異邦魔王の違法魔法 作:冒険者小隊
月曜の夜。
仕事帰りのベンケイが合流するのを待って、四人は夜の高原を見上げていた。切り立った崖の上に、石造りの砦と、いくつもの大きな厩舎が並んでいる。その上空を、月明かりを受けて白く輝く翼が、幾筋も横切っていった。
「……すげえ。」
ベンケイが、思わず声を漏らした。
ペガサス。グリフォン。鷲の頭に馬の体を持つヒッポグリフ。幻獣と呼ばれる空の獣たちが、乗り手を背に乗せて夜空を旋回している。その編隊飛行は一糸乱れず、まるで空に描かれた一枚の絵のようだった。
「これが、ライクロ一の幻獣乗りの集団か。」
バヨネットが腕を組んで唸る。地上を歩いて魔王を狩ってきた自分たちとは、まるで別の世界の住人だった。
「交渉は予定通り、俺が話す。」
ガリアンが、小さく深呼吸をした。
「向こうがこっちに求めるものが何か、まずはそれを見極めたい。」
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砦の応接室で四人を迎えたのは、白銀の鎧に炎の紋章を刻んだ男だった。
アバターの顔立ちそのものは若々しい。だが、白銀の鎧には修繕を重ねた継ぎ目がいくつも走り、手袋の革には、手綱を握り続けた者にしかつかない擦れ跡が深く刻まれていた。装備の耐久値を何度も削り、そのたびに直して使い続けてきた証だ。背には、使い込まれた長弓が一張り。
(これが、『
ガリアンは、プレイヤーの間で囁かれるその呼び名を思い出していた。幻獣の背から放たれる矢が、夜空から降る流れ星のように敵を射抜く。いつしか誰からともなく、彼をそう呼ぶようになったのだという。
「聖火隊のルクスだ。わざわざ足を運んでもらってすまない、フォーバロンズ。」
「こちらこそ、急な申し出に応じていただいて感謝します。」
ガリアンが一礼する。ルクスは四人に席を勧め、自らも向かいに腰を下ろした。
「用件は、聞くまでもなさそうだな。」
「はい。今週末の討伐戦に向けて、幻獣を四頭お借りしたいんです。」
ガリアンは単刀直入に切り出した。
「対価は用意しています。金貨でも構いませんし、それ以外の物でも。」
そう言って、ガリアンはインベントリから小さな箱を取り出し、卓の上で蓋を開けた。中には、深い色の宝石と、精緻な細工の指輪がいくつか収められている。
「魔王アンシェントのドロップ品です。換金も使用もせず、ずっと保管していた物です。」
ルクスの目が、僅かに見開かれた。魔王のドロップ品。それも、四体の魔王を討った爵位持ちが秘蔵していた品だ。好事家なら目の色を変えて欲しがるだろう。
(悪くない札のはずだ。)
ガリアンは、相手の反応を慎重に窺った。
ルクスはしばらく宝石を眺めていたが、やがて静かに蓋を閉じ、箱をガリアンの方へ押し戻した。
「素晴らしい品だ。だが、受け取れない。」
「……理由を伺っても?」
「幻獣は、物ではないからだ。」
ルクスは、窓の外を飛ぶペガサスの群れに目を向けた。
「あいつらは、自分が認めた乗り手にしか背を許さない。俺たちが手塩にかけて育てた個体でも、見知らぬ者を乗せて戦場に出せば、まず言う事を聞かない。下手をすれば、空の上で振り落とされる。」
「……金で貸し借りできるものじゃない、ってことですか。」
「そういう事だ。」
一拍置いて、ルクスは四人の顔を順番に見た。
「ただ、一つだけ例外がある。」
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「乗り手と幻獣の間を取り持つ事なら、俺たちにもできる。うちの隊員が付きっきりで仲立ちをすれば、短い間なら、他人を背に乗せる事を承知させられる。」
「つまり、隊員の手を借りる必要があると。」
「ああ。そして、隊員の手はただじゃない。」
ルクスは、卓の上で指を組んだ。
「金も宝石も要らない。代わりに、情報が欲しい。」
「情報……?」
ガリアンが眉をひそめる。ルクスの目が、真っ直ぐに四人を射抜いた。
「君たちと一緒にいる、角の男の事だ。」
膝の上に置いたガリアンの指が、ぴくりと動いた。
「あれは何者だ。どこから来た。どんな力を持っている。」
ルクスの声は穏やかだった。だが、一歩も引くつもりのない響きがあった。
「この前、広場で君たちと一緒にいるところを見た。立ち姿に、一分の隙もなかった。あれは、そこらの魔王とは格が違う。そんな得体の知れないものが、この世界にふらりと現れて、爵位持ちと親しくしている。空を守る者として、正体を知っておきたいと思うのは当然だろう。」
ガリアンは、すぐには答えられなかった。
(……そう来たか。)
想定していなかったわけではない。サンブラルの存在は、もうあちこちで噂になっている。ルクスほどの男が、気にしないはずがなかった。
答えるだけなら簡単だ。異世界から来た魔王で、城ごと転移してきて、固有魔法の縛りもなく、好きなだけ魔法を使える。それを話せば、四頭の幻獣が手に入る。討伐戦に出られる。
隣で、バヨネットが小さく息を吐くのが聞こえた。シュバルツは黙ってガリアンの横顔を見ている。ベンケイは、膝の上で拳を握っていた。
答えは、考えるより先に口から出ていた。
「申し訳ありません。その条件は、お受けできません。」
ルクスの眉が、僅かに動いた。
「彼の事は、俺たちの口から話す事じゃない。あの人が自分で話すならともかく、俺たちが勝手に売り渡していいものじゃないんです。」
「……随分と庇うんだな。彼とは、どういう関係なんだ?」
その問いに、ガリアンの頭を、この十日余りの事がふとよぎった。
腕を飛ばされても、笑って褒美をくれた。倉庫を壊して、深々と頭を下げていた。失敗作の試作品を、腹を抱えて笑いながら、それでも一つ一つ真剣に覗き込んでくれた。そして、自分が何者なのかを、自分の口で、四人に話してくれた。
「雇い主で、友人です。」
ガリアンは、迷わずにそう言った。言ってから、自分でも少し驚いた。だが、撤回する気にはならなかった。
「友人の事を、取引の材料にはできません。」
しばらく、誰も何も言わなかった。
やがて、バヨネットが横から口を挟んだ。
「すまねえな、ルクス。うちの参謀の言う通りだ。幻獣は諦める。」
「私もよ。」
シュバルツが、いつもの調子で肩をすくめた。
「せっかく呼んでもらったのに、悪いわねェ。」
ベンケイは何も言わず、ただ深く頭を下げた。
ルクスは、四人の顔をしばらく黙って見つめていた。その目には、苛立ちも失望もなかった。むしろ、何かを確かめ終えたような、静かな色があった。
「……そうか。」
彼は小さく息を吐き、それから、口元だけで微かに笑った。
「爵位持ちが、魔王の秘密を幻獣四頭と引き換えに売るような連中だったら、むしろそっちの方が厄介だった。」
「え……?」
「試したわけじゃない。本当に知りたかったのは事実だ。だが、君たちの答えで、知りたかった事の半分は分かった。」
ルクスは立ち上がり、壁に掛けられた大きな地図の前へ歩いていった。
「あの角の男は、少なくとも、こういう連中に友人と呼ばれる程度には、まともな奴なんだろう。今はそれで十分だ。」
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ルクスは、地図の一点を指で叩いた。北の霊峰の麓、深い森が広がる一帯だった。
「
「野生の……。」
「うちの幻獣は貸せない。だが、自分たちで使役するなら話は別だ。この森の幻獣は気性が荒いが、認められさえすれば、一生の相棒になる。俺たちも、最初はここで出会った。」
ガリアンは目を見開いた。
「……どうして、そこまで教えてくれるんですか。条件は呑めなかったのに。」
「聖火隊としては、爵位持ちと揉めたくはない。」
ルクスは振り返り、肩をすくめた。
「それに、個人的に、君たちの事が気に入った。それだけだ。」
ルクスはそれから、幻獣を使役するための心得をいくつか教えてくれた。力ずくで従わせようとしない事。相手が近づいてくるのを待つ事。そして、一度背を許されたら、決して疑わない事。
話を聞きながら、ベンケイはずっと、窓の外を飛ぶペガサスを目で追っていた。
それに気づいたルクスが、ふと声をかけた。
「ペガサスが気になるか。」
「あ、いえ……はい。」
「ペガサスは、幻獣の中でも一番気難しい。強い者には従わない。」
ベンケイが、意外そうにルクスを見た。
「強い者に、従わない……?」
「ああ。あいつらが背を許すのは、強い者じゃない。自分を偽らない者だ。」
その言葉に、ベンケイは息を呑んだ。
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砦を後にする間際、ガリアンは一つだけ、どうしても気になっていた事を尋ねた。
「ルクスさん。聖火隊は、詳細が発表される前から空中戦になると読んで、騎獣の調整をしていたって噂を聞きました。どうして分かったんですか。」
ルクスは、少しだけ考えるような間を置いた。
「空から見ていれば、分かる事もある。」
それだけ言って、彼は口元に笑みを浮かべた。
「いつか君たちも、空から見てみるといい。地上を歩いているだけじゃ、見えないものがある。」
それ以上は、何も教えてくれなかった。
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高原を下る帰り道。夜風に吹かれながら、四人はしばらく黙って歩いていた。
「……良かったのか、ガリアン。」
バヨネットが、ぽつりと言った。
「幻獣が手に入ってりゃ、今頃は慣らしに入れてた。正直、時間はかなり厳しいぞ。」
「分かってる。」
ガリアンは前を向いたまま答えた。
「でも、あの人が俺たちを信じて話してくれた事だ。幻獣と引き換えにしていいものじゃない。」
バヨネットは一瞬目を丸くして、それから、小さく笑った。
「……そうだな。」
「友人、だって。」
シュバルツが、からかうようにガリアンの脇腹をつついた。
「言うじゃない、ガリアンちゃん。」
「う、うるさいな。言葉の綾だよ。」
「あら、照れてる♡」
ベンケイは、少し後ろを歩きながら、ルクスの言葉を胸の中で繰り返していた。
(自分を偽らない者、か。)
こっちの仮面の方がずっと好きな自分は、ペガサスの目にどう映るのだろう。
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同じ頃。東の塔の窓辺で、サンブラルは目を閉じていた。
四人の影に潜ませた意識の欠片が、砦の応接室での一部始終を、彼の記憶へと流し込んでいた。宝石を押し戻すルクス。迷うガリアン。そして、迷いを振り切って告げられた言葉。
――雇い主で、友人です。
サンブラルは、ゆっくりと目を開けた。
「……馬鹿だな、あいつら。」
呟いた声は、言葉とは裏腹に、どこまでも柔らかかった。
幻獣四頭と引き換えに、自分の正体を売れば済んだ話だ。誰も責めはしない。自分だって、責めるつもりはなかった。それでも、あの四人は売らなかった。
彼は、自分の足元に落ちる影を見下ろした。
この影の事を、あいつらはまだ知らない。知らないまま、見張られているかもしれない相手を、友人と呼んで庇った。
(……いつまでも隠しとくのも、不公平ってもんか。)
サンブラルは、懐から黒鉄の鍵の予備を取り出した。昨夜から少しずつ、交信の術式を編み込み始めている鍵だった。
「さて。手を貸さずに、手を貸してやるとするか。」
月明かりの下で、魔王は小さく笑った。