異邦魔王の違法魔法 作:冒険者小隊
水曜の夜。城の中庭に、四頭の幻獣が翼を休めていた。
グリフォンが一頭、ヒッポグリフが二頭、そして若いペガサスが一頭。昨夜、
「……さて。」
バヨネットが、グリフォンの前に立って腕を組んだ。
「乗るか。」
「乗るしかないわねェ。」
四人とも、空を飛んだ事など一度もない。金曜の昼まで、あと一日半。その間に、空の上で戦えるようにならなければならなかった。
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最初の一時間は、散々だった。
バヨネットのグリフォンは、彼が背に跨った瞬間に急上昇し、そのまま城の尖塔の周りを三周してから、彼を中庭の植え込みに振り落とした。
シュバルツのヒッポグリフは素直に飛んでくれたが、旋回のたびに彼女が槍の重さで体ごと傾き、そのたびに悲鳴が上がった。
ガリアンの小柄なヒッポグリフは、飛ぶよりも彼の背負った道具袋をつつく方に夢中で、なかなか地面を離れなかった。
「お、おい、それは食い物じゃないって……!」
その中で、ベンケイだけは静かだった。
若いペガサスの背に跨り、手綱を軽く握ったまま、無理に飛ばそうとはしない。ペガサスが自分から翼を広げるのを、ただ待っている。
やがて、ペガサスがふわりと地を蹴った。
ゆっくりと、中庭の上空へ。高く、さらに高く。月明かりの中で、白い翼が静かに羽ばたく。
「……すげえ。」
植え込みから這い出してきたバヨネットが、葉っぱを頭に乗せたまま見上げた。
空の上で、ベンケイは息を呑んでいた。
眼下に、黒い城が小さく見える。その向こうに、町の灯り。さらに向こうに、夜の平原がどこまでも広がっている。地上を歩いていた時には、決して見えなかった景色だった。
(空から見れば、分かる事もある、か。)
ルクスの言葉が、ふと頭に浮かんだ。
ペガサスが、首を少しだけ後ろに向けた。大丈夫か、と問うような目だった。
「……うん。大丈夫。ありがとう。」
ベンケイが首筋を撫でると、ペガサスは満足そうに鼻を鳴らした。
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一方、ガリアンは中庭の隅で、作業台に向かっていた。
ヒッポグリフに乗る練習は一旦諦め、先に武器の準備を進める事にしたのだ。
「空中戦で
バヨネットに尋ねられて、ガリアンは手を止めずに答えた。
「鉄のロープを何十メートルも伸ばすなんて、空の上じゃ風に煽られて絡まるだけだ。それに、騎乗したままじゃ間合いが取れない。」
「じゃあ、どうすんだ?」
「撃つ。」
ガリアンは、作業台の上の物を持ち上げてみせた。
クロスボウだった。だが、普通のものではない。弓の部分には、魔王マギアズの体から取り出した、鈍色に光る金属の板が何枚も重ねられている。台座には歯車の機構が組み込まれ、手元のレバーを引くだけで、弦が自動で巻き上げられる仕組みになっていた。
「マギアズの部品で弓の張力を上げて、歯車で装填を速くした。普通のクロスボウの三倍の速さで連射できる。」
「お前、いつの間に……。」
「月曜から少しずつ作ってた。」
ガリアンは少しだけ得意げに笑い、それから、矢筒から一本の矢を取り出した。矢の尾には、細い鎖が繋がっている。
「こっちが本命。」
「鎖付きの矢?」
「
ガリアンは、矢をクロスボウに番えてみせた。
「クワルクワラフは重力に縛られない。地上に引きずり下ろす事はできない。それはシルヴァルクスを見て、よく分かった。」
あの夜、黒い翼を広げて宙を滑った獣の姿を思い出す。
「でも、引きずり下ろせないなら、こっちが張り付けばいい。この矢を撃ち込んで、鎖で自分と大鴉を繋ぐ。そうすれば、どれだけ速く飛ばれても、振り切られない。」
バヨネットは、しばらく黙ってクロスボウを見つめていた。
「……お前、そういうの考えてる時、本当に楽しそうだよな。」
「楽しいよ。」
ガリアンは迷わず答えた。それから、少しだけ視線を落とした。
「ウレインさんに言われたんだよな。武器の特性に頼りすぎだって。起点が見えれば、軌道は読める。」
「ああ、言ってたな。」
「だから、今度は特性に頼らない。鎖付きの矢は、ただ繋ぐためだけのものだ。決め手にはしない。その後どう動くかは、空の上で考える。」
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木曜の夜。
ようやく四人全員が、どうにか空を飛べるようになった頃、中庭にサンブラルが姿を現した。
「よう。飛べるようになったか。」
「どうにか、な。」
バヨネットが、グリフォンの首筋を撫でながら答えた。今日は一度も振り落とされていない。
「なら、仕上げだ。」
サンブラルは、ふわりと宙に浮いた。翼もなく、音もなく、そのまま中庭の上空まで昇っていく。
「俺を、大鴉だと思って掛かってこい。」
四人は、顔を上げた。
「参戦はしねえ、とは言ったがな。稽古の相手くらいなら、祭りの邪魔にはならねえだろ。」
月を背に、魔王が笑っていた。
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稽古は、一方的だった。
サンブラルは、翼のある幻獣よりもずっと自由に空を動いた。上下も左右も関係ない。急に止まり、急に落ち、急に背後に回り込む。重力に縛られないとは、こういう事なのだと、四人は身をもって思い知らされた。
「バヨネット、突いた後に重心が前に残ってるぞ。地上ならまだしも、空でそれをやると相棒ごと体勢を崩す。」
言われた瞬間、バヨネットのグリフォンがぐらりと傾いた。
「っ、くそ……!」
ウレインに指摘された癖だった。地上では半拍の遅れで済んだものが、空の上では致命的な隙になる。
(突いたら、すぐ引く。相棒の体勢を先に戻す。)
バヨネットは歯を食いしばり、二度目の突きを放った。今度は、突き終えた瞬間に重心を引き戻す。グリフォンが、彼の動きに合わせてすっと体勢を立て直した。
「お、今のはいい。」
サンブラルが、空中で頷いた。
ガリアンの鎖付きの矢は、三度撃って、三度とも外れた。サンブラルの動きが速すぎて、狙いが定まらない。四度目に、ようやくサンブラルの外套の裾を掠めた。
「狙いは悪くねえ。だが、大鴉は俺よりでけえぞ。的が大きい分、当てるのは楽なはずだ。」
「……あんたより速くないといいけどな。」
シュバルツは、ヒッポグリフの背で槍を構えたまま、何度も突撃を試みた。空の上では、地上のように踏ん張りが利かない。それでも、森で掴んだ『止まる』感覚を、少しずつ空の上でも再現しようとしていた。
そして、ベンケイのペガサスだけが、サンブラルの動きに追いすがっていた。
速さではない。ペガサスは、サンブラルが次にどこへ動くかを、まるで読んでいるかのように先回りしていた。ベンケイが手綱で指示を出すより早く、ペガサスの方が動いている。
(……この子、僕が何をしたいか、分かってる。)
一度背を許されたら、決して疑わない。ルクスの心得の最後の一つが、今になって腑に落ちた。
ベンケイは、手綱を緩めた。ペガサスに、全てを預ける。
白い翼が、一気に加速した。
「――っ!」
空中で、サンブラルが目を丸くした。それから、心底楽しそうに笑った。
「くくく……はははっ!やるじゃねえか、ベンケイ!」
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稽古を終えて中庭に降りると、サンブラルは四人を呼び寄せた。
「最後に、渡すもんがある。」
「渡すもん?」
「鍵を出せ。」
四人は、言われるままに黒鉄の鍵を差し出した。サンブラルはそれを一本ずつ受け取り、両手で包み込むように握った。
指の間から、淡い光が漏れ出す。光は鍵の表面に刻まれた細かな紋様をなぞるように走り、やがて、鍵そのものに吸い込まれていった。
「何をしたんだ?」
「交信の術式を込めた。」
サンブラルは、鍵を四人に返した。
「これを持ってりゃ、口に出さなくても、お前ら四人の間で言葉が届く。思った事が、そのまま相手の頭に響く。」
半信半疑のまま、バヨネットが真っ先に鍵を握りしめた。
(……聞こえるか?)
試しに、頭の中でそう念じてみる。
(聞こえる!)
(うわ、本当に聞こえる……!)
(何これ、すごいじゃない♡)
三人分の声が、同時に頭の中に響いた。思わず、全員が鍵を取り落としそうになった。
「討伐戦は数千人が同時に空を飛び回るんだろ。普通に喋ったって声は風に掻き消されるし、お前らの言うチャットとやらも、あっという間に流れて追いきれなくなる。こいつがあれば、離れてても思考の速さで連携が取れる。」
サンブラルは、少し得意げに鼻を鳴らした。
「参戦はしねえ。だが、これくらいの手助けなら、祭りを汚す事にもならねえだろ。」
ガリアンの目が、すぐに輝き始めた。
「……これがあれば、二手に分かれられる。」
「二手?」
「三時間ごとに出現地点が変わるんだ。大鴉の移動は速い。一つの地点で最後まで殴り続けたら、次の地点の開戦にはまず間に合わない。だから、殴り続ける組と、先回りする組に分ければいい。離れてても、この交信があれば連携できる。」
参謀の頭が、勝手に回り始めていた。
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「それにしても、あっという間でしたね。」
ベンケイが、鍵を手の中で転がしながら、何気なく言った。
「魔法って、もっとこう、儀式とか準備とか要るものだと思ってました。」
サンブラルは、ほんの一瞬だけ、言葉を選ぶような間を置いた。
「まあ、普通はそれなりに手間がかかるもんだがな。」
それから、四人の顔を順番に眺めて、口の端を吊り上げた。
「お前らとは、もう繋がりやすくなってるからな。」
さらりとした一言だった。
だが、ガリアンとバヨネットの動きが、同時に止まった。
(……繋がりやすく、なってる?)
交信越しに、ガリアンの声が頭に響いた。バヨネットは、それには答えなかった。ただ、サンブラルの顔をじっと見つめていた。
知っているはずのない事を、知っている男。酒場の騒ぎも、アコギの行き先も、ガリアンがログインした十秒後の事も。オフ会の夜、居酒屋の個室で、四人で話した事が蘇る。
「……繋がりやすくなってる、ってのは?」
バヨネットが、慎重に尋ねた。問い詰める口調ではなかった。
サンブラルは、楽しそうに目を細めた。
「さあな。」
それだけ言って、彼は踵を返した。
「ま、そのうち分かるさ。それより、俺もこの交信は聞いてるからな。戦いの最中に、俺の悪口を言うんじゃねえぞ。」
「聞いてるのかよ!」
ガリアンの叫びに、サンブラルは振り返りもせず、片手をひらひらと振って城の中へ消えていった。
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残された中庭で、四人はしばらく黙っていた。
(……今の、わざとよね。)
交信越しに、シュバルツの声が響いた。
(わざと、匂わせた。私たちがどう出るか、見てたのよ、あの人。)
(だろうな。)
バヨネットが、鍵を握りしめたまま答える。
(でも、怒ってるって感じでもなかった。むしろ……楽しそうだった。)
ベンケイの声だった。
(オフ会で決めただろ。)
ガリアンの声が、少しだけ笑っていた。
(いつか、本人の口から聞ければいい。あの人、たぶん今、そのいつかを自分で近づけようとしてるんだ。)
四人は、誰からともなく、城の窓を見上げた。塔の上の一室に、灯りが一つ点っている。
金曜の昼まで、あと半日余り。