原神の世界に通えるようになったので、モンドを拠点に異世界生活を楽しみます 作:ところてんの
苦手な方は読み飛ばしてください。
フォンテーヌで過ごす時間にも、少しずつ慣れてきた。
エスコフィエさんと料理について話し合い、故郷やイタリアなどの料理本を参考にしながら、レシピを文章にまとめる作業を手伝った。
料理については、ひとまず形になったものもある。もちろん、実際に作ってみなければ分からない部分も残っているが、今後の楽しみが一つ増えたのは間違いない。
さて、今日は何をしようか。
せっかくフォンテーヌまで来たのだから、今日は街の観光も楽しみたい。
街を歩いて、まだ見ていない場所を巡るのもいい。前回はフリーナさんに案内してもらったおかげで、フォンテーヌの街並みをずいぶん楽しめた。
そういえば、別れ際に彼女は言っていた。
『また必ず会いに来てよ』
あのときの言葉を思い出す。
社交辞令というより、本当にまた会いたいと思ってくれているような雰囲気だった。
俺としても、もう一度話をしてみたいと思っていた。
「今日はフリーナさんを探してみるか」
また会いに来ると約束したし、また会えたらうれしい。
以前のように広場のベンチに座っているとは限らないし、出歩いているとも限らない。そもそも、今の彼女がどんな生活を送っているのか、俺は詳しく知らない。
それでも、街を歩いていれば何か分かるかもしれない。
俺は荷物を確認してから、フォンテーヌの街へと向かった。
◇
街に出ると、いつものように人々が行き交っていた。
水路を走るアクアバス、店先に並ぶ商品、広場で談笑する人たち。フォンテーヌの街は、どこを歩いても見どころがある。
目的地を決めずに歩くのも悪くないが、今日は少しだけ当てがあった。
前回フリーナさんと会った噴水広場だ。
あのとき、彼女はベンチに座っていた。今回も同じ場所にいるとは思わないが、まずは行ってみよう。
広場に着くと、噴水の周りには何人かの人が集まっていた。
ベンチに座って休憩している人もいれば、誰かと待ち合わせをしているような人もいる。
一通り見回してみたが、フリーナさんの姿はなかった。
「まあ、そう簡単には会えないか」
少し残念ではあるが、仕方がない。
せっかく来たのだから、周辺を散策してみよう。
そう思って歩き出したときだった。
「……あれ?」
聞き覚えのある声がした。
振り返ると、そこには見覚えのある少女が立っていた。
青みがかった髪に、特徴的な帽子。以前会ったときと変わらない姿だ。
「フリーナさん」
「ユウマ!」
彼女は俺の顔を見るなり、ぱっと表情を明るくした。
「本当に来てくれたんだね!」
「この前、また会いに来てほしいって言ってましたからね」
「ふふん。そうだろう? 約束を覚えていてくれたのは嬉しいよ」
どこか得意げな様子で胸を張る。
その仕草は相変わらずだ。
「今日は何をしていたんですか?」
「毎日ここに来て、君を待っていたさ!」
(役目を終えてから、初めてできた友人だからね。こうしてまた会えるのを、ずっと楽しみにしていたんだ。)
「毎日ここに来て、俺を待っていてくれたんですか……?」
思いがけない言葉に、俺は驚いてフリーナさんを見つめた。そんなにも再会を楽しみにしてくれていたなんて、思ってもいなかった。
「……ありがとうございます。俺も、またフリーナさんに会えて嬉しいです」
そう伝えると、フリーナさんは少し照れたように笑った。
「あ、いや……特に決まった予定はなかったんだ。少し街を歩いて、それから何か面白いものでも見つけようと思っていたところさ」
フリーナさんは少し視線をそらしながら、そう説明した。
毎日待っていてくれたことを思うと、そんな彼女の様子がなんだか微笑ましく感じられた。
「そうだったんですね。実は俺も、今日は街をゆっくり見て回ろうと思っていたんです」
「それなら……」
フリーナさんは、ぱっと表情を明るくした。
「また僕が案内してあげようじゃないか!」
「いいんですか?」
「もちろん。フォンテーヌのことなら、僕に任せておくといい!」
自信たっぷりに胸を張るフリーナさんを見て、俺は思わず笑みをこぼした。
前回も彼女に案内してもらったが、今回もお願いできるならありがたい。
「それじゃあ、お願いします」
「うん。今日は前回とは少し違う場所を見て回ろう。せっかく再会できたんだから、前とは違う楽しみ方をしないとね」
「楽しみにしてます」
こうして、俺とフリーナさんは再びフォンテーヌの街を巡ることになった。
「まずはアクアバスに乗ろう。パレ・メルモニアの近くを通って、それから劇場へ向かうんだ」
「いいですね。水路から街を眺めるのも楽しそうです」
「ふふん。フォンテーヌの街を楽しむなら、アクアバスも外せないからね!」
フリーナさんに案内され、俺たちは近くの乗り場へ向かった。乗り場には何人かの乗客が待っていて、やがて到着したアクアバスに乗り込む。
船が水路を進み始めると、街の景色がゆっくりと流れていった。水面に映る建物や、行き交う人々の姿を眺めているだけでも飽きない。
「見えてきたよ。あれがパレ・メルモニアだ」
フリーナさんが指さした先には、優雅な外観と細かな装飾が目を引く大きな建物があった。
「大きな建物ですね。水路から見ると、また違った雰囲気があります」
「フォンテーヌの行政を担う場所だからね。街の中心にある建物の一つなんだ」
アクアバスはパレ・メルモニアの近くを通り過ぎていく。俺は船上から建物を眺め、フォンテーヌらしい街並みを目に焼き付けた。
その後、アクアバスを降りてから、俺たちは劇場へ向かって歩き始めた。歩きながら、フリーナさんがこちらを向いた。
◇
「ところで、ユウマは舞台や演劇には興味があるかい?」
歩きながら、フリーナさんが尋ねてきた。
「舞台ですか? そうですね。詳しいわけではありませんけど、見るのは好きですよ」
「ほう。では、フォンテーヌの舞台芸術についてはどう思う?」
「まだあまり見たことがないので、何とも言えませんね」
「それはもったいない!」
フリーナさんは、少し大げさに両手を広げた。
「フォンテーヌの芸術は、音楽も演劇も素晴らしいものばかりなんだ。舞台の上で演じられる物語、役者たちの表情、衣装、舞台装置。そして、それらを支える人たちの技術。どれも見どころがある」
「かなり詳しいですね」
「当然さ!」
彼女は自信たっぷりに答えた。
「僕は長い間、舞台と深く関わってきたからね」
その言葉には、単なる趣味というだけではない重みがあった。
フリーナさんは、かつてフォンテーヌで水神として過ごしていた。
今はその立場を離れ、一人の人間として暮らしていると思う。前回会ったときにも、彼女が以前とは違う生活を送っていることを感じた。
それでも、舞台や芸術に対する思いは変わっていないのだろう。
「フリーナさんは、今でも舞台に関わっているんですか?」
「そうだね。以前のように大勢の前に立つ機会は減ったけれど、舞台そのものへの興味がなくなったわけじゃないよ。演目を見たり、役者の演技について考えたりすることはある」
「見る側として楽しんでいるんですね」
「そういうことさ。舞台に立つことだけが、演劇との関わり方ではないからね」
彼女は少しだけ穏やかな表情を見せた。
「以前は、舞台に立つことに大きな意味があった。でも今は、客席から眺める舞台にも違った面白さがあるんだ」
「同じ舞台でも、立つ側と見る側では違うんでしょうね」
「その通り!」
フリーナさんは嬉しそうに頷いた。
「演じる側は、自分の役をどう表現するかを考える。見る側は、その演技から何を感じ取るかを考える。どちらにも、それぞれの楽しみ方があるんだよ」
「なるほど」
俺は舞台について詳しいわけではない。
故郷でも演劇を見た経験はあるが、何度も劇場へ通うほどの趣味ではなかった。映画やゲームのストーリーを楽しむことは多いが、生の舞台となると、また違ったものがある。
役者の演技だけでなく、観客の反応も含めて、その場でしか味わえない空気があるのだろう。
「今日は、劇場にも案内してあげよう」
「劇場ですか?」
「そう。せっかくフォンテーヌに来たんだから、実際に見ておいたほうがいい。今すぐ公演を見られるかは分からないけれど、劇場の雰囲気を知るだけでも十分楽しめるはずさ」
「それはぜひ見てみたいです」
「決まりだね!」
フリーナさんは満足そうに頷いた。
◇
劇場へ向かう途中、俺たちはいくつかの店の前を通った。
店先には衣服や装飾品、日用品などが並んでいる。フォンテーヌは商業も盛んな国らしく、商品を眺めているだけでも面白い。
「ユウマは、こういう店を見るのも好きなのかい?」
「好きですね。故郷でも、買う予定がなくても店を見て回ることはありますよ」
「ふむ。商品を見るのが好きなのか、それとも商売の仕組みが気になるのかな?」
「両方です。どんなものが売られているのか、どんな人が買うのか。そういうことを考えるのも面白いです」
「そういえば、フリーナさんにはまだ話していませんでしたね」
「何をだい?」
「俺、旅先で露店を出しているんです。モンドや璃月でも、機会があれば商品を売っていました。フォンテーヌでも、少しずつ商売をしてみようと思っているんですよ」
「へえ、いろんな国で露店を? それは面白そうだね」
「店を構えているわけじゃなくて、旅の合間に少しずつですけどね。商品を選んだり、売り方を考えたりするのも楽しいんです」
「それでも、自分で商品を選んで売るというのは大変なことだろう?」
「そうですね。何が売れるか分からないですし、仕入れにもお金がかかりますから」
「舞台と似ているところがあるかもしれないね」
「舞台と商売ですか?」
「どちらも、相手に楽しんでもらうことが大切だろう? 舞台なら観客に、商売ならお客さんに。もちろん、まったく同じではないけれどね」
「確かに、相手が何を求めているのか考えるところは似ているかもしれません」
「そうだろう?」
フリーナさんは、どこか嬉しそうだった。
「ただ商品を並べるだけではなく、どう見せるか、どう伝えるかも大切なんだろうね」
「そうですね。商品そのものが良くても、良さが伝わらなければ手に取ってもらえないこともありますから」
「ふむ……。舞台の宣伝にも通じる話だね」
どうやら、彼女は商売の話にも興味を持ったようだ。
舞台と商売。
一見すると関係がなさそうだが、相手に何かを届けるという意味では共通する部分もある。
そんな話をしながら歩いているうちに、目的の劇場が見えてきた。
「さあ、着いたよ!」
フリーナさんが建物を指差す。
「オペラ・エピクレシス。フォンテーヌを代表する劇場だよ」
「ここがオペラ・エピクレシスなんですね」
「そう。ここではさまざまな演目が上演されるんだ。華やかな舞台もあれば、物語をじっくり見せる作品もある。演目によって雰囲気はずいぶん違うよ」
建物を見上げる。
外観からして立派で、フォンテーヌらしい装飾が施されている。入口の周辺にも人が集まっており、公演の予定を確認しているようだった。
「今日は何か上演されているんですか?」
「公演予定を確認してみようか」
フリーナさんは入口付近にある案内を見た。
「ふむ……。今すぐ始まる演目はないようだね」
「残念ですね」
「いや、そうでもないよ。今日は劇場の中を見て回るだけでもいい。公演がある日に改めて来る楽しみもできるからね」
「それもそうですね」
フリーナさんは劇場の関係者に声をかけ、見学が可能かどうかを確認してくれた。
少し話をしたあと、彼女はこちらへ戻ってくる。
「どうやら、今は舞台の準備をしているところらしい。邪魔にならない範囲なら、中を見せてもらえるそうだよ」
「いいんですか?」
「僕が頼んだんだ。もちろん、作業中の人たちの迷惑にならないようにしないといけないけれどね」
「ありがとうございます」
「なに、気にすることはないさ」
俺たちは案内された場所から、劇場の中を見学することになった。
◇
劇場の中に入ると、外から見た印象以上に広く感じた。
客席が並び、その先には舞台がある。
舞台の上では何人かのスタッフが作業をしていた。大きな装置を動かしている人もいれば、細かな調整をしている人もいる。
「舞台の上は、こうなっているんですね」
「客席から見ると、完成した景色だけが目に入るけれど、実際には大勢の人が関わっているんだ」
フリーナさんは舞台のほうを見ながら説明してくれた。
「背景や小道具、照明、音楽。それぞれを担当する人がいて、役者たちの演技と合わせて一つの舞台が完成する」
「こうして見ると、裏方の仕事も大変そうですね」
「そうだね。舞台に立つ役者だけでは、演劇は成り立たない。観客の目に触れないところで働いている人たちも、立派な舞台の一部なんだよ」
彼女の言葉には実感がこもっていた。
舞台の上に立つ人間だけが注目されがちだが、実際には多くの人が関わっている。
これは映画やゲームの制作にも似ているかもしれない。
画面に映るキャラクターや物語だけでなく、その裏側には脚本、演出、音楽、背景、プログラムなど、さまざまな仕事がある。
「故郷にも、こういう劇場はありますよ」
「そうなのかい?」
「はい。規模や形式は違いますけど、演劇やミュージカルを上演する場所があります。大きな劇場だと、舞台装置もかなり凝っていますよ」
「それは興味深いね。君の国の舞台芸術も見てみたいものだ」
「機会があれば、ぜひ」
もちろん、実際に故郷へ連れていくわけにはいかない。
異世界を行き来できることは秘密だ。フリーナさんに話すつもりもない。
ただ、こうして自分の世界の話を少しするくらいなら問題はないだろう。
「ところで、フリーナさんはどんな演目が好きなんですか?」
「そうだね……。一つに絞るのは難しいけれど、やはり物語に引き込まれる作品は好きだよ。登場人物の心情が丁寧に描かれていて、最後まで目が離せないようなものは特にね」
「派手な演出よりも、物語を重視するんですか?」
「どちらも大切さ。華やかな演出は観客を惹きつけるし、物語は心に残る。片方だけでは物足りないこともあるだろう?」
「確かに、そうですね」
「それに、同じ物語でも演じる人が変われば印象も変わる。声の出し方、視線、ちょっとした間の取り方。それだけで、登場人物の印象が大きく変わることもあるんだ」
「細かいところまで見ているんですね」
「当然さ。舞台を見るときは、そういう部分にも注目してしまうんだよ」
フリーナさんは少し照れたように笑った。
以前は舞台に立つ側だった彼女だからこそ、気になる部分も多いのだろう。
「役者さんの演技を見ていると、自分ならどう演じるか考えたりするんですか?」
「それはあるね。特に気になる演技を見たときは、つい考えてしまうよ。もっとこうしたら面白くなるのではないか、とかね」
「観客として楽しみながら、演じる側の視点でも見ているんですね」
「そういうことさ」
彼女は舞台を見つめていた。
その横顔からは、舞台に対する強い思いが感じられる。
「また舞台に立ちたいと思うことはありますか?」
何気なく尋ねたつもりだったが、フリーナさんは少し考えるように視線を落とした。
「……そうだね。まったくないと言えば嘘になるかな」
彼女はゆっくりと答えた。
「けれど、今は以前とは違う。誰かに求められて舞台に立つのではなく、自分が本当にやりたいと思ったときに、そうできればいいと思っているんだ」
「自分の意思で、ということですね」
「うん。今はそれが大切なんだ」
フリーナさんは再び舞台へ目を向けた。
「舞台に立つことが嫌になったわけじゃない。ただ、これからは自分のために楽しみたいんだ」
「それが一番だと思います」
「そう言ってくれるかい?」
「はい。誰かに言われたからではなく、自分がやりたいと思ったときにやる。そのほうが、きっと楽しめますから」
「ふふっ。ユウマはなかなかいいことを言うね」
「そうですか?」
「そうとも。僕も、そういう気持ちを大切にしていきたいと思っているんだ」
少しだけ、彼女の表情が柔らかくなった。
◇
劇場を見学したあと、俺たちは近くの休憩スペースへ移動した。
オペラ・エピクレシスの前にはルキナの泉があり、水面が街の光を反射していた。
「ここがルキナの泉なんですね」
「そう。劇場に来た人たちが立ち寄ることも多い場所だよ」
泉の周りを少し歩いてから、俺たちは近くの休憩スペースへ向かった。
「少し歩いたね。何か飲み物でも買おうか」
「そうですね」
近くの店で飲み物を購入し、座れる場所を探す。
フリーナさんは甘いものが好きだったはずだ。
前回一緒に食事をしたときも、料理を楽しそうに味わっていた。
「フリーナさんは、甘いものも好きですよね?」
「もちろん! 甘いものは素晴らしいよ。疲れたときにも、気分を変えたいときにもぴったりだからね」
「それなら、何か甘いものも買いましょうか」
「いいのかい?」
「せっかくですから」
「それなら遠慮なくいただこう!」
彼女は嬉しそうに頷いた。
店先に並ぶ菓子を見て、いくつか選ぶ。
フォンテーヌらしい菓子もあれば、見た目が故郷のお菓子に似ているものもあった。材料や味付けは違うのだろうが、こうした違いを比べるのも面白い。
「これは初めて見るお菓子ですね」
「それは最近よく見かけるようになったものだね。甘さが控えめで、紅茶にも合うんだ」
「じゃあ、これにしてみます」
「僕はこっちにしようかな」
それぞれ選んだ菓子を購入し、飲み物と一緒に楽しむことにした。
「うん。やっぱり甘いものはいいね!」
フリーナさんは満足そうに菓子を味わっている。
「気に入ったみたいですね」
「もちろん。こういう時間も大切なんだよ。何か特別なことをするだけが、楽しい時間というわけではないからね」
「それは分かります。何も予定を決めずに、のんびり過ごすのもいいですよね」
「そうそう。以前は、何かと予定に追われていたからね」
彼女は飲み物を手に持ち、少し遠くを眺めた。
「今はこうして、好きなときに街を歩いて、好きなものを食べることができる。それだけでも十分に楽しいんだ」
「前回会ったときも、街を案内してくれましたね」
「ああ。あの日も楽しかったよ。君はフォンテーヌに来たばかりだったから、いろいろ見せてあげたかったんだ」
「おかげで、街のことを知ることができました」
「それならよかった」
フリーナさんは笑った。
「それに、こうしてまた会えたんだからね。約束を覚えていてくれたことも嬉しいよ」
「俺も、また話をしたいと思っていましたから」
「ふふっ。なら、これからもフォンテーヌに来たときは声をかけてくれたまえ」
「そうします」
そんな話をしながら、俺たちはしばらく休憩した。
◇
休憩を終えたあと、フリーナさんは別の場所へ案内してくれた。
劇場の周辺には、芸術に関係する施設や店も多いらしい。
「ここには、舞台で使う衣装や小道具を扱う人たちもいるんだ」
「衣装ですか?」
「そう。演目に合わせて衣装を用意する必要があるからね。時代や人物の立場によっても、服装は変わる。見た目だけでなく、動きやすさも考えなければいけないんだ」
「確かに、舞台の上で動きにくかったら大変そうですね」
「その通り。どれほど美しい衣装でも、演技の邪魔になってしまっては意味がないからね」
店の外から見える範囲にも、色とりどりの布や装飾品が並んでいた。
衣装に使うものなのか、舞台の装飾に使うものなのかは分からないが、見ているだけでも楽しい。
「こういうものを見ると、舞台の準備には本当に多くのものが必要なんだと分かりますね」
「そうだね。衣装一つにも、作る人の工夫が詰まっている。観客は舞台の上で完成した姿を見るけれど、その裏側には長い準備があるんだ」
「建築にも似ていますね」
「建築?」
「はい。以前、スメールで設計図を見せてもらったとき、完成した建物の裏側には、いろいろな計画や工夫があるんだなと思いました」
「なるほど。舞台も建築も、完成したものの裏側には多くの準備があるんだね」
「そうですね。設計図がなければ、作る人たちも何をどう作ればいいのか分からなくなってしまいますから」
「舞台の台本も同じだよ。演じる人に伝わらなければ、書かれていることを正しく表現できない。伝える相手に合わせて、分かりやすくする必要があるんだ」
「設計図と舞台の台本ですか。意外な共通点ですね」
「ふふっ。こうして話してみると、いろいろなところに共通点があるものだね」
フリーナさんは楽しそうに笑った。
俺も、こういう話は嫌いではない。
普段ならあまり意識しないようなことでも、別の分野の話と比べてみると、新しい発見がある。
◇
その後も街を歩いていると、少し離れた場所から見覚えのある人物がこちらへ歩いてくるのが見えた。
長い白髪に、落ち着いた雰囲気。
フォンテーヌの最高審判官、ヌヴィレットさんだ。
ゲームで見た姿そのままの人物が、目の前を歩いている。
「……ヌヴィレット!」
フリーナさんが彼の名前を呼んだ。
ヌヴィレットさんは足を止め、こちらへ視線を向ける。
「フリーナ。こんにちは」
「こんにちは。今日は街を歩いていたのかい?」
「ああ。少し用事があってね」
そう答えたあと、ヌヴィレットさんの視線が俺へと向いた。
「そちらの方は?」
「彼はユウマ。以前、フォンテーヌの街を案内したことがあるんだ」
「初めまして。山田悠真です」
「ヌヴィレットだ。フォンテーヌで最高審判官を務めている」
「お話は聞いています。お会いできて光栄です」
「こちらこそ。フリーナの知人なのだね」
「うん。前に街を案内したんだ。今日はその続きというわけさ」
フリーナさんは少し得意げに説明した。
「そうか」
ヌヴィレットさんは静かに頷いた。
落ち着いた話し方で、どこか近寄りがたい雰囲気もある。
最高審判官という立場を考えれば当然なのかもしれない。
「ヌヴィレットは、今日は忙しいのかい?」
「急ぎの用事はない。確認しておきたいことはいくつかあるが、今すぐ戻る必要はないだろう」
「そうか。なら、少し話をしていかないかい?」
「構わない」
フリーナさんは俺のほうを向いた。
「ユウマ。こちらがヌヴィレットだよ。フォンテーヌの司法を担う人物で、僕も長い付き合いがあるんだ」
「今、紹介してもらいましたよ」
「そうだったね。ふふっ」
「改めまして、よろしくお願いします」
「こちらこそ、よろしく」
ヌヴィレットさんは穏やかに答えた。
「ところで、ユウマさんはフォンテーヌに滞在しているのか?」
「ええ。観光をしながら、いろいろな場所を見て回っています」
「フォンテーヌの文化にも興味があるのか?」
「はい。今日はフリーナさんに劇場を案内してもらっていました」
「劇場か」
ヌヴィレットさんはフリーナさんへ視線を向けた。
「舞台芸術に関心を持ったのだね」
「そうだよ。せっかくフォンテーヌに来たんだから、劇場を見てもらおうと思ってね」
「それは良いことだ。フォンテーヌの文化を知るうえで、舞台芸術は重要なものの一つだからね」
「そうでしょう?」
フリーナさんは嬉しそうに頷いた。
「実際に見てみると、舞台の上だけでなく、裏側の仕事も大変そうでした」
俺がそう言うと、ヌヴィレットさんは少し考えるような表情をした。
「舞台は、多くの人々の協力によって成り立つ。役者だけでなく、演出や音楽、衣装、舞台装置。それぞれの役割があって、初めて一つの作品が完成するのだ」
「フリーナさんも、同じようなことを話していました」
「そうか」
「ヌヴィレットも分かっているね。舞台の魅力は、表に見えるものだけではないんだ」
「ああ。観客に届けられるものの裏側には、多くの努力がある」
ヌヴィレットさんは落ち着いた口調で続けた。
「それは舞台に限った話ではない。街の暮らしも同じだ。人々が安心して生活できるのは、目立たないところで働く多くの人々がいるからだ」
「確かに、そうですね」
「普段は意識しなくても、誰かの仕事によって日常が支えられている。そのことを忘れてはならない」
最高審判官らしい言葉だ。
司法という立場から、フォンテーヌの人々の暮らしを見てきたのだろう。
「ヌヴィレットは、そういうところをよく見ているんだよ」
フリーナさんが言った。
「当然のことを述べただけだ」
「そういうところだよ。もっと自分の考えを誇ってもいいと思うけれどね」
「私の考えが、必ずしも正しいとは限らない」
「相変わらず真面目だね」
二人のやり取りを見ていると、長い付き合いであることが伝わってくる。
フリーナさんは気軽に話しかけ、ヌヴィレットさんもそれを自然に受け止めている。
以前の関係とは変わった部分もあるのだろうが、二人の間には確かな信頼が残っているように感じた。
「ところで、ユウマさんはフォンテーヌで何か仕事をしているのか?」
「小さな商売をしています。故郷から持ってきたものを、少しずつ販売したりしています」
「故郷か。遠方の国から来たのだね」
「そうですね。こちらでは見慣れないものもあると思います」
「異なる文化の品物に触れることは、フォンテーヌの人々にとっても良い経験になるだろう」
「まだ大きな商売ではありませんけどね。観光の合間に、無理のない範囲でやっています」
「それがよいと思う。商売を続けるには、無理をしないことも大切だからね」
ヌヴィレットさんは穏やかに頷いた。
「ただ、異国の品物を扱うのであれば、どのようなものなのか、使い方や特徴を正しく伝えることも重要だろう」
「そうですね。知らないものを売るときは、説明が必要になりますから」
「相手に理解してもらうことが大切なのだね」
「はい。買ってもらうことだけを考えるのではなく、使う人にとって役立つものかどうかも考えたいです」
「良い考えだと思う」
ヌヴィレットさんはそう言ってくれた。
フリーナさんも、横で頷いている。
「ユウマは、そういうところをきちんと考えているんだね」
「まだ始めたばかりですけどね」
「始めたばかりだからこそ、考えておくこともあるのだろうね」
「そうですね」
こうして話していると、ヌヴィレットさんは想像していたよりも話しやすい人なのかもしれない。
もちろん、最高審判官という立場もあるので、気軽に接していい相手ではないだろう。
それでも、こちらの話をきちんと聞いてくれる姿勢はありがたかった。
◇
しばらく三人で話をしたあと、ヌヴィレットさんは仕事に戻る時間が近づいてきたようだった。
「そろそろ戻らなければならない」
「そうか。引き止めて悪かったね」
「いや。こちらこそ、楽しい話を聞かせてもらった」
ヌヴィレットさんは俺へ向き直る。
「ユウマさん。フォンテーヌでの滞在を楽しんでほしい。何か困ったことがあれば、街の人々に相談するといい」
「ありがとうございます」
「それと……」
ヌヴィレットさんは、少しだけフリーナさんに視線を向けた。
「フリーナと、これからも仲良くしてあげてほしい」
「えっ?」
思いがけない言葉に、俺は少し驚いた。
「もちろんです。俺もフリーナさんと話すのは楽しいですから」
「そうか。それならよかった」
ヌヴィレットさんは穏やかに頷いた。
「彼女が今の生活を楽しんでいることは、私にとっても嬉しいことだ。これからも、彼女の友人として接してもらえればと思う」
「はい。分かりました」
「ヌヴィレット……」
フリーナさんは少し照れたように彼の名前を呼んだ。
「ふふっ。心配しなくても、ユウマとは仲良くやっているよ」
「そうだな」
ヌヴィレットさんは小さく笑った。
「それでは、失礼する」
そう言って、ヌヴィレットさんは歩き出した。
その背中を見送る。
「真面目な人ですね」
「そうだろう? 昔からあんな感じなんだ」
フリーナさんは少し笑った。
「でも、頼りになる人だよ。フォンテーヌのことを真剣に考えているし、誰かの話を聞くことも大切にしている」
「話してみて、よく分かりました」
「ふふっ。そう言ってもらえると、僕も嬉しいよ」
フリーナさんは、どこか満足そうだった。
「さて、まだ時間はあるね。もう少し街を歩こうじゃないか」
「そうですね。せっかくですから」
俺たちは再び歩き始めた。
◇
その後、フリーナさんに案内されながら、劇場の周辺をもう少し見て回った。
街を歩く途中、ホテル・ドゥボールの前を通り、さらにスチームバード新聞社の建物も眺めた。どちらもフォンテーヌらしい華やかな街並みに溶け込んでいる。
芸術に関係する店だけでなく、普通の商店や飲食店もある。
途中で気になる商品を見つけて足を止めたり、店先に並んだ菓子を眺めたりしながら、のんびりと過ごした。
「ユウマは、フォンテーヌ以外の国にも行くのかい?」
「はい。モンドや璃月、稲妻、スメールにも行ったことがあります」
「ずいぶんいろいろな場所を巡っているんだね」
「まだ見ていない場所も多いですけどね」
「それぞれの国で、文化も暮らしも違うだろう?」
「そうですね。食べ物も、街並みも、人々の考え方も違います」
「それは面白そうだ。僕も、他の国の舞台芸術を見てみたいものだね」
「国によって演劇の形も違うでしょうしね」
「そう。物語の題材も、演出の仕方も、きっと違うはずだ」
フリーナさんは、興味深そうに話していた。
「もし他の国で面白い舞台を見つけたら、今度教えてくれたまえ」
「分かりました。機会があれば」
「約束だよ」
「はい」
彼女は満足そうに頷いた。
「それにしても、今日は楽しかったね」
「俺もです。劇場を見学できましたし、ヌヴィレットさんにも会えました」
「そうだね。あの人は忙しいから、街で会えるのは少し珍しいかもしれない」
「今日は運がよかったんですね」
「そういうことさ!」
フリーナさんは、いつもの調子で胸を張った。
「また劇場を見に行きたいですね。今度は実際の公演も見てみたいです」
「それなら、次は公演の予定を確認してから来るといい。僕も、面白そうな演目があれば教えてあげよう」
「ありがとうございます」
「それに、僕も一緒に見に行っていいだろう?」
「もちろんです」
「よし。決まりだね!」
彼女は嬉しそうに笑った。
今日のように、特別な目的を決めずに街を歩くのも悪くない。
フォンテーヌには、まだ見ていない場所がたくさんある。
劇場も、食べ物も、街の景色も、これから少しずつ楽しんでいきたい。
そして、フリーナさんとも、またこうして話をする機会があればいいと思う。
◇
夕方が近づいてきたころ、俺たちは広場の近くまで戻ってきた。
「今日はありがとう。とても楽しかったよ」
「こちらこそ、案内してくれてありがとうございました」
「またフォンテーヌに来たら、ぜひ声をかけてくれたまえ。今日の続きもしたいからね」
「分かりました。次は公演の予定も調べておきます」
「うん。楽しみにしているよ」
俺は荷物の中から、フォンテーヌで販売しようと思っていた小さな個包装の焼き菓子を取り出した。
「そうだ。これ、よかったら受け取ってください」
「これは?」
「故郷のお菓子です。フォンテーヌで売ろうと思って、いくつか持ってきたんです。十個くらいありますけど、よかったら食べてみてください」
フリーナさんは、手渡した焼き菓子を興味深そうに眺めた。
「へえ、これが君の扱う商品なんだね」
「はい。まだ試しに持ってきただけなんですけど。日持ちするお菓子なので、ゆっくり食べてくださいね。袋の端に切り込みがあるので、そこから開けられますよ」
「ありがとう。大切にいただくよ」
「また会ったときに、感想を聞かせてください」
「もちろんさ! どんな味なのか、楽しみだね」
フリーナさんは嬉しそうに焼き菓子を受け取った。
「それと……」
彼女は少し考えてから、手元の紙に何かを書き始めた。
「はい。これを君に渡しておこう」
差し出された紙を受け取る。
そこには、住所らしきものが書かれていた。
「……えっ?」
思わず、紙とフリーナさんの顔を交互に見てしまう。
「これって……住所ですか?」
「そうだよ。僕の住んでいる場所さ」
「えっ、あの……」
頭が一瞬真っ白になった。
フリーナさんはフォンテーヌで知られた人物だ。そんな人の自宅住所を、こんなにあっさり教えてもらっていいのだろうか。
それに、相手は女の子だ。
知り合ったばかりの女の子の自宅住所を知ってしまったことにも、妙な緊張を覚える。
「こんな大事なものを、俺が受け取ってしまっていいんですか?」
「もちろん。誰にでも教えるわけじゃないよ」
フリーナさんは、少し得意げに笑った。
「君なら大丈夫だと思ったんだ。次に会うときにも、ここで待ち合わせるとは限らないだろう?」
「それは……そうですけど」
「また会いたくなったら、訪ねてきてくれてもいいからね」
「……分かりました。ありがとうございます」
俺は住所の書かれた紙を、なくさないように丁寧にしまった。
有名人の住所を知ってしまったことも、女の子の自宅住所を受け取ってしまったことも、まだ少し心配だ。
けれど、フリーナさんが自分を信頼して渡してくれたのだと思うと、無下にはできなかった。
「それじゃあ、またね。ユウマ!」
「はい。また会いましょう、フリーナさん」
彼女と別れ、俺は一人で歩き出した。
今日は劇場を見学できただけでなく、ヌヴィレットさんとも話すことができた。
そして、フリーナさんから焼き菓子の感想を聞く約束と、自宅の住所まで受け取ってしまった。
ゲームで知っている人物と実際に会話をするのは、何度経験しても不思議な気分になる。
それでも、目の前にいる人たちは画面の中のキャラクターではない。
それぞれに生活があり、考えがあり、日々を過ごしている。
フリーナさんも、今は自分の時間を楽しんでいるようだった。
かつて舞台に立っていた彼女が、今度は観客として舞台を楽しむ。
それもまた、一つの新しい生活なのだろう。
「次は本当に公演を見にこよう」
そう呟きながら、俺は帰り道を歩いた。
フォンテーヌでの楽しみが、また一つ増えた。