転生TS美少女ゲス外道猫獣人は異世界の勇者の玉の輿を狙いたい 作:苦慮緑了
「私の言うことが聞けないというの!?」
襲撃の翌日、避難した人々は街に戻り、街では大勢が慌ただしく働いていた。
そんな中、領主の館の中で騒ぐ女がいた。
執務室で、ギュンターは大きな机越しに、荒ぶるアーリスへ笑みを浮かべた。
「そう声を荒げないでください、アーリス王女殿下」
「……ッ」
苛立たしげにギュンターを睨みつけるのは、アーリス。この国の王女である。
背後には数人の貴族と、平民が怯えながらアーリスを見ている。
「これは……命令ですわ、ハイハーン侯爵、裏切り者、ハレ・ピースを探し、捕えなさい」
「はあ、命令ですか」
ギュンターは気の抜けたような返事をした。
傍で立つリビは、アーリスの放つビリビリとした殺気に怯えながらも、汗ひとつ垂らさず澄まし顔で堂々としている。
だが、僅かに視線を逸らし、ギュンターを一瞬だけ見た。誰にも気づかれないが、緊張し意識を集中させている。
ギュンターは椅子の背もたれに体重を預けながら脚を組んで、太ももの上に両手を置きアーリスを見た。
その態度は、仮にも王女であるアーリスへの、正しい態度ではない。
「お断りします」
「……っ、話を、理解できなかったかしら?」
「いえ、理解していますよ、心配なさらずとも結構。それ以上口を開く必要もありませんよ」
ヘラヘラ笑うギュンターに、アーリスは顔を真っ赤にして一歩前へ出た。空気が震え、熱が発せられる。
リビはかすかに目を見開き、アーリスの取り巻きは怯えながら一歩下がった。
「父様に、言いつけてやりますわ、私の、王族の命を断った反逆者として」
「あの愚王に言って何がどうなるんです?」
「なッ……! なんて、口を……!!」
「愚王でしょう。まあ、平凡なだけとも言えるが、王の器ではない。今、国王は各地の魔王軍からの被害で手一杯で、私のような辺境の木端貴族に構ってはいられません」
アーリスが手を握りしめブルブルと震える。彼女はこうまであけっぴろげに父を馬鹿にされた経験が無かったのだ。怒りは限界を迎えようとしているが、ギュンターは特に気にした様子もなく続けた。
「そもアーリス様、あなたの言う裏切り者、ハレのことですが、現状、私共にはそれに構っている余裕がありません。昨晩魔王軍と戦った者への褒賞も未だ済んでいない。私があなたへ協力したいと考えていても、到底無理なのですよ」
「…………っ!」
「今、各地へ通達を出し人を探してもらうような事はできません。街の復興も、もうしばらく掛かるでしょう、死者の弔いすら終わっていないのですから……ご理解、いただけますか?」
人を小馬鹿にしたような声で、ギュンターはアーリスに穏やかに笑いかけた。
「……分かり、ましたわ」
アーリスはふと落ち着き、呟いた。魔力がうねる。
「――では死になさい」
アーリスが手を振るう。それだけで、大きな炎が壁のように吹き上がった。
激しく燃え上がる炎が、アーリスの瞳に映る。いつだって、逆らう者は燃やしてきた。
誰も、文句は言えない。なぜならアーリスは王の娘であり、誰にも負けない力を持つ王女だからだ。
レベルは173、この世のほとんどの人間の上を行く。誰も、逆らえるはずがない。
「――さて困りました、死ぬわけにもいかないのですよ、こちらは」
炎が消える。アーリスが止めようとしなければ止まらないはずの炎が、気配すら残さず消え去った。
ギュンターは平然と立っていた。その姿には何ら変わりなく無傷で、背後にはリビを庇っている。
目を見開き驚くアーリスを前に、ギュンターは変わらず穏やかに語りかけた。
「まだ、何かございますか?」
「あ……え? そ、そんな……」
「私が何故、王の権威を恐れないのか。私が何故、あなたを恐れないのか」
ギュンターはアーリスと自分とを阻む大きな机に手をかけた。
机が吹き飛ぶ。両隣にある本棚へとぶち当たり、破砕して、壁の本棚からは本が落ちていく。
「これが理由です。私はこれでも、この国で重要な役割を担う貴族なのです。たとえ王であろうと、簡単には排せません」
ギュンターは立ち上がり、呆然とするアーリスへと歩いた。
「レベルによる恩恵により、王族は強大な力を持つのでしょう。あなたもそうだ。その力で好き放題生きてきたのでしょう? 逆らう者は全て焼き殺して」
彼我の距離はいつの間にか縮まり、腕を伸ばせばぶつかるまでになっていた。
そこで初めて、アーリスは気づく。
ギュンターが発している、恐ろしいまでの殺気に。
「この街での振る舞いには、気をつけた方が良いでしょう」
「……ぁ、あ……待、わた」
「失せろ。五秒以内に消えれば見逃してやる」
ギュンターが言い終わる前に、アーリスはその場から消えていた。恐怖し、逃げ出したのだ。
「…………早いな」
ギュンターはしばらく呆然とした後、取り巻きへと目線を向けた。
「君たちはどうする?」
「あ、え、えぇ、わ、私たちも、これで失礼しますわっ……!」
取り巻きの貴族が慌ただしく部屋から出ていく。五秒は過ぎていたが、別にどうこう言うつもりもない。ただ、アーリスの取り巻きのうち、平民だけはその場に残っていた。
「……君たちは?」
「あ、アーリス様には、ついていけません。で、でも……その、私たち、アーリス様に、お、脅されていて……」
数人のうち、年長者と思しき少女が必死に訴える。ギュンターは小さくため息を吐きながら、少しだけ目を瞑ってから、顔を上げた。
「……彼女から逃げたいと、そう思うのであれば、助けてあげよう。あとから文句も言わせない。私はこの街を離れられないから、絶対とは言い難いが……それでも構わなければ、すまないが、この部屋から出て右隣の部屋で待っててくれ。アーリスへ着いていきたいというのであれば、それも止めはしない」
「……! は、はい!」
そう言って全員が、部屋から出ていく。どうやら、アーリス達へ着いていきたいと考える者はいないらしい。もっとも、この場にいるのが全員ではないのだろうが。
ギュンターはアーリス達が出ていって静かになった部屋で、元の場所に戻り椅子へ腰掛けた。
だらりと体を休ませる。顔には疲労が浮かんでいた。
「……ギュンター様、お飲み物を用意いたします」
「敬語はいいよ、リビ、飲み物もいらない」
「……」
リビは部屋の扉が閉まっているのを見てから、姿勢を崩した。
「あの掃除、私がやるの?」
リビが見るのはギュンターが飛ばした机と、散乱する書類と本、壊れた本棚である。
「……お願いしてもいいかな?」
「別にいいけどさぁ……あんまり余計な仕事を増やさないでほしんだよね」
「うっ……ごめんよ、ついね、つい」
それほど怒っていなかったのか、リビもそれ以上追求することはなかった。
ギュンターは目を瞑り、空を仰いだ。
思い出すのはついさっきの事だ。
「はあー……王族に喧嘩売っちゃったよ、面倒な事になるなぁ……」
「まあ、王女様の命令に従うわけにもいかないし……」
「そりゃそーだ、彼女は恩人だからね」
「……まあそれはそれとして、もっとやりようがあったと思うけど」
「……そりゃそーだ」
気の抜けるような口調でぼんやりと会話を続けるギュンターは深くため息を吐いた。
「……もう少し睡眠をとった方がいいと思うよ、今何轍目?」
「仮眠は取ってるよ。それに、休憩時間はもう終わり、この後も仕事だ、私にしか出来ない事がある」
「休憩できなかったじゃん」
「自分らは街から逃げて、レベルだけ高いくせに戦いもしないわがまま女が来たからね」
アーリスの事である。
二人はひとしきり笑って、また、静かになった。
「……彼女らはどうしよう? リビ、君に任せていいかな?」
「無理、過労死する」
アーリスに付き合わされていた少女達は、見た目が良いだけの平民だったりするのがほとんどだ。立場は弱く、貴族であるギュンターが適切に守らなければならない。
「なら僕か、リビ、僕に任せていいかな?」
「無理、過労死する」
「しないよ」
「するでしょ」
だが、現時点でもすでに手一杯なギュンターでは、どうしても打つ手が限られるのが現実だった。
考えることは多い。魔王軍四天王が討伐されたのは喜ばしいことでも、その後の処理は一朝一夕では終わらない。
ただまあ、それはただギュンターが忙しいだけだ。本来想定していたシナリオよりも、よっぽどマシであった。
喜ばしいことだ。無論、被害が無かったわけではないが、驚くほどに少ない。
それもこれも、蜜柑色の髪をした少女……ハレのおかげだ。
「ギュンター、あの子の能力について、言っておこうか?」
「いいや、彼女が街を出るまで待とう」
「りょーかい」
語るのは数日前に見た少女の能力についてだ。
ギュンターはリビが目撃した、クェロプールを殺した力について、意図的に聞かないことにした。
聖女が、存在するからだ。
嘘を禁ずる聖女と、勇者、そして蜜柑色の髪の猫獣人の話は聞いていた。
それの名前と過去の二つ名と経歴強さに至るまで、ギュンターはごく短い間に調査を完了していた。
ハレは平凡な無才の冒険者。だが、リビが目撃したクェロプールの殺害からその評価は覆される。
そして同時に、強大なスキルを持ちながらも全くその片鱗を見せなかったハレは、秘密を知られれば必ず口封じをするだろうと……ハレ・ピースのスキルを知ることはリスクになると、ギュンターは確信した。
だからこそ、ギュンターはリビの話を聞かず、恐るべき聖女の追及を回避するのだ。もしも問われれば、隠すことは難しいが故に。
ハレのスキルは凄まじい力だ。クェロプールもキングオクトも、いずれも世界でも類を見ない強者。
その二人をあっさりと下す能力は、まるで神話の御伽噺の……英雄と、そう呼ばれる存在に違いない。
無敵の力を持ち、悪党と戦い、街を襲う怪物を討伐する。
「……英雄、か」
「突然どうしたの」
「いや何、僕も、ロマンチストだったということさ」
笑みが溢れ、ひとりでに笑うギュンターを、リビは不気味そうに見て、やはり休息は必須であると再認識した。
そんな時、ふとノックの音が鳴る。
「ギュンター様、聖女様がいらして、ギュンター様にお会いしたいと……」
「聖女様が……? 入れ」
「失礼します」
扉が開く。びっくりしたような顔の執事と、扉を開き堂々と歩く聖女……ベル・ライトハウスが入ってきた。
ギュンターは表情にはおくびにも出さず内心で毒を吐いた。
貴族への謁見にしろ訪問にしろ、予告も無しに来ていいはずがない。たとえ本人の身分が相手より高いとしてもだ。というか本人が直接来るのもありえない。あとそもそもギュンターは現在休憩中という事になっているわけで、その点でも……。
ギュンターは頭に浮かんだ文句を心に留めながら、椅子から立ち上がりにこやかに挨拶をした。
リビも、先ほどまでの気安い態度は消え去り、再び完璧なメイドへ戻っていた。
「ようこそお越しくださいました、聖女様。本日はどのようなご用件で?」
ベルは壊れた机と、散乱した本をチラリと見てから、特に気にした様子もなくギュンターに視線を戻した。
「ええ、少し、これからのお話を」
聖女は穏やかに笑った。ギュンターもそれに合わせて、うっすらと微笑んだ。
***
アーリスは街を走っていた。どこもかしこも人がごったがえすように溢れている。
道行く人々を押しのけ、数刻前に見かけた女を探す。
目的の場所にはそれほど時間も掛からずたどり着いた。
街には破壊の跡が残っており、思わずえずくような生臭い匂いがあたりに漂う。ただ、肝心の匂いの元は見当たらない。
人通りはそこだけ不自然なくらい無く、そこにはただ一人と、自立する空っぽの鎧だけが立っていた。
「……! いた! リメアスタロス!」
「……?」
リメアは相変わらず、ぼんやりと何を考えているか理解のできない顔でこちらを見た。
口をもごもごと動かし、何かを食べている。水かきのついた指が、わずかに口の中から覗いた。
「……うっ……!」
「……」
辺りを見渡しても、今朝まで見えていた大量の死骸が一つも見当たらなかった。全て、この異常者が食べてしまったのだ。
どう考えてもその体には収まりきらないが、だが、旅の最中そうした景色は何度も見てきた。
「り、リメアスタロス、め、命令ですわ。私と一緒に来て、ある男を殺しなさい」
「……」
リメアは口に残った何かを飲み込みながら、変わらずぼんやりと佇んだ。
こんな様子だが、レベルは高い。領主であろうと、なんであろうと、確実に殺せる。
アーリスは強い怒りに満ちていた。これほどまでの屈辱は、彼女の人生の中で一度だって受けたことがなかった。
「……食べ物」
「……!? もう十分食べたでしょう!?」
「まだ、アーリスには貰ってない」
意味不明な事を言うリメアに、アーリスは顔を真っ赤にして叫んだ。
「ここにあったアレらを食べていいと言ったのは私よ! 命令に従いなさい! さもなくば、約束していた食料も渡さないわ!」
「……」
リメアは目を細めながらアーリスを見つめていたが、不意に目線を外し、ただ一言、呟いた。
「……ごちそうさま、ししょー」
「……? 話を聞いているの!?」
「お前はもういい」
「は……?」
リメアは鎧と重なった。まるですり抜けるかのように鎧へ入り、そして着る。
呆然とするアーリスを放って、リメアは歩き出した。
「ま……待ちなさい! さ、さもないと……!」
「うるさい」
「はあ……!?」
アーリスはその場に立ち尽くした。目を見開き、人混みの中に消えるリメアを眺める。
「……なんなの、なんなのよ! 一体、何が! なんなのよ!」
アーリスは地団駄を踏み怒った。拳を握り締め、ただその場で当たり散らした。
そして、人混みに消えたリメアは。
「……たくさんたくさん食べさせてね、ししょー」
過去を見据える魔眼を以て、師匠……ハレの行方を辿っていった。
20261102 あと一話、今日十八時に投稿します