原神の世界に通えるようになったので、モンドを拠点に異世界生活を楽しみます 作:ところてんの
週末。
俺は解放済みのワープポイントを利用して、スメールシティを訪れていた。
市場へ向かうと、行き交う人々の声や、商人たちが客を呼び込む声が聞こえてくる。
店先には食料品や衣類、日用品など、さまざまな商品が並んでいた。
何度か訪れた場所だけれど、こうして歩いていると、毎回違った商品や人の様子に目が留まる。
今回スメールに来た目的の一つは、露店を出すことについてドリーに相談することだ。
飲み物や筆記具などを販売するなら、どのような場所がいいのか。露店を出すには、どんな手続きが必要なのか。商売に詳しい彼女なら、具体的なことも知っているかもしれない。
相談が終わったら、スメールシティをゆっくり見て回るつもりだ。せっかく来たのだから、観光や食事も楽しみたい。
そう考えながら市場を歩いていると、聞き覚えのある声が耳に入ってきた。
「うーん……どうしてですかねぇ? この前いただいたものと同じように作ればいいと思ったんですが……」
「形を整えても、うまくいかないんですよねぇ……。材料を変えるべきでしょうか? それとも、作り方に問題が……」
声のする方へ目を向ける。
そこには、何やら難しい顔をして、ひとりでブツブツとつぶやいている少女がいた。
ドリーだ。
以前、俺が渡したペットボトルを片手に、何かを考え込んでいる。
どうやら、あれを自分でも作ろうとしているらしい。
俺は少し近づいて、声をかけた。
「こんにちは、ドリーさん。何か悩んでいるんですか?」
「んん? これはこれは、悠真さんではありませんか!」
ドリーは顔を上げた。
さっきまでの難しい顔が、俺を見た途端に商人らしい笑顔へと変わる。
「お久しぶりですねぇ! 今日はどうされたんですか?」
「ちょっと市場を見に来たんです。それで、さっき何かつぶやいていたみたいですけど……」
「ああ、これですか!」
ドリーは手に持っていたペットボトルを掲げた。
「以前、悠真さんからいただいたこちらの商品! 軽くて、中身が見えて、蓋を閉めれば持ち運びもできる! いやぁ、実に便利な品物ですよねぇ!」
「ありがとうございます。便利ですよね」
「ええ! ですから、わたくしも同じようなものを作れないかと思いまして、いろいろ試していたんですよ!」
やっぱりそういうことか。
「でも、うまくいかないんですか?」
「そうなんですよぉ!」
ドリーは大きく肩を落とした。
「形を整えるだけなら、どうにかなるんじゃないかと思ったんですが、同じようなものにはならないんですよねぇ。材料も作り方も、まだまだ研究の余地がありそうです……」
商売に関しては抜け目のないドリーでも、ペットボトルの再現には苦戦しているようだ。
俺としても、製造方法まで説明できるわけではない。
「俺も、どうやって作られているのか詳しくは分からないんですよ。すみません」
「いえいえ! 悠真さんが謝ることではありませんよ! 知らないものを研究するのも、商人の楽しみのひとつですからねぇ!」
そう言いながらも、ドリーはまだペットボトルを眺めている。
相当気になっているらしい。
俺は苦笑しながら、持ってきたバックパックに手をかけた。
「実は、今日はドリーさんに相談したいことがあるんです。スメールで露店を出してみたいと思っているんですが、少しお話を聞かせてもらえませんか?」
「おやおや! 露店ですか! もちろんですとも。どんな商品を販売する予定なんです?」
「飲み物と、筆記具です。まずは飲み物から、相談させてください」
飴やグミも考えていたが、スメールの暑さでは溶けてしまう心配がある。それに、暑い中を歩く人には、冷たい飲み物のほうが喜ばれるだろう。そう考えて、今回は飲み物を販売することにした。
「ほほう! それは興味深いですねぇ。ぜひ聞かせてください!」
◇
人通りの邪魔にならない場所へ移動して、俺はバックパックから水筒を二本取り出した。
「まずは飲み物からです。今日は試飲してもらおうと思って、持ってきました」
「おやおや? こちらは見慣れない容器ですねぇ」
ドリーは、水筒を興味深そうに眺めた。
「これは水筒です。飲み物を入れて持ち運ぶためのものですよ」
「ほほう! つまり、飲み物を持ち運べると!」
「そういうことです」
「なるほどなるほど……。容器にもいろいろな工夫があるんですねぇ!」
ドリーは早速、商人の目で水筒を観察し始めた。
俺は一本目の蓋を開け、持参した紙コップにレモネードを注いだ。
レモネードは、濃縮液を水で割って作ったものだ。そこに氷を入れて、しっかり冷やしてある。
「こちらがレモネードです。甘さと酸味がある飲み物ですよ」
「レモネード……。では、さっそくいただきましょう!」
ドリーは紙コップを受け取った。
そして、ひと口飲む。
「……っ!?」
目が大きく見開かれた。
「つ、冷たい! なんですか、この冷たさは!」
ドリーは思わず、もう一度コップの中を覗き込んだ。
「飲み物が、こんなに冷たいなんて! しかも、ただ冷たいだけではありませんねぇ! 甘さの中に酸味があって、後味もさっぱりしています!」
「気に入ってもらえたならよかったです」
「気に入ったどころではありませんよ! 暑い日に、こんな飲み物が飲めるなんて……!」
ドリーはもうひと口、レモネードを飲んだ。
その表情には、驚きと満足がはっきりと表れている。
市場を歩いているだけでも、スメールは暑い。
そんな場所で冷たい飲み物を口にすれば、普段とは違ったおいしさを感じられるだろう。
「この冷たさは、どうやって用意したんですか? 先ほどの容器に秘密があるのでしょうか?」
「この水筒は冷たさを保てるんです。それに、飲み物自体も氷で冷やしておきました」
「氷ですか! なるほど、冷たさを保つ工夫をしているわけですねぇ!」
「ところで、その氷はどうやって用意したんです?」
「氷元素を扱える知り合いに用意してもらったんです」
「ほほう! 氷元素を扱える知り合いがいるとは、便利ですねぇ!」
ドリーは納得したように頷いた。
「これは売り方を考える価値がありそうです! 特に、暑い場所では喜ばれるでしょうねぇ!」
俺が相談したかったことを、ドリーの方から考え始めてくれた。
話を進めやすくなりそうだ。
「もうひとつ、別の飲み物もありますよ」
「おや! まだあるんですか?」
「はい。こちらはスポーツドリンクです」
俺は二本目の水筒を開けた。
スポーツドリンクは、粉末を水に溶かして作っている。こちらも冷やしておいた。
紙コップに注いで、ドリーへ渡す。
「レモネードとは違って、甘さが特徴の飲み物です」
「ふむふむ……。では、こちらもいただきましょう!」
ドリーはコップに口をつけた。
そして、再び目を見開いた。
「こちらも冷たい!」
「同じように冷やしていますからね」
「それに、甘くて飲みやすいですねぇ! 先ほどのレモネードとは、また違った味わいです!」
ドリーは二種類の飲み物を見比べた。
「甘い飲み物が好きな方には、こちらの方が好まれるかもしれませんねぇ。レモネードは酸味もありますから、好みが分かれそうです!」
「俺も、そんなふうに考えています。子供には甘いスポーツドリンクが、大人には甘さと酸味のあるレモネードが好まれるんじゃないかと思うんです」
「なるほど! お客様の好みに合わせて、商品を選べるようにするわけですね!」
ドリーは嬉しそうに頷いた。
「しかも、二種類とも冷たい状態で提供できる! これは、なかなか面白い商売になりそうですよ!」
俺も同じことを考えていた。
飲み物を販売するなら、ただ味が違うだけでなく、冷たさも魅力になる。
特に暑い日は、冷たい飲み物を求める人も多いはずだ。
「実は、この飲み物を露店で販売したいと思っているんです」
「ほほう! 露店ですか!」
「はい。そこで、ドリーさんに相談したいことがあったんです。出店する場所や、販売方法について、何かアドバイスをもらえませんか?」
ドリーは一度、飲み物を置いてから腕を組んだ。
「そうですねぇ……。まず考えたいのは、どのようなお客様に買っていただきたいか、ということです!」
「子供から大人まで、幅広い人に飲んでもらいたいですね」
「でしたら、商品の違いを分かりやすく伝えることが大切です! 甘い飲み物と、甘酸っぱい飲み物。どちらが好みか、お客様が選べるようにするんですよ!」
「なるほど……」
「それから、露店を出す場所も重要です! 人通りが多い場所は目に留まりやすいですが、出店できる場所には決まりがあるでしょう。勝手に場所を決めるのではなく、まずは管理している方に相談することですねぇ!」
「そうですよね。許可を取ってから出店しないといけませんね」
「ええ! 商売は商品を用意すれば終わり、というものではありませんから!」
ドリーの言葉には説得力があった。
商品を用意して、売る場所を確保し、お客様に知ってもらう。
当たり前のことではあるけれど、実際に出店するとなると、考えなければならないことは多い。
「それで、販売するときには飲み物を入れておく大きな容器を五つ用意しようと思っているんです」
「飲み物を入れておく大きな容器……?」
「飲み物を入れておく容器です。そこに氷を使って、冷たい状態で販売できるようにしたいんです」
「なるほど! あらかじめ冷やしておいた飲み物を、そこから注いで提供するわけですねぇ!」
「はい。紙コップで販売するつもりです」
「紙コップですか?」
「飲み終わったら捨てられるので、容器を返してもらう必要がないんです。ただ、そのまま地面に捨てられると困るので、ゴミ箱も用意しようと思っています」
ドリーは感心したように頷いた。
「ふむふむ! 使い捨ての容器なら、お客様も手軽に飲めますし、返却の手間もありませんねぇ! ただし、ゴミ箱を置いて、きちんと片付けられるようにするのは大切です!」
「そうですよね。周りを汚さないようにしたいです」
「商売をする場所をきれいに保つことも、お客様の信用につながりますからねぇ!」
商品の味だけでなく、提供方法や片付けまで考えておく。
ドリーと話していると、商売をするうえで気をつけるべきことが整理されていく。
「飲み物を入れておく大きな容器を五つ用意するのでしたら、飲み物の量や売れ行きも見ながら準備するといいでしょう。最初から大量に作りすぎても、余ってしまうかもしれませんからねぇ!」
「まずは、どれくらい売れるのか様子を見た方がよさそうですね」
「そのとおりです! 最初から大きく始める必要はありません。お客様の反応を見て、少しずつ調整すればいいんですよ!」
俺の考えにも合っていた。
最初から大量に販売するつもりはない。
まずは小さく始めて、どんな人が買ってくれるのか、どちらの飲み物が人気なのかを確かめたい。
商売を続けていくうえでも、その方が無理がないだろう。
ドリーはしばらく考え込んでいたが、やがて何かを思いついたように顔を上げた。
「……ところで、悠真さん」
「はい?」
「露店を出すための手続きや場所の確保について、まだ決まっていないんですよねぇ?」
「そうですね。まずは、どこに相談すればいいのか調べようと思っていました」
「でしたら、そのあたりはわたくしにお任せください!」
ドリーは胸を張った。
「えっ、いいんですか?」
「もちろんです! こういった手続きは、慣れている者が動いた方が早いですからねぇ! わたくしが必要な手続きを確認して、出店できるように話を進めて差し上げますよ!」
「それは助かります。ありがとうございます」
「いえいえ! 困ったときはお互い様ですから!」
ドリーはにこにこと笑っている。
かなりありがたい申し出だった。
俺ひとりで手続きを調べるより、商売に詳しいドリーに相談した方が、ずっとスムーズに進みそうだ。
ただ、ドリーはそこで話を終わらせなかった。
「それとですねぇ、悠真さん。露店にこだわらず、わたくしのお店で販売するという方法もありますよ!」
「ドリーさんのお店で、ですか?」
「ええ! わたくしのお店なら、すでにお客様がいらっしゃいますからねぇ。そこで商品を紹介すれば、露店を出す日だけでなく、普段からお客様に見ていただくこともできます!」
なるほど。
自分で露店を出すだけでなく、既存の店舗で販売するという方法もあるのか。
「もちろん、露店を出すのも面白いと思いますよ! ただ、飲み物は冷たいうちに提供することが大切でしょう? でしたら、販売する場所や時間帯も考えた方がいいですねぇ!」
「確かに、冷たい状態で飲んでもらいたいですからね」
「その点、わたくしのお店なら、販売方法についても一緒に考えられます! まずはお店で取り扱って、反応を見るというのも悪くありませんよ!」
ドリーの提案は魅力的だった。
露店を出す場合は、場所の確保や準備が必要になる。
店舗で扱ってもらえるなら、商品の販売を始めやすいかもしれない。
ただ、飲み物は冷たさが魅力なので、どのように提供するかは考える必要がありそうだ。
「なるほど……。露店とお店での販売、それぞれに利点があるんですね」
「そのとおりです! どちらかひとつに決める必要もありません。商品によって販売方法を変えることもできますからねぇ!」
ドリーは楽しそうに話を続けた。
「それに、悠真さんの商品は、まだまだ可能性がありそうです!」
「そうですか?」
「ええ! 冷たい飲み物は暑い日のお客様に喜ばれそうですし、筆記具も、この街なら興味を持つ方がいるでしょう! 今後も新しい商品を持ってきてくださるのでしたら、ぜひ早いうちからお付き合いをしておきたいところですねぇ!」
――ふふふ、これはなかなか見逃せませんねぇ。
ドリーは笑顔を浮かべながら、内心で商売の算段を始めていた。
冷たい飲み物は、暑いスメールでは十分に需要が見込める。筆記具も、学者や学生の多いこの街なら売り込む相手に困らないだろう。
しかも、悠真は今回見せた商品だけでなく、ほかにも珍しい品物を持っている可能性がある。
今のうちに良い関係を築いておけば、今後新しい商品が持ち込まれたときにも、いち早く取引の話を進められるかもしれない。
もちろん、悠真にとっても利益のある話にするつもりだ。無理に囲い込むより、互いに得をする関係を長く続ける方が、商人としても賢いやり方なのだから。
――さてさて、次はどんな商品を見せてくれるのでしょうねぇ?
ドリーはそんな期待を胸に、目の前の青年へと笑顔を向けた。
……なるほど。
今の言葉で、ドリーが何を考えているのか、少し分かった気がした。
もちろん、手続きを引き受けてくれるのはありがたい。
でも、それだけではないのだろう。
ドリーは商人だ。
売れる見込みがある商品を見つけたなら、自分の商売につなげたいと考えるはずだ。
俺が今後も商品を持ち込むのなら、早いうちに関係を作っておくことで、ほかの商人よりも先に取引できる可能性がある。
ドリーの親切には、商人としての計算も含まれているようだった。
「それにですねぇ……」
ドリーは、さらに笑顔を深めた。
「わたくしのお店には、悠真さんにぜひ見ていただきたい商品もたくさんあるんですよ!」
「……はい?」
「今回のような新しい商品をお持ちになる方なら、わたくしのお店にある品物にも興味を持ってくださるのではないかと思いましてねぇ!」
そう言いながら、ドリーはさりげなく自分の店の商品を紹介し始めた。
これは便利だとか、こちらはお買い得だとか、商人らしい説明が次々と飛び出してくる。
……さすが商人。
俺の相談に乗るだけでは終わらないらしい。
新しい取引相手を確保しながら、自分の商品も売り込もうというわけだ。
けれど、別に悪い話ではない。
ドリーにとっては商売の機会が増えるし、俺にとっても、こちらでは手に入りにくい商品を見つけるきっかけになるかもしれない。
「分かりました。今度、お店も見せてもらっていいですか?」
「もちろんですとも! いつでも歓迎しますよ!」
ドリーは満面の笑みを浮かべた。
こうして、露店の相談をしていたはずが、いつの間にかドリーのお店にも招かれることになった。
商談というのは、なかなか奥が深いものだ。
◇
飲み物の話がひと段落したところで、俺はバックパックから別の商品を取り出した。
「次は、こちらを見てもらえますか?」
取り出したのは、ノート、鉛筆、鉛筆削り、消しゴムだった。
俺はそれぞれを並べ、ドリーに見せた。
ドリーは飲み物から視線を移し、品物をひとつずつ手に取って眺め始めた。
「おやおや……。今度は、書くための道具ですか!」
「はい。スメールには学者や学生も多いですよね。そういう人たちに需要があるんじゃないかと思ったんです」
「なるほど! 学術都市ならではの需要に目をつけたわけですねぇ!」
ドリーは鉛筆を手に取った。
「これは、どうやって使うんですか?」
「鉛筆です。紙に文字を書いたり、絵を描いたりできます」
俺はノートを開き、鉛筆で短い文字を書いてみせた。
ドリーは、鉛筆が紙の上に文字を残す様子を興味深そうに見ていた。
「ほほう! インクを使わずに書けるんですねぇ!」
「はい。それに、鉛筆削りを使えば、先が丸くなっても削ってまた使えます」
俺は鉛筆削りの使い方を見せた。
「そして、間違えたときは、この消しゴムで文字を消せるんです」
鉛筆で書いた文字の一部を、消しゴムで消してみせる。
ドリーは、消えた文字と消しゴムを交互に見た。
「ええっ!? 書いた文字を消せるんですか! しかも、鉛筆は削ればまた使える……!」
ドリーはノートを手に取り、ページをめくった。鉛筆で書いた文字をもう一度確かめると、目を輝かせた。
「私も欲しいです! ノートも鉛筆も、鉛筆削りも消しゴムも、これは絶対売れますよ!」
自分でも使いたいと思ったらしい。ドリーは興奮した様子で、品物を見比べている。
「学者さんや学生さんはもちろん、記録を残す必要がある商人にもよさそうですねぇ!」
ドリーは商人として、すでに売り先まで考え始めていた。
こうした筆記具やノートは、派手な商品ではない。
けれど、文字を書く人にとっては日常的に使うものだ。
スメールには学者が集まる場所があり、学問を学ぶ人たちもいる。
そうした人たちにとって、使いやすい筆記具は役立つはずだ。
「ノートと鉛筆、鉛筆削り、消しゴムを組み合わせて販売する方法も考えられますねぇ!」
「そうですね。必要なものをまとめて買えると便利かもしれません」
「ええ! ただ、どの商品がどれくらい売れるのかは、実際に試してみる必要があります。最初から種類を増やしすぎず、反応を見ながら考えていくといいでしょう!」
ドリーは商品をひとつずつ確かめながら、販売方法について意見を出してくれた。
飲み物とは違い、筆記具やノートは持ち帰って使う商品だ。
その場で消費するものではないため、買う人が必要性を感じるかどうかも大切になる。
「ドリーさんから見て、こういう筆記具やノートは売れそうですか?」
俺が尋ねると、ドリーは迷うことなく答えた。
「ええ、十分に可能性があると思いますよ! 特に、使い方が分かりやすく、普段の勉強や仕事に使えるものは、興味を持ってもらえるでしょうねぇ!」
「よかったです」
「ただ、商品の説明は丁寧にした方がいいですね。こちらの世界では見慣れない道具もあるでしょうから、何に使うものなのか、どう便利なのかを伝えることが大切です!」
「分かりました。実際に使い方を見せながら紹介してみます」
「それがいいでしょう! 商品は、見てもらうだけでなく、使い方を知ってもらうことでも魅力が伝わりますからねぇ!」
ドリーの反応は、かなり好感触だった。
飲み物にも筆記具にも、販売できる可能性がある。
もちろん、実際に売れるかどうかは、販売してみなければ分からない。
それでも、商売に詳しいドリーから前向きな意見をもらえたのは心強かった。
「いやぁ、今日は面白い商品をいろいろ見せていただきました!」
「こちらこそ、相談に乗ってくれてありがとうございます」
「いえいえ! わたくしも勉強になりましたよ!」
ドリーは楽しそうに笑った。
「露店の手続きについては、わたくしが確認しておきます。販売できる場所や条件が分かったら、お知らせしますねぇ!」
「ありがとうございます。助かります」
「それから、うちのお店で販売する方法も、ぜひ考えてみてください! 飲み物と筆記具、それぞれに合った売り方を一緒に考えましょう!」
「はい。よろしくお願いします」
こうして、露店の相談はひとまずまとまった。
出店の手続きはドリーが確認してくれることになり、店舗での販売についても、今後相談できることになった。
もちろん、販売する商品や条件については、きちんと話し合って決める必要がある。
けれど、自分ひとりで調べるよりも、ずっと進めやすくなったのは確かだった。
ドリーは商人として利益を考えている。
俺の商品が売れると判断したからこそ、取引相手としてつながりを作っておきたいのだろう。
その一方で、俺にとっても、ドリーの知識や人脈を頼れるのはありがたい。
お互いに利益があるなら、こういう関係も悪くない。
「それでは、わたくしはそろそろ戻りますねぇ! ほかにも仕事がありますので!」
「はい。今日はありがとうございました」
「こちらこそ! また商品を見せていただけるのを楽しみにしていますよ!」
ドリーは笑顔で手を振り、市場の人混みへと戻っていった。
その後ろ姿を見送りながら、俺は小さく息を吐いた。
「さて、せっかくだし、もう少し街を見て回るか」
商談はひとまず終わった。
ここからは、休日を楽しむ時間だ。
◇
市場を離れた俺は、スメールシティの街並みを眺めながら歩いた。
市場のにぎわいから少し離れると、街の様子も変わってくる。
建物の間を歩く学者たち。手に資料を抱えた人。店先で立ち止まり、商品を眺めている人。
学術都市らしく、書物や知識に関わるものが目に入る。
市場では商人たちが商品を売り買いしていたけれど、少し歩くだけで、街の違った一面を見ることができた。
こういうところが、スメールシティの面白いところだと思う。
でも、実際に歩いてみると、道端で話している人や、仕事をしている人の姿が目に入る。
何気ない光景だけれど、そうした日常の様子を見るのも楽しい。
俺は街並みを眺めながら、気になる場所へ足を向けた。
しばらく歩いていると、書物を扱う店が目に留まった。
店先には本が並び、何人かの客が中身を確かめている。
学者らしい人物が店主に何かを尋ねている姿も見えた。
筆記具を紹介したばかりだったこともあって、つい目が向いてしまう。
この街では、文字を書くことや、知識を記録することが日常の一部になっているのだろう。
先ほどドリーが言っていたように、筆記具にも需要があるかもしれない。
ただ、今はまだ観光の途中だ。
商売のことばかり考えていても仕方がない。
俺は本屋の前を通り過ぎ、再び街を歩き始めた。
◇
少し歩いたところで、広場のような場所に出た。
周囲には建物が並び、人々がそれぞれの目的地へ向かって歩いている。
近くでは、何人かの学者らしい人たちが立ち話をしていた。
「先ほどの資料ですが、もう少し確認したい部分がありまして……」
「それなら、あとで一緒に見てみましょう。記録を照らし合わせれば、分かることもあるはずです」
そんな会話が耳に入ってきた。
学問に関する話なのだろう。
もちろん、詳しい内容までは分からない。
それでも、街の中で知識を深めようとする人たちの姿を見ると、学術都市という名前がよく似合っていると感じる。
モンドにはモンドの暮らしがあり、璃月には璃月の商業のにぎわいがある。
そして、スメールには学問を中心とした街の雰囲気がある。
同じテイワットでも、地域によって人々の生活や街の特色は違う。
実際に歩いてみると、そうした違いを身近に感じられるのが面白かった。
俺はしばらく広場の様子を眺めてから、再び歩き出した。
◇
観光を続けていると、少しずつお腹が空いてきた。
そういえば、今日はドリーとの商談に気を取られて、食事のことをあまり考えていなかった。
「そろそろ何か食べるか」
俺は周囲を見回し、食事ができそうな場所を探した。
街を歩いていると、食べ物を扱う店もいくつか見つかる。
店先からは料理の香りが漂い、通りを歩く人たちの足を止めていた。
どんな料理があるのか見て回るだけでも、楽しめそうだ。
俺は店先の商品や料理を眺めながら、食べたいものを探した。
スメールには、まだ試したことのない料理も多い。
せっかく訪れたのだから、食事も楽しみたい。
しばらく考えた末、気になった料理を注文することにした。
料理が運ばれてくるまでの間、俺は街の様子を眺めていた。
近くの席では、仕事の話をしている人たちがいる。別の席では、食事をしながら楽しそうに話している人たちもいた。
こうして食事をしていると、観光で訪れた街というより、そこで暮らす人たちの日常に少しだけ混ざったような気分になる。
料理が運ばれてくると、俺は手を合わせて食べ始めた。
「うん、おいしいな」
知らない場所で食べる料理には、新しい発見がある。
普段食べているものとは違う味付けや食材に出会えるのも、旅の楽しみのひとつだ。
ゆっくりと食事を楽しみ、店を出た。
◇
午後も、俺はスメールシティの街を散策していた。
食事を終えて少し歩いたところで、通りの端にある日陰に女性が立っているのが目に入った。
顔色があまりよくない。歩くのもつらいのか、壁に手を添えながら、しばらくその場で休んでいるようだった。
見覚えのある姿に、俺は思わず足を止めた。
……あれは、ドニアザードさん?
原神で知っている人物だ。ディシアが護衛を務めていた、病弱な令嬢。
まさか、こんなところで出会うとは思わなかった。
俺は少し迷ったあと、声をかけた。
「すみません。大丈夫ですか? 少し具合が悪そうに見えますけど……」
女性は顔を上げ、申し訳なさそうに微笑んだ。
「ええ……少し、疲れてしまったみたいです」
やはり、ドニアザードさんだった。
「無理をしないほうがいいですよ。よかったら、あそこの日陰で座って休みませんか?」
俺は近くにあった休憩用の腰掛けを指さした。
「ありがとうございます。そうさせてもらいますね」
彼女はゆっくりと腰掛け、ひと息ついた。
「お水などはお持ちですか?」
「今は持っていないんです。少し喉が渇いていたのですが……」
声にも、いつもの元気がない。
俺はバックパックの中身を思い出した。ドリーに試飲してもらうために持ってきたスポーツドリンクが、まだ少し残っている。
「よかったら、これを飲みますか? スポーツドリンクという飲み物です。甘い味がしますけど」
俺は水筒を取り出して見せた。
「飲み物……ですか?」
「はい。冷たいまま持ってきたものです。少しずつ飲んでみてください」
ドニアザードさんは小さく頷き、俺から水筒を受け取った。口をつけて、ゆっくりと飲む。
「……甘くて、飲みやすいですね。それに、冷たくて気持ちがいいです」
「そうですか。よかったです」
水分が足りていなかったのかもしれない。ただ、飲み物を渡しただけで体調がよくなるとは限らない。今は無理をせず、休んでもらったほうがいいだろう。
「急がなくて大丈夫ですよ。少しここで休んでいましょう」
「ありがとうございます。ご親切に……」
ドニアザードさんは水筒を返すと、ほっとしたように息をついた。
「お連れの方はいらっしゃるんですか?」
「ええ。ディシアが一緒にいるのですが、少し離れてしまって……」
それなら、ディシアが来るまで付き添っていたほうがよさそうだ。
「では、ディシアさんが来るまで、ここで待ちましょう。具合が悪いときに一人で移動するのは心配ですから」
「そこまでしていただいても、よろしいのでしょうか?」
「もちろんです。俺も急いでいるわけではありませんから」
俺は日陰で、ドニアザードさんの様子を見守ることにした。
しばらくすると、通りの向こうからこちらへ急いでくる人影が見えた。
「ドニアザード!」
声を上げて駆け寄ってきたのは、ディシアだった。
「大丈夫か? 急に姿が見えなくなったから探していたんだぞ!」
「ごめんなさい、ディシア。少し具合が悪くなってしまって……」
ディシアはドニアザードの様子を確かめてから、俺に視線を向けた。
「そっちのあんたは?」
「通りかかった者です。ドニアザードさんの具合が悪そうだったので、日陰で休んでもらっていました。喉が渇いているようだったので、持っていた飲み物も少し渡しました」
「そうだったのか……。ドニアザードを気遣ってくれてありがとう」
ディシアは真剣な表情で礼を言った。
「いえ、たまたま飲み物を持っていただけですから。あとは、ゆっくり休んだほうがいいと思います」
「そうだな。あとはあたしがついている。助かったよ」
ディシアが来てくれたので、俺もひと安心だ。
「それじゃ、俺はこれで失礼します」
「待ってください」
ドニアザードさんが穏やかな声で呼び止めた。
「お名前を伺ってもいいですか? きちんとお礼を伝えたいんです」
「俺は悠真です」
「悠真さんですね。今日は本当にありがとうございました」
「私はドニアザードといいます。改めて、よろしくお願いしますね」
ドニアザードさんは穏やかに微笑むと、隣にいる女性へ視線を向けた。
「それと、こちらはディシアさんです。私の護衛をしてくれているんですよ」
「ディシアだ。助けてくれてありがとな」
「いえ、俺は飲み物を渡しただけですから」
俺は二人に挨拶を返した。
「こちらこそ、よろしくお願いします。無理せず、ゆっくり休んでください」
別れの挨拶をしようとしたところで、俺はふと思い出した。
そうだ。次にスメールへ来たときには、露店を出す予定だった。
「そうだ、次にスメールへ来たとき、露店を出す予定なんです。よかったら、ぜひ立ち寄ってくださいね。今日お渡ししたような飲み物も販売するつもりなので」
ディシアさんが、少し呆れたような顔をした。
「……あんた、こんなときにも宣伝するのか?」
「いや、せっかくなので!」
思わずそう答えると、ドニアザードさんがくすりと笑った。
「ふふっ。わかりました。次にお会いできたら、ぜひ見に行きますね」
「ありがとうございます。それでは、お大事に」
俺は二人に別れを告げ、その場を離れた。
人助けをしたあとに、ちゃっかり宣伝までしてしまった。
まあ、少しくらいはいいだろう。
◇
その後も、俺はスメールシティの街並みを見て回った。
市場の近くでは、相変わらず商人たちが客を呼び込んでいる。
少し離れた通りでは、荷物を運ぶ人や、仕事へ向かう人たちが行き交っていた。
どこへ行っても、人々の暮らしがある。
今日のドリーとの話も、印象に残った。
冷たい飲み物には、暑い場所だからこその需要がある。筆記具には、学者や学生など、日常的に使う人たちの需要がある。
ただ商品を持ち込むだけではなく、誰が必要としているのかを考える。
そして、売る場所や提供方法についても、きちんと準備しておく。
商売をするうえで大切なことを、改めて知ることができた。
露店の準備は、これから進めていけばいい。
出店の手続きについてはドリーが確認してくれるし、店舗での販売についても相談できる。
どちらの方法が自分に合っているのか、条件を聞いてから決めても遅くはないだろう。
俺は最後にもう一度、市場の方へ目を向けた。
商人たちの声が聞こえ、人々が行き交う。
この街には、まだ見ていない場所も、知らない人たちもいる。
また訪れる機会があれば、今日とは違った景色が見られるだろう。
そろそろ帰る時間だ。
俺は解放済みのワープポイントへ向かい、帰る準備をした。
光に包まれ、次に目を開けたときには、自宅に戻っていた。
バックパックを下ろし、椅子に腰を下ろす。
「今日は、いろいろ話ができたな」
ドリーとの商談では、飲み物と筆記具の可能性を知ることができた。
冷たい飲み物を試飲したときの、ドリーの驚いた顔も印象に残っている。
それに、散策の途中ではドニアザードさんと出会い、スポーツドリンクを渡すことになった。ディシアが来るまで付き添っていたら、最後には露店の宣伝までしてしまった。
そういえば、ゲームで見ていたディシアさんと、普通に会話していたな。
実際に目の前にいると、ゲームのキャラクターという感覚よりも、一人の人間と話しているという感覚のほうが強かった。最初こそ不思議な気分だったけれど、最近はこうして原神のキャラクターと接することにも、だいぶ慣れてきたのかもしれない。
ペットボトルの再現に悩んでいたはずなのに、新しい商品を見せた途端、すっかり商売の話に夢中になっていた。
あの切り替えの早さは、さすが商人といったところだろう。
露店を出すためには、まだ準備することがある。
けれど、出店の手続きを相談できる相手ができたのは大きい。
ドリーは俺の商品に売れる見込みを感じているようだったし、自分の店での販売も勧めてくれた。
もちろん、彼女が自分の利益も考えていることは分かっている。
それでも、俺にとっても得るものがある話だった。
次にスメールシティを訪れるときは、手続きや販売条件について、もう少し詳しく聞いてみよう。
それまでは、ほかの地域を訪れたり、まだ見ていない場所を観光したりするのもいい。
テイワットには、まだ知らない景色がたくさんある。
商売も、観光も、人との交流も。
どれかひとつだけに偏らず、これからも自分のペースで楽しんでいこう。
そんなことを考えながら、俺は休日の余韻に浸った。