ヒトケモ比1:1000でも、私はメスケモを撫で回す! 作:ミソギ・罪と罰
昨日、セナさんから、私の行動は求愛に見えると言われた。だから私は、同じ誤解を繰り返さないために確認事項をまとめた。
一、交流当番を続けているのは本人の希望か。二、焼き菓子を受け取ったのは、本当に嫌ではなかったか。三、耳の粉を取ってほしいと頼んだ時、人間からの圧力を感じていなかったか。四、私の匂いが判断へ影響していなかったか。
朝の教室でノートを読み返してみると、確認事項というより、何かの取り調べに見えた。でも、必要なことだと思う。私は友達になるつもりで焼き菓子を渡し、相手は求愛として受け取っていたかもしれない。そんな食い違いが起きたまま進めば、いつか誰かをもっと困らせてしまう。
まずは、一番近くにいるユラさんからである。
「おはようございます、逢苗様」
「おはようございます。ユラさん、少し確認してもいいですか?」
席へ来たばかりのユラさんが、鞄を抱えたまま止まった。黒と白の耳がこちらを向き、すぐ後ろにいるルカさんの大きな耳も動く。
「はい。何でしょう」
「交流当番を今日も続けてくれるのは、ユラさんの希望ですか?」
「そうです」
すぐに答えてくれた。私はノートの一番へ、小さく丸をつける。
「先生や学校から、続けるように言われたわけではないですか?」
「言われていません」
「人間枠の隣を一度断ったら、委員としての評価が下がると思ったりは」
「思っていません」
今度は、返事が少し早かった。
「昨日も言いましたけど、私が続けたいと希望しました」
「はい。ただ、その希望が、私が人間だから断りにくかった結果ではないか確認したくて」
ユラさんの耳が、少し外へ向く。
「断りにくいと思ったことはあります」
正直な答えだった。私は急いで一番目の項目の横へ、注意と書き足す。
「やっぱり、ありましたか」
「最初はです。人間の方へ、嫌だとは言いにくいので」
「では、今も?」
「今は、違います」
ユラさんは鞄を自分の机へ置き、椅子を引いた。いつもなら私の方へ少し向けられる椅子が、今日は机とまっすぐ平行に置かれる。
「最初は仕事だから座りました。でも、二日目も続けたいと言ったのは、私が決めました」
「本当に?」
聞いた瞬間、ユラさんの尻尾が止まった。しまった。言い方がよくなかったかもしれない。
「疑っているわけではなくて、私の匂いの影響とか、人間へ逆らいにくい立場とか、自分では気づきにくい理由もあるのかなと」
「それを言われると、私にも分かりません」
声は丁寧なままだった。
「自分で決めたと思っています。でも、匂いの影響が一つもないかは、私には証明できないです」
「そうですよね」
「証明できなければ、希望したことにはなりませんか?」
顔を上げると、ユラさんの耳は横へ伏せ、尻尾は椅子の脚へ巻きついている。昨日、平等という言葉が嫌だと打ち明けてくれた時とは違う。どう答えればいいか分からなくて、身を小さくしているように見えた。
「そういう意味ではないです。ただ、間違って受け取ったらいけないと思って」
「では、どう答えたら、間違いではないと思っていただけますか?」
分からなかった。本人が希望したと言う。先生にも命じられていない。断りにくさは最初にあったけれど、今は違うとも話している。それでも私は、その奥に本人も気づいていない理由があるかもしれないと考えている。
それを否定する方法なんて、たぶんない。
「……ごめんなさい。聞き方を間違えました」
「いえ」
ユラさんはそう答えたけれど、椅子は机と平行なままだった。
後ろを見ると、ルカさんは何か言いかけるように唇を開き、すぐ閉じた。教室にはほかの生徒もいる。護衛官として口を挟むより、まず私とユラさんの会話を見守ったらしい。
「寧夢様」
それでも、低い声で呼ばれる。
「確認は、相手の回答を受け取るために行うものです」
「はい」
「回答の後に同じ質問を重ねれば、別の答えを求めているように聞こえます」
別の答え。私は「続けたくなかった」と言われるまで、質問を終えないように見えたのだろうか。
「気をつけます」
ノートの端へ、同じことを何度も聞かない、と書き足した。それを見たルカさんの耳が、少しだけ後ろへ倒れた。
☆
昼休みの鐘が鳴ると、私は朝から用意していた空席を見た。ミミルちゃんは毎日必ず来ると言っていないので、席を作ったからといって待つ顔をしてはいけない。そう思って弁当を開き、正面だけを見る。
「寧夢様」
「廊下は見ていません」
「まだ何も申し上げていません」
言われる前に答えてしまった。
隣ではユラさんも弁当を広げている。朝の会話から、必要なことにはいつもどおり答えてくれるけれど、椅子の向きはまだ正面のままで、こちらを見る回数が少ない。
謝っただけでは足りなかっただろうか。もう一度聞きたくなり、やめる。同じことを何度も聞かないと書いたばかりだ。
「こんにちは」
教室の戸口から、小さな声がした。ミミルちゃんが、今日も弁当の包みを抱えて立っている。長い耳は少し後ろへ傾いているけれど、昨日より足元は迷っていなかった。
「こんにちは、ミミルちゃん」
嬉しい……!
声に出す代わりに笑って返すと、ミミルちゃんの耳がこちらを向いた。そのままルカさんから距離の確認を受け、空いている椅子まで自分で歩いてくる。
「今日も、来ました」
「うん。来てくれて嬉しいです」
言ってから、私は朝の確認事項を思い出した。来てくれて嬉しい。それは本当だ。でも、ミミルちゃんが来た理由を、私は知ったつもりになっていないだろうか。
「ミミルちゃん。一つだけ聞いてもいいですか?」
「はい」
「今日ここへ来たのは、ミミルちゃんが来たかったからですか?」
長い耳が、少しだけ立つ。
「そうです」
「セナさんに誘われたからとか、昨日また来ると言ってしまったから、ではなくて?」
「……違います」
一つだけのつもりが、二つになった。でも、これは理由の確認で、同じ質問ではない。
「私が人間だから、来ないと失礼になると思ったわけでもないですか?」
「思って、いません」
「匂いの影響で、近くにいたくなった可能性は」
ミミルちゃんの長い耳が、ゆっくり後ろへ倒れた。
「それは、分かりません」
朝、ユラさんから聞いたのと同じ答えだった。
「匂いは、好きです。寧夢さんの近くにいると、落ち着きます。でも、それだけじゃないです」
「匂いがなかったとしても、来たいと思いましたか?」
「分かりません」
声が、少しずつ小さくなる。
「匂いがない寧夢さんには、会ったことがないから。私には、比べられません」
そのとおりだった。私は、存在しない条件を持ち出して、ミミルちゃんの気持ちを試そうとしている。
「ごめんなさい。変なことを聞きました」
「……私、来たら、だめでしたか?」
胸の奥が冷えた。
「違う。来てほしかったです。今日も会えて嬉しいです」
「でも、来た理由を、ずっと違うかもしれないって言います」
ミミルちゃんは弁当の包みを膝へ置いたまま、指先をきつく重ねている。隠すように倒れた耳の先が、肩へ触れていた。
「私、昨日、また来ますって言いました。今日は、自分でここまで来ました」
「うん」
「それでも、私が来たかったって言うだけでは、足りないですか?」
足りる、とすぐに答えるべきだった。でも、頭の中では、匂いの影響、人間への遠慮、昨日の約束、セナさんに背中を押された記憶が順番に浮かんでくる。それらを全部確認しなければ、本当に本人の意思を大切にしたことにならない気がしていた。
黙った時間は、ほんの数秒だったと思う。ミミルちゃんには、もっと長く感じられたのかもしれない。
「寧夢様。ここで確認を止めてください」
ルカさんの声がした。強い声ではない。けれど、職務上の判断を告げる時と同じ、迷いのない声音だった。私は口を閉じ、振り返る。
「拒否を尊重することと、相手の肯定を信じないことは別です」
ルカさんの大きな耳は立ち、まっすぐ私へ向いていた。
「寧夢様は、嫌だという回答であれば、一度で受け入れるおつもりですね」
「はい」
「ですが、会いたい、続けたい、触れてほしいという回答には、別の理由がないか何度も確認されています」
言われて、朝からの会話を思い返す。ユラさんが続けたいと言っても、立場や匂いのせいではないかと聞いた。ミミルちゃんが来たかったと言っても、約束や匂いのせいではないかと聞いた。
二人が嫌だと言う可能性は信じているのに、嬉しい、続けたい、会いたいと言う可能性は信じていない。
「否定だけを本人の意思として採用するのであれば、それは選択を尊重したことにはなりません」
静かな言葉だった。怒られたとは思わなかった。ルカさんは朝から、私が自分で気づくのを待ってくれていた。それでもミミルちゃんまで困らせたから、今度は止めてくれたのだ。
「私は、二人に無理をさせたくなくて」
「存じています」
「でも、無理をしていないと言ってくれたことまで疑ったら、二人は何を言っても自分で決めたことにできない」
「はい」
選ばせたいと思っていたのに、実際には、私が安心できる答えだけを本当の選択にしようとしていた。
私は椅子へ座り直し、まずミミルちゃんを見た。長い耳はまだ伏せられている。
「ミミルちゃん、ごめんなさい」
理由を並べる前に、頭を下げた。
「来たかったって言ってくれたのに、信じませんでした。匂いが好きなことも、昨日約束したことも、全部含めてミミルちゃんの気持ちなのに、どれかを取り除かないと本物じゃないみたいに聞いてしまいました」
ミミルちゃんの指先が、少し緩む。
「もう一度答えさせてほしい、とは言いません。今日ここへ来てくれたことを、ミミルちゃんが選んだこととして信じます」
長い耳が、ゆっくり持ち上がった。
「……はい」
小さな声だった。でも、その先を確かめる質問はしない。次に、隣のユラさんへ向き直る。
確認事項には、ちゃん付けで呼ぶことを本当に嫌ではないか、という質問も残っている。でも、ミミルちゃんは以前、嫌ではないと答えてくれた。今はその言葉まで聞き直す必要はない。
「ユラさんにも、ごめんなさい。交流当番を続けたいって何度も言ってくれたのに、私が納得できるまで証明してもらおうとしました」
「私は、最初に断りにくかったことも、本当です」
「うん」
私は頷く。
「でも、今は自分で続けていると言ってくれたことも、本当です。どちらかを消さずに、そのまま信じます」
ユラさんはしばらく私を見た後、机と平行だった椅子を、ほんの少しだけこちらへ向けた。
「それなら、よいと思います」
朝と同じ言葉なのに、声は少し柔らかかった。完全に元どおりになったとは言えないかもしれない。それでも、二人の顔を見て安心したかどうかを尋ねるのは、今はやめておく。
「お昼、食べましょうか」
「はい」
「……食べます」
三人で弁当を開く。ミミルちゃんの耳はまだ少し後ろへ傾いているけれど、隠されてはいない。ユラさんの尻尾も、椅子の脚からゆっくりほどけていった。
私は自分の弁当から卵焼きを取り、口へ運ぶ。以前なら二人にも食べるか聞いたかもしれないけれど、今それをやれば、また別の意味に見えるのだろうか。一瞬だけ迷い、今日は自分で食べることにした。卵焼きは普通においしくて、普通に食べただけなのに少し寂しい。
でも、怖がって何もしなくなるのも違うはずだ。何かを渡したい時は一度だけ嫌かどうかを聞き、受け取ると言われたら信じる。断られたら、それも信じる。たぶん、それでいい。
「寧夢様」
「はい」
「確認事項のノートは、後ほど見直してください」
「全部消した方がいいですか?」
「確認そのものが不要なのではありません」
ルカさんは私の机に置かれたノートへ視線を落とした。
「回答を得た後に、寧夢様がどう受け取るかも書き加えることをお勧めします」
私はノートを開き、朝に並べた四つの項目の下へ、新しい一文を書いた。
一度聞く。答えを信じる。
短い。これなら、数学の式みたいに途中で増えることもないだろう。