異邦魔王の違法魔法 作:冒険者小隊
水曜の夜。東の塔の一室に揃った四人は、それぞれの寝台に腰掛けて、そわそわと落ち着かない時間を過ごしていた。
「魔王直々の魔法の授業か……正直、ちょっと楽しみなんだよな。」
バヨネットが鍵を指先で弄びながら呟く。ガリアンは昨夜から帳面に何かを書き溜めていて、今もページをめくっていた。
「詠唱も魔法陣もなしに、複数の魔法を使う方法。理屈だけでも分かれば、戦い方の幅が一気に広がる。」
「でも、あの人『そう甘くはねえ』って言ってたわよねェ。」
「だからこそ、だろ。」
扉が叩かれ、ウレインが顔を覗かせた。
「王がお待ちです。中庭へどうぞ。」
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月明かりに照らされた中庭で、サンブラルは石の縁に腰掛けて待っていた。
「よし、始めるか。まずは俺のやり方を見せる。」
彼は右手を軽く掲げた。指先に、小さな炎が灯る。続けて左手に雷が弾け、足元からは冷気が這い上がり、頭上に小さな水の球が浮かぶ。四つの異なる魔法が、詠唱も魔法陣もなく、同時にそこに在った。
「……何度見ても、意味が分からないな。」
ガリアンが呻く。サンブラルは魔法を一つずつ消しながら言った。
「お前らの魔法は、どうやって使ってる?」
「固有魔法は、意識を集中すれば自然と発動します。それ以外の魔法は、魔法陣を刻んだスクロールを使って詠唱すれば、一応は使えます。ただ、あくまで道具の力を借りるだけで、陣が展開するまでに最低でも一秒はかかります。」
「なるほどな。俺のやり方は単純だ。起こしたい事を、そのまま世界に『書き込む』。炎が欲しけりゃ、そこに炎が在ると決める。陣も詠唱も、本来はその書き込みを手伝う補助輪みてえなもんだ。」
「……そこに在ると、決める。」
「ああ。理屈はそれだけだ。やってみな。まずは一番簡単な、火を灯すところからだ。」
四人は掌を上に向け、目を閉じた。
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結果から言えば、誰一人として火は灯らなかった。
バヨネットが掌を睨みつける。シュバルツが唸る。ベンケイが額に汗を浮かべる。ガリアンは何度も帳面を見返しては、また目を閉じる。それでも、掌の上には何も生まれなかった。
「駄目だ、全然掴めねえ。」
バヨネットが音を上げて地面に座り込んだ。サンブラルは腕を組み、四人の様子をじっと見ていた。最初は面白がるような顔だったが、時間が経つにつれ、その表情が少しずつ険しくなっていく。
「……妙だな。」
「何がですか?」
「お前らの魔力の流れ自体は、悪くねえ。量も質も、並の兵よりよっぽど上等だ。なのに、固有魔法の一本道以外に流れようとした途端、ぴたりと止まる。」
サンブラルはガリアンの前に屈み込み、彼の掌に自分の手をかざした。何かを探るように、指先が僅かに動く。
「才能がねえとか、慣れてねえとか、そういう話じゃねえな。」
しばしの沈黙の後、彼はぽつりと言った。
「まるで、誰かに鍵をかけられてるみてえだ。」
中庭の空気が、一瞬だけ冷えた気がした。
「鍵……ですか。」
「一人一種類しか使えねえ、ってのはお前らの世界の決まり事なんだろ?その決まり事が、お前らの中に錠前みてえに埋め込まれてる。俺に見えるのはそこまでだ。誰が、何のためにかけたのかまでは分からねえ。」
ガリアンは自分の掌を見下ろした。何の変哲もない、見慣れたアバターの手だ。
(このゲームの仕様、って言えばそれまでだ。一人一種類はライクロの基本ルールなんだから。……でも、外から来た人間には、それが『鍵』に見えるのか。)
落胆よりも先に、胸の奥で何かが疼いた。鍵があるなら、それを作った誰かがいる。仕組みがあるなら、解き明かせる。考えるべきではないと分かっていても、ガリアンの頭は勝手に回り始めていた。
バヨネットが、慎重に口を開いた。
「つまり、俺たちにはあんたの魔法は使えないって事か。」
「今のままじゃな。鍵を壊す方法でも見つかりゃ別だが……まあ、それは今考える事じゃねえ。」
サンブラルはあっさりと立ち上がり、手を払った。
「悪かったな、期待させといて。報酬がこれじゃ詐欺みてえなもんだ。」
「いや、そんな――」
「だから、やり方を変える。」
サンブラルはにやりと笑った。
「新しい魔法が使えねえなら、今持ってる魔法の使い方を広げりゃいい。一本道しか通れねえってんなら、その一本道をとことん太くしてやる。」
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そこからの授業は、まるで別物だった。
サンブラルは四人の固有魔法を一つずつ見て、その場で気づいた事を次々と口にしていった。
「シュバルツ。お前のビルドアッパー、体を強くするってだけじゃねえだろ。俺の雷閃を耐えた時、お前は肉体だけじゃなくて意識の方も強化してた。たぶん無意識にな。」
「え……そうなの?」
「試しに、心を強くするつもりで使ってみろ。」
半信半疑で魔法を発動したシュバルツに、サンブラルが軽く威圧を放つ。最初の邂逅の時、四人を竦ませたあの重圧だ。だが今度のシュバルツは、眉一つ動かさずにそれを受け止めた。
「……ほんとだ。全然、怖くない。」
素の声が漏れていた。シュバルツははっとして咳払いをし、いつもの調子を取り繕う。
「やだ、何これ。すごいじゃないの♡」
おどけて見せながら、シュバルツは内心で、ああそうか、と腑に落ちていた。
あの雷閃を受けた時、自分は確かに思っていたのだ。ここで倒れるのは、自分の好きな『姐さん』じゃない、と。頼れる役を演じていると、本当に少しだけ強くなれる気がしていた。それは気のせいではなかったらしい。
(好きでやってる役が、ちゃんと私の力になってたのね。)
そう思うと、少しだけ誇らしかった。
「ベンケイ。お前のウェポンチェンジャーは、持ち替えの速さが売りだが、持ち替える瞬間に一瞬だけ両手が空く。そこを狙われたら終わりだ。だが逆に言えば――」
「……持ち替えの瞬間を、フェイントに使える?」
「そういう事だ。察しがいいな。」
「バヨネット。お前のスキャニング、隠してる力は見えねえって言ってたな。だが、隠してる事自体は分かる。だったら、どこに隠してるかも、探り方次第で分かるはずだ。」
「どこに……か。」
「力を隠す奴は、隠した場所を無意識に庇う。視線、重心、呼吸。そういうもんと合わせて見ろ。」
バヨネットは思わず苦笑した。
(それ、商談でやってる事と同じじゃねえか。)
客が本当に気にしている事は、口では言わない。だが、話題がそこに触れた瞬間、視線が泳ぎ、相槌が一拍遅れる。毎日嫌々こなしている仕事で身についた癖が、まさかこんなところで役に立つとは思わなかった。少しだけ、あの愛想笑いの日々も無駄ではなかった気がした。
そしてガリアンの番になった時、サンブラルは少しだけ考え込んだ。
「お前のは、俺が教える事はあんまりねえな。」
「え。」
「月曜に見たろ。お前はもう、武器の形に縛られずに道具を作ってる。お前の魔法の一本道は、たぶん四人の中で一番太い。あとは何を作るか、だけだ。」
ガリアンは昨夜書き溜めた帳面に目を落とした。荊檻の剣の、重心の改良案がびっしりと書き込まれている。
「……作りたいものなら、山ほどあります。」
「だろうな。」
月が中天に差し掛かる頃、四人はそれぞれ、自分の魔法の中に新しい扉を一枚ずつ見つけていた。サンブラルの魔法そのものは、一つも手に入らなかった。けれど、誰一人として、それを損だとは思っていなかった。
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「では、ここからは私の番です。」
授業が一段落したところで、ウレインが中庭の中央に進み出た。手には、刃引きをした訓練用の剣が五本。
「王から皆様への礼とは別に、私個人として、お返しをさせていただきたいのです。」
「お返し?」
「先日、皆様は私に休み方を教えてくださいました。ですが、私には皆様に差し上げられるものがほとんどございません。」
ウレインは訓練用の剣を一本ずつ四人に手渡し、最後の一本を自分で握った。
「私が持っているのは、戦い方だけです。ですから、それをお渡ししたい。」
その真っ直ぐな申し出に、四人は顔を見合わせた。断る理由は、どこにもなかった。
「……よし、頼む。」
バヨネットが剣を構える。
結論から言えば、稽古は一方的だった。
バヨネットの突きは軽く逸らされ、ガリアンの変則的な軌道は読み切られ、シュバルツの突進は半歩の動きでいなされる。四人がかりで挑んでも、ウレインの外套の裾にすら剣先が届かない。
「バヨネット様、突きの後に重心が前に残っています。次の動きに半拍遅れます。」
「ガリアン様、武器の特性に頼りすぎです。軌道が変則的でも、起点が見えれば読めます。」
「シュバルツ様、突進の初速は見事です。ですが止まれない。いなされた後の備えがありません。」
淡々と、的確に、一人ずつの癖を指摘していく。その指導は厳しかったが、決して見下すものではなかった。
最後に向き合ったのは、ベンケイだった。
ベンケイは訓練用の剣を、構えた瞬間に槍へ、薙刀へ、また剣へと持ち替えた。サンブラルに教わったばかりの、持ち替えの瞬間を使ったフェイントだ。
ウレインの目が、初めて僅かに見開かれた。
一合、二合、三合。ベンケイの剣先が、ウレインの外套の裾を掠めた。
「……お見事です。」
剣を引いたウレインが、静かに言った。
「今のは、本気で避けました。」
その一言に、ベンケイは息を切らしながら、照れくさそうに頭を下げた。
「ありがとうございます。……さっき教わったばかりのを、試してみただけです。」
「教わった事をその場で実戦に移せる。それは、得難い才です。」
ベンケイは何と返していいか分からず、もう一度頭を下げた。褒められる事には、まだ慣れていない。現実では、叱られる事の方がずっと多いからだ。
それでも、胸の奥がじんわりと温かかった。肩書きでも噂でもなく、今この場で自分が振るった一太刀を、この人は見て、認めてくれたのだ。
壁際で見ていたサンブラルが、満足げに口笛を吹いた。
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稽古を終えた頃には、夜もすっかり更けていた。中庭の石畳に、四人は大の字になって倒れ込んでいた。
「……疲れた。」
「体は疲れないはずなのに、頭がくたくただわァ……。」
「ゲームでこんなにしごかれたの、初めてだ。」
ウレインは訓練用の剣を丁寧に回収しながら、少しだけ申し訳なさそうな顔をした。
「厳しすぎましたでしょうか。」
「いや。」
ガリアンが、寝転がったまま答えた。
「最高の礼だったよ。」
ウレインは一瞬手を止め、それから、小さく頭を下げた。その口元は、またほんの少しだけ緩んでいた。
サンブラルが、四人の顔を覗き込む。
「これで、溜まってた借りは全部返したな。」
腕試しの褒美に、この城の一室。護衛の報酬に、魔法の授業。ウレインの件の礼に、稽古。そして、麦の弁償。後回しにしていた約束が、二晩かけて全て精算された。
「……いや。」
バヨネットが、空を見上げたまま言った。
「なんか、こっちが貰いすぎな気がするんだよな。」
「なら、また何か返してくれりゃいい。一ヶ月はまだ長えんだ。」
サンブラルは笑って、夜空を見上げた。二つの月が、並んで中庭を照らしていた。
ログアウトの準備のために塔の部屋へ戻る道すがら、ガリアンはもう一度、自分の掌を見つめた。
鍵をかけられている。
サンブラルのその言葉が、妙に耳に残って離れなかった。