原神の世界に通えるようになったので、モンドを拠点に異世界生活を楽しみます 作:ところてんの
休日の朝。
俺は机の上に置いたノートを眺めていた。
モンドでの生活を始めてから、少しずつ行動範囲が広がってきた。
冒険者ギルドに登録して依頼を受け、街の人たちと話をし、日本から持ってきた商品を試しに売ってみる。前回は販売価格を考えるために商店を回り、店主たちからいろいろな話を聞くことができた。
最初は、街を歩いているだけでも新鮮だった。
今でも新しい発見はあるけれど、最近は観光だけでなく、こちらで生活するためのことも考えるようになっている。
「そういえば、騎士団にはまだちゃんと挨拶してないんだよな」
俺はノートを閉じながらつぶやいた。
モンドの街を守っている組織といえば、やはり西風騎士団だ。
ゲームを遊んでいたときから存在は知っていたし、ジンやガイアといった騎士団の人たちについても知識はある。
ただ、ゲームで知っていることと、実際にその街で暮らしていることは別だ。
冒険者ギルドで依頼を受けることも、街で商品を売ることも、俺にとってはまだ始めたばかりの活動だった。
今後もモンドを拠点にするつもりなら、街の安全を守っている騎士団についても知っておいたほうがいいだろう。
それに、商売を続けるなら、街で活動するうえで注意しなければならないこともあるはずだ。
前回の販売では、場所の使用について確認したうえで、通行の妨げにならない場所を使わせてもらった。
あくまでも試験的な販売だったので、今後も同じように続けられるとは限らない。
販売場所を変えたり、扱う商品を増やしたりするなら、その都度必要な確認をしておきたい。
「まあ、何か問題を起こしたわけじゃないんだけど」
呼び出されたわけでもないし、報告を求められているわけでもない。
単純に、これからモンドで生活していくうえで、知っておいたほうがいいことを聞きに行くだけだ。
何も悪いことはしていないのだから、必要以上に緊張することもないだろう。
「よし。今日は騎士団本部に行ってみるか」
予定が決まったところで、俺は出かける準備を始めた。
持っていくものは、いつものノートと筆記用具くらいだ。
話を聞いて、必要なことを記録しておけばいい。
テイワットの文字は読むことができるけれど、自分で書くことはできない。だから、こちらで何かを調べたときは、内容を覚えておくか、日本に戻ってから日本語で記録するようにしている。
今回も、聞いたことを忘れないようにしておこう。
準備を終えた俺は、パソコンの前に座った。
システムを操作し、テイワットへ移動する。
今日も、モンドでの一日が始まった。
◇
モンドの街は、いつもと変わらない様子だった。
石畳の道を人々が行き交い、店先では商人が商品を並べている。
広場では何人かの住民が話をしていて、少し離れたところからは楽しそうな笑い声も聞こえてきた。
こうして眺めていると、街が人々の生活の場なのだということを改めて感じる。
ゲームでは、目的地へ向かうために街を歩くことが多かった。
店で買い物をしたり、依頼を受けたりすることはあっても、そこで暮らしている人たちの日常まで深く考えることは少なかった。
でも、今は違う。
俺自身が、この街で生活している。
商品を買ってくれる人がいて、話を聞かせてくれる店主がいて、冒険者ギルドで依頼を受ければ報酬をもらえる。
そうした日常が成り立つためには、街の安全が守られていることも重要なのだろう。
「そう考えると、騎士団って結構大変そうだな」
街の通りを歩きながら、俺はそんなことを考えていた。
騎士団の仕事といえば、街の巡回や魔物への対応などが思い浮かぶ。
しかし、それだけではないはずだ。
住民からの相談を受けたり、街の外で起きた問題について情報を集めたり、必要に応じて対応を考えたりすることもあるだろう。
実際に話を聞いてみれば、ゲームでは知らなかったことも分かるかもしれない。
そんなことを考えているうちに、騎士団本部が見えてきた。
建物の前を騎士たちが行き来している。
仕事の途中なのだろう。書類らしきものを手にして建物へ入っていく人もいれば、外へ出ていく人もいた。
俺は入口の前で一度足を止めた。
「……よし」
軽く息を吐いてから、中へ入る。
受付で用件を伝えればいいだろう。
俺は近くにいた騎士に声をかけた。
「すみません。少しお話をしたいんですけど、今、よろしいですか?」
「はい。どのようなご用件でしょうか?」
「俺は冒険者ギルドに登録していて、街で小規模な商品販売も始めたんです。それで、今後ここで活動するうえで、確認しておいたほうがいいことがあれば聞いておきたいと思って」
「承知しました。少々お待ちください」
騎士はそう答えると、確認のために奥へ向かった。
俺は邪魔にならない場所で待つことにした。
騎士団本部には、思っていた以上に人の出入りがある。
街を守る仕事というと、外に出て巡回したり、魔物と戦ったりする姿を想像していた。
けれど、実際にはそれだけではないのだろう。
書類を確認したり、報告を受けたり、ほかの騎士と情報を共有したり。
街の安全を守るためには、目立たない仕事もたくさんあるはずだ。
そんなことを考えていると、奥から一人の女性が歩いてきた。
金色の髪に、落ち着いた表情。
見覚えのある姿だった。
「お待たせしました。私が話を伺います。西風騎士団の代理団長を務めているジンです」
「初めまして。俺は悠真です。冒険者ギルドに登録していて、最近、街で商品を売り始めました」
「悠真さんですね。お話は伺いました。こちらへどうぞ」
ジンに案内され、俺は近くの部屋へ向かった。
いよいよ騎士団の代理団長と話をすることになった。
ゲームでは何度も見た人物だけど、実際に向かい合うとなると、やはり少し緊張する。
ただ、ジンの表情は穏やかだった。
必要以上に身構えなくてもよさそうだ。
◇
部屋に入ると、ジンは俺に椅子を勧めた。
「どうぞ、お掛けください」
「ありがとうございます」
俺が席に着くと、ジンも向かい側に座った。
「それで、今日はどのようなお話でしょうか?」
「はい。これからモンドで活動していくうえで、騎士団に確認しておいたほうがいいことがあるかなと思いまして」
「具体的には、どのようなことでしょう?」
「まず、冒険者としての活動についてです。それから、最近は街で商品販売も始めたので、そのあたりで気をつけることがあれば聞いておきたいんです」
「なるほど。冒険者として依頼を受けながら、商売もされているのですね」
「そうです。どちらもまだ始めたばかりですけど」
「活動の規模にかかわらず、街で生活するうえで疑問があれば、確認しておくことは大切だと思います」
ジンは落ち着いた口調でそう答えた。
まずは商品販売について話すことにした。
「販売を始める前には、場所の使用について確認しました。通行の妨げにならない場所を使わせてもらったんです」
「そうでしたか。街の中で販売する場合、通行の妨げにならないことは大切です。今後、場所や販売方法を変える場合には、必要に応じて改めて確認するとよいでしょう」
「分かりました。今は小さく試している段階なので、いきなり規模を大きくするつもりはありません」
「それなら、まずは現在の活動を続けながら、必要なことを確認していけばよいと思います」
俺はうなずいた。
前回の販売は、あくまでも試験的なものだった。
場所を使わせてもらえたからといって、どこでも自由に販売していいわけではない。
販売する場所を変えたり、規模を大きくしたりするなら、その都度確認する必要があるだろう。
「それから、商品の種類についても少し気になっています」
「商品の種類、ですか?」
「はい。俺の故郷では普通に売られているものでも、こちらでは見かけない商品があります。そういうものを売る場合、何か注意することはありますか?」
ジンは少し考えてから答えた。
「商品の種類によると思います。一般的な日用品や食品であっても、取り扱いには注意が必要な場合があります。すべての商品について、一律に判断できるわけではありません」
「やっぱり、何でも自由に売れるわけじゃないんですね」
「はい。特に、使い方が分からないものや、取り扱いに注意が必要なものについては、慎重に考える必要があります」
「分かりました。今のところは、お菓子や日用品が中心です。何か特殊なものを売るつもりはありません」
「それなら、今後も商品の内容に気を配り、分からないことがあれば事前に相談してください」
「はい。そうします」
何か特別な手続きをすべて覚えなければならないのかと思っていたけれど、まずは自分が何を売るのかを把握し、必要な確認をすることが大切らしい。
もちろん、今日の話だけですべての決まりが分かったわけではない。
今後、取り扱う商品や販売場所を変えることがあれば、そのときに改めて確認すればいいだろう。
「あと、冒険者としての活動についても、少し聞いておきたいことがあります」
「どうぞ」
「冒険者ギルドで依頼を受けているんですけど、騎士団とはどういう関係なんでしょうか?」
ジンは穏やかにうなずいた。
「冒険者ギルドと騎士団では、役割が異なります。冒険者ギルドは、冒険者への依頼の仲介などを行っています。一方、騎士団はモンドの街とその周辺の安全を守り、住民の生活を支える役割を担っています」
「なるほど。依頼を受けて動く冒険者と、街の安全を守る騎士団では、仕事が違うんですね」
「そうですね。ただ、活動の内容によっては関わることもあります」
「例えば、魔物が街の近くに現れたときとかですか?」
「ええ。状況によって対応は変わりますが、脅威の規模や危険性を確認し、必要な対応を取ります」
俺はその説明を聞きながら、街の外の景色を思い浮かべた。
モンドの周辺には、魔物が出現する場所もある。
ゲームでは、敵が現れれば戦って倒す。それだけの話だった。
けれど、実際に生活するなら、魔物の存在はもっと現実的な問題になる。
街の外へ出かける人もいるし、荷物を運ぶ商人もいる。
街と街を結ぶ道が安全でなければ、物資の流れにも影響が出るだろう。
「街の中だけじゃなくて、周辺の道も大事なんですね」
「はい。住民が安心して暮らせることはもちろん、商人や旅人が移動できることも大切です」
「確かに。道が危険だったら、買い物に行くのも大変ですし」
「そのとおりです」
ジンはうなずいた。
「ただ、モンド周辺のすべての場所を、騎士団だけで常に見守ることはできません。そのため、状況に応じて冒険者ギルドなどを通じて協力を求める場合もあります」
「なるほど……。騎士団だけで全部をやるわけじゃないんですね」
「ええ。街を守るためには、さまざまな立場の人々がそれぞれの役割を果たすことが大切です」
その話は、俺にとって分かりやすかった。
街の安全を守る仕事と聞くと、騎士団がすべてを担当しているような印象があった。
けれど、実際には冒険者や商人、街の住民も、それぞれの立場で関わっている。
危険なことがあれば報告する。
依頼を受けて対応できる人が動く。
騎士団は必要な情報を集め、状況に応じて対処する。
そうした仕組みがあるからこそ、多くの人が街で生活できるのだろう。
「俺も、何か危ないことを見かけたら、騎士団に知らせたほうがいいですか?」
「はい。危険な状況を見かけた場合は、無理に自分で対処しようとせず、近くの騎士に知らせてください。すぐに報告できない場合は、冒険者ギルドなどを通じて伝える方法もあります」
「分かりました。自分で何とかしようとせず、まずは知らせるようにします」
俺はそう答えた。
俺は戦闘が得意なわけではない。
危険な状況に遭遇したら、無理に首を突っ込まず、適切な相手に知らせる。
それが今の俺にできることだろう。
◇
ジンとの話がひと段落したころ、部屋の扉が開いた。
「団長、こちらの書類ですが……おや?」
入ってきたのは、青みがかった髪の男性だった。
見覚えのある姿に、俺は思わず目を向ける。
ガイアだ。
西風騎士団の騎兵隊長で、ゲームでも何度も見かけた人物だ。
「お客さんかい、ジン?」
「ええ。こちらは悠真さんです。冒険者ギルドに登録されていて、街で商品販売も始められたそうです」
「なるほど。冒険者に商人か。なかなか忙しそうな生活だね」
ガイアは書類を手にしたまま、こちらへ視線を向けた。
「俺は悠真です。最近、モンドで活動を始めました」
「ガイアだ。よろしく頼むよ」
「よろしくお願いします」
ガイアは軽く笑みを浮かべた。
「それで、今日は何の相談だい?」
「これから街で活動していくうえで、騎士団に確認しておいたほうがいいことがあるかと思って。販売場所や商品のこと、それから街の安全を守る仕組みについて話を聞いていました」
「それはいい心掛けだね。街で暮らすなら、どんな仕組みがあるのか知っておいて損はない」
ガイアは近くの椅子に腰を下ろした。
「ただ、騎士団の仕事は多い。街の中を巡回するだけじゃなく、外から入ってくる情報にも気を配らなければならないからね」
「情報、ですか?」
「ああ。例えば、街の外で魔物を見かけたという報告や、道の様子に関する情報だ。商人や旅人が知らせてくれることもある」
「そういう情報も、騎士団に集まってくるんですね」
「もちろん。危険があると分かっていれば、対策を考えられる。反対に、何も知らなければ対応が遅れることもあるだろう?」
「確かに」
ガイアの説明は、ジンの話とつながっていた。
街の安全を守るためには、実際に巡回するだけでは足りない。
どこに危険があるのか。
どんな問題が起きているのか。
その情報を集めて、必要な対応を取ることも重要なのだ。
「冒険者ギルドにも、街の外の依頼がありますよね」
「あるね。内容によっては、騎士団が直接対応することもあれば、冒険者に依頼することもある。どちらが担当するかは、状況によって変わるよ」
「なるほど。依頼の内容だけでなく、危険の大きさも関係するんですね」
「そういうことさ」
ガイアは軽く肩をすくめた。
「もちろん、冒険者なら何でも自由に引き受けていいというわけでもない。自分の実力に合わない依頼を受ければ、本人だけでなく、周囲にも危険が及ぶからね」
「それは気をつけます」
俺は素直にうなずいた。
今のところ、俺が受けているのは安全性の高い依頼が中心だ。
無理に危険な仕事を引き受けるつもりはない。
異世界に来たからといって、何でも挑戦しなければならないわけではないのだ。
できることを少しずつ増やしていけばいい。
「ところで、悠真さんはどんな商品を売っているんだい?」
「主に、俺の故郷で作られているお菓子や日用品です。まだ小さく試している段階なので、種類も数も多くありません」
「お菓子か。それは少し興味があるね」
ガイアは面白そうに目を細めた。
「こちらでは見かけないものもあるのかな?」
「そうですね。特にグミは、こちらではあまり見ない食感みたいです」
「食感が珍しい?」
「柔らかくて、噛むと弾力があるんです。前に試しに売ったときも、興味を持ってくれた人がいました」
「なるほど。知らないものを売るなら、説明も必要というわけだ」
「そうなんです。前回は値段を決めることばかり考えていたんですけど、実際に売ってみると、それだけじゃ足りないと分かりました」
「商売というのは、実際にやってみて初めて分かることも多いだろうからね」
ガイアはそう言って笑った。
「最初から何もかもうまくいくとは限らない。少しずつ試していけばいいさ」
「はい。無理のない範囲で続けてみます」
俺はガイアの言葉にうなずいた。
こうして話してみると、騎士団の人たちも、俺が考えていたほど近寄りがたいわけではないらしい。
もちろん、仕事中なのだから、何でも気軽に話しかけていいわけではないだろう。
それでも、こちらの事情を説明すれば、きちんと話を聞いてくれる。
今回訪ねてきた意味はあったと思う。
◇
その後も、俺はジンとガイアにいくつか質問をした。
街の巡回はどのように行われているのか。
住民が困りごとを相談したいときは、どこへ行けばいいのか。
冒険者が街の外で危険な状況を見つけた場合、どのように報告すればいいのか。
細かい仕組みのすべてを教えてもらったわけではないが、基本的な考え方は分かった。
騎士団は街の安全を守り、問題が起きれば状況に応じて対応する。
住民からの相談や外部からの情報も、街を守るための大切な手掛かりになる。
冒険者ギルドとは役割が違うものの、必要に応じて協力することもある。
そして、街で暮らす人間にも、自分の行動に責任を持つことが求められる。
危険なことを見かけたら、無理に自分で解決しようとせず、適切な相手に知らせる。
商品を売るなら、場所や取り扱うものについて確認する。
どれも特別なことではない。
けれど、異世界で生活するうえでは、知っておいたほうがいいことばかりだった。
「今日は色々と教えていただいて、ありがとうございました」
話がひと段落したところで、俺は二人に礼を言った。
「いえ。街で活動されるのであれば、必要なことを確認しておくのは大切ですから」
ジンは穏やかに答えた。
「今後、活動の内容が変わったり、判断に迷うことがあったりしたら、必要に応じて相談してください。ただし、騎士団ですべての商売上の問題を扱えるわけではありません。その点は覚えておいてくださいね」
「分かりました。まずは自分で調べて、分からないことがあれば相談します」
「それがいいと思います」
ガイアも軽く手を振った。
「街で見かけたら、また声をかけてくれ。もっとも、仕事中は少し忙しいこともあるけれどね」
「はい。ありがとうございます」
俺は二人に挨拶し、部屋を出た。
騎士団本部を訪ねる前は、少し緊張していた。
何を聞けばいいのかも、どこまで説明すればいいのかも、はっきりとは分かっていなかったからだ。
でも、実際に話してみると、今後の活動に必要なことをいくつも知ることができた。
これで何もかも分かったわけではない。
それでも、街で暮らすための知識が少し増えたのは確かだった。
◇
騎士団本部を出ると、街には昼の賑わいが広がっていた。
人々が店を訪れ、買い物をし、知り合いと話をしている。
通りでは商人が荷物を運び、冒険者らしき人たちが街の外へ向かって歩いていた。
さっき聞いた話を思い出す。
こうした日常の裏側では、騎士団が巡回を行い、情報を集め、街の安全を守っている。
もちろん、騎士団だけですべてが成り立っているわけではない。
冒険者が依頼を受け、商人が物資を運び、住民がそれぞれの仕事をする。
そうした活動がつながることで、街の生活が続いているのだろう。
「普段は、そこまで考えないんだけどな」
俺は小さくつぶやいた。
ゲームでは、街の中を歩いても、騎士団の仕事を深く考えることはなかった。
依頼を受けて報酬をもらい、必要なものを買い、次の目的地へ向かう。
それで十分だった。
でも、実際に生活するなら、街を支えている仕組みも知っておいたほうがいい。
何かあったときに、どこへ相談すればいいのか。
どんなことに気をつけて生活すればいいのか。
そうしたことを知っているだけでも、安心感が違う。
「さて、これからどうするかな」
まだ時間はある。
このまま商店を見て回ってもいいし、冒険者ギルドに寄って依頼を確認してもいい。
ただ、今日は騎士団本部を訪ねるという目的を果たせた。
無理に予定を詰め込む必要はないだろう。
俺は街を少し歩いてから、広場の近くで休憩することにした。
ベンチに腰を下ろし、行き交う人々を眺める。
子どもたちが楽しそうに話をしている。
店先では、店主が客と会話をしながら商品を渡していた。
少し離れたところでは、冒険者らしき二人組が次の依頼について相談している。
どれも、モンドでは珍しくない光景なのだろう。
でも、俺にとっては、少しずつ知っていく途中の風景だ。
この街で何が売られているのか。
どんな仕事があるのか。
誰が街を守っているのか。
そうしたことを知るたびに、モンドでの生活が少しずつ具体的になっていく。
「こういう休日も悪くないな」
観光名所を巡るだけが、異世界生活の楽しみではない。
街の仕組みを知り、住んでいる人たちと話し、普段の暮らしを少しずつ理解していく。
それも、ここで生活する楽しみのひとつだと思う。
◇
「悠真!」
不意に名前を呼ばれて、俺は顔を上げた。
聞き覚えのある声だった。
振り返ると、アンバーがこちらへ歩いてきていた。
「こんにちは、アンバー」
「こんにちは! こんなところで休憩してたの?」
「うん。さっきまで騎士団本部に行ってたんだ」
「騎士団本部?」
アンバーは少し意外そうに目を瞬かせた。
「何かあったの?」
「いや、何か問題を起こしたわけじゃないよ。これからモンドで活動していくなら、騎士団の人たちにも話を聞いておこうと思ってさ」
「ああ、そういうことね!」
アンバーは納得したようにうなずいた。
「冒険者ギルドで依頼を受けていることも、街で商品を売り始めたことも聞いているわよ」
「えっ、もう?」
思わず聞き返してしまった。
アンバーは不思議そうに首を傾げる。
「うん。どうして?」
「いや、そんなに広まるようなことをしたつもりはなかったから」
「ふふっ。街で商品を売っていたら、気づく人もいるわよ。それに、珍しいお菓子を持ってきているんでしょう?」
「まあ、そうだけど」
「前に買った飴もおいしかったしね!」
アンバーは楽しそうに笑った。
そういえば、最初にお菓子を配ったときにも、アンバーは興味を持ってくれた。
その後、販売を始めたときにも様子を見に来てくれたし、飴を買ってくれたこともある。
俺がモンドで何をしているのか、アンバーが知っていても不思議ではない。
「それで、騎士団では何を話してきたの?」
「販売場所や商品のこと、それから街の安全を守る仕組みについて聞いてきたんだ。これから活動を続けるなら、気をつけたほうがいいこともあるだろうし」
「そうね。街で暮らすなら、そういうことを知っておくのは大事だと思うわ」
「騎士団の人たちも、ちゃんと話を聞いてくれたよ。ジンさんとガイアさんに会ったんだ」
「ジン団長とガイアさんに?」
「うん。街の安全を守るために、騎士団だけじゃなくて、冒険者や商人からの情報も大切なんだって」
「そうよ。街の外には魔物もいるし、何かあったときには、いろいろな人の協力が必要になるもの」
アンバーは騎士団の一員らしい、しっかりとした口調で答えた。
「もちろん、危険なことがあったら、無理に自分で解決しようとしないでね。騎士団に知らせてもらえれば、こちらで対応できることもあるから」
「分かった。俺は戦いが得意なわけじゃないし、何かあったら無理せず相談するよ」
「うん。それがいいと思う!」
アンバーは安心したように笑った。
騎士団本部でも同じような話を聞いたばかりだ。
危険な状況に遭遇したら、自分だけで何とかしようとしない。
今の俺には、それが一番現実的な対応だろう。
「そういえば、商品販売のほうはどう?」
「まだまだこれからだね。前回売ったときは、値段が適切だったのか分からなかったから、最近は商店を回って相場を調べてたんだ」
「そうだったのね。ちゃんと考えているんだ」
「まあ、始めたばかりだからね。いきなり大きく商売をするつもりもないし、少しずつ試していこうと思ってる」
「そのほうがいいと思うわ。最初から何もかもうまくいくわけじゃないものね」
「そうだね。実際に売ってみると、値段以外にも考えることが多くてさ」
「例えば?」
「商品の使い方を説明したり、どんなところが便利なのか伝えたり。日本では普通に使われているものでも、こっちでは見慣れないものがあるから」
「なるほど。知らないものを買うのは、少し勇気がいるものね」
「そうなんだよ。だから、次に売るときは、もう少し説明を工夫してみようと思ってる」
アンバーはうなずいた。
「いいと思う! 私も、初めて見る道具なら、どんなふうに使うのか気になるもの」
「やっぱりそうだよね」
「うん。あ、それから、前に買った飴だけど」
「飴?」
「個包装になっていたから、持ち歩きやすかったわ。仕事の合間に食べるのにも便利だったし」
「ああ、それは前にも聞いたね。ありがとう。次に売るときの参考にするよ」
「どういたしまして!」
アンバーは明るく笑った。
こうして実際に買ってくれた人から感想を聞けるのはありがたい。
店主から教えてもらったことと、アンバーが話してくれたこと。
どちらも、次の販売で試せそうな内容だった。
「それじゃ、私はそろそろ巡回に戻るわね」
「うん。仕事中だったんだね。引き止めてごめん」
「気にしないで! 少し話しただけだから」
アンバーは手を振った。
「商売も頑張ってね。また何かあったら話を聞かせて!」
「ありがとう。アンバーも仕事頑張って」
「うん! またね!」
アンバーは元気よく手を振ると、街の通りへと歩いていった。
俺はその背中を見送り、ベンチから立ち上がった。
騎士団本部でジンやガイアと話をし、街の安全を守る仕組みについて知ることができた。
そして、アンバーともこれまでの活動について話すことができた。
こうして話をする相手が少しずつ増えていくのは、やはりうれしい。
ただ、これでモンドのすべてが分かったわけではない。
知らないことはまだまだある。
だからこそ、これからも少しずつ調べていけばいいのだろう。
◇
夕方が近づいてきたころ、俺は今日一日のことを振り返っていた。
騎士団本部を訪ね、ジンとガイアに話を聞いた。
商品販売については、今後も場所や商品の内容に気を配ること。
冒険者として活動するなら、自分の実力に合った依頼を選ぶこと。
街の外で危険な状況を見かけたら、無理に自分で対処せず、騎士団や冒険者ギルドなどに知らせること。
そして、街の安全を守るためには、騎士団だけでなく、さまざまな立場の人々の協力が必要だということ。
今日聞いた話は、どれもこれからの生活に役立ちそうだった。
特に、何かあったときに自分だけで何とかしようとしないこと。
これは覚えておいたほうがいい。
俺は戦闘を目的にテイワットへ来ているわけではない。
観光を楽しみ、依頼を受け、商売を試しながら、こちらでの生活を少しずつ広げていきたいと思っている。
そのためにも、無理をせず、必要なことを確認しながら活動するのが大切だ。
「次は図書館でも行ってみるかな」
ふと、そんなことを思った。
街の仕組みについては、今日、騎士団の人たちから話を聞くことができた。
でも、モンドの歴史や文化については、まだ知らないことが多い。
図書館なら、そうしたことを調べられるかもしれない。
リサさんにも会えるかもしれないし、街について知るにはちょうどよさそうだ。
もちろん、実際に行ってみなければ分からないこともあるだろう。
次の休日は、少し違った過ごし方をしてみるのもよさそうだ。
俺はその予定を頭の片隅に置き、システムを操作した。
ログアウトを選択する。
視界が切り替わり、見慣れた自室へと戻った。
◇
日本の自室に戻った俺は、机に座ってノートを開いた。
忘れないうちに、今日聞いたことを記録しておく。
騎士団は、街とその周辺の安全を守る役割を担っている。
巡回だけでなく、住民からの相談や外部からの情報にも対応している。
冒険者ギルドとは役割が異なるが、状況によっては協力することもある。
販売については、場所や商品の内容に注意し、活動の仕方を変える場合は必要に応じて確認する。
危険な状況を見かけた場合は、無理に自分で対処しようとせず、適切な相手に知らせる。
俺は日本語で一つずつ書き留めた。
テイワットの文字は読むことができるが、自分で書くことはできない。
だから、こうして日本に戻ってから、日本語で記録するのが確実だった。
書き終えたノートを見直すと、今日一日で得た情報が思ったより多いことに気づいた。
特別な事件が起きたわけではない。
危険な魔物と戦ったわけでもないし、珍しい場所を発見したわけでもない。
ただ、街を守っている人たちと話をして、普段の生活を支える仕組みについて知った。
そして、アンバーとも話をして、自分の活動を気にかけてくれていることを改めて知った。
それだけの一日だった。
けれど、俺にとっては十分に意味のある時間だったと思う。
異世界で暮らすということは、ただ珍しい景色を見るだけではない。
そこで暮らす人たちの仕事や生活を知り、自分もその街の一員として、少しずつ活動していくことなのだろう。
「さて、次は図書館だな」
俺はノートを閉じた。
次の休日は、モンドの歴史や文化について調べてみよう。
知らないことは、まだまだたくさんある。
だからこそ、これからも少しずつ知っていけばいい。
焦る必要はない。
俺はそう考えながら、次のテイワット行きに向けて、ゆっくりと休日の残り時間を過ごすことにした。
ここまで読んでいただき、ありがとうございます!
感想や評価をいただけると、執筆のモチベーションにつながります。
よろしければ、気軽に感想や評価を残していただけるとうれしいです。
これからもよろしくお願いします!