転生TS美少女ゲス外道猫獣人は異世界の勇者の玉の輿を狙いたい 作:苦慮緑了
天候が悪く屋根を打ち付ける雨の音が深く響く暗い室内の中、アーリスは貴族達の報告を聞いた。
「勇者様の行き先についてですが、目撃情報を元に捜索を行なった七つの村と街、その全てで消息はつかめませんでした」
「……ッ! どういう、ことですの?」
思わず歯噛みする。アーリス達は勇者……ハル以外の全員でパーティーから抜けることで生意気な態度を取ったハルを分からせるつもりだった。
野盗どころか魔物すら殺せぬ臆病者ならば、旅を続けられるはずもない。レベルだけが高い木偶の坊、礼儀知らずの男を教育するチャンスだと思ったというのに……。
「やはり情報の集め方が良くなかったのでは? ほとんどが虚偽で精査に時間を使いましたし……」
「ですが目撃証言は確かに集まったのです、どこかには行っているはずですわ」
アーリスとて馬鹿ではない。ハルとハレが行方をくらましたというのはすぐに分かったし、日が昇る頃にはもう捜索を開始していた。
商人達を基本として蜜柑色の髪の猫獣人と黒髪の背の高い男のペアがどこに向かったのかを調べたのだ。当然嘘をつかまされてはたまらないから特徴を分散して伝え、情報の穴を埋められることが出来た者だけを信用した。
細部の特徴まで言い当て確かにハレとハルを見たのだと確信できた情報だけに絞っても七件。そして金にものを言わせて全ての行き先を調査しても痕跡すら見つからない。一体何が起きているのか。
(……落ち着きなさい、アーリス……情報が誤りだとすれば、商人達が嘘を吐いたということ。報酬のため? だとしても何故二人の容姿を正確に言い当てることができたのか)
疑問を浮かべ、そしてすぐに答えを浮かべる。
アーリスの頭に浮かぶのは清楚そうな笑みを浮かべる猫獣人……ハレの事だ。
「……もし、商人達に自分たちの正確な容姿を伝えていたとしたら?」
「……はい?」
「ハレ達です、彼女達が事前に商人達に、自分達を探す者がいた時のために特徴を教えていたとしたら、どうです」
そうすれば、報酬を求める商人たちが勝手に、些細な情報でも欲しいアーリス達を騙し金をせしめようとするだろう。
たとえ間違っていようと、いくらでも言い逃れできる。見間違えたとか、記憶違いだった、あるいは本当に見たのだと。詐欺だと断定は出来ない。証拠が無い。
「それは……あり得ませんわ、あのハレが……」
そうだ、アーリス達の前のハレは引っ込み思案で、臆病で、常にアーリス達に目を輝かせていた少女だった。とてもその少女がアーリス達を騙したり、狡猾に行き先をくらませたりはできないと、しないと思っていた。
だがそもそも疑問だったのだ。ハレは外聞のため、そしてハルを監視するためパーティーに残ったと言っていた。今のように全く連絡がつかないという状況そのものが、ハレの裏切りを示唆しているのではないか。
「あの子は……健気な良い子でしたわ、そんな、あり得ませんわ……」
「そうです、いくらアーリス様といえど、それはひどすぎますわ」
だがアーリス以外の者はそんな可能性を一切信じようとはしなかった。
誰もが恐れ、平伏するアーリスに対して反論する始末である。
(……! あの、猫……っ! こんな、馬鹿な……!)
貴族というのはほとんどが派閥に属している、そして対立する派閥の者とは基本的に敵対関係だ。
こんな風に、対立する派閥の者達が一斉に同じ人間を擁護するなどあり得ない。どれかの派閥と仲が良いところを見せれば、もう一方に擦り寄っても相手にしてもらえない上、元々の派閥にも見捨てられる。それが常識だ。
だがどうだ? 実際には彼女を擁護する者が多く現れ、貴族同士で同調している。それはハレが全ての人と平等に、そして深く友好を結んでいたことを表している……そんな事は、あり得ないのだ。
(……飼い猫に、手を噛まれた、ということですの……いえ、そもそも飼い猫ですらなかったのですわね)
餌を与え好きに愛でていたと思い込んでいた。否、思い込まされていた。
子女でも貴族は貴族、社交界のマナーを、貴族の生き方を知っているアーリスが、アーリス達が、誰も彼も一匹の猫の手のひらの上で踊っていたというわけだ。
激情のままに拳を握り血が滲むほどに強く歯を噛み締める。
未だハレに踊らされていたことすら気づかぬ愚図達に、静かに命令する。
「全員黙りなさい。ハレは、裏切り者ですわ」
「……!」
「私の決定に異論があるのなら、即刻この部屋から立ち去りなさい。二度と貴族として生きられないようにしてあげますわ」
シンと静まり返った部屋の中、雨音だけがあたりに響いた。
「捜索を、ハレを指名手配しなさい。早馬を出せば翌日にでも可能なはずです」
「しかし……その」
「なんです、口答えをする気ですか?」
「いえ! 違います、ただ、その、資金が……ですね……例の件もあったので……」
下級貴族が言い淀んだ先を、アーリスはすぐに理解した。全ての元凶たるハレへの憎悪を激らせ、強く拳を握る。
「……許せない……! いずれ殺してやりますわ、ハレ・ピース……!」
雷鳴が轟く。稲光がアーリス達を一瞬だけ照らした。
***
「はるー、日焼け止め塗ってくれよぉー」
俺は気の抜けた声でハルを呼んだ、ドギマギするハルを見て遊んでやろうと思ったのである。ヘタレ男子ハルは美女の背中に日焼け止めを塗る事なんかできないだろう。
「いいよハレ、じゃあうつ伏せになってね」
「えっ」
ハルがなんでもないかのように言う。俺はびっくりして思わず言われるがままにビーチチェアの上で寝転がった。
ハルが横に立ち日焼け止めの瓶を開ける音が聞こえる。特にためらいはなく少し熱いジェル状の日焼け止めを俺の背中に塗っていく。
「日焼け辛いよね……僕もちょっとだけ塗り忘れた事があってさ……」
「お、おう……」
ドン引きである。女子の体に安易に触れるなこの変態野郎が。という言葉を飲み込む、そもそもお願いしたのは俺の方であった。
ハルは続いて脚の辺りに日焼け止めを塗り始める。俺の尻尾が生えた付け根のなかなか際どい部分まで塗っているが、こいつには恥じらいというものが無いんだろうか? どういう情緒? 例え同性でも避けるだろそういうの。
続いてさらに首回りと耳の裏に日焼け止めを塗り始める。
そこでようやく終わったのかと俺が緊張を解けば、ハルはなんて事のないように言った。
「じゃあ次は前ね」
「……何言ってんだお前」
ハルは不思議そうに首を傾げた。
「前は自分で出来る、ちょっときもいぞ」
「え!? あ、ちが、そんな、やらしい気持ちとか無いから!」
「やらしい気持ち無しでそんな事言うか〜?」
「な、な……そんな訳ないでしょ!! ここ、これ返すから!」
俺が思わず顔を顰めてそう言うとハルは怒って日焼け止めを差し出して逃げていった。
なんとなく、心に敗北感が残る。勝ち逃げされた気分だ。
俺は日焼け止めを少し取りパラソルの影の端で砂を弄っているベルの背後に立った。
「……こんなところで遊んでいて良いのでしょうか……?」
「おう、日焼け止め塗ってやるよ」
「ひゃああああ!!」
首に日焼け止めをつけてやると面白いくらいに驚愕してベルは叫んだ。周囲の喧騒があったからあまり目立ってはいないが、それでも何人かがベルを見る。
「おい叫ぶなよ、恥ずかしい」
「突然変なことをしないでください! びっくりするじゃないですか!」
平和だなぁ……。
顔を僅かに赤くして必死に俺を叱るベルを眺め、俺は心の中でひとりごちた。