異邦魔王の違法魔法 作:冒険者小隊
空からの告知
日曜の昼下がり。東の塔の一室で、四人は昨夜のオフ会の余韻を引きずったまま、だらだらと円卓を囲んでいた。
「……姐さん、って呼ぶの、なんか緊張するようになったんだけど。」
「何でよ。今まで通りでいいって言ったでしょ。」
「いや、分かってるんだけどさ。」
ガリアンが頭をかく。ベンケイは隣で、昨日の別れ際の事を思い出しているのか、少しだけ口元を緩めていた。
その時だった。
四人の視界に、一斉に金色の縁取りのウィンドウが浮かび上がった。同時に、窓の外から遠く鐘の音が響いてくる。町の方角からだ。
「お、来たか。」
バヨネットが身を起こす。金色の縁取りは、運営からの重大告知にだけ使われる色だった。
この秋の超大型イベントは、二か月ほど前から開催時期だけが告知されていた。今週の金曜から三日間。だが肝心の中身は一切伏せられたままで、掲示板では何週間も前から、相手は何か、舞台はどこかと考察が飛び交っていた。今日の昼、その詳細がついに発表される事になっていたのだ。
「何が来るかしらネ。」
「海か、地下か、空か。ここ最近、
ガリアンが身を乗り出す。ウィンドウの文字が、ゆっくりと浮かび上がった。
【超大型イベント 詳細発表】
【空を統べる者、墜ちることなし】
【北の霊峰に棲まう大鴉の魔王「クワルクワラフ」が、金曜の昼、空へと舞い上がる】
【その翼は大地に影を落とし、いかなる力もその身を地に縛ることは叶わず】
【重力ですら支配できぬ空の王を、汝らの手で墜とせ】
続けて、細かな規定が表示される。四人は黙って、その文字を目で追った。
・開催期間:金曜の昼より三日間(月曜の昼まで)
・挑戦を望むプレイヤーは、全員同時に参加可能
・三時間ごとに、魔王の出現予測地点を告示する。予測地点に辿り着いた者に、討伐に加わる権利を与える
・魔王に与えた損害の大きさに応じ、報酬の機会を与える
・討伐参加中、他の冒険者を攻撃した者には罰則を科す
・空を飛ぶ騎獣の使用を推奨する
読み終えた後、しばらく誰も口を開かなかった。予想していた候補の中で、一番厄介なものが来た。
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最初に声を上げたのは、ガリアンだった。
「……出た。」
その目は、いつになく爛々と輝いていた。
「三時間ごとの出現予測。つまり、ただ待ってても戦えない。予測地点を読んで、先回りして、辿り着いた奴だけが殴れる。これ、完全に読み合いだ。」
「お前、楽しそうだな。」
「楽しいに決まってるだろ。魔王の行動パターンから次の出現地点を絞り込めれば、他のパーティより先に陣取れる。」
ガリアンはもう、メニューから地図を呼び出して北の霊峰の周辺を拡大していた。参謀の頭が、勝手に回り始めているらしい。
「損害の大きさで報酬、ってのも分かりやすいな。」
バヨネットが腕を組む。
「要は、一番殴った奴が一番得をするってことか。」
「ってことは、他のパーティとは完全に取り合いになるわねェ。」
シュバルツが頬杖をついた。
「同じ魔王を、何百人、下手したら何千人で同時に殴るのよ。押し合いへし合いになるの、目に見えてるじゃない。」
「だから、この罰則なんだろうな。」
バヨネットが、規定の一行を指で叩いた。他の冒険者を攻撃した者には罰則を科す。
「わざわざ書いてあるってことは、運営も分かってんだよ。報酬の取り合いになれば、邪魔な奴を後ろから撃とうとする連中が、必ず出てくるってな。」
その一言に、三人は黙って規定の一行を見つめ直した。誰も口にはしなかったが、報酬を巡って人が人を蹴落とす光景は、容易に想像がついた。
「……で、一番の問題はこれよね。」
シュバルツが、最後の一行を読み上げた。
「空を飛ぶ騎獣の使用を推奨する。」
バヨネットが、ゆっくりと三人の顔を見回した。
「……持ってる奴、いるか?」
バヨネットの問いに、誰も手を挙げなかった。
フォーバロンズは、これまで四体の魔王を倒してきた。だがそのどれもが、地上か、洞窟か、城の中での戦いだった。空を飛ぶ騎獣など、誰一人として持っていない。
「重力ですら支配できない、って書いてあったな。」
ベンケイが、告知の一文を繰り返した。
「たぶん、地上に引きずり下ろす手段は通じないって事です。弓や魔法で撃ち落とすのも、限界があるんでしょう。空で戦うしかない。」
「つまり、騎獣がなけりゃ、殴る権利すら貰えねえってことか。」
バヨネットが、天井を仰いだ。
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「飛行騎獣といえば、聖火隊だな。」
しばらく考え込んでいたガリアンが、地図から顔を上げた。
「あそこはペガサスやグリフォン、幻獣って呼ばれる空を飛ぶ獣を何十頭も従えてる。乗り手の練度もライクロで一番って噂だ。」
「借りられないかしら。」
「交渉してみる価値はある。……っていうか、もう動いてるはずだよ、あそこは。」
ガリアンがニュースの欄を開くと、案の定、告知からわずか数分で聖火隊が公式に参戦を表明していた。
「早っ。」
「準備してたんだろうな。前からこの手のイベントが来るって、どこかで掴んでたのかもしれない。」
ガリアンは、参戦表明の記事に添えられた名前を読み上げた。
「中でも有名なのが、ルクスって奴だ。白銀の鎧に炎の紋章。『
「ルクス……。」
ベンケイが、その名前を小さく繰り返した。
「よし、まずは聖火隊に当たってみる。交渉は――」
「俺が行く。」
ガリアンが、バヨネットの言葉を引き取って頷いた。報酬の交渉役として、これは自分の仕事だ。
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「問題は、日程だよな。」
バヨネットが、開催期間の欄を指差した。
「日程自体は前から分かってたけど、空中戦となると話が変わる。騎獣を手に入れて、慣らして、それで金曜の昼から月曜の昼まで張り付く。五日しかねえぞ。」
「土日は丸々使えるけど、金曜の午後と月曜の午前は平日ねェ。」
シュバルツが顔をしかめる。三時間ごとに出現地点が変わる以上、張り付いていられる時間が長いほど有利なのは明らかだった。
「俺は半休取るわ。」
バヨネットがあっさりと言った。
「ちょうど有給消化しろって言われてたしな。金曜の午後と、月曜の午前。両方取る。」
「私も金曜の午後なら何とかなるかも。月曜の朝は会議があるから無理だけど。」
「俺は……講義、何とかする。」
ガリアンが少しだけ視線を逸らす。シュバルツが「単位は落とさないようにね」と釘を刺した。
三人の視線が、自然とベンケイに集まった。
ベンケイは、しばらく黙っていた。入社して半年。有給はまだほとんど付与されていないし、そもそもゲームのために半休を取りたいなどと言い出せる空気ではない。何より、来週の月曜は月初の締めで、課の全員が朝から出勤する日だった。
(……休みたい。)
正直な気持ちだった。こっちの世界の方が、ずっと楽しい。こっちの自分の方が、ずっと好きだ。仮病でも何でも使って、三日間丸ごとここにいたい。
けれど、頭の中に、昨日のシュバルツの声が蘇った。向こうで踏ん張ってるあなたも、ちゃんと褒めてあげなさい。
「……僕、いや、俺は、金曜も月曜も仕事に行きます。」
ベンケイは顔を上げた。
「金曜は仕事終わりの夜から入ります。土日は全部出られます。月曜の朝は……最後まで付き合えないかもしれませんけど。」
一瞬の沈黙の後、バヨネットがにやりと笑った。
「迷惑なもんか。それに、勝負どころは土日の夜だ。人が一番集まる時間に、お前がいてくれりゃ十分だよ。」
「そうそう。それに、ちゃんと仕事行くベンケイちゃんの方が、私は好きよ♡」
シュバルツがウインクする。ベンケイは照れくさそうに頭をかいた。
ガリアンは、思わず漏れた「僕」という一人称に、昨日の居酒屋の青年の顔を思い出していた。こっちの大男と、向こうの穏やかな青年が、少しずつ重なっていく気がした。
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部屋の扉が開いたのは、ちょうど話がまとまりかけた頃だった。
「おう、町の方が騒がしいと思ったら、何か始まるのか?」
サンブラルが、ウレインを伴って入ってくる。四人が告知の内容を説明すると、彼は興味深そうに顎を撫でた。
「空の王、ね。重力ですら支配できねえ、か。」
「サンブラルさんも参加します?」
ベンケイが何気なく尋ねる。サンブラルは、少しだけ考えるような間を置いてから、首を横に振った。
「いや、やめとく。」
「意外だな。あんた、こういうの好きそうなのに。」
「好きだよ。だからやめとくんだ。」
サンブラルは円卓の椅子にどかりと腰を下ろした。
「これはこの世界の祭りだろ。この世界の連中が、この世界の魔王を相手に、自分たちの腕で決着をつける。そこに余所者の俺が首を突っ込んだら、台無しになっちまう。」
その言葉に、四人は少しだけ驚いた顔をした。アコギの件の時と同じだった。この人は、自分がこの世界にとって余所者だという線を、決して踏み越えようとしない。
「……ウレインさんは?」
シュバルツが、後ろに控えていたウレインに水を向ける。ウレインの目が、ほんの一瞬だけ、告知の文面の『魔王』という文字の上で止まったのを、彼女は見逃さなかった。
「お前も駄目だぞ、ウレイン。」
サンブラルが、振り返りもせずに言った。
「承知しております。」
ウレインは即答した。それから、少しだけ間を置いて付け加えた。
「……その三日間は、釣りでもしておきます。」
ベンケイが、少し驚いたように目を瞬かせた。シュバルツは「あら」と嬉しそうに目を細め、ガリアンは感心したように小さく息を漏らす。
一週間前、休み方を知らなかった男の口から、自然とその言葉が出てきた。言われてみれば、外套の裾には、川辺の草の切れ端がいくつかくっついている。今朝も、一人で川へ行っていたのだろう。
(すっかり、釣りが好きになったんだな。)
バヨネットは、何だか自分の事のように嬉しくなった。
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その夜。四人がログアウトした後の塔の部屋で、サンブラルは一人、円卓に残された地図を眺めていた。ガリアンが置いていった、北の霊峰の周辺図だ。余白には、出現地点の予測らしき書き込みがびっしりと並んでいる。
「首は突っ込まねえ、とは言ったがな。」
彼は地図の端を、指先でとんとんと叩いた。
参戦はしない。それは本心だ。この世界の祭りに、余所者の自分が割り込むべきではない。
だが、あの四人が空で戦うのを、指をくわえて眺めているだけというのも、どうにも性に合わなかった。
(手を貸さずに、手を貸す方法、か。)
サンブラルは、懐から黒鉄の鍵の予備を一本取り出し、月明かりにかざした。
しばらくそれを眺めていた彼の口元に、やがて、悪戯を思いついた子供のような笑みが浮かんだ。