転生TS美少女ゲス外道猫獣人は異世界の勇者の玉の輿を狙いたい 作:苦慮緑了
「とまあそんな訳で、ちょっとクェロプールをぶっ殺した」
「……何を言っているんですか?」
早朝、帰ってくるなり報告をした俺に与えられたのはベルの冷たい視線だった。
ベルの前で嘘をつく事は出来ない。俺の発言が真実なのは分かりきっているのに、何故こんな胡乱な目を向けられなければならないのか。
「……その格好は?」
「昨晩裏カジノに潜入したんだよ、衣装はそれ用な。邪悪な悪事を見逃せないという思いもあって、俺は裏カジノの陰謀、悪巧みを暴こうとしたっつー訳、ハルはいないのか? 色々――」
「ハレ、大丈夫ですか……? 顔色が、あまり良くないように見えます」
言われたくない事を言い当てられ、思わず言葉が止まる。滑らかに動いていた口は僅かに震えるばかりで、ベルは不審そうに、疑惑を含めたように顔を険しくした。
無駄な所で鋭い女である。
「ハレ――」
「酒をちょっと飲んだからだからだろ、俺は酔いが回るのが早くってよぉ、その分酒が抜けんのも早いんだが、二日酔いならぬ一晩酔いがナ……?」
「お……お酒……? いえ、待ってください、私達は昨晩夜遅くに起きて貴女がいない事に気づきました。裏カジノへの潜入? とやらがいつなのかは知りませんが、少なくともお酒を飲んでいる暇はあったというのですか?」
ベルは僅かに怒りを滲ませながら言った。
あまりにも転がしやすい娘である。俺としては好都合だが。
「……あー、もしそうだ、って言ったら怒るか?」
「…………勇者様は、夜遅くに貴女がいない事に気づいて探しに出ました。私はもしも戻ってきた時のため、ここに残りましたが……心配、したんですよ?」
「う……すまんすまん、悪かったよ、配慮が足りなかった」
顔色の悪さの原因は酒ではない。
あの時、ヴエロとクェロプールを殺した感覚は久々に、俺に人を殺す感触を思い起こさせた。
たとえ相手がクズであろうと、殺人の才能が致命的に欠けている俺には気分の悪い行いだった。
だから青ざめた顔色を誤魔化すために酒を飲んだ。因果関係が逆なのだ。
だがしかし、それを無駄に明かす必要は無い。
俺は悲しそうに眉を顰めるベルを慰め、謝って、その内心をひた隠した。
***
「ただいまー……っ! ハレ? 大丈夫? 怪我は無い? 何その格好」
「おかえりハル、安心しろよ、怪我なんかねーから。前から思ってたがお前ちょっと過保護だよな」
「だって……家出でもしたのかと思って心配で……」
「俺はガキか」
心配されているというのは別に悪い気分ではないが、子供扱いは不本意だ。
俺はそう思いつつも表には出さず、一息ついたあたりで床に座って三人で集まった。
「さてハルも戻ってきたし、そろそろ話をしよう。さっきちょっと言ったが俺は昨晩裏カジノへ潜入していた。邪悪な裏カジノの邪智暴虐を許せなかったんだ」
「激怒したの?」
「……なんの話ですか?」
「あ、いや、なんでもない」
俺はメロスではない。最も俺が転生者であることは特に言うつもりは無いから突っ込まないが。
俺はバニー衣装の胸元へ手を入れ中から一通の手紙を取り出した。
「ちょッ……どこから出してるの!」
「この手紙は裏カジノ支配人のヴエロへ送られたものだ。送り主は魔王軍四天王が一人『キングオクト』、巨大なタコの魔物だな」
「……タコが手紙を出したんですか?」
そう考えるとちょっと笑える絵面だが、まあ実際は配下の魔物に書かせたものだろう。
「手紙の内容は三日後、この街で行われる『計画』についてだ」
「……!」
「計画の内容は街の襲撃及び制圧。指定の地点に転移石……対となる転移石から瞬間的に移動する石を置いて、決行日にそこから魔物を溢れさせて速攻で街を支配する……らしい」
「……相手のレベルや、数は?」
「そこまでは分からん。だがまあ、そんな雑魚の話はぶっちゃけどうでもいい」
真に問題なのはただ一つ、大元のボスであるキングオクトだ。
「キングオクトのレベルは最後の観測時点で353。ハル、お前今のレベルは?」
「……273」
「勝てねえ。街の奴ら全部合わせてもタコ一匹に勝てねえ」
「ベルさんは? ベルさんはレベル999なんでしょ?なら……」
「申し訳ありません勇者様、私はレベルだけは無駄に高いですが、戦闘では役立たずです」
「な……!? え、でも……」
ベルはハッキリと断言した。理解していない様子のハルに説明してやる。
「……レベルが同じだったら能力も同じになる訳じゃねえ、ってのは分かるか?」
「……」
「どんだけレベルが高かろうと、戦士は魔法を使えねえし、魔法使いは武闘家と殴り合って勝てねえ……まあそこまで極端なのは珍しいが、概ねそうだ」
「あぁ……なるほど」
ハルはRPGなんかを触った事があるのだろうか? 納得が早い。
「ベルは殴り合ったり斬り合ったりする奴じゃねえ。単純な力比べ……腕相撲ならオクトキングにだって負けやしないだろうが、そんだけだ。殺し合いなら勝ち目はねえ」
「……バフ、とかは? 魔法でパワーアップとか……」
「あるにはあるが……下駄にするには足りねえ、レベルじゃねーんだ、加減が出来ないで返って弱くなる可能性もある」
この世界のバフ、強化魔法は受けた人間の力を増す。上限と下限を両方引き上げる効果がある。
レベルの恩恵は上限と下限の間を広げるため、特に意識しなければ普通に活動できる。
要はレベルというのは前提としてその力が元々出せたかのようにされるが、強化魔法にはそれが無いのだ。簡単お手軽に最強にはなれない。
「レベリングは? 僕なら……」
「確かにお前はスキル『勇者の証』のおかげでレベルアップに必要な経験値量が変化しない、が、計画は三日後だ。お前、一日でどれくらいレベルを上げれる?」
「……5か、場所を選ばなければ10」
「レベル差は80。そもそも埋まらねえってのもあるが、たとえレベルが同じでも勝てねえ、技量が足りないからだ。お前はまだ同じレベル帯の人間と比較したら雑魚なの、分かるか?」
「……」
ハルはむすっとしながらも、自分でもなんとなく分かっているのか言い返しはしなかった。
「……なら、どうすればいいのさ」
「……?」
思わず不思議そうに見つめ返して俺に、ハルは苛立ったように続けた。
「さっきからハレは否定ばっかりじゃないか、結局僕らはどうすれば良いと思うの?」
「逃げるんだよ」
「……えっ?」
素っ頓狂な声を出すハルに、俺はようやく俺の考えが伝わっていないと理解した。
……結構分かりやすく伝えたつもりだったんだが……。
「勝ち目は無い。時間も無い。チャンスも無い。なら逃げるしかないだろう。一応、通報だけはしておくつもりだが」
「なっ……で、でも、そんなの……この街は……!?」
「捨てる。俺らじゃ救えない。まあ街から逃げる過程で割と死ぬだろうが、俺たちには関係無い」
「そういう事でしたら、私はパーティーを抜けますね、短い間でしたが、お世話になりました」
突然ベルが立ち上がり、深々と頭を下げた。
「そうか、お疲れ。退職金は出ねーぞ」
「元より期待していません、けちんぼハレさん」
「そーかよ生意気ベル。精々死なねーようにな」
「ちょ、ちょっと待って! パーティーを抜けるって、なんでそんな、突然……!」
部屋を出て行こうとするベルをハルが引き留める。いらん事しやがって……。
「勇者様……私は、目の前で死にゆく人を見捨てる事など出来ません。私は絶対に諦めません、いえ、諦められません。たとえ無理であっても、人々を見殺しに、苦しむ人々を見捨てる事など……」
「待っ……協力しようよ! 一人でなんてそんな……!」
「いいえ、ハレはケチではありますが、それはそれとして戦局的な判断力はあります。さっき言った言葉にも嘘はありません。勇者様は……この街では、死ぬべきではありません。まだやるべき事があるはずです」
「何言って……! ベルさんだって……この街の人たちだってッ! 誰も死ぬべきじゃないに決まってるでしょ!?」
ベルは何も言い返さなかった。ただ悔しそうに目を伏せた。
……そりゃあ、そうだろう、正論だ。耳が痛い。
救うべき、助けるべき。出来るんだったらそうすべきだ。やらない理由が無い。だがどうしようもない。俺たちではオクトキングに勝てない。
それなら、どうしようもないだろう。諦めて、何がいけないと言うのか。
「……」
「……」
何も言えない俺たちに、ハルは辛そうに顔を歪めた。
「……分かってる。無理だっていうのは……でも、でもさ……」
空気が重苦しい。
「……ハレ……いや、ハレさん。お願いします。無理だって、出来ないんだって分かってるんです、でも……この街は楽しくて、僕は、誰にも……死んでほしくないんです」
ハルは静かに、泣きそうなくらい顔をクシャクシャにして言った。
「僕に出来る事ならなんでもします、だから……」
続く言葉はなんだろう? どうにかしてほしい。とか?
情があるのか、無いのか。
事ここに至って、俺はハルという人間の人物像を図りきれずにいた。
俺にはハルが本気で悔しがって、本気で人を救いたいと思ってるように見える。だが、分からない。それは真っ当な倫理観だ。
俺の見た人物像と乖離している。悲しむとは、泣き出すとは思っていなかった。
……こんな事をさせるつもりは……涙を流すほど悲しませる気は無かった。
ハルにとってのこの世界の思い出を……俺は、もっと楽しいものにするはずだった。
「……わーったよ」
「……!」
ハルがパッと驚いたように顔を上げる。俺は安心させるようにへらりと笑った。
「この街の人を助けたいんだな?」
「……うん」
「条件がある。まず最初に、全員は救えない」
「……うん」
俺の言葉にハルは小さく頷いた。文句は出なかった。
「次に、もしもなんかあった時、責任はお前が負え。俺のやり方が失敗しようが誰かが被害を被ろうが俺は償う気は全くねえ」
「……分かった」
ハルは僅かに迷ってから、すぐに頷いた。良い男である。
もし言い淀んでいたらさっさと逃げていた。これから俺がやろうとしている事はリスクが高い、失敗した時の保険も必要だ。
「ならやってやる。ベル、準備しろ、協力してくれるよな?」
「……ええ、もちろんです、ハレ!」
「ぼ、僕は何をすれば……?」
「お前は待機……いや、金を稼げ、ギルドに行って適当な短期依頼を受けろ、出来る限り多く稼げ」
俺の言葉に頷いたハルはすぐに荷物を纏めた。さっきまで外出していたから準備はすぐに終わる。
だが出て行こうとした直前になって止まり、ゆっくりと振り返った。
「……ハレ、依頼の受け方って……」
「あぁ? んなもん……いや、受けた事ねえのか、なら……どう、すっか……」
そういえばハルに冒険者ギルドでの仕事の受け方を教えた事は無かった。そもそもギルドカードが無い。
別に作れば良いんだが、準備に時間が掛かる。かといって放置する訳にも俺がついていく訳にもいかない……。
「どうやらお困りの様ですね……」
俺がそう考えていると不意に窓の外から不敵な声が聞こえた。
視線を向けるとカーテンの向こうに怪しげなシルエットが見えた。
「誰だッ!?」
「ククク私です……話は聞かせていただきました、私の聖女」
「だ、誰……?」
「誰だ……?」
「あなたは……何故ここに……!」
窓を開きカーテンをくぐり姿を現した男は、俺とベルが水着を買いに行った時にいた不審者だった。
馬鹿な……! 衛兵に捕まった筈では……!?
「あゝ、私の聖女、ご機嫌麗しゅう……」
「あの……え? あ、あなたはいつからそこに……?」
「七日前でございます、私の聖女……」
ゾッと背筋に冷たいものが走る。七日もいたのか? 少しも気づかなかった、ま、まさか俺たちが眠っている時もずっと……?
「べ、ベル、おま、お前の信者だろ? お前信者の管理くらいしろよっ! 気持ち悪いんだよ!」
「知りませんよこんな人! あ、貴方は、な、何故そんな事を……!?」
「私の聖女、貴方の事をただ見守りたかっただけなのです、どうか勘違いしないでください」
それは勘違いなどではなく正真正銘気持ちの悪いストーカー野郎であったが、残念ながらその眼はガラス玉のように澄んでいた。き、気色が悪い……!
「え……と、ハレ、僕は一人で――」
「いやちょうど良いじゃないかハル、お前はこの……名前は知らんが親切な人に案内してもらいなさい」
「えぇ!? い、いやでも……」
「……私の聖女よ、私は一体どうすれば……?」
ハルは断ろうとしている。ベルは突然発生した変態の押し付け合いについて行けていないようだ。小さな声でベルへ囁く。
「……いいのか? ハルの方へ渡さないと俺らに着いてくるが……」
「……!……………………では申し訳ありませんが勇者様と共にギルドへ行ってください」
「ハッ! かしこまりました、私の聖女よ……!」
「……!?」
「あ、あの、えっと……一応言っておきますが、勇者様へ危害を加えないように、常に味方でいてくださいね?」
「ハッ!」
ハルが裏切られたかのようにベルを見ている。ベルは気づいていないふりをしながら目を逸らしているが、僅かに冷や汗が垂れた。
「そ……そういえばハレ? あの、私は一体何をするんですか?」
あからさまに話を逸らしたベルに、俺は息を深く吐いた。
振り返り、机の上に置いてあったナイフを取る。
「……この街の町長兼領主、ギュンター・ハイハーンの屋敷へ侵入し……」
ナイフを鞘から抜き、刃を少しだけ覗かせる。
「直接『お話』をさせていただくだけだ、簡単だろ?」