異邦魔王の違法魔法   作:冒険者小隊

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魔王、初任給を得る

週が明けた月曜の昼過ぎ。午後の講義が休講になったガリアンは、一人でライクロにログインしていた。

 

光の粒が集まって体の輪郭を作り、町の広場の石畳を踏みしめる。土曜の夕方に落ちた場所そのままだ。さて今日は何をしようかと伸びをしたところで、背後から声がかかった。

 

「よう、ガリアン。」

 

振り返ると、サンブラルが片手を上げて立っていた。

 

「……サンブラルさん。こんにちは。」

 

ガリアンは軽く頭を下げつつ、内心で首を傾げた。ログインしてから、まだ十秒と経っていない。

 

「随分とタイミングが良いですね。私がこの時間に来ると、ご存知だったのですか?」

 

「偶然だ偶然。ちょうど散歩してたんだよ。」

 

サンブラルはあっさりと流した。ガリアンはそれ以上追及しなかったが、頭の片隅に小さな付箋を一枚貼っておく事にした。酒場の時といい、この人は時々、知っているはずのない事を知っている。

 

「で、今日は一人か?」

 

「ええ。他の三人は仕事なので、夜まで来られません。時間が合わない日は、大体一人で遊んでいます。」

 

「なら丁度いい。一つ依頼だ。」

 

サンブラルはにやりと笑った。

 

「お前らが普段、この世界で何をして遊んでるのか、見せてくれ。」

 

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表向きの理由は、この世界をもっと知りたいから、というものだった。それも嘘ではない。だが、サンブラルの本音は別のところにあった。

 

(王になってからこっち、下々の仕事なんざ一つもやらせてもらえなかったからな。)

 

即位してからの二年間、彼の仕事は玉座に座り、書類に判を押し、報告を聞いて決裁を下す事だけだった。城下の困りごとに自ら手を出そうものなら、ウレインをはじめとする側近たちが血相を変えて止めに入る。王がやる事ではありません、と。

 

だが今は休暇中で、ここは異世界だ。止める者は誰もいない。

 

(王には許されねえ遊びってやつを、思う存分やってやる。)

 

その企みを知ってか知らずか、ガリアンが連れて来たのは町の冒険者ギルドだった。

 

石造りの建物の中は、昼間だというのに賑わっていた。壁一面の掲示板に依頼書がびっしりと貼られ、プレイヤーも住人の冒険者も入り混じって品定めをしている。

 

「プレイヤーの遊び方は色々ありますが、基本はここで依頼を受けて、こなして、報酬を貰う。その繰り返しです。魔王討伐のような大仕事は、本当にごく一部ですよ。」

 

「ほう。」

 

サンブラルは目を輝かせて掲示板を眺め回した。商隊の護衛、迷子の猫探し、薬草採取、地下倉庫のネズミ退治。どれもこれも、玉座からは決して見えない仕事ばかりだ。

 

「なあ、これ、俺も受けられるのか?」

 

「住人の方でも、ギルドに登録すれば受けられるはずです。」

 

言い終わる前に、サンブラルは受付へ向かっていた。

 

〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜

 

「では、こちらの登録用紙にご記入ください。お名前と、ご職業を。」

 

受付嬢から差し出された紙に、サンブラルは迷いなく書き込んでいく。

 

名前、サンブラル。職業、魔王。

 

受付嬢は用紙を受け取り、一瞬だけ固まり、それから営業用の笑顔を貼り付けた。

 

「……はい、魔王さんですね。最初は皆さん、最下級のFランクからのスタートになります。」

 

「おう、構わねえ。」

 

手渡された木製の登録証を、サンブラルはしげしげと眺めた。粗末な木札に、焼き印で名前とランクが刻まれている。

 

「くくく……ははは!見ろガリアン、Fランクだとよ!」

 

「……嬉しそうですね。」

 

「当たり前だろ。生まれてこの方、一番下から何かを始めた事なんざねえんだ。」

 

木札を掲げて高笑いする角の生えた男に、ギルド中の視線が集まった。ガリアンは顔を覆いたくなるのを堪えた。ひそひそと交わされる声が、嫌でも耳に入ってくる。

 

「あれ、蛇腹剣のバロンじゃね?」

「隣のは誰だ?」

「今、職業欄に魔王って書いてなかったか……?」

 

(……今日中にスレが立つな、これ。)

 

ガリアンは諦めの境地で、掲示板から依頼書を一枚剥がした。

 

「では最初の依頼はこれにしましょう。地下倉庫のネズミ退治、Fランクです。」

 

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依頼主は、町の東にある穀物問屋の主人だった。案内された地下倉庫は薄暗く、積み上げられた麻袋の陰から、ちょろちょろと灰色の影が走り回っているのが見える。

 

「こいつらを片付けりゃいいんだな。」

 

「ええ。ただし、倉庫の中の物は傷つけないように――」

 

ガリアンが言い終わるより早く、サンブラルの左手に雷光が宿った。

 

「雷閃。」

 

轟音と閃光が地下を満たした。

 

煙が晴れた後には、黒焦げになったネズミと、同じく黒焦げになった麻袋の山と、ひび割れた石壁が残っていた。天井からぱらぱらと砂が落ちてくる。

 

「……。」

 

「……。」

 

「……手加減ってのは、難しいもんだな。」

 

「……そうですね。」

 

ガリアンは深く、深く息を吐いた。階段の上から、依頼主の主人の悲鳴が聞こえてくる。

 

「な、な、何をしてくれたんだ!今年の麦が……壁まで……!」

 

転げるように駆け下りてきた主人は、黒焦げになった麻袋の山を前に膝から崩れ落ちた。ガリアンが謝罪の言葉を探すより早く、サンブラルが一歩前に出た。

 

そして、深々と頭を下げた。

 

「すまねえ。俺の不始末だ。」

 

腰を折ったまま、顔を上げない。主人は呆気に取られたように口を開けたまま固まり、ガリアンもまた、言葉を失っていた。

 

(魔王が、頭を下げてる……)

 

城で初めて対峙した時の、あの圧倒的な威圧感を放っていた男と同じ人物とは思えなかった。だがその謝罪には、取り繕った様子も、渋々といった気配もない。

 

「駄目にした麦の分は、必ず弁償する。壁も直す。今の俺じゃ、この世界の金で払えねえのが情けねえが……それまでは、俺の受け取る分は全部持っていってくれ。」

 

「い、いや、そう言われても……」

 

主人は困り果てたようにガリアンの方を見る。ガリアンは一つ咳払いをして、間に入った。

 

「ひとまず、依頼の残りを片付けさせてください。壁の方は……サンブラルさん、直せますか?」

 

「ああ、壊すよりは骨が折れるが、やってみる。」

 

サンブラルはひび割れた石壁に手を当てた。淡い光が亀裂に染み込み、砕けた石がゆっくりと元の形を取り戻していく。完全とはいかず、ところどころに継ぎ目は残ったが、崩れる心配はなさそうだった。主人の目が、また別の意味で丸くなる。

 

「……で、残りのネズミだ。」

 

サンブラルはガリアンに向き直った。

 

「今度は魔法は使わねえ。何か道具をくれ。」

 

ガリアンは少し驚いてから、小さく笑った。手のひらに意識を集中させ、固有魔法を発動する。

 

「ウェポンメイカー。」

 

光が収束し、手の中に小ぶりな刺股が形を成した。先端は柔らかく湾曲し、獲物を傷つけずに押さえ込めるようになっている。同じものをもう一本、それから目の細かい網を一枚。

 

「ほう……」

 

刺股を受け取ったサンブラルが、しげしげとそれを眺めた。

 

「お前の魔法、そういう使い方もできるのか。武器ってより道具じゃねえか。」

 

「形さえ思い描ければ、何でも作れますから。ネズミ相手に剣を振り回すより、こっちの方が早いし倉庫も傷みません。」

 

二人は麻袋の隙間を一つずつ覗き込み、逃げ込んだネズミを追い詰めていった。ガリアンの動きに無駄はない。ソロで何度もこなしてきた仕事なのだと、サンブラルにも一目で分かった。

 

対するサンブラルは、お世辞にも手際が良いとは言えなかった。刺股を振り下ろせば空振りし、網を被せれば麻袋ごと包み込む。それでも彼は、外套が埃まみれになるのも構わず床に這いつくばり、一匹、また一匹と、手作業でネズミを捕まえていった。

 

「お前、一人の時はいつもこういう事やってんのか。」

 

「大体は。皆と時間が合わない日に、地味な依頼をこつこつ片付けるのも嫌いじゃないんです。作った道具を試せますし。」

 

「楽しそうだな。」

 

「楽しいですよ。」

 

作業の手を止めずに答えたガリアンの横顔は、確かに楽しそうだった。

 

(こういう地味な依頼の方が、案外道具の出来がよく分かるんだよな。)

 

刺股の先端の曲がり具合、網の目の細かさ。実際に使ってみて初めて、どこを直せばいいのかが見えてくる。大学の講義では、何を学んでも、それが何に繋がるのかがまだ見えない。卒業した後、自分が何をしているのかも想像がつかない。けれどここでは、自分の手で作ったものが、目の前でちゃんと役に立つ。それが、ガリアンにはたまらなく嬉しかった。

 

ふと横を見ると、サンブラルが刺股を握ったまま、ガリアンの手元をじっと覗き込んでいた。網の結び目の作りを、真剣な目で見ている。

 

(……この人、本当に興味があって見てるんだな。)

 

自分の作ったものを、こんな風に面白がってくれる相手は、仲間以外では初めてだった。少しだけ、背筋が伸びる思いがした。

 

最後の一匹を網に収めた頃には、二人とも頭から埃を被っていた。

 

〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜

 

本来の報酬は銀貨二枚。そこから駄目にした麻袋の代金を差し引けば、手元に残る物は何もない。サンブラル自身、そう覚悟していた。

 

だが、問屋の主人が差し出したのは、銅貨三枚だった。

 

「……いいのか?俺は全部持っていけって言ったはずだが。」

 

「壊した分は、きっちり差っ引いたさ。」

 

主人は鼻を鳴らし、ぶっきらぼうに言った。

 

「こいつは、あんたが床に這いつくばってネズミを捕まえてた分の手間賃だ。あんだけ真面目に謝って、真面目に働いた奴から、手間賃まで取り上げるほど落ちぶれちゃいねえよ。壁も直してもらったしな。」

 

サンブラルはしばらく黙って銅貨を見つめていたが、やがてもう一度、深く頭を下げた。

 

「……恩に着る。麦の分は、必ず返しに来る。」

 

「おう。期待しないで待ってるよ。」

 

問屋を出たところで、ガリアンは隣の魔王に尋ねた。

 

「……王様なのに、あんなにあっさり頭を下げられるものなんですね。」

 

「王だからだよ。」

 

サンブラルは当然のように答えた。

 

「民の物を壊したら謝る。償う。国を背負ってようがいまいが、そんなもんは当たり前の事だ。そこを履き違えた王は、遠からず玉座から引きずり下ろされる。俺の兄貴みたいにな。」

 

最後の一言だけ、声の温度が僅かに下がった。ガリアンはそれ以上何も聞かなかった。

 

歩きながら、サンブラルは改めて手のひらの上の三枚の銅貨を見つめた。くすんだ色の、何の変哲もない小さな硬貨だ。

 

それを、彼はまるで宝物でも扱うように、そっと握り込んだ。

 

「……初めて、自分の手で稼いだ金だ。」

 

ぽつりと零れた言葉は、どこか感慨深げだった。

 

国を治める王の懐には、望めば金貨の山が転がり込む。だがそれは税であり、国庫であり、民のものだ。自分の手で働いて、自分の手で受け取った金というのは、生まれて初めてだった。

 

「……変な人ですね、本当に。」

 

「褒め言葉として受け取っとくぜ。」

 

ガリアンは苦笑しながらも、少しだけ、この魔王の事が分かった気がした。

 

〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜

 

日が暮れた頃、仕事を終えたバヨネットとシュバルツがログインしてきた。

 

「お疲れ……って、何だそのしょぼくれた銅貨は。」

 

「初任給だ。」

 

「は?」

 

ガリアンから昼の顛末を聞いたバヨネットは、腹を抱えて笑った。シュバルツも口元を押さえて肩を震わせている。

 

「魔王がFランク登録して、ネズミ退治で倉庫半壊させて、銅貨三枚……!最高じゃない、それ。」

 

「うるせえ。次はちゃんとやる。」

 

夜の部の依頼は、町外れの森での薬草採取に決まった。依頼主は、町で小さな薬屋を営む老婆だった。

 

「ご婦人、お任せください。月光草を二十束、確かにお届けいたします。」

 

バヨネットが胸に手を当て、優雅に一礼する。老婆は「まあ、ご丁寧に」と目を細めた。

 

店を出た途端、バヨネットは大きく伸びをした。

 

「あー、だりぃ。今日の商談、マジで最悪だったわ。客先で一時間待たされた挙句に担当変わってやがんの。」

 

その落差に、サンブラルが目を丸くする。

 

「お前、さっきと喋り方がまるで違うじゃねえか。」

 

「ロールプレイってやつだよ。住人相手には紳士として振る舞う、って決めてんだ。」

 

「役を演じてるってわけか。」

 

サンブラルは顎に手を当て、しばし考え込んだ。

 

「……王様も、似たようなもんだな。玉座に座ってる時の俺と、今の俺じゃ、喋り方も違う。」

 

その言葉に、バヨネットは一瞬だけ足を止めた。

 

(王様も、か。)

 

魔王は笑って言ったが、玉座の上で演じる役は、きっと自分で選んだものではない。兄を斬り、国を背負うと決めた時点で、降りる事のできなくなった役だ。営業の愛想笑いと同じ、いや、それよりずっと重い仮面なのだろう。

 

だからこそ、この人は休暇中、あんなにも楽しそうに仮面を外しているのかもしれない。

 

「あら、じゃあ私たち、同業者みたいなものかしらネ。」

 

シュバルツが楽しげに笑う。

 

「この人ね、大学の頃からこうなのよ。サークルの新歓じゃ爽やかな先輩ぶってたくせに、飲み会の二次会になると途端に愚痴っぽくなるの。」

 

「余計な事言うな。」

 

「事実でしょ?」

 

軽口を叩き合う二人の気安さに、サンブラルは小さく笑った。付き合いの長さが、言葉の端々から滲んでいる。

 

〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜

 

森の入り口で、思わぬ人物と出くわした。

 

「王。皆様。」

 

明るい色の外套を羽織ったウレインが、川の方から歩いてくるところだった。手には、木の枝に吊るした魚が一匹。手のひらほどの、小さな川魚だ。

 

「釣れたのか!」

 

「はい。昨日は一匹も掛かりませんでしたが、本日ようやく。」

 

ウレインは魚を掲げ、律儀にサンブラルへと差し出した。

 

「釣れたら見せに来いとの仰せでしたので。」

 

「おう、よくやった。」

 

サンブラルは魚を受け取らず、代わりにウレインの肩を叩いた。

 

「そいつはお前が釣ったんだ。お前が食え。」

 

ウレインは少し驚いたように目を瞬かせ、それから、小さく頷いた。

 

「……では、そのように。」

 

その口元が、ほんの少しだけ緩んでいた。シュバルツが小さく「良かったわねェ」と呟く。バヨネットとガリアンも、顔を見合わせて笑った。

 

結局ウレインも薬草採取に加わり、月光草二十束はあっという間に集まった。サンブラルは今度こそ魔法を使わず、地面に這いつくばって一本一本手で摘んでいた。玉座の上からは決して見えない、土の匂いのする仕事だった。

 

〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜

 

町に戻ったのは、夜も九時を回った頃だった。広場に、遅れてもう一つの光の粒が集まる。

 

「すみません、遅くなりました……。」

 

ネクタイを緩めるような仕草をしながら、ベンケイがログインしてきた。もちろんゲームの中の彼はネクタイなど締めていない。現実の癖が、アバターにまで染みついているらしい。

 

「お疲れ、ベンケイ。残業か?」

 

「はい。月曜から棚卸しの手伝いで……もう少ししたら寝ないと明日がまずいので、顔だけ出しに来ました。」

 

数え間違えて、先輩にこっぴどく叱られた事までは言わなかった。それでも、ログインして皆の顔を見た途端、強張っていた肩が少しだけ緩むのを感じた。たとえ十分でも、ここに来たかったのだ。

 

「律儀ねェ。」

 

広場を行き交うプレイヤーたちが、ちらちらとベンケイの方を振り返っている。唯一の単独魔王討伐者の顔は、それなりに知れ渡っているのだ。そして、その隣に立つ角の生えた二人組にも、好奇の視線が集まっていた。

 

その人混みの外、広場の端の街灯の下に、白銀の鎧に炎の紋章を刻んだ男が一人、腕を組んで立っていた。彼は六人の様子をしばらく黙って眺めていたが、やがて踵を返し、雑踏の中へと消えていった。気づいた者は、誰もいなかった。

 

「じゃあ、今日はこの辺で落ちるか。」

 

バヨネットの声を合図に、四人の体が光の粒になってほどけていく。ウレインはもう身構えなかった。ただ静かに、一礼して見送った。

 

二人だけになった広場で、サンブラルは懐から銅貨を三枚取り出した。街灯の光を受けて、くすんだ硬貨が鈍く光る。

 

「王様じゃ、こうはいかねえな。」

 

誰に聞かせるでもなく、彼はそう呟いて、銅貨を大事そうにしまい込んだ。

 

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