原神の世界に通えるようになったので、モンドを拠点に異世界生活を楽しみます 作:ところてんの
挿絵を修正しました
挿絵があるとイメージしやすいからつい挿絵したくなってしまいます。
翌週末。
土曜日の朝、俺は朝食を済ませると、テーブルの上にノートを広げた。
先週は鳴神大社を訪れ、八重神子さんから祭事や神社の日常について話を聞いた。稲妻には何度か来ているけれど、まだ知らないことは多い。観光地を巡るだけでなく、街の仕組みや商売の決まりについても、少しずつ知っていきたいと思っていた。
今日の目的地は勘定奉行だ。
以前、稲妻で商売をする際の手続きについて確認したことがある。今回は、次に来たときに露店を開くため、もう少し具体的な話を聞いておくつもりだった。
それと、もう一つ。
俺はテーブルの横に置いた袋へ目を向けた。
中に入っているのは、故郷で買ってきた駄菓子だ。次回の露店で販売する予定の商品を、実際に見て、味も確かめてもらうために持ってきた。勘定奉行で見てもらう分だけでなく、あとで宵宮や子どもたちにも試食してもらえるよう、少し多めに用意してある。
うまい棒はチーズ味、コーンポタージュ味、めんたい味、サラミ味の四種類。ほかには、チキン味のベビースターラーメン、キャベツ太郎、蒲焼さん太郎を用意している。
飴やグミ、筆記用具などは持ってきていない。今回はこの四商品だけだ。
稲妻にも似たようなお菓子はあるかもしれないが、故郷で売られている駄菓子は、形や包装、味付けに特徴がある。口で説明するより、実物を見てもらったほうが話は早いだろう。
「よし。これで大丈夫かな」
俺は袋の中身と財布、スマートフォンを確認した。今日は露店を開くわけではないので、大量の商品は必要ない。それでも、勘定奉行の職員たちに見てもらう分と、宵宮や子どもたちに試食してもらう分は分けてある。食べ終わったあとの包装を回収できるよう、空の袋も何枚か入れておいた。
準備を終えると、自宅のパソコンの前に座った。
視界の端にシステム表示が浮かぶ。移動先の一覧から稲妻を選び、解放済みのワープポイントを指定する。
画面が切り替わり、稲妻の空気が肌に触れた。
◇
街へ向かう道には、朝から人の姿があった。店を開ける準備をする商人、荷物を運ぶ人、仕事へ向かう様子の者。見慣れ始めた光景ではあるけれど、歩くたびに目に入るものは少しずつ違う。
俺は道の端を歩きながら、勘定奉行へ向かった。
商売の相談をするなら、先に必要な手続きや規則をきちんと理解しておきたい。現地の決まりを知らずに露店を出して、あとから問題になるのは避けたいからだ。
勘定奉行の建物に着くと、入口で用件を伝えた。以前に確認したことがあると話すと、担当者が覚えていてくれたらしく、手続きの窓口へ案内してくれた。
「先日はありがとうございました。今日は、次に稲妻へ来たときの販売について、もう少し詳しく確認したくて」
「露店の件ですね。販売する場所や品目によって確認が必要になることがありますので、順にお話ししましょう」
担当者は書類を用意し、販売場所の条件や申請の流れを説明してくれた。
人の通行を妨げないこと。場所を使う場合は、管理する側の許可を得ること。扱う品物についても、内容が分かるようにしておくこと。細かな条件は場所によって異なるため、露店を出す候補地が決まった段階で、改めて相談する必要があるらしい。
「なるほど。先に場所を決めて、その場所の管理者にも確認するんですね」
「はい。販売を希望する場所が決まっていれば、手続きも案内しやすくなります」
「分かりました。次に来るときは、露店を出せそうな場所を見てから、改めて相談します」
俺はノートを取り出し、聞いた内容を簡単に書き留めた。
こういう手続きは面倒に感じることもあるけれど、最初に確認しておけば後から慌てずに済む。故郷でも何かを始めるときには規則や申請がある。異世界だからといって、商売の基本がまったく違うわけではないようだ。
「それから今日は、次回の露店で販売する予定の駄菓子の見本を持ってきました。よければ、試食もしてもらえたらと思って」
俺は持参した袋を机の上に置いた。
「駄菓子、ですか?」
「はい。俺の故郷で売られている小さなお菓子です。実物を見てもらったほうが説明しやすいと思いまして」
担当者は少し興味を示し、机の上に並べられた商品を一つずつ見た。
最初に目に留まったのは、色とりどりの包装をしたうまい棒だった。
「これは……細長い筒のような形をしていますね」
「うまい棒というお菓子です。味は四種類あります。チーズ、コーンポタージュ、めんたい、サラミです」
「同じ形でも、味が違うのですか」
「はい。見た目は似ていますけど、食べるとけっこう違います」
次にベビースターラーメンを見せる。
「こちらは、細かくした麺をそのまま食べるお菓子です。チキン味ですね」
「麺を、そのまま……?」
担当者は袋を手に取り、表と裏を確かめるように眺めた。
「こちらはキャベツ太郎。丸いコーンスナックで、こちらが蒲焼さん太郎です。薄いシート状になっています」
「どれも、こちらではあまり見ない形ですね」
「そうですね。稲妻にも似たお菓子があるかもしれませんが、少なくとも俺の故郷では、こういう形で売られています」
担当者は商品を見比べ、隣にいた職員にも声をかけた。
「少し見てもらえますか。珍しい菓子を持ってきたそうです」
その一言が、思っていた以上に広がってしまった。
最初は近くの職員が一人、二人と机の周りへ集まってきただけだった。ところが、包装の形や商品名について質問が出ると、別の職員も興味を持ち、いつの間にか何人もの人が集まっていた。
「これは本当に麺なのか?」
「いや、菓子だと説明されただろう」
「しかし、麺をそのまま食べるとは……」
「こちらの薄いものは何だ? 魚を使っているのか?」
「味が四種類もあるのか。どれが一番人気なのだろう」
質問が次々に飛んでくる。
「ええと、うまい棒は四種類とも味が違います。ベビースターラーメンはチキン味だけで、あとは一種類ずつです」
俺は順番に説明した。担当者も補足するように商品を手に取り、周囲の職員たちへ見せている。
思っていたより反応が大きい。
ただ、珍しいものを見たときの好奇心は分かる。俺だって、稲妻で見たことのない食べ物を見つけたら、つい気になってしまうだろう。
「今回は販売ではなく、試食してもらうために持ってきたんです。次回、露店を開くときに扱う予定の商品なので、まずはどんなお菓子なのか知ってもらえたらと思って」
俺がそう伝えると、担当者がすぐに顔を上げた。
「試食をさせてもらえるのですか?」
「はい。今日は見本として持ってきたものなので、よければ皆さんで味を確かめてください」
「それはありがたい。実際に食べてみれば、どのようなものか分かりますね」
その言葉をきっかけに、職員たちからも声が上がった。
「私も味を確かめてみたい」
「せっかくなら、違う味も食べてみたいな」
「麺のお菓子というものが気になる」
気がつけば、机の周りはちょっとした人だかりになっていた。
俺は持ってきた数が多くないことを伝え、全員が少しずつ試せるように分けることにした。今日はあくまで見本を試食してもらうための機会だ。販売するのは、必要な手続きを済ませてから次回の露店で行うつもりだった。
「数は限られていますけど、できるだけ皆さんに味見してもらえるようにしますね」
「分かりました。順番に選びましょう」
担当者が声をかけてくれたおかげで、職員たちは一応列を作り始めた。しかし、どれを選ぶか相談する声や、包装について尋ねる声は途切れない。
机の上に並んだ駄菓子は、いつの間にか勘定奉行の職員たちの注目を集める存在になっていた。
(まさか、ここまで盛り上がるとは……)
俺は少し困りながらも、どこか面白く感じていた。
故郷では、駄菓子屋や店先で普通に見かける商品だ。けれど、ここでは知らない食べ物として受け取られている。見慣れたものが、場所を変えるだけでこんなにも珍しくなるのか。
試食する職員たちは、すぐに袋を開けようとする者もいれば、同僚に見せてから食べようとする者もいた。
「これは、どうやって食べるのだ?」
「まず、袋の上の端を持って、ここから開けます。こうやって端を引っ張ると……」
俺は自分の分を手に取り、袋の端をつまんで開けてみせた。
「開けたら、中身を取り出して、そのまま食べられますよ」
「なるほど。そうやって開けるのか」
職員たちも真似をして袋を開け始めた。慣れない包装に少し手間取る人もいたので、俺は無理に引っ張らず、端をしっかり持って開けるといいと説明した。
うまい棒の袋を開ける音がいくつも重なった。ひと口かじった職員が、目を丸くする。
「おお、これは軽い食感だな」
「味もしっかりしている。こちらはチーズ味か」
「コーンポタージュというのは、スープの味を菓子にしたものなのか?」
「そういう感じです。スープそのものではありませんけど、そういう風味ですね」
説明するたびに、また別の質問が飛んでくる。
ベビースターラーメンを試す職員は、袋の開け方を確かめてから、中身を指先でつまんだ。細かい麺を口に運び、数回噛んでから、隣の同僚にも袋を見せている。
「本当に麺だ……。しかも、しっかり味がついている」
「そのまま食べるためのお菓子ですからね」
「面白い発想だな。料理の途中で使うものを、菓子にするとは」
キャベツ太郎や蒲焼さん太郎も、それぞれ興味を引いていた。丸いスナックを指でつまんで食べる者もいれば、薄いシートを眺めてから慎重に口に運ぶ者もいる。
俺は食べ終わった包装をそのまま机に置かないよう、持ってきた袋を広げた。
「食べ終わった袋は、ここに入れてください。ゴミを残したくないので、俺がまとめて持ち帰ります」
「そこまで用意していたのか」
「せっかく試食してもらうんですから、片づけまできちんとしたいですしね」
職員たちは頷き、空になった包装を袋へ入れてくれた。
気がつけば、最初に話していた商売の手続きより、駄菓子の話のほうが大きくなっていた。
「皆さん、仕事中ですから、ほどほどにお願いしますね」
俺が苦笑しながら声をかけると、担当者もはっとしたように周囲を見た。
「そうでした。皆さん、ひとまず落ち着いてください。試食は、仕事の妨げにならないよう順番にお願いします」
それでも、職員たちはまだ名残惜しそうに商品を見ていた。
「次に来るときも、この菓子を持ってきてくれるのか?」
「露店を開くことができれば、今日見てもらった商品を次回から販売するつもりです」
「それは楽しみだ」
そんな声が聞こえた直後、廊下の向こうから、よく通る声が響いた。
「何の騒ぎだ。執務中にこれほど人が集まっているとは、どういうことだ?」
人だかりの向こうに現れたのは、長い黒髪に天狗の羽を思わせる装飾を身につけた女性だった。
(九条裟羅……!)
天領奉行の大将、九条裟羅。
ゲームで何度も見てきた人物が、勘定奉行の建物にいる。もちろん、幕府の仕事で他の奉行所と関わることはあるだろう。それでも、実際に目の前に現れると、思わず背筋が伸びた。
裟羅は周囲を見渡し、机の上に並んだ色とりどりの包装へ視線を止めた。
「説明しろ。何があった?」
先ほどまで駄菓子を見ていた職員たちは、急に姿勢を正した。担当者が一歩前へ出て、事情を説明する。
「申し訳ありません。こちらの方が、次回の露店で販売を予定している菓子の見本を持参されまして……。珍しい品だったため、職員たちが興味を持ち、少々騒がしくなってしまいました」
「菓子の見本?」
裟羅は改めて机を見た。
「はい。故郷で販売されている駄菓子だそうです。こちらではあまり見かけない形のものが多く、職員たちが質問をしているうちに、このようなことに」
「興味を持つこと自体は悪くない。だが、職務中であることを忘れてはならない。話を聞くのなら、周囲の業務に支障が出ないようにしろ」
裟羅の声は厳しかったが、感情的に怒鳴ることはなかった。短く、要点を押さえた言葉だった。
「申し訳ありません」
職員たちが口々に謝る。
俺も頭を下げた。
「すみません。俺が商品を見せたことで、騒がしくなってしまいました」
裟羅は俺へ視線を向けた。
「君が持ち込んだのか。商売の相談に来たということか?」
「はい。次に稲妻へ来たとき、露店を開いて駄菓子を販売したいと思っています。今日は手続きについて確認しに来て、商品を見てもらい、試食もしてもらおうと見本を持ってきました」
「そうか。手続きを確認するのはよいことだ。決まりを知らぬまま商売を始めれば、本人だけでなく周囲にも迷惑がかかるからな」
裟羅は机の上の品々を見た。
「これらが、販売する予定の品か」
「はい。うまい棒が四種類と、チキン味のベビースターラーメン、キャベツ太郎、蒲焼さん太郎です。今日は見本として少しずつ持ってきて、皆さんに試食してもらっています。販売は、必要な手続きを済ませてから次回の露店で行うつもりです」
「なるほど……」
裟羅はうまい棒の包装を見て、それからベビースターラーメンへ目を移した。仕事の話をしているときと変わらず、真剣な表情で品物を確かめている。
「これほど騒ぎになるほどのものなのか。見たところ、どれも小さな菓子のようだが」
担当者が、少し遠慮がちに答えた。
「九条様。もしよろしければ、ひとつ召し上がってみませんか。実際に味を確かめていただければ、皆が興味を持った理由も分かるかと」
「私が?」
「はい。もちろん、お時間があればですが」
裟羅は一瞬だけ考えるように黙った。
彼女は仕事中だ。無理に勧めるのもどうかと思ったが、周囲の職員たちも、先ほどまでの勢いを少し抑えながら様子を見ている。
「……ひとつだけなら構わない。だが、試食のために仕事を止めるわけにはいかないぞ」
「ありがとうございます。どれにしますか?」
担当者が尋ねると、裟羅は机の上に並んだうまい棒を見た。
「味がいくつかあるのだったな」
「チーズ、コーンポタージュ、めんたい、サラミの四種類です」
「めんたい、というのはどのような味だ?」
「魚卵を使った明太子の風味をイメージした味ですね。少し辛みもあります」
「なるほど。では、それをいただこう」
担当者がめんたい味のうまい棒を一本差し出した。
裟羅は包装を受け取ると、少し不慣れな手つきで端を開けた。袋がうまく開かず、指先でつまみ直す。見ていた職員が手伝おうとしたが、裟羅は小さく首を振った。
「いや、自分でできる」
もう一度、端を引く。今度はきれいに開いた。
「こういう包装なのか」
「はい。開けたら、そのまま食べられます」
裟羅は中身を取り出し、まずは見た目を確かめた。それから一口かじる。
サクッ、と軽い音がした。
彼女は口の中でゆっくり味わい、数回噛んでから飲み込んだ。
「……なるほど」
表情は大きく変わらない。だが、すぐに残りへ視線を落とした。
「辛みと旨味のバランスがよいな。軽い食感だが、味はしっかりしている」
その感想は、思っていた以上に具体的だった。
「お気に召しましたか?」
担当者が尋ねる。
「悪くない。いや……これは、なかなか美味い」
裟羅はそう言って、もう一口かじった。
その瞬間、背中の羽がパタパタと小さく動いた。
本人は真面目な顔を保っているが、羽は喜びを隠しきれていないようだった。
周囲の職員たちが、互いに顔を見合わせた。先ほどまでの騒ぎとは違う、どこか期待するような空気が広がる。
「九条様、明太味がお好みですか?」
「好みと決めつけるのは早い。ほかの味を食べたわけではないからな」
裟羅はきっぱりと言った。けれど、手元のうまい棒を食べる速度は、最初より少しだけ速くなっていた。
俺は思わず口元を緩めそうになった。
(あ、これ、かなり気に入ってるな)
もちろん、本人の前で口に出すつもりはない。
「気に入ってくれたみたいですね。よかったら、もう一本どうですか?」
俺がそう声をかけると、裟羅は一度言葉を切り、手元のうまい棒へ視線を落とした。
「いや、私は……」
そう言いかけた裟羅の背中で、羽がパタパタと動いていた。
本人は平静を装っているようだが、羽は正直らしい。もう一本食べたい気持ちを隠しきれていないようだった。
裟羅は小さく息をついた。
「……せっかく勧めてくれたのだ。いただこう」
「どうぞ」
俺はもう一本、めんたい味のうまい棒を差し出した。裟羅はそれを受け取り、まずは手にしていた一本を食べ終えてから、新しい包装を開けた。
そして、ほんのわずかな間を置いてから、机の上に残っているめんたい味の包装を見た。
「……これらは、次回の露店で販売する予定なのだな?」
「はい。今日は味や形を知ってもらうための試食です。値段も、販売場所や必要な手続きが決まってから、きちんと考えるつもりです」
「そうか。販売する際には、価格が分かるようにしておくとよい。購入する側も選びやすいだろう」
「分かりました。そこも準備しておきます」
裟羅は頷いた。
「ならば、次に販売を始める際には、正式な手続きを済ませてからにすることだ。許可を得た場所で、決まりに従って行うように」
「はい。今日確認した内容を整理して、次に来るときに改めて相談します」
「それならよい」
裟羅はそう言って、周囲の職員たちを見回した。
「皆も、珍しいものに興味を持つのは構わないが、仕事を放り出して集まることのないように。試食するなら、休憩時間などを利用しろ」
「承知しました」
今度こそ、職員たちは姿勢を正した。
騒ぎは収まり始めたが、机の上に残った駄菓子へ向ける視線は、まだどこか名残惜しそうだった。
裟羅は俺に向き直った。
「商売の相談は続けて構わない。担当者の案内に従って、必要なことを確認するといい」
「ありがとうございます。お仕事の邪魔をしてしまって、すみませんでした」
「状況を理解して、次から気をつければよい。こちらも、職員たちが騒ぎすぎたことは注意しておく」
言葉は厳格だが、必要以上に責める様子はなかった。
俺はもう一度頭を下げた。
「ありがとうございます」
裟羅は手にしていたうまい棒の包装を見下ろし、少し考えるように黙った。
「……次に露店を出すときも、この味は用意するのか?」
「はい。四種類とも持ってくるつもりです」
「そうか。ならば、販売を始める際には、品切れにならないよう準備しておくといい」
「分かりました。できるだけ用意しておきます」
裟羅は小さく頷いた。明太味を気に入ったことを、わざわざ口にするつもりはないらしい。けれど、先ほどより少しだけ表情が和らいでいるように見えた。
「では、私は戻る。皆、仕事に戻るように」
「はい!」
職員たちの返事を聞き、裟羅は廊下へ向かって歩き始めた。
ところが、数歩進んだところで、ふと足を止める。
「……すまない。ひとつ確認したいのだが」
裟羅は振り返り、机の上に残った駄菓子へ視線を向けた。
「今日、持ってきた菓子は、すべて次回の露店で販売する予定なのだな?」
「はい。うまい棒は四種類とも、ほかの三種類も販売するつもりです」
「そうか……」
裟羅は少し考えるように黙った。
「味を比較するためにも、ほかの種類についても確認しておく必要があるな」
そう言うと、裟羅は机の上に残っていたうまい棒のチーズ味、コーンポタージュ味、サラミ味を手に取った。
さらに、ベビースターラーメン、キャベツ太郎、蒲焼さん太郎も、それぞれ一つずつ確保していく。
すでに食べたものも含めれば、これで全七種類だ。
「九条様、それもお持ちになるのですか?」
担当者が思わず尋ねた。
「味の違いを確認するためだ。種類ごとに比較する必要があるだろう」
裟羅は真面目な顔で答えた。
その背中では、羽がパタパタと小さく動いている。
(いや、絶対に気に入ったから持って帰るんだろ……)
俺は心の中でそう突っ込んだものの、口には出さなかった。
「見本として持ってきたものですし、残っている分なら大丈夫ですよ」
「そうか。では、ありがたく預からせてもらおう」
裟羅は駄菓子を大切そうにまとめると、きちんと持てるように袋へ入れた。
その様子は、仕事で必要な書類を扱うときと変わらないほど真剣だった。
「では、失礼する」
そう言って、裟羅は今度こそ歩き去っていった。
その背中を見送りながら、俺は苦笑した。
(九条裟羅、意外とちゃっかりしてるな……)
担当者も、しばらく廊下の向こうを眺めていた。
「……九条様が、あれほど菓子に興味を持たれるとは」
「俺も驚きました」
俺は机の上を片づけながら答えた。
まさか、勘定奉行で駄菓子の試食会が始まり、最後には全種類を持ち帰る人まで現れるとは思わなかった。
それでも、商品に興味を持ってもらえたのは素直に嬉しい。
次に稲妻で露店を開いたとき、今日のように気に入ってくれる人がいるかもしれない。
特に、めんたい味を気に入った裟羅が、次の露店でどんな反応をするのか。
(……いや、あれだけ持って帰ったんだから、もう味は分かってるか)
俺はそんなことを考えながら、勘定奉行を後にした。
◇
駄菓子を見せたことで話は少し脱線したものの、勘定奉行で確認したかったことは一通り聞くことができた。
露店を開く場所を決めたら、その管理者に確認すること。販売する品物を明らかにし、必要な手続きを済ませること。人の通行や周囲の業務を妨げないようにすること。
俺はノートに要点をまとめ、担当者に礼を言った。
「今日はありがとうございました。次に来るときは、販売場所の候補を考えてから相談します」
「はい。場所が決まりましたら、またお越しください。先ほどのお菓子についても、販売の際には価格を分かりやすく表示しておくとよいでしょう」
「そうします。今日は見本を見てもらって、試食もしてもらえてよかったです」
「こちらこそ、珍しいものを見せていただきました。職員たちも、よい経験になったと思います」
俺は勘定奉行を後にした。
外へ出ると、日差しは少し高くなっていた。建物の中で駄菓子を巡ってあれほど盛り上がるとは思わなかったが、商品を見せたことで、説明だけでは伝わりにくい特徴を知ってもらえたのはよかった。
それに、九条裟羅とも出会うことができた。
ゲームで知っている人物が、現実の稲妻で仕事をしている。そう考えると、改めて不思議な気持ちになる。裟羅は噂どおり真面目で、騒ぎを収めるときも要点を押さえていた。駄菓子を食べたときも大きく騒いだりせず、味を確かめるように静かに食べていた。
ただ、明太味を気に入ってくれたのは意外だった。
(あれは、たぶん気に入ってるよな)
そう思いながらも、俺は口に出さず、次の目的地へ向かった。
◇
勘定奉行を後にした俺は、宵宮のいる長野原花火店へ向かうことにした。
商売の手続きについては、ひとまず確認できた。あとは露店を出す場所を決めて、必要な準備を進めればいい。今日はもう少し、稲妻の人たちと交流して過ごしたかった。
それに、せっかく駄菓子を多めに持ってきたのだ。勘定奉行の人たちだけでなく、宵宮や子どもたちにも食べてもらいたい。
長野原花火店が近づくにつれて、子どもたちの明るい声が聞こえてきた。店の前では、宵宮が何人かの子どもたちと話をしている。身振りを交えながら楽しそうに話す宵宮に、子どもたちも笑顔で応えていた。
「おっ、悠真やん! 今日はどないしたん?」
俺に気づいた宵宮が、ぱっと顔を輝かせて手を振った。
「こんにちは、宵宮さん。ちょっと持ってきたものがあって」
「持ってきたもん? なになに、花火の新作か?」
「残念ながら花火じゃないです。これです」
俺は袋から駄菓子を取り出した。
色とりどりの包装が見えると、子どもたちがすぐに集まってきた。
「なにそれ?」
「お菓子? 見たことない!」
「細長い袋の中に何が入ってるの?」
「これは、うまい棒っていうお菓子です。こっちはベビースターラーメン。ほかにも何種類かあります」
「うまい棒? 棒なの?」
子どもの一人が不思議そうに首を傾げる。
「名前はそうだけど、まずは食べてみて。今日は試食用に持ってきたんです」
「ほんとに食べていいの?」
「もちろん。ただ、みんなで分けて食べような」
「やったー!」
子どもたちが声を上げ、宵宮も楽しそうに笑った。
「ええやん! うち、こんなお菓子初めて見るわ。悠真、子どもらの分まで持ってきてくれたんやね!」
「勘定奉行で見本を見てもらったんですけど、せっかくなら宵宮さんたちにも食べてもらいたくて。どんな反応になるか、俺も気になりますし」
「そら、食べてみんと分からへんね! よーし、みんな順番やで。押さんといてな。お菓子は逃げへんから、慌てんでも大丈夫や!」
宵宮は子どもたちの様子を見ながら、楽しげに声をかけて順番を整えてくれた。俺が袋を開けると、今度は自分も子どもたちの輪に加わり、どれから試すか一緒に考えている。
まずはうまい棒を味ごとに分ける。チーズ味、コーンポタージュ味、めんたい味、サラミ味。子どもたちは包装を見比べながら、どれにしようか真剣に悩んでいる。
「これ、黄色いのがいい!」
「ぼくは赤いの!」
「同じ形なのに、味が違うんだって」
「じゃあ、みんなで違う味を食べて、あとで感想を教え合おうよ!」
宵宮の提案に、子どもたちは元気よく頷いた。
それぞれが少しずつ味見をしていく。ひと口かじった子が目を丸くすると、隣の子も急いで自分のお菓子を口に運んだ。
「これ、チーズの味がする!」
「こっちは甘くて、スープみたい!」
「めんたいって、ちょっとピリッとするね!」
「サラミ味っていうのも、おもしろい!」
感想が次々に飛び交い、誰かが別の味をすすめるたびに、小さな試食会はますます賑やかになった。
「へえー! 同じ形やのに、味はこんなに違うんやなぁ」
宵宮も子どもたちと同じようにひとつずつ味を確かめ、思ったことを素直に口にしながら楽しんでいる。
「こっちの、細かい麺みたいなんは何なん?」
「ベビースターラーメンです。袋を開けたら、そのまま食べられます」
俺が説明すると、子どもたちは袋をのぞき込んだ。
「ラーメンなのに、汁がないの?」
「そう。お菓子だからね」
少し不思議そうにしながらも、口に入れた途端、何人かがぱっと顔を明るくした。
「カリカリしてる!」
「しょっぱくておいしい!」
「これ、ずっと食べていられそう!」
「それは分かるけど、一気に食べすぎないようにね」
俺が笑いながら声をかけると、宵宮も子どもたちの様子を見て、くすくすと笑った。
続いてキャベツ太郎と蒲焼さん太郎も試してもらう。丸いスナックを不思議そうに眺める子もいれば、薄い蒲焼さん太郎を両手で持ち、破れないよう慎重にかじる子もいた。
「こっちは軽くてサクサクだ!」
「こっちは、甘じょっぱいね!」
「みんなは、どれが一番気に入ったん?」と宵宮が尋ねると、子どもたちは一斉に自分のお気に入りを主張し始めた。
「チーズ味!」
「ベビースター!」
「キャベツ太郎!」
「蒲焼さん太郎もおいしいよ!」
意見はきれいに分かれた。誰かひとりが正解を決める必要もない。好きな味がそれぞれ違うことが、かえって楽しいらしい。
宵宮はそんな子どもたちを見回して、満足そうに目を細めた。
「みんな、ええ顔してるなぁ! こういうの、うち好きやわ。初めて見るもんをみんなで試して、あれこれ感想を言い合うんって、楽しいやん!」
「俺も、持ってきてよかったです」
勘定奉行では、珍しい商品として興味を持ってもらえた。裟羅も、表向きはあくまで比較のためと言いながら、駄菓子を全種類持って帰っていった。
けれど、ここではまた違う反応が見られた。子どもたちは味だけでなく、包装や形にも興味津々で、ひとつひとつの発見を楽しんでいる。宵宮も一緒になって笑い、場の空気を明るくしていた。
「次に露店を出すときも、こういうお菓子を売るの?」
子どものひとりが尋ねた。
「そのつもりだよ。まだ場所や準備を決めているところだけどね」
「じゃあ、また食べられる?」
「買いに来てくれたらね。でも、今日みたいに全部を試食できるわけじゃないからな」
「えーっ!」
残念そうな声が上がり、宵宮がすかさず笑顔で間に入った。
「まあまあ、今日は特別ってことで! お店ができたら、お小遣いと相談しながら選ぶんも楽しいで。どれにするか、今から考えとき!」
「うん!」
子どもたちは、もう次にどのお菓子を買うか相談し始めていた。
試食が終わると、俺は空になった包装を集めた。宵宮も自然に手を貸してくれて、子どもたちも自分の近くに落ちた小さな袋を拾ってくれた。
「みんな、ありがとな! 食べたあとの袋までちゃんと片づけてくれるん、えらいやん!」
宵宮に褒められ、子どもたちは少し照れくさそうに笑った。
「こちらこそ、付き合ってくれてありがとう。みんなの感想、参考になったよ」
「また面白いもんがあったら持ってきてな! うちも楽しみにしとるから!」
「はい。次に来るときは、露店の準備も進めておきます」
子どもたちに手を振られながら、俺は長野原花火店を後にした。
今日は、商売の手続きを確認し、九条裟羅と出会い、宵宮や子どもたちと駄菓子を楽しんだ。職人の仕事を見て回る予定はなくなったけれど、その代わりに、みんなの笑顔をたくさん見ることができた。
売るものを考えるとき、値段や仕入れのことばかりに目が向きがちだ。でも、こうして実際に食べてもらえば、どんな味を気に入るのか、どんなところを面白がるのかが分かる。
もちろん、今日の感想だけで売れ筋を決めるわけにはいかない。それでも、商品を通じて誰かが笑顔になってくれるのは、悪くないものだ。
俺はノートを取り出し、今日の出来事を簡単に書き留めた。
――勘定奉行で販売手続きを確認。九条裟羅はめんたい味を気に入った様子。宵宮と子どもたちにも駄菓子を試食してもらった。人気の味は見事に分かれた。
書き終えて顔を上げると、稲妻の街には夕方の光が差し始めていた。
「さて、今日はこれくらいにして帰るか」
次に来るときは、露店を開く準備をもう少し進めよう。けれど、商売のことだけに気を取られず、稲妻で過ごす時間そのものも楽しみたい。
そんなことを考えながら、俺は帰りのワープポイントへ向かって歩き始めた。