異邦魔王の違法魔法 作:冒険者小隊
火曜の夜。仕事と講義を終えた四人は、久しぶりに揃ってサンブラルの城の前に立っていた。
平原にそびえる黒い石造りの城。初めてここに足を踏み入れたのは、ほんの五日前の事だ。あの時は未知のダンジョンに挑むつもりで、武器を握りしめて扉を押し開けた。
「なんか、改めて来ると緊張するわねェ。」
「前は斬り込みに来たんだからな。今日は客として呼ばれてんだ、堂々としてりゃいい。」
バヨネットがそう言って扉に手をかけるより早く、内側から重い扉が開いた。
「お待ちしておりました、皆様。」
ウレインが恭しく一礼する。今日もシュバルツの選んだ明るい色の外套を羽織っていた。どうやら、気に入ってくれたらしい。
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通されたのは、あの謁見の間だった。
床に残っていたはずの焦げ跡も、戦いで抉れた石畳も、跡形もなく修復されている。玉座に腰掛けていたサンブラルが、四人の姿を見て片手を上げた。
「よう、来たな。」
「お招きありがとうございます。」
ガリアンが頭を下げると、サンブラルは面倒くさそうに手を振った。
「堅苦しいのはなしだ。今日はお前らに溜まってる借りを返す日だからな。」
「借り、ですか?」
「ああ。腕試しの褒美、護衛の報酬、それからウレインの件の礼。どれもこれも、言うだけ言って後回しにしちまってた。」
サンブラルは指を折って数え、それから自分で苦笑した。
「王が約束を寝かせとくなんざ、ウレインに見られたら説教もんだ。」
「既に見ております、王。」
「……だよな。」
玉座の脇に控えるウレインの冷静な一言に、四人は揃って苦笑した。
「まずは一つ目、腕試しの褒美からだ。ついて来い。」
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案内されたのは、謁見の間から続く回廊の先、東の塔の一室だった。
扉を開けると、広々とした部屋が広がっていた。四つの寝台、大きな円卓、壁一面の武器掛けと棚。窓からは、平原の向こうに町の灯りが小さく見える。
「この部屋を、お前らにくれてやる。」
サンブラルは、黒鉄でできた鍵を四本、円卓の上に置いた。
「城の結界は、俺が認めた奴しか通さねえ。こいつを持ってりゃ、お前らはいつでも好きな時に出入りできる。拠点にするなり、物置にするなり、好きに使え。」
四人はしばらく言葉を失っていた。最初に我に返ったのはベンケイだった。
「……魔王の城に、自分たちの部屋、ですか。」
「おう。不満か?」
「とんでもないです。」
ベンケイは鍵を一本手に取り、まじまじと見つめた。重く、冷たく、そして確かに実在している。
「ギルドハウスなら持ってるパーティはいくらでもいるけど、魔王の城の一室なんて、ライクロ中探しても俺たちだけだろうな。」
バヨネットの声は、隠しきれない興奮で上擦っていた。
「最高のご褒美じゃない。私、この窓際の寝台がいいワ。」
シュバルツが早速、部屋の割り振りを始めている。ガリアンは壁の武器掛けを見上げ、ふと思い出したように手を打った。
「そういえばサンブラルさん。以前、試作品を見せるとお約束していましたね。」
「お、覚えてたか。」
「せっかく飾る場所をいただいたので、今出してもよろしいでしょうか。」
「待ってたぜ、その言葉を。」
サンブラルの目が、子供のように輝いた。
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ガリアンがインベントリから取り出した武器が、一つ、また一つと円卓に並べられていく。
「これが試作一号、『荊檻の剣』です。」
刃の根元から細い鎖が何本も伸び、その先に棘のついた小さな刃が絡みついている。
「今の蛇腹剣の原型ですね。刃を伸ばして相手を絡め取る構想だったんですが、鎖が自分の腕にまで絡まって、使い物になりませんでした。」
「ははは!自分を縛ってどうすんだ。」
「次がこれ、『超振動剣』。刃を細かく震わせて、斬れ味を上げる仕組みです。」
「ほう、理屈は分かる。で、問題は?」
「振動の音がうるさすぎて、三十秒使うと耳鳴りがして、仲間からも苦情が来ました。」
「当然よ。あれ、ダンジョンで使った時は本当に頭が割れるかと思ったんだから。」
シュバルツが顔をしかめる。どうやら被害者だったらしい。
「それから、これは……『一寸先しか貫けぬ弓』です。」
「名前からして駄目そうだな。」
「射程を極限まで削る代わりに、威力を最大まで上げた弓です。至近距離なら岩も貫けます。ただ……」
「至近距離まで近づけるなら、普通に剣で斬った方が早いですよね。」
ベンケイの容赦のない一言に、ガリアンは肩を落とした。
一つ一つの失敗談に、サンブラルは腹を抱えて笑い、それでいて真剣に構造を覗き込み、質問を重ねた。どこで行き詰まったのか、何を変えれば次に繋がったのか。その目は、遊びの品定めではなく、本物の職人の仕事を見る目だった。
壁際で静かに見ていたウレインが、荊檻の剣にそっと手を伸ばした。
「……この鎖の構造、少し手を加えれば、捕縛用としては十分に通用するかと。」
「本当か?」
ガリアンが身を乗り出す。
「はい。私の世界では、こうした拘束具を扱う兵がおりました。鎖の重心をもう少し手元に寄せれば、自分に絡まる事はなくなるはずです。」
「……なるほど、重心か。」
ガリアンは早速、手元の帳面に何かを書きつけ始めた。失敗作として眠っていた試作品が、思わぬところから息を吹き返そうとしていた。
「良いもん見せてもらった。」
サンブラルが満足そうに頷く。
「失敗の山ってのは、そいつが本気で挑んできた証拠だ。ここに全部飾っとけ。」
ガリアンは少し照れくさそうに、試作品を一つずつ壁の武器掛けに掛けていった。
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円卓を囲んで一息ついたところで、サンブラルが珍しく歯切れの悪い調子で切り出した。
「……ところでな。一つ、相談がある。」
「何でしょう?」
「この前の問屋の麦の件だ。弁償するって約束したが、肝心のこっちの金がねえ。」
彼は懐から金貨を一枚取り出し、円卓の上に置いた。複雑な刻印の施された、重みのある金貨だ。あの日ウレインが屋台で出し、受け取りを断られたものと同じ物だった。
「俺の国じゃ、こいつ一枚で一家族が一月は暮らせる。だがこの世界じゃ、ただの見慣れねえ硬貨だ。」
ガリアンが金貨を手に取り、光にかざした。
「……刻印はともかく、これ、純度がかなり高い金ですよね。」
「ああ。混ぜ物はしてねえ。」
「でしたら、通貨としてではなく、金そのものとして売ればいいんです。町の宝飾店か貴金属商なら、地金として買い取ってもらえるはずです。」
サンブラルとウレインが、同時に目を見開いた。
「……その手があったか。」
「盲点でございました。」
主従揃って感心する姿に、バヨネットがにやりと笑って立ち上がった。
「なら、売りに行くのは俺に任せてくれ。」
「お前が?」
「こう見えて、本業は営業なんでね。値切られねえように交渉するのは得意分野だ。」
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町の貴金属商の店先で、バヨネットは見事なまでの紳士だった。
「店主殿、こちらの品を鑑定していただけますかな。遠方の国の古い金貨でして、純度には自信がございます。」
天秤と試金石を手に金貨を検めた店主は、最初こそ渋い顔で安値を提示した。だがバヨネットは穏やかな笑みを崩さず、金の重さ、純度、刻印の細工の精緻さ、そして「これが珍しい品として好事家に売れる可能性」を、淀みなく積み上げていく。
「――ですので、地金の相場にこの程度の上乗せは、決して無理な話ではないかと存じますが。」
「……あんた、商人の生まれかい?」
「とんでもない。しがない旅の剣士でございます。」
最終的に店主が出した額は、最初の提示の倍近かった。店を出た途端、バヨネットはいつもの調子に戻って伸びをした。
「ちょろいもんだな。客先で一時間待たされるのに比べりゃ天国だ。」
「……お前、すげえな。」
サンブラルが素直に感嘆の声を漏らす。シュバルツが得意げに胸を張った。
「でしょ?この人、昔からこういうのだけは上手いのよ。」
「だけ、は余計だ。」
売ったのは、サンブラルとウレインの金貨を合わせて数枚だけ。それでも、二人の手元にはこの世界の銀貨がずしりと詰まった袋が残った。
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その足で、一行は東の穀物問屋を訪ねた。
閉店間際の店先に現れた角の男を見て、主人は目を丸くした。
「あんた……本当に来たのか。」
「約束したろ。」
サンブラルは銀貨の袋から、駄目にした麦の代金を数えて差し出した。それから、少しだけ多めに上乗せする。
「多すぎるぞ、これは。」
「迷惑料だ。あの日、壁を直すのにも手間取らせたしな。」
主人はしばらく銀貨を見つめていたが、やがて呆れたように笑った。
「期待しないで待ってるって言ったのによ。律儀な魔王様もいたもんだ。」
「魔王ってのは、そういうもんだ。」
サンブラルは当然のように言って、もう一度軽く頭を下げた。
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城への帰り道、市場の屋台の前で、ウレインがふと足を止めた。
先週末、彼が生まれて初めて自分で選んだ、蜂蜜の焼き菓子の屋台だった。
ウレインは自分の銀貨の袋を取り出し、少し迷うように中を覗き込んでから、銅貨を一枚取り出した。
「……一つ、いただけますか。」
店主から焼き菓子を受け取り、代金を払う。ただそれだけの、何でもないやり取りだった。
それからウレインは、バヨネットの方へ向き直った。
「先日の借りを、お返しいたします。」
差し出されたのは、今買ったばかりの焼き菓子だった。
「……は?いや、あれは別に――」
「借りは借りです。受け取っていただけなければ、私の気が済みません。」
真剣そのものの顔に、バヨネットは観念して焼き菓子を受け取った。それを見届けたウレインは、もう一度屋台に向き直り、銅貨をもう一枚取り出した。
「それから、もう一つ。……これは、私の分です。」
自分の金で、自分で選んだ物を、自分のために買う。その小さな一歩を、四人とサンブラルは黙って見守っていた。
「……美味です。」
焼き菓子を一口齧ったウレインが、あの日と同じ言葉を呟く。けれどその声は、あの日よりも少しだけ、柔らかかった。
「さて。」
城の影が見えてきた頃、サンブラルが大きく伸びをした。
「褒美は一つ渡した。借りも一つ返した。残りは明日だ。」
「残り、というと?」
「護衛の報酬――俺の魔法の授業と、ウレインからの礼だ。」
サンブラルは振り返り、にやりと笑った。
「覚悟しとけよ。どっちも、そう甘くはねえぞ。」