転生TS美少女ゲス外道猫獣人は異世界の勇者の玉の輿を狙いたい 作:苦慮緑了
とある平凡な酒場、俺こと猫耳美少女ハレ・ピースは大勢いる女衆と共に一つのテーブルを囲っていた。
テーブルには椅子が一つ備え付けられており、唯一座っている男はなよっとして前世では見慣れた日本人顔で、お世辞にも顔がいいとは言えない。
平凡というか凡庸で、ちょっと目を離したらすぐ忘れるモブ顔なんだが、俺たちはこの男のパーティーメンバーだった。
周囲の女衆の雰囲気はそれほど悪くないが、男……この剣と魔法の異世界において『勇者』と呼ばれる異世界召喚者、ハル・タカヒラ……高平ハルに突然呼び出されたため、困惑の色が強い。
ここ数日、ハルは何かに悩んでいた、今この場でその理由が明かされるのだろう。
「……もう、みんな集まったかな?」
ハルが閉じていた目を開きそう呟く、なるほど周囲を見渡せばほとんどのパーティーメンバーがいるようだ、いないのは大食い騎士くらいのものである。
「……それじゃあ、あんまり迷惑もかけられないし早速要件を言おう」
「勇者様ぁ! 私、ずっと立っていて疲れてしまいましたわぁ! 申し訳ありませんが、一緒の椅子に座らせていただけませんかぁ?」
ハルの言葉を遮り、高慢きちの馬鹿女が猫撫で声を出す。彼女の名はアーリス・ティ・クランラスタ王女、王女である彼女の発情期の猫の鳴き声の方がマシなくらい不快な高音に、ハルは不快気に眉を顰めた。
「……」
「ごめんなさい、勇者様、でもどうしても限界なんです……!」
演技臭い仕草でしなを作って勇者に寄りかかる。彼女はこのパーティーの中で随一である。主に性格の悪さや権力の強さが。だがあのレベルまでプライドを捨てられるのは人間として尊敬の念を抱く。
いつも通りハルはそれを受け入れるだろう。ヘタレだから。
ヒロインレースは現在その大きな権力をフルに使って他のメンバーを妨害する彼女がトップである。
他のメンバーが何もしていないだけとも言えるが……あんなんでもトップはトップ、将来妾として迎えられるつもりの俺としてはあまり調子に乗られてハルの不興を買われても困る。
出る杭は打たれる。無駄な行動力はマイナス点である。ちらりと当たりを見渡せば取り巻きはもちろん、その他の雑多な奴らも動く様子はない、さてどうやって彼女を止めようか……。
「……やめてくれ」
「えっ?」
初めて明確な否定の言葉を発したハルに、思わず猫耳を立てる。
ハルは立ち上がり、珍しくはっきりと強い意志を滲ませた顔で椅子に座ったままのアーリスを睨んだ。
「今日言いたいことはこれだ、僕は、この場の誰とも付き合うつもりはない。結婚する気も、子供を作る気も無い。だから、そういう強引な事はもうやめてくれ」
「……!?」
ある種傲慢とも言える発言だが、的を射た発言だ。
国がよこしたハルへの支援団……いわゆる勇者パーティーはその全てが女である。雑駁にいうとこいつらはハーレム要員であり、勇者を種馬とした権威やら箔付けのための単なる情婦である。
かくいう俺もそうだ。勇者と婚姻関係を結めば老後は安泰、贅沢三昧、浪費は豪快ってな訳でメリットばかりだから話を受けた。
だがまあそう上手い話はなかったようで、いざ旅を始めてみればハルに近寄れるのはアーリスとその取り巻きばかり、俺たち平民や下級貴族は奴隷か馬車馬の如く働かされる毎日だった。
だが……選択を誤ったな。確かに最近のアーリスの動向は目に余った。功を焦ったのか怪し気な惚れ薬だの作為的ラッキーすけべだの、強引な手段が多かった。ヘタレなハルならば押し切られるかと考えていたが……。
「い、嫌ですわ勇者様、私、強引なことなんて……」
「いいや、君は強引だ。はっきり言おうか、僕は君が嫌いだ、アーリス」
「……!?」
おっと、これは……。
「すぐに嘘をつくところも、浅はかなのも、弱いものいじめをするところも、僕に擦り寄ってくる態度も、嫌いだ」
「なっ……!!」
「アーリス様になんてことを!」
ハルが毅然とした態度でアーリスを弾劾する。取り巻きが騒ぎ立て、酒場の他の客は騒ぎを聞きつけ視線を寄越している。
「この……勇者と呼ばれただけの平民が、おとなしくアーリス様に従っていれば……!」
「僕に対する敬意も、やはり嘘だったんだね……君もか、アーリス」
冷ややかな目でアーリスを見下すハル。対するアーリスはそんなふうに見下された事が不慣れだったのか、勢いよく立ち上がり真っ直ぐハルを睨みつけた。
拳を強く握り、ブルブルと震えている様子は傍目から見ても平静を失っている。
「平民風情が……!」
いつもならばヒートアップする前に俺が止めていた。だが、アーリスは既に勇者の妻になる事はない。おこぼれとして妾の立場を狙っていた俺も、もう止める必要がなくなった。
「黙って聞いていればぺちゃくちゃと! 私を誰だと思っているの!? あなたはただ私に従っていればいいの! この私がどれだけ我慢をして、譲っていたと……!!」
「譲っていた? 君が他人を思ったことなんてないだろう? 君は自分勝手で、利己的だ」
「……!……!!」
言葉にできない激情を前に、アーリスはただ顔を真っ赤にして震えた。多分王族故にここまで言われることもなかったのだろう。
だがしばらくそうしていると、アーリスは不器用にヒクヒクと笑みを浮かべながらハルを指さした。
「今の、無礼な発言、絶対に後悔しますわよ……! 撤回するなら、今のうちですわ」
「撤回も謝罪も、するつもりはない」
ハルの言葉が合図だった。アーリスは一度憎々し気にハルを睨みつけ、一歩下がった。
「パーティーを抜けますわ」
「……好きにすればいい、引き留めるつもりは――」
「このパーティーに残るという人は?」
アーリスが周囲を見渡した。あえて抜ける者ではなく残る者について聞いた意図は明白――脅迫だろう。
まず貴族がアーリスの背後についた。それより少し劣る身分の下級貴族もそれに続き、平民はアーリスと貴族に睨まれ内心はどうあれ同じように続いた。
唯一残ったのは俺だけ、口元に残ったナッツの食べかすを見つかる前に舐めとった俺だけだ。
「お前、残るのかしら?」
アーリスが威圧的に俺を睨む、俺はにこやかにアーリスに近づき、こっそりと囁いた。
「アーリス様、流石に勇者を一人で旅立たせたとあっては国の顔が立ちません、それに彼が行く先々でアーリス様のよからぬ噂を流すやもしれませんよ?」
俺の返答に僅かに眉を上げたアーリスは上機嫌に、嫌味たっぷりに笑いながらハルを見た。
「ふふ、確かに、一人なんて流石の私も気が引けるもの、いいでしょう、この娘だけは残してあげる」
俺はお前のものじゃねえ。
そんな内心をおくびにも出さず、俺はただニコニコ笑っておいた。
「今更後悔しても遅いわ、それじゃあ勇者様、魔王討伐、精々頑張ってくださいね」
アーリスと貴族令嬢連中がくすくすと笑いながら踵を返す。パーティーメンバーは……否、元パーティーメンバー達は少しだけこちらを気に掛けた様子を見せながらも、最後には酒場を出て行った。
嵐のさったような酒場の中、さっきまで静かにしていた客達は騒ぎが終わったのだと理解して再び酒を仰ぎ始める。酒場の喧騒が戻っていく。
俺は適当な椅子を引っ張ってきてハルの隣に座った。
「へっ、お前、案外人望なかったんだな? 俺の考えじゃあの庭師の娘はお前に惚れてたんだが……」
「……別に、気にしてない」
ハルは澄ました顔でなんとも思ってないかのように言っているが、内心ではもう二、三人くらい残っていてもいいはずだと考えていたのだろう、いつもより声のトーンが低い。
「酒飲めよ、こういう嫌なことってのは飲んで忘れるべきだ」
「……いや、未成年だから」
「真面目だねぇ……」
適当にハルと喋りながら、俺は降ってわいた千載一遇のチャンスに感謝した。
俺が異世界に転生してから十五年、前世を含めてもこんな幸運は初めてだ。
前世では無駄にあくせく働いて過労死。妻どころか彼女もできず一人寂しく孤独死だった。
この世界じゃそうはしない。
ピクピクと猫耳を動かし、無意識に立ち上る尻尾を必死に抑え、無駄にでかい胸を撫で息を吐いた。
――俺はこの世界で、必ず幸せになる。
そのためには、玉の輿を狙うのが最短だ。
邪魔なアーリスはもういない。妾などと言わず、直接第一婦人の座を勝ち取ってやる……!!
俺は隣に座ってサラダを食ってるハルを横目に、ひっそりと笑みを深めた。
***
高平ハルは極々平凡な
だった、はずなのに。
ハルは異世界に召喚された。基礎的な知識をインストールされた状態で、さらに、その体を完全に男のものに変えられて。
隣を見れば、驚くくらいの美少女、ハレが乱暴な口調でビールを注文していた。
肌も綺麗で、プロポーションも良い、猫耳と尻尾が生えていて、あまりにも非現実的な、同じ人間とは思えないくらい綺麗な顔をしていた。
その上ハレは優しかった。異世界に来たばかりで不安も絶えないハルを気に掛け、やりすぎるアーリス達の行動をさりげなく止めたり、ろくに戦った事も無いハルに稽古をつけてくれたのもハレだった。
普通、今のハルの体くらいの男の人だったら放っておかないだろう。スキンシップも激しく、正直同じ女子としてはあまりにも無防備すぎて心配になってしまうくらいだ。
それにさっきまで酒場にいた元パーティーメンバーのアーリスも、他の娘も美人ばかりだった。
だが悲しいかなハルの心は女だった。いくら彼女らが美人でも、アプローチを受けても、ハルはそれを受けいれられないのだ。
そんな事を少し寂しく思っていると、隣のハレが酒を大きく仰いだ。大きな木製のジョッキのビールを一息に飲み込む。
ハレは突然大声で叫び、上着を脱いだ。
たった一杯の酒で顔を真っ赤にして酔っ払ったハレが、テーブルに登り大声で歌った。
ものすごく目立っていて、正直恥ずかしい。周りの男が歓声を上げているのがわかったが、その気持ちはやっぱり分からなかった。
誰が相手であろうと、ハルの心が女である限り普通に人を愛すことなんてできやしない。
例えばそう、心が男で体が女の人なんてのがいない限りは。
(……いるわけないか)
ハルは踊り歌うハレを眺めながらそう心の中でつぶやいた。