ヒトケモ比1:1000でも、私はメスケモを撫で回す!   作:ミソギ・罪と罰

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猫耳委員は隣を譲れない

 

 

 一時間目は、授業というより説明会に近かった。

 

 黒板には「人間枠初回交流日程」と書かれている。科目名ではない。日程である。私は教科書を開くつもりで机に向かっていたのだけど、配られた資料の一枚目には、今日の時間割、教室の使い方、交流当番の名前、接触記録の書き方がまとめられていた。思っていたより学校生活っぽい。けれど、思っていたよりずっと、私そのものが授業の一部に組み込まれている。

 

 学校生活、初日から情報量が多い。

 

 いや、大事なのは分かる。私は希少な人間枠で、周りの獣人さんたちにとって匂いが強いらしくて、外とは違って学校では管理された交流をする。分かる。分かるのだけど、登校初日の一時間目から「今日どのタイミングで誰と話すか」が時間割に組み込まれていると、自分が授業を受けに来たのか、何かの交流イベントに配置されたのか分からなくなってくる。

 

 交流イベント。つまり、手順を守れば近くで話せる。……落ち着け、私。

 

「逢苗様」

 

 左隣から、小さな声がした。

 

 ユラさんだった。

 

 猫族のクラス委員。黒と白の混じった短い髪。三角の耳。長い尻尾。さっき資料を手渡してくれた時、指先がほんの少し触れた。柔らかかった。あれを思い出した瞬間、私は反射的に自分の手を握り込む。

 

 思い出すな。いや、思い出すなというのは無理がある。でも授業中である。

 

「はい」

「えっと、今は二枚目を見るところだと思います。鹿鳴先生が、今からそこを説明されるので」

「あ、ありがとうございます」

 

 私は慌てて資料をめくった。紙が多い。時間割、校内案内図、交流の注意、接触記録の下書き用紙。ちゃんと整理したつもりでも、似たような書式が続くと一瞬で迷子になる。

 

 隣から、すっと細い指が伸びた。

 

 ユラさんが、私の机の上にある資料の端を指先で示す。

 

「こちらです」

「助かります、ユラさん」

 

 名前を呼んだ瞬間、ユラさんの耳がぴんと立った。

 

 私は固まった。

 

 またやった?

 

「ご、ごめんなさい。名前で呼ばれるの、苦手でしたか?」

「いえ」

 

 返事が早かった。

 

 ユラさんは自分でも驚いたように一瞬目を丸くしてから、膝の上で指をぎゅっと握った。

 

「苦手、ではないです」

「本当ですか?」

「だめでは、ないです。たぶん」

 

 たぶん。

 

 そこはかとなく不安になる言い方だった。

 

 けれど、本人が苦手ではないと言っているなら、ひとまず信じるべきだと思う。私は頷いて、資料の二枚目へ視線を戻した。ユラさんの耳がまだこちらを向いていることには、気づかなかったことにする。見すぎたらまたルカさんに注意される。

 

 教室後方のルカさんは、壁際に立っていた。

 

 姿勢はきれいで、表情は仕事中そのもの。だけど視線だけは、私とユラさんの机のあたりを静かに追っている。警戒、というより確認。いや、警戒も多分ある。昨日までの自分の実績を思うと、あるに決まっている。

 

「本日の初回交流では、急な接触は行いません」

 

 鹿鳴先生の声が教室に通った。

 

 私は少しだけ肩を落とした。

 

 いや、落とすところではない。落胆するな。初日から急な接触をやらないのは当然だ。むしろちゃんとしている。安全第一。手順大事。

 

 でも、少し残念。

 

「ただし、資料の手渡し、隣席での案内、短時間の質疑応答は初回交流に含まれます。交流当番は、自分の体調と相手の様子を見ながら、無理をせず教員か護衛官に申し出てください。逢苗様も、相手がつらそうに見えた場合は、会話を止めてこちらに知らせてください」

「はい」

 

 私は返事をした。

 

 教室中の耳が、ほんの少しこちらを向いた気がする。

 

 私が返事をしただけなのに。

 

 すごい世界だ。

 

 いや、すごいのは私ではなく人間枠という制度なのだろうけれど、どうにも実感が追いつかない。自分の声や視線や名前の呼び方が、相手にとっていちいち強いらしい。だからこそ、ここでは交流当番がついて、先生とルカさんが見ていて、接触記録も残す。

 

 ちゃんと手順を守れば、近くにいていい。ちゃんと手順を守れば、話していい。ちゃんと手順を守れば、いつかは握手もできる。

 

 うん。最高では?

 

「寧夢様」

 

 後ろからルカさんの声が飛んだ。

 

「顔」

「すみません」

 

 まだ何もしていないのに、顔でばれた。

 

 何の顔かは、たぶんルカさんにしか伝わっていない。教室のどこかで、また小さく笑いがこぼれる。すぐに消えたけれど、さっきより少しだけ柔らかい。私は前を向いたまま、口元だけで小さく笑った。普通には遠い。でも、笑い声があるのは悪くない。

 

「では、初回質疑応答の練習に入ります」

 

 鹿鳴先生が、手元の資料を一枚めくった。

 

「交流当番は、逢苗様から学校生活について質問されたら、分かる範囲で答えてください。逢苗様も、まずは授業や休み時間のことからお願いします」

「はい」

 

 一般的な学校生活。

 

 私は資料に目を落とした。授業の受け方。昼食。休み時間。図書室。部活動。交流当番の交代。いろいろ書いてある。

 

 そして、気になる文字がある。握手。私はそこを見ないようにした。見ないようにしたのに、目が吸い寄せられる。握手。良い言葉である。

 

「寧夢様」

 

 ルカさんの声が低い。

 

「資料への反応を抑えてください」

「読んでいません」

「表情が読んでいます」

「顔、便利すぎませんか」

 

 また小さな笑いが起きた。

 

 今度は、ユラさんの口元もほんの少し動いた。笑った、とまでは言えない。けれど、緊張だけで固まっていた表情に、わずかに隙間ができた気がする。

 

 かわいい。

 

 猫族の子が笑いを堪えると、耳の角度が少しだけ変わるらしい。

 

 これは記録に書くべきだろうか。

 

 いや、書いたら完全に観察日記になる。

 

「ユラさん」

「は、はい」

「質問しても大丈夫ですか?」

「はい。今は、その、質疑応答の時間なので」

 

 大丈夫。そう言ってくれているのと同じだと思った。

 

「交流当番って、途中で交代できるんですよね?」

「できます。体調が悪くなった時や、先生が交代した方がいいと判断した時は、別の生徒が代わることになっています」

「じゃあ、ユラさんが無理そうだったら、遠慮しないでくださいね。私、たぶん嬉しいと顔に出やすいので」

 

 教室が静かになった。

 

 あれ。

 

 正直に言ったつもりだったのだけど。

 

 ユラさんは、目を丸くしていた。耳がゆっくりこちらを向き、尻尾の先が椅子の脚から少し離れる。怒っているわけではなさそうだ。困っている。たぶん、ものすごく困っている。

 

「顔に、ですか」

「はい。えっと、知らないことが多くて、つい見すぎたり、質問しすぎたりするかもしれないので。嫌だったら先生かルカさんに言ってください」

 

 言ってから、私は少しだけ口を閉じた。見すぎる。質問しすぎる。そこまでは言える。でも、耳とか尻尾とか毛並みとか、そういう具体的な単語を本人の前で並べるのはやめた方がいい。昨日から、さすがに少しは学習している。

 

「いえ」

 

 ユラさんは、また返事が早かった。

 

 今度はさっきよりも声が小さい。

 

「見られることは、慣れていませんが」

「慣れていないのと、平気なのは別じゃないですか」

「嫌ではありません」

 

 ユラさんはそう言ってから、少しだけ視線を落とした。膝の上の指が、さっきより強く握られている。

 

 私はそれを見て、胸のあたりがきゅっとした。嫌ではない。そう言ってくれるのは嬉しい。でも、無理しているなら、それはよくない。私のせいで体調を悪くされたら困る。緊張している相手が、さらに無理をするのはよくない。

 

「ユラさん」

「はい」

「嫌じゃないのと、平気なのは別だと思うので」

 

 ユラさんの耳が止まった。

 

「もし平気じゃなかったら、交代しても大丈夫です。私、嫌われたとは思わないので」

 

 今度こそ、教室全体が止まった気がした。

 

 先生がこちらを見る。ルカさんも、わずかに姿勢を変えた。前の席の犬族の生徒は、尻尾を椅子の脚に巻きつけて完全に動きを止めている。

 

 また何か言った?

 

 言ったのだろう。

 

 けれど、何がまずかったのか分からない。無理しないでほしい。平気じゃないなら交代していい。嫌われたとは思わない。そんなに変なことを言ったつもりはない。

 

 ユラさんは、自分の机の上に置かれた当番表を見下ろしていた。

 

「……交代した場合」

 

 ユラさんが、ぽつりと言った。

 

「私、隣の席を外れることになります」

「え」

「初回当番は、別の方に代わります。その、案内は続けられなくて」

 

 そういうことか。

 

 体調のための交代。無理をしないための交代。けれど、それはユラさんが私の隣から離れるということでもある。

 

 私はようやく、少しだけ理解した。

 

 交代していいよ、は安全の言葉だ。

 

 でも、隣にいなくていいよ、にも聞こえる。

 

 ミミルちゃんの時と似ている。

 

 近づかない。無理しない。離れていい。

 

 正しい言葉が、相手にとって寂しく響くことがある。

 

「じゃあ」

 

 私は少し考えてから、声を落とした。

 

「ユラさんが一度交代しても、落ち着いたら、また隣に来てもらえますか?」

 

 ユラさんが顔を上げた。

 

「え」

「一回離れたら終わり、じゃなくて。休憩して、平気になったら、またお願いしますって言いたいです」

 

 言いながら、これもまた変なことを言っているのかもしれないと思った。制度上は先生が決めることで、私が勝手にお願いしていいことではないのかもしれない。だから私は、慌てて鹿鳴先生の方を見る。

 

「先生、そういうのはできますか?」

 

 鹿鳴先生は、一瞬だけ黙った。

 

 細い角の下で、穏やかな目が私とユラさんを交互に見る。怒っているわけではない。けれど、さっきまでの淡々とした担任の顔より、少しだけ考え込んでいる。

 

「できますよ。ただ、本人と護衛官の確認は必要です」

「よかった」

 

 私はほっとして、ユラさんを見る。

 

「じゃあ、交代しても終わりじゃないです。戻ってきてくれたら嬉しいです」

 

 ユラさんの耳が、ゆっくり後ろへ倒れた。

 

 まずい。

 

 怒った?

 

「ユラさん?」

「……はい」

 

 返事はあった。

 

 けれど、声が少し震えている。

 

「今は、継続できます」

「無理は」

「していません」

 

 やっぱり返事が早い。

 

 私は少し迷ってから、頷いた。本人がそう言うなら、ここで押しすぎるのも違う気がした。無理しないでほしい。でも、無理していると決めつけるのもよくない。相手は人。猫族だけど、人である。

 

 ……猫族だけど。

 

 耳が伏せると、本当に猫っぽい。

 

 いや、人。

 

「逢苗様」

 

 鹿鳴先生が、穏やかに声をかけてきた。

 

「今のやり取りも、接触記録に残してください」

「接触してないのにですか」

「交流記録です」

「ですよね」

 

 私は机の上の下書き用紙を見る。

 

 三件目。

 

 ユラさん。交流当番の交代について会話。無理なら交代していいと伝えた。交代しても戻ってきてほしいと伝えた。ユラさんの耳が後ろに倒れた。声が少し震えた。本人は継続可能と申告。

 

 ……書けば書くほど、何か大ごとに見える。

 

 いや、実際に大ごとなのかもしれない。

 

 でも私としては、普通に「休んでも戻ってきていいよ」と言っただけなのだけど。

 

 普通が遠い。

 

「次に、昼食時の同卓について説明します」

 

 鹿鳴先生が話題を進め、教室の空気が少しずつ戻っていく。周囲の生徒たちは、資料へ視線を落としながらも、耳だけはこちらへ向いていた。聞いていないふりをして、完全に聞いている。

 

 昼食。また気になる単語が出てきた。同じ空間でご飯を食べる。距離が近い。手元が見える。尻尾が椅子の下で揺れる。

 

 待って。昼食、危険では?

 

 主に私の理性に。

 

「昼食時、逢苗様は人間枠用席を使用します。初日は交流当番二名が同卓します。担当者は後ほど確認します」

 

 同卓。二名。つまり、隣に誰かが座る。

 

「寧夢様」

 

 ルカさんの声。

 

「顔」

「すみません」

 

 私はまた謝った。

 

 今の顔の理由は、絶対に説明しない方がいい。クラスの何人かが、今度ははっきり口元を押さえた。笑っている。多分、笑っている。よかった。怖がられているだけではないらしい。

 

 でも、私は気づいてしまった。

 

 この学校、授業より交流制度の方が強い。

 

 いや、名門校なのだから授業もきっとすごいのだろう。けれど少なくとも今日は、人間枠の初回交流として、私の一挙一動が学校生活に組み込まれている。挨拶、資料の受け取り、名前を呼ぶこと、昼食の同卓。

 

 全部、記録される。全部、誰かの耳や尻尾を動かす。そして私は、それを見てかわいいと思ってしまう。

 

 危ない。でも、楽しい。この二つが両立しているのが、一番危ないのかもしれない。

 

☆

 

 休み時間になっても、ユラは席を離れられなかった。

 

 本当は、一度だけ交代してもよかった。耳の奥が熱い。心臓が落ち着かない。逢苗様に名前を呼ばれるたび、尻尾の先が勝手に揺れそうになる。初回当番として見れば、少し休んで別の生徒に代わってもらうのはおかしなことではない。

 

 けれど、交代すれば隣席を外れる。

 

 それが嫌だった。

 

 嫌、という言葉を思いついた瞬間、ユラは机の下で膝を揃えた。おかしい。初回当番を務めるクラス委員として、体調管理を優先するべきだ。続けるか、交代するかは、本来なら学校の決まりに沿った判断であって、個人的な感情を挟むものではない。

 

 なのに、逢苗様は言った。

 

『交代しても終わりじゃないです』

 

 そんなことを、普通の人間は言わない。

 

 普通の人間は、近くにいる獣人がつらそうなら下がらせる。代わりが来ればそれでいい。戻ってきてほしい、などと言わない。休んでもまた隣に来ていい、などと言わない。

 

 ユラは自分の机に置かれた当番表を見た。名前がある。ただの役割だ。望んでいる、という意味ではない。近くにいたい、という意味ではない。

 

 そう分かっているのに、この名前の位置を、まだ誰にも譲りたくないと思ってしまう。

 

「ユラさん」

 

 隣から声をかけられ、ユラの耳が跳ねた。

 

 逢苗様は、机の上の接触記録用紙を見ながら困った顔をしていた。

 

「あの、書き方を聞いてもいいですか? これ、相手の反応ってどこまで書けば失礼じゃないんでしょう」

「失礼、ですか」

「耳が動いたとか、尻尾が当たったとか、そういうのを書くの、見すぎかなって」

 

 ユラは、息を止めた。

 

 見すぎ。人間が、獣人の耳や尻尾を見すぎたかもしれないと気にしている。

 

 もちろん、逢苗様は見ている。かなり見ている。前の席の犬族生徒の尻尾にも視線を吸われていた。猫族の耳にも、資料を持つ手にも、こちらの机の上に置かれた当番表にも目が行く。そこは間違いない。

 

 ただ、それが何を意味するのか、ユラには分からない。人間が獣人を見る時の、品定めの視線とも、怖がって距離を測る視線とも違う。明るくて、忙しくて、本人が慌てて隠そうとするような顔だ。

 

 でも、見ていることを気にする。失礼かもしれないと思う。そのたびに、ユラの中で何かがずれていく。

 

「えっと、先生には、客観的に書くようにって言われています。耳の角度とか、尻尾の動きとか、呼吸とか、会話の内容とか」

「なるほど。じゃあ、ユラさんの耳が立った、とかは」

「書くところ、だと思います」

「嫌じゃないですか?」

 

 また、それを聞く。

 

 嫌かどうか。

 

 ユラは少しだけ視線を落とした。嫌ではない。嫌ではないけれど、平気でもない。耳が立ったことを書かれるのは恥ずかしい。尻尾の先が机の脚に当たったことを見られていたのも恥ずかしい。

 

 でも、逢苗様の記録に自分の名前が残る。そう思った瞬間、胸が熱くなった。

 

「嫌では、ありません」

「じゃあ書きます。もし嫌になったら言ってください」

「はい」

 

 ユラは頷いた。

 

 逢苗様は、丁寧にペンを動かし始める。字は思ったより丸い。自分の名前が書かれていくのを見てしまい、ユラは慌てて視線を逸らした。

 

 見てはいけない。でも、見たい。名前を書かれるだけで、こんなに落ち着かないなんておかしい。

 

「ユラさん、字、きれいですね」

 

 唐突に言われた。

 

 ユラは瞬きした。

 

「私の字、見ました?」

「資料の端に書いてあった当番表の字です。読みやすくて助かりました」

「……ありがとうございます」

 

 お礼を言われるのもおかしい。

 

 褒められて、礼を言うのもおかしい。

 

 けれど、逢苗様は何もおかしいことを言っていない顔をしている。自分の言葉がどれほど相手の胸を騒がせているのか、まるで分かっていない。

 

 不思議な人間。距離の取り方が少し変な人間。どうしようもなく、目が離せない人間。

 

「あの」

 

 ユラは、自分でも驚くほど小さな声を出していた。

 

 逢苗様が顔を上げる。

 

「はい」

「昼食の交流当番は、まだ発表されていません」

「そうなんですか」

「はい。ですが、もし鹿鳴先生から確認があった場合、私は……その」

 

 言葉が喉で止まる。

 

 言っていいのだろうか。自分から希望を出すなど、初回当番として前のめりすぎる。今の時点でも十分落ち着いていないのに、昼食まで同席したいなど。

 

 けれど、逢苗様は待っていた。急かさない。目を逸らさない。ただ、こちらの言葉が出るまで待っている。

 

「私でよければ、そのまま担当できます」

 

 言った。言ってしまった。ユラの尻尾が、机の下で椅子の脚に絡みつく。

 

 逢苗様はぱっと表情を明るくした。

 

「本当ですか? 心強いです。ユラさんがいてくれると、すごく助かります」

 

 その瞬間、ユラは交代を申し出るべきだった。たぶん。学校の決まりから見れば、たぶん。でも、口は動かなかった。

 

 胸の奥が熱くて、耳の先まで全部聞こえてしまう。助かる。いてくれると助かる。人間が、獣人の自分にそう言った。

 

 危うい。そう思った。それでも、逃げたくなかった。

 

「……はい。可能な範囲で」

 

 ユラはどうにかそう答えた。

 

 逢苗様は嬉しそうに笑う。その笑顔を正面から受けて、ユラは当番表の自分の名前をもう一度見た。

 

 まだ、大丈夫。

 

 大丈夫ということにした。

 

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