異邦魔王の違法魔法 作:冒険者小隊
火曜の夜。北の霊峰の麓に広がる森の入り口に、四人は立っていた。
「……雰囲気あるな。」
バヨネットが、肩をすくめる。
「ルクスの話だと、この奥に野生の幻獣が棲んでるはずだ。」
ガリアンが地図を確かめながら言った。仕事帰りのベンケイが合流してから、まだ一時間も経っていない。討伐戦は金曜の昼から。それまでに幻獣を手懐けて、乗りこなせるようにならなければならない。時間は、どう考えても足りなかった。
「力ずくで従わせない。相手が近づいてくるのを待つ。一度背を許されたら、決して疑わない。」
ベンケイが、ルクスに教わった心得を小さく繰り返す。
「待つ、ってのが一番難しそうよねェ。」
シュバルツが苦笑した。
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森の奥へ進むにつれ、四人は奇妙な事に気づき始めた。
静かすぎるのだ。
幻獣が棲む森なら、どこかで羽音や嘶きが聞こえてもいいはずだった。だが聞こえるのは、木々を揺らす風の唸りだけ。獣の気配が、まるでない。
「……おい、あれ。」
バヨネットが足を止め、一本の大木を指差した。
幹に、深い爪痕が刻まれていた。それも一本や二本ではない。樹皮ごと抉り取られ、白い木肌が剥き出しになっている。爪痕の高さは、四人の頭よりもずっと上だった。
その根元には、羽根が何枚も散らばっていた。ペガサスのものらしい白い羽根に、グリフォンのものらしい茶色の大きな羽根も混じっている。土には、乾いた黒い染みがこびりついている。
「……何かに、狩られてる。」
ガリアンが低く呟いた。シュバルツが、無意識に
「幻獣を狩るような魔物が、この森にいるってこと?」
「ルクスは、そんな話はしてなかったけどな。」
バヨネットは膝をつき、爪痕を間近で検めた。スキャニングを発動させても、残っているのは痕跡だけで、主の正体までは読み取れない。
「相当でけえぞ、こいつ。それに、爪が鋭すぎる。木を引っ掻いたっていうより、斬ったみてえな跡だ。」
ベンケイは、散らばった白い羽根を一枚、そっと拾い上げた。まだ柔らかい。若い個体のものだろうか。
(……逃げられたのかな。)
胸の奥が、ちくりと痛んだ。
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さらに奥へ進んだ時だった。
先頭を歩いていたバヨネットが、ぴたりと足を止め、片手を上げた。止まれ、の合図。三人が息を殺す。
茂みの向こうに、人影があった。
木の根元に身を伏せ、風下からじっと森の奥を窺っている。痩せた体。腰には短剣が二本。気配を殺すのが、恐ろしく上手い。バヨネットでさえ、あと数歩近づくまで気づかなかったほどだ。
そして、その名前の横には、見慣れない所属表示が浮かんでいた。
【魔王ガラファルゼ軍】
人影が、ゆっくりとこちらを振り返った。目つきの悪い顔が、四人の姿を認めて、露骨に歪む。
「……何でてめえらがここにいんだよ。」
アコギだった。
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「そりゃこっちの台詞だ。」
バヨネットが、警戒を解かないまま答えた。アコギは舌打ちをして、伏せていた体を起こす。
「見りゃ分かんだろ。幻獣を手に入れに来たんだよ。」
「お前もか。」
「大将の命令でな。」
アコギは、所属表示を親指で示した。
「この森に幻獣がいるって教えてくれたのは、うちの大将だ。討伐戦で一番殴れるようになっとけってよ。」
「ガラファルゼが、討伐戦に?」
ガリアンが眉をひそめる。自分を狙う討伐隊を抱えた魔王が、なぜ別の魔王の討伐に配下を送り込むのか。何か意図があるのか。それとも、ただの気まぐれか。
「知らねえよ。大将の考えなんざ、俺に分かるかよ。」
アコギはぶっきらぼうに言い放った。だが、その声に僅かな苛立ちが混じっているのを、シュバルツは聞き逃さなかった。
(……自分でも、よく分かってないのね。)
「とにかく、邪魔すんじゃねえぞ。俺は俺で、勝手にやる。」
そう言ってアコギは、元の木の根元に戻ろうとした。
「あの。」
ベンケイが、一歩前に出た。
アコギが、怪訝そうに振り返る。
「……何だよ。」
「グリッサンドの時。小狼の群れに囲まれた時、退路を開けてくれたの、アコギさんでしたよね。」
アコギの表情が、一瞬だけ固まった。
「ちゃんとお礼、言えてなかったので。……ありがとうございました。」
ベンケイは深々と頭を下げた。アコギはしばらく黙ってそれを見下ろしていたが、やがて、居心地悪そうに顔を背けた。
「……覚えてねえよ、そんな事。」
「僕は覚えてます。」
「うるせえ。てめえが鈍くせえから、仕方なく引っ張り出しただけだ。」
吐き捨てるように言って、アコギは今度こそ背を向けた。だが、その耳の先が僅かに赤くなっているのを、四人は見逃さなかった。
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結局、四人はアコギから少し離れた場所に陣取り、それぞれ幻獣を待つ事になった。
風の唸りだけが聞こえる時間が、長く続いた。四人が小声で言葉を交わすたび、アコギの方から「声がでけえ」「幻獣が逃げんだろ」と、さらに小さな声で文句が飛んでくる。そのたびにシュバルツが、唇の前に指を立てて「はいはい」と口の形だけで笑い返した。
「……なあ。」
しばらくして、アコギの方から声がかかった。
「てめえら、さっき奥の方で何か見たか。」
「爪痕と、幻獣の羽根だ。」
バヨネットが答えると、アコギは小さく頷いた。
「俺もだ。ここ数日、森の中を回ってたが、幻獣の数が明らかに減ってる。何かが狩ってやがる。」
「数日って……お前、そんな前からここにいたのか。」
「偵察は俺の仕事だったんでな。」
アコギは、どこか自嘲気味に言った。古巣で何年も続けてきた仕事だ。体に染みついた癖は、ギルドを追い出されても抜けないらしい。
「群れの残りは、もっと奥の谷に固まってる。たぶん、そいつから逃げてるんだろうよ。」
ガリアンが地図を広げる。アコギが指差した谷の位置は、ちょうど霊峰の方角だった。
その時だった。
森の奥から、甲高い悲鳴のような嘶きが響いた。
一頭ではない。何頭もの嘶きが重なり合い、風の唸りを切り裂いて、こちらへ近づいてくる。
「来るぞ!」
アコギが叫ぶより早く、木々の間から白い影が飛び出してきた。
幻獣の群れだった。ペガサス、グリフォン、ヒッポグリフ。まだ翼の小さな若い個体ばかりが、十頭ほど。怯えきった目で、森の中を必死に駆けてくる。木々が密集しすぎて、飛び上がる事もできないのだ。
そして、その背後から。
銀色の巨体が、音もなく木々の間を滑り出してきた。
山猫に似ていた。だが、その大きさは馬の三倍はある。月光を跳ね返す銀の毛並み。地面に突き立てられた爪は、刃物のように鋭く光っている。そして、その首元には、まるで刻印のように、一枚の黒い鴉の羽根が深々と埋め込まれていた。
バヨネットは反射的にスキャニングを発動させた。視界に、魔物の名前が浮かび上がる。
【
【大鴉の眷属】
「……大鴉の、眷属?」
その文字の意味を理解するより早く、銀の獣が、低く唸った。
風が、止んだ。
森の唸りが途切れ、代わりに、背筋が凍るような咆哮が夜を引き裂いた。