転生TS美少女ゲス外道猫獣人は異世界の勇者の玉の輿を狙いたい 作:苦慮緑了
『ヴェーロの地下墳墓』はその複雑で入り組んだ通路と転移の罠により難易度が高いダンジョンだと知られている。
……正確には知られていた、だ。探索が進むごとに罠の位置は周知され、待ち伏せのパターンも、複雑な通路も全て調査が完了した。
ダンジョンマップは頭に入っている。俺が踏んだ罠は三層の待ち伏せ部屋へ転移する物である。
俺は全てのゴブリンを斬り殺し、血の海とかした室内で荒い息を整えた。
早鐘を打つ心臓と興奮を抑え、冷静になるよう努める。
疲労は俺の心を削っていたがしかし、まだ余裕があった。
ゴブリンのレベルはおおよそ40。オークならば50より少し下。俺は56。
技量にもよるが、レベル差が20もあればまともに勝負はできない、一方的な蹂躙になる。一度剣を振れば一殺、二度剣を振れば二殺だ。
このダンジョンは攻略者を惑わせ迷わせ消耗させて殺す性質が主で、罠が看破された現状は事前に知識をつけていればそれほど危険はない。
息を深く吐く。
戦闘の余韻を吐き捨て、いつも通りの調子を取り戻す。
「……まずは、出て右だ」
救助は望めない。ハルは多分ビビってこっちには来れないだろうし、もし助けを呼んでもこのクソダンジョンに救助に行く奇特な、もしくは頭が危篤な奴はいないだろう。
部屋に唯一ある扉をゆっくり開き、左右を確認する。
通路はそこそこの高さと幅を有しており、両端には謎の厳しいタコ頭の人間像が祈りを捧げていた。
数十メートルほど先を見渡しても、敵は見つからない。俺はするりと体を扉から抜き、ゆっくりと扉を閉めた。
この通路には転移罠は無い。このフロアの登り階段までの道にある罠は五つ。ほとんどがわかり易い目印があるため回避は容易い。
俺は猫耳をピンと突き立て、尻尾を足に巻きながら足音を殺し進んだ。
数体のタコ像を過ぎ、突き当たりまで十歩といったところで、通路の向こう側から足音が反響し聞こえてきた。
音の出所はおそらく一つ、歩幅の感覚と素足のペタペタという音からゴブリンだろうと予測できる。しかし左右のどちらの道から来たものかは分からない。
だが、突き当たりを右に進んだ先が回避不可能なランダム転移通路であることを俺は知っている。
通路の角に立ち、剣を抜き右手に、左手はただ開き構えた。息を止める。
のこのこと全く警戒せずに歩いてきたゴブリンを、俺は左手で首を引っ掴み持ち上げた。
即座に通路の先を見て、更にゴブリンがいないかを確認する、幸いな事にこのゴブリンは一匹だったらしく、剣の出番は無かった。
俺の手で首を絞められ泡を拭き気絶したゴブリンを、俺は通路から引っ込み床に放った。
「さぁ、いい悲鳴を上げてもらうぜ?」
手段を選んではいられない。俺は凡人だ、ならばなんでもしなくてはならない。
***
「ぎぎゃがあああああ!!!」
ダンジョンの通路に響くゴブリンの悲鳴、俺は肉を裂く気味の悪い感覚を手に感じながら、満足気に笑った。
ゴブリンの性質に、群れの維持に非常に優れているものがある。
例えば外敵、例えば病、野生に生きるのには軟弱なゴブリンは、群れに危険を及ぼす何かを見つけると叫ぶ。
そしてその叫びを聞いたゴブリンも同様に叫びながら、自分の聞いた叫びから逃げ出すのだ。妖叫と呼ばれるその生態は、時にゴブリンを追い払うのに利用される。
ダンジョンのゴブリンは野生のゴブリンほど弱くはないが、習性というのは変えられない。
遠くで同じようにゴブリンが叫んでいるのを聞きながら、俺の足元に転がる目隠しをされゆっくりといたぶられたゴブリンにトドメを刺してやる。
「へっ……油断、する気はないぜ」
俺はゆっくりと、逃げ出すゴブリン達の後ろをついていくように移動を始めた。
***
通路をいくつか通り過ぎ、登り階段へと続く大部屋に辿り着き、そこで俺は今日の運勢がどうやら最悪であるらしいことを知った。
逃げたゴブリン達が、集まっていた。
大部屋には奥に階段が一つ、それと左右に通路が一つずつある。
片側からゴブリンを追い立てればもう一つの通路に向かい俺は安全に階段を登れる……予定だったのだが。
妖叫は既に終着している。大部屋の中にはゴブリンと、ゴブリンに押し流されたオークがひしめき合っていて、無理やり切り開くのは困難だろう。
……仕方がない。しばらく待機するべきだろう。一度小部屋に入って大群が散るのを待つ。
ちょうど俺がいる通路に扉があった、ここは俺が最初に転移したような待ち伏せ部屋ではない。宝箱が一個置いてあるだけの安全な部屋だったはずだ。
俺はため息を吐きながら念の為剣を構えながらゆっくりと扉を引いた。
扉を開くと同時に、同じように中から扉を開こうとしたゴブリンが居たらしく、つんのめって俺へと倒れてくる。
――やばい。
そう思考した時にはすでに剣を振り迫るゴブリンを斜めに一刀両断していたが、手遅れだった。当たり前だが、倒れるゴブリンの勢いを消せているわけではない。
バケツのひっくり返したような水音と、肉の潰れる音が響く。
(なん……で、そんな所にいんだよおめえはあああ!!)
内心で叫びながら通路の先、さっき覗いた大部屋を見る。
ゴブリンが、こちらを見ていた。
一つ、二つ、数えるのも億劫になるほどの数の瞳が、揃いも揃って俺を見た。
そして俺を容易い獲物だと思ったのか――嗤い、そして叫ぶ。
危険から逃げるのではなく、殺せる獲物を殺すため、妖叫は再びダンジョンに響き渡った。
「ぎギャがああああああ!!」
叫びは連続し、共鳴し連なっていく。俺はこちらに向かってくるゴブリンを見ずに背中を向けて逃げ出した。
一息でT字路まで走り抜く、そこで一度立ち止まり、直角に曲がり地面を蹴った。
すれ違い様に前から来たゴブリン一匹を斬り捨て走る。背後からは大勢の足音が聞こえている。
再びT字路だ、今度は横に伸びる道を無視して真っ直ぐに進む。
(こうなったら振り切れねえ、一周回ってゴブリンが出払った階段まで戻る……!)
脳内のマップを照合し、ルートを探る。時折あるトラップを避け、巡回するゴブリンやオークを斬り殺し、そして
ある曲がり道を曲がった瞬間、俺は道のど真ん中で突っ立っているソイツを見つけた。
足を止める。全身の毛が逆立つ。呼吸すら許されぬ緊張の中、俺はそいつを観察した。
そいつは黒いモヤを纏った人間のように見えた。腕があり、足があり、頭がある。しかしそいつの頭は人のそれではない。
それはウツボの被り物のように見えた。魚人と呼ばれる種はこの世界にもいるが、それに近い。布の多い豪奢な衣服を身に纏い、どこか気品を感じられる動作でこちらに振り向く。
このダンジョンのランダムエンカウントボス……『ウツボマンサー』である。
「簒……ダツ者、カ」
いつの間にか、ゴブリンに追いつかれていた。しかし俺の背後のゴブリンは、俺と同じようにウツボ人間を見つめ動かない、動けない。
「小鬼ドモ……モ」
ウツボ人間はゆっくりと視線を上げ、ゆったりと指差した。
俺たち雑魚が動かなかったのは、それが実際はゆっくりゆったりとした動作ではなく、極めて高速に行われていたためである。
時間が圧縮される、ウツボ人間が時の止まったような感覚の中で口をひらく。
――つまり、俺は今死にかけている。これは死にかけていると本能が理解し、脳が警鐘を鳴らした結果現実の時間が引き延ばされているのだ。
それを理解した瞬間、俺は全力で横に回避した。
「死、ネ」
ウツボ人間の指先から放たれた光線は、俺の脇腹を通り過ぎゴブリン達を一直線に消し飛ばした。
背筋が凍る。じっとりとした嫌な汗が全身を濡らしていた。
「ぎぎゃがああああああああ!!!」
「ぎぎゃがああああああああ!!!」
「うわああああああああ!!」
ゴブリンの絶叫を聞きつつ俺も叫びながら……ゴブリン達と一緒に逃げ出した!
「邪魔だクソ共ぉー!! 俺が前に進めねぇだろうがよぉーっ!」
詰まっているゴブリンをどかし押しのけ少しでも前へと進む。
チラリと背後を見れば――ウツボ人間が地面をスライドして、一体何が気に入らなかったのか再び指先を俺に合わせながら飛んでいた。
「うおおおぉぉ!!!」
叫ぶ。叫びながら地面を蹴り、横に飛び、しかし光線を回避しきれずにわずかに脇腹を削った。
「ぐ……ぐうああ!」
痛みに苦悶の声を上げ、思わず転ぶ。硬い地面に顔を打ちつけ、必死に起きあがろうと地面に手をつき。
「ぐぎゃ!」
ゴブリンが、俺に手を差し出していた。
「ゴブリンセンパァイ!!」
少しも迷いもせず、俺はその手を取り再び走り出した。曲がり角を曲がり、なんとか光線の射線から逃れる。
ひどく痛む脇腹を無視して必死に走る。ゴブリンさんは俺の肩を持ち必死に一緒に逃げようとしてくれている。
なぜ、俺を助けたのか、雑魚同士シンパシーでも感じたのか、単純に気まぐれか。
――何でもいい、あまり人の優しさを受けても感謝しない俺にしては珍しく、俺を助けようとするゴブリンさんの優しさに思わず涙が溢れた。あるいはあまりにも脇腹が痛すぎるせいかもしれない。
再び曲がり道を曲がり、そして、列が動いていない事に気づいた。
ゴブリン達の妖叫が、前からも聞こえている。
「……ぁ」
意味を理解した。後ろからはウツボ人間が迫っている、この状況で、きっと前からもなにかが来たのだ。
思わず、歯噛みする。だが、ウツボ人間には勝てそうにない、ならばほんの少しでも可能性を信じ、前に進むべきだろう。たとえ、敵わずとも、ゴブリンさんのために一矢報いてやる。
逡巡は一瞬だった。俺は未だ痛む脇腹を抑えながら、ゴブリンさんの腕から抜け剣を片手で構える。
そして、その瞬間ゴブリンは全滅した。
少しも見えなかった。一瞬、一瞬のうちに、全てのゴブリンは上下に真っ二つに分たれていた。
「――は?」
「ハレ! 無事!?」
いつの間にか目の前に来ていたハルが、俺に声を掛ける。俺はそれを一瞥もせず、真っ二つになって死んだゴブリンさんを呆然と見た。
「ご、ゴブリンさぁーんッ!!!」
「!? え? ちょ、え? なんで!?」
「てめえハルっ! この鬼畜がっ! これが勇者の所業かよぉ!!」
「!?」
漢泣きである。いや俺は今女なので女泣きである。
酷すぎる……最低すぎる……ヘタレだバカだとは思っていたが優しい奴だと思っていたのに……!
「!? き、キ様、何モ」
ウツボ人間は死んだ。現れた瞬間にハルに斬られその存在を一片すら許されず消滅したのだ。
目にも止まらぬ早技だった。だが、ハルがやったのだと分かる。いつの間にか、ハルが剣を振り抜いていたからだ。
「……えっと、ハレ? ぶ、無事って事でいいん……だよね?」
「無事な訳があるかぁーッ!! ゴブリンが死んでんだよ!!」
「ええ……?」
叫んでから、脇腹を貫かれたことを思い出した。遅れて痛みがやってくる。思わず呻くと、ハルは慌てて表情を変えた。
懐から包帯とガーゼを取り出し手当の準備をしながら、頭の隅でなんとなく考えた。
……とりあえず、ハルのパワーアップは出来たらしい。少なくとも、ビビることも、力を出しきれないこともなかった。
目的の一つ、力を自覚させることは、成功だ。