原神の世界に通えるようになったので、モンドを拠点に異世界生活を楽しみます 作:ところてんの
テイワットでお菓子を配った翌週。
俺は自分の部屋で、机の上に並べた商品を眺めていた。
「……こんなもんかな」
目の前にあるのは、いちご味のグミと個包装の飴。それから、いくつかの日用品だ。
どれも故郷では珍しくないものばかり。
けれど、モンドの街では、同じ商品を見かけたことがない。
前回、広場で子どもたちにお菓子を配ったときは、思っていた以上に反応がよかった。グミの食感を面白がってくれたし、アンバーにも興味を持ってもらえた。
もちろん、無料だから喜んでもらえた可能性もある。
お金を払ってでも欲しいと思ってもらえるかどうかは、実際に売ってみなければ分からない。
そこで今回は、少量の商品を持ち込んで、販売を試してみることにした。
いきなり大量に仕入れるつもりはない。
最初から大きく始めて失敗したら、困るのは自分だ。売れなかった商品を抱え込んでも仕方がないし、故郷から持ち込めるからといって、仕入れにかかる費用がなくなるわけでもない。
まずは少量で試し、売れ行きを確認する。
何が売れるのか。どんな人が興味を持つのか。値段を聞いたときに、どんな反応をするのか。
そうした情報を集めてから、次の仕入れを考えればいい。
日本で会社員をしている俺にとって、商売は未知の領域だ。
専門的な知識があるわけでもなければ、商売の経験が豊富なわけでもない。
だからこそ、最初は無理をしない。
失敗しても立て直せる規模から始める。
「よし、行くか」
俺は商品をまとめ、アイテムボックスへ収納した。
今回用意したのは、お菓子だけではない。小さくて軽く、持ち運びやすい日用品もいくつか用意している。
ただし、どれも少量だ。
商品を増やしすぎると、何が売れたのか分かりにくくなる。最初は種類を絞って、ひとつずつ反応を見たほうがいいだろう。
俺は忘れ物がないか確認してから、テイワットへ移動した。
◇
ログインした先は、モンドの七天神像のそばだった。
風車が回り、街の向こうには見慣れた建物が並んでいる。
何度か訪れている場所なのに、ここへ来るたびに少しだけ気持ちが高揚する。
日本で普通に暮らしていたら、休日の朝に異世界へ出かけるなんて考えもしなかっただろう。
俺は街へ向かいながら、今日の予定を頭の中で確認した。
まずは冒険者ギルドへ行く。
販売する場所を確保する前に、勝手に商品を並べるわけにはいかない。前回、子どもたちにお菓子を配ったときも、保護者に確認してから渡した。
商売をするなら、なおさら現地の決まりを確かめる必要がある。
街の門を通り、石畳の道を歩く。
通りには、買い物をする人や仕事に向かう人が行き交っていた。
店先には果物や食料品が並び、道具を扱う店では客と店主が話をしている。
俺は歩きながら、店の品揃えにも目を向けた。
同じような商品を扱う店は、当然ながら競争相手になる。故郷から持ち込んだものが珍しいとしても、こちらで十分に代用できる品物なら、わざわざ買ってもらう理由は弱い。
反対に、こちらにはない特徴があれば、興味を持ってもらえるかもしれない。
グミなら、独特の食感。
飴なら、個包装と味の種類。
日用品なら、使いやすさや手入れの簡単さといったところだろうか。
ただし、俺が便利だと思うものが、こちらの人たちにとっても便利とは限らない。
結局のところ、実際に使ってもらい、反応を確かめるしかない。
「まあ、まずはやってみるか」
そう呟いて、俺は冒険者ギルドへ向かった。
◇
「ようこそ、冒険者ギルドへ」
受付にいたキャサリンが、いつもの落ち着いた声で挨拶してくれた。
「こんにちは、キャサリンさん」
「こんにちは。今日は依頼をお探しですか?」
「今日は依頼じゃなくて、相談があって来ました」
「ご相談ですか?」
キャサリンは俺に視線を向けた。
「実は、故郷から持ってきた品物を少し売ってみようと思っているんです。まずは小規模に始めたいんですが、街の中で商品を販売する場合、何か決まりはありますか?」
「販売について、ですね」
キャサリンは少し考えるように間を置いた。
「販売する場所や扱う商品によって、確認しておいたほうがよいことはあります。特に、通行の妨げになる場所で商品を並べたり、使用に許可が必要な場所を無断で使ったりすることは避けてください」
「やっぱり、場所は確認したほうがいいですよね」
「はい。具体的な場所が決まっているのであれば、その場所の管理者や関係する方に相談するのが確実です」
「分かりました」
俺は頷いた。
冒険者ギルドの近くなら、人通りも多い。冒険者や街の人たちが立ち寄る機会も多いだろう。
ただし、ギルドの近くならどこでも自由に使えるというわけではない。
「それと、販売する商品についても、何か気をつけることはありますか?」
「商品によりますね。食べ物を扱うのであれば、衛生面に気を配ることが大切です。購入する方に、何を販売しているのか分かるようにしておくこともよいと思います」
「なるほど……」
衛生管理は当然として、商品の説明も必要になる。
前回のお菓子配布では、食べ方を説明するだけで興味を持ってもらえた。販売する場合も、どんな商品なのか分かりやすく伝えることが大切だろう。
「ありがとうございます。まずは販売できる場所を探してみます」
「はい。無理のない範囲で進めてくださいね」
キャサリンに礼を言って、俺はギルドを離れた。
相談してよかった。
いきなり商品を並べて、注意されてから慌てるよりはずっといい。
◇
次に向かったのは、冒険者ギルドの近くにある通りだった。
人の往来があり、立ち止まっても邪魔になりにくそうな場所を探す。
とはいえ、都合のよさそうな場所が見つかったからといって、すぐに商品を並べるわけにはいかない。
俺は近くの店で働いている人に声をかけ、露店を出す場合に誰へ相談すればいいのかを尋ねた。
教えてもらった相手を訪ね、事情を説明する。
故郷から持ち込んだ少量の菓子や日用品を、試しに販売してみたいこと。大きな店を構えるつもりはなく、まずは短時間だけ商売を経験してみたいこと。
そうした説明をすると、相手も落ち着いて話を聞いてくれた。
指定された範囲であれば、通行の妨げにならないように気をつけることを条件に、今回の販売を試してよいという話になった。
もちろん、今後も同じ場所を自由に使えるとは限らない。継続して販売するなら、その都度必要な確認をしなければならないだろう。
俺は注意事項を確認し、礼を言った。
「これで、ようやく始められるな……」
小さく息を吐く。
商品を売るだけなら簡単だと思っていたが、実際には確認することがいろいろある。
場所を決めること。扱う品物を選ぶこと。価格を考えること。
それに、売れたあとには在庫の管理も必要だ。
最初から完璧にできるとは思っていない。
まずは経験を積むことが大切だろう。
俺は許可された範囲をもう一度確認し、アイテムボックスから商品を取り出した。
◇
今回用意したのは、いちご味のグミと個包装の飴。それに、いくつかの日用品だ。
商品数は多くない。
初めての販売なのだから、これくらいで十分だろう。
まず、商品を見やすいように並べる。
グミと飴は種類ごとにまとめ、日用品はそれぞれ分けて置いた。
商品を並べてみると、思っていたよりも小さな売り場になった。
大きな露店とは比べものにならない。
それでも、俺にとっては最初の一歩だ。
「……よし」
俺は商品を見直し、販売を始めた。
しかし、すぐに客が集まるわけではなかった。
通りを歩く人たちは、俺の前を通り過ぎていく。
商品に目を向ける人もいるが、立ち止まる人は少ない。
まあ、そんなものだろう。
そもそも、ここで何かを売っていることを、誰も知らないのだから。
俺は焦らず、通りを行き交う人々の様子を観察した。
商品を見ていく人の多くは、まず日用品に目を向ける。
お菓子に興味を持つ人もいるが、包装を見て不思議そうな顔をするだけで、そのまま通り過ぎることもあった。
やはり、知らないものを買うのは勇気がいるのだろう。
そこで俺は、商品を眺めている人に声をかけることにした。
「よかったら、見ていってください。故郷から持ってきた品物なんです」
声をかけられた男性が足を止めた。
「故郷から? どこから来たんだ?」
「遠いところです。こちらでは見かけない品物もあると思います」
「ふむ……」
男性は並べた商品をひとつずつ眺めた。
飴の包装を見て、次にグミの袋を見る。
「これは食べ物か?」
「はい。こちらは飴で、こっちはグミというお菓子です。グミは柔らかくて、噛むともちもちした食感があります」
「グミ? 聞いたことがないな」
「俺の故郷では普通に売られているものなんです」
男性は少し考えたあと、飴を手に取った。
「これは、どうやって食べる?」
「包装を開けて、口の中でゆっくり溶かして食べます」
「なるほど。飴なら分かるが、包装が珍しいな」
「持ち運びやすいように、一つずつ包まれているんです」
説明すると、男性は包装を確かめるように眺めた。
「面白いな。値段はいくらだ?」
その質問に、俺は一瞬だけ言葉を詰まらせた。
そうだった。
価格を決めなければ、販売できない。
もちろん、ある程度は考えてきた。だが、現地の物価を十分に調べていないため、これが適切な価格なのか自信がない。
安すぎれば利益が出ない。高すぎれば買ってもらえない。
今回は、少量を販売して反応を確かめることが目的だ。
価格については、まず仮の値段を設定してみるしかない。
「こちらは、一つでこの値段です」
俺はあらかじめ決めていた価格を伝えた。
男性は少し考え、飴をひとつ購入してくれた。
「それなら、試しに買ってみよう」
「ありがとうございます」
初めての売り上げだった。
たった一つ。
それでも、自分が用意した商品を、実際にお金を払って買ってもらえた。
その事実に、思わず気持ちが弾んだ。
俺は商品を渡し、受け取ったモラを確認した。
金額を間違えていないか、渡した商品が合っているか。ひとつずつ確かめてから、次の客を待つ。
最初の売り上げが出たことで、少しだけ緊張がほぐれた。
◇
その後も、何人かが足を止めてくれた。
日用品を見ていく人。飴を買う人。グミに興味を持つ人。
ただし、全員が購入するわけではない。
商品を眺めて質問するだけで立ち去る人もいれば、値段を聞いて考え込む人もいた。
それでも、実際に販売してみると、広場で無料配布したときとは違う反応が見えてきた。
無料のときは、珍しさや甘さへの興味が先に立っていた。
しかし、お金を払うとなると、購入するかどうかを慎重に考える人が多い。
それは当然だろう。
自分だって、知らない商品を見かけたら、値段や使い道を考えてから買う。
特に、普段使っているものと比べて高いのか安いのか分からなければ、簡単には手を出せない。
だからこそ、商品を説明することが大切なのだろう。
「こちらは、個包装された飴です。持ち運びにも便利ですよ」
商品を見ていた女性に説明すると、女性は飴をひとつ手に取った。
「確かに、小分けになっているのは便利ね」
「必要な分だけ持ち歩けますからね」
「それはいいわね。じゃあ、ひとついただこうかしら」
「ありがとうございます」
女性は飴を購入してくれた。
個包装という特徴に価値を感じてくれたらしい。
別の客は、グミを見て興味を示したものの、食感を説明すると少し考え込んだ。
「柔らかいお菓子なのか。面白そうだけど、今日はやめておこうかな」
「分かりました。また機会があれば、見ていってください」
客は軽く手を振って去っていった。
売れなかったことは残念だが、無理に勧めるつもりはない。
何を買うかは客が決めることだ。
むしろ、どうして買わなかったのかを考えるほうが、今後のためになる。
値段が高かったのか。味が想像できなかったのか。それとも、単に今は必要なかったのか。
理由は分からない。
ただ、説明を聞いても購入しなかった人がいたという事実は残る。
こういう反応も、商売を続けるうえでは重要だろう。
◇
しばらくすると、通りを歩いていた子どもが、商品に目を留めた。
「あっ、このお菓子!」
見覚えのある反応だった。
子どもは俺の前に立ち、グミを指差した。
「これ、前に食べたやつだ!」
「ん? 前に?」
「うん! 広場で配ってくれたでしょ?」
そう言われて、俺も思い出した。
前回、広場でお菓子を配ったときにいた子どもの一人だ。
「ああ、あのときの子か」
「今日は売ってるんだね!」
「そうなんだ。今回は少しだけ、売ってみることにしたんだよ」
子どもはグミを眺めた。
「これ、おいしかったよ!」
「ありがとう。気に入ってくれたなら嬉しいよ」
「また食べたいなあ……」
そう言いながら、子どもは値札を見た。
そして、こちらを見上げる。
「これ、買える?」
「もちろん。お金を持っているなら、ひとつ売るよ」
「うん!」
子どもは持っていたお金を取り出し、値段を確認した。
足りていることが分かると、俺はグミをひとつ渡した。
「ありがとう!」
「こちらこそ、ありがとう。ゆっくり食べてね」
子どもは嬉しそうに笑い、保護者のもとへ戻っていった。
その姿を見送りながら、俺は少し考えた。
前回、無料で配ったお菓子を覚えていてくれた。
そして、今回は自分のお金を使って買ってくれた。
これは、単に珍しいからというだけではないのかもしれない。
少なくとも、味を気に入ってくれた人がいる。
もちろん、一人の感想だけで判断することはできない。
それでも、こうした反応が積み重なれば、商品を選ぶときの参考になるだろう。
商売は、商品を並べて売るだけではない。
買ってくれた人が何を気に入ったのか。何が使いやすかったのか。どんなものを求めているのか。
そうしたことを知っていくのも、大切な仕事なのだと思った。
◇
「悠真!」
商品を並べ直していると、聞き覚えのある明るい声がした。
顔を上げると、通りの向こうからアンバーが歩いてくるところだった。
赤い衣装とウサギの耳のような髪飾りは、やはりよく目立つ。
前回、広場でお菓子を配ったときに知り合ったばかりだが、こうして再び顔を合わせるとは思っていなかった。
「アンバー。こんにちは」
「こんにちは! 今日はここで何をしてるの?」
アンバーは俺の前に並んだ商品を見て、目を丸くした。
「あっ、お菓子! もしかして、前に話していた商売を始めたの?」
「うん。まだ試しに売っているだけだけどね」
「へえ、そうなんだ!」
アンバーは売り場を興味深そうに眺めた。
「この前のグミもあるね!」
「そうそう。あれは反応がよかったから、少し持ってきたんだ」
「子どもたちも喜んでたもんね。私も、あの食感は面白いと思ったよ」
そう言って、アンバーはグミの袋を手に取った。
「今日は無料じゃないんだよね?」
「うん。今回は販売だから、値段をつけているよ」
「なるほど!」
アンバーは値札を確認してから、少し考えるように首を傾げた。
「こうして見ると、ちゃんとお店みたいだね」
「いや、店というには小さすぎるよ」
「でも、商品を並べて売ってるんだから、立派な商売でしょ?」
「まあ、そう言われればそうかもしれないけど」
自分で始めたことなのに、他人から商売だと言われると、少し照れくさい。
アンバーは楽しそうに笑った。
「それで、売れ行きはどう?」
「まだ始めたばかりだから、何とも言えないかな。飴はいくつか売れたけど、グミはまだ少ないね」
「そうなんだ。グミは珍しいから、説明を聞かないと分からない人もいるのかもね」
「俺もそう思う。見た目だけじゃ、どんな食べ物か想像しにくいみたいだ」
アンバーは頷き、グミの袋をもう一度見た。
「柔らかいお菓子だって分かれば、興味を持つ人もいると思うよ。前に食べた子たちも、食感を面白がってたし」
「確かに。説明の仕方も考えたほうがよさそうだな」
「うん! でも、無理に勧める必要はないと思う。気になる人が聞いてくれたら、教えてあげればいいんじゃないかな」
その意見はもっともだった。
売りたいからといって、誰にでも積極的に声をかければいいわけではない。
興味がなさそうな人に無理に勧めても、相手を困らせるだけだ。
商品に目を留めた人へ説明し、買うかどうかは相手に任せる。
今の俺には、そのくらいの距離感が合っている気がした。
「ありがとう。参考にするよ」
「どういたしまして!」
アンバーは改めて売り場を眺めた。
「ところで、ほかにも故郷の商品を持ってきてるの?」
「いくつか日用品もあるよ。お菓子だけだと、売れるものが限られるかもしれないからね」
「へえ、どんなもの?」
俺は日用品をひとつ取り出し、用途を説明した。
アンバーは手に取って、形や作りを確かめる。
「これも、モンドではあまり見ないものだね」
「そうなんだ。故郷では普通に使われているものなんだけど」
「使い方が分かれば、便利そうなものもあるね。実際に使ってみないと分からないものもあるけど」
「そこは俺も気になってる。珍しいだけで売れるとは限らないからね」
「うん。私も買い物をするときは、必要かどうか考えるし」
アンバーの言葉に、俺は頷いた。
珍しい商品を並べれば、最初は興味を持ってもらえるかもしれない。
けれど、実際に購入するかどうかは別の話だ。
値段に見合う価値があるのか。自分の生活に必要なのか。そうしたことを考えたうえで、客は買うかどうかを決める。
その当たり前のことを、俺は実際の販売を通じて学び始めていた。
「そういえば、アンバーは今日は巡回中?」
「うん。街の様子を見ながら歩いているところ。今は少し休憩してたんだ」
「忙しそうだね」
「まあね。でも、街のみんなが安心して暮らせるようにするのが私たちの仕事だから!」
アンバーは明るく笑った。
その表情には、仕事への誇りが感じられた。
ゲームで知っていた彼女の印象と重なる部分は多い。
けれど、実際に話してみると、彼女がこの街で暮らし、仕事をしている一人の人間なのだと改めて感じる。
「それで、今日は何か買っていく?」
俺が尋ねると、アンバーは少し驚いた顔をしたあと、笑った。
「そうだね。せっかくだし、何か買っていこうかな!」
彼女はグミと飴を見比べた。
「うーん……。この前はグミを食べたから、今日は飴にしようかな」
「ありがとう」
「こちらこそ。前に食べて気になってたんだよね。個包装だし、休憩のときにもよさそう!」
アンバーは飴を選び、値段を確認した。
俺は代金を受け取り、商品を渡した。
「はい、どうぞ」
「ありがとう! また新しい商品を持ってきたら、見せてね」
「分かった。機会があったらね」
「楽しみにしてるよ!」
アンバーは飴をしまい、軽く手を振った。
「じゃあ、私は巡回に戻るね。商売、頑張って!」
「ありがとう。アンバーも仕事頑張って」
「うん!」
明るい返事を残して、アンバーは通りの向こうへ歩いていった。
その背中を見送りながら、俺は小さく息を吐いた。
知り合いが買ってくれたのは嬉しい。
ただ、アンバーが買ってくれたからといって、商品が売れると決まったわけではない。
彼女は前回グミを食べているし、俺とも面識がある。だから、興味を持って買ってくれた可能性が高い。
初めて見る客が同じように買ってくれるかどうかは、まだ分からない。
それでも、商品を実際に手に取って、用途や特徴を尋ねてくれる人がいることは分かった。
今回の経験を、次に生かそう。
◇
アンバーが去ったあとも、何人かの客が売り場を訪れた。
飴を買う人。日用品を手に取って、使い方を尋ねる人。グミの説明を聞いて、興味を持つ人。
ただし、購入に至らない人も多かった。
俺は、商品を見ている人には簡単に説明し、質問されたことにはできるだけ分かりやすく答えた。
無理に勧めることはしない。
相手が考えている様子なら、急かさずに待つ。
そんなことを繰り返していると、少しずつ客への対応にも慣れてきた。
最初は、商品を見られるだけでも緊張していた。
今は、何か質問されても落ち着いて答えられる。
もちろん、まだ慣れないことは多い。
値段について尋ねられたとき、これが適切なのかと不安になることもあった。商品によっては、説明しても使い道が伝わらないこともある。
それでも、実際にやってみなければ分からなかったことばかりだ。
売れた商品だけでなく、売れなかった商品にも意味がある。
何に興味を持たれたのか。どんな説明が伝わったのか。どの商品が手に取られなかったのか。
そうしたことを見ていけば、少しずつ改善できるはずだ。
日が傾き始めたころ、俺は販売を終えることにした。
初めての販売なので、長時間続けるつもりはなかった。
商品を片づけ、残った品物をアイテムボックスへ戻す。
最後に、売り上げを確認した。
大きな金額ではない。
仕入れにかかった費用を考えれば、今回だけで十分な利益が出たとは言いにくい。
それでも、実際に商品を購入してくれた人がいた。
飴を買った人。グミを買った人。日用品に興味を示した人。
そして、前回のお菓子配布を覚えていてくれた子どもや、アンバーも買ってくれた。
ただ、売れた商品ばかりではない。
グミは飴ほど売れず、日用品も興味を持たれただけで終わったものがある。
今回の結果だけで、何が売れるのかを断定することはできない。
けれど、実際に販売したことで、無料配布のときには分からなかったことも見えてきた。
無料なら気軽に受け取ってもらえる。けれど、お金を払うとなれば、客は値段や使い道を考える。
珍しいというだけでは、購入にはつながらない。
商品そのものの価値を伝えることが必要なのだ。
「……初売りとしては、こんなものかな」
俺は小さく呟いた。
商売として大成功したわけではない。
けれど、最初の商品を売り、実際にモラを受け取ることができた。
その意味では、一歩前進だ。
◇
販売を終えた俺は、冒険者ギルドの前を通りかかった。
受付にはまだ人が並んでいる。依頼を受けに来た冒険者や、報告を済ませる人たちが行き交っていた。
その様子を眺めながら、今日のことを振り返る。
販売場所を確認し、商品を並べ、客に説明し、代金を受け取る。
実際にやってみると、思っていた以上に細かなことが多かった。
特に、価格についてはまだ不安が残る。
今回は自分で仮の値段を決めたが、それが適切だったのかは分からない。
高すぎれば売れないし、安すぎれば利益が出ない。
そもそも、モンドの人たちが普段どれくらいの金額で食べ物や日用品を買っているのか、俺はまだ十分に知らない。
次は、現地の相場を調べるべきだろう。
キャサリンに聞くのもいいし、実際に店を営んでいる人たちに相談するのもいい。
売れた商品だけでなく、売れなかった商品についても考える必要がある。
今回の経験を無駄にしないためにも、次の課題ははっきりしていた。
「次は、値段をもう少しちゃんと考えないとな」
俺はそう呟いた。
その日の活動を終えると、周囲に人がいないことを確認してから、システムを呼び出した。
メニューを開き、ログアウトを選択する。
景色が切り替わり、見慣れた自分の部屋へ戻った。
日本でも時間は進んでいる。
明日の仕事に備える必要があるので、今日はここまでだ。
俺は机に向かい、今日の売り上げや商品の反応をメモした。
売れた商品の種類、売れた数、客の反応。気づいたことを簡潔にまとめていく。
ただし、テイワットの文字では書けないので、記録は日本語で残す。
売り上げの数字だけでなく、客が何に興味を示したのか、どんな質問をしたのかも書いておく。
今回の結果だけで、何が売れるのかを断定することはできない。
けれど、実際に販売したことで、無料配布のときには分からなかったことも見えてきた。
次は、モンドの物価を調べてみよう。
現地の相場を知れば、価格を決めるときの判断材料になるはずだ。
それに、今日の売り上げと仕入れにかかった費用を比べて、利益が出ているのかも確認しておきたい。
「少しずつ、だな」
俺はメモを閉じ、椅子から立ち上がった。
初めての販売は、ひとまず終わった。
まだ小さな一歩にすぎない。
それでも、モンドで生活するために、自分でできることがひとつ増えた。
次の休日も、またテイワットへ行こう。
そして、今度はもう少し、商売らしいことを考えてみるつもりだった。
モンドでの生活は、まだ始まったばかりだ。