転生TS美少女ゲス外道猫獣人は異世界の勇者の玉の輿を狙いたい 作:苦慮緑了
アーリス達がパーティーを抜けた翌日、俺は硬いし薄い布団で目覚めた。
ガタガタと揺れ続ける床は未だ目的地についていない事を表している。
横でうなされているハルを尻目に、幌をどかし御者に声を掛けた。
「おはようございます、何か問題はありますか?」
「おう嬢ちゃん、特に問題なんざねえよ、後少しで街に着く」
「ありがとうございます」
にこやかに接しながら朝日を眺める。
魔王討伐の旅が始まって二ヶ月目、勇者は一人の仲間(俺)を連れてたった二人で目的地へと向かう。
……燃えるシチュだ、男女二人旅、何も起こらぬはずもなく……。
サッと顔を引っ込め幌を掴み御者から見えないように馬車の中を隠す。
無駄にデカい胸を持ち上げ、寝ているハルの腕に押し付けた。
「既成事実さえつくっちまえばこっちのもんなんだがなぁ」
「……なら残念ながら失敗だね」
気づけばハルは目覚めており、胸で挟んだ腕は引き抜かれていた。
「おはようハル! 良い朝だぜ、街にはもう少しで着く」
「……うん」
微妙そうな顔をするハルを尻目に、俺は尻尾を楽しげに立たせた。
***
見上げるほど高い壁に、数人の旅人達が並んでいた。目的地であるアルの街に着いたのである。
「それじゃ、嬢ちゃん、俺らは先に行く」
「ありがとうございました! これはほんのお礼です!」
「おっと……悪いな、ありがとよ」
礼として銀貨を一枚渡してから、御者と、ずっといたらしい無口な護衛に手を振る。どうやら御者は何らかの特別な通行証を持っているらしく、俺たちが並ぶ列を無視してさっさと街に進んで行った。
「気前が良いね、てっきりケチるかと思ったんだけど……」
「はっ、銀貨一枚とお淑やかな態度で好感度を買えるならそうすべきだぜ、後から面倒になったらそれこそ大損だ」
「……そうだね」
微妙そうな顔をするハルは列を見つめ直した。
今は陽の登ったばかりの早朝だ、人通りも少なく、少しだけ待てばすぐ順番が来るだろう。
「……海があるね」
「珍しいか? 悪いが遊びには……」
「い、いや、遊びたい訳じゃないよ」
慌てたように否定するハルに、俺はため息をついた。
「へっ、悪いが遊びには、一日しか割けないぜ」
「ちが、本当にいいから! ここにはダンジョン攻略に来たんだろう!?」
顔を僅かに赤くしながらハルが何か言っているが、残念ながら一日遊ぶのはもう決定している。というか俺が遊びたい、水着を着てキャーマテマテーウフフアハハンしてハルとの距離を詰めるんだ。目的の二割はそれである。
俺がこの街を目的地に定めた理由は三つ、一つはウフフアハハン。一つは昨日別れたアーリス達を撒くこと。もう一つはダンジョンの攻略によるハルのパワーアップである。
「……ダンジョンってどんな感じの物なの?」
「それは行ってからのお楽しみだ」
「別に楽しみにするものでもないと思うんだけど……」
益体のない話をしていると、列が進み切った。検問所の兵士たちが俺たちを呼ぶ。
予想通り、あまり時間はかからなかった。持ち物の検査を少しと、魔道具による調査が少し。
俺は当然問題無し、ハルも、裏で兵士がゴタゴタしていたが、最終的には問題なく通過した。
「はあ……ああいう検問所って緊張するよね……」
「ま、問題無く通れたんだ、さっさと宿を探そうぜ」
大きな門を通る。門は大通りに直接通じていて、その場からは華やかで忙しない街の様子を一望できた。
「わぁ……」
早朝だというのに、石畳は人に埋もれ少しも見えない。この世界では珍しくもない多種多様な髪色が行き交い、荷車がひとりでに空を浮かび魔女の後ろをついて行ったり、大人二人分の身の丈の巨人がのっしのっしと歩いている。
白を基調とした建物が連なり、潮の匂いのする海辺の大都市アルに、ハルは圧倒された。
「早くしろよ、田舎者だって思われるぜ」
「あっ、わ、わかった!」
俺はハルを連れ、人混みをかき分けまず最初の目的地、冒険者ギルドへ向かった。
***
「では、こちらがダンジョンへの地図と、攻略資料です。指示通り梟通りの宿屋『ヴェスタの瞳』を予約しておきますので、夕方以降にギルドカードを提示していただければ泊まれます……ああそれと、攻略資料の持ち出しは禁止されていますので、くれぐれもお気をつけください」
「はいよー、あんがとよ」
ギルドの職員に適当にお礼を言いながら待っているハルに笑みを浮かべ手を振る。反応は芳しくない、精一杯の可愛い仕草だったのだが、お気に召さなかっただろうか?
「待たせたな、これが地図だ、俺らが攻略すんのはこの『ヴェーロの地下墳墓』だな」
「……うん、それはいいんだけど、まだここに居る?」
「ん? そりゃ……資料の方は持ち出しが禁止だからな、しばらく掛かるぜ」
「そっか……」
そう言ってハルは椅子に座りながら、落ち着かなさそうにチラチラと周りを見渡した。
ハルのその態度を見て初めて俺も辺りを見渡す。さすがは大都市のギルドというべきか、大きな建物である。人もそこそこにいて、何人かの男が下卑た笑みを浮かべながら俺を……ああなるほど。
どうやらハルは俺のことが心配らしい。別に見られて減るもんでもあるまいし俺は平気だが、まあ心配されて悪い気はしない。
そもそも心配されるというのは俺への親愛の証でもある。第一夫人への道に一歩近づいている、と言えるだろう。
「ちょっと暑いな」
俺はわざとらしくそう言いながら胸元のボタンを一つはずした。男衆から小さく歓声が上がり、ハルは衝撃に目を剥いた。
「ちょ、あの……」
「なんだよ、見るなよえっち」
「!?!?」
押してダメなら引いてみろってね。ハルは衝撃で何も言えず口をはくはくとしながら震えた。
へっ、精々気を揉んでくれよ、人間ってのは相手の事を考えているだけでいつの間にか好意を抱くらしいからな。
俺は資料を読み終わるまで、そうして胸元を涼しげにしていた。
ハルは終始ムッと眉を顰めていた。
***
ギルドを出て数十分、俺たちは装備を整え荷物を宿に送り、海岸沿いの道を歩いていた。
強い日差しに生ぬるい潮風。腰に下げた剣は静かに、しかしはっきりと存在を主張している。
「なあ、まだ怒ってるか? 悪かったよ、ちょっとからかっただけだろ?」
「……ハレは、無防備すぎると思う」
「ああ、ま、そうだな、でもよ、減るもんでもないだろ?」
「そういう話をしてるんじゃないよ」
なだらかな道で前を歩くハルは、不機嫌さを少しも隠さず言った。実際減るものでもないのだから他に言いようなど無いのに。
「他人の視線をもう少し気にした方がいいよ、女の子でしょ?」
「うーん確かにそうだな、ごめんなさい反省してまーす」
俺は心にもない謝罪を言った。
「……」
「……」
どうやら……心にも無いことを口走ると相手も分かるらしい。
俺は今度こそ本当に反省してハルに言った。
「反省してます、ちょっとからかうだけのつもりだったんだよ。ごめんなさい」
「……嘘とかさ、虚言って、人の信用を削るんだよ」
「はい、それはもうその通りで……つい調子に乗ったというか……」
ハルは振り返り、やっと俺の目をまともに見てくれた。その視線は鋭く、ほぼ睨んでいる。
「本当に反省してる?」
「ああ、誓って本当だ、もう二度としない」
「……なら、良いけどさ」
どうやら俺は許されたらしい。ちょろっ。本当に無防備なのは俺ではなくハルの方だろ。そんなんでよく人にやいのやいの言えるな。
「あ、ダンジョンの入り口が見えたよ、あれでしょ?」
「おお、分かりやすく看板も立ってるじゃないか、結構な事だな」
ハルが見つけた看板には大きく髑髏マークが書いてあり、そしてそこにはこう書いてあった。
『この先危険 Lv60未満、または三人以下のパーティーの入場をお断りしています』
『ここは『ヴェーロの地下墳墓』決して安易な立ち入りをしないでください』
『行方不明者の捜索は行われません』
「……なんか、あれ? 何、この髑髏マーク?」
「危険を表すマークだな、一般人は入っちゃいけないって書いてあるぞ」
「これ、数字だけ読める……60? ねえ、このダンジョンって……」
ハルは異世界人である。同様に異世界人である俺は十五年の月日の中で文字の読み書きを習得したが、ハルは読めない。
「最深部はレベル60が必要って書いてあるな、だが安心しろよ、ここは初心者向けダンジョンだ、浅層の攻略は容易だぜ、そら、さっさと入れ」
「えぇ? で、でも……」
ハルは何か言おうとしたが、俺はそれを無視してハルの背を押しダンジョンの階段に押し込んだ。
ハルは渋々従い、次第に自分の足で歩くようになっていった。
不思議な階段だ、暗いのに、視界が無くなることがない。明かりもないのに何も見えないことが無い、そんな不可思議な状況が、この場がダンジョンであることを証明していた。
こつりこつりと足音が鳴る。ハルはすっかり黙ってしまった。
(……ここまでは、予定通りだ)
この世界の生物は人も、人以外も例外なく、レベルというステータスを持っている。
元の世界のゲームと同じで、レベルというのは高ければ高いほど強く、また、生物を殺すことでその生物のレベルを奪う……有り体に言うと、レベルアップする。
俺のレベルは56、これまたゲームと同じように、レベルというのは上がれば上がるほどあげずらい。
最もこの世界では単純に右肩上がりに必要な経験が増えていくのではなく、時折波を描くように必要な経験が少なくなったり、多くなったりでぶれるが、大きな目で見れば必要経験値というのは右肩上がりである。
――ところが、その基本原則を崩す人間がいる。
何を隠そうそれこそ、我らが勇者であるハルである。
ハルが持つパッシブスキルの一つ、俗っぽく言えばチート『勇者の証』は保有者に様々な効果をもたらし、そして同時に、レベルアップに必要な経験値量に
つまりどういうことかというと、ハルはレベルをどれだけ上げても、また同じだけの努力をすれば同じだけレベルが上がる、ということである。
ハルの現在のレベルは……262。
既に俺が百人いても敵わないくらいの力の差がある……と、言いたいところだが、実際のところはそう上手くはいかない。
ちょうど良く、階段の踊り場でオークが見張りをしているのが見えた。
「ハル、あいつをやれ」
「……! わ、分かった」
返事だけは威勢が良かった。だがハルは剣を構えてジリジリとすり寄る様に階段を降ることはしても、勢いよく飛び出して即座にオークを殺したりはしなかった。
これである。具体的に言うと、ハルはヘタレなのだ。
具体的に言いすぎて要領を得ないため詳しく述べると、ハルはその恵まれた膂力と頑健さを全く生かせていない。
ハルに剣術の稽古を付けた俺だから分かるが、こいつは自分の力が木刀で俺の首をぶっ飛ばせるくらい強いと自覚していないし、そもそもそんな力を込める気もない。
ついでに言えば俺が振るう真剣を何度言っても絶対に避ける。レベル差200ならば攻撃なんて通じない、無視して木刀も捨ててぶん殴れば勝てるのに、それを自覚していない。
由々しき問題だ。少し前なら曲がりなりにもアーリス達がいたためゆっくり直していけばよかったが、二人旅となった今ではそうも言っていられない。
ハルがヘタレだったせいで雑魚に負けました、なんて言うのはごめんである。その前にこのダンジョンで、鍛える。
いつまでもオークを目の前にまごまごしていたせいで、最初は警戒していたオークも安心して、構えていた槍を解き後ろに下がっていった。逃亡である。
面倒だったのでヒョイと飛んで剣で一閃、首を落とす。ハルが小さく悲鳴を上げた。
「おせーよ、ビビるんじゃない、そら、先に進むぞ」
「……うぅ、ごめん……」
謝るハルを急かし、オークの死体を横に通り過ぎていく。
「暗いなぁ……ヒッ……!」
どこかから聞こえる獣の咆哮にビビるハルが、階段の終わりで立ち止まり俺に振り返った。
「……道が三つに分かれてるけど、どうする?」
「右だ、さっさと進むぞ」
ハルは怯えを隠さず、ゆっくりと言われた通り右の道を進んだ。
この『ヴェーロの地下墳墓』にはもう一つ呼び名がある。
曰く、そのダンジョンは一度迷えば帰還に百倍の時間が掛かる。
曰く、すぐ後ろを歩いていたはずの仲間とはぐれたら、もう二度と出会えない。
曰く、罠を見破るシーフを無しに入れば、生還は絶望的。
それは人を惑わし喰らう大喰らいの石積み――『大転移迷宮』である。
ハルが歩く少し先、わずかに出っ張っている石畳がある。
俺は目的のものを見つけ密かにほくそ笑んだ。
それは転移の罠である。一度踏めばダンジョンモンスターが待ち伏せる部屋に転移する。
普通に稽古をつけたのでは遅すぎる。かといってダンジョンの浅層などぬるすぎる。だがダンジョンの深層は逆に危険がすぎる、俺がついていけない。俺がついていかなくてはハルはさっさと帰ってしまうだろう。
ならば……ハルだけを深層に送ってしまえば良い。たとえ遭難してもハルの持つディメンションポケットスキルにより三ヶ月ほどの食事は問題ない。レベル200越えならば殺されるどころかその辺で寝ていたって傷一つつかない。
踏め! 踏め! 踏めー!
心の中で叫びながら笑みを深める。
俺の奸計に気づかず、ハルはいっそ清々しいくらいに真っ直ぐと罠に向かい……そして、転移の罠を踏み抜いた!
そのまま何事もなかったかのように、ハルは通り過ぎていく。
……あれぇ?
「ハル、ちょっとちょっと」
「ん? 何?」
「いや、ちょっとね」
ハルを呼び戻す。ハルはすぐに振り返り、そしてもう一度……僅かに浮かんだ石畳を、転移の罠を踏み抜いた!
「それで、何?」
「あれぇ?」
二度踏んだが、転移する気配は無い、罠の位置を間違えたのかとも思ったが、これまでの道にそれらしきものはなかったし、特徴は事前に見た資料と完全に一致している。間違いない。
「いや、今、罠をね、踏んだ気がしたんだが……」
「え」
「違ったのか? てっきり俺はこの石畳がトラップかと……」
俺は念の為ハルの手を繋ぎながら、僅かに浮かんだ石畳に石ころを放る。何も起こらない。まあ、生物だけを対象としたものだから当然だが。
「わ、罠? そんな、ここは初心者向けのダンジョンじゃ……!?」
「ああ、あれ普通に嘘だぞ」
「!?」
驚くハルを尻目に俺は万が一転移しても問題ないようにハルの手を強く握りながらそっと石畳の上に足を向ける。
「ちょ、また騙し――」
俺が石畳の上に足を乗せると同時に、景色が一変した。
「……は?」
「ぎぎゃあああああ!!」
一瞬で様子の変わった周囲に、馬鹿みたいにうるさいゴブリンの声が耳を突く。隣にハルはいない。
「な、何いいいいいぃぃ!!??」
しまったっっ!! 罠だッッ!!!
事前に調べた通りに不意打ちをしてくる背後のオークの攻撃を躱す。大きな棍棒が空気を割り、地面を叩きつけた。
ぞわりと背筋に冷たいものが走り、全身の毛が逆立つ。視界の端で地面を見れば、赤黒い何かが染み付いていて、一歩間違えれば俺も同じ運命を辿っていた事は想像に易い。
振り向き様に剣を抜き鋭く一閃、棍棒を振り下ろしたオークの首を断ち切る。
次いで、これまた事前情報通りに二匹のゴブリンが咆哮を上げながら槍を持ち突進してくる。
向きは前後、挟撃を行うゴブリンに俺はあえて前に出てまず真っ先に前方のゴブリンの槍を切り払う。
武器を失い呆気に取られているゴブリンを引っ掴み振り回し背後に迫っていた槍を防ぐ盾にした。
悲鳴を上げる間もなく絶命するゴブリンを投げ捨て空いた片手で剣を振るい生き残ったゴブリンを殺す。
一匹のオークと二匹のゴブリンを下した俺は、しかしまだ油断のできないことを知っている。
視線を上げれば、そこには大勢のゴブリンが武器を持って下卑た笑みを浮かべている。
――ここから先は、事前に調べてどうにかなるものではない。
「へっ、へへへ、やってやるよ……!」
剣を正面に構える。
「かかってこいやぁあああ!!」
叫び声を上げ、俺はゴブリン達の大群に猛然と突撃した。