異邦魔王の違法魔法   作:冒険者小隊

15 / 16
風哭く森にいるアイツ

火曜の夜。北の霊峰の麓に広がる森の入り口に、四人は立っていた。

 

風哭きの森(かざなきのもり)。その名の通り、木々の間を抜ける風が、絶えず低く唸るような音を立てている。人の泣き声にも、獣の遠吠えにも聞こえるその音が、夜の森をいっそう深く見せていた。

 

「……雰囲気あるな。」

 

バヨネットが、肩をすくめる。

 

「ルクスの話だと、この奥に野生の幻獣が棲んでるはずだ。」

 

ガリアンが地図を確かめながら言った。仕事帰りのベンケイが合流してから、まだ一時間も経っていない。討伐戦は金曜の昼から。それまでに幻獣を手懐けて、乗りこなせるようにならなければならない。時間は、どう考えても足りなかった。

 

「力ずくで従わせない。相手が近づいてくるのを待つ。一度背を許されたら、決して疑わない。」

 

ベンケイが、ルクスに教わった心得を小さく繰り返す。

 

「待つ、ってのが一番難しそうよねェ。」

 

シュバルツが苦笑した。

 

〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜

 

森の奥へ進むにつれ、四人は奇妙な事に気づき始めた。

 

静かすぎるのだ。

 

幻獣が棲む森なら、どこかで羽音や嘶きが聞こえてもいいはずだった。だが聞こえるのは、木々を揺らす風の唸りだけ。獣の気配が、まるでない。

 

「……おい、あれ。」

 

バヨネットが足を止め、一本の大木を指差した。

 

幹に、深い爪痕が刻まれていた。それも一本や二本ではない。樹皮ごと抉り取られ、白い木肌が剥き出しになっている。爪痕の高さは、四人の頭よりもずっと上だった。

 

その根元には、羽根が何枚も散らばっていた。ペガサスのものらしい白い羽根に、グリフォンのものらしい茶色の大きな羽根も混じっている。土には、乾いた黒い染みがこびりついている。

 

「……何かに、狩られてる。」

 

ガリアンが低く呟いた。シュバルツが、無意識に突撃槍(とつげきそう)の柄を握り直す。

 

「幻獣を狩るような魔物が、この森にいるってこと?」

 

「ルクスは、そんな話はしてなかったけどな。」

 

バヨネットは膝をつき、爪痕を間近で検めた。スキャニングを発動させても、残っているのは痕跡だけで、主の正体までは読み取れない。

 

「相当でけえぞ、こいつ。それに、爪が鋭すぎる。木を引っ掻いたっていうより、斬ったみてえな跡だ。」

 

ベンケイは、散らばった白い羽根を一枚、そっと拾い上げた。まだ柔らかい。若い個体のものだろうか。

 

(……逃げられたのかな。)

 

胸の奥が、ちくりと痛んだ。

 

〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜

 

さらに奥へ進んだ時だった。

 

先頭を歩いていたバヨネットが、ぴたりと足を止め、片手を上げた。止まれ、の合図。三人が息を殺す。

 

茂みの向こうに、人影があった。

 

木の根元に身を伏せ、風下からじっと森の奥を窺っている。痩せた体。腰には短剣が二本。気配を殺すのが、恐ろしく上手い。バヨネットでさえ、あと数歩近づくまで気づかなかったほどだ。

 

そして、その名前の横には、見慣れない所属表示が浮かんでいた。

 

【魔王ガラファルゼ軍】

 

人影が、ゆっくりとこちらを振り返った。目つきの悪い顔が、四人の姿を認めて、露骨に歪む。

 

「……何でてめえらがここにいんだよ。」

 

アコギだった。

 

〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜

 

「そりゃこっちの台詞だ。」

 

バヨネットが、警戒を解かないまま答えた。アコギは舌打ちをして、伏せていた体を起こす。

 

「見りゃ分かんだろ。幻獣を手に入れに来たんだよ。」

 

「お前もか。」

 

「大将の命令でな。」

 

アコギは、所属表示を親指で示した。

 

「この森に幻獣がいるって教えてくれたのは、うちの大将だ。討伐戦で一番殴れるようになっとけってよ。」

 

「ガラファルゼが、討伐戦に?」

 

ガリアンが眉をひそめる。自分を狙う討伐隊を抱えた魔王が、なぜ別の魔王の討伐に配下を送り込むのか。何か意図があるのか。それとも、ただの気まぐれか。

 

「知らねえよ。大将の考えなんざ、俺に分かるかよ。」

 

アコギはぶっきらぼうに言い放った。だが、その声に僅かな苛立ちが混じっているのを、シュバルツは聞き逃さなかった。

 

(……自分でも、よく分かってないのね。)

 

「とにかく、邪魔すんじゃねえぞ。俺は俺で、勝手にやる。」

 

そう言ってアコギは、元の木の根元に戻ろうとした。

 

「あの。」

 

ベンケイが、一歩前に出た。

 

アコギが、怪訝そうに振り返る。

 

「……何だよ。」

 

「グリッサンドの時。小狼の群れに囲まれた時、退路を開けてくれたの、アコギさんでしたよね。」

 

アコギの表情が、一瞬だけ固まった。

 

「ちゃんとお礼、言えてなかったので。……ありがとうございました。」

 

ベンケイは深々と頭を下げた。アコギはしばらく黙ってそれを見下ろしていたが、やがて、居心地悪そうに顔を背けた。

 

「……覚えてねえよ、そんな事。」

 

「僕は覚えてます。」

 

「うるせえ。てめえが鈍くせえから、仕方なく引っ張り出しただけだ。」

 

吐き捨てるように言って、アコギは今度こそ背を向けた。だが、その耳の先が僅かに赤くなっているのを、四人は見逃さなかった。

 

〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜

 

結局、四人はアコギから少し離れた場所に陣取り、それぞれ幻獣を待つ事になった。

 

風の唸りだけが聞こえる時間が、長く続いた。四人が小声で言葉を交わすたび、アコギの方から「声がでけえ」「幻獣が逃げんだろ」と、さらに小さな声で文句が飛んでくる。そのたびにシュバルツが、唇の前に指を立てて「はいはい」と口の形だけで笑い返した。

 

「……なあ。」

 

しばらくして、アコギの方から声がかかった。

 

「てめえら、さっき奥の方で何か見たか。」

 

「爪痕と、幻獣の羽根だ。」

 

バヨネットが答えると、アコギは小さく頷いた。

 

「俺もだ。ここ数日、森の中を回ってたが、幻獣の数が明らかに減ってる。何かが狩ってやがる。」

 

「数日って……お前、そんな前からここにいたのか。」

 

「偵察は俺の仕事だったんでな。」

 

アコギは、どこか自嘲気味に言った。古巣で何年も続けてきた仕事だ。体に染みついた癖は、ギルドを追い出されても抜けないらしい。

 

「群れの残りは、もっと奥の谷に固まってる。たぶん、そいつから逃げてるんだろうよ。」

 

ガリアンが地図を広げる。アコギが指差した谷の位置は、ちょうど霊峰の方角だった。

 

その時だった。

 

森の奥から、甲高い悲鳴のような嘶きが響いた。

 

一頭ではない。何頭もの嘶きが重なり合い、風の唸りを切り裂いて、こちらへ近づいてくる。

 

「来るぞ!」

 

アコギが叫ぶより早く、木々の間から白い影が飛び出してきた。

 

幻獣の群れだった。ペガサス、グリフォン、ヒッポグリフ。まだ翼の小さな若い個体ばかりが、十頭ほど。怯えきった目で、森の中を必死に駆けてくる。木々が密集しすぎて、飛び上がる事もできないのだ。

 

そして、その背後から。

 

銀色の巨体が、音もなく木々の間を滑り出してきた。

 

山猫に似ていた。だが、その大きさは馬の三倍はある。月光を跳ね返す銀の毛並み。地面に突き立てられた爪は、刃物のように鋭く光っている。そして、その首元には、まるで刻印のように、一枚の黒い鴉の羽根が深々と埋め込まれていた。

 

バヨネットは反射的にスキャニングを発動させた。視界に、魔物の名前が浮かび上がる。

 

【破鋼(はこう)のシルヴァルクス】

【大鴉の眷属】

 

「……大鴉の、眷属?」

 

その文字の意味を理解するより早く、銀の獣が、低く唸った。

 

風が、止んだ。

 

森の唸りが途切れ、代わりに、背筋が凍るような咆哮が夜を引き裂いた。

 

  1. 目次
  2. 小説情報
  3. 縦書き
  4. しおりを挟む
  5. お気に入り登録
  6. 評価
  7. 感想
  8. ここすき
  9. 誤字
  10. 閲覧設定
▲ページの一番上に飛ぶ  X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。