異邦魔王の違法魔法   作:冒険者小隊

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向こう側の顔に

金曜の夜。東の塔の一室には、どこか重たい空気が漂っていた。

 

円卓を囲む四人の前には、ガリアンが開いたメッセージウィンドウが浮かんでいる。昨夜、レギオンワンズのギルドマスターに送った連絡への返事だった。

 

「マスター、ガラファルゼの件は本気で礼を言ってた。攻略の計画は一度白紙に戻して、練り直すってさ。」

 

「アコギの事は?」

 

バヨネットが尋ねる。ガリアンは少しだけ言い淀んだ。

 

「……『あいつには悪い事をした』って。何があったのか、自分でもちゃんと把握できてなかったみたいだ。今、ギルドの中でそれとなく聞いて回ってるらしい。」

 

「そっか。」

 

それ以上、誰も何も言わなかった。外の人間である自分たちにできる事は、もうほとんどない。分かってはいても、喉の奥に小骨が刺さったような感覚は消えなかった。

 

ベンケイは、円卓に頬杖をついたまま、ぼんやりとウィンドウを眺めていた。その目の下には、アバター越しでも分かるほどの疲れが滲んでいる。今週は月曜から棚卸しの手伝いが続いて、昨日も遅くまで残業だったと言っていた。

 

シュバルツは、そんな三人の顔を順番に眺めていた。

 

(……みんな、ちょっと疲れてるわねェ。)

 

アコギの件。レギオンワンズの件。それに、それぞれの現実。ここ数日で、楽しいだけではない話が一気に増えた。ゲームの中にいるはずなのに、皆どこか肩に力が入っている。

 

こういう時に空気を変えるのは、自分の役目だ。少なくとも、自分が好きで演じている『姐さん』なら、きっとそうする。

 

シュバルツは、ぱん、と両手を打った。

 

「ねえ。一回、向こうで顔合わせて飲まない?」

 

〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜

 

三人が、一斉にシュバルツの方を見た。

 

「……向こうって、リアルでか?」

 

「そ。オフ会よ、オフ会。」

 

シュバルツはにっこりと笑った。

 

「私たち、もう二年近く一緒に遊んでるのに、ちゃんと顔合わせた事ないじゃない。私とこの人は大学からの付き合いだからともかく、ガリアンちゃんとベンケイちゃんとは一度も会った事ないでしょ?」

 

「いいじゃねえか、それ。」

 

最初に乗ったのは、バヨネットだった。

 

「ここんとこ、重てえ話ばっかりだったしな。一回、ゲームの外で何も考えずに飲むのも悪くねえ。」

 

「でしょ?」

 

ガリアンは、少しだけ視線を泳がせた。

 

「……俺、ネットで知り合った人と会うの、初めてなんだけど。」

 

「あら、緊張する?」

 

「するだろ、普通。」

 

ガリアンは頭をかいた。

 

(それに、三人とも社会人なんだよな。)

 

自分だけが学生で、一番年下だ。ゲームの中では対等に話していても、現実で顔を合わせたら、その差が急に目に見えてしまう気がした。何を話せばいいのか。浮いてしまわないか。考え出すと、きりがなかった。

 

「別に、ここで話してるのと何も変わんねえよ。」

 

バヨネットが、ガリアンの迷いを見透かしたように言った。

 

「いつも通り喋ってりゃいい。お前の作る武器の話、俺らは毎回楽しみにしてんだからな。」

 

「……そっか。」

 

ガリアンは少しだけ肩の力を抜いた。

 

残るはベンケイだった。彼は黙ったまま、円卓の木目を指でなぞっていた。

 

(向こうの、俺か。)

 

こっちでは単独で魔王を倒した男として一目置かれている。でも向こうでは、毎日先輩に叱られている、ただの新人だ。会えば、それがばれる。こっちの自分の方がずっと好きなのに、わざわざ向こうの自分を見せに行く。それが、少しだけ怖かった。

 

「ベンケイちゃん。」

 

シュバルツが、柔らかい声で呼んだ。

 

「この前言ったでしょ。向こうで踏ん張ってるあなたも、ちゃんと褒めてあげなさいって。」

 

「……はい。」

 

「だから、今度は私たちにも褒めさせてちょうだい。向こうのあなたを。」

 

ベンケイは顔を上げた。シュバルツはいつものように、からかうような笑みを浮かべている。でもその目は、少しも笑っていなかった。

 

しばらくの沈黙の後、ベンケイは小さく頷いた。

 

「……行きます。」

 

「決まりね♡」

 

〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜

 

日取りは、明日の土曜の夕方に決まった。幸い、四人とも住んでいる場所はそう遠くない。ターミナル駅前の時計台の下で待ち合わせて、近くの居酒屋に入る事になった。

 

「店は俺が押さえとく。」

 

「さすが営業、こういうの早いわねェ。」

 

段取りがまとまりかけた頃、部屋の扉が軽く叩かれた。返事をする前に、サンブラルがひょいと顔を覗かせる。後ろには、ウレインも控えていた。

 

「よう。何だか楽しそうな話してんじゃねえか。」

 

「サンブラルさん。」

 

「おふかい、ってのは何だ?」

 

どうやら、扉の外まで声が漏れていたらしい。バヨネットが苦笑しながら説明した。

 

「俺たちが、自分の世界で実際に顔を合わせて会うことだよ。ゲームの中じゃなくてな。」

 

「ほう。」

 

サンブラルの目が、興味深そうに光った。

 

「お前らの、向こうの顔ってわけか。」

 

「そういう事です。」

 

「俺も行く。」

 

一瞬、部屋が静まり返った。それから四人は、揃って吹き出した。

 

「無理だろ、それは。」

 

「あんた、ゲームの中の人だぞ。」

 

「向こうの世界に来られるわけないじゃない。」

 

皆が笑う中で、サンブラルだけは笑っていなかった。顎に手を当て、何かを測るように、窓の外の夜空を見上げている。

 

「どうだかな。」

 

ぽつりと、彼は言った。

 

「世界を渡るのは、俺の得意分野だ。」

 

笑い声が、少しだけ途切れた。

 

冗談なのか、本気なのか。その横顔からは、何も読み取れなかった。

 

ガリアンは、ふと水曜の授業の夜を思い出していた。鍵をかけられている、と言ったあの時と、同じ目をしている気がした。

 

だが次の瞬間、サンブラルはいつもの調子でひらひらと手を振った。

 

「まあ、今回はやめとく。お前らの楽しみを邪魔しちゃ悪いからな。」

 

「……びっくりさせないでよ、もう。」

 

シュバルツが胸を撫で下ろす。サンブラルは笑って、円卓の空いた椅子にどかりと腰を下ろした。

 

「その代わり、土産話は持って来いよ。お前らの向こうの顔がどんなだったか、一つ残らずな。」

 

「向こうの世界の皆様は、どのようなお姿なのでしょうか。」

 

後ろに控えていたウレインが、珍しく自分から口を開いた。

 

「こちらと、同じお姿なのですか?」

 

「いや、全然違う。」

 

四人は、なぜか揃って即答した。

 

ウレインは不思議そうに首を傾げ、それから、ほんの少しだけ残念そうに言った。

 

「……一度、拝見してみたかったものです。」

 

その言葉に、誰も上手く返せなかった。

 

〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜

 

その夜、四人がログアウトした後の塔の部屋で、サンブラルは一人、窓辺に立っていた。

 

光の粒になって消えていった四人が、今どこにいるのか。彼らの言う『向こう』が、どんな場所なのか。

 

彼は試しに、自分の足元に落ちる影へと意識を沈めてみた。四人の影に潜ませておいた意識の欠片は、彼らがログアウトした瞬間から、ぷつりと途切れたままだ。その先には、何も見えない。ただ、どこまでも続く暗闇の向こうに、薄く、硬い何かがあるような気がした。

 

壁なのか、膜なのか。それとも、ただの錯覚か。

 

「……ま、今はいいか。」

 

サンブラルは小さく呟いて、窓を閉めた。

 

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