異邦魔王の違法魔法 作:冒険者小隊
酒場の喧騒に紛れて、六人の席はいつしか賑やかな宴の体を成していた。サンブラルは勝手に酒を頼み、フォーバロンズの四人は代わる代わる彼に絡んでいる。その輪の中心から少し外れた位置で、ウレインだけが背筋を伸ばしたまま、運ばれてきた果実水のグラスを両手で持て余していた。
「なあ、ウレインよ。お前、それ一口も飲んでねえじゃねえか。」
バヨネットが気づいて声をかける。ウレインはグラスに視線を落とし、少し間を置いてから答えた。
「……飲み方に、作法のようなものはございますか。」
「作法も何も、普通に飲めばいいんだよ。」
「承知いたしました。」
そう言って、律儀に一口だけ含み、またグラスをテーブルに戻す。その一連の動作があまりにも規律正しく、まるで訓練の一環のようだった。シュバルツが思わず噴き出す。
「いちいち堅いのねェ、あなた。飲みの席くらい、もっと崩れちゃいなさいな。」
「……崩れ方が、分かりません。」
その答えに、場の空気が一瞬止まった。冗談ではなく、本気で分からないと言っている顔だった。
「そういえば、ウレインさん。」
ベンケイが、ふと思い出したように尋ねた。
「さっき、どうしてこの酒場にいたんですか?飲みに来てた、って感じでもなさそうでしたけど。」
「次に討つべき魔王の噂を集めておりました。」
ウレインは、当たり前の事のように答えた。
「酒場には冒険者が集まります。魔物や魔王の噂も、自然と耳に入ってくる。この辺りに手頃な相手がいないかと、隅の席で話を聞いておりました。何も頼まずに座っているのも不自然ですので、飲み物を一杯だけ頼んで。」
「……手を付けずに?」
「はい。」
四人は顔を見合わせた。休暇中の男が、酒場の隅で、飲みもしない一杯を前に、次の獲物の噂に耳を澄ませている。その光景を想像して、誰も笑えなかった。
「にしても、よりによって俺の城の一番近くの町とはな。」
サンブラルが、ジョッキを傾けながら呟く。
「噂を追っていたら、たまたまこの町に行き着いただけです。」
ウレインは表情一つ変えずに答えた。だが、ほんの一瞬だけ視線が泳いだのを、シュバルツは見逃さなかった。
(あら。たまたま、ねェ。)
彼女は何も言わず、ただ口元だけで小さく笑った。
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少し酔いが回った頃、ガリアンがふと真顔になってサンブラルに尋ねた。
「サンブラルさん、ウレインさんって普段からこんな感じなんですか?」
「ん?ああ、昔っからだな。クーデター派の頃から、戦ってる時以外の奴を見た記憶がほとんどねえ。」
サンブラルは軽い調子で言ったが、その言葉の重さにガリアンは引っかかりを覚えた。
「戦ってる時以外の記憶がない、って……まさか休暇に入ってからも、ですか?」
「さあな。休暇中のあいつが何をしてるかなんて、別れてから一度も確かめちゃいねえ。」
バヨネットが眉をひそめる。
「待ってくれ。サンブラルさんが来る前に本人が言ってたんだよ、昨日こっちに来てから魔王を三体討伐したって。休暇が始まって一日ちょっとだぞ、その間丸々それに費やしてるってことか?」
「……は?三体?一日で?」
サンブラルが思わずウレインの方を振り返る。初耳だったらしい。
その反応に、バヨネットは小さな引っかかりを覚えた。
(……待てよ。この人、ついさっきは誰も知らせてねえのに、この酒場の騒ぎを嗅ぎつけて飛んできたよな。どうやってるのかは知らねえが、離れた場所の様子を知る手段があるのは間違いねえ。なのに、ウレインが魔王を三体も狩ってた事は知らなかった。)
知る手段がないのではない。あえて知ろうとしていないのだ。バヨネットにはそう思えた。
(一番の部下の動向だけ、わざわざ見てねえってことか……?)
答えの出ない疑問を、バヨネットはひとまず胸の内にしまい込んだ。
「……それ、休んでなくないですか?」
ベンケイが至極まっとうな疑問を口にした。全員の視線が自然とウレインに集まる。当のウレインは、何を問題視されているのか分からないという顔で、律儀に姿勢を正したまま座っていた。
「何か、私に不手際でも?」
「不手際っつうか……お前、自分の休暇、休んでねえだろ。」
バヨネットの指摘に、ウレインは少し考え込んだ。
「休む、というのが具体的にどういう行為を指すのか、私には判然としません。戦うべき相手と出会った時に戦い、それ以外の時間は次の目的地へ移動する。それが私の過ごし方です。」
「それ、戦争中の行軍とほとんど変わらないな。」
ガリアンが呆れたように呟く。サンブラルも、さすがに気まずそうな顔をしていた。
「悪ぃ、ウレイン。俺がちゃんと見てやるべきだったな……お前にも休暇取らせたつもりが、結局戦場の延長線上にいさせちまってた。」
「畏れながら、王。私はこれで満足しております。戦う事以外に、特別やりたい事があるわけでもございませんので。」
「それが問題なんだよ。」
サンブラルが頭をかく。その横で、バヨネットも腕を組んで頷いた。
「俺たちから見りゃ、お前は明らかに休み方を知らねえ。それが悪い事だとは言わねえが……もったいないとは思うぜ。せっかく貰った一ヶ月、お前にとっての『普通』をずっと繰り返して終わらせるのは。」
言いながら、バヨネットは少しだけ耳が痛かった。休みの日の自分だって、似たようなものだ。昼まで泥のように眠って、起きたらすぐにログインする。仕事の疲れを、別の何かで上書きしているだけなのかもしれない。それでもここには、自分で選んだ楽しさがある。ウレインには、それすらない。
「それに、満足してるって顔じゃないわよ、あなた。」
シュバルツが、頬杖をついたまま口を挟んだ。
「満足してる人はね、『特別やりたい事がない』なんて言い方しないの。やりたい事が分からないだけでしょ。違う?」
軽い口調だった。だが、その言葉は真っ直ぐにウレインの胸の内に切り込んでいた。
ウレインは珍しく、言葉に詰まったような表情を見せた。
(……姐さん、容赦ねえな。)
バヨネットは内心で舌を巻いた。大学の頃からそうだった。普段はふざけてばかりのくせに、相手が一番目を逸らしている所へ、笑いながら一直線に踏み込んでいく。好きで演じているという今の役柄は、彼女のそういう所を、むしろ遠慮なく引き出しているように見えた。
サンブラルはしばらく黙ってその横顔を眺めていたが、やがて四人の方へ向き直った。
「……なあ、お前ら。一つ、頼まれてくれねえか。」
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「こいつに、休み方ってやつを教えてやってほしい。」
先程までの酔いの回った調子とは違う、王としての声だった。四人は思わず居住まいを正す。
「俺が『休め』と言ったところで、こいつは『王の仰せとあらば』で終わらせちまう。命令で休ませたって、結局は任務をこなしてるのと変わらねえ。俺の言葉じゃ駄目なんだ。だから、俺の部下でも何でもねえお前らに頼みたい。」
ウレインの律儀さを一番よく知っているのは、他ならぬサンブラルなのだろう。その言葉には、二年間ともに戦ってきた者への気遣いが滲んでいた。
ガリアンが一拍置いてから口を開く。報酬の交渉役として、ここで黙っているわけにはいかなかった。
「お引き受けするのは構いません。ただ、それは護衛の仕事の範囲外になりますが。」
「分かってる。だから護衛とは別の依頼だ。報酬も別に出す。」
即答だった。ガリアンは小さく息を吐く。
(断る理由もない上に、追加報酬付きか。……そもそも、こんな顔で頼まれて断れる奴がいるかよ。)
隣では、ベンケイが黙ってウレインの横顔を見ていた。
(休み方が分からない、か。)
社会人になって半年、ベンケイも同じだった。休日になっても、月曜の事が頭から離れない。何をしていても、どこか落ち着かない。仕事をしている時の方が、まだ気が楽だとすら思う日がある。だからこそ、この律儀すぎる男を、他人事とは思えなかった。
「承知しました。報酬の細かい話は、また後ほど詰めさせてください。」
「話が早くて助かるぜ。で、どうすんだ、具体的に。」
四人は顔を見合わせた。普段ならクエストの一つとして事務的に片付けてしまいそうな依頼だが、今回ばかりは妙に真剣だった。
「まずは定番からでしょう。」とシュバルツ。「市場を冷やかして、美味いもん食べて、のんびりする。戦いとは縁のない時間の使い方を、体で覚えてもらいましょ。」
「釣りなんかも良いんじゃないか。」とベンケイ。「何も考えず、ただ糸を垂らす時間っていうのは、割と効くと思うぞ。」
「俺は正直、こいつに『何もしない時間』を体験させるのが一番だと思うぜ。」バヨネットが腕組みしたまま言う。「戦ってねえと落ち着かねえってんなら、まずは戦わなくても死なねえって事を体に叩き込まねえと。」
ガリアンが一つ頷いた。
「段階を踏もう。まずは市場と食事、それから釣り、最後に何もしない時間。」
「でもログイン時間はどうするの?一日がかりってなると、平日じゃ厳しいんじゃないかしらネ。」
シュバルツの指摘に、ベンケイが思い出したように顔を上げた。
「明日は土曜だろ。俺たち社会人組も休みだし、ガリアンは元から講義ないよな。」
「なら朝から夕方まで張り付けるな。明日一日、付き合おうか。」
「決まりだな。」
サンブラルがウレインの肩に手を置く。
「という事だ、ウレイン。明日一日、お前の休暇、俺たちに預けてみな。」
「……畏れながら、王。そこまでしていただく必要は――」
「あるんだよ。お前にはな。」
いつになく真剣な声音だった。ウレインはしばし黙り込み、やがて小さく頭を下げた。
「……承知いたしました。王と、皆様のご厚意に甘えさせていただきます。」
その律儀な一礼に、誰からともなく小さな笑いが漏れた。
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夜も更け、そろそろお開きにしようかという頃。サンブラルが店主を呼ぼうと手を上げた時には、既に会計は済んでいた。
「……おい、バヨネット。」
「何だ?」
「奢るって言ったのは俺だぞ。」
「ああ、悪い。癖でな。」
バヨネットは悪びれもせずに肩をすくめた。接待の席では、客が財布を出す前に支払いを済ませておく。営業を何年もやっていれば、体が勝手に動くのだ。
「ウレインさんが隅の席で頼んでた分も、まとめて払っといたよ。」
「……申し訳ございません。」
「いいって。」
サンブラルは不満げに鼻を鳴らし、それから頬杖をついたまま、にやりと笑った。
「なら、借りにしとけ。いつか倍にして返してやる。」
「楽しみにしとくよ。」
軽口を叩き合いながら、六人は夜の通りへと出た。
休暇の使い方も知らない男の、初めての休暇が始まろうとしていた。