉庫のほうにも聞いてみる」
別の店では、店主が商品の並びを変えていた。
「そっちの商品、もう少し前に出してくれ。通りから見えにくいだろ」
「でも、前に出しすぎると隣の店の邪魔になるぞ」
「それもそうか。じゃあ、こっちを少しずらそう」
そんなやり取りが耳に入る。
俺は、自分の露店にも似たところがあると思った。
商品の置き方を少し変えるだけでも、見え方が変わる。
ただし、自分の店だけが目立てばいいわけではない。通りを歩く人の邪魔にならないようにすることも必要だ。
周囲の商人たちは、当たり前のようにそうした調整をしていた。
長く商売を続けてきた人たちには、経験から身につけた工夫があるのだろう。
俺は、露店の前を通る人々の流れを眺めた。
自分はまだ、商売を始めてそれほど長くない。
分からないことも多いし、これから覚えなければならないこともある。
けれど、だからこそ学べることがある。
他の店の様子を見たり、客とのやり取りを参考にしたりするだけでも、気づくことは少なくない。
「せっかく璃月に来てるんだから、商売の様子もよく見ておこう」
俺はそう考えながら、次の客に声をかけた。
「いらっしゃいませ。よかったら見ていってください」
足を止めた客は、飴を見てからグミに目を移した。
「こっちは、どんな味があるんだ?」
「種類によって違いますよ。甘いものもありますし、酸味のあるものもあります」
「じゃあ、少し見せてもらおうか」
「はい、どうぞ」
俺は客の質問に答えながら、商品を選ぶ手伝いをした。
客はしばらく迷ったあと、飴をひとつ購入した。
「ありがとう。また寄らせてもらうよ」
「ありがとうございます。お待ちしています」
客が去ると、俺は商品を並べ直した。
今日の商売も、順調に進んでいる。
特別なことがなくても、こうして人と話し、商品を売り、少しずつ経験を重ねていく。
その積み重ねが、いずれ自分の力になっていくのだろう。
◇
夕方が近づくと、港の様子も少しずつ変わってきた。
昼間に比べて荷物を運ぶ人の姿は減り、代わりに仕事を終えた人たちが街を歩くようになった。
店先では片づけを始めるところもあれば、夕食の準備を進めているところもある。
「今日はこれで終わりだな。明日の分は朝に確認しよう」
「そうだな。さすがに今日は疲れた」
そんな声を聞きながら、俺は商品の残りを確認した。
飴とグミは、いくつか売れている。
文房具も、鉛筆やノートを中心に購入してくれた人がいた。
大きな売上というわけではない。
それでも、商品を手に取ってくれた人がいて、実際に購入してくれた人もいた。
今日の商売は、十分に意味のあるものだったと思う。
俺は売れた商品と残った商品を確認し、持ち帰るものをまとめた。
商品を片づけながら、今日の出来事を振り返る。
以前買った飴を再び買ってくれた男性。
グミを選んだ子供。
文房具に興味を持ち、使い方を尋ねてくれた客。
そして、再び露店に来てくれた煙緋。
それぞれのやり取りは短いものだったが、どれも印象に残っていた。
売れた商品だけを見れば、今日一日の出来事は数字でまとめられる。
しかし、実際に露店の前で交わした会話や、客の反応まで数字にすることはできない。
そうした経験も含めて、商売を続けている意味があるのだろう。
「今日は、いい一日だったな」
俺は最後の商品をまとめた。
周囲を確認し、忘れ物がないことを確かめてから、露店を片づけ終える。
港にはまだ人の姿があった。
夕方になっても、街の営みは続いている。
荷物を運ぶ人。店を閉める人。これから食事に向かう人。
それぞれが自分の生活を送っている。
俺はその様子を眺めてから、帰る前にもう一か所寄っていくことにした。
昼間の商売で少し疲れたこともあり、夕食を食べてから日本へ戻るつもりだった。
向かったのは、以前にも訪れた万民堂だった。
店先からは食欲をそそる香りが漂い、夕食を求める客たちで賑わっている。
「いらっしゃい……あっ、悠真!」
声をかけてきたのは香菱だった。以前ここで料理を食べ、食材や調理の話をしたときと変わらず、明るい笑顔を浮かべている。
「こんばんは、香菱。夕飯を食べに来たんだ」
「ちょうどよかった! ねえ、悠真が璃月港で露店を出してるって噂を聞いたんだけど、本当?」
「うん。本当だよ。今日も一日、ここで商売してたんだ」
「やっぱり! 港の人たちが話してたんだよ。珍しいお菓子や、見慣れない道具を売ってる人がいるって。もしかして悠真かなって思ってたんだ」
香菱は興味津々といった様子で、俺の顔を覗き込んだ。
「どんなお菓子を売ってるの? どんな人が買っていく? やっぱり子供が多い?」
「子供も買ってくれるけど、仕事の合間に飴を買っていく人もいるよ。前に買ってくれた商品を、また買いに来てくれた人もいた」
「へえー! 一度買って気に入って、また来てくれるんだ。それって嬉しいよね!」
「うん。そういう人がいると、続けていてよかったなって思うよ」
「分かるなあ。料理も、また食べに来てくれるとすごく嬉しいもん!」
香菱は自分のことのように頷いた。
その会話を聞いていた卯師匠も、調理場から顔を出した。
「おや、悠真じゃないか。いらっしゃい。港で露店を出しているという話は、私の耳にも入っているよ」
「こんばんは、卯師匠。噂になるほど大した商売じゃないですけどね」
「商売の規模は関係ないさ。自分で品物を用意して、客に買ってもらう。それを続けているんだろう? 立派なことだよ」
「ありがとうございます。まだ始めたばかりなので、試行錯誤しているところです」
「最初からうまくいくものばかりじゃない。客の反応を見ながら、少しずつ工夫していけばいい。無理に品物を増やしすぎないことも大事だね」
「それは気をつけています。仕入れに使えるお金も限られているので、売れ方を見ながら考えようと思ってます」
「うん、それでいい。続けていくなら、目先の売上だけじゃなく、長く続けられるやり方を考えることだ」
卯師匠の言葉に、俺は素直に頷いた。
モンドでも璃月でも、商売をしている人たちの姿を見るたびに学ぶことがある。商品を売ることだけでなく、仕入れや準備、客とのやり取りまで含めて商売なのだと、少しずつ実感していた。
「ところで、今日は何を食べるんだい?」と卯師匠。
「おすすめをお願いしてもいいですか? 今日は一日露店にいたので、ちゃんと夕飯を食べたくて」
「もちろんさ。香菱、できるかい?」
「任せて、お父さん! 悠真、今日はお腹いっぱい食べていってね!」
「ありがとう。楽しみにしてるよ」
香菱は嬉しそうに調理場へ戻っていった。
しばらくして運ばれてきた料理は、湯気とともに豊かな香りを立ち上らせていた。俺は手を合わせ、さっそく箸をつける。
「いただきます」
ひと口食べると、疲れた体に温かい料理が染み渡るようだった。
「おいしい……。一日動き回ったあとだと、余計においしく感じるな」
「本当? よかった!」
近くに来た香菱が、ほっとしたように笑った。
「露店って、ずっと立ってるんだよね? お客さんが来るのを待つのも大変そう」
「そうだね。でも、客と話したり、商品を選んでもらったりするのは楽しいよ。街によって反応が違うのも面白いし」
「モンドと璃月で違うんだ?」
「うん。街の雰囲気も違うし、立ち寄ってくれる人も少しずつ違う。同じ商品を売っていても、気づくことがいろいろあるんだ」
「へえー。私も、いろんな土地の料理を知るのが好きなんだ。場所によって使う食材も味付けも違うから、すごく勉強になるんだよ!」
「香菱らしいね」
「でしょ? 悠真も商売をしながら、いろんなことを発見してるんだね」
「そうだね。まだ知らないことばかりだけど、少しずつ覚えていけたらと思ってる」
卯師匠も料理を運びながら、穏やかに口を開いた。
「その心構えなら大丈夫だろう。焦らずに続けることだね。港にはいろいろな商人がいるから、周りを見て学べることも多いはずだよ」
「はい。今日も、ほかの店の商品の並べ方を見て参考になりました」
「なら、もう学び始めているということさ」
俺は頷き、料理を味わいながら二人との会話を楽しんだ。
以前訪れたときは、璃月の料理について教えてもらった。今回は、自分が始めた商売について話している。同じ店で同じ人たちと過ごしていても、話題が変われば新しい一面が見えてくる。
食事が半ばを過ぎた頃、香菱がふと思い出したように身を乗り出した。
「そういえば、さっきのお菓子の話なんだけど! 珍しい味って、どんな味なの?」
「飴そのものは璃月にもあると思うよ。違うのは味の種類かな。こっちが苺、こっちはレモン。これは葡萄味なんだ」
「へえー! 気になる! ほかにも味があるの?」
「今日はそのあたりを持ってきていたよ。全部が璃月で珍しいかは分からないけど、味の種類は多いと思う」
「それで、もうひとつがグミ。柔らかくて、噛むとむにっと弾力があるお菓子なんだ。果物の味がついているものもあるよ」
「むにっと弾力がある……? 飴とは食感が違うんだね!」
香菱の目がきらきらと輝いた。料理の話をしているときと同じで、知らない味や食感に出会うと、すぐに試してみたくなるらしい。
「ねえ、すごく食べてみたい! どんな味なのか、自分で確かめてみたい!」
「香菱、今は仕事中だろう」
卯師匠が落ち着いた声で釘を刺した。
「うっ……そうだった。分かってるよ、お父さん。でも、味の組み合わせを考える参考にもなりそうだし……」
「気になるのは分かるが、先に仕事を終わらせなさい。客がいる間は店の仕事が優先だ」
「はーい……」
香菱は名残惜しそうにしながらも、素直に引き下がった。
俺はその様子を見て、思わず笑った。
「そんなに気になるなら、帰るときに少し渡すよ。売れ残った分があるから」
「本当!? ありがとう、悠真!」
「仕事が終わってからだぞ」と卯師匠が念を押す。
「分かってるってば、お父さん! ちゃんと片づけてから食べるよ」
香菱はそう答えると、店の仕事へ戻っていった。
俺は残りの料理を食べ終え、卯師匠にも改めて礼を言った。
「ごちそうさまでした。今日もおいしかったです」
「そう言ってもらえると嬉しいね。また食べにおいで」
「ありがとうございます。商売のほうも、無理せず続けてみます」
「うん。焦らず、客の反応をよく見ていくことだ」
俺は頷き、帰る準備をした。店を出る前に、小さな包みを取り出す。中には、売れ残った飴とグミを少しずつ入れておいた。
「これ、今日売れ残った分なんだけど、よかったら二人で食べてみてください。香菱は仕事が終わってからね。味や食感の感想を聞かせてもらえると嬉しいです」
「うわあ、ありがとう! どれから食べようか、今から考えちゃうよ!」
「だから、仕事が終わってからだぞ」
「分かってるよ、お父さん!」
香菱は包みを大事そうに受け取った。卯師匠も、穏やかな笑みを浮かべる。
「気を遣わせてしまったね。ありがたくいただくよ」
「いえ、売れ残りですから。気軽に試してもらえれば」
二人に見送られ、俺は万民堂を後にした。
夕食を食べながら話せたおかげで、璃月での一日を気持ちよく締めくくれた気がする。
夕方に眺めた港の景色を思い返す。荷物を運ぶ人も、店を閉める人も、食事に向かう人も、それぞれの暮らしを送っていた。
「また来るよ、璃月」
誰に言うでもなく、そうつぶやく。
今日の商売で得た経験も、新しく出会った人たちとの交流も、きっと次につながっていくはずだ。
次に来るときには、今日とは違う出会いがあるかもしれない。
そう考えると、また璃月を訪れるのが楽しみだった。
俺は帰る準備を整え、システムを操作した。
璃月港の景色が切り替わり、次の瞬間には日本の自室へと戻っていた。
◇
夜。
帰宅した俺は、机に座って今日の売上と在庫を記録していた。
ノートに数字を書き込み、商品ごとの残りを確認していく。
飴とグミは、相変わらず手に取ってもらいやすい。
一方、文房具は使い方を尋ねられることもあるが、説明すると納得して購入してくれる人がいた。
「文房具も、もう少し持っていってもいいかもしれないな」
ただし、売れたからといって、すぐに大量に仕入れるつもりはなかった。
商売の規模は、まだ小さい。
仕入れに使える金額にも限りがあるし、売れ残れば次の仕入れに回せるお金も減ってしまう。
今の自分にできるのは、少しずつ試しながら、売れ方を確かめていくことだ。
モンドで露店を始めた頃も、同じように考えながら商品を並べていた。
最初から完璧な商売ができるはずもない。
経験を積み、失敗を避ける工夫をしながら、自分なりのやり方を見つけていくしかなかった。
俺は記録を終えると、椅子の背もたれに体を預けた。
「……璃月も、いろいろあったな」
ふと、これまでの出来事が頭に浮かんだ。
初めて璃月港を歩いたときのこと。
冒険者ギルドに立ち寄り、街の様子を確かめながら市場を見て回ったこと。
万民堂では香菱や卯師匠と出会い、料理の話をした。
不卜廬では白朮や七七と顔を合わせ、璃月の人々の暮らしに触れた。
軽策荘を訪れたときには、港とはまた違う、落ち着いた村の風景を見ることができた。
行秋や重雲とも知り合い、街で過ごす時間が少しずつ増えていった。
そして、煙緋からは商売や法律に関する話を聞いた。
璃月の歴史や建物について、鍾離から話を聞いたことも忘れられない。
街を歩くだけでは気づかないことも、人と話せば見えてくる。
建物の形や通りの配置にも理由があり、長く暮らしている人たちには、それぞれの場所に思い出や知識がある。
最初は、見たことのない景色を楽しむだけでも十分だった。
けれど、誰かと話し、その土地のことを知るにつれて、同じ場所でも違った見方ができるようになってきた。
璃月港の夜景もそうだ。
港を見渡したときの美しさだけでなく、そこを行き交う人々の暮らしや、商売をする人たちの姿を思い浮かべるようになった。
食事のことも、思い出のひとつだった。
食事代を後で支払うことになったときには少し焦ったが、きちんと清算できてよかった。
異世界だからといって、何もかもが都合よく進むわけではない。
人と約束をすれば、それを守る必要がある。
商品を売るなら、代金を受け取るだけでなく、相手に納得してもらうことも大切だ。
当たり前のことばかりだが、実際に経験してみると、その意味が少しずつ分かってくる。
「モンドとは、また違うんだよな」
俺は机の上に置いたノートを眺めた。
モンドでも、璃月でも、露店で売っている商品は同じだ。
飴、グミ、鉛筆、鉛筆削り、ノート、消しゴム。
けれど、街の雰囲気も、人々の暮らしも、商売の様子も違う。
モンドでは、冒険者や騎士団に関わる人々と出会う機会が多かった。街の人たちとの距離も比較的近く、何度か露店を出しているうちに、顔を覚えてくれる客も増えてきた。
璃月では、港を中心に商人や荷運びの人たちが行き交い、商品を選ぶ人たちの様子にも独特の活気がある。
どちらがいいという話ではない。
ただ、同じことをしていても、街が変われば見えてくるものが変わる。
それが面白かった。
俺は、煙緋との会話を思い出した。
その土地の決まりや習慣を知ること。
分からないことを、分からないままにしないこと。
商売を続けるなら、商品を売る方法だけでなく、その街で暮らす人たちのことも知っていく必要がある。
今はまだ、知らないことのほうがずっと多い。
だからこそ、これからも実際に街を歩き、人と話し、少しずつ覚えていけばいい。
「焦らずにやっていこう」
俺はそうつぶやいた。
異世界に来られるようになったからといって、急いで何かを成し遂げる必要はない。
せっかく自由に行き来できるのだから、自分のペースで楽しみながら暮らしていけばいい。
観光をして、食事をして、商売をして、そこで出会った人たちと交流する。
その繰り返しの中で、新しい発見があれば十分だ。
そして、経験したことは、次に訪れる場所でも役に立つかもしれない。
俺はノートを閉じ、机の上を片づけた。
◇
時計を見ると、もう夜も遅くなっていた。
明日は日曜日。
またモンドへ行って、いつものように露店を出そう。
モンドでも、まだ会っていない人や、話してみたい人がいる。いつものように露店を出していれば、思いがけない出会いがあるかもしれない。
誰が来てくれるのか。
どんな話ができるのか。
考えるだけで、明日が楽しみになった。
「……次の観光は、稲妻に行こうかな」
俺は、まだ訪れていない土地のことを思い浮かべた。
璃月とは違う街並み。
独特の文化や暮らし。
そこで食べられている料理や、出会う人たち。
考えるだけで、興味が尽きなかった。
もちろん、すぐに出発するわけではない。商売の準備もあるし、持っていく商品についても考える必要がある。
けれど、次に行きたい場所が決まると、これからの楽しみがひとつ増えたような気がした。
まずは明日、モンドで露店を出そう。
そして、準備が整ったら稲妻へ。
璃月で得た経験を胸に、俺の異世界生活は、これからも続いていく。