原神の世界に通えるようになったので、モンドを拠点に異世界生活を楽しみます   作:ところてんの

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第42話「エスコフィエとのレシピ相談」挿絵あり

 フォンテーヌを訪れるのは、前回から少し間が空いていた。

 

 休日を利用してテイワットに来るのはいつものことだが、毎回同じ場所に滞在するわけではない。モンドで過ごす日もあれば、別の国へ足を延ばす日もある。

 

 今回は、前回訪れたフォンテーヌにもう一度来ることにした。

 

 目的は観光だけではない。

 

 前回、街を歩いているときに見かけたエスコフィエのレストラン。そこで料理を食べたことがきっかけで、俺は彼女に相談してみたいことを思いついていた。

 

 日本から持ち込んだ料理本を使って、こちらの食材で作れる料理を一緒に考えてもらえないか。

 

 俺は料理本を何冊か用意していた。

 

 日本の家庭料理を扱ったものだけではない。イタリア料理やスペイン料理など、いくつかの国の料理を紹介した本もある。

 

 自分一人で料理を再現するだけなら、知っている範囲で試せばいい。

 

 けれど、それをこちらで販売できるレシピにするとなると話は別だ。

 

 材料が手に入るかどうかだけでなく、調理器具や火加減、分量まで考えなければならない。俺の知識だけでは判断できない部分も多い。

 

 だからこそ、料理人として経験豊富なエスコフィエに相談したかった。

 

 もっとも、いきなり大きな話を持ちかけるつもりはない。

 

 まずは本を見てもらい、興味を持ってもらえる料理があるかどうか。それを確かめるところから始めよう。

 

 俺は料理本の入った鞄を確認してから、フォンテーヌの街を歩き始めた。

 

 ◇

 

 水路の流れる街並みは、何度見ても印象的だ。

 

 建物の外観や広場の噴水、行き交う人々の服装。どこを見てもフォンテーヌらしさが感じられる。

 

 前回はフリーナと一緒に街を歩いたり、アクアバスに乗ったりした。

 

 今回は特に約束があるわけではない。まずは目的地へ向かい、その後は時間を見ながら街を散策するつもりだ。

 

 レストランのある通りに近づくと、食欲をそそる香りが漂ってきた。

 

 昼食の時間は少し過ぎているが、店の周囲にはまだ人の姿がある。

 

 俺は店の前で立ち止まり、看板を確認した。

 

「よし、ここだな」

 

 前回は外から眺めるだけだった店に、今日は入るつもりだ。

 

 ただ、予約をしているわけではない。忙しそうなら、改めて出直すことも考えていた。

 

 扉を開けて中へ入る。

 

 店内は落ち着いた雰囲気で、食事を楽しむ客の姿が見えた。料理の香りが漂い、スタッフが手際よく客の注文に対応している。

 

 俺は近くにいた店員に声をかけた。

 

「すみません。エスコフィエさんにお話ししたいことがあるんですが、今お時間はありますか?」

 

「エスコフィエ様に、ですか?」

 

「はい。料理について相談したいことがありまして」

 

「少々お待ちください。確認してまいります」

 

 店員はそう言うと、奥へと向かった。

 

 俺は邪魔にならない場所で待つことにした。

 

 店内を見回していると、厨房の奥から食器の音や人の声が聞こえてくる。

 

 やはり料理人の店だ。厨房も忙しいのだろう。

 

 しばらくすると、店員が戻ってきた。

 

「エスコフィエ様は、今は少し手が空いているそうです。こちらへどうぞ」

 

「ありがとうございます」

 

 案内されて店の奥へ進む。

 

 厨房の近くまで来ると、料理を仕上げている女性の姿が見えた。

 

 エスコフィエだ。

 

 後ろ姿を見ただけでも、彼女だと分かった。

 

 料理に集中しているようで、こちらにはまだ気づいていない。

 

 背中から見ている分には、特に問題ない。料理を仕上げる姿も様になっている。

 

 ただ、正面から見ると話は別だ。

 

 ……なんというか、背中から見ればセーフだけど、正面から見るとアウトだな。

 

 あの衣装は、どう見ても露出が多い。

 

 裸にエプロンを着けているようにも見える格好だ。本人は気にしている様子もないし、料理に集中しているのだろうが、こちらとしては目のやり場に困る。

 

 できるだけ顔を見るようにしよう。

 

 そう考えていると、エスコフィエがこちらに気づいた。

 

「お待たせしたわね。私に話があると聞いたけれど?」

 

 振り返った彼女と目が合う。

 

 ……やっぱり正面から見ると落ち着かない。

 

「はい。突然すみません。少し相談したいことがあって来ました」

 

「相談?」

 

「故郷の料理レシピを、こちらの食材を使って再現し、販売できないかと考えているんです」

 

「故郷の料理を、こちらで販売するの?」

 

「はい。故郷の料理本を何冊か持ってきました。こちらの食材で作れる料理がないか、一緒に見てもらえないかと思いまして」

 

「料理本を?」

 

 エスコフィエは俺の持っている鞄に目を向けた。

 

「ええ。面白そうね。どんなものなのか見せてもらえる?」

 

「もちろんです」

 

 俺は鞄から料理本を取り出した。

 

 何冊かまとめて持ってきたので、少し重かったが、こういうときのために用意しておいたものだ。

 

「こちらが料理本です」

 

「ずいぶん種類があるのね」

 

 エスコフィエは本を受け取ると、表紙を確認した。

 

 まずは日本の家庭料理をまとめた本を開く。

 

 そこには料理の写真と材料、調理手順が掲載されている。

 

「これは……」

 

 彼女はページをめくりながら、写真をじっと見つめた。

 

「写真がとても鮮明ね。食材の表面や焼き色まで、細かく分かるわ」

 

「写真はかなり綺麗に撮られていますね。料理の見た目も分かりやすいと思います」

 

「ええ。これほど細かく写っているなら、料理の仕上がりを確認するのにも役立ちそうね」

 

 エスコフィエは別のページも開き、写真を見比べている。

 

 写真の解像度には、かなり興味を持ってくれたようだ。

 

 ただ、彼女はページに並んだ文字を読んでいるわけではない。

 

 この本に使われているのは、俺の故郷で使われている文字だ。テイワットの文字とは違うため、エスコフィエには内容が分からない。

 

「そういえば、この本の文字は読めないわね。あなたの故郷で使われているものかしら?」

 

「はい。こちらの文字とは違うので、読めないと思います」

 

「やっぱりそうなのね。写真は見られるけれど、料理の名前や材料までは分からないわ」

 

「そこは俺が説明します。料理の名前や材料、作り方については口頭で伝えますね」

 

「そう。なら、気になった料理があれば聞かせてもらうわ」

 

 彼女は写真を見ながら、次のページを開いた。

 

「こちらの料理は、どんな味付けなのかしら?」

 

「煮物ですね。醤油や砂糖、みりんなどを使った料理です」

 

「醤油……。聞き慣れない調味料ね。どんな味なの?」

 

「塩気とうま味があって、独特の香りもあります。煮物や焼き物など、いろいろな料理に使います」

 

「なるほど。調味料の組み合わせで味を作るのね」

 

 エスコフィエは説明を聞きながら、写真をもう一度見た。

 

「この料理は、こちらでも再現できそう?」

 

「材料によると思います。全部を同じものにするのは難しいかもしれません」

 

「そうね。調味料が違えば、同じ味にはならないでしょうし、食材の特徴も考える必要があるわ」

 

 彼女は本を閉じず、別のページを確認する。

 

「こちらの料理も興味深いけれど、使われている調味料がこちらでは手に入りにくそうね。こちらの食材に置き換えるなら、味の組み立てから考え直したほうがよさそう」

 

「やっぱり、そうなりますか」

 

「ええ。無理に同じものを再現する必要はないわ。こちらの食材でおいしく仕上がる方法を考えるほうがいいと思う」

 

 その意見はもっともだった。

 

 日本の料理をそのまま持ち込んでも、同じ材料が手に入るとは限らない。

 

 味付けも調整しなければならないだろう。

 

 俺は彼女の説明を聞きながら、次の本を取り出した。

 

「こちらは、別の地域の料理をまとめた本です」

 

「別の地域?」

 

「はい。パスタやピザなど、麺料理や生地を使った料理が多く載っています」

 

 表紙を見せてからページを開く。

 

 パスタやピザ、肉料理など、さまざまな料理の写真が並んでいた。

 

 エスコフィエはページを見た瞬間、少し身を乗り出した。

 

「これは……面白いわね」

 

 さっきまでの日本料理の本とは、反応が違う。

 

 彼女は写真をじっと見つめた。

 

「この料理は小麦を使っているのね。こちらのソースは何を使っているの?」

 

「トマトや香草、オリーブオイルなどですね」

 

「トマトに香草……。なるほど。こちらの食材でも再現できる可能性がありそうね」

 

 エスコフィエは次のページを開いた。

 

「こちらは?」

 

「パスタですね。麺の形やソースによって、いろいろな種類があります」

 

「麺の形を変えることで、ソースとの絡み方も変わるのかしら?」

 

「そうですね。形によって合うソースが違います」

 

「興味深いわ。こちらの食材を使うなら、どんなソースが合うかしら……」

 

 彼女は写真を見ながら、頭の中で料理を組み立てているようだった。

 

 ページをめくる手が、さっきよりも速くなっている。

 

 次の写真を見て、また手が止まった。

 

「この料理も気になるわね。焼き加減がとてもよく分かる写真だわ」

 

「肉料理ですね。表面を焼いてから、火を通していく料理です」

 

「火加減が重要そうね。中まで火を通しながら、表面を焦がしすぎないようにする必要があるわ」

 

「そうです。焼きすぎると硬くなります」

 

「ええ。そこは食材の厚みや火力によっても変わるわね」

 

 エスコフィエは写真をじっと見つめた。

 

 料理の写真を眺めているというより、実際に調理する場面を想像しているようだ。

 

 俺が説明する前に、彼女のほうから質問が飛んでくる。

 

「この料理の材料はどれくらい必要なの? それから、調理時間は?」

 

「本には分量が書いてあります。料理によって違いますけど、詳しい内容は俺が説明します」

 

「そう。なら、後で詳しく教えてちょうだい」

 

 声に熱がこもってきた。

 

 さらに別の料理本を開く。

 

「こちらも、別の地域の料理です」

 

「今度はどんな料理が載っているのかしら?」

 

「魚介類や米を使った料理が多いですね」

 

 エスコフィエは新しい本を受け取った。

 

 ページを開くと、魚介類や米を使った料理が目に入る。

 

「これは魚介類を使った料理ね」

 

「はい。米と魚介類を一緒に調理する料理です」

 

「なるほど。魚介のうま味を米に吸わせるのね。こちらの食材でも試せそうだわ」

 

 彼女は写真を見つめ、料理の見た目や使われている食材を確かめている。

 

「この料理には、どんな香辛料を使うの?」

 

「サフランなどですね。ほかにも、地域や作り方によって違いがあります」

 

「サフラン……。色だけでなく、香りも大切になるのね」

 

 エスコフィエは写真を近くで確認した。

 

「こちらの料理もいいわね。魚介類の種類を変えた場合、味の調整はどうするのかしら?」

 

「魚介類の種類によって、少し変わると思います」

 

「そうね。食材のうま味を考えれば、調味料を同じ量にすればいいとは限らないわ」

 

 質問が増えていく。

 

 日本料理の本を見ていたときより、明らかに興味を持っているようだった。

 

 写真の鮮明さにも驚いていたが、それ以上に料理そのものに関心が向いている。

 

 エスコフィエは次々とページをめくり、気になる料理を見つけるたびに指を止めた。

 

「こちらも説明してもらえる?」

 

「はい」

 

「それから、この料理の材料も知りたいわ」

 

「分かりました」

 

「このソースは、どんな手順で作るのかしら?」

 

「ええと……」

 

 俺が答えると、彼女はさらに質問を重ねてくる。

 

 いつの間にか、エスコフィエの頬がほんのり赤くなっていた。

 

 料理人としての好奇心が、抑えきれなくなっているのだろう。

 

「ねえ、この料理もこちらの食材で再現できると思う?」

 

「食材を確認してみないと、何とも言えないですね」

 

「そうよね。なら、材料を一つずつ確認しましょう。こちらの魚介類なら代用できるものもあるはずだわ」

 

 彼女は本を持ったまま、俺との距離を詰めてくる。

 

「それで、この料理は? 調理の途中で何か特別な工程があるのかしら?」

 

「ええと、そこは本に書いてあります。俺から説明しますね」

 

「そう。お願いするわ」

 

 さらに身を乗り出して、写真を覗き込んでくる。

 

 ……近い。

 

 料理の話に夢中になっているのは分かる。

 

 分かるんだけど、少し距離を取ってほしい。

 

 それに、目のやり場にも困る。

 

 エスコフィエの衣装は、改めて見てもかなり大胆だ。背中から見ているときはまだよかったが、こうして正面から近づかれると落ち着かない。

 

 なるべく顔を見るようにしているのだが、視線をどこに置けばいいのか分からなくなる。

 

 ……頼むから、そんなに身を乗り出さないでほしい。

 

「悠真さん?」

 

「は、はい!」

 

「どうしたの? 少し顔が赤いようだけれど」

 

「いえ、何でもないです。ちょっと暑いだけで」

 

「そう? 厨房の近くだからかしら」

 

「たぶん、そうですね」

 

 適当に答えておく。

 

 エスコフィエは特に気にした様子もなく、再び本へ視線を戻した。

 

「それより、この料理について教えてもらえる?」

 

「もちろんです」

 

 助かった。

 

 俺は本の説明を始める。

 

 料理の名前や材料、調理の流れ。覚えている範囲で説明し、細かい分量についても本を確認しながら伝えていく。

 

 ただ、俺がすべてを説明できるわけではない。

 

 実際に料理を作ってきたわけでもないし、食材の違いについても詳しくない。

 

 その点は、エスコフィエの意見を聞きながら考えていく必要がある。

 

「この料理は、こちらの食材で作るなら少し調整が必要ね」

 

「どのあたりですか?」

 

「まずは魚介類の種類。写真と同じものが手に入らないなら、近い特徴を持つものを選ぶ必要があるわ。それから、火を通す時間も確認したいわね」

 

「なるほど」

 

「ただ、料理の基本的な考え方は使えそうよ。食材の組み合わせも面白いし、試してみる価値はあると思うわ」

 

 エスコフィエは別のページも確認した。

 

「こちらの料理も、フォンテーヌの食材と相性がよさそうね」

 

「そうなんですか?」

 

「ええ。魚介類を使う料理なら、こちらでも材料を揃えやすいものがあるでしょう。香草や油の種類を調整すれば、十分に形にできると思うわ」

 

「それなら、候補にできそうですね」

 

「もちろん。実際に作ってみて、味を確認する必要はあるけれど」

 

 料理人としての意見は、やはり頼りになる。

 

 俺が本を見て考えるだけでは、ここまで具体的な話にはならなかっただろう。

 

 しばらく料理本を確認していると、エスコフィエは一度ページを閉じた。

 

「少し整理しましょう」

 

「はい」

 

「まず、こちらの料理本に載っている料理をすべて再現するのは難しいわ。材料が手に入らないものもあるし、調理器具の違いも考えなければならない」

 

「そうですね」

 

「でも、現地の食材で代用できるものや、調理方法を調整すれば作れそうなものもある。そういう料理を選んでいくのがよさそうね」

 

「俺もそう思います。無理に本と同じものを作るより、こちらで作りやすい形にしたほうがいいですね」

 

「ええ。大切なのは、実際に作ったときにおいしく仕上がることよ。材料や手順を読んだだけでは、再現できないレシピになってしまうもの」

 

 エスコフィエの言葉には説得力があった。

 

 料理の写真が綺麗でも、作り方が分からなければ意味がない。

 

 分量が曖昧だったり、こちらでは手に入らない材料が必要だったりすれば、読んだ人は困ってしまう。

 

 販売することを考えるなら、誰が作ってもある程度同じ仕上がりになるようにしなければならない。

 

「それに、材料の代用についても、単に似たものを選べばいいわけではないわ。水分量や香り、火の通り方が違えば、仕上がりも変わるもの」

 

「そこはエスコフィエさんに相談しながら決めたいです」

 

「もちろんよ。私も興味があるわ」

 

 彼女は再びパスタ料理の本を開いた。

 

「この本は、もう少し詳しく見てみたいわね」

 

「気に入った料理がありましたか?」

 

「ええ。こちらのパスタ料理と、魚介類を使った料理。それから、こちらの煮込み料理も気になるわ」

 

 次に魚介類や米を使った料理の本を開く。

 

「こちらも見逃せないわ。特にこの米料理は、食材の組み合わせが興味深いわね」

 

「かなり気に入ったみたいですね」

 

「料理人として、知らない料理を知るのは楽しいものよ。それに、実際にこちらの食材で作れる可能性があるのなら、試してみたくなるわ」

 

 エスコフィエは本を見ながら、楽しそうに話していた。

 

 日本料理の本を見ていたときも、写真や調味料について質問はあった。

 

 ただ、パスタ料理や魚介類を使った料理に対する反応は明らかに違う。

 

 料理の写真を見つめる目も、質問の数も、こちらのほうがずっと熱心だった。

 

 好みの違いもあるのだろう。

 

 それに、フォンテーヌの食材や調理環境との相性も関係しているのかもしれない。

 

 俺としては、どの料理にも興味を持ってもらえると思っていたので、少し意外だった。

 

「ところで、悠真さん」

 

「はい?」

 

「この料理本に載っている料理は、すべてあなたの故郷で一般的に食べられているものなの?」

 

「全部がそうというわけではないです。家庭料理もあれば、地域によって食べられているものもあります」

 

「なるほど。地域ごとに料理の特徴が違うのね」

 

「そうですね。使う食材や調味料も違いますし、同じ料理でも家庭によって作り方が変わることがあります」

 

「それは面白いわ。料理というのは、土地の食材や暮らしと深く結びついているものね」

 

 エスコフィエは納得したように頷いた。

 

「この本に載っている料理を、すべて同じように再現する必要はないと思うわ。こちらの食材に合わせて工夫すれば、また違った魅力のある料理になるかもしれない」

 

「俺も、そういう形にできたらいいと思っています」

 

「なら、まずは候補を選びましょう。実際に材料を確認して、作れるものから試していくのがいいわね」

 

「お願いします」

 

 ようやく、最初の相談としては十分な話ができたと思う。

 

 エスコフィエは料理本を何冊か並べ、気になったページに印をつけていった。

 

 日本料理の本からも、いくつか候補を残している。反応が控えめだったとはいえ、興味がないわけではないようだ。

 

 ただ、パスタ料理や魚介類を使った料理の本には、かなり多くの印がついていた。

 

「これだけ候補があれば、いくつか試せそうね」

 

「そうですね。俺も材料や作り方について、分かる範囲で説明します」

 

「ええ。料理の細かい部分は、実際に作りながら確認しましょう」

 

 エスコフィエは本を閉じ、俺に向き直った。

 

「今日は興味深いものを見せてもらったわ。特に、こちらの料理はぜひ試してみたいわね」

 

「気に入ってもらえたならよかったです」

 

「写真も素晴らしかったけれど、料理そのものに興味を引かれたわ。見たことのない組み合わせや調理方法を知ることができたもの」

 

「写真も驚いていましたね」

 

「ええ。あれほど細かく写っていると、料理の状態を確認するのに便利だわ。焼き色や盛り付けも分かりやすいもの」

 

 そう言って、彼女はもう一度写真を眺めた。

 

 やはり写真の技術にも関心があるらしい。

 

 ただ、料理人としての興味がそれ以上に強いのだろう。

 

「それで、今後の進め方だけれど……」

 

「はい」

 

「候補にした料理について、材料や分量、調理手順を詳しく確認したいわ。こちらで再現するために必要な調整も考えていきましょう」

 

「分かりました。俺が本の内容を説明します」

 

「その内容をもとに、こちらで使える食材や調理方法を検討するわ。必要なら、実際に試作して確認しましょう」

 

「お願いします」

 

「レシピとしてまとめるのは、その後ね。作り方が曖昧なまま文書にしても意味がないもの」

 

「確かにそうですね」

 

 まずは料理を選び、再現できるかどうかを確認する。

 

 それから、材料や分量、手順を整理していく。

 

 ただ、ここで一つ問題がある。

 

 俺はテイワットの文字を読むことはできるが、書くことはできない。料理の説明を口頭で伝えることはできても、それをこちらの文字で文書にまとめるのは難しい。

 

「そういえば、レシピを文書にするときはどうしましょう?」

 

「どういうことかしら?」

 

「俺は、こちらの文字を読むことはできるんですが、書くことができないんです。料理の内容を説明することはできますけど、こちらの文字でレシピを書くのは難しくて」

 

「そうなのね。それなら、私が文章にまとめればいいわ」

 

「お願いしてもいいんですか?」

 

「もちろんよ。あなたが料理の内容や手順を説明してくれれば、こちらで使える形に整理できるわ」

 

「助かります。完成したものは、俺も内容を確認します」

 

「ええ。材料や分量、調理手順に間違いがないか、一緒に確認しましょう」

 

 これなら、レシピを形にすることもできそうだ。

 

 もちろん、実際に作ってみなければ分からない部分もある。説明した内容をそのまま文章にするだけではなく、試作を重ねながら調整していく必要があるだろう。

 

 ただ、エスコフィエが文書化を引き受けてくれるなら、俺にとっては大きな助けになる。

 

 どの料理を採用するのか、どのような形で販売するのかは、まだ決まっていない。

 

 今日のところは、相談の方向性が見えただけでも十分だ。

 

「今日はありがとうございました」

 

「こちらこそ。面白い料理本を見せてもらえてよかったわ」

 

「それで、もしよければ、この料理本を預かってもらえませんか?」

 

「私が預かってもいいの?」

 

「はい。次に来るまでに、気になる料理を見てもらえたらと思いまして。もちろん、無理に全部確認しなくても大丈夫です」

 

「それは助かるわ。もう少し詳しく見てみたいと思っていたところなの」

 

 エスコフィエは、並べていた料理本に目を向けた。

 

「それじゃあ、お言葉に甘えて預からせてもらうわね。気になった料理には印をつけておくわ」

 

「お願いします。材料や分量、調理手順については、次に来たときに俺から説明します」

 

「そういえば、先ほど別の地域の料理と説明した本ですが、パスタやピザが載っている本はイタリアの料理で、魚介類や米を使った料理が載っている本はスペインの料理です」

 

「イタリアとスペイン……。なるほど。地域によって料理の特徴も違うのね」

 

「そうですね。使う食材や調味料、調理方法にも違いがあります」

 

「ますます興味が湧いてきたわ。次に来るまでに、もう少し詳しく見ておくわね」

 

「ええ。実際に作れそうな料理を考えておくわ」

 

 俺は料理本をまとめて、エスコフィエに渡した。

 

「大切に扱うわね」

 

「ありがとうございます」

 

 これで、次に来たときの相談もしやすくなりそうだ。

 

 ◇

 

 店の外へ出ると、街には穏やかな風が吹いていた。

 

 料理人と話すという目的は、ひとまず達成できた。

 

 最初は、料理本を見てもらえるかどうかも分からなかったが、結果としてエスコフィエはかなり興味を持ってくれた。

 

 特にパスタ料理や魚介類を使った料理への反応は予想以上だった。

 

 日本料理の本にも目を通してくれたが、食材や調味料の違いが大きく、再現するには工夫が必要になりそうだ。

 

 それでも、候補をいくつか選べたのは大きい。

 

 次は材料や分量を説明して、実際に作れるかどうかを確認することになる。

 

 俺一人では難しい部分も、エスコフィエと一緒なら形にできるかもしれない。

 

 もっとも、料理本を見てもらっただけで、すぐに商品として販売できるわけではない。

 

 試作をして、味や手順を確認し、誰でも作れる形にまとめる必要がある。

 

 その先には、印刷や販売方法について考えることもあるだろう。

 

 報酬や細かな条件についても、話し合わなければならない。

 

 そこまで考えると、まだ先は長そうだ。

 

「まあ、焦らず進めていけばいいか」

 

せっかくフォンテーヌに来たのだから、観光も楽しみたい。

 

 俺は街の通りを見回した。

 

 水路の向こうには、行ってみたい場所がまだいくつもある。

 

 次に来たときは、料理の試作だけでなく、街の別の場所も見て回りたい。

 

 ……それに、料理の話をしていたら、なんだかお腹が空いてきた。

 

 日本に戻って食べるか。それとも、これまで訪れた国で食事をするか。せっかくフォンテーヌにいるのだから、この辺りで店を探すのも悪くない。

 

 どこで食べようかと悩みながら、俺は街の通りを歩き始めた。

 

 

 

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