原神の世界に通えるようになったので、モンドを拠点に異世界生活を楽しみます 作:ところてんの
フォンテーヌへ向かう前に、俺は日本の店に立ち寄っていた。
今回はエスコフィエと料理の試作をする予定だ。
前回は料理本を見せただけだったが、実際に作るとなれば調味料も必要になる。
日本料理に使う醤油やみりん風調味料、料理酒、つゆの素。それから、イタリア料理やスペイン料理に使えそうな乾燥バジル、オレガノ、ガーリックパウダー、パプリカパウダーなども買い物かごに入れた。
どれも故郷で見つけたものばかりだ。
専門店で売っているような本格的な調味料ではないが、今回の試作には十分だろう。
現地で用意した調味料だけで作った場合と、日本から持ち込んだものを使った場合。味にどれくらい違いが出るのか、俺自身も気になっていた。
買ったものをアイテムボックスに収納し、準備を終える。
「さて、今日はどんな料理になるかな」
俺は目的のレストランへ向かいながら、そんなことを考えていた。
前回、エスコフィエに預けた料理本には、彼女が候補にした料理のページに印がつけられている。
日本料理は、こちらの食材や調味料でどこまで近づけられるのか。
イタリア料理やスペイン料理は、フォンテーヌの食材と相性がよさそうだったが、実際に作るとどうなるのか。
俺自身、料理人というわけではないので、詳しいことはエスコフィエに任せるつもりだ。
それでも、日本の料理を異世界の食材で再現するというのは、なかなか面白そうだった。
◇
レストランに到着すると、俺は前回と同じように店内へ入った。
昼食の時間帯は少し過ぎている。店内には食事を楽しんでいる客が何人かいたが、前回ほど慌ただしい様子ではなかった。
「いらっしゃいませ」
「こんにちは。エスコフィエさんにお会いしたいんですが」
「エスコフィエ様ですね。お名前をお伝えしてまいります」
「お願いします」
店員が奥へ向かうのを見送り、俺は邪魔にならない場所で待つ。
しばらくすると、厨房のほうからエスコフィエが姿を見せた。
「待たせたわね、悠真さん」
「こんにちは。今日はよろしくお願いします」
「こちらこそ。前回の料理本、とても興味深かったわ。あれから何度か見返していたのよ」
「そうなんですか?」
「ええ。特にイタリア料理とスペイン料理は、実際に作ってみたいものがいくつもあったわ」
どうやら、かなり気に入ってくれたらしい。
「今日は候補にした料理を試作する予定でしたよね」
「そうよ。材料もいくつか用意してあるわ。まずは厨房に来てちょうだい」
「分かりました」
案内されて厨房へ向かう。
中へ入ると、調理台の上には野菜や魚介類、肉などが並べられていた。どれもフォンテーヌで手に入る食材なのだろう。
その近くでは、一人の女性が材料を確認していた。
「あら、こちらが例の方?」
女性は俺に気づくと、エスコフィエのほうへ視線を向けた。
「ええ。前に話していた、異国の料理本を持ってきてくれた悠真さんよ」
「初めまして。悠真です」
「エスコフィエさんからお話は聞いています。サヴァナです」
彼女は丁寧に挨拶を返してくれた。
――サヴァナさん。エスコフィエさんの弟子だった人だよな。確か、料理対決で一度エスコフィエさんに勝って、そのあと色々あって仲直りしていたはずだ。
「今日は一緒に料理を作るの?」
「そうよ。せっかくの機会だもの。あなたにも参加してもらおうと思って」
「それは楽しみですね。どんな料理なのか、私も気になっていました」
どうやらサヴァナも、前回の料理本の話を聞いていたらしい。
エスコフィエは料理本を手に取り、調理台の上に広げた。
「まずはあなたの故郷の料理から確認しましょう。そのあと、イタリア料理とスペイン料理を試す予定よ」
「三種類とも作るんですか?」
「ええ。すべてを一度に完成させるのは大変だけれど、候補を絞るためにも実際に味を確かめておきたいわ」
「分かりました。俺も本を見ながら説明します」
俺はリュックサックから、先ほど買った調味料を取り出して調理台に並べた。
「それは何かしら?」
「故郷から持ってきた調味料です。現地のものだけで作る場合と、これを使った場合で味を比べてみたいと思って」
醤油やみりん風調味料、料理酒、つゆの素。それから乾燥バジルやオレガノ、ガーリックパウダー、パプリカパウダーなども並べる。
「ずいぶん種類があるのね」
「故郷で買えるものを適当に選んできました。どれも少量なので、試すにはちょうどいいと思います」
「なるほど。これらを使うと、料理の味がどう変わるのかしら」
「俺も気になっています。せっかくなので、食べ比べてみましょう」
「面白そうですね。私も楽しみです」
サヴァナも興味深そうに調味料を眺めていた。
こうして、今日の試作が始まった。
◇
「最初は、この料理にしましょう」
エスコフィエが開いたのは、日本の家庭料理の本だった。
写真には、肉と野菜を煮込んだ料理が載っている。
「肉じゃがですね」
「ニクジャガ……。肉と野菜を煮込む料理なのね」
「はい。肉とジャガイモ、ニンジン、玉ねぎなどを使います。味付けは醤油や砂糖、みりんが基本ですね」
「前回も話していた調味料ね」
「今日は故郷から持ってきたものもあります。まずは現地の調味料だけで作って、それから故郷の調味料を使ったものも試してみましょう」
「同じ料理で比較するのね」
「はい。そうすれば、味の違いも分かりやすいと思います」
「分かったわ。では、二つ作ってみましょう」
まずは現地の調味料を使った肉じゃがから作る。
材料を切り、鍋に入れていく。
俺は料理本を確認しながら、材料の分量や調理の順番を説明した。
エスコフィエはそれを聞きつつ、サヴァナと相談して火加減や調味料の量を調整していく。
「肉を先に炒めるのね」
「はい。表面に軽く焼き色をつけてから、野菜を加えます」
「分かったわ。サヴァナ、野菜をお願い」
「はい」
二人の動きは手慣れていた。
俺が説明するよりも先に、次に必要な道具や材料が用意されていく。さすが料理人だ。
鍋から少しずつ香りが立ち始める。
ただ、日本で食べていた肉じゃがとは、どこか違う香りだった。
使っている調味料が違うのだから、当然といえば当然なのだが。
「そろそろ味を見てみましょう」
エスコフィエが鍋の中身を小皿に取り分ける。
俺も一口食べてみた。
「うん。おいしいですね」
「そうね。肉と野菜にはよく味が染みているわ」
サヴァナも味を確かめ、頷いている。
「素材の甘みも感じられます。煮込み料理としては、まとまりのある味ですね」
確かに、おいしい。
ジャガイモも柔らかく、肉にも味が染みている。野菜の甘みも出ていた。
ただ……。
「でも、少し違いますね」
「やはり、そう感じる?」
「はい。おいしいんですけど、俺が故郷で食べていた肉じゃがとは、ちょっと違います」
「調味料の違いが大きいのでしょうね」
「そうですね。せっかくなので、今度は故郷の調味料を使って作ってみましょう」
次は、持ち込んだ醤油やみりん風調味料、料理酒、つゆの素を使う。
同じ材料を使い、調味料だけを変えて調理する。
「こちらが醤油ね。独特の香りがあるわ」
「はい。これが肉じゃがの味を決める大事な調味料です」
「みりん風調味料は、甘みを加えるために使うのね」
「そうです。料理酒やつゆの素も加えて、味を整えます」
エスコフィエは調味料の量を確認しながら、鍋に加えていった。
しばらく煮込むと、先ほどとは違う香りが広がる。
「香りが変わりましたね」
「ええ。こちらの調味料だけで作ったときとは、かなり違うわ」
サヴァナも鍋の様子を見ている。
「醤油の香りが強く感じられますね」
「そうですね。俺が故郷で食べていた肉じゃがに近づいていると思います」
十分に煮込んだところで、三人で味見をする。
「……ああ、これですね」
口に入れた瞬間、懐かしい味が広がった。
完全に同じとは言えないが、さっきのものよりも日本で食べていた肉じゃがに近い。
「こちらのほうが、悠真さんの知っている味に近いのね」
「はい。醤油とみりんの風味があるだけで、かなり違います」
「面白いですね。同じ材料でも、調味料を変えるだけでこんなに味が変わるんですね」
サヴァナも二つの肉じゃがを食べ比べている。
「現地の調味料で作ったものもおいしかったですが、こちらは味に深みがありますね」
「つゆの素にもだしが含まれているので、うま味が加わっているんだと思います」
エスコフィエは二つの皿を見比べた。
「なるほど。こちらの調味料を使えば、元の料理に近づけられるのね。ただ、これらを継続して使えるかどうかは別の問題になりそうね」
「そうですね。故郷から持ち込んだものなので、こちらで簡単に手に入るわけではありません」
「それなら、レシピには故郷の調味料を使う場合と、こちらのもので代用する場合を分けて記録しておくとよさそうね」
「それがいいと思います」
今回の比較で、調味料の違いが味に大きく影響することがよく分かった。
肉じゃがそのものが悪いわけではない。
ただ、日本で食べていた味を再現するには、やはり日本の調味料が必要になるようだ。
「次はイタリア料理よ」
エスコフィエの声が、少し弾んだ。
どうやら、こちらのほうが楽しみらしい。
◇
次に取りかかったのは、イタリア料理だった。
エスコフィエが選んだのは、トマトソースを使ったパスタ料理だ。
「こちらは材料も比較的揃えやすそうね」
「トマトと小麦、それから香草ですね」
「ええ。魚介類を加えることもできるけれど、まずは基本の形で作ってみましょう」
調理台には、トマトや香草、ニンニク、油などが並べられていた。
パスタに使う麺も、こちらで用意できるものを使うらしい。
「麺はこの形でいいかしら?」
「はい。写真のものとは少し違いますけど、問題ないと思います」
「なら、これを使いましょう」
エスコフィエは麺を確認し、鍋に湯を沸かすよう指示を出した。
サヴァナは野菜を切り、別の調理台でソースの準備を始める。
俺は料理本を開き、材料の分量や手順を説明した。
「トマトは細かく刻んで、ニンニクと一緒に炒めます。そこに香草を加えて、少し煮込む感じですね」
「なるほど。トマトの水分を飛ばしながら、味をまとめていくのね」
「そうです。最後に麺と合わせます」
「分かったわ。サヴァナ、ニンニクをお願い」
「はい。香草はこちらで用意しますね」
二人は手際よく調理を進めていく。
ニンニクを炒める香りが厨房に広がり、そこへトマトが加わると、さらに食欲をそそる匂いになった。
「いい香りですね」
「トマトと香草の組み合わせは、こちらの食材でも使いやすそうね」
エスコフィエはソースを混ぜながら、香りを確かめていた。
「少し酸味が強いかしら」
「本だと、砂糖を少し加える作り方もあります」
「なるほど。では、少量だけ加えてみましょう」
俺は持ち込んだ乾燥バジルとオレガノを取り出した。
「これも使ってみましょう。故郷で買った乾燥香草です」
「こちらの香草とは違うのかしら?」
「似たものはあると思いますけど、乾燥させてあるので香りが少し違います」
エスコフィエは小さな容器を開け、香りを確かめた。
「なるほど。こちらの香草とはまた違った香りね」
「少しずつ加えてみましょう」
乾燥バジルとオレガノをソースに加える。
香りを確認しながら、味を調整していった。
その間に麺が茹で上がり、湯切りをしたものをソースと合わせた。
最後に皿へ盛り付け、香草を添える。
「完成ね」
赤いソースが麺に絡み、見た目にもおいしそうなパスタが出来上がった。
「これは期待できそうですね」
「まずは食べてみましょう」
エスコフィエがフォークを手に取る。
俺も一口分を取り、口に運んだ。
「……うまい」
思わず声が出た。
トマトの酸味と甘み、ニンニクの香り、香草の風味がよくまとまっている。麺にもソースがしっかり絡んでいて、かなりおいしい。
日本で食べていたパスタに近い味だ。
もちろん、麺の食感や細かな風味には違いがある。それでも、料理としての完成度は高かった。
「これはいいですね。かなりおいしいです」
「ええ。トマトの酸味と香草の香りがよく合っているわ」
エスコフィエも満足そうに頷いている。
サヴァナはもう一口食べ、少し考えてから口を開いた。
「ソースの味がしっかりしているので、麺と一緒に食べたときのバランスがいいですね。材料もこちらで揃えやすそうです」
「そうね。これなら、フォンテーヌの食材を使っても十分においしく仕上がるわ」
肉じゃがのときとは、二人の反応も違っていた。
エスコフィエは料理の出来を確認するように、もう一度ゆっくり味わっている。
「この料理は、候補に残しておきましょう」
「俺も賛成です」
「材料の分量を少し調整すれば、安定した味にできそうね。麺の茹で時間も記録しておきたいわ」
「そこは本に書いてある時間を目安にして、実際に使う麺に合わせて調整するのがよさそうですね」
「ええ。種類が違えば、茹で時間も変わるもの」
エスコフィエは手元の紙に、材料と調理のポイントを書き留めていく。
まだ正式なレシピではない。試作した結果を残している段階だ。
◇
続いて、スペイン料理の試作に移った。
今回選んだのは、魚介類と米を使った料理だ。
「こちらは、パエリアですね」
「パエリア……。米と魚介類を一緒に調理する料理だったわね」
「はい。魚介のうま味を米に吸わせるように作ります」
「材料は、こちらにあるもので揃えられそうよ」
調理台には、魚介類や米、トマト、香草、香辛料などが用意されていた。
エスコフィエは材料を一つずつ確認している。
「魚介類は何を使うのがいいかしら?」
「本ではエビや貝などを使っていますね。ほかの魚介類を加えてもおいしいと思います」
「なら、こちらのエビと貝を使いましょう。魚介の種類を増やしすぎると味がまとまりにくくなるから、まずはこの組み合わせで試したいわ」
「分かりました」
サヴァナが魚介類を下処理し、エスコフィエは米や調味料を準備する。
俺は料理本を見ながら、調理の手順を説明していった。
「最初に魚介類を軽く焼いて、いったん取り出します。そのあと、野菜を炒めて米を加えます」
「魚介類を先に焼いておくのね」
「はい。表面に焼き色をつけて、香ばしさを出すんだと思います」
「なるほど。では、その手順で進めましょう」
フライパンの上で魚介類が焼ける音がする。
エビの色が変わり、貝から少しずつ香りが立ってきた。
そのあと、野菜を炒めて米を加える。
スープを注ぎ、香辛料で色と香りを整えていく。
ここで、俺は持ち込んだパプリカパウダーを取り出した。
「これも使ってみましょう。パプリカパウダーです」
「パプリカの粉末なのね」
「はい。色や香りを加えるのに使います」
「面白いわね。少し加えてみましょう」
エスコフィエは量を確認しながら、鍋に加えた。
さらに香りを確かめ、必要な調整を行う。
厨房の空気が一気に変わった。
「この香りはいいわね」
「魚介の香りに、香辛料が加わっているからでしょうか」
「ええ。強すぎないけれど、しっかりと存在感があるわ」
エスコフィエは鍋の中を確認し、火加減を調整した。
米に水分を吸わせながら、じっくりと火を通していく。
俺は本の写真と調理中の状態を見比べていた。
写真では米の表面に焼き色がついているが、今の状態はまだ少し水分が多い。
「もう少し火を通したほうがよさそうですね」
「そうね。水分が残りすぎていると、仕上がりが変わってしまうわ」
エスコフィエは鍋の様子を見ながら、火加減を調整する。
サヴァナも横から確認し、魚介類を戻すタイミングを見計らっていた。
やがて米が水分を吸い、表面の状態も落ち着いてくる。
「そろそろよさそうね」
魚介類を並べ、最後の仕上げをする。
香ばしい匂いが広がった。
「完成ね」
皿に取り分けると、米の上にエビや貝が並び、彩りも鮮やかだった。
見た目からして、かなりおいしそうだ。
「では、いただきましょう」
俺はスプーンで米と魚介類を一緒にすくい、口に運んだ。
「……これは、すごいな」
魚介のうま味が米にしっかり染み込んでいる。
香辛料の香りもよく、噛むたびに味が広がる。魚介類そのものもおいしく、米との相性が抜群だった。
「かなりおいしいです」
「本当に。魚介のうま味が米に移っているわね」
エスコフィエも、満足した様子で食べている。
サヴァナは米の状態を確かめるように、ゆっくりと口に運んだ。
「米の食感もいいですね。柔らかくなりすぎていませんし、魚介の味もしっかり感じられます」
「火加減がうまくいったみたいですね」
「ええ。水分の量と火を通す時間が重要ね。魚介類を入れるタイミングも、もう少し調整できそうだけれど、今回の出来はかなりいいわ」
エスコフィエはもう一口食べた。
「これは、ぜひ候補に残したいわね」
「俺もそう思います。故郷料理より、こっちのほうが再現しやすいですね」
「食材の相性がよかったのでしょうね。こちらで手に入る魚介類を活かせる料理だと思うわ」
日本料理のときは、調味料の違いが大きな問題になった。
けれど、イタリア料理やスペイン料理では、フォンテーヌの食材をそのまま活かせる部分が多い。
もちろん、すべてが本と同じというわけではない。それでも、味の方向性を大きく崩さずに再現できている。
「ほかの料理も試してみたくなるわね」
「そうですね。まだ本には候補がいくつもありますから」
「時間があるときに、少しずつ試していきましょう」
エスコフィエは料理本を見ながら、次に作る料理について考えているようだった。
サヴァナも興味を持ったらしく、ページを覗き込んでいる。
「この料理も気になりますね。こちらの食材なら、違う仕上がりになるかもしれません」
「そうね。材料を確認してから考えましょう」
どうやら、二人ともかなり楽しんでくれているようだ。
俺としても、料理本を持ってきた甲斐があった。
◇
試食を終えたあと、俺たちは調理台の片付けを始めた。
使った皿や調理器具を洗い、残った材料を整理していく。
料理を作るだけなら楽しいが、その後の片付けも忘れてはいけない。
「今日は三種類の料理を試せたわね」
エスコフィエが、手元の記録を確認しながら言った。
「故郷料理は、調味料の違いが大きかったですね」
「ええ。現地の調味料だけで作ったものもおいしかったけれど、故郷から持ち込んだ調味料を使うと、味がかなり変わったわ」
「俺が故郷で食べていた味に近づいたのは、やっぱり醤油やみりんのおかげですね」
「ただ、こちらで同じ調味料を用意できるわけではないのよね」
「そうですね。持ち込んだ分がなくなれば、同じ味で作るのは難しいと思います」
「それなら、レシピには故郷の調味料を使った場合と、こちらで代用する場合の両方を記録しておきましょう」
「それがいいと思います」
サヴァナがそう提案する。
「現地の調味料を使った場合も、料理としては十分においしかったです。故郷の味を知らない人なら、こちらのほうを好む可能性もありますね」
「確かにそうですね。無理に故郷の味に合わせる必要もないと思います」
せっかく作った料理を無駄にするつもりはない。
それぞれの味に違いがあるなら、その違いも含めて記録しておけばいいだろう。
「一方で、イタリア料理とスペイン料理は、とてもよかったわ」
「本当においしかったですね」
「特にパエリアは、魚介類の使い方が参考になったわ。こちらの食材を活かせる料理だと思う」
「パスタも、材料が揃えやすいのがいいですね」
サヴァナも頷いた。
「どちらも、フォンテーヌの食材で十分においしく作れそうです。分量や火加減を調整すれば、安定した仕上がりにできると思います」
「そうね。今日の試作をもとに、もう一度細かい部分を確認しましょう」
エスコフィエは、調理中に書き留めた紙を机の上に並べた。
そこには、材料の種類や分量、調理時間、火加減などが記録されている。
「この内容を整理して、レシピにまとめていくわ。悠真さんは、料理本に書かれている材料や手順について、もう一度確認してもらえる?」
「もちろんです」
「こちらで使った食材に置き換えた部分も分かるようにしておきたいわね。元の材料と、こちらで代用した材料を混同しないようにしましょう」
「それは大事ですね。後から見返したときにも分かりやすいと思います」
エスコフィエは、紙に書かれた内容を確認していく。
サヴァナも隣で、調理中に気づいた点を補足していた。
「パスタは、麺の種類によって茹で時間が変わります。今回使ったもの以外でも作るなら、その点は注意書きが必要ですね」
「そうね。ソースの量も麺に合わせて調整できるようにしておきましょう」
「パエリアは、米の種類と水分量が重要でしたね。魚介類から出る水分も考えないといけません」
「ええ。こちらで使う米に合わせた分量を記録しておく必要があるわ」
二人の話を聞いていると、料理を作るだけでも確認することが多いと分かる。
俺は料理本に書かれた内容を説明することはできるが、食材の細かな特徴や調理中の変化については、料理人である二人の知識が必要だった。
こういう部分は、やはり専門家に任せたほうがいい。
「ところで、悠真さん」
「はい?」
「今回作った料理のうち、パスタとパエリアのレシピを買い取りたいと思っているの」
「私も、ぜひ使わせていただきたいです」
サヴァナもそう言って頷いた。
「買い取るんですか?」
「ええ。実際に作ってみて、店でも使える可能性があると感じたわ。もちろん、店で採用するかどうかは、こちらで検討してから決めることになるけれど」
「それはもちろんです。使うかどうかは、お二人にお任せします」
俺としては、レシピを買い取ってもらえるなら十分だ。
以前、ディルックさんにポテトチップスのレシピを買い取ってもらったときは、一つ三千モラだった。
今回も、あまり高くするつもりはない。
「前に別の店へレシピを売ったときは、一つ三千モラでした。今回も一レシピにつき三千モラでどうでしょうか」
「二つ合わせて六千モラということね?」
「はい。実際に作ってみて、こちらの食材で再現できることも確認できましたし、それで十分です」
エスコフィエは少し考えてから頷いた。
「分かったわ。その金額で買い取らせてもらうわ」
「ありがとうございます」
「私も賛成です。二つとも、ぜひ作ってみたい料理ですから」
二人が買い取るのは、今回うまく再現できたパスタとパエリアのレシピだ。
肉じゃがについては、現地の調味料で作った場合と故郷の調味料を使った場合の違いを記録し、今回は販売対象から外すことになった。
高額な取引にしたいわけではない。
俺が持ち込んだ料理を、二人が気に入ってくれて、店で使ってみたいと思ってくれた。それだけでも十分に嬉しい。
「ただ、正式なレシピにまとめる作業は、これからになるわ」
「そうですね。俺はテイワットの文字を書けないので、文章にするところはお願いします」
「分かっているわ。材料や手順を私がまとめるから、できあがったものを確認してちょうだい」
「はい」
「調理の注意点については、私も確認しますね」
サヴァナも協力してくれるようだ。
「助かります。よろしくお願いします」
エスコフィエは、今日の記録をまとめながら話を続けた。
「レシピが完成したら、内容を確認してから代金を渡すわ。それでいいかしら?」
「分かりました。それでお願いします」
今日の試作で、どの料理を残すかは決まった。
あとは、二人がレシピを文章にまとめ、俺が内容を確認すればいい。
◇
片付けが一段落したところで、俺は改めて今日の試作について考えていた。
日本料理は、思っていたよりも難しかった。
現地の調味料だけで作ったものもおいしかったが、故郷から持ち込んだ調味料を使うと、味はかなり変わった。
醤油やみりん風調味料、つゆの素。普段は当たり前のように使っているものでも、料理の味を大きく左右するらしい。
それに比べて、イタリア料理とスペイン料理はかなりよかった。
パスタはトマトや香草を使ったソースがよく合っていたし、パエリアはフォンテーヌの魚介類を活かせていた。
持ち込んだ香辛料も、料理の味を整えるのに役立ってくれた。
「今日の料理は、どうだった?」
エスコフィエが尋ねてきた。
「かなり満足しています。特にイタリア料理とスペイン料理は、予想以上においしかったです」
「それならよかったわ。私も新しい料理を作ることができて楽しかったもの」
「サヴァナさんも、ありがとうございました」
「いえ。私も勉強になりました。知らない地域の料理を実際に作る機会は、なかなかありませんから」
「そう言ってもらえると、料理本を持ってきた甲斐があります」
サヴァナは、今日使った料理本をもう一度眺めた。
「写真も分かりやすいですし、材料や手順も詳しく書かれていますね。これなら、料理を知らない人でも作り方を確認できそうです」
「ただ、こちらの食材に合わせた説明は必要になるわね」
エスコフィエが続ける。
「本に書かれた材料をそのまま用意できるとは限らないもの。代わりに使う食材や、調理時間の違いも説明しておきたいわ」
「そうですね。元の料理本をそのまま写すわけにはいきませんし、こちらで実際に作った内容をレシピにする必要があります」
「ええ。今日の試作で分かったことも含めて、こちらで使える形に整理していきましょう」
エスコフィエは記録した紙をまとめた。
「まずは今日作った料理の内容を整理するわ。悠真さんには、料理本の内容と違っている部分がないか確認してもらいたいの」
「分かりました。材料や手順を確認します」
「サヴァナにも、調理の記録を見てもらうわ。二人で確認すれば、抜けている部分も見つけやすいでしょう」
「はい。私も確認します」
三人で協力して進めるなら、きっといいものになるだろう。
ただ、レシピが完成したからといって、すぐに販売できるわけではない。
実際に作れる人が限られてしまうようでは困るし、材料が手に入りにくければ広めるのも難しい。
そのあたりも、今後相談していく必要がある。
「今日はありがとうございました」
「こちらこそ。次回も楽しみにしているわ」
「私もです。次はどんな料理を作るのか、今から気になりますね」
「俺も考えておきます」
料理本を預けたときは、ここまで話が進むとは思っていなかった。
エスコフィエだけでなく、サヴァナにも参加してもらえたことで、料理の試作もずいぶん充実したものになった。
今日作った料理の中から、レシピとして採用するのはパスタとパエリアの二つだ。
肉じゃがは、現地の調味料と故郷の調味料で味が変わることを確認できた。こちらで手に入る調味料でどこまで近づけられるかは、今後の課題になりそうだ。
焦って決める必要はない。
せっかく協力してもらえるのだから、納得できるものに仕上げたい。
◇
レストランを出る頃には、外の景色も少しずつ夕方の色に変わっていた。
今日は料理の試作に時間を使ったが、十分に楽しめた。おなかもいっぱいになったし。
何より、異世界で故郷やイタリア、スペインの料理を作って食べるという経験は、なかなかできるものではない。
「次は何を作ってもらおうかな……」
料理本には、まだ試していない料理がいくつもある。
イタリア料理なら、ほかのパスタや肉料理も気になる。スペイン料理も、魚介類を使ったもの以外にいろいろあるはずだ。
故郷の料理についても、調味料の問題を解決できれば、再現できる料理が増えるかもしれない。
ただ、無理に故郷の料理にこだわる必要もないだろう。
今日のように、こちらの食材と相性のいい料理を見つけていくのも面白い。
料理の試作やレシピ作りは、まだ始まったばかりだ。
販売についても、今回の二つのレシピを買い取ってもらうことになった。実際に使うかどうかは、店で検討してから決めるそうだ。
今は、次に作る料理を考えるだけでも十分楽しい。
「さて、せっかくフォンテーヌに来たんだし、腹ごなしも兼ねて少し街を歩いてから帰るか」
俺は水路沿いの道へ向かった。
料理人たちとの時間も楽しかったが、フォンテーヌの街を観光する時間も大切にしたい。
次に訪れるときは、また新しい料理に挑戦することになるだろう。
その日を楽しみにしながら、俺は夕暮れの街を歩き始めた。