異邦魔王の違法魔法 作:冒険者小隊
秋の土曜の夕方。少し肌寒くなってきた風の中、ターミナル駅前の時計台の下は、待ち合わせの人でごった返していた。
約束の十分前。パーカー姿で、金髪を後ろで一つに縛った吊り目の青年が、スマートフォンの画面と周囲を落ち着きなく見比べていた。ガリアンだ。
(目印は時計台の下。黒いリュック。……俺の方は、それで伝わってるはず。)
緊張で、さっきから三回はグループチャットを見返している。『着いた』『時計台の東側にいる』。送った後で、東側がどっちなのか自分でもよく分からなくなった。
「……あの。」
背後から、控えめな声がかかった。振り返ると、ワイシャツ姿の青年が立っていた。少し伸びかけた黒髪に、垂れ気味の目。社会人というより、まだ学生と言われた方がしっくりくるような若さの残る顔に、少し困ったような笑みを浮かべている。
「もしかして、ガリアンさん……ですか?」
「え、あ、はい。……え、ベンケイ?」
「はい。ベンケイです。」
ガリアンは思わず相手の顔をまじまじと見つめた。ゲームの中のベンケイは、方天戟を軽々と振り回す強面の大男だ。それがこの、どこにでもいそうな、人の良さそうな青年だとは。
「……全然、イメージと違う。」
「よく言われます。」
ベンケイは苦笑した。
「会社帰りなんです。午前だけ出勤で。」
「土曜も?」
「棚卸しが終わらなくて。」
疲れた顔で笑うベンケイに、ガリアンは何と返していいか分からず、とりあえず「お疲れ」とだけ言った。ベンケイは、少しだけ嬉しそうに頷いた。
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「で、あとはバヨネットと姐さんか。」
二人は人混みを見渡した。バヨネットからは、少し前に『もう着く』と連絡が来ている。シュバルツと一緒に向かっているらしい。
「姐さんって、どんな人だと思う?」
「……ゲームの印象のまんまなら、背が高くて、がっしりしてて。」
「髭とか生えてそうだよな。」
「声も低そうですよね。」
二人は、それらしき人物を探して視線をさまよわせた。体格のいい男が通るたびに、ちらりと顔を確認する。だが、それらしい人物はなかなか見当たらない。
「おーい。」
人混みの向こうから、聞き覚えのある声がした。紺のジャケットに黒縁眼鏡、短く整えた黒髪の男が手を上げている。垂れ目のせいか、人懐っこい笑顔がどこか胡散臭い。
「バヨネット!」
「よう。二人とも、イメージ通りだな。……いや、ベンケイは全然違うか。」
「よく言われます。」
「バヨネットは……なんか、そのまんまだな。」
「どういう意味だよ。」
「いや、胡散臭いところが。」
ガリアンの率直な感想に、ベンケイが小さく吹き出した。
バヨネットは笑って、それから肩越しに後ろを振り返った。
「で、こっちが。」
バヨネットの後ろから、一人の女性がひょいと顔を出した。少し吊り目がちの、いかにも快活そうな顔立ち。そこにいるだけで、周りの空気まで明るくなるような雰囲気の人だった。
ガリアンとベンケイは、きょとんとした顔で彼女を見た。それから、その周囲を見回した。
「……あれ、姐さんは?」
「まだ来てないんですか?」
二人の反応に、バヨネットが堪えきれずに肩を震わせ始める。女性は、くすりと笑って、一歩前に出た。
「ここにいるけど?」
聞き慣れない、柔らかい女性の声だった。
だが、その口調の端に、ほんの僅かに、耳慣れた響きが混じっていた。
「お待たせ、ガリアンちゃん、ベンケイちゃん。シュバルツよ。」
時計台の下で、二人の時間が止まった。
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「いや、待って。待ってください。」
居酒屋の個室に通されてからも、ガリアンはまだ混乱していた。
「二年。二年だぞ。俺、二年間ずっと、姐さんのことオネエ口調の男だと思ってたんだけど。」
「僕もです……。」
ベンケイは、乾杯したばかりのジョッキを両手で握りしめたまま固まっている。
「あら、別に隠してたわけじゃないわよ。聞かれなかったし。」
シュバルツは、けろりとした顔で枝豆をつまんでいた。
「お前も知ってたなら言えよ!」
ガリアンが矛先をバヨネットに向ける。バヨネットは悪びれもせずに肩をすくめた。
「言ったら面白くねえだろ。今日のお前らの顔が見たかったんだよ。」
「最低だ……。」
「でも、どうして男の人のキャラを?」
ベンケイが、おずおずと尋ねた。シュバルツは少しだけ考えて、それからあっさりと答えた。
「好きだからよ。ああいうキャラクター。」
「好き……?」
「頼りになって、ちょっとお節介で、言いたい事はちゃんと言う、オネエ口調の兄貴分。昔から、ああいう人が出てくる話が大好きなの。だから、自分でもやってみたくなっただけ。それ以上でも以下でもないわよ。」
あまりにも屈託のない答えだった。ガリアンとベンケイは、顔を見合わせた。
「……そっか。」
ガリアンが、ふっと笑った。
「なんか、姐さんらしいな。」
「でしょ? あ、ついでだし本名も言っとこっか。大黒照美。でも、呼び方はシュバルツのままでいいわよ。」
「天野晴久。俺も今まで通りでいい。」
「安元誠司です。……俺も、ガリアンで。」
「古谷勉です。ベンケイで、お願いします。」
四人は顔を見合わせて、少し笑った。名前を知ったところで、結局呼び合うのは、いつもの名前だった。
「でも、姐さん、普段は普通に喋るんですね。」
ベンケイの言葉に、シュバルツはジョッキを傾ける手を少しだけ止めた。
「こっちじゃ、これが普通よ。」
それから、少し照れくさそうに笑った。
「……あっちの喋り方の方が、ちょっとだけ勇気が出るのよね。普段なら飲み込んじゃうような事も、あの役でなら言える。だから、ベンケイちゃんにあんな偉そうな事が言えたのも、半分はあっちの私のおかげかな。」
ベンケイは、何か言いかけて、やめた。代わりに、ジョッキを持ち上げた。
「……でも、言ってくれたのは、姐さんです。」
シュバルツは一瞬目を丸くして、それから、嬉しそうに自分のジョッキを軽くぶつけた。
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酒が進むにつれ、話題は自然と、それぞれの現実の話へと移っていった。
バヨネットは、取引先の担当者の愚痴をひとしきりこぼした。ゲームの中の紳士然とした姿とも、パーティ内の荒っぽい口調とも違う、どこか疲れた二十七歳の会社員の顔だった。
「客先じゃ笑顔、上司の前でも笑顔。家帰ったら、もう顔の筋肉が動かねえんだよ。」
「あっちの紳士も笑顔じゃないですか。」
「あれは別。あれは俺が好きでやってる笑顔だからな。」
ガリアンは、大学の話をした。単位の事、ゼミの事、まだ何も決まっていない将来の事。
「正直、来年から就活とか言われても、何がしたいのか全然分かんないんだよな。」
「武器作ればいいじゃない。」
「ゲームの中の話だろ、それ。」
「でも、あんたが一番楽しそうなの、何か作ってる時よ。向こうでも、こっちでも。それって、結構大事なヒントだと思うけどネ。」
シュバルツの何気ない一言に、ガリアンは少しだけ黙り込んだ。
ベンケイは、最初はあまり喋らなかった。だが、バヨネットに「棚卸しってそんなに大変なのか」と水を向けられて、ぽつりぽつりと話し始めた。数え間違えて叱られた事。先輩の指示が分かりにくくて、聞き返すのが怖い事。それでも、パートのおばちゃんたちが時々飴をくれる事。
「……こっちの僕、こんなもんなんです。」
話し終えたベンケイが、少し自嘲気味に笑う。
バヨネットが、ジョッキを置いた。
「一年目なんて、皆そんなもんだよ。俺なんか、一年目に取引先の名前間違えて、部長と一緒に菓子折り持って謝りに行ったからな。」
「え。」
「ちゃんと毎日行ってんだろ。それで十分すげえよ。」
ベンケイは、驚いたような顔でバヨネットを見た。それから、少しだけ目元を緩めた。
「……はい。」
シュバルツは何も言わず、ただ嬉しそうに笑っていた。ガリアンは、ベンケイの横顔を見ながら思った。ゲームの中で槍を振るう大男と、目の前の穏やかな青年。全然違うのに、不思議と同じ人なのだと、すんなり腑に落ちた。
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「それにしても、サンブラルさんの事だけど。」
二杯目のジョッキが空になった頃、ガリアンが声を落とした。
「ちょっと、気になってる事があるんだ。」
「風の噂、だろ。」
バヨネットが、すぐに頷いた。
「あの人、知ってるはずのない事を知ってる。酒場の時も、アコギの時も。月曜も、ガリアンがログインした十秒後に現れたんだろ?」
「ああ。」
「何それ。もしかして、私たち見張られてる?」
シュバルツが眉をひそめる。ベンケイが首を傾げた。
「でも、ウレインさんの事は、見張ってないって言ってましたよね。信頼してるから、って。」
「つまり、信頼されてねえのは俺たちってことか。」
バヨネットが冗談めかして言った。だが、誰も笑わなかった。
しばらくの沈黙の後、シュバルツが口を開いた。
「……でも、もし本当に見張られてるとしても。」
「うん?」
「あの人、それで私たちに何か悪い事した?」
三人は、顔を見合わせた。
酒場ではウレインとの誤解を解きに飛んできた。アコギの件は、古い付き合いのレギオンワンズが危ないからと知らせに来た。どれも、彼らのためになる事ばかりだった。
「……まあ、そうだな。」
バヨネットが、ジョッキの底を見つめながら言った。
「仮にそうだとしても、あの人なら悪いようにはしねえだろ。いつか、本人の口から聞けりゃそれでいい。」
「賛成。」
「僕もです。」
ガリアンも、少し遅れて頷いた。ここは、ゲームの外だ。サンブラルの耳には届かない。だからこそ、四人は本音で、あの魔王を信じると決める事ができた。
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「あ、そういえばさ。」
締めの雑炊が運ばれてきた頃、ガリアンが思い出したように言った。
「この前、ライクロのVR機器の記事を読んだんだけど。あれ、脳波を読み取って動いてるらしいんだよな。」
「脳波?」
「うん。こっちの体の動かし方だけじゃなくて、感情とか、何をしたいかとか、そういうのまで読み取って、NPCの反応とかクエストの生成に使ってるって書いてあった。」
「へえ。だから、あんなにNPCが生々しいのか。」
バヨネットが感心したように言う。
「クエストが無限に湧いてくるのも、そのせいかしらネ。」
「かもな。どこまで本当か分かんないけど。」
ガリアンは軽く肩をすくめて、雑炊をよそい始めた。話題は、すぐに次のイベントの噂へと移っていった。
誰も、それ以上その話を気に留めなかった。
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店を出たのは、夜の九時過ぎだった。
駅前で別れる前に、ベンケイが少しだけ躊躇ってから、口を開いた。
「……今日、来て良かったです。」
三人が振り返る。
「こっちの僕を見せるの、ちょっと怖かったんですけど。……でも、こっちの僕も悪くないなって思えました。」
「当たり前でしょ。」
シュバルツが、ベンケイの背中を軽く叩いた。
「月曜、頑張れそう?」
「……少しだけ。」
「上出来♡」
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その夜遅く。東の塔の一室に、四つの光の粒が集まった。
窓辺の椅子で待っていたサンブラルが、待ちかねたように振り返る。
「おう、来たか。で、どうだった?」
四人は顔を見合わせた。ガリアンとベンケイが、同時にシュバルツを指差した。
「「姐さんが、女の人だった。」」
一瞬の沈黙の後、塔の部屋に、魔王の高笑いが響き渡った。
「くくく……はははははっ!何だそりゃ、最高じゃねえか!」
「笑い事じゃないんだよ……。」
「二年ですよ、二年……。」
「あら、そんなにショックだった?」
部屋の隅で控えていたウレインが、シュバルツを見て、それから小さく首を傾げた。
「……姐さん、というのは、そういう意味だったのですね。」
「いや、違う。違うんだウレイン、そういう意味じゃなかったんだ。」
ガリアンの必死の否定に、また笑いが起こる。
夜更けの塔の部屋は、しばらくの間、賑やかな声に包まれていた。土産話は、まだまだ尽きそうになかった。