異邦魔王の違法魔法   作:冒険者小隊

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酒場で管巻き

護衛の初日を終え、フォーバロンズの四人は城の近くの町まで足を伸ばしていた。木造の建物が並ぶ、どこにでもあるような地方都市の一角。その中でも一番賑わっている酒場の隅の席に陣取り、遅い夕食を兼ねた一杯を囲んでいる。

 

「にしても、とんでもねえ奴と契約しちまったな。」

 

バヨネットがジョッキを傾けながら切り出した。護衛としての初仕事はまだ実質何もしていないに等しいが、それでも今日一日でくたびれた気分になっていた。

 

(昼は客先で頭下げて、夜はここで紳士のロール。……いつもなら、こっちの仮面は被ってて楽しいだけなんだがな。)

 

自分で選んで演じている紳士の役は、営業の愛想笑いとは違って、疲れるどころか肩の力が抜ける。それがライクロで遊ぶ一番の理由だった。だが、あの角の男の前に立つと、どうにも勝手が違った。丁寧な言葉で取り繕うほど、その奥を見透かされているような気がしてならない。

 

「今更か。契約する前からそのくらい分かってただろ。」

 

ガリアンが淡々と返す。とはいえ彼自身も、今日交わした会話の情報量を頭の中で整理しきれていない自覚があった。

 

「わかっちゃいたけどよ、実際にあの規格外っぷりを目の当たりにするとな……固有魔法の縛りがねえって、この世界の根本ルールをぶち抜いてるようなもんだろ。」

 

「ああ。しかも本人はそれを大した事のように扱ってすらいない。あの余裕、本当に底が知れないよ。」

 

ガリアンはジョッキの水面に映る自分の顔を見ながら呟いた。あの一戦、四人がかりでまともにダメージを与えられなかった相手だ。冷静に振り返るほど、恐ろしさが後から追いついてくる。

 

「私はむしろ、あの人間臭さの方が気になるわァ。」

 

シュバルツが頬杖をつきながら口を挟む。

 

「規格外の力を持ってるくせに、休暇だ土産だってはしゃいでる姿、あんまり『魔王』って感じがしないじゃない?もっとこう、尊大で気取った奴を想像してたのよォ。」

 

「拍子抜けしたって顔だな、姐さん。」

 

「拍子抜けっていうか……力に見合った威厳がないから逆に読めない、というか。すごい奴なのは間違いないんだけど、何を考えてるのかまだ掴めてないのよねェ。」

 

ベンケイが黙って頷く。彼はもともと口数が多い方ではないが、今日はいつも以上に思案顔だった。

 

「俺は単純に、あの人と戦わずに済んで良かったと思ってるよ。」

 

「まったくだ。降参して正解だったな。」

 

バヨネットが苦笑する。あの日の判断は間違っていなかったと、全員が改めて確認するような空気が流れた。

 

「しかし、詠唱なしの瞬間移動もそうだが、あの浮遊魔法。あれも固有魔法の枠を外れてるってことは、詠唱破棄どころの話じゃねえ。あの人、本気出したらこの街ごと消し飛ばせるんじゃねえのか。」

 

「消し飛ばそうと思えば、多分できるだろうな。」

 

ガリアンがあっさりと肯定した。冗談めかした空気が、一瞬だけ静まる。

 

「だからこそ、俺たちは今、機嫌を損ねないように気をつけなきゃいけない立場にいるわけだ。護衛って名目だけど、実質は……」

 

「実質は、あの人の暇つぶし相手兼、生かすも殺すも向こう次第の客分ってとこかしらネ。」

 

シュバルツが物騒な言葉を軽い口調で言ってのける。誰も否定しなかった。

 

「でもよ、悪い奴には見えなかったよな。降参した俺たちに追い討ちかけなかったし、報酬の交渉にもちゃんと乗ってくれた。ロールプレイでも何でもなく、素であの態度なら――」

 

「――信用できる、って?」

 

ガリアンが先を引き取る。バヨネットは少し考えてから頷いた。

 

「ああ。少なくとも今んとこは、な。」

 

「同感だ。ただ、油断はしない方がいい。あれだけの力を持った存在が、俺たちみたいなプレイヤー如きに本音を全部見せてるとは思えないからな。」

 

「それもそうだな。」

 

ふと、ガリアンが思い出したように話題を変えた。

 

「なあ、今更なんだけどさ。あの人、本当に異世界から来たと思うか?」

 

「なんだよ、昨日あの場でそう言い切ったのは俺だぞ。」

 

「分かってる。ただ、改めて考えると根拠が薄いんだ。生身の人間みたいな姿の魔王なんて前例がないし、固有魔法の縛りもない。確かに異常だけど、裏を返せば『運営が新しく仕込んだ規格外のNPC』って線でも説明はつく。異世界から来たっていうのも、結局は本人がそう言ってるだけだしな。」

 

バヨネットは言葉に詰まった。昨夜、確信したと口にしたのは半分は勢いだった。NPCにしては受け答えが生々しすぎる――頼りにしていたのは、その感触だけだ。

 

「運営のアプデ情報にも、それらしい告知はなかったワよ。新しいNPCの実装なら、普通はもっと大々的に宣伝するんじゃないかしらネ。」

 

「隠しイベントなら告知しない事もあるだろ。このゲーム、そういうの多いしな。」

 

ベンケイの言う通りだった。ライクロでは、誰も知らないクエストが後から見つかる事など日常茶飯事だ。異世界人を名乗る魔王も、その一つに過ぎないのかもしれない。

 

「結局、今の俺たちには確かめようがないってことか。」

 

バヨネットが腕を組む。

 

「ただ、もし本当に異世界から来たんだとしたら……あの人だけとは限らねえよな。」

 

「……まあ、可能性としてはな。俺たちが最初に見つけたってだけで、他のどこかで同じような事が起きててもおかしくはない。」

 

「やだ、考えすぎたら夜も眠れなくなっちゃう。まあ、確かめようがない話をしてても仕方ないし、本人にでも今度聞いてみる?」

 

「それとなく、な。あんまりガツガツ聞くと機嫌損ねそうだし。」

 

バヨネットが苦笑しながら話を引き取る。それでも、頭の片隅に小さな棘が残ったような感覚は、誰の顔にも滲んでいた。

 

四人の間に、程よい緊張感を残したまま、しばしの沈黙が落ちる。それを破ったのはベンケイだった。

 

「正直言うと、俺は――ちょっと憧れてるんだ、あの人に。」

 

「憧れ?」

 

「あれだけの力を持ってて、それでいてあの気安さだろ。俺たちみたいなプレイヤーにも対等に接してくれる。」

 

ベンケイはジョッキの縁を指でなぞった。

 

「……向こうじゃ相変わらず、毎日怒られてばっかでさ。こっちなら、魔王を一人で倒した奴だって皆が一目置いてくれる。正直、そっちの方がずっと居心地がいいんだ。最近、日曜の夜になるたびに、このままずっとこっちの俺でいられたらって思っちまう。」

 

普段は口数の少ないベンケイの言葉に、三人は黙って耳を傾けた。今年の春に就職したばかりの彼が、慣れない仕事に揉まれているのは皆知っていた。だが、ここまで本音を零すのは初めてだった。

 

「あの人は、単独討伐者とか、そういう肩書きで俺を見てなかった気がする。戦った相手として俺の槍を見て、駄目なところを教えてくれた。……ああいう風に見てもらえたの、久しぶりだったんだ。」

 

少しの沈黙の後、シュバルツが頬杖をついたまま、にっこりと笑った。

 

「こっちの仮面の方が居心地いい、ねェ。気持ちは分かるわよ。」

 

「……姐さん。」

 

「でもね、ベンケイちゃん。その仮面、逃げ込むための場所にしちゃ駄目よ。」

 

シュバルツは、からかうような笑みを崩さないまま、言葉だけを真っ直ぐに置いた。

 

「月曜からまた叱られても、ちゃんと仕事に行ってる向こうのあなたがいるから、こっちのあなたは安心して英雄やってられるの。踏ん張ってる新人さんの方も、ちゃんと褒めてあげなさいな。胸張りなさい、英雄さん♡」

 

ベンケイは面食らったように目を瞬かせ、それから照れくさそうに頭をかいた。

 

(……姐さんのこういうとこ、ずるいよな。)

 

冗談めかした口調のくせに、言葉はまっすぐ胸に届く。面倒見の良い、オネエ口調の頼れる兄貴分。シュバルツが好きで演じているその役柄だからこそ、照れもせずに言い切れる台詞なのかもしれなかった。

 

「ま、確かにあの人の気安さには、私もちょっとグッときちゃうけどネ。」

 

シュバルツが空気を軽くするように付け加える。バヨネットも苦笑しながら頷いた。

 

「そこは俺も同感だ。噂に聞くようなラスボス染みた尊大さがねえのがな、逆に厄介というか、憎めねえというか。」

 

「俺は……正直、怖いより知りたいの方が勝ってる。」

 

ガリアンがぽつりと言った。

 

「詠唱も陣もなしに、魔法を好きなだけ使う。あんなの、どういう理屈で成り立ってるのか見当もつかない。いつか、絶対に仕組みを解き明かしてやりたい。」

 

慎重派を自称する参謀の目が、子供のように光っていた。バヨネットは、こいつが一番危なっかしいかもしれねえな、と内心で苦笑した。

 

「サンブラルさん、本当にすげえ人だよな。」

 

ベンケイが素直にそう零したその時。

 

「――わかっていますね、あなたたち。」

 

聞き覚えのない声が、すぐ後ろから割り込んできた。

 

〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜

 

四人は反射的に体を強張らせ、声の主を振り返った。フードを目深に被った、線の細い男が立っている。年齢も表情も読み取りづらいが、佇まいだけで只者ではないと分かった。

 

「あの御方の凄まじさに、たった一日で気づけるとは。見る目がおありだ。」

 

男は嬉しそうに、しかしどこか陶酔したような口調で続けた。

 

「失礼ですが、あなたは……?」

 

バヨネットが警戒を隠さず問う。心臓が早鐘を打っていた。(サンブラルの事を知ってる奴が、俺たち以外にいる……?あの人、この世界に来て俺たちが初対面だって言ってたよな。だとしたら、こいつは一体――)

 

ガリアンも横目でその男を観察していた。バヨネットの固有魔法・スキャニングが発動しているのが分かる。だが、返ってきた反応は芳しくなかった。

 

(能力の全容が見えねえ……こいつも隠してやがるのか、それとも見せる気がねえだけか。)

 

「これは失礼を。私はウレインと申します。あの御方にお仕えする者です。」

 

「仕える者……?」

 

四人の間に、さらに濃い緊張が走った。サンブラルは自分たちが初めて出会った相手だと言っていたはずだ。それなのに、彼に仕えるという人物が既にこの世界に存在している。話が違う。

 

「ご安心を、敵対する意図はございません。ただ、あの御方について語らうあなた方の言葉があまりに的を射ていたもので、つい声をかけてしまいました。」

 

「悪いが、それを鵜呑みにするには材料が足りねえな。」

 

バヨネットが腰の刺突剣に手をかける。シュバルツとベンケイも音もなく武器に手を伸ばし、ガリアンはいつでも蛇腹剣を展開できるよう身構えた。四人揃っての臨戦態勢に、しかしウレインは慌てる様子もなく、むしろ満足そうに目を細めた。

 

「良い判断です。素性の知れない者を簡単に信じない、それもまた美徳。」

 

淡々とそう評しながらも、ウレインの纏う空気に戦意らしきものは感じられない。それどころか、どこか浮世離れした落ち着きすらあった。

 

「ちなみに申し上げておきますと、私自身も昨日こちらに降り立ってから、この地の魔王と呼ばれる者たちと幾度か刃を交えております。三体、討伐いたしました。」

 

「……は?」

 

バヨネットの声が裏返った。自分たちが四人がかりで、それぞれ入念な準備の末にようやく討ち取ってきた魔王を、この男はたった一日余りの間に、一人で三体も屠ったという。

 

「え、ちょっと待って、一人で三体……?嘘でしょ。」

 

思わず素の声を漏らしたシュバルツが、はっとしたように咳払いで誤魔化した。今はそれを気に留める者もいない。

 

「驚かれるような事でしょうか。あの御方に比べれば、児戯のようなものです。」

 

飄々と言ってのけるその物言いに、悪気や誇張の色は見当たらなかった。むしろ本人は、特筆すべき事とすら思っていない様子だ。

 

「……あんたも大概、規格外だな。」

 

ガリアンが呆れ半分に呟く。ウレインは小さく首を傾げた。

 

「褒め言葉として受け取ってよろしいでしょうか。普段、こうした雑談というものに不慣れなもので、相手の意図を測りかねる時があります。」

 

これまでの人生、言葉を交わす相手といえば戦友か敵ばかりだったのだろう。そう思わせるような答え方だった。妙に生真面目な返答に、張り詰めていた空気が僅かに緩む。だが、警戒を解くには材料が足りない。

 

「……あんた、本当に何者なんだ。」

 

その問いに答えようとウレインが口を開きかけた、その瞬間。

 

〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜

 

酒場の扉が勢いよく開け放たれた。

 

「待て待て待て――!」

 

息を切らせたサンブラルが、転がり込むようにして店内に飛び込んでくる。普段の余裕たっぷりな態度からは想像もつかない、珍しく焦った様子だった。

 

「サンブラルさん!?」

 

バヨネットが目を丸くする。転移魔法を使えることは昨日の戦いで知っている。驚いたのはそこではない。城にいたはずのこの男が、なぜ今ここで起きている事を知っているのか。

 

「悪ぃ、ウレインの事、話すの忘れてた!こいつは敵じゃねえ、俺の側近だ!」

 

肩で息をしながら、それでも早口でまくし立てる。

 

(いや、転移で来たんだよな……?なんで息切れしてんだこの人。)

 

ガリアンの冷静な疑問をよそに、当の魔王は本気で焦っているらしかった。ウレインはその姿を見て、恭しく一礼した。

 

「王、お迎えに上がるつもりが先を越されてしまい、申し訳ございません。」

 

「いや、俺が悪い。お前の事話し忘れてたのは完全に俺のミスだ。」

 

サンブラルは四人の方に向き直り、決まりが悪そうに頭をかいた。

 

「こいつはウレイン、俺の側近だ。クーデター派の頃から俺と一緒に戦ってきた戦友でな。今回、俺と同じタイミングで一月の休暇を取っていて、別行動でこの世界を旅してる最中だった。まさかお前らと鉢合わせるとは思わなかったが……いや、俺の落ち度だ、悪かったな。」

 

「……なるほど、事情は分かりました。」

 

バヨネットは詰めていた息をゆっくりと吐き出した。緊張が解けていくのが分かる。

 

「にしても、よくこの状況が分かりましたね。俺たち、誰もあんたに連絡なんてしてないはずですけど。」

 

「ああ、それは――」

 

サンブラルは一瞬言葉を濁し、それから軽く笑ってごまかした。

 

「まあ、色々便利な力を持ってるんでな。詳しくはまた今度話す。」

 

その反応に、ガリアンは小さく引っかかりを覚えたが、今この場で追及するほどの事ではないと判断し、口を噤んだ。

 

(便利な力、ね……この人、まだ隠してる手札がありそうだ。)

 

「という事だ、ウレイン。こいつらは俺の護衛――もとい、友人みたいなもんだ。今後、この世界で会う事もあるだろうから、仲良くしてやってくれ。」

 

「畏まりました。改めまして、ウレインと申します。以後お見知り置きを。」

 

ウレインは深々と頭を下げた。先程までの得体の知れない気配は鳴りを潜め、丁寧な態度だけが残っている。バヨネットたちは顔を見合わせ、ひとまず武器から手を離した。

 

「まあ……敵じゃねえってんなら、こっちも構える理由はねえよ。よろしくな、ウレインさん。」

 

「こちらこそ。以後、何卒よろしくお願いいたします。」

 

ウレインはそう言ってまた深々と頭を下げる。バヨネットが思わず「堅ぇな」と零すと、サンブラルが横から口を挟んだ。

 

「こいつ、昔からこうなんだよ。二年前から『ため口でいい』って何度も言ってんのに、未だに崩さねえ。」

 

「畏れながら、王に対する礼は礼として尽くすべきかと。」

 

「お前、俺だけじゃなくてそいつらにまで敬語だったろうが。」

 

「あの御方の客人ともなれば、相応の敬意を払うのは当然の事です。」

 

噛み合っているようで噛み合っていない主従の会話に、フォーバロンズの四人は顔を見合わせて小さく吹き出した。先程までの緊張が、嘘のように霧散していく。

 

「まあ、座れよウレイン。奢ってやる、お前も付き合え。」

 

「酒場で杯を酌み交わすという経験が、私にはあまり……いえ、王の仰せとあらば。」

 

ぎこちない足取りで席に着くウレインを見て、シュバルツが「あら、可愛いとこあるじゃないの♡」とからかうと、彼は心底困惑した表情を浮かべた。その反応にまた笑いが起こる。

 

酒場の喧騒が戻ってくる。サンブラルは空いていた椅子を引き寄せ、勝手に席に着いた。

 

「せっかくだ、俺も混ぜてくれ。奢ってやるから、続き聞かせろよ。俺の何がそんなに気に入ったって?」

 

その図々しさに、フォーバロンズの四人は思わず苦笑した。休暇はまだ、始まったばかりだった。

 

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