仮面ライダーアステラ/仮面ライダーフェイル 霧幻の恒星   作:赫牛

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夢

 また今日も、僕は夢を見る。

 真っ白な世界の中に、僕だけがぽつんと残されていて。

 誰もいない。友達も、家族も……大切な人達が、いない。

 僕は一人、ぎゅっと身体を抱きしめて縮こまる。

 誰も見えない。何も見えない。一人ぼっち。

『一人ぼっちの星(ア・ステラ)』。

 

 

 

 

 

 薄暗い部屋で一人、目を覚ました。

 カーテンを開けるとぽかぽかした冬の日差しが降り注いで、窓を開けると冷えた空気が部屋を走っていく。一日の始まりって感じでとても好きだ。

 階段を降りてリビングに入ると、台所でお母さんが料理をしていた。

 

「おはよう、早いね」

「おはようー」

 

 僕も棚からお箸や食器を取り出して並べたり、飲み物を用意しておく。料理が盛られたから机に並べて、お母さんと一緒に手を合わせて食べる。

 

「試験どう?」

「ん……まあ大丈夫」

「ほんと?陽子(ようこ)ちゃんに迷惑かけてない?」

「大丈夫だって、陽子ちゃん頭良いし」

「もう、そう言う問題じゃないんだよ?」

 

 ふふふとお母さんは笑って、それから時計を見てあっと声を漏らす。

 

「もうこんな時間、行かなくて大丈夫?」

「え……やば、行ってくる!」

「気を付けてねー」

 

 お母さんに手を振り返して、急いで支度をして外に出てバイクに跨る。エンジンを起こして、寒空の下をいつもより速足で走った。

 

 

 

 

 

「ったあー……はーあ、あのおっさん今回もめんどくさかったー……なあにが簡単ですよ、だ。口癖なんか?おおん?」

「まあまあ陽子ちゃん、押さえて押さえて」

 

 日本経済史のテストが終わってカフェテリアでくつろいでいたら、いつもの様に陽子ちゃんが不満を垂れた。前期もそうだったけど、あの教授は結構僕らの事を買いかぶってるらしい。

 

「でもま、後1個で終わりだし、今日の内からどっか行っちゃう?」

「……まああり」

「だよねー!どこ行こっか、私はね――」

 

 嬉々としてスマホで調べる陽子ちゃんを見ていると、ああ、生きてるなって気持ちが湧いてくる。誰かと一緒にいるってすごく嬉しくて、誰かの息遣いを感じるのってすごく大事な事なんだって前よりずっと思う。

 楓(かえで)お母さんとお別れしてから、ずっとそう思ってる。

 

「ここどう?ちょっと遠いけど車なら……花鹿?」

「……うん、良いよね」

 

 

 

 

 

「ただいまー」

「おかえりー!楽しかったー?」

「うんー」

 

 少ししてから、リビングから応えが返ってくる。

 手を洗ってリビングに入ると、お母さんがカレーを皿によそってくれていた。

 

「試験お疲れ様、どうだった?」

「もう、そればっかり……」

「だって気になるでしょ?ちゃんと単位取れそう?」

「大丈夫だって、多分」

「多分かー……」

 

 他愛の無い話をしながら、カレーは減っていく。僕はどんどん満たされて、幸せな味が僕に広がっていく。

 

「お母さん」

「なに?」

「美味しいよ」

「ありがとう」

 

 お母さんがにっこり笑って、言って良かったと僕もにっこりした。

 

 

 

 

 

 そして今日も一日が終わる。

 寒い夜には布団にくるまって、じっと蛹みたいに熱を閉じ込める。何かを忘れている様な気がするけど、そんなのはどこかに散歩してしまうくらいに気持ちが良くて、すぐに目を瞑ってしまう。

 おやすみ、また明日。

 きっと良い日になりますように。

 

 

 

 

 

 深い霧の中にいる。

 それ自体は別にどうって事も無い。何なら俺だってその一部と言えるのだから。

 ただ漠然と、寂しさを感じる程度で。

 

「奏多(かなた)」

 

 大切な人の声がした。

 その人の名前を呼んで、霧をかき分ける。どれ程も、どこまでも、果てしなく。

 やがて自他の境界が曖昧になって、ただ彼女に会いたいと言う思いだけが取り残された。

 だと言うのに、辿り着いた先に彼女はいなかった。

 茫漠な霧がただ広がっていた。

 

 

 

 

 

「っ……はあ」

 

 荒い呼吸の中、さっきまでの曖昧な感覚が霧散していき、強く握った手の平の痛さを自覚する。目覚まし時計を見るとアラームが鳴る様に設定した時刻の30分も前に起きてしまった事に気付いた。かと言って寝れそうな気配も無く、呻きながら起き上がった。

 雑多に物が置かれた部屋を移動し、間仕切りの向こうの部屋に入ってそこに置かれたベッドの上でだらしない寝顔を晒す人物の肩を揺らす。

 

「おーい、起きてください」

「ううん……」

「起きろー、もう時間だぞー」

「嘘つけぇ……絶対そんな時間じゃない……」

「……あ、玲奈」

「え!……あれ?」

 

 きょとんとしているのは『仁礼(にれい)研究所』の所長であり、俺の『保護者』でもある仁礼星羅(にれいせいら)。彼女に向かって、俺は満面の笑みで挨拶をする。

 

「おはようございます、星羅さん」

「おはよう……奏多くん、玲奈くんは?」

「嘘に決まってんでしょ寝ぼけてるんすか」

「はあー!?……てかまだ7時じゃん!後2時間は寝れるのに何で起こしたのさ!」

「俺が起きちゃったから道連れしたに決まってるじゃないですか」

「この悪魔!鬼!霧人間!」

「何だそのB級映画みたいな」

 

 まあ事実ではあるのだけれど。何ならそう言う名前の映画も実在するのかもしれない。

 

「片付け今日まで引き延ばしたのは誰なんですか……ほら、とっとと起きる!」

「いやだいやだー!……てか片付けるったってどこに仕舞う所があるのさ!」

「それは……何とかするんですよ!」

 

 現在俺達はそれなりの広さを誇っていた仁礼研究所ではなく、その隣に出来たプレハブ小屋で、星羅さん曰く必要最低限の機器類と共に寝泊まりしている。

 

 

 

 

 

 事の発端は一週間前、新たに対ミスト機関『フーガ』の幹部となった三澤(みさわ)さんから、仁礼研究所のフーガ入りを打診された事に遡る。

 3か月前に幹部が軒並み告発され、事実上の解体となったフーガを国は再編成し管理下に置いた。その中で仁礼研究所……と言うより仮面ライダーである俺達を、現在も出現する怪物『ミスト』への対抗策として正式に起用しようとする動きがあったらしい。

 メッセンジャーとして研究所を訪れた三澤さんに対し星羅さんは渋りに渋り、新しくなってもフーガは信用できないと言い放ち、三澤さんが困った所にある条件を提示した。

 フーガの管轄に入る代わりに、前払いでそれなりの額を……即ち契約金を要求したのである。なんてがめついんだ。

 どうしてでも仮面ライダーの戦力を確保するように言われていた三澤さんはこれを承諾し、結果当面贅沢な生活ができる程度の金銭が星羅さんの口座に振り込まれた。

 ここまでは良かったのだ。

 だが星羅さんはあろうことか、交渉で得た金を全て研究所の改装につぎ込んだのだ。事前に相談も無く。子曰く『私の努力で得たお金なんだから、私が好きに使っても良いだろう?』との事だったが、そうだとしても限度と段取りがある。

 そう口論したのも後の祭りで、星羅さんの突発的な行動のせいで俺達は研究所を追い出され、小さなプレハブ小屋に押し込まれる事になったのだ。

 

 

 

 

 

 故にだ。

 何が言いたいのかと言うと普通に狭い。人二人が寝泊まりするだけならまだ良いが、その上に研究やフェイルの調整に必要な機器まで詰め込まれている訳で、足の踏み場すら無い程に物が散乱しているのである。

 『別に生活には困ってないだろう?』と星羅さんは口を開けばそう言っていたが、とうとう困る日が訪れてしまったのである。

 

「いつ玲奈が来るか分からないんですから!しゃんとしてくださいよ!」

「良いじゃん別に玲奈くんならさー!別に今更恥ずかしくないだろー?」

「ちゃんと掃除しなきゃ駄目って怒られるの俺なんです!……てかいつまで寝てんだ、いい加減起きろっての!」

 

 今日は玲奈の『定期健診』の日なのである。

 人間とミストのハーフである玲奈の体は、まだまだ未解明な事も多い。一応そう言った事は同質の存在になった俺でも調べる事はできるのだが、それ以外にも玲奈に何か不調が起きていないかを調べる、所謂人間ドッグの側面もあるため、玲奈にも承諾を貰って月1回程度で研究所に来てもらっているのだ。

 それが今日だと事前に何度もリマインドしていたにも関わらず、この研究者はやれ『だるい』だのやれ『今日はやる気が起きない』だのと、先延ばし先延ばしにして昨日の夜に放ったのが『明日から本気出す』だ。ここまで怠惰な人間を俺は見た事が無いかもしれない。

 

「まだ7時じゃあん!こんなに早く来るわけないってだからもうちょっと寝かせろよおー!」

「これ全部片づけんのどんだけ時間かかると思ってんすか!てかつべこべ言ってる間に来たらどうする――」

 

 と言う訳で俺達がくだらない言い争いをしていると、外から扉をノックする音が聞こえてきた。

 

「……ほら」

「……眠気って言うのは不可抗力だよね」

 

 ぺろりと舌を出す星羅さんの顔面にパンチをしたくなったのは、果たして何度目だろうか。

 

 

 

 

 

「まずい事になっちゃったかも……」

 

 部屋に入るなりそう言った彼女、紫藤玲奈(しどうれいな)はこの部屋の惨状に一瞬顔をしかめた後、手近な資料の山を椅子代わりにして腰掛ける。

 

「まずい事って……まさか体が!?」

「ご、ごめんそうじゃなくって……ただちょっと夢を見たってだけなんだけど……」

「夢?」

 

 玲奈の言葉に、星羅さんと揃って首をかしげる。

 

「うん、夢……夢だけど、でも凄くリアル……本当にどこかの光景を見てるみたいな」

「で、その光景って?」

「それが……霧幻界(むげんかい)だった」

 

 その言葉で部屋の空気がぴんと張り詰める。

 霧幻界……それはミストの正体である死人の意識を漂白し、閉じ込めていた世界だった。ここで漂白に抗った意識が集合し一つの自我になったものがミストであり、それが人々に寄生して怪物となる訳だが、そんな場所を幻視したと言うのは例え夢であってもかなり不穏だ。

 

「霧幻界に開いた穴、そこから意識が流れていく……それは全然変じゃないんだけど、その中に気になるミストがいたんだ」

「……どんな奴だ?」

「見た目は変わらない……でも何と言うか、雰囲気みたいなのが違ってて……存在感、って言うのかな?そこだけ他よりくっきりしてるって言うか」

「存在感……もしかして玲奈くんが見たのはより強い個体のミストなのかな?」

「それは私にも……と言うか問題はここからで……そのミストが行く方をじっと見てたんだけど、流れ出した他の意識よりもずっと遠くまで一直線に向かっていったの」

「成程……?」

 

 一直線と言う事は、そのミストは何かの流れに乗ったか何かに吸い寄せられた、もしくはミスト自体が目的を持って移動しているか、等々考えられるが、しかし。

 

「でも、それだけで何でまずいって?」

「……泣いてた、そのミスト」

「え?」

「すごく悲しそうで……釣られてこっちも泣いちゃいそうなくらいに」

「ミストが、泣く?」

 

 ミストにだって感情の発露はある。ただしそれは人に寄生し自己を得た後の話だ。取りついていない状態のただの意識の塊が、それほどに悲しむなんて。

 

「で、そのミストは?」

「……急に消えちゃった。消えたと言うか見えなくなったって感じだけど」

「見えなくなった……玲奈くんの観測域から外れたって事か。成程確かに、まずい事になったかもしれないね」

「急に頭良い感じで話し出すのやめてもらって良いですか?」

「私はいつだって頭良いけど?」

「けっ」

「何だこのガキ」

「まあまあ二人とも……兎に角、そう言う事なんだけどどうしたら良いと思う?」

 

 ああだこうだと言っても、今までの話は所詮ただの夢の話。気のせいだって目を瞑る事だって簡単だ。

 だからこそ。

 

「行こう」

 

 何かするべきだと感じたのなら、今行動しないと後悔する。

 

「ありがとう……あーでもさっきも言ったけど具体的にどうするとか全然分かってなくて……」

「まあでも、それはやっぱり霧幻界に行くべきなんじゃないか?玲奈くんの体の事もあるし、ただの夢と切り捨てるにはいささか不思議な点が多い。何かあれば儲けもんだし、もし何も無いとしてもちょっと霧幻界の近況を見に行っても良いんじゃないのかな?」

「そんな軽々しく言って……」

 

 まるでハイキングにでも行くような言い草だが、そもそも霧幻界に行くにはそれなりに労力を要するのだ。そんな状態で軽々しく言った自分も自分だし、自分たちが街を離れたらここに現れたミストへの対処が難しくなる……まあそれは三澤さんに任せれば良いかもだけど。

 しかし、確かにクリティカルなのは直接霧幻界に行く事だろう。何か痕跡が無いかを調べて、異常があれば対処する。でないともし何かあった時にこの世界にも影響が出るかもしれない。そのくらい霧幻界とこの世界は密接に関わっているのだ。

 

「じゃあいつ行く?」

「そりゃ今すぐに――」

「ああっと!待ちたまえ!」

 

 動き出そうとした俺達を星羅さんが手で制する。

 

「君達、何か大事な事を忘れてないか?」

「え?」

「なに……?」

 

 星羅さんはすごく深刻な顔をしている。まさか今の話で何か重大な見落としが……?

 

「玲奈くん」

「はい……」

「……定期健診やろっか」

「……あ」

 

 

 

 

 

 夜中にふと、目が覚める。

 浅かった眠りが妨げられて気分が悪いのと、いつものぞわぞわとする感覚が来て少しくらくらする。だけどぐっとこらえてベッドから出て、お母さんを起こさないように窓から外に出る。

 今日は近いから、バイクは使わずに走る。

 やっぱり変わってないとすぐに息が上がっちゃう。着いた頃にはへとへとになって、荒い息をしながら膝に手を突いてそいつを見る。夜と一緒の黒い身体に、同じ色の羽根で飛び回って、下でうずくまっている男の人を睨んでいる。

 20年前にこの街に飛んできた『星の矢』で生まれた怪物……『人型怪生物(ひとがたかいせいぶつ)』、略して『人型』って言われてる。ぱっと見カラスっぽい。

 すっと息を整えて、強く光を呼んだ。

 

 

 

 

 

 大空花鹿(おおぞらかじか)の腰の中心に水色の光が集まる。

 

「変身!」

 

 叫んだ花鹿が光に両手を重ね、左右に広げると光が強くなり彼女を包みこむ。走り出すと同時に花鹿の体は大きく硬質になり、今まさに男性に襲い掛かろうとしていた人型を蹴り飛ばした。

 光が収まると、そこに立っていたのは花鹿ではなかった。

 黒い身体に白い外骨格を身に纏い、全身に水色の光を走らせる『人型』。

 赤い大きな瞳を輝かせるその姿の名を、アステラと言う――。

 

 

 

 

 

 僕が蹴り飛ばすと、人型は声を上げて空に逃げる。ちょっとめんどくさい。一応僕だって飛べない事はないけど、あれは疲れるから使いたくないなぁ。

 

「あ……ああ……」

 

 情けない声を上げながら男の人が逃げ出すのをちらっと見て、また人型に向き直る。丁度人型が方向転換して僕の方に来る所だったから、軽くジャンプして避けた。またこっちに向かってきたから、今度は避けつつ羽根を掴んで、力いっぱい投げ飛ばす。地面に落ちた人型は嘴を鳴らしながらじりじりと近づいてくる。僕は腰を落として、右腕を地面につけて気持ちを整えた。

 人型が羽根で殴ろうとしてきたから、受け止めてお腹にパンチを撃つ。顔と胸を殴って、攻撃を跳んで避けて壁を走って、また跳んでそのまま蹴り飛ばす。諦めずに飛んでくるのを今度は受け止めようとすると、人型が急に身体の向きを変えて脚を突き出して、僕の腕を掴んだ。

 

「わっ……!」

 

 持ち上げられて、一緒に空を飛ぶ。腕を動かそうとするけど、人型の力が強くてびくともしない。そのままどんどん上がって行って、突然ぴたっと止まる。

 まさか。

 そう思った瞬間に人型が僕の手を放して、僕はどんどん落ちていく。

 このままじゃ地面にぶつかって、死なないだろうけど結構痛い思いはする。

 仕方無い。

 背中にぐっと力を込めると翅が鎧を突き破って生えてくる。身体が白から金に染まって、力が湧いてくる。

 翅を羽ばたかせて地面にぶつかる前に空に舞い上がって、手の中に出てきた弓を人型に射る。光の矢は羽根を貫いて、人型の動きが鈍くなった。

 ここだ。

 弓を左腕から右腕に持ち帰ると、折りたたまれて剣に変わる。刀身から光を溢れさせて、人型に向かって一直線に飛ぶ。

 

「たあっ!」

 

 そしてすれ違いざまに切り裂いて、翅を広げて勢いを殺して着地する。

 叫び声と共に後ろで爆発が起こって、人型の気配が消えた。

 ふぅと息をはいて、身体から空に光を放していく。そうして人に戻ったら、急にお腹が空いてきた。

 

「なんか、あったっけ……?」

 

 キッチンの戸棚を思い浮かべながら、家に帰ろうとした。

 

 

 

 花鹿。

 

 

 

「え?」

 

 呼ばれた気がして振り返ったけど誰もいなかった。

 何でお母さんの声が聞こえたんだろう、と考えながら、僕はまた帰り道を進み始めた。

 

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