呪術廻戦 ―明日を造る者―   作:ケーケーケー

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第四話 親はいる

 

 釘崎が高専へ来て三日目、創真のもとへ荷物が届いた。

 

 差出人の欄には、母の名前がある。

 

 寮の共有スペースへ運び、机の上で箱を開けると、最初に見えたのは洗濯用のネットだった。その下にタオル、個包装の菓子、実家に置いてきた薄手の上着が詰められている。

 

 上着のポケットから、小さな紙が落ちた。

 

『食事は抜かないこと。届いたら連絡してね』

 

 創真は紙を拾い、携帯の横へ置いた。

 

「何、それ」

 

 廊下から入ってきた釘崎が、箱を覗く。

 

「実家から。置いてきた服とか」

 

「お菓子も入ってるじゃない」

 

「食べる?」

 

「いいの?」

 

「みんなで食べてって、たぶんそういうことだと思う」

 

 袋を取り出すと、その下にもう一枚、紙があった。

 

『お友達にも分けてください』

 

 釘崎が肩越しに読み、笑った。

 

「ほら、合ってる」

 

 創真は菓子を共有の皿へ移した。釘崎は一つ選び、包装を開けながら椅子に座る。

 

「家族も呪術師なの?」

 

「違う。父さんは会社員。母さんも、呪いとか全然知らなかった」

 

「じゃ、どうやってここに来たわけ?」

 

「五条先生に見つかった」

 

 釘崎が眉を上げた。

 

「……それだけ聞くと、怪しいわね」

 

「うちの親も最初は同じ反応だった」

 

 創真はタオルを畳み直し、箱の端へ寄せる。

 

 あの日、家へ来た五条は目隠しを外していた。それでも、玄関先に立つ姿は十分に目立った。

 

 母はまず、創真を自分の後ろへ下がらせた。

 

 父が帰ってくるまで、話は玄関でしか進まなかった。

 

「そりゃ警戒するわよ」

 

「あとで学校の資料とか、ちゃんと説明してくれたんだけどな」

 

「あとで、じゃ遅いのよ」

 

 釘崎の言うことはもっともだった。

 

 創真は苦笑し、携帯を手に取った。

 

*

 

 荷物が届いたと送ると、すぐに母から電話が掛かってきた。

 

 創真は廊下へ出る。夕方の窓は開いていて、山の方から風が入っていた。

 

「届いた。ありがと」

 

『上着、入ってた?』

 

「入ってた。ネットも」

 

『服、傷める前に使ってね。前に送ったのは?』

 

「ある。洗濯機の横」

 

『そこにあるだけじゃ意味ないでしょう』

 

 創真は窓枠へ肘を置き、笑った。

 

 母は続いて、食事と睡眠のことを尋ねた。新しく来た同級生について話すと、声が少し明るくなる。

 

「今、一年は四人。女の子が一人、来たばっかり」

 

『仲良くできそう?』

 

「もう一緒に出かけた。お菓子も、今食べてる」

 

『よかった。お父さん、創真から電話』

 

 向こうで椅子を引く音がした。

 

 少しして、父の声に替わる。

 

『元気か』

 

「元気。父さんは?」

 

『こっちは変わらん。……仕事には、もう行ってるのか』

 

「授業と訓練が中心。外へも行くけど、先生が付いてる」

 

 廃ビルの任務では、子供が捕まっていた。

 

 その話をどこまで伝えるか、創真は一瞬迷った。

 

「この前は、人を一人助けた。怪我も大したことなくて、家族に連絡できたって」

 

『お前の怪我は』

 

「ないよ」

 

『そうか』

 

 父の声が、少しだけ低くなった。

 

『強いのは分かってる。先生からも聞いた』

 

「うん」

 

『ただ、怪我をしなかったから、何でも引き受けていいってわけじゃないぞ』

 

 創真は窓の外へ目を向けた。

 

 父も母も、呪霊を見ることはできない。自分がどれだけの呪力を持っているのか、どう戦っているのかも、直接は分からない。

 

 五条が説明してくれたあとでさえ、電話のたびに怪我のことを聞く。

 

 以前なら、またかと思ったかもしれなかった。

 

「分かってる。一人じゃないから」

 

『それならいい』

 

 母が横から何か言った。父が、今度帰る日が分かったら早めに知らせるよう伝える。

 

「分かった。二人とも、また連絡する」

 

 通話を切って振り返ると、廊下の先に虎杖がいた。

 

 手には洗濯物を抱えている。

 

「悪い。通っていいか迷って」

 

「全然。家から電話」

 

「うん。聞こえた」

 

 創真は窓から離れ、道を空けた。

 

「共有スペースに菓子あるぞ」

 

「お、ありがと。これ干したら行く」

 

 虎杖はいつもの調子で笑い、廊下を歩いていった。

 

*

 

 夜、創真は共有スペースで荷物の箱を畳んでいた。

 

 菓子は半分ほどになっている。釘崎が食べ、虎杖が食べ、伏黒も本を取りに来たときに一つ持っていった。

 

 机には、母からの二枚の紙が残っていた。

 

 捨てる気になれず、創真は上着のポケットへ戻す。

 

 そのとき、虎杖が飲み物を二本持って入ってきた。

 

「どっち飲む?」

 

「こっち。いくら?」

 

「今日はいい。菓子もらったし」

 

 虎杖が缶を置き、向かいへ座る。

 

 創真は箱を机の下へよけた。

 

「洗濯、終わった?」

 

「干した。明日には乾くと思う」

 

「よかった」

 

 缶を開ける音が、二つ続いた。

 

 虎杖は一口飲んでから、皿へ目を向けた。

 

「朝霧って、いつから呪霊が見えてた?」

 

「小さい頃から。みんなには見えてないって気づいたのは、もう少しあと」

 

「怖くなかった?」

 

「怖かったよ。変なのがいても、誰も気にしないんだから」

 

 虎杖はうなずいた。

 

 創真は缶を両手で包む。

 

「物を作れるのも、人にはあんまり見せなかった。説明しにくくて。親は知ってたけど、それが何なのかは分かんなかった」

 

「それで、五条先生?」

 

「中二のとき、近所で事件があったんだ」

 

 創真は少し考えてから、続けた。

 

「雨の日。買い物から帰る途中で、商店街の建物の中にでかいのが見えた。人がまだいたから、入った」

 

 天井の照明が割れ、ガラスが床へ落ちていた。

 

 人々は揺れた棚から逃げようとしている。棚を押したものが見えず、出口の前に何がいるのかも分かっていなかった。

 

 創真には、それが見えていた。

 

 呪霊が腕を振り上げる。その前で、小さな子供が転んだ。

 

「壁を作って、人と呪霊を分けた。あんなに大きいのを作ったのは、そのときが初めてだった」

 

「できたんだ」

 

「できた。思ってたより、ずっと」

 

 腕が壁へ当たった音を覚えている。

 

 壁は割れなかった。

 

 創真は出口まで通路を作り、人を逃がした。呪霊が壁を迂回してきたところで、槍を構築して突き出した。

 

 それまで手の中で作っていた小さな部品とは違い、両手で支えても余るほど長い槍だった。

 

「そこで祓った。呪霊とか、祓うとか、言葉を知ったのはあとだけど」

 

「先生が来た?」

 

「少しあと。俺が作った壁が残ってて、それを調べに来たんだって」

 

 傘を片手に現れた五条は、壁と創真を交互に見た。

 

 何をしたのか尋ねられ、創真は答えた。怒られると思っていた。建物の中へ勝手に入り、壁を何枚も置いたのだから。

 

 五条はまず、創真の手と顔を確かめた。

 

 怪我がないと分かると、その場へしゃがみ、使った力について説明を始めた。

 

「その日は親にも話して、あとから学長にも会った。普通の中学に通いながら、先生に教わってたんだ。休みの日とか、放課後とか」

 

「じゃ、先生とは長いんだな」

 

「二年くらい。最初の頃、親が毎回付き添ってた」

 

「あの先生なら、ちょっと心配になるかも」

 

「そうなんだよ」

 

 二人で笑った。

 

 笑いが収まると、虎杖は缶の縁を指でなぞった。

 

「さっき、電話してるの見てさ」

 

 創真は黙って、続きを待った。

 

「じいちゃんのこと思い出した」

 

 虎杖の声は、いつもより静かだった。

 

「俺、じいちゃんに育てられたんだ。こっち来る前まで、病院にいた」

 

「今は?」

 

「亡くなった」

 

 創真は缶を机へ置いた。

 

 虎杖は顔を伏せてはいなかった。ただ、視線が机の端へ向いている。

 

「伏黒に会った日。病院で話して、そのあと……帰るときには、もういなかった」

 

「……そうか」

 

 ほかに何と言えばいいのか、すぐには分からなかった。

 

 自分の父も母も、今日は元気に話していた。虎杖がその声を聞いていたことに、今になって気づく。

 

「最後、何話した?」

 

「人を助けろって。俺は力があるから、できることをしろってさ」

 

 虎杖は口元だけで笑った。

 

「いつも言い方きつかったんだけど、あの日もそうで。まだ文句言えるくらい元気だって、思ってた」

 

 廊下の向こうで、扉が閉まる音がした。

 

 二人とも、そちらへは顔を向けなかった。

 

「じいちゃんに言われたから、それだけでここに来たわけじゃない。自分で決めた。学長にも、それは話した」

 

「うん」

 

「でも、何かあると考えるんだよな。じいちゃんなら、何て言うかなって」

 

 創真は少し迷い、聞いた。

 

「今日の洗濯なら?」

 

「え?」

 

「服、ちゃんと干したって話」

 

 虎杖が瞬きをした。

 

 それから、短く笑った。

 

「しわ伸ばしたかって聞くと思う」

 

「伸ばした?」

 

「……ちょっと怪しい」

 

「明日、怒られるな」

 

「だな」

 

 虎杖は笑ったまま、皿の菓子を一つ取った。

 

 包装を開けるまでに、少し時間が掛かった。

 

 創真は何も急かさず、自分も一つ取る。

 

「今の話、ほかのやつにも聞かれて平気?」

 

「うん。隠してるわけじゃない」

 

「分かった。俺からわざわざ話したりはしない」

 

「ありがと」

 

 虎杖が菓子を口へ入れる。

 

 二人はしばらく、黙って食べた。

 

 創真は、祖父のことを全て聞いたわけではない。虎杖が今日どれだけ寂しかったかも、分からない。

 

 話し足りないなら、聞こうと思った。

 

 けれど虎杖は、食べ終えると缶を持ち上げた。

 

「これ、うまいな。朝霧んちの近くで売ってんの?」

 

「母さんがよく行く店。今度、違うのも送ってって言っとく」

 

「そこまでしなくていいって」

 

「俺も食いたいから」

 

 虎杖は少し考えてから、うなずいた。

 

「じゃ、楽しみにしてる」

 

*

 

 時計が十時を回ったところで、創真は空いた缶をまとめた。

 

「明日、何時からだっけ」

 

「九時。昨日の続き」

 

 虎杖が答え、椅子から立つ。

 

「その前に走る?」

 

「朝飯のあとで。食わないと、また母さんに言われる」

 

「何か、想像できる」

 

 虎杖が笑い、机の下の段ボールを拾った。

 

「これ、捨てるやつ?」

 

「うん。そこまで持つよ」

 

「いいって。近いし」

 

 二人で共有スペースを出た。

 

 廊下の途中で釘崎とすれ違う。彼女は虎杖の持つ段ボールを見て、足を止めた。

 

「お菓子、もうないの?」

 

「まだある。机の上」

 

「なら、いい」

 

 釘崎は返事をして、そのまま共有スペースへ向かった。

 

 角を曲がると、洗濯物が吊られているのが見えた。

 

 虎杖が自分のシャツへ手を伸ばし、裾を引いた。肩の位置を直し、袖を伸ばす。

 

 創真は隣で、段ボールを受け取った。

 

「そこ、裏返ってる」

 

「あ、本当だ」

 

 虎杖が袖を直す。

 

 次のシャツにも手を伸ばすまで待ってから、創真は畳んだ箱を回収場所へ運んだ。

 

 部屋へ戻る前に、母へ短いメッセージを送る。

 

『お菓子、みんなで食べた。ありがとう』

 

 返事はすぐに来た。

 

『よかった。おやすみ。明日も気をつけてね』

 

 創真はそれを読んでから、携帯をポケットへしまった。

 

 廊下の向こうでは、虎杖が最後の一枚を干し直していた。

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