転生TS美少女ゲス外道猫獣人は異世界の勇者の玉の輿を狙いたい 作:苦慮緑了
領主邸から脱出した俺は、宿へ戻り眠った。しばらく休みなしに働き続けたせいだろうか、ぐっすりと泥のように眠れた。
夕方、疲れた様子のハルと不審者の男が戻ってきた。金は稼げたらしい。
翌日の早朝。疲れた様子のベルが帰ってきた。新聞屋から買った新聞によると、領主による大規模な粛清が行われたらしい。ギュンターは仕事を果たしたようだ。
どうせならもう少しベルを預けておきたかったが、残念ながら戻ってきてしまったベルは特に働きもしない俺を責めた。
俺程度が何をしようとも意味が無いのだが、とにかく何か行動を起こせと騒ぎ出すのである。このアホが。
昼を過ぎても続く説教が面倒になって外出したところ、領主の命により避難の準備が進められているようで、どこもかしこも騒がしかった。
冒険者ギルドへ寄ったが、人は出払っており、中には数人の一般人と職員がいるばかりだ。
ハルもいないらしい。まあ俺の指示通り何かしらの依頼を受けたのだろうが。
そこで俺は、ふと聞き覚えのある声を聞いた。咄嗟に冒険者ギルドの入り口から離れ、裏通りに姿を隠す。
「……邪魔ですわ、全く、一体何を騒がしくしていますの?」
「アーリス様、あそこが冒険者ギルドです。早く行きましょう」
アーリスとその取り巻きである。もうすでにこの街に来ていたのか……。
俺とハルの行方が知れたとは思えない。アーリス達はどいつもこいつもぼんくら無能ばかりで、正直言って俺達の同行を予測することや調査することができるとは思えない。
ただ一点、大食い騎士と呼ばれる女だけは要注意だが、あんな制御のできない化け物を利用できるとも思えない。
ならばおそらくは、俺達の目的地候補を全て調査し終えてここにやって来たか、俺たちを探しに来たのではなく単純にこの街へ用があったのかのどちらかだろう。
俺がギルドの横の路地で息を潜めていると、アーリスと取り巻きはギルドへ入って行った。ギルドの建物の壁に猫耳を当てて中の音を探る。
「そこの! 少しお聞きしたいことがあるのですが!」
「は……っ? あの、申し訳ありません、列を守って頂きたく……」
「平民がなんて口を聞いているのかしら? この場にいるのが誰か、あなたは知らないのですか?」
聞くだけで傲慢女の態度が浮かぶような会話である。
「アーリス・ティ・クランラスタ王女……田舎娘でも、名前ぐらいは聞いたことがあるでしょう?」
「へ……!? お、王女殿下……!? し、失礼いたしました!」
「いいえ、構いませんことよ、今のわたくしは勇者様のパーティーメンバー……無礼は許しますわ」
偉そうな態度である。無礼は許す、なんて嘯いているが、王女扱いされないと気が済まないのだろう。
馬鹿に道理が理解できるとは思えないが、その態度がすでに寛大でないことくらいは理解して欲しいものである。
そもそも勇者パーティーではないし。
「さて、わたくしがわざわざこのような場所に来たのには理由がありますの、仕事を頼みたいのですわ」
「はっ……はい、その、ですが……申し訳ありません、ギルドの者は出払っておりまして、ギルドとしては是非依頼をお受けしたいのですが、その……」
「今すぐ呼び戻しなさい」
「はっ……?」
「時間をやるわ、わたくしは寛容ですの、あなたが今すぐ、出ていった冒険者を呼び戻しなさい、待ってあげるから」
聞くだけで気分が悪くなる。最低の愚図、無能。さすが誰かこいつを暗殺してくれランキング堂々の二位といったところだ。
ちなみに一位はこいつを育てた現王である。先代は割と有能だったというのに。
「あ……えっ……と、私、その……」
「どうしたの? 早くなさい、犬畜生でも言われたことはできるわ?……辺境の者は皆こうなのかしら?」
「アーリス様、それは誤解ですわ、あの者が特段無能なのです、どうか勘違いなさらないでくださいませ」
取り巻きのクソ女の言葉と共に、くすくすと聞こえる嘲笑。
……胸糞の悪い会話である。その癖別に中身があるという訳でもなく、結局俺が聞き出したいアーリスの目的が全く見えてこない。
俺がイライラしながら耳を澄ませていると、ふと声がした。
「ししょー、何やってるの?」
肩を叩かれる。ゾッと背筋に冷たい何かが走った。気配が全く感じ取れなかった。
壁に当てていた耳を離しバッと振り返ると。
そこには銀色の甲冑と、黒い肌と長い耳を持ったエルフ……俗にダークエルフと呼ばれる種族の女がいた。
銀色の甲冑のヘルムからは中が僅かに覗けるが、そこには何も無い。
空っぽの甲冑を従え、時に纏い、そして戦う、その姿は見ようによっては騎士に見え、しかしてその本性は人のソレと大きく異なる。
食欲と騎士道、その女を定めるのはその二つを除いて存在しない。異質で異色な精神、食らい貪る者。
本名はリメアスタロス、『大食い騎士』と呼ばれる女が、そこにいた。
「……ししょー?」
「こ……こんなところで奇遇だな? リメア、アーリス達と一緒に来たのか?」
「うん」
会話が終わってしまった。だがこの女、やはりアーリス達と同行していたらしい。
「こんなところで何やってるの?」
「……盗み聞きだよ、アーリスには俺がいたことは言うなよ?」
「んー?」
「お前こそ何の用だ?」
リメアは昔から何を考えているのかよく分からん奴だった。分かるのは一点、こいつの原動力は食欲だということだけだ。
「アーリス、ししょーを探してる」
「ああ、だがまあ、黙っててくれるだろ?」
「確かに、ししょーの教えは役に立った、騎士道は私の一番大事な教え」
「だろ? なら……」
そう、そうなのだ、リメアに騎士道という概念を教えたのは俺だ。もう大分前のことだが、かつて迫害されていたリメアを曲がりなりにも人間社会で生きられるようにしてやったのは俺である。恩があるのだ。
「でも、アーリスは私を満腹にしてくれるって言った」
「そっ……れは……良かった、な……」
だがしかし、リメアに恩という感情はあまりなかった。食欲のためならばペットすら食っちゃう系女子である。俺とはソリが合わない。つーかぶっちゃけ同じ生命体だと思えない。
できればその辺で魔物に喰われて死んでくんないかなランキング堂々の一位である。
「……ししょー、わたし、食べたい」
「お……俺を売るのか? 騎士道はどうした? 裏切りは騎士道に反するぞっ!」
「わたし、ししょーを食べたい」
!?
「えっ……ちょ、っと……難しい、かな……」
「……」
リメアは澄んだ快晴のような空色をした目をキラキラ輝かせた。普段はぼんやりとしているその目は、唯一求める物を見た時にだけ煌めくのである。
つまり、捕食者の目である。
対象物は当然……俺だろう。
「裏切りは……違う、わたし、ししょーの仲間じゃない」
「ま……待て待て待て、弱者を守らないのは騎士道に反するぞ」
「ししょーは弱者じゃない」
「人を喰うのは騎士道に反する!」
「そんな事はない」
そんなことがないわけないだろうがクソがぁぁ!!
内心で叫びながら必死に後ずさる。離した分の距離を、リメアは歩み寄った。背後に控える甲冑も続く。
「……アーリスの、許可をもらってる、騎士道的に、わたしは正しい。ししょー、悪い奴」
「あッ……の……! クソ女……!」
制御の出来ない化け物に人間喰いなど許可してんじゃねぇ!! 無能のクズ、考え無しのノータリン、生まれと血縁関係しか誇れない性格ブスが……!
「……ししょぉ……さよならだね……ごめんね……」
リメアは悲しそうに眉を顰めた。目尻に涙を浮かべながら、俺の手首を引っ掴み驚くほどの膂力で握る。
軽々と、まるでウサギでも捕まえるかのような気軽さでリメアは俺を持ち上げた。
小さく開けられた口から赤色が見える。綺麗な歯並びをした歯が俺の首に近づき……。
「まッ……待て待て! アーリスよりも俺の方がお前の腹を満たせるぞ!」
「……え?」
「あ、明後日また来てくれ! そしたらお前を腹一杯にしてやるから!」
「……」
リメアはしばし黙り込み、そして俺を解放した。
どさりと地面に落ちる。尻が痛い。リメアは感情の分からない顔でぼうっとどこかを見つめていた。
「……アーリスはね、ひどいんだよ。わたしは全部食べたいのに、ダメって言うの。いつもいつも文句ばかりの大嘘吐き、騎士道の風上にも置けないの」
「いっつつ……これ尻が割れちまってないか?」
「ししょー、アーリスに気をつけてね、アレ、ししょーを指名手配しようとしてたよ」
リメアは立っている甲冑へ歩み寄った。甲冑はひとりでに動きリメアの歩く方向へ向きを直しながら、しかしそこに立ち続けた。
そしてリメアと甲冑が衝突する瞬間、リメアの体は甲冑をすり抜け、甲冑はリメアの体を飲み込んだ。
「……ししょーは、嘘を吐かないよね」
瞬きの間もなく全身に鎧を纏ったリメアは、くぐもった声でそう言い残し、金属音を奏で歩き去った。
大食い騎士の名に恥じぬ横暴だった。我に返って慌ててもう一度壁に耳をつけたが、どうやらアーリス達はどこかへ行ったらしいということしか分からなかった。
「……嘘、ね」
息を吐き、思いがけずしてしまった約束に、俺は頭を抱えた。
「……失敗したらハルに殺してもらおう」
『大食い騎士』リメアスタロス。保有スキル『食えば食うほど、食べれば食べるほど』。
レベルは241、物を食えばそれだけでレベルの上がる、『聖女』と同ランクのスキル。
……そして過去視の魔眼を持ち、どのような人物の足跡であろうと絶対に辿れる、最悪の追跡者。
厄介な奴に目を付けられたものである。
***
その後、騒がしい街で何とか聞き込みをして、アーリス達の泊まっている宿を知った俺は、ついでにハルと不審者の行き先を調べることにした。
冒険者ギルドで聞けば一発で分かるのだが、アーリスのくっせえ息がかかった奴らには関わりたくないのである。
「そんなわけで、俺はハルとあと目がイッちゃってる怪しい男を探してるってわけだ」
「はい、目的は理解しました、ハレ様」
黒豹族だか何だかの二人は、いつか見たような水着ではなく、軽やかな冒険者姿である。二人は冒険者らしく、領主が発令した避難指示に協力して雑用をこなしているらしい。
なかなか大変な仕事である。何しろ雑用と言ってもほとんどが重い荷物の運搬だ。魔物の群れを吹き飛ばしたり大勢を救ったりだのより華やかさは無いかもしれないが、大事な仕事だ。
彼らを見ていると、なまけているだけの俺が恥ずかしくなってきてしまう。立派な奴らだ。
「ま、見かけたらで良いから声を掛けといてくれよ、忙しいだろ?」
「いえ、暇です。このような雑事どうでも良いので」
どうやら俺の目は狂っていたようである。
「……どうでも良いとはなんだ、ケイン」
「どうでもいいだろうが、ハレ様の命令だぞ」
このケインと呼ばれる若者は少し頭がおかしいのかもしれない。この前ビーチバレーをした時しこたま頭に球を打ち込んでしまったせいだろうか?
「……見かけたらでいんだよ、仕事は真面目にやれよ」
「はッ! 失礼いたしました!」
「……」
まるで俺までベルになったような気分だ。狂信者は一人でキャパオーバーである。
「……あー、一応言っとくと、俺はそんなたいそれた奴じゃねーぞ」
「フフフ、ええ、このケイン、分かっていますとも」
多分分かっていない時の返事である。こいつベルの信者と気が合いそうだなぁ……。
ぼんやりとそう思っていると、二人の同僚が顔を出し怒鳴る。
「おいっ、休憩は終わりだ! 働け!」
「失礼しましたハレ様、私達はこれで……」
「ああ、長々と悪かったな」
「……何か他にあったら、言え。協力したい」
「カインもこう言っていますし、私達はあなたに感謝しています。今後も是非、協力させてください」
「……感謝? なんか、そんなのされるようなのあったか?」
俺がそう返すと、ケインは勝手に感銘を受けたかのように目を細めた。
「おぉ、神よ……」
背筋がゾワゾワする呼び方である。何を勘違いしてるのか知らないが、碌でもないことだけは理解できる。
「あー……」
「おい! いつまで休んでんだ! さっさと働け!」
「失礼しました、それではハレ様! またいつか!」
「……」
訂正の前に、二人は建物の中へ戻っていってしまった。衛兵の指示の元、馬車へ荷物を運び出すのである。
まあ、わざわざ訂正する必要も無いだろう。好意的な勘違いならば、正す必要も無い。
俺はそう思って、次はどこを探そうかと振り返る。
「こんにちは、ハレ。勇者様をお連れしましたよ」
「……神託か?」
まるで当然かのように、聖女ベル・ライトハウスはそこにいた。どうせなら二人に声をかける前に来て欲しかったものだが……。
背後にはハルがいる。どうやら俺が探すまでもなかったらしい。
「……あのお前の信者はどこ行った?」
「家に帰らせました。何も言わないでいるとずっと着いてきそうだったので……ハレ、何か私たちに伝えたいことがあるのですよね?」
「この街にアーリス達が来てるぜ、見つかったら面倒そうだ」
「アーリス達が……」
ハルが苦い顔をする。どうやら言いたいことは伝わったらしい。
ベルも、俺とハルの顔を見て好ましくない人物だと感じ取ったらしい。少しだけ不安そうに眉を顰めた。
「……宿へ戻りますか?」
「ああ、あいつら馬鹿だから俺らの宿なんか探せねえよ」
「……街も忙しそうだしね」
俺たちは歩き出した。
陽はまだ沈んでいない。だが、もう少しすれば綺麗な夕焼けが見れる。
時間はあまり残されていない。
どれだけ遅くとも、あと丸一日と少し経てばキングオクトは現れるだろう。
明日の夜。魔王軍の計画は実行に移される。
帰路の中、会話は無かった。二人は僅かに緊張しながら、黙りこくっていた。
そして、それから。
帰って、寝て、起きて、最後の武器の手入れに、道具の検品、まだ魔王軍が現れていないことを確認して、また寝て……。
それだけで、時間はやってきた。キングオクトの、魔王軍の計画が始まる夜が、幕を開けたのである。