異邦魔王の違法魔法   作:冒険者小隊

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契約と魔法

 

「一ヶ月俺の護衛をしろ。」

 

その一言が場に落ちてから、しばらく誰も口を開かなかった。バヨネットの頭の中では目まぐるしく損得勘定が回っている。

 

(護衛って言い方をしてるが、実質俺たちを手元に置いときたいってことだよな。断る選択肢は……ねえな、そもそも断れる立場にいねえ。)

 

代表して口火を切ることにした。

 

「……理由をお伺いしても?貴方ほどの力があれば護衛など不要でしょう。」

 

下手に出過ぎず、かといって不遜にもならないよう言葉を選んだつもりだった。相手の腹の内を探りながら、こちらの立ち位置を測る一言だ。

 

「そりゃそうだ。だがな、休暇ってのはただ寝転がってるだけじゃつまらねえだろう。それに――」

 

サンブラルは草原に視線を移した。夕暮れの光が城の輪郭を橙色に染めている。

 

「この世界について右も左も分からねえ。お前らみたいに顔の広そうな連中が側にいりゃ退屈しねえし、変な奴に絡まれた時の手間も省ける。護衛って言うより、道案内兼話し相手ってところだな。」

 

(道案内、ね。にしちゃあ随分と物々しい誘い方だ。まあ、力を示せって言われた直後に断ったところで機嫌を損ねるだけか。)

 

バヨネットの脳裏に先程の戦闘の記憶がよぎる。あの実力差、あの余裕。敵に回すよりは、御しやすい距離感を保っておきたい相手だ。

 

「随分と物騒な話し相手の選び方ですね。」

 

軽口を装いつつ、探りを入れる。相手の反応から本気度を測るつもりだった。

 

「腕っぷしが立つに越したことはねえだろ。それに――お前ら、俺の腕を吹き飛ばした事、忘れちゃいねえよなあ?」

 

にやりと笑うその顔に、四人は思わず身を強張らせた。冗談めかした口調だが、目の奥に宿る圧は本物だ。

 

(こいつ、根に持ってるっつうより単純に俺たちの実力を面白がってやがる。だったら下手に出るより、対等であろうとする方が心証はいいはずだ。)

 

バヨネットは自分にそう言い聞かせ、咳払いを一つ挟んだ。

 

「……好待遇でお願いできれば、前向きに検討いたします。」

 

「ああ、報酬は弾む。何が欲しい?金か、装備か、それとも――お前らの世界でしか手に入らねえ何かか?」

 

その問いに、四人は顔を見合わせた。金や装備なら即答できる。だが、目の前の男が本当に異世界からの来訪者だとしたら――サンブラルの持つ技術そのものが桁違いの価値を持つ可能性がある。何が欲しいかを決めるには、まず相手がどれほどの手札を持っているかを知る必要がある。バヨネットの中で計算が組み変わっていくのを、隣に立つガリアンも感じ取っていた。

 

(報酬の話を先にまとめてしまうのは早計だ。こっちの手の内も明かさねえまま欲しいもんだけ聞き出そうってのも虫が良すぎる。ここは対等にいくべきだろ。)

 

ガリアンが判断し、口を開く。

 

「恐れ入りますが、まだお答えできません。決める前に、こちらも伺っておきたい事がございます。」

 

「ほう?」

 

「報酬のご相談をする前に、まずはお互い自己紹介からと参りましょう。私達がどこの誰で何をしているか、あなたがどこの誰で何ができるか。そこを腹を割ってお話しした方が、変な行き違いも起きないかと思います。」

 

一方的に素性を明かして相手の出方を待つのではなく、こちらからも情報を差し出す代わりに向こうの情報も引き出す。ガリアンなりの、対等な取引の持ちかけ方だった。

 

〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜

 

城の一室、謁見の間ではなく応接に使われているらしい部屋に通された。テーブルを囲んで座る五人。窓の外はすっかり夜の帳が下りている。

 

「自己紹介、ね。悪くねえ提案だ。」

 

サンブラルは椅子に深く腰掛け直した。一方的に聞き出すつもりだったところに交換条件を出されたことが、むしろ気に入った様子だった。

 

「いいぜ、まずはそっちから話しな。俺の方もちゃんと返す。誤魔化しっこなしだ。」

 

対等にいこうという申し出を、あっさりと呑んだ。バヨネットはその反応に僅かな驚きを覚えた。

 

(素直に乗ってきたな……力の差を考えりゃ突っぱねられても文句は言えねえ立場だったのに。)

 

警戒よりも、この男への評価が一段上がるのを感じながら口を開く。どこまで話すべきか、この数分の道中でずっと考えていた。全てを隠すのは不可能に近い、なら核心だけは慎重に、周辺情報から埋めていく方が信用を得やすい――そう組み立てた上での第一声だった。呼び方も、あの戦闘の後に言われた「対等で行こう」の一言に甘えて、律儀な「貴方」から砕けた「あんた」へ、一人称も「私」から素の「俺」へと改めることにした。畏まった態度のままでは、これから続く一月の付き合いに変な壁を作ってしまう気がしたからだ。

 

「俺たちは……人間で言うところの『ゲーム』というものの中に生きています。『ライブラリーオブクロニクル』、通称ライクロ。世界中のプレイヤーが同時に接続し、この世界そのものを冒険する仮想現実のゲームです。」

 

「ゲーム、ね。」

 

サンブラルの反応は薄い。理解が追いついていないのか、それとも既に何かを察しているのか、バヨネットには読み取れなかった。

 

(反応が薄すぎる……そもそも『ゲーム』って概念が伝わってるのかどうかも怪しいな。異世界の住人相手に、どう噛み砕いて話せばいいんだ。)

 

不安を押し隠しながら言葉を継ぐ。

 

「テキスト量が膨大で、いまだに全容が解明されていない代物です。サービス開始から何年経とうと、新しいクエストや隠しダンジョンが発見され続けている。平原に突然現れたこの城も、最初は各地に突如として生まれるダンジョンの一種――そういうクエストの一つだと思って乗り込んだんです。」

 

「思っていた、って事は違ったのか。」

 

「はい。あんたと話して確信しました。あんたはNPC――ゲーム内に元から存在するキャラクター、じゃない。本物の、異世界からの来訪者だ。」

 

言い切ってから、バヨネットは一瞬息を止めた。目の前の存在が本物の異世界人であるという事実を口にした瞬間、それがどれほど非常識な発言か改めて自覚したからだ。だが後戻りはできない、賽は投げた。

 

サンブラルは目を細めた。しばしの沈黙のあと、堪えきれないとばかりに肩を震わせる。

 

「くくく……そうか、俺の方が"データ"じゃねえ側だったってわけか。道理でな。」

 

その笑いに、張り詰めていた空気が僅かに緩んだ。四人はほぼ同時に肩の力を抜く。

 

(怒らせたわけじゃねえのか……この余裕、もしかしたら最初から薄々気づいてたのかもしれねえな。)

 

バヨネットはそう推測しながら、次の言葉を待った。

 

「約束通り、俺の方も話しとくか。名前はサンブラル、元いた世界で魔族の国を治めてる王だ。前の魔王――俺の兄貴を討伐して玉座についてから丸二年、ようやく取れた休暇を過ごすために、城ごとこっちに転移してきたってわけだ。」

 

律儀に自分の情報を差し出してきたことに、バヨネットは少なからず好感を覚えた。

 

(口約束を違えねえタイプか……だったら報酬の交渉も誠実にやってくれそうだ。)

 

警戒の割合が少しずつ、興味へと置き換わっていくのを感じる。

 

「あら、驚かないのね?」

 

シュバルツが素朴な疑問を投げかける。軽い口調の裏で、彼女もまた相手の器を測っていた。

 

「驚いてるさ、腹の中じゃな。だが得心もいく。この城が転移してきた瞬間、周囲の景色が妙に精巧というか……なんつうか、作り物めいた違和感があったんだ。空気の匂いとか、風の吹き方とか、そういう細けえところにな。」

 

シュバルツが身を乗り出す。彼女なりに、この男が本当に脅威なのか、それとも話が通じる相手なのかを見極めようとしていた。

 

「鋭いじゃない。私たちプレイヤーからしたら、十分すぎるほどリアルなんだけどネ。」

 

「そりゃ比べる基準がお前らと俺で違うからだろうよ。まあいい、話を続けてくれ。お前らはそのゲームとやらの中で、俺と同じような『魔王』を何人も倒してきたって話だったな。」

 

「ええ。この世界――ライクロには数多くの魔王が存在します。俺たちフォーバロンズは、そのうち四体を討伐し、爵位を得た。」

 

ベンケイが補足する。彼は元々口数が少ない方だが、事実を淡々と積み上げることでバヨネットの交渉を後ろから支える役割を自分に課していた。

 

「魔王ってのは基本的に強力なボスモンスターの総称みたいなもんです。討伐すれば大抵の場合、世界の均衡が変わる。称号や称賛が貰えるが、その分リスクも桁違いにでかい。」

 

「グリッサンドって奴もその一体だったのか。」

 

「はい。俺たちが四人で最初に討伐した魔王です。」

 

「なるほどな。俺の知らねえ名前の魔王が、この世界にはまだごろごろいるってわけか。」

 

サンブラルは愉快そうに口の端を吊り上げた。自分と同じ肩書きを持つ者たちの話を、まるで面白い土産話でも聞くように受け止めている。その物言いに、変に取り繕う様子はなかった。

 

(こだわりのない人だな……いちいち突っかかってくるタイプじゃなさそうだ、話しやすいのは助かる。)

 

バヨネットは肩の力が抜けていくのを感じながら、話をひとまず区切ることにした。

 

〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜

 

夜も更けた頃、話は一段落し、護衛の契約についての詰めに戻った。

 

「で、話を戻すが。俺の護衛、受けてくれるか?」

 

バヨネットが仲間たちを見渡す。三人とも小さく頷いた。ここまでの会話で、この男が少なくとも敵意を持って自分たちを利用するタイプではないという感触は掴めていた。あとは条件次第だ。

 

「お受けします。ただし条件が一つ。」

 

「言ってみな。」

 

「俺たちはプレイヤーです。現実の生活もある。ログイン時間には限りがある。」

 

ここは絶対に譲れない一線だった。どれほど魅力的な相手であっても、現実の生活を犠牲にしてまで付き合うつもりはバヨネットにはない。

 

「限りがある、ね。具体的にはどれくらいだ?丸一日のうち、お前らが俺の側にいられる時間は。」

 

即座に頷かれると思っていた分、突っ込んだ質問が返ってきたことにバヨネットは僅かに身構えた。適当にごまかせば後々の信用に関わる、正直に答えるべきだと判断する。

 

「人によりますが、平均すれば1日3、4時間ってところです。仕事や学業がある以上、そこは融通が利きません。」

 

「じゃあ残りの20時間かそこらは俺一人ってわけか。護衛の意味、半分も果たせてねえじゃねえか。」

 

「不服なら、他を当たっていただいても構いません。ただ、俺たちほどの実力を持った護衛を一月で揃えるのは、正直簡単じゃないと思いますが。」

 

強気に出た。下手に譲歩を重ねれば、次から次へと条件を吊り上げられかねない。ここは踏ん張りどころだ。

 

サンブラルはしばし黙り込み、値踏みするような目でバヨネットを見た。

 

「ククク、良い度胸だ。まあいい、お前らが繋がってる間だけで構わねえよ。俺も丸一日誰かに張り付かれてちゃ休暇にならねえし、それに――」

 

「それに?」

 

「残りの時間は俺一人でも十分間に合う。生憎と、俺は目も手も人より多い方でな。お前らが居ない間の心配は無用だ。」

 

その一言に、バヨネットは妙な説得力を感じた。ただの強がりには聞こえない。国一つを治めてきた者の言葉だ。

 

――実際のところ、彼の言う「目と手」は比喩ではなかった。数ある魔法の中でもサンブラルが最も得意とするのは、影を媒介にした支配だ。他者の足元に落ちる影に己の意識の欠片を潜ませ、影の持ち主が見聞きしたものをまるごと自分の記憶として取り込む。同時に繋げておけるのはせいぜい二十人ほどだが、元の世界ではその枠を国中に散らばる配下に割り振り、玉座に座ったまま国の隅々を見張っていた。声も出さず、気配も残さず、ただ影を通して。

 

休暇にあたり、その枠の大半は空けてきている。空いた枠を今どこに使っているのか――無論、バヨネットたちが知る由もない。

 

思いのほか筋の通った条件が通り、バヨネットは内心で胸を撫で下ろした。

 

(あっさり退いたように見えて、ちゃんと勝算があった上での了承か……侮れねえな。)

 

「助かります。それと、報酬についてですが。」

 

「言ったろ、弾むと。何がいい?」

 

ここでバヨネットは一度言葉を切り、隣に視線を送った。何を要求すべきか、単純な条件闘争に持ち込むよりも、専門的に価値を見極められる人間に任せた方がいい。そう判断しての合図だった。

 

「報酬の件は、私からお話しさせていただいてもよろしいでしょうか。」

 

「構わねえよ。」

 

促され、ガリアンが一歩前に出た。金銭や装備を求めるのは簡単だ。だが、目の前の男が見せた魔法――詠唱もスクロールも介さず放たれたそれは、この世界の理を超えたものだった。一時の利益より、遥かに大きな価値がそこにある。ガリアンはそう見定めていた。

 

もっとも、それは参謀としての計算だけではなかった。あの魔法の仕組みを知れば、自分の作るものはどこまで変わるだろう。蛇腹剣のその先に、何を作れるようになるだろう。そう考えただけで、胸が躍って仕方がなかった。

 

「――失礼ですが、あなたの持つ魔法について、教えていただけないでしょうか。」

 

その言葉に、サンブラルは片眉を上げた。

 

「詠唱もスクロールも無しに魔法を使う。私達の世界の常識にはない技術です。もしそれを学べるなら、金貨の山より価値があります。」

 

言いながら、ガリアンは仲間たちの反応を横目で確認した。武器職人としての性か、未知の技術には人一倍興味をそそられる自覚があった。バヨネット、シュバルツ、ベンケイの三人も異論はない様子だった。

 

「へえ、金より知識か。良い目をしてるじゃねえか。」

 

サンブラルはしばし目を閉じ、何かを吟味するように黙り込んだ。教えるべきか、教えていいものか――その逡巡が僅かな沈黙となって表れていた。

 

「まあいいだろう。だが先に言っておく――俺の魔法は、この世界的に言えば『違法』な代物だ。教えた後にどうなろうと知らねえぞ。」

 

違法。その言葉の意味を四人はまだ知らない。真っ先に問い返したのはガリアンだった。

 

「違法、というのは、具体的にはどういう意味でしょうか。」

 

「そのままの意味だ。この世界の魔法ってのは、原則一人一種類しか使えねえんだろう?さっきの戦闘でお前らも見ただろうが、俺は違う。」

 

言われて、ガリアンは戦闘の記憶を反芻した。雷閃、炎の壁、防御壁、そして浮遊。あの数瞬の攻防だけで、四種の異なる魔法を惜しみなく使いこなしていた。

 

「――『固有魔法』のお話ですね。私たちの固有魔法は基本的に一人一つ。ウェポンメイカーなら武器を作る、ビルドアッパーなら身体強化。解釈の幅はあっても、根本の一種類から外れることはありません。」

 

「そういう事だ。俺にはそもそも『固有』なんて概念がねえ。使いたい魔法を、使いたいだけ使える。お前らの世界の理屈で言えば、さしずめチートって奴だろう。」

 

あっさりと言ってのけたそれは、この世界の根本原則そのものを覆す話だった。ガリアンは背筋に冷たいものが走るのを感じた。

 

(一人一種類の縛りがあるからこそ、この世界は一定のバランスが保たれてる……そこから外れた存在がどれほど危険か、考えるまでもない。)

 

「もう一つ、確認させてください。あなたはご自身を『魔族の王』だと名乗られましたが、私たちが知る魔王は、鳥や狼、機械仕掛けの巨人といった、人の形とはかけ離れた魔物ばかりでした。人型と呼べたのは骸骨の姿をした一体だけです。あなたのような、角と耳以外はほぼ人間そのものの、血の通った姿の魔王は……」

 

「さてな。俺がこっちに来て最初に出会ったのがお前らだ、比べようがねえよ。まあ、俺の世界じゃ魔族自体はそこら中にいる、珍しくも何ともねえ。ただ『魔王』を名乗ってるのは俺一人だけだ。人型が珍しいってわけじゃなく、王を名乗る事自体が特別ってだけの話だな。」

 

その説明に、ガリアンは合点がいったような、いかないような、妙な感覚を覚えた。だが一つだけ確かな事がある。自分たちがこれまで相まみえてきた魔王は四体。鳥の姿のバルデヒナ、機械仕掛けのマギアズ、狼の群れを率いたグリッサンド。唯一人の形をしていたアンシェントでさえ、肉の削げ落ちた骸骨だった。目の前の男のように、生身の人間とほとんど変わらない姿をした魔王には、未だかつて出会った事がない。

 

「なるほど……つくづく規格外の御方のようですね。」

 

「褒め言葉として受け取っとくぜ。」

 

だが好奇心には抗えなかった。ガリアンの中では警戒と欲求がせめぎ合っていたが、結局は好奇心が上回った。

 

(危険な代物だっていうなら、なおさら知っておく価値がある。得体の知れないものを放っておくよりは、こっちが先に理解しておいた方がいい。)

 

「構いません、それで結構です。」

 

ガリアンの即答に、サンブラルは満足げに笑った。

 

「よし、契約成立だ。今日からお前らは俺の護衛にして、生徒って事になる。せいぜい気張りな、フォーバロンズ。」

 

窓の外、異世界の月が二つ、静かに夜空を照らしていた。

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