転生TS美少女ゲス外道猫獣人は異世界の勇者の玉の輿を狙いたい 作:苦慮緑了
翌日、俺は宿屋『ヴェスタの瞳』の一室で目覚めた。
硬い床の上で眠ったため全身が痛い。体を起こし大きく伸びをして……。
「おはようございます」
隣で寝ていたベルがじっと俺を見つめていた事に気づく。
「……おはよう。お前ベッド使えよアホ」
「いえ、突然押しかけておいてそのような事は出来ません」
俺の予約した部屋は二人部屋、ベッドは二つしかない。本来俺とハルで一つずつだったはずなのだが、ベルが自分もそこに泊まりたいとかわがままをぶっコキやがった。
どうやら俺達に合流するため急いでいたらしく、路銀がほとんど無かったらしい。
仕方がなしに俺が床で寝てやったというのに……何でベッドを一個開けておくんだよ、無駄だろ。
「良い朝ですね、こんな素晴らしい日は神に祈りを捧げませんか?」
「悪いが今日やる事は決まってんだ、お前に構っている暇はない」
「私もついていきます」
おかしな事を抜かすベルに、一瞬だけ考える。別に、絶対に来てはならない訳でもない。むしろ、ベルがついてくるのなら都合が良いと言える。
「……ならさっさと着替えろ」
無駄に可愛い感じの寝巻きのベルを急かし、俺は眠っているハルを起こさないようにゆっくりと身支度をしながらベルに聞いた。
「そういやお前……海で遊びたかったりする?」
「……? それが、今日の予定とやらと関係があるのですか?」
「ああ」
今日は……水着選びだ。
***
聖女、ベル・ライトハウスはいつも通りの法衣を身にまとい、人通りの現れ始めた通りを歩く。
目の前には先導するハレが綺麗な蜜柑色のショートカットを揺らし機嫌良く歩いている。
夏の日差しは強く、磯の香りが暖かい風に乗って香ってきた。
ハレは暑さ故かショートパンツで脚を大胆に晒している、尻尾を立てて上機嫌そうだ。ベルにはあまりできそうにない格好である。
「……ハレ、ここから先は貴族街ですよ」
「そーだよ、ま、問題ねえよ、お前がいるからな」
ベルがいるから何が問題ないのか、そもそもどこに向かっているのか、そんな疑問に答えるつもりはないらしく、ハレはさっさと先へと進んでいった。
辺りは人通りがどんどんと少なくなり、代わりに身なりの良い者が多くなっていった。
貴族の召使や従者が中心で、亜人はあまりいない。猫耳を晒すハレを好奇の視線で見る者が少なくなかった。
もしも何か言われたらハレを庇おうと思いながら歩く事十分。
幸いな事に誰も話しかけてくる事は無く、目的地に着いたらしい。ハレがある店の前で立ち止まった。
高級そうなガラス張りで、店の店章は不思議なカクカクとしたマークをしている。確か、読みは……。
「『中山』ですか、衣服を主として売っているお店でしたか……?」
「ああ、創業者が勇者でな、異世界の服を……つーか、知らないのか?」
「衣服は間に合っていますので」
法衣は素晴らしい衣服である。どんな場所で着ていても問題が無い。その上着ているだけで心胆から力が湧き上がってくる。何故誰も普段着として利用しないのか不思議なくらいだ。
ハレはそう熱弁を振るおうとしたベルを無視してガラスの扉を開き店に入っていった。慌ててベルも続く。
「いらっしゃいませ、お客様」
店に入った途端、恰幅の良い目の細い店員がにこやかに歓迎してくる。
店員は先に入ったハレではなく、ベルに擦り寄った。
「何かご入用ですか? もしお困りの事があれば私めに……」
「えぇ、と……」
「俺に探させるから案内はいらないと言っとけ」
ハレが横からそう言ってくれた。店員も聞こえていたはずだが、反応は無い。
「その、そういう訳で、自分で探せますので……」
「やや、そうでありましたか、もし何かお困りの事やお探しのものなど出来ましたら是非是非一度お声掛けください。では私めはこれで……」
笑顔のままサッと下がる店員を尻目に、ハレはベルについて来るよう促して奥へ進んだ。
店の中は外と異なり涼やかで、色とりどりの衣服が並んでいる。暑い時節だからだろう。袖の短いものが多く見られた。
通路の奥に進めば、並ぶ衣装が女性向けの華やかなものに変わった。
それでもハレは止まらず進む、また、様相が変わった。
並ぶ衣装は一瞬下着かと思ったが、違う。ベルは世俗に疎いところはあるが、一般常識であれば知っている。これは水着である。
可愛らしいものからスマートなものまで、白い人形が着こなしたり単純にハンガーで吊るされたりといった水着がずらりと並ぶ一角に、壁一面に貼られた鏡があった。
「これは……すごいですね」
「……? ああうん、オシャレだよね。水着」
「いえ、こんな大きな鏡は見たことがありません。入り口もガラスでしたし、一体どれだけお金が……」
なぜか呆れたような視線を感じたため、一度口を閉じる。
「……もちろん、この水着も、なんというか、色々ありますよね」
「……まあ良いけどよ、俺はちょっと一人で探してくるから、お前はここで待ってろよ」
そう言ってハレはさらに奥に入っていった。一人取り残されたベルはなんとなく鏡を見る。
鏡に映るベルは教会でよく見る法衣を纏っている。別にそれがなんだという事はないが、なんとなく、街で見かける女性達やハレと見比べて、おしゃれではない、と思う。
肌は少しも出ておらず、全体的にゴツい。別に、それがなんだという事はない、が……。
「ふふ、分かりますよ私の聖女……あなたは今悩んでいる」
「!?」
突然横合いから声を掛けられる。完全に意識外からの声だった。
衝撃を隠しながらそちらを見れば、そこには平凡な、店の雰囲気とは合わない平民の男がいた。
「聖女よ、あなたは自身の美しさに気づいていますか?」
「だ、誰ですかあなたは……」
「私が誰なのかなどどうでもよろしい。それより、質問に答えてください」
見るからに不審な男である。だが目の前の男からは邪心を感じず、その目は澄んでおりある種の真っすぐさを感じる。
「……美しいも、何も、別に、私がそれなりに美人なのは理解していますよ」
自分で言っておいてなんだが、今の発言はかなりのナルシストだ。
だが、事実は事実。同じ教会の同志からは過剰な謙遜は傲慢であると諭されている。自己評価は高すぎても、低すぎてもいけないのだから。
だが男はその返答に納得しなかったようで、突如激昂した。
「違うッ! 私が言っているのは顔の良し悪しなどではないのです! 人間の美しさというものは顔だけではなく! その体全てを統合して表すものでしょうッ!!」
「あの、声が大きいです」
「申し訳ありません。熱くなってしまいました」
突然冷静にそう返され、ベルもなんと返すべきか迷う。
言い淀んでいる内に男はある水着を手に取りベルの目の前に突き出した。
「あゝ、私の聖女よ、どうかこの"すくーる水着"を着ていただけませんか?」
「これは……」
男が突き出した水着は上下別の布面積の少ないタイプではなく、お腹も背中も覆い隠す健全そうなものであった。
だが、そうは言っても水着は水着、やはり腕や脚は完全に露出している。普段素肌を出す部分は手と首くらいしかないベルにはやはり難易度が高いように思えた。
それにそもそも、見ず知らずの男に頼まれおかしな服を着るほどベルは危機感が無いわけではない。
「申し訳ありませんがそういったお願いは――」
「どうかお願いします。この私にいやらしい気持ちやよこしまな思いなど、一切無いのです。もしもこの言葉が虚偽であるのなら、今すぐにでも自害しましょう」
「ほう……」
ベルは目を細め男を見る。今の発言に嘘は無い。もしも嘘が一片でも含まれているのなら、ベルは男を言葉通り自害させることができる。しかし目の前の男の目は澄んでいる。澄み切っている。一片の曇り無く、少しの淀みもなく、視線は真っ直ぐとベルの目を射抜いていた。
「なぜ、私にそれを着て欲しいのですか?」
「この世のありとあらゆるものは変化します。変わらぬ物も移ろわぬものも無く、それは我らが主であらせられる神その人ですら例外ではありません」
「その通りです」
「ですが、私はそれが許せない。この世に永遠がないのが、目の前の芸術そのものと呼ばれるべき珠玉の美そのもの、神の存在証明と私が定義する全ての華美の上に立つあなたが、瞬きの後に失われてもおかしくないというのが、私はどうしようもなく許せないのです」
男の熱弁は気迫があった。口にする言葉は過剰で、お世辞としか思えないものだったが、ベルにはそれが嘘ではないことが分かる。
「もちろん、何をしようとも私風情ではそれを打ち破り、あなたという存在を永遠にすることはできないでしょう。しかし、それでも私は抗いたい」
「……どのような手段で、ですか?」
思わず問い返す。
「絵を。私はほんの些細なものですが、筆を取り景色を絵画に残すことが叶います。私の才は、きっとあなた様をほんの僅かにでもより長くでも後世に残すために授かったものなのです。どうか、このあなた様の魅力を最大限発揮させるこれを、どうか……!」
男が水着を片手で差し出し、決して床に触れないようにしながら頭を地面に擦り付けた。
ベルは断ろうと思い、しかしこんな所業をさせておいて本当に断っても良いものかと思考した。
逡巡は一瞬だった、やはり断るべきだろう。熱意がありすぎて怖いし。
そう思いながらどう断るべきか頭の中で言葉を探していると、男は頭を下げたまま言った。
「もし、着てくださったら、私は霊郷に入っても構いません」
「……」
それはベルにとって、嬉しい言葉だった。
ベルにとっては意味不明な事だが、なぜか周囲の人々はベルの自死と、周囲にそれを付き合わせることを良しとしていない。
いずれ至る光天へ早く向かうことにメリットはあってもデメリットは無い。だが、一人で向かうのは少し寂しい。だから多くの人と共に、苦痛なき方法で向かう。現状のベルの理屈に不整合や矛盾は無いはずだが、なぜか周囲はそれを止める。
自分から進んでベルの自死に付き合ってくれると言うのはとても、涙が出るほど嬉しいことなのだ。
「仕方がありませ――」
「このバカがァーッ!!」
突然、頭に鞘に収められた剣が叩きつけられる。
きょとんとしながら後ろを振り向けば、ハレがいた。片手にはいくつか水着を持っている。男が持ってきた上下一体のものではなく、お腹丸出しの少々せくしーなものである。
「貴様! 私の聖女に何をするッ!!」
「お前の聖女じゃねえよこの不審者がッ!」
「ふ、不審者!? なんて失礼な獣人だ!」
「そうですハレ、この方は不審者ではありませんよ」
ハレが非常識な者を見る目でこちらを見てきた。思わずムッと睨み返す。
「……へ、へえ、不審者じゃねーの、ならお前は誰なんだよ」
「私は私の聖女様の忠実なる僕!」
「面識は?」
「会った事は無いはずですが……」
「当たり前だ! 私が一方的に知っているだけだからな!」
男が自信満々に言った。
「なんでここにいるんだ?」
「道を歩いていたら、たまたま私の聖女を見かけたからだ。僕として当然の行いをしたまで」
「なんのために?」
「前々から考えていた私の思いの丈を伝えたかったからだ」
「なるほどな」
ハレはそれを聞いて数秒黙り、言った。
「不審者じゃねえか」
ベルは何も言えなかった。言い返せなかったからである。
「そういえばハレ、この水着、とてもいいと思いませんか?」
「……趣味が悪い」