ヒトケモ比1:1000でも、私はメスケモを撫で回す! 作:ミソギ・罪と罰
ある日を境に、私の生きる世界が一変していた。
テレビをつければ、動画を見てみれば、そこに映っているのは人間ではなく……犬系、猫系、狐系と、よりどりみどりのケモミミ獣人たち。動物好きが高じて動物看護の専門学校に通っていた身としては、もう、なんというか。楽園では?
そこら中に、というかすぐそこにケモミミがいるということを理解した私は、衝動のままに楽園へと繰り出そうとして……お母さんに、思いっきり止められた。
お母さんは私のよく知るお母さんとそっくりで、私を呼ぶ名前も変わっていない。どうやら私は、この世界を生きてきた私自身、同じ
だけど、ちょっと冷静になって現状を把握したくらいでこの衝動は止められそうにない。お母さんの制止を振り切って、そのまま外へ行こうとして。
『──昨夜、中央区の人間居住街周辺において、無許可接近の疑いで狼族の男性が拘束されました。保護局によりますと、男性は近隣の人間の匂いに反応し、一時的な興奮状態にあったものと見られています』
流れてきたテレビのニュースの音声を聞いて、なんとかギリギリ踏みとどまった。
☆
悶々とした気分で目覚めた私は、布団の中からゆっくり顔を出した。白い天井。薄い花柄の壁紙。磨かれた木製の机。窓の外には、緑の庭と、その向こうに高い塀が見える。冷静に見てみれば、私のよく知る実家よりも断然広く、豪華な家。
机の上には、昨日から何度も見ている家族写真が置かれていた。父と母と、私。三人とも、顔には見覚えがあるけれど……身につけている服は、どこか上等だ。
なんとなく、なんと自室に備え付けられたテレビをつけてみる。
『保護局は、匂い酔いの兆候を感じた場合、ただちに距離を取り、最寄りの職員に通報するよう呼びかけています。特に人間の皆さまは、外出時には必ず認可護衛を伴い――』
「……匂い酔い、か」
私は自分の腕を持ち上げて、袖口に鼻を近づけた。なんてことはなく、自宅の浴室に置かれていた高そうな香油と、何やら部屋に焚きしめられている香草の匂いがするだけだ。
……うん、なんてことあったわ。寝起きの自分から香油と香草の匂いがする生活って何。慣れ親しんだ安いシャンプーと柔軟剤の香りとは重厚感が違って慣れないんだけど……それはともかく。
ニュースで言われているような人間の匂い、というものは自分ではよく分からない。自分の匂いなんて、よほど汗をかいた時くらいしか意識しないし。
でも、この世界の獣人さんたちにとって、人間の匂いはかなり特別なものなんだとか。近づくだけで落ち着かなくなって、気持ちがふわふわして、どうしようもなく求めてしまう……らしい。
「……つまり、ものすごく好かれやすい匂い……ってことだよね」
敬遠される(婉曲表現)ような匂いなら、涙を呑んで遠巻きに愛でるしかなくなってしまうけど、そういうわけじゃないのなら、これはむしろ良いことなのでは……と、私は思うのだった。
……そのはずなんだけど、どうやら人間は勝手に外出しちゃダメらしい。
昨日、この世界にケモミミが溢れていることを知り暴走した私はお母さんに止められた後、保護局とやらの注意映像を見せられ、外出時の認可護衛について説明され、最後には「今日はもう休みなさい」と部屋へ戻された。
その注意映像というのにもケモミミの獣人さんたちが出てきて正直内容にあんまり集中できていなかったんだけど、おそらく人間と獣人の接触は最低限にした方が良い、ということを言っていたと思う。多分。
それに獣人は基本力も優れているから、人間が襲われたら為す術もないらしく、外出の際は専門の護衛を連れて行かないといけないんだとか。そんなVIPみたいな……と思ったけど、この世界において人間は貴重らしく、本当にVIPだった。いやVIPというか、保護対象……?
そんなあれこれを一気に叩き込まれた私は、一旦は引き下がることを選び、今日に至るのだった。
だけどそれはそれとして、すぐそこにふさふさの耳と尻尾を持った人たちがいるのである。気になる、触りたい。お母さんが心配してくれているのは分かるんだけど、この衝動は抑えられない。
いや、触りたいと言っても、無差別に飛びかかりたいわけじゃない。そのぐらいの理性はちゃんとある。相手はれっきとした人なんだ。耳と尻尾があって、毛並みが最高で、感情に合わせてぴこぴこ動いて誘っているのかと思わせてくるとしても、人なのである。
それなら、外に飛び出す必要はない。知らない誰かに突撃するより、この家にいる獣人の使用人さんや、今日来る認可護衛官の人に、失礼にならない範囲でお願いする方がずっと現実的だ。
屋敷にいる獣人さんたちは、保護局というところの認可を受けた人たちらしい。人間宅に入れるのは、匂いへの耐性訓練や接触距離の作法を叩き込まれた使用人だけなんだと。
だからなのだろう。食事を運んでくれた犬系の女性も、廊下の掃除をしていた猫系の人も、私が「あっケモミミ!」と思った瞬間には、身分の一線を越えないように、びっくりするくらい綺麗に一歩下がっていた。
たぶん、それがこの家での……いや、この世界での人間と獣人の正しい距離感なのだ。人間に近づきすぎない。人間からも近づかない。そういう常識が、私以外の全員に共有されている。
昨日の私は、世界が変わった衝撃と、ケモミミが現実にいる衝撃と、お母さんに止められた衝撃で頭がいっぱいだった。使用人さんにお願いする、という穏当な選択肢にたどり着く前に、全員から丁寧に包囲されて部屋へ戻されたのである。
だから今日は、ちゃんと挨拶して、ちゃんと許可を取って、駄目なら引く。
触りたいという気持ちは、ある。ものすごくある。そこはどうやったってごまかせないので、安全に、礼儀正しく、相手が嫌じゃない形を探す。そのためにも、まずはこの世界のルールを知らないと始まらない。
なので、これからはちゃんと言うことを聞く。ちゃんと聞いて、ちゃんと守って、そのうえで……ケモミミに触れる!
そう考えると、急にやる気が湧いてきた。気合いを入れ直し、顔を洗って、クローゼットの前に立つ。中には、身に覚えのない私服がずらりと並んでいる。この世界の逢苗寧夢の服なんだろうけど……どれも仕立てがよく、触っただけで布がなめらかで、元の世界で着ていた量販店のシャツとは明らかに格が違う。
……私、優遇されすぎでは?
いや、ありがたい。ありがたいけど、庶民の心が落ち着かない。結局、私は一番シンプルに見えた白いブラウスと、膝下まである濃紺のスカートを選んだ。シンプルに見えるだけで、たぶん全然シンプルではない。袖口の刺繍が細かすぎる。ハンドメイドかな?
胸元には、小さな銀色の札を留める。保護局から交付されたという身分札で、昨日これを身につけるよう口酸っぱく言われたことは強く印象に残っていた。そこには「保護対象・外出時護衛必須」と刻まれている。
「保護対象、かあ」
外出時護衛必須。昨日お母さんが説明してくれた認可護衛というのは、人間の外出に付き添う、特別な訓練を受けた専門職のことらしい。基本的に、人間はその人たちの付き添いがないと外出できないんだとか。それはつまり……優遇されている反面、人間には自由がないということなんだろうけど、今考えても仕方がない。
そして机の上には、昨日から見ないふりをしていた封筒が置かれている。名門校として知られているらしい高校からの案内書と、保護局の通学許可証。そこには「人間枠編入生」と、見慣れない文字が並んでいた。
色々と言いたことがあるけれど、要するに明日から、私は高校生になるらしい。
元の世界でとっくに高校は卒業したはずなんだけど……気のせいでもなんでもなく、今の私は十五歳なんだ。しかも……人間枠という見慣れない言葉。察するに、この世界において人間は貴重だから、特別扱いってことだよね。受験免除とかなのかな……?
……この世界の私は、どんなふうに生きてきたのだろう。
考え始めると、胸の奥が少し重くなる。お母さんは私のことを昨日と変わらない娘として見ている。お父さんもそうだ。使用人さんたちも、私に向かっておそらく普段通りに頭を下げる。私の中身が違うだなんて、言えるはずがない。言ったところで信じてもらえるはずもないし、下手をすれば大事になって今以上に自由がなくなってしまう気がする。
保護対象から厳重保護対象へランクアップ。想像するだけでもう息苦しい。
「寧夢、起きてる?」
その時、扉の向こうからお母さんの声がした。
「起きてるよ」
「入るわよ」
扉が開いて、お母さんが顔を出す。昨日も思ったけれど、本当に私の知っているお母さんとそっくりだ。違うのは、着ている服が上品すぎることと、私を見る目に心配が濃いことくらい。
お母さんは私の身分札を見て、ほっとしたように息を吐いた。
「ちゃんとつけているのね」
「昨日、つけないと外出できないって聞いたから」
「ええ。あなたは忘れ物が少ない子だったけれど、昨日から少し……その、落ち着かない様子だったから」
こ、言葉を選ばれている。ものすごく選ばれている。
その目には、「急に獣人を怖がらなくなって、外に飛び出そうとして、注意映像にも集中していない様子だったから」という本音が浮かんでいるようだった。
「心配かけてごめん。でも、ちゃんと外に行く時は護衛の人と一緒に行くから。それに、いきなり知らない獣人さんに近づくつもりはないよ」
「その言い方も、あまり……」
「え?」
「獣人を、気安く『人』のように言うのは」
そこで、お母さんは言葉を止めた。
気安く、人のように。つまりこの世界では、獣人をそう扱わないのが普通なのだろうか。モヤモヤとした気分が、胸の底に溜まっていく。
「……獣人さんも、人じゃないの?」
聞いた瞬間、お母さんの表情が固まった。怒ったというより、どう説明すればいいか分からない顔だ。
「もちろん、言葉も理性もあるわ。けれど、私たち人間とは違うの。力も、本能も、匂いへの反応も。近づきすぎれば、あなたが傷つくかもしれない」
「……危ないのは分かったよ」
「本当に?」
心配そうに、お母さんが俯いた私の顔を覗き込む。お母さんに、悪意は全く感じられない。この世界では、それが常識なんだ。
「この家にいる使用人たちは、全員、保護局の認可と訓練を受けているの。外の獣人とは違うのよ」
「そう……なんだ」
思い返してみれば、たしかに家にいる使用人の獣人さんたちは、私に……というか、人間に対して一定の距離を頑なに守っていた。それがお母さんの言う訓練のたまもの、ということなのだろうか。
正直に言って、あまり良い気分はしない。だけど、今ここでお母さんに反発しても無意味だ。
「うん。だから、まずは家の使用人さんとか、護衛の人とか、ちゃんと役目があって近くにいてくれる人に聞く。近づく時も、触る時も、ちゃんと許可を取る」
「近づかない、ではなく?」
お母さんの声が少しだけ細くなった。
私は、目を逸らした。
正直に言えば、近づかないという選択肢はなかった。だって、すぐそこにケモミミがいるのである。もちろん危ないことはしない。相手が嫌がることもしない。でも、最初から壁を作るのは違うと思う。
「……怖がってばかりだと、失礼な気がして」
そう言うと、お母さんは困ったように眉を下げた。
「あなた、昨日から本当に変ね」
「あはは……自分でもちょっと思う」
「冗談で済むならいいのだけれど」
お母さんは私の髪を一度だけ撫でた。その手つきは、私の知っているお母さんと同じで、胸の奥がきゅっとした。
「今日来る認可護衛官は、ルカという方よ。逢苗家には何度か来ているから、あなたも顔は知っているはずなのだけれど」
「ルカさん」
「寧夢」
「あ、えっと。ルカ……様?」
「獣人相手にそこまで畏まる必要はないわ。ただ、距離は保ちなさい。彼女は優秀な騎士だけれど、それでも獣人なのだから」
そう言い残して、お母さんは朝食の支度を見てくると部屋を出ていった。心配そうに何度も振り返られたけれど、最終的には扉が静かに閉まる。
部屋に一人になると、さっきまでより少しだけ空気が軽くなった。心配されるのはありがたい。でも、ずっと見守られていると、こちらも何かを試す前から縮こまってしまう。
騎士。
保護局の資料では認可護衛官と書かれていたけれど、一部では昔ながらに騎士と呼ぶらしい。中世ファンタジーっぽい響きに一瞬ときめいたけれど、どうやらこの世界では現代的な警護資格と伝統称号が混ざったもののようだった。
ケモミミの騎士……なるほどなるほど……!
心の中でぐっと拳を握ったところで、廊下の向こうから足音が近づいてきた。
硬すぎず、軽すぎず、一定の速度で迷いがない足音。コンコン、と扉が叩かれる。
「逢苗寧夢様。保護局認可護衛官、ルカです。お迎えに上がりました」
思わず背筋を伸ばしてしまうような、凜とした低めの声。丁寧で、隙がなくて、でも冷たいわけではない美声に、ついついドキリとしてしまう。
「ど、どうぞ」
扉が開く。
入ってきたのは、背の高い女性だった。濃い灰色の髪をなびかせ、黒に近い深緑の制服は体にぴったり合っていて、胸元には保護局の徽章が光っている。
そして何より、頭の上には髪と同じ色の大きな耳。腰の後ろからは、ふさりとした尻尾。耳の形からして、狼……いや、大型犬を思わせる。
大型犬系獣人の、騎士。
「おはようございます、寧夢様」
「ありがとうございます、ありがとうございます……」
「……!? 寧夢様、頭を上げてください……!」
「へ……?」
ルカさんの素晴らしさに、思わず拝んで神に感謝してしまった瞬間、ルカさんが慌てた様子で頭を上げるように言ってきた。その慌てっぷりは、現状が笑い事ではないということを示しているように思えてくる。
「あ、はい! 上げました! 頭!」
「……寧夢様。人目のある場所でそういったことをされると、誤解を招く恐れがありますので」
「誤解、ですか」
誤解。ルカさんのその言葉や様子、さっきのお母さんとの話から、さすがの私でも話の察しはついてきた。つまりは、人間が獣人にへりくだっている──私はただ敬意を払っているだけなのだけど──と、そう受け取られるような言動は良くないというのが常識なんだろう。
あくまで私の感覚だけど……あまり、面白い話じゃない。
「……でも、今は人前じゃないですよね?」
「寧夢様……?」
そうだ。そういう話なら、今は人前じゃない。思いのままに振る舞っても、ルカさんの迷惑にはならないはずだ。
「ルカさん。私の護衛、いつもありがとうございます」
さっきのようなオタク仕草ではなく、しっかり相手の目を見て想いを伝える。これからよろしくという挨拶と、隣人への敬意を込めて。
「────」
すると、ルカさんは目を見開いて……息を呑んだようにも見えた。
……あ、耳の先がぴくって揺れた。かわいい……撫でたい。
「……職務ですので、過分なお言葉です」
「そうだとしても、お世話になっている相手ですから」
「寧夢様。まずその……なぜ突然敬語を? 揶揄っているのであれば、その辺りにしていただけると……」
「えっ、あ、そ、そうですよね、じゃなくて、そうだよね……これでいい?」
指摘されて、急いで口調を直す。たしかに、雇い主がある日突然敬語になって感謝を伝えてきたら怖いと思われたって仕方がないだろう。敬語じゃなくたって敬意を持つことはできるし、あたしの方も過度に怪しまれるような言動は控えた方が良い。
「……では、本日の予定を確認します。朝食後、保護局で定期面談。明日からの通学許可と、学校への人間枠編入に関する最終確認。その後、中央区の生活用品店へ立ち寄る申請が出ています。体調不良、匂い酔い誘発、無許可接近、群衆形成の兆候が見られた場合は安全上の理由で即時帰宅となります」
「群衆形成……?」
「人間の外出時には、一定数の獣人が周囲に集まることがあります」
「いやいやそんなアイドルの出待ちみたいな」
「寧夢様」
「……ほんとに?」
「笑い事ではありません」
どうやら冗談でもなんでもないらしく、獣人に囲まれる危険な状態を想像してみる。えっ、四方八方にケモミミが……? ご褒美ってこと……?
……いやいや、頭では笑い事じゃないと分かっている。真面目に聞かなければと、私は背筋を伸ばす。
「外出中は私の半径三歩以内から離れないでください。もし他の獣人から声をかけられても、返答は私の確認を待つこと。接触は原則禁止です。例外は医療上、避難上、もしくは私が必要と判断した場合のみとなります」
「なるほどぉ……」
うーん……安全上合理的な判断だとしても、やっぱり窮屈だなぁとは感じざるを得ない。あ、でも……!
「半径三歩以内ってことは、ルカさんに密着して歩いてもいいってこと?」
「は……!? い、いえ、なるべく控えていただけると……」
私の言葉に、ルカさんは驚愕、赤面した後にやんわりと私の思いつきを拒否する。せっかくルカさんに近づけるチャンスだと思ったのにダメだったのは残念だけど、びくりと耳と尻尾が伸びる反応がかわいくて、私は満足した。……はい、嘘です。撫でたい……。
「冗談、ですよ……もちろん」
「なぜそんな苦しそうな表情を……」
拳を握りしめながらさっきの言葉を冗談だったことにすると、ルカさんはただただ困惑した。まぁ、雇い主の様子が急におかしくなったら困るよね……ごめんなさいね……。
「分かってる、分かってます! 勝手に触ったりしないので、安心してください!」
気を取り直して、自分にもルカさんにも宣誓するように決意を言葉にすると、ルカさんはより一層怪訝な顔を浮かべた。
「……失礼ながら。なぜ触る、という発想が出てくるのですか……?」
「へ……? 愛でたいからですけど……」
「愛で……っ!?」
ルカさんのような毛並みを見たら、そりゃ撫でたくなるというか吸いたくなるというか愛でたくなるのは本能だと思っていたんだけど……この世界の人はそうじゃないのかな……なんて考えを巡らせていると、目の前のルカさんの表情がさっきよりもずっと真っ赤になっていることに気づいた。
はっ……ルカさんは動物じゃないんだから、愛でるとか言ったらセクハラみたいになるじゃん……! その客観的事実に気づいた私は、急いで弁明を始めた。
「ご、ごめんなさい! 言い方が悪かったですよね……私、昔から動物が好きで……獣人さんの……ルカさんの耳とか尻尾とか見てると、ついついこう……触って撫でたり吸ったりしてみたくなってしまうというか……」
「吸ッ!?」
「あぁすみません! やっぱり今のなし……で……」
正直に喋りすぎた自分の口を呪ったその時に、視界の端に揺れ動く何かが映った。尻尾だ……! ルカさんの尻尾が、それはもう激しく、嬉しそうに振られている……!
かっ、かわ……かわいい! やっぱ無理! 我慢できるわけないじゃん! 誘ってるじゃん!
「ごめんなさい! 失礼します!」
「……はっ!?」
衝動のまま、私はルカさんに向かって飛びかかる。私よりも頭一つ背が高いルカさんのうなじにちょうど顔を埋めると、そのまま右手を尻尾に、左手を後ろ髪?の部分へと持っていく。
「す~~~~っ」
「!?!?????」
素晴らしい……毛並みはまさに、丹念に手入れされた良いとこのわんちゃんそのもの。撫でているだけで心が癒やされる。そして匂いは、予想外かつ納得というか……なんというか、“お姉さんの良い匂い”に一抹のケモノ感がスパイスになっているというか……ちょっと待ってね、もうちょっと嗅がせて……。
そうして、恋人でもそうそうやらないような密着具合のまま、私は気が済むまでルカさんの身体を好き放題した。しばらくして満足すると、ようやくルカさんを解放する。
「ふぅ……はっ、ごめんなさい。我慢できなくなっちゃって……」
「ふーっ……ふーっ……いえ……問題、ありません……」
冷静になり、急いでしでかしてしまったことへの謝罪をすると、ルカさんは言葉の上ではあっさりと許してくれた。
でもなんか、すごい息が荒いし、目が血走っているような……?
「ですが……はーっ、体調に問題があり、職務に支障が出る可能性がありますので、ふーっ、本日の寧夢様の護衛は、代理の者を立てます……」
「あ、そうなんですか? ごめんなさい、そんなことも知らず……お大事になさってください!」
「お気遣い……痛み入ります……」
ルカさんは頭を下げると、ふらつく足取りで私の部屋を後にする。
ルカさんの息が荒くて目が血走っていたのは、体調不良のせいだったんだ。そんなこと察せないで、悪いことしちゃったな……。うん、今度もっとちゃんと謝らないと。
そんなこととか、あとたっぷり堪能したルカさんの感触や匂いを反芻しながら、私は代理の騎士がやってくるのを待つ。
……この時の私は、ルカさんが必死に戦っていた“匂い酔い”のことなど、すっかり忘れているのだった。