ユキがケータのともだち妖怪になってから、五日が経った。
その間、二人は毎日のように顔を合わせていた。最初のうちはケータが公園へやって来るまで落ち着かない様子で待っていたユキだったが、今では約束した場所へ少し早めに行き、どんな話をしようか考えながら彼の到着を待つことが日課になっている。
ケータのほうも新しくできた友達と遊ぶことが楽しいらしく、駄菓子を買ったり、川辺を散歩したり、ときには妖怪ウォッチでユキを呼び出して、ほかのともだち妖怪たちと一緒に遊ぶこともあった。
そんな日々を過ごすうちに、ユキは少しずつケータのことを知るようになっていた。
彼は虫取りが好きで、お菓子を食べるときにはチョコレート系を選ぶことが多い。ウィスパーの小言にはよく口答えするが結局はちゃんと話を聞いているし、ジバニャンとは些細なことで言い合いになっても、すぐに仲直りする。困っている妖怪を見つけると放っておけない性分で、自分にできることがないか、まず考えてみようとする。
そういう何でもない一面を知るたびに、ユキは自分が少しずつ彼の世界へ入れてもらっているような気がして嬉しかった。
しかし、一つだけ、どうしても気になっていることがあった。
自分の冷気である。
ケータと一緒にいる時間が増えたことで、彼女は以前よりも自分の妖力を意識するようになっていた。気をつけているつもりでも、楽しくなって笑った拍子に周囲を冷やしてしまったり、驚いたときに足元へ霜を広げてしまったりすることがある。
ケータはそのたびに気にしなくていいと言ってくれるものの、彼の腕に鳥肌が浮かぶのを見ると、ユキはどうしても申し訳なくなってしまうのだった。
その日も、ほんの小さな出来事がきっかけだった。
「うわっ、冷たっ!」
公園のベンチに座っていたケータが声を上げたのは、ユキが彼に渡そうとしたラムネ菓子の袋を、うっかり凍らせてしまったからだった。
正確には、ケータが差し出した手に自分の指が触れそうになり、少し緊張した拍子に冷気が漏れてしまったのである。袋の表面には白い霜が張りつき、中のラムネまで冷えきってしまっていた。
「あっ……ご、ごめんなさい!」
ユキが慌てて手を引っ込めると、ケータは凍った袋を眺めながら、むしろ面白そうに笑った。
「すごい! ラムネって凍るんだね!」
「……でも、冷たくしちゃったわ」
「別にいいよ。夏だし、ちょっと冷たいくらいのほうがおいしいかも」
ケータはそう言ってくれたが、どうしても自分の不甲斐なさと力の使い方については悩みが残っている。
数日前も、川辺で魚たちを助けたときには、初めて自分の冷気を上手に扱えた。
あのとき、ケータはとても喜んでくれた。だったら、練習すればもっと上手になれるのではないだろうか。
冷気を出したいときだけ出し、必要のないときにはきちんと抑えられるようになれば、ケータを寒がらせずに済むし、今まで怖くてできなかったことにも挑戦できるかもしれない。
ユキは膝の上で両手を握りしめると、少し迷ってから口を開いた。
「……ねえ、ケータくん」
「ん? どうしたの?」
「……私、お願いがあるの」
ケータが顔を向ける。
その視線を受けると、ユキは相変わらず胸が弾むのを感じたが、今日はそれを理由に言葉を止めたりしなかった。
「……私ね、もっと上手に妖術を使えるようになりたいの。冷気を出すのも、抑えるのも、ちゃんと自分で決められるようになりたくて……」
「へぇ、いいじゃん!」
「……だから、その……。もしよかったら、特訓に付き合ってくれないかしら?」
言い終えてから、彼女はおそるおそる顔を上げた。ケータは少し驚いた様子だったが、すぐに嬉しそうな笑顔を浮かべた。
「もちろん! オレでよければ、いくらでも手伝うよ!」
「……本当?」
「うん! そういうことなら、ほかのみんなにも協力してもらおうよ。妖術が得意な妖怪もいるしさ!」
ケータはすっかり乗り気になったらしく、早速メダルを取り出そうとしたがその横で話を聞いていたウィスパーがやんわりと彼を制する。
「まあまあ、ケータくん。やる気があるのは結構ですが、何も考えずに妖術を使ってはいけませんよ。ユキさんの冷気は相当なものですから、まずは安全に練習できる場所を探す必要があります」
「あ、そっか。ここじゃほかの人が通るもんね」
「その通りです。それから、冷気の制御には妖力そのものだけでなく、気持ちの落ち着きも関係しているはずです! そういうことなら、わたくしにも心当たりがあります!」
得意げに言ったウィスパーを見て、ケータは少し疑わしそうに眉を上げた。
「……ほんとに?」
「なぜそこで疑うんですか!?」
「だって、ウィスパーって、知らないことも知ってるふりするときあるじゃん」
「ぐっ……! そ、それとこれとは話が別です! 今回は本当に、適任の妖怪がいるのですよ!」
ウィスパーは少しむきになりながらも、すぐにいつもの調子へ戻った。
「うぃす! こうなったら、わたくしの知識がいかに頼りになるか、存分にお見せいたしましょう!」
翌日の午後、特訓は川沿いにある広い空き地で始まった。
周囲には低い雑木林が広がっており、人通りの多い遊歩道からも少し離れている。地面は土と短い草に覆われ、近くには水を汲める小さな水場があった。
以前、ケータがともだち妖怪たちと遊んだことのある場所で、周囲に被害が及ばないよう気をつければ、妖術の練習にも使えそうだった。
ケータは家から持ってきたバケツや紙コップ、古いタオルを地面へ並べていた。ウィスパーが考えた特訓の内容に合わせて用意したもので、最初は水の入ったコップを冷やすところから始める予定だった。
「よーし! 準備できた!」
「充分です! それではまず、ユキさんの冷気を落ち着かせるところから始めましょう」
ウィスパーはそう言って、ケータのメダル辞典へ視線を向けた。
「最初に呼んでいただきたいのは、ホノボーノです!」
「ホノボーノ? ああ、そっか! 確かにいいかも!」
ケータは納得したように頷くと、メダルを取り出した。
「出てきて、ホノボーノ!」
召喚音とともに、柔らかな黄色い光が広がった。
その中から現れたのは、雲のようにふっくらした黄色い身体を持つ妖怪だった。緑色の髪と口ひげが特徴的で、頭には小さな白い花が咲いている。
丸みを帯びた身体にはどこか愛嬌があり、目を細めた穏やかな笑顔を見ているだけで、周囲の空気が少し和らいでいくようだった。
「おやおや、ケータくん。今日はみんなで何をするホノボーノ?」
「実はさ、ユキが妖術の特訓をしたいんだって。ホノボーノにも手伝ってほしくて!」
「なるほど、なるほど。それはいいことだボーノ。頑張りたいと思ったときに、誰かが隣にいてくれるのは嬉しいものボーノ」
ホノボーノはにこにこと笑いながら、ユキのほうへ身体を向けた。
「初めまして、ユキちゃん。無理せず、少しずつやっていこうホノボーノ」
「……初めまして。よろしくお願いします」
ユキが頭を下げると、ホノボーノは満足そうに頷いた。彼が近くにいるだけで、不思議と肩の力が抜けていく。
先ほどまで少し緊張していたユキも、胸の奥に広がっていた不安が穏やかになるのを感じた。まるで、暖かい春の日に柔らかな日差しを浴びているような心地よさだった。
「ホノボーノはね、周りの気持ちを穏やかにしてくれる妖怪なんだ」
ケータが説明すると、ユキは感心したように頷いた。
「……そうなのね。すごい力だわ」
「いやいや、たいしたことはないボーノ。みんなが少しでも楽しく過ごせたら、それが一番ホノボーノ」
照れくさそうに笑うホノボーノを見て、ユキも小さく微笑んだ。そんな様子を確認したウィスパーは、地面に並べた三つの紙コップを指差した。
「さて、まずは簡単なところから。こちらのコップには、それぞれ同じ量の水が入っています。ユキさんには、真ん中のコップだけを少し冷やしていただきたいのです」
「……真ん中だけ?」
「ええ。左右の水には影響を与えず、真ん中だけを冷やします。最初から凍らせる必要はありません。どの程度まで冷気を出すのか、少しずつ確かめていきましょう」
ユキは真剣な表情で頷いた。
指示は分かりやすかったが、問題はその通りにできるかどうかである。
彼女は三つのコップの前にしゃがみ込み、両手をそっと差し出した。冷気を出そうと意識すると、指先から淡い白い妖気が溢れ、真ん中のコップへ向かって伸びていく。
しかし、次の瞬間、ぱきぱき、と乾いた音が響いた。
「……あっ」
三つのコップが、まとめて白く凍りついていた。
しかも、真ん中だけではなく左右のコップまで、縁から底まで霜に覆われている。さらに周囲の草まで白く染まり、ケータが思わず足を引っ込めるほど冷たい空気が広がっていた。
「……ごめんなさい」
ユキがしょんぼりと俯くが、ホノボーノは慌てず、ゆっくりと笑いかけた。
「大丈夫、大丈夫。初めから上手にできる人なんて、そうそういないボーノ。それに、今のはとってもきれいな氷だったホノボーノ」
「……そうかしら」
「もちろんだボーノ。あとは、ちょっとだけ力を弱くする練習をすればいいボーノ」
ケータも凍ったコップを一つ持ち上げ、面白そうに眺めている。
「うわぁ、すっごい! 完全に凍ってる!」
「ケータくん、遊んでいる場合ではありませんよ。まずはコップを元に戻して……」
「あっ、そうだね。でも、これならかき氷とか作れそうじゃない?」
「……後で作れないか試してみましょう! うぃす!」
次の準備をするケータとウィスパーを横目に、ユキは、凍ったコップを見つめながら小さく息を吐いた。
その後も、ユキは何度か同じ練習を繰り返した。
最初は三つまとめて凍らせてしまっていたが、ホノボーノが傍らで見守り、ウィスパーが冷気の広がり方を確かめるうちに、少しずつ違いが現れ始めた。
真ん中のコップへ意識を向けたまま、ゆっくり息を吐く。指先から冷気を出すときにも、一度に全部を放とうとせず、水面が揺れる様子を見ながら力を弱めていく。何度目かの挑戦で、とうとう左右のコップを凍らせずに済んだ。
「あっ!」
ユキが思わず声を上げる。
真ん中のコップには薄い氷が張っていたが、左右の水面はまだ液体のままだった。多少の冷気は漏れていたものの、最初のように周囲の草まで凍らせてしまうことはない。
「やった! できたじゃん、ユキ!」
ケータが嬉しそうに拍手した。
ユキはコップを見つめ、それからケータの顔へ視線を向けた。彼が自分のことを褒めてくれていると分かった途端、頬が緩み、抑えていたはずの冷気が少しだけ強まってしまう。
ぱきっと、左右のコップの表面に小さな霜が生まれた。
「あっ……!」
慌てて手を引っ込めるユキに、ウィスパーは笑いながら首を振った。
「おやおや。嬉しくなった途端に、また少し漏れてしまいましたねぇ」
「……ごめんなさい」
「いえいえ、責めているわけではありませんよ。むしろ、今のは大切な発見です。ユキさんの冷気は、気持ちが大きく動くと強くなるようですね」
ウィスパーは三つのコップを並べ直し、さっきまでとは違う角度から霜の広がりを確かめた。落ち着いた状態ならある程度まで抑えられるものの、緊張したり、驚いたり、嬉しくなったりすると、意図しないところへ冷気が漏れてしまう。そうした傾向があるなら、ただ静かに座って練習するだけでは十分ではないだろう。
「なるほど。次は、少し条件を変えてみる必要がありそうですね」
「条件?」
「ええ。たとえば、誰かに話しかけられたり、周りで急に音がしたりしても、冷気を抑えられるかどうかです。普段の生活では、いつも一人で静かに妖術を使えるわけではありませんからね」
「そっか。じゃあ、今度はオレが話しかけながらやってみようかな」
ケータがそう提案すると、ユキは一瞬だけ嬉しそうな顔をした。
「……ええ。お願いするわ」
ただし、ケータが話しかけると気が散ってしまうということはすぐに分かった。
「ねえ、ユキ。今日は何時くらいに起きたの?」
「……えっと、今日は……あっ」
ぱきっ。
「好きなお菓子って、やっぱりチョコレート?」
「……ええ、そうね。私、チョコレートは……」
ぱきぱきっ。
「そういえば、明日も一緒に──」
「……っ!」
ぱきんっ!
最後には、また三つのコップがまとめて凍ってしまった。
ケータは凍りついた水面を見て、何とも言えない顔になった。
「……オレ、話しかけないほうがいいのかな」
「ふふふ。少しずつ慣れていけばいいんだボーノ。今は、ユキちゃんがケータくんのお話を楽しみにしすぎているのかもしれないボーノ」
「……っ!」
ホノボーノの何気ない言葉に、ユキは一瞬で顔を赤くした。
「そ、そんなこと……!」
ぱきぱきぱきっと今度は、コップだけでなくバケツの縁まで凍りついた。
「……あっ」
「おや、これは分かりやすいですねぇ」
「ウィスパーさんっ!」
ユキが恥ずかしそうに顔を覆うと、ケータは事情がよく分からないまま笑った。
「でも、いっぱい話しながらできるようになったら、すごいよね!」
「……ええ」
ユキは袖の隙間から、そっとケータを見上げた。
何も知らずに笑っている少年の顔が見える。好きな人と話すだけで、こんなにも嬉しくなってしまう。そんな自分の気持ちを、彼に知られてしまったらどうしよう。
そう考えると、ますます落ち着かなくなった。
結局、その日の特訓は、真ん中のコップだけを冷やせるようになったところで終了した。まだ完全とは言えないものの、最初に比べれば明らかな進歩だった。
「今日はここまでにしましょう。初日から無理をしても、かえって疲れてしまいますからね」
「……はい」
ユキが少し名残惜しそうに頷くと、ホノボーノも満足そうに微笑んだ。
「よく頑張ったホノボーノ。今日はゆっくり休んで、また明日から頑張ればいいボーノ」
「……ありがとう、ホノボーノ」
「どういたしまして。焦らず、楽しむことが大切ホノボーノ」
柔らかな声でそう言ってから、ホノボーノはケータへ手を振り、穏やかな妖気を残して帰っていった。
二日目の特訓では、ウィスパーが少し変わった提案をした。
「さて、昨日の練習で、ユキさんは落ち着いていれば冷気を抑えられることが分かりました。今日はもう一歩進んで、気持ちが大きく動いているときにも、妖術を扱えるようにしてみましょう」
「……気持ちが動いているとき?」
「ええ。たとえば、驚いたときや、慌てたときですね。とはいえ、わざと怖がらせたりするのもよくありませんから、まずは別の方向から試してみましょう」
そう言って、ウィスパーはケータに一枚のメダルを渡した。
そこに描かれていたのは、赤い炎のようなたてがみを持つライオンの妖怪だった。
「あっ、メラメライオン!」
「その通りです。彼なら、ユキさんのやる気を高めることができます。落ち着いた状態だけでなく、気持ちが高ぶっているときにも冷気を抑えられるか、確かめてみるのです」
「へぇ、面白そう!」
ケータはさっそくメダルを妖怪ウォッチへ差し込んだ。
「出てきて、メラメライオン!」
召喚音とともに、赤い炎が勢いよく広がった。
その中から現れたのは、小柄ながらも迫力のあるライオンの妖怪だった。赤く燃え上がるたてがみが特徴的で、額には白い稲妻のような模様があり、黒い衣装には金色の装飾が施されている。
逞しい両腕を胸の前で組み、鋭い目つきで周囲を見回した後、彼は力強く吠えた。
「メラメラァ!!」
「おおっ、相変わらず元気だね!」
「メラメラ!メラメラァ!」
ケータに向かって拳を突き出し、何かを熱心に訴えかけるメラメライオンだが、ユキにはその言葉の意味がさっぱり分からなかった。
「……あの、ウィスパーさん。彼は何て言っているの?」
「ええとですね。『今日も全力で頑張ろうぜ! 気合いを入れろ!』といったところでしょうか」
「メラメラ!」
「ほら、やはりそう言っております」
ウィスパーが得意げに頷く。
ユキは少し戸惑ったものの、メラメライオンが自分のほうへ拳を突き出してきたので、おそるおそる手を伸ばした。
「……よろしくね」
「メラ!」
軽く拳を合わせると、メラメライオンは満足そうに頷いた。
その直後、彼の身体から炎のような妖気が広がり、ユキの周囲を包み込む。
「……あっ」
胸の奥が、急に熱くなった。
先ほどまであった不安が薄れ、代わりに、何でもできそうな気持ちが湧き上がってくる。
失敗しても構わない、何度でも挑戦すればいい! そんな前向きな気持ちが、次々と溢れてくる。
「……すごい。何だか、急にやる気が出てきたわ」
「それがメラメライオンの力なんだよ!」
ケータが嬉しそうに説明する。
「メラメライオンにとりつかれると、やる気がメラメラ燃えてくるんだって!」
「なるほど……。面白い力ね」
ユキは感心したように頷いた。
今までの自分なら、失敗することばかり考えて、なかなか挑戦できなかっただろう。
「……私、頑張るわ!」
ユキが勢いよく立ち上がる。その様子を見たケータは、嬉しそうに笑った。
「いいね! じゃあ、今日はこれを使ってみよう!」
ケータが取り出したのは、何本もの細い木の棒と、そこに結びつけた小さな紙の旗だった。旗の先には、それぞれ違う色の紙が貼られており、一定の間隔を空けて地面に並べられている。
「今日は、この青い旗だけを凍らせるんだって。ほかの旗には触らないようにするのが目標!」
「……青い旗だけね」
「うん! 昨日よりちょっと難しいけど、ユキならできると思う!」
その言葉を聞いた瞬間、ユキの胸に熱いものが込み上げた。
ケータが、自分を信じてくれている。
ならば、期待に応えたい……いや、応えなければ! そう思った途端、彼女の身体から強い妖気が溢れ出した。
「……えいっ!」
ぱきぱきぱきぱきっ! と青い旗を中心に、周囲の旗まで一気に凍りついた。さらに冷気は地面へ広がり、旗を支えていた木の棒を白く染めていく。
「……あっ」
ユキが目を丸くした。
自分ではうまくやったつもりだったが、結果は昨日よりもずっとひどい。ほとんど全部の旗が、まとめて凍ってしまっていた。
「……ごめんなさい」
ユキがしょんぼりと俯く。
すると、メラメライオンが勢いよく首を振った。
「メラメラぁ!」
「ええと……『まだまだこれからだ! もう一回やってみろ!』と言っていますねぇ」
ウィスパーが訳すと、メラメライオンは満足そうに頷いた。
ユキも、つられるように顔を上げた。
「……そうね。もう一回、やってみるわ」
再び冷気を集める。
しかし、結果は同じだった。
青い旗だけを狙っているつもりなのに、気持ちが先走ってしまい、どうしても周囲まで冷やしてしまう。
何度繰り返しても、なかなかうまくいかなかった。やがて、ユキはとうとう膝へ手をつき、少し疲れた様子で息を吐いた。
「……おかしいわね。昨日より、ずっと頑張っているつもりなのに……」
「うーん……。もしかして、頑張りすぎなのかな?」
ケータが首を傾げる。
その言葉に、ウィスパーも考えるように腕を組んだ。
「ふむ……。確かに、その可能性はありますねぇ。やる気が高まれば、妖術の勢いも強くなります。しかし、勢いが強くなったからといって、細かく扱えるようになるわけではありません」
ウィスパーは凍りついた旗を見つめながら、少し考え込んだ。
「なるほど。これはよい勉強になります。ユキさんの場合、力を出すことよりも、出した力を途中で止めることが重要なのかもしれません」
「……途中で止める?」
「ええ。必要な分だけ出して、それ以上は広げないようにするのです。全力で頑張ることと、全力で妖術を放つことは違いますからね」
その説明を聞いたユキは、しばらく考え込んでいた。確かに、今までは強い冷気を出すことばかり考えていた。
何かを凍らせようと思えば、一気に力を込めてしまうし、途中で止めようとしても、なかなか思うようにいかない。
それなら、最初から必要なところまでしか冷気を出さないようにすればいいのではないだろうか。
「……もう一回、やってみてもいい?」
ユキが顔を上げるとケータは嬉しそうに頷きメラメライオンは拳を高く掲げた。
「もちろん!」
「メラメラァ!」
ユキは、青い旗を見つめながら、ゆっくりと息を吐いた。
指先に集めた妖気を細く伸ばし、旗の先端へ触れさせる。
ぱきっ、と小さな音がして青い紙の端に、白い霜が生まれる。意識して力を止めると、冷気はそれ以上広がらず、旗の先端にだけ、小さな氷の粒が残った。
「……あっ」
思わず息を呑んでしまう。ほんの少しだけれど、狙ったところだけを凍らせることができた。
「やった! ユキ、今のすごいよ!」
ケータが嬉しそうに声を上げる。
メラメライオンも、勢いよく両拳を掲げた。
「メラメラァ!!」
「『見事だ! その調子だ!』だそうですよ」
ウィスパーが笑いながら訳す。ユキは、凍った旗を見つめてから、ゆっくりとケータとメラメライオンへ顔を向けた。
「……うふふ。ありがとう」